『花も花瓶もあるんだよ』
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 それは暁美ほむらが幾度と繰り返した時間の中で見た一幕。時の迷い子の見たそれは夢か現か……。ただ、一つ言えることは……

 

 

 マミは魔女に敗れ、帰らぬ人となった……。幾度も繰り返した時間の中でも経験したこととはいえ、その辛さは変えられるものではない。その度に見ることになる、まどかの悲しみに沈む姿もまた同じだ。

 

「誰も…… マミさんが死んだこと、気づかないの?」

 

「巴マミには、遠い親戚しか身寄りがいないわ。失踪届けが出るのは、まだ当分先でしょうね」

 

 幾度も繰り返した返答。時間軸によって多少の差異はあったけれど、本質は何も変わらない。そう、このあとの返答も大差なく、マミの戦いを悲しんでの言葉だろう。

 

「でも学校とか、友達とか、身近の人は気づいてくれるんじゃ……」

 

「仕方ないわ。向こう側で死ねば、死体だって残ら…… え?」

 

「えっと、遠い親戚は無理でも、学校とか、友達とか、身近の人は気づいてくれるんじゃないかなって」

 

 それは今までの時間軸ではなかった発言だった。今まで気づけなかったことに、まどかが気づいてしまったのだ。

 

「マミさんが急にいなくなったら、やっぱり友達や先生が心配するよね。せめて、その人達にそれとなくでも伝えられないかな……」

 

「それは…… 残念だけど」

 

 ほむらはぶっきらぼうに言い放ち、まどかから顔を背ける。出来る限り無感情に接したつもりだが、動揺を隠しきれた自信はない。

 

 まどかはほむらの様子に違和感を感じることはなかったのか、瞳を潤ませながら一歩、歩みこんでくる。

 

「でも、誰にも知られずに一人で戦ってきたんだよ! せめて、マミさんの親しい人たちだけでも…… 本当のこと、少しでも知って欲しいよ……」

 

「それは……ダメよ。そんなの、できるわけ……」

 

「どうして……?」

 

 夕焼けに赤く染まり、切なげに覗き込んでくるまどかを前に、ほむらは堪らず口を開きそうになる。

 

「まどか、かわい…… じゃなくて!」

 

 だが、すぐに大きく首を横に振って、言いかけた言葉をかき消す。代わりに「言えるわけ…… ないじゃない!」と胸の奥から無理矢理、吐き出す。それ以上は何も語れそうになかった。

 

「な、なんで?」

 

 戸惑うまどかに背を向けて、ほむらは一人、何もなかった素振りで立ち去る。声をかけようとするまどかであったが、ほむらの他者を寄せ付けない雰囲気に声を出せずに見送るしかできなかったのだった。

 

 遠くなるまどかを背中に感じながら、ほむらは溢れてくる悲しみを歯を食いしばって堪えて、ぽつりと胸に隠していた吐き捨てる。

 

「言えるわけない、巴マミに友達がいなかったなんて……」

 

 何度も繰り返し訪れる絶望からの誘い。悲しみと後悔、無力さ、諦め…… その全てを飲み込んでも戦い続けるしかないのだ。これから何度、倒れそうになろうとも。

 

「それにしても、下から上目遣いで覗き込んでくるまどか可愛かったなぁ……。大丈夫、これでまだまだ戦えるわ」

 

 終わることのない戦いに新たな決意を誓い、彼女の戦いは続くのであった。

 

 

――次回予告――

 

 QBの罠にかかった美樹なんとかは、やむなく契約をしてしまう。しかし、その代償は人の体を失うことだった。嘆き悲しむ美樹なんとか。このままじゃ、他の子に好きな人を取られてしまう。

 

 だが、彼女はもっと早く気付くべきだった。そもそも告白が成功するかどうかもわからないということを!

 

 次回、『まどか、温泉にゆく』、『ほむら、盗撮に成功する』、『さやか、冤罪で捕まる』 来週こそ僕と契約して魔法少女になってよ

 

 

(と、いうわけでね、さやかちゃん。マミさんがいなくなって心配している人に、それとなく伝えておきたいんだ)

 

 朝の登校中、まどかはQBを介して、さやかに昨日のほむらとの一件と、これからしようと思っていることを提案するのだった。

 

(……え? 今のまどかの回想だったの?! いやいや、どうみても転校生の回想でしょ、あれ! なんか失礼な次回予告まで付いてたし、次回予告のタイトルと内容一致してないし!)

 

(さやかちゃん、何言ってるの? 次回予告って何?)

 

(電波が混線してるのかな? 余計なものをさやこは見てしまったみたいだね)

 

(さやこじゃない、さーやーかー! と、いうか、あれ混線だったの? なんだか知らないけどさ、本当に余計すぎるものが見えたわよ。すごく不愉快な内容だったし)

 

(そ、そうなんだ、大変だったね。まあ、さやかちゃんの告白失敗はいいとして)

 

(告白失敗か、これは希望から絶望への相転移に充分そうだね。契約を急いだほうがよさそうだ)

 

「二人とも思いっきり見えてるでしょ! さっきの本当に混線だったの?!」

 

 まどかと、彼女の肩に乗るQBを指差して詰め寄るさやか。先ほどまでテレパシーでの会話だったが、思わず力が入ってしまったようで、思い切り口にだしていた。

 

 テレパシーで会話していたまどかやQBだけならまだしも、そこには会話から外れていた仁美もいたのだ。突然、訳のわからないことを口走りながらまどかに詰め寄るさやかを見れば、不審に思うのは当然だろう。

 

「……あの、さやかさん、何を言ってらっしゃるんですか?」

 

 仁美は激昂するさやかから一歩退いてから、おずおずと尋ねる。それを見て、自分が思わず何をしたかわかったようだ。はっとなって、すぐに照れ隠しの笑みを浮かべるが、上手い言い訳は思いつかなかったようだ。「ほら」とか「その」とか、単語ばかりで弁明にもなっていない。

 

「あ、あのね、仁美ちゃん」

 

 しどろもどろのさやかの代わりにまどかがフォローに走る。

 

「えっと、さやかちゃんはね…… ちょっと混線で変な電波を受信しちゃっただけなんだよ、うん! だから、見てもいない次回予告を見たり、告白が失敗したりしちゃったんだよ」

 

「ま、まどかさん?」

 

「ちょ、ちょっとまどか! それ、フォローになってない!」

 

「そうだよ、まどか。これじゃあ、まどかまで電波な子に思われてしまうよ」

 

「あ、そっか。あのね、仁美ちゃん。今の全部、さやかちゃんが言ってたことだから」

 

「丸投げしないでよ!」

 

「そうでしたか……」

 

 しかし、仁美はあっさりと納得してしまうのだった。

 

「なんで、そんなに聞き分けいいのよ!」

 

「さやかさん、その…… 告白に失敗したのは辛いと思いますが、あとは私に任せて元気だしてくださいね?」

 

「しかも、なんか都合いいところだけ受け入れてない?!」

 

「話もまとまったことだし、学校に急いだほうがいいね。今からなら、HRが始まるまでにマミの教室にも行けるだろう」

 

「そうだね。それじゃあ、急ごうか」

 

 そう言って、まどかは早足で木漏れ日の道を進む。道の先にはまだそこまで多くないけれど、同じ学校の生徒達の登校する姿が見える。たった一人で戦い続けた人がいなくなったというのに、なんの代わり映えもないままに……。

 

「まどかさん、待ってください」

 

「もう、二人とも置いてかないでよ!」

 

「早く、早く!」

 

まどか(胸を刺す痛みは拭い去れるものじゃないけど、それでも何気ない日常を装うことはできるよね? それでも、やっぱり…… きついなぁ……)

 

 普段どおりを装うまどかだったが、やはり心の奥では辛さを隠しきれるものではなかった。沈んだ心がテレパシーとなってQBとさやかへと伝わる。

 

(まどか……)

 

(まどか、あまり気にしないほうがいい。さだこの失恋を君が気にしても仕方のないことだからね)

 

「って、なんで私の失恋でまどかが悲しんでることになってるのよ! 違うでしょうが! あとあたしの名前はさーやーかー!」

 

(……うん、そうだね。ありがとう、QB。私、もうさやかちゃんの失恋で悲しむのはやめる。これも青春の一ページだったんだって、励ましてみるよ!)

 

「まどかも、なんで悲しいのを起きてもないあたしの失恋にシフトチェンジしてるのよ! 可能性はあるでしょうが!」

 

「さやかさん、あんなに訳の分からないことを叫んで…… 本当に辛いんですのね」

 

 仁美は本気で信じてしまい、ふぅっとため息をつく。こうして朝の登校はいつもと変わらぬ日常を彩るのだった。

 

 

 自分たちの教室で仁美と別れたまどか達は、QBの案内でマミの教室を訪れる。他学年の教室というのはやはり強い違和感に見舞われるものだった。始業がチャイムが近づくほどに増えてくる生徒たちは皆、見知らないまどか達に視線を集めているかのようだった。

 

「やっぱり緊張するなぁ」

 

「大丈夫だって。誰もあたし達のことなんて気にしたりなんかしないからさ」

 

 さやかは安心させようと笑顔を見せ、まどかの背中を軽く叩く。こういったときに一人じゃないのは心強いものだ。まどかは気弱ながらも笑顔を返す。まどかの肩の上でQBも「さだこの言うとおりだよ」と、うんうんと頷いてみせる。

 

「毎日、この教室に着ていたマミでさえ、誰もその存在を気にしなかったからね」

 

「そうなんだ…… って、それはそれでどうかと思うけど」

 

「どうかと思うというより、なんでマミさん気にされないのよ!」

 

「マミは魔法少女としてこの街を守っていたからね。交友関係に使う時間がなかったのさ。だから自然と一人ぼっちになってしまったのさ」

 

「それじゃあ、誰もマミさんがいなくなっても悲しまないの? そんなのってないよ…… あんまりだよ……」

 

「まどか……」

 

 元気を取り戻しつつあると思われたまどかだったが、それも空元気だったのか。ちょっとしたことで悲しみがぶり返してしまった。

 

「……昨日、どうすれば、さり気無く伝えられるか研究してきたのに……。マミさんの机の上に飾るお花と花瓶も買っちゃったんだよ? 奮発したから今月のお小遣いピンチになっちゃったんだよ! どうするの、これ……」

 

「まどかこそ、どうするのよ?! 朝から色々とツッコミどころ満載だけど、とりあえず机の上に花瓶はやめときなさい。事情知らない人からみたら、色々と勘違いされそうだから」

 

「勘違いって何? そのよくわからない勘違いを受けたくないから、さやかちゃんはマミさんにお花を供えることもできないっていうの? なんでそんなに冷たいこと言えるの?」

 

「さすがだよ、さだこ。そんなんだから、魔法少女の才能がないんだよ。それでもって、さだこって呼ばれるんだよ」

 

「ちょ、ちょっと、なんか不条理に責め立てられてない? と、いうか、QBは黙っててよ……」

 

 妙な方向へヒートアップするまどかを落ち着けるため、さやかは「まあまあ」と手で抑える。だが、まどかは潤んだ瞳でさやかの目をしっかりと見つめ返し訴える。

 

「さやかちゃん、私ね、人にどう思われるかよりも、自分がすべきことをするべきじゃないかって思うの。だから、一人ぼっちのマミさんの机に花瓶を飾ってイジメてるように見られようとやらなくちゃって思うんだ」

 

「言ってることは偉く感じるけど、やろうとしてること最低っぽく見えるの自覚してるじゃないの!」

 

「あの……」

 

「え、あ、はい?」

 

 見慣れない生徒が騒いでいるのを不審に思ってか、教室から一人の女生徒がまどか達の元へとやってきて、恐る恐る話しかけてくる。それを合図にしたかのように教室内の他の生徒達もまたまどか達へ遠巻きながら視線を向けはじめる。それだけで今まで意識しないようにしていたアウェイ感が一気にぶり返し、まどかはぎくしゃくとした態度になってしまうのだった。

 

「あなた達、さっきからマミさんって言ってるけど、もしかして巴さんのこと? 巴さんは、まだ来てないみたいだけど、何か用かしら?」

 

「用っていうか……」

 

 マミに用があるかと言われれば、それはちょっと違う。マミはもういないのだから。そのことをそれとなく伝えたくてやってきたのだが、これをなんと言えば良いか分からず、さやかは口ごもってしまう。

 

「あ、あの! マミさんが一人ぼっちだったって本当ですか?」

 

「って、何、とんでもないこと言い出してるのよ!」

 

 さやかの代わりにテンパッたまどかがとんでもない切り出し方をしてしまうのだった。

 

「そうねぇ、まあ特定の付き合いがあった様子はないわね。体育で二人一組のときはいつも余った人か先生だったし、お弁当も一人みたいだし、グループ分けでは人が足りない場所に埋まるような感じだったし。あと他にも……」

 

「いえ、もうやめてあげてください! これ以上はマミさんが不憫で……」

 

「でも、別に嫌われているわけじゃないわよ。人当たりもいいし、なんでもそつなくこなすし、結構、信頼されてるのよ」

 

「じゃあ、なんでハブったりするんですか?! そんなにあの胸のサイズが気に入らなかったんですか? それともあの厨二病卒業できてないところが嫌だったんですか? その気持ちわかります!」

 

「ちょ、まどか、何言ってるの?! しかも最後は納得してるし!」

 

「ごめん、さやかちゃん……。マミさんのことを思ったら、つい……。でも、これが私の気持ちと向き合った答えだから!」

 

「だからって、つい本心を出したらダメでしょう?!」

 

「え、えーと……」

 

 まどかとさやかのやりとりに気圧され気味だった上級生は、困った笑顔をしつつもなんとか二人の会話に割って入る。

 

「あ、あのね、別にハブったりしてるわけじゃないのよ? みんな、巴さんとは仲良くなりたいって思ってるの。でも、巴さんは何というか…… そう、壁があるのよね。放課後はいつも暇がないみたいだし。まるで誰にも知られることなく、何かと戦い続けているかのような……」

 

「……そう……ですね」

 

「うん……」

 

 上級生の言葉にまどかもさやかも、どこか救われた気がした。マミは決して一人ぼっちなんかじゃなかった。誰も分かってないわけじゃなかったのだ。それが分かっただけでもほんの少しだけど救いになった。

 

 そうこうしているうちに始業五分前のチャイムが校内に鳴り響く。途端にあたりは穏やかさから喧騒へと様変わりを始める。

 

「まどか、あたし達も戻らないと!」

 

「あ、うん。そ、その前に先輩、これを!」

 

「ん?」

 

 まどかは手にしていた花瓶と花を上級生へ差し出す。それをマミへの贈り物かなにかと思った上級生は受け取る。それが過ちであることも気づかずに。

 

「あの、それをマミさんの机の上に飾っておいてください!」

 

「……へ? それって、いや、まさか……ねぇ?」

 

「それじゃあ、あのお願いします!」

 

「まどか、早く早く!」

 

 まどかは上級生へ一礼すると、さやかと共に廊下を駆けていってしまうのだった。ぽつんと残された上級生は受け取ってしまった花瓶と花を手に、これをどうするべきか考えるのであった。

 

「……とりあえず、飾っておいたほうがいいのかしら?」

 

 

 

 三日後、まどかとさやかは職員室へ呼び出しをくらうのだった

 

――Fin――

説明
魔法少女まどか☆マギカ 二次創作。作者HPより転載
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魔法少女まどか☆マギカ

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