魔法少女リリカルなのはDuo 24 |
第二十四 慰安旅行は危険が一杯!? 龍斗編
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「旅行? 今から?」
シグナムとの朝の訓練を終え、朝食後、一息吐いたところで、八神はやてから提案が持ち出される。
「そや、二人が訓練中に連絡あってな? なのはちゃんがこの後合流してくるらしいねん。なんでもあの三人と『時狂い』に関する有力な情報を手に入れたとからしいんよ」
「それって、凄い進展じゃないですか!?」
感嘆の声を上げるシャマルに、はやては微笑み返して続ける。
「んで、そうとなれば最終決戦前と言っても可笑しいない。なんせ、情報を聞いた後は突撃しかないからな。かと言って、準備するもんは大抵してあるやろ? ここのところ、皆戦いに備えて訓練の連続やったし、一度羽を伸ばしてもいいんやないかなぁ〜〜……って?」
その提案に、龍斗は一度深く考えて見る。
今はそんな事をしていて本当に良いのだろうか? 『時狂い』を止める以上、あの三人と戦う事は必至。今までは単体を相手にチーム戦を仕掛けると言う、ちょっと反則的な戦いで勝ってきた。だが、今まで彼女達を相手に単体で勝てたのは、龍斗ただ一人だけ。それも、相性の一番良い相手の話で………。
アレから訓練を重ね、龍斗もだいぶ力を付けた。今ではヴィータとシグナムを二人相手にしても、五回に二回は勝てるようになった。フルメンバーを相手に一人で立ち向かった時も、十回に一回は引き分けに持ち込めるようになり、仲間からの評価も高いほどだ―――この時、さすがの龍斗も「どんだけ無茶ぶりなんだよ〜〜〜!!?」と、泣き叫んだという……―――。
だが、あの三人も、今までの様に倒せるとは限らない。彼女達も力を蓄えている可能性はあるし、隠し玉の一つや二つは用意していて当然だ。現に柊は、以前の龍斗との戦いで『殲滅の黒き刃(ジェノサイド・ブレイバー)』に対応した呪具を持ち出して来ていた。
休んでいる場合ではない。
龍斗の中で、不安に打ち勝つため、更なる厳しい訓練を求める気持ちが大きくなる。
「いや、休みは充分していたし……、それより、なのはが来るまでに、新技のテストとかして欲しいんだ? いくつか考えたのがあるんだ?」
断る理由はそれだけではない。
龍斗の中には、今もなお、カグヤと言う存在が重くのしかかっていた。
シャマルに励まされ、なのはに相談して、彼に対する蟠りや、自分の葛藤には、ほぼ決着がついていた。だからと言って、すぐに気持ちが切り替えられるのかと言えば、そうはいかない。故に彼は、どうしても、あの時の敗北を思い出し、今度は勝ちたいと強く願ってしまう。
それは焦りと言う物に等しいのだが、龍斗は今の感情を上手く理解できていない。
「却下。龍斗くん意外に賛成の人〜〜〜?」
「「「「は〜〜〜い」」」」
「はい決まり」
「俺の意思、完全不要だと!?」
そして、そんな焦りなど無視して慰安旅行は既決された。
「皆久しぶり〜〜〜。情報も一通りまとめて休暇とってきたから、今日はゆっくりできるよ〜〜〜」
現地、旅館生粋荘(きっすいそう)にて合流したなのはは、肩に荷物を背負いながら明るい声をかける。
それに笑って答えながら、龍斗は和作りの旅館に懐かしさを感じていた。
記憶を失う前の事は相変わらず思い出せないが、以前シャマル達が話していたように、自分は『日本人』なのかもしれないと、本格的にそう思えてきた。
それと同時に、旅館の名前に「字が違うけど、物凄く聞いた事のある様な気がする……?」と言う感想を抱いたのは、どうしても記憶とは別の方向の直感に思えた。
何はともあれ、龍斗達は旅館へと入る。
「いらっしゃいませ〜〜! 生粋荘へようこそ!」
「お部屋に案内します」
旅館内も和風の作りに裏切らない木造使用で、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。
団体様用の部屋に移動し、荷物を置いた。
「さて、休むって言ってもなにする?」
荷物を置いて振り返りながら龍斗が問いかける。
しかし、振り向いた先にはなのはとはやて以外いなくなっていた。
「とりあえず、温泉と卓球くらいやな? 後は温泉から出てから、皆で遊ぶくらいのもんや」
「そんな訳で、皆それぞれ目的を持って先に行っちゃったよ」
「今回、皆凄くチームワークいいよね!? 俺だけ物凄い勢いで置いてかれてるけどさ!?」
何はともあれ、なのはとはやてもそれぞれ何処かに行ってしまったので、龍斗も仕方なくその辺をぶらぶらする事にした。
旅館とくれば温泉だが、それは後の楽しみにとっておく事にし、とりあえず散歩がてら、旅館内を散策する事にした。
(っと言っても旅館なんて、小さいゲームがいくつかあるぐらいで、それほど暇つぶしできるような物なんて無いよな〜〜〜?)
そもそも遊びと言う物から縁遠い生活をしてきた事もあって、龍斗はこの自由時間は一人で暇する事決定だと認識していた。
そのため、彼は『遊戯コーナー』と記された扉の無い部屋を覗く事無く通り過ぎる。
「なんですか今の動きは〜〜〜っ!? 機体がありえないほど柔軟な動きをしましたよ!?」
「きゃあぁ〜〜〜っ!? これで十回目の撃墜!? もう残機が無い〜〜〜〜っ!!」
「なんで今の攻撃躱せるんですか〜〜〜っ!? 実はシステムに介入してたりするんじゃないでしょうね〜〜〜〜っ!?」
「………ま、パワーいらずで、技術だけ求められる物ならこの程度は……かな?」
「この世界がロボット動かして戦う世界だったら、アンタ間違いなく名の残るパイロットになったでしょうね………」
『遊戯コーナー』から、そんな声が聞こえてきたので、ゲーム自体は楽しい物がある様だ。それでも龍斗は「解る人には楽しいんだろうな〜〜?」程度にしか認識しなかった。
外に出て、旅館の敷地内にある御店に訪れて見た。
一見、ただの御土産屋さんかと思えば、品揃えは、普通のアクセサリーショップと変わらない質を揃えられていた。女の子だけじゃなく、オシャレな男子も楽しめそうな様子に、龍斗も少なからず興味は出た。
「あれ? 龍斗くんもこっちに来たん?」
「はやて? こんな所で何してるの―――って……、アクセサリー見てるに決まってるか?」
「まあ、そんなところや。龍斗くんは?」
「俺はなんとなく。温泉前にちょっと散歩がてら……。でも、せっかく来たんだし、そうだなぁ………」
商品のアクセサリーを眺めながら、龍斗はふと、落ち込んでいた夜の事を思い出す。自分を元気づけてくれたなのは。何度思い出しても胸の辺りがぽかぽかして、何もせずにはいられない。ちょうど目の前にアクセサリーがあるのだ。ここは、お土産の一つでも買って贈ろう。思い至った。
「ちょっとお土産でも買おうかな? お世話になった人がいるから」
「ああ、女の子に御土産やね? それやったら一緒に選んだるわ」
「待て、待ってはやて……? 俺、いつ女の子に送るって言った?」
「そんなん、男の子がプレゼントする言うたら、相手は女の子に決まっとるやん?」
「決まって無い! そこ絶対決まって無い!」
「………って言うかな? 真面目な話、龍斗くんに男の子の友達おんの?」
「そんなのいるに決まって―――」
記憶喪失で親戚関係不明 → 故郷炎上。知り合いの全滅 → ルサイスを離れてから入院 → 入院中、塞ぎ込んで他人とのコミニケーション無し → 時食みを追いかけ、奔走中、一度だけ怪我をして入院。その間、親しくなった者無し → 病院でシャマルの存在を聞かされ、以降は知っての通り………。
「―――決まってるだろう!?(涙ッ」
結論。龍斗にも男の子として譲れない意地があった………。
「なんで泣いてんねん……」
はやてに突っ込まれてしまうが、龍斗は何も返す事は出来ない。
「まあええわ……。ともかく手伝うから探してみよか?」
「何か悪いな? はやてだって何か探してたんじゃないのか?」
「『何か良(え)えのないかな〜〜〜?』って、探してただけや、別に目的とかあらへんかったから、気にせんでええよ」
「それじゃあ……、お言葉に甘えようかな?」
はやての厚意を受け、なのはへの御土産を探す事にした。
なのはも女の子だ。龍斗の様に、女性のセンスに詳しくない男が一人で選ぶより、女の子に手伝ってもらった方が良いだろう。
「これなんてどうだと思う?」
「龍斗くん、実はあんまセンスない?」
「え? そうかな?」
「なんで龍の意匠をこらされたブローチやねん? 女の子向きと違うやろ?」
「いや、なんか『龍』って、何かを守る物として、すごく印象があったから………」
「女の子のデザインとしては最悪や」
「面目ない………」
「それよりこっちの方がええんと違う? このフリルのついたカチューシャが可愛えよ?」
「………はやて? それギャグだよね?」
「?(ニコッ」
「ギャグだと言いなさい。その、明らかに何処かの貴族に仕えていそうな使用人が付けるであろうカチューシャを、プレゼントするなんて冗談以外の何物でもないだろう!?」
「ほな、こっちにするか?」
「猫耳なんて付いたら明らかに可笑しいだろう!?」
「にゃーん、とか鳴いたら可愛くない?」
「か、可愛いとかそう言うんじゃないだろ!?」←(一瞬想像して赤面)
「(ニヤニヤ」
「次ぃっ!!」
「これなんてどうや?」
「蝶々型のイヤリング? 綺麗だな! これは良いかも?」
「……でも、ちょっと大人っぽすぎたかな?」
「ん? ああ……、確かに人は選ぶかも?」
「もうちょっと控えめなのないもんかな?」
「あ、これはどう? 可愛い感じで良いんじゃないか?」
「ん? どれ?」
「この……イタチ? オコジョ? ……あ、フェレットみたいだ。―――の、ブローチを―――」
「アカンッ! それはアカンよっ!」
「は、はやて?」
「それは、なのはちゃんへのプレゼントとしては致命的や! 別の探そう!」
「あ、ああ………? ………? ……! って!? 俺、一言もなのはの名前出してないはずだぞ!?」
「このコウモリは……、なのはちゃんのタイプとは違うなぁ〜〜……」
「ラクダのキーホルダー? これ以外と可愛いかも?」
「アカンがなっ!! なんでそんなもん選びよんねん!?」
「じゃあ、こっちのは? 足が長くてユニークなんだが?」
「女の子を相手にカマドウマ選ぶ奴があるかい!?」
「それじゃあ、こんなのはどう? 羽のところが七色で綺麗だぞ?」
「ひ〜〜〜〜っ!? それカメムシやんか!? なんでそんなもん選んどんねん!?」
「じゃあ―――?」
「もう次は私が選ぶ!!」
「これは?」
「ダメだろう……」
「こっちは?」
「無理だって……」
「そんならこれなんてどないな感じ?」
「却下!」
「もう……っ! なんでどれもアカンの? どれも可愛いの選んであげてるんに?」
「あのなぁ……! なんで事ある事に、『猫の手手袋』とか『犬耳カチューシャ尻尾付き』とか『鈴付き首輪風カチューシャ』とかマニアックな物ばっかり選んでんだよ!? 俺を変な趣味に目覚めさせたいのか!? こんなの送ったらドン引きされる事まっしぐらじゃねえか!?」
「案外喜んで受け取ってくれるかもしれへんで?」
「それはそれで、なんかいやだ………」
「ん〜〜……、中々決まらへんなぁ〜〜?」
「意外と難しいよな……」
「ん? あ、これ……!」
「ん? ……髪止め? あ、黒い羽根をモチーフにしてあるんだな? これは中々良いんじゃない?」
「……。ん〜〜〜? でも、なのはちゃんのイメージとはやっぱ違うかな?」
「そう言われると……? なのはは黒より白の方が似合う感じだし……。あ、でも黒も似合いそうかも?」
「それ、自分が見たいだけやろ?」
「否定はできない………」
「プレゼントって、小物の方がええと思ったんやけど……?」
「小物か………? それって置物とかでも良いのかな?」
「お? 中々ええ着眼点やん? 置物とかも見て見よか?」
「OK!」
親指を立てて答えた龍斗が、置物を置いている場所へと移る。だが、少し歩いてすぐに、はやてが追いかけて来ない事に気づいて振り返る。はやては先程手にしていた髪止めをしばらく眺め、それを元の場所に戻していた。
「………」
「はやて?」
「ん。なんでもあらへんよ。いこか?」
笑顔で振り返り、はやては先を促す。
置物売り場には、数は少なかったが、それなりに質の良い物は揃っていた。
「クマの引き出しみたいなのとか、猫の箱とか、面白そうなのが揃ってるな」
「そやねぇ〜〜、この中でなのはちゃんに似合いそうなもんは〜〜〜?」
「あ、これ……」
「ん、なに? おお! 入れ物のオルゴールやね!」
龍斗が見つけては掌に乗る様な、小さな箱型のオルゴール。値段もお手頃で、お礼としてはちょうど良い物だった。
「ほならこれにする? 他に目新しいもんもないし?」
「そうしようかな?」
ざっ、と他の物を見回した龍斗は、そのオルゴールを買う事に決め、頷く。
「ほな、お会計やな。ちゃんと包装してもろうて、ええ雰囲気の時に二人っきりで渡すんやで? それが一番女の子の心をグッと掴むんやから!」
「お、おお……? なんではやてがそんなに積極的なのかは解らないけど、とりあえず解った。確かに女の子に渡すのに、雰囲気を無視するのは失礼だもんな………」
真面目に推察してみる龍斗に苦笑いを洩らしながら、とりあえずはやては頷いて見せた。
「そんなら、さっさとお買い上げしてきい? 私は外で待っとるから」
「ああ」
龍斗は言われるまま踵を返し、オルゴールを会計に持っていこうとして、……ふと、とあるモノが目に付いた。
「………」
「どないかしたん?」
「ん? ああ…、いや、何でもない」
「?」
会計を済ませた龍斗は、はやてと共に旅館内の庭を歩いていた。
「せっかくなのはちゃんに渡すつもりなんやったら、ちゃんと雰囲気のある場所もチェックしとかなあかんよ? ほらあそこ! 池ん所に橋が掛ってるやろ? そこなんか、夜は月が池に反射してメッチャ綺麗になること受け合いやよ!?」
「何故だろう……、はやての助言は純粋に嬉しいのに、俺以上に熱くなってる彼女に疑問が浮かぶばかりだ……」
「はいはい! ぼうっ、としとらんでしっかりチェックしや? 本番はすぐそこやで?」
「監督?」
次々とチェックポイントを解説していくはやての姿を後ろから眺めながら、龍斗は楽しそうに苦笑いを浮かべた。
(なんか、こんな風に女の人に引っ張られるの、嫌じゃないな………。昔の事思い出せないけど、以前もこんな事があった様な……なんか落ちつくな)
はやての姿が、思い出せない誰かと重なる様で、龍斗は心地の良い気分に浸っていた。
(あ、そうだった……!)
っと、いつまでもはやてを眺めていたところで、龍斗はポケットに忍ばせていたとある物を思い出す。
「はやて」
「ん? なんなん?」
名を呼ばれ、振り返るはやて。
そのタイミングに合わせ、龍斗はごく自然な動作で手に忍ばせていた物をはやての髪に添える。
「へ?」
「買い物に付き合ってくれたお礼」
呆けているはやてに向かって、龍斗は優しい微笑みを送りながらお礼を言う。
少し慌てて池に映る自分の姿を確認したはやては、そのお礼と言うのが、髪飾りである事を知った。
「これ……、さっき私が見てた………?」
「物欲しそうにしてた―――って言うとアレかもだけど……? はやてにもだいぶ世話になってたし、ここら辺で何かお返しができたらな、って思っててさ。はやての好みが解らなかったから、さっきはやてが興味を持っていた物にして見たんだけど……それで良かったかな?」
「! ////」
(なっ!? ちょっと………っ!? これ、不意打ち……!? /////)
「? はやて? どうかしたのか? 顔赤いけど?」
「そ、そんなん……! 赤くもなると言うか……。〜〜〜っ!! もうっ!! /////」
はやては両手を上げながら大声を出すと、威嚇するように龍斗を睨みつける。
「あ、アカンよ! こ、こう言う事はやな……っ!? その………! お、女の子に勘違いさせるんや!! やったらアカン! やる相手を間違えたらアカンのや!! /////」
「うわっ!? ……え、えっと? もしかして俺、ミスった?」
「み、ミスもミスや! こ、こないなんはなのはちゃんとか! シャマルとか! キャロにしてあげる方が喜ぶやろ!? わ、私なんかにして…どないすんねん!? /////」
「ううぅ……、ごめんはやて………。気に入らなかったなら返してくれ。今度ちゃんとしたのを探して、やり直す」
申し訳なさそうに手を出す龍斗。
その手に反応したはやてが、漆黒の羽をした髪飾りを両手で庇いながら、三メートルはあろうかと言う跳躍力で後退した。
「い、いや……! これはええんよ! た、ただ……、渡し方が相手がちごうてやな……!? /////」
「? はやて? よく言ってる事が解らないんだけど?」
「!? な、何でもない! これは充分感謝しとる! 物はええよ! ありがとう! でも、次からこんな渡し方はアカンよ!? いや、なのはちゃんとかならOKや! でも、こう言うんは女の子勘違いさせるさかい、気いつけや!?」
言うだけ言うと、はやては物凄い勢いで走り去ってしまった。
「えっと………、イエッサー?」
状況を呑み込み切れない龍斗は、とりあえず形だけの敬礼をしてみるのだった。
「………。俺、なんか間違ってたかな?」
疑問に首を傾げる龍斗は、これからどうすればいいのかと悩んで立ち尽くしてしまう。
―――と、突然。空から血の雨が降ってきた。
「………」
まるでペンキをひっくり返したように龍斗の上にだけ降り頻った血の雨は、彼の姿を見事な深紅に染め上げていた。
ややあって、状況を理解した龍斗は心から叫びを上げる。
「なにいいいぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!??」
慌てて周囲を見渡すが、血の雨が降る様な原因が見つからない。
ペンキか血糊だと信じたかったが、それは紛れもなく鉄の匂いがしていた。
「な、何故いきなり旅館らしい怪奇現象が……?」
これが昼間ではなく、日の暮れた夜だったなら、もしくは、曰くありそうな部屋の中だったなら、龍斗は本気で怖がっていたかもしれないと背中に鳥肌を立たせた。
結局、血の正体は解らなかったが、とりあえず今の姿を見られたら、とてつもない勘違いをされそうだったので、とっと温泉に入る事にした。
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「なぜこうなった………っ!?」
温泉に入っていた龍斗は、未だかつてない危機に曝され、温泉の岩陰で必死に息を殺していた。
彼が未だ味わった事の無い危機! それは―――!!
「フェイトさん、本当にスタイルいいですね〜〜?」
「我儘ボディって、きっとこう言うのを言うんでしょうねぇ………」
「羨ましい限りですね」
「な、何!? 三人とも……!? そんな目で見ないで……!?」
「そうやって恥ずかしがる態度って、男性を惹きますよ?」
「もう! ギンガ!?」
「あはは、すみません」
「……、ギンガだって、お肌が綺麗で、シミ一つないし、綺麗な脚してるじゃない」
「! そ、そうでしょうか?」
「そう言えばギン姉……、陸上なのに、肌がすごく綺麗なんだよねぇ? あたしだって少しは気にしてるけど、肌の肌理(きめ)が細かいのかな? 磨けば磨いた分だけ艶々になってるような……?」
「ひ、人の脚を覗きこまないっ!?」
「スバル! 恥ずかしい事してるんじゃないの!」
「あ痛っ!? ……ティア〜〜! お尻叩かないでよ〜〜!? 転んじゃったじゃん〜〜!」
「アンタがバカやってるからでしょ?」
「むぅ〜〜〜………っ! 自分は揉み心地の良いおっぱい(いい物)持ってるからって余裕なんだぁ〜〜っ!?」
「なっ!? なんでそうなるのよ!?」
「あいた〜〜〜〜っ!(泣き」
「………。リインはここにいると軽く疎外感を感じるです……。どうせリインは大きくなっても子供体系が限界ですよぅ〜〜〜」
「あ、あれ? なんでリインは膨れてるの?」
「きっとフェイトさんには解らない事情です………」
「ギン姉が解ってあげても疎外感に悲壮感重ねるだけだと思う……」
「………。ごめんなさい」
「よくも謝りましたねぇ〜〜〜〜〜っ!?」
「きゃあぁ〜〜〜っ!? ちょ、ちょっと!? そんな乱暴に胸を揉まないでください〜〜〜〜っ!?」
「ひっ、ひあっ!? な、なんで私まで触るのスバル!?」
「え? どさくさにまぎれて、その豊満な物を揉んでみようかと? なんか見てると揉みたくなってくるので……」
「そんな理由で!?」
「スバル〜〜〜〜っ!!」
「あ痛〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
っと言う、声だけでもごちそうさまな光景が、温泉内で繰り広げられている。っと言えば、鋭い者はもう気付いただろう?
そう、現在龍斗は、混浴である事も知らずに入ってしまった風呂の中で、女性客が団体さんで現れてしまい、咄嗟に隠れてしまったという状況。現在龍斗が隠れる岩陰の向こう側では、女性客、文字通り『きゃっきゃっ、うふふっ』な光景を繰り広げている。
(しくじった〜〜〜〜〜っ!!! 完全に動きを止められた!? これでは外に出る事は愚か! 見つかる事は即、死につながる!? この場を生き残るにはっくれ通す以外に方法が無い〜〜〜〜〜っ!!?)
何より龍斗が苦しんでいるのは、女性客が入ってきたという、|それだけの事((・・・・・・))にではない。その女性客が、全員、龍斗の知らない相手だと言う事が問題なのだ。
もし、これがなのは達なら、隠れてしまった後にでも、大声を出して事情を説明すれば、事を荒立てずには済んだかもしれない。だが、ここにいるのはまったく知らない相手なのだ。下手をすれば変質者の誤解を受け、仲間からも蔑んだ眼差しを送られる事になる。
もしそんな事になった!? 最悪の想像をした瞬間、龍斗の脳裏に、汚物を観る様な眼差しをしたキャロの姿が映る。
「何だかんだと理由付けしておいて、結局やる事はお猿さんですか? 見そこない過ぎて哀れに等しいです。ゴミからやり直して焼却処分されてください?」
(い・や・だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!!!!!!!!!!??????????)
かつて無い激震が、龍斗に走る。
(せっかく仲直りしたキャロに、またあんな毒舌モードを全開にされるなんて絶対に嫌だ〜〜〜〜〜〜っ!!? しかも今回は事故と言ってもそのレベルが違い過ぎる!? ここで見つかれば警察沙汰……いや、管理局沙汰になるのは避けられない!? って言うか、皆の信頼関係木っ端微塵にした上に、牟所暮らし! やっと出たと思えば変態のレッテル!? ………―――社会的に―――死にたくな〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっっ!!?)
自分の大切な仲間達から、その裏切られた様な眼差しで見つめられる未来を予想し、龍斗の心が強靭な覚悟を生み出した!
(何としても見つかるわけにはいかんっ!!)
カグヤとの戦いでも、ここまで本気になった事はないだろう。龍斗の瞳に名前の通り龍(ドラゴン)が宿ったかのような炎が灯る。
(幸い、まだ気付かれていない。湯船に浸かりに来ると気が一番危険だが、団体みたいだし、こんな奥まで入り込んで来る事はそうそう―――)
「い、いい加減にしてよ〜〜〜〜っ!?」
「ああ〜〜っ!? フェイトさんが奥に逃げた〜〜〜っ!?」
(いきなり大ピ〜〜〜〜ンチッ!?)
逃げようにも逃げ道などない。既に温泉の奥側にいて隠れる場所など存在しない。
(いやっ!? この湯煙なら、あるいは―――っ!?)
湯煙に隠れようと姿勢を低くするが、頭一つ分、お湯から出ている状態では隠れきれない。そう都合良く湯煙が自分を隠してくれるわけではないのだ。
仕方なく、龍斗は頭までお湯の中に浸かり、お湯の中に潜る。
龍斗は水中戦も考慮して、魔力による酸素供給を行える。むろん、だからと言っていつまでも潜っているなど不可能。魔力による酸素供給と言っても、外の空気をシャボン状にして、水中に持っていけると言う物だ。酸素の限界量は酸素ボンベ一つ分には程遠い。
(それでも一分は息を止めてられる! 魔力を使って、少しずつ呼吸すれば三分は持つ筈!!)
三分もあれば水中を移動して、逃げ道を探す事も出来る。水中は多少濁っているが移動する分には問題無い。逆に上からでは湯煙が邪魔して見難くなってるはずだ。
そこまで考えての行動ではあったが、ここで彼はまた難関にぶつかる。
(いかんっ!? 出る場所がない!?)
奥には金髪の女性と短髪の少女が何か絡み合っている。脱衣所方面には青髪の女性とオレンジ髪の女性が談笑しているので出て行くわけにはいかない。
なんとか、端っこからこっそり出られないかと移動するが、その先に思わぬ伏兵が存在した。
「………、あの人は胸の大きさとか拘りのある人……じゃ、ないですよね?」
十分の一サイズの銀髪少女が、桶の上に座り、真剣な表情で自分の胸を揉み上げている。
(ミッドにはこんなのまでいるのかよっ!?)
その妖精サイズにも驚愕したが、まるで龍斗を包囲する様な陣形に、彼も慌てずにはいられない。そして何より、発展途上に見える文字通り小さい女の子相手とは言え、思いっきり刺激的な場面を見てしまい、必要酸素量も増加していた。
「?」
(やばっ!?)
不意に、ミニマムサイズの少女が、龍斗に向けて視線を向けた。
慌てて湯船の中で移動。なんとか人のいない場所に逃げようとする。
「ほらスバル! いい加減戻ってきなさい? せっかくの休みなのに、フェイトさんだけゆっくりできないでしょう?」
逃げた先に、オレンジ髪が湯船の中、四つん這いになって張ってきた。金髪の女性に迫る短髪を止めようと思っての行動だろうが、龍斗にとっては飛び出し自己目前に等しい。
(うおおぉっ!?)
何とか身を捻りながら急制動をかけて衝突を逃れるが、慌てた勢いで手が彼女の足を撫でるようになってしまった。
「きゃっ!?」
(やっばっ!?)
「どうしたのティア?」
「い、今何か足を撫でた様な……?」
「え?」
声を聞いた短髪、金髪、青髪の三人がぞろぞろと動き出す。図らずも、その行動が龍斗を包囲するような動きとなり、彼を更に追い詰めて行く。
(勘弁してくれ〜〜〜〜〜〜〜っ!!?)
波を立てて気付かれては危険だ。龍斗はお湯を揺らさないように、しかし急いで移動していくが、どうしても躱し切れず、身体の一部が撫でるようにかすってしまう。
「ひゃっ!?」
「やぁっ!?」
「わわぁっ!?」
三者三様の悲鳴を上げた彼女達は、それぞれ、湯船に視線を巡らせ始める。
「何かいる! 絶対なにかいるよね!?」
「まさかセイン………って事はないだろうし………」
「もしかして、………痴漢?」
「ひ……っ!?」
女性陣に警戒の色が濃くなり始める。
(いかんっ!? これでは逃げ切れんっ!?)
焦りながらも退路を探し泳ぎ続ける。しかし、そろそろ酸素の限界。なんとか息継ぎをしようとするが、顔を出せば間違いなく見つかる。
「今、何か湯船の中を通りました!」
途端、頭上から声を聞いた龍斗は、持ち前の魔力探知で、その相手を特定する。相手はどうやらさっきのミニマム少女の様だ。
(って頭上だと!? この辺は岩も無いのに!? 空飛んでるって事か!?)
あのサイズが空中から見張っていては何処にも顔を出す事が出来ない。出せば間違いなく発見される。さらに窮地に立たされた龍斗は、息苦しさに耐えながら、捕まらない内に湯船の中を移動し続ける。
「スバルそっち!」
「あ! このっ! ……フェイトさんそっち行きました!!」
「えっ!? ひゃっ!?」
「フェイトさん!? 逃げちゃダメです! ……はあっ!!」
(うおっ!? 拳圧で水が割れた!? 危ねぇ〜〜、後少しで見つかるところだった………)
だが、包囲網は狭まりつつある。このままでは捕まるのは時間の問題。酸素量も完全限界地点だ。色々な意味で死の危険を感じ始めた龍斗に、これまでに感じた事のない緊張感に曝される。
(こ、こうなったら最後の手段だ……っ!!)
龍斗は覚悟を決めると、湯船の液体を利用して、|それ((・・))を創り出す。
(液体相手だと難しいが……! |魔剣発動((ブレイド・オン))―――!)
水中で、龍斗は液体を手の中に集め、一つの『刀』と言う物体に圧縮し、精製する。
(御神流……『旋風』の変則―――)
左右の切り上げを魔力に乗せて撃ち放ち、お湯を上空に打ち上げ、お湯の壁を作りだす。水柱の様に撃ち上がったそれは、龍斗を酸素のある地上に曝す事になるが、同時に入浴中の彼女達の視界を妨げ、龍斗の姿を隠してくれる。
(今だ!! 『神速』っ!)
瞬時離脱。彼女達の視界が回復しない内に、湯煙と水柱に隠れ出口に向かって走り抜ける。
「!? ―――誰か知らないけど、逃がさないわよっ!」
龍斗の魔力感知能力が、背後から魔弾が迫ってくるのを感知する。
普通に振り返って対処できない事もないが、それでは足を止めてしまい、こちらの姿を見られる。『神速』の途中では避けにくい。
(それなら―――っ!)
龍斗は勢い殺さず、空中で前転するように宙返りを行い、身体が天地逆になったと同時に刃を振るい、『山彦』で魔弾を撃ち返す。更に着地と同時に、持っていた刀を放り投げ、魔剣(ブレイド)を解除。途端に圧縮された大量のお湯が弾け、水鉄砲の様に彼女達を襲った。
その隙をついて、龍斗は男子脱衣所に転げ込むと、着替えを掴んで廊下に出た。着替え自体は廊下を走っている間に済ませ、急ぎ自分の部屋まで逃げ込んだ。
部屋に入ってすぐ、サーチャーやマーキングの類をされていないか念入りに調べ、異常なしと解ったところで、やっと安心して倒れ込んだ。
「はあ、はあ、………ふっ、ふふ……っ」
自然と笑いが込み上げてきた龍斗は一度盛大に笑ってから壁にもたれるようにして座り直す。そして、生気のない目で宙を仰ぎながら彼は呟く。
「もう、俺に怖い物なんて無いぞ……カグヤ………」
青年は、ある意味最強の難関を超え、ライバルに等しい男に勝ったという実感を得ていた。
…………。
……それから数分後、噂の彼がどのような難関を迎える事になったかも知らずに……。
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「うっしゃあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! 龍斗くんも来た事やし! このまま野球拳でも始めたろうか〜〜〜〜〜〜っ!?」
『いえぇ〜〜〜〜いっ!!』
大広間で、皆が食事を始めていると聞いてやってきた龍斗は、襖を開けた瞬間、そんな意味不明な盛り上がりを見せる面々に、文字通り面喰っていた。
「一体何事だ………?」
固い声で呟きながら、周囲を観察する。
皆一様に紅潮した顔で、浴衣を着崩していて、直視するのは躊躇われた。床には御膳があって、その脇には酒瓶らしき物が散乱していた。
「……って!? もしかしなくても皆酔ってる!?」
「そんな事あるわけがなかろう? 酒は飲んでも飲まれるな…だ。この程度の量で酔ったりなどしない!」
「シグナム!? それ|掛軸((かけじく))で俺じゃないっ!?」
「いやぁ〜〜〜っ!? 龍斗くんが来るまでに味見だけのつもりだったんだけどね〜〜〜〜〜っ!?」
「なのは〜〜〜? 冷静に俺の質問に答えているようで、なんで明後日の方向見ながら御酒追加してるの?」
「きゃはははははっ!! きゃははははははっ! 私の視界ぐにゃぐにゃしてます〜〜〜〜〜っ!! なんで笑ってるのか意味解りません〜〜〜!! きゃはははは〜〜〜〜っ!!」
「キャロの酔い方は笑い上戸かよ……。それにしても、一番見た目通りの酔い方してるくせに、どうして自己分析が冷静にできているんだ?」
「う、うええええええぇぇぇぇぇんっ!! どうせ私なんか〜〜〜〜〜っ!! えええぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜んっ!!」
「泣き上戸とか一番面倒だ!? あれ? でもなんでだろう? すごくシャマルが普通に思える?」
「じゃんけん、ポン!! ヴィータの負けやで〜〜っ! 脱ぎや〜〜〜!!」
「はやて!? 何本気で野球拳やってんのっ!? しかもヴィータ相手にかっ!?」
「りゅ、龍斗……っ!? あ、あんまり、見ないでね………?」
「ぶは………っ!? ヴィ、ヴィータが一番変化し過ぎだろ……っ!? いつもより可愛い……っ!?」
「貴様〜〜〜〜〜〜っ!? たたっ斬る〜〜〜〜っ!!」
「なんでシグナムがいきなり切れてんだよ!? ……って待て待て! それレバンティンじゃないから!? 何処から持ち出したか知らないけど蠅叩きだから! あと、狙いつけてるのも俺じゃなくてなのはですよ!?」
「あいった〜〜〜〜〜っ!? 酷いよ龍斗くん〜〜〜〜……っ!(泣き」
「違う俺じゃないっ!? やったの暴走シグナム!? ……って、どうして浴衣脱ごうとしてるのなのは!? 意味が解らない!? 殴られたのは確かに肩ですけど脱ぐ必要皆無です!?」
「あ、熱く……、なってきました………。後で後悔しそうですけど、勢いに任せて脱いじゃいます………」
「キャロ〜〜〜〜っ!? 自己分析できてるのに自己制御出来てない〜〜〜〜〜っ!?」
「くすん……っ、龍斗さんがまた私を無視してる………。もう脱ぐしか―――っ!?」
「ダメ〜〜〜〜っ!? 脱いじゃダメ〜〜〜〜っ!?」
「あ、そうでした……。私既に脱ぐ以上の事をしたんでした………」
静寂と共に、周囲にドス黒い殺気が立ち込める。
「シャマ〜〜〜〜〜〜〜ルッ!?」
「こうなったら………、ここでもう一度御奉仕するしかっ!?」
殺気は殺意に変わった。
「う、うぅ……っ! わ、私だってっ! それくらいできます! 後で後悔するかもしれないけど勢いに任せて御奉仕します!!」
ガバッ!
「ちょっ!? キャロ! 帯を外しちゃいけません!! 早く戻しなさい! 服を整えなさい! あと御奉仕いらない!!」
「そうだな……。これ以上|獣((けだもの))の欲情を撒き散らされても困る。……ここは、私が一肌脱ぐとしよう……」
しゅるり……っ、
「シグナムさん!? 本当に脱ごうとしないでくださいっ!? って言うか脱ぎ方がエロすぎる……!? むしろ獣ゲージが上がりそうですから止めてくださいっ!!」
「おっしゃあぁっ! 負けてられへん! 私らも脱ぐで〜〜〜! えぇ〜〜いっ!!」
「え、えぇ〜〜〜いっ!!」
すぽぽ〜〜〜んっ!!
「子供みたいに脱ぎ散らかすな〜〜〜〜〜〜っ!! はやては家長だろう!? そんなの家族に教えちゃいけません!!(鼻血、ダバダバ」
「あ、この流れは私も脱がないと?」
「なのはは既に脱ぎ掛けてるだろっ! はやてが脱いでから知ったけど、皆実は浴衣の下、ブラ付けてないだろう!? 危なすぎるから脱いじゃいけませんっ!!」
「ポンポコたぬきさん」
「中の人繋がりっ!? ―――って、何を意味の解らない事を言ってるんだ俺はっ!?」
「それじゃあ、御奉仕を………」
「は、初めてですけど、がんばります……っ!」
「さあ、全てここで吐き出してしまえ」
「ん〜〜……! くっ付くと温かいわ〜〜?」
「う、うぅ……っ! はやてがやってるから、やってるだけだかんな……?」
「りゅ・う・と・くん♪」
女性メンバー全員に迫られる状況に、龍斗は大量の鼻血を出しながら追い詰められていく。
「ちょっ、ちょっと待って皆っ!? こんな所誰かに見られたら―――!?」
突然襖が開く。
「失礼しま〜す。御膳を下げに―――ごっゆくりどうぞ〜〜〜〜」
一瞬で状況を判断した従業員らしい少女は、顔だけ真っ赤にしながら早々に襖を閉めた。襖の向こうから「ど、どうしよう!? 凄いもの見ちゃった!? お、女将さ〜〜〜ん!?」っと言う声と共に去っていく気配が微かに感じ取れた。
「待ってくれっ!! せめて言い訳を―――!? ああっ! こっちも待って!? 本当に待って!? え〜〜っと、え〜〜っと!? うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
その後、何があったかは多くは語らないが、彼らのために一つ述べるとするなら……、
一線は、ギリギリ越えなかった。
「ギリギリじゃないやいっ!!! しっかり死守したやいっ!!!」
3
「酷い目にあった………」
まだまだ若い青年にとって刺激の強過ぎる体験を終え、龍斗は縁側で溜息をついていた。
酒に酔ったメンバーは全員寝てしまい、アレから起きてくる気配は全くない。それなりに御酒が飲める龍斗も、一口くらいは味わいと思ったところだが、あの状況で飲むわけにもいかず、今更になって飲むのも心苦しい。
「まったく………、どうしてこんなに騒いだりするのかなぁ? みんなちょっと羽を伸ばし過ぎなんじゃないだろうか?」
誰かが聞いてるわけでもないのに、龍斗は月明かりしか差し込まない庭の池を眺め、愚痴の様に独り言を呟く。
「御酒は飲み過ぎると身体に毒なんだぞ? せっかくの御酒、美味しく飲まなくてどうするんだよ? 大体さ、皆少しテンション違うんじゃないのか? あんなに御酒飲んで無理に騒いだりするか? 普段のキャラじゃないだろう?」
廂に持たれる様に両腕を乗せ、疲れた様に突っ伏す。
「はやてだってシグナムだってシャマルだって、こう言うのは事前に止めるタイプじゃないかよ? なんでわざわざ増長してんだよ? 意味解んないよ………」
顔を突っ伏したまま、龍斗の肩が少しずつ震え、やがて声にも伝播していく。
「ホントに……、本当にさ………? もう、なんでなんだよ?」
目頭が痛いほど熱を帯び、胸から込み上げる物を吐き出すように、彼は言葉を漏らした。
「なんで皆、そんなに俺に優しくしてくれるんだよ………?」
嬉しさが、胸を突いて涙が溢れる。それを必死に堪え、龍斗はどうしても理解できずに、疑問だけを思い浮かべる。
「そんなの、皆が龍斗くんの事を好きだからに決まってるよ」
不意にした声に、龍斗は咄嗟に振り返る。
そこには、柔らかい笑みを漏らす高町なのはの姿があった。
まだ酔いが抜けていないのか、頬は少しピンク色で、いつも片側で縛っている髪は、今はストレートに降ろされている。手には小さめの御酒の瓶と、おちょこが二つ。なのはそれを掲げて見せると、言外に「飲もう?」と誘う。
正直、御酒を飲みたいと思っていた龍斗は、濡れてしまった目の付近を袖で拭い、笑いかけて了承する。
隣同士に立ったなのはは、盃を一つ龍斗に渡すと、自ら酌をして器を満たす。
倣って龍斗もなのはに酌をすると、二人は満たされた器を軽く打ち鳴らし、静かに乾杯する。
グッ! っと、人の身にした龍斗は、胃を熱くする御酒の感覚をじっくり味わってからなのはに視線を戻し、微笑みかける。
両手で御猪口を持つなのはも、ホロ酔い気味の微笑みを返す。
「時々不安になるんだ……。俺はこんな風に幸せでいて良いのかなって? 俺の所為で命を落とした人がたくさんいるのに、その償いもしない内に、こんなに幸せでいいのかなって?」
龍斗の漏らす弱音に、なのはは微笑を浮かべたまま月を眺める。
「別に良いんじゃないかな? 龍斗はくん、ちゃんと昔の罪から逃げないで、正面から立ち向かってる。時食みを倒すのだって、時狂いを止めるのだって、全部龍斗くんが望んだ償いなんでしょ? 龍斗くんが罪から逃げるために、目を背けていたなら、私はきっと怒ってたと思う。でも、龍斗くんはちゃんと自分から向き合ってる」
「………。ありがとう、なのは。……でも、俺はカグヤに出会った時に、思い知ったんだ。俺が時狂いを止めるのは、償いのためだけであって、『時狂い』って言う事件そのものには、まったく関心がなかったんだって……。俺には、柊達が何故時狂いを起こそうとしているのか、まったく考えてなかった」
「うん、それは悪いね」
「胸が痛いです………」
「それじゃあ、これから龍斗くんはどうするつもりなの? 時狂いを止めるの止めちゃう?」
「………。いや、止めないよ。止めてどうなるモノじゃない。俺が自分で始めた事に皆を巻き込んだんだ。今更止めるなんて中途半端な事はしない。協力してくれる皆にも申し訳が立たないし、何よりこんな所で止めたら、結局俺はあの三人の事を何も考えないままで終わるのと変わらない。……彼女達がしている事は、間違いなく害悪だ。だから止める。その上で、どうしてこんな事をしようとしているのか? それを確かめないと」
「うん。それで良いと思うよ? 私が龍斗くんの立場でも、きっとそうする」
なのはの同意を聞いた龍斗は、その言葉を噛みしめる様に目を瞑る。
しばしの静寂の後、彼はとある決意を内に固める。
「なのは」
「ん?」
「俺は、あの三人の事を知らないといけない。でもその前に、俺はやらなきゃいけない事があるんだ。っと言っても、これは完全に俺の我儘だ。協力してくれている皆には迷惑をかける事になる。だから、皆に頼まなきゃいけない事なんだけど―――」
「いいよ」
「―――え? いや……? なのは? 俺まだ何も……?」
「カグヤ……くんの事だよね?」
「!?」
「なんとなく解るの。今の龍斗くん、昔の私にちょっと似てるから」
「昔の、なのは……?」
「うん。小さい頃、悲しそうな眼をした女の子と戦った事があるんだ。その時私は、その子の事がどうしても知りたくて、何度もぶつかった。………今の龍斗くんは、その時の私と一緒で、その人とお話がしたいって顔してる」
「『お話』………。そうなのかな? 俺はカグヤに、どうしても確かめたい事があって………でも、うん……。そうだな。俺はカグヤに会って言いたいんだ。『一緒に戦ってくれ』って」
『カグヤと言う人物は決して敵ではない』
龍斗には何故かそう思えた。
だからこそ彼は、自分が全力で戦った相手を認め、今度は手を取り合っていきたいと考える。
不可能ではないはずだ。カグヤも、あの三人に時狂いを起こさせる事は望んでいない。利害は一致する。そして、彼も仲間を求める心を持っている。誰かを蔑にしたり切り捨てたりする様な人間でもないと思えた。だからこそ、龍斗はそれが可能だと思いいたる。
それだけではない。
龍斗が彼を仲間にしたいと思う理由は別の場所にも存在する。
それは情報だ。管理局が血眼になって探している様な情報を、どうした事か、カグヤはあっさり取り入れ、独自の情報網を有しているように見えた。
事実、『時狂い』については、ミッド中で最も知識が集まっているとされる魔導書図書館にも、一切記されていないにも拘らず、彼は当然の様に知識を語っていた。龍斗の見立てでは、まだまだ彼は隠している情報を大量に持っていると見受けられた。
「やらなきゃいけない事。やりたい事。それは全部決まった。俺はカグヤともう一度話をして、和解して、あの三人を止める。そして全部聞く。聞いて、もし俺に出来る事があるなら、助けになりたい」
そう、だから龍斗は決意する。
「俺は、皆助ける。皆守る。それが俺の……目標だ!」
隣のなのはに視線を向けると、いつの間にか彼女も視線を合わせていた。
龍斗は強い眼差しを送りながら、それでも少しだけ瞼を伏せた。
「でも、今はまだ、少し怖い………かな?」
「……じゃあ、勇気、分けで上げるよ……」
次第に近づく二人は、互いの手を重ね、瞼を閉じる。
互いの唇に温かな感触を得、二人はしばらくそのまま静寂に浸る。
数分近い間の後、やっと離れる二人の頬は、お酒とは別の要因で朱に染まりきっていた。
照れくさそうに離れようとするなのはを、龍斗は腰に手をやって引き戻す。
驚いたなのはが龍斗の表情を覗くと、そこには大胆な行動の割に、少し緊張気味の男の子の顔があった。
「なのは………」
それでも熱を帯びた声で名前を呼ばれると、不思議と抵抗する気は起きず、早鐘を打つ胸を押さえながら、見つめ返す。
「えっと……」
緊張が先に立っている所為か、次の行動を見失いかける龍斗。
そこで彼は、とある事を思い出し、懐に仕舞ってあったとある物を取り出す。それをなのはへと渡した。
「これ、今まで結構お世話になっていたお礼と言うか、お詫びと言うか………、ううん、たぶん、本当はただ何かプレゼントしたかっただけだと思う。気に入ってくれると幸いなんだけど?」
そう言って彼が手渡したのは、掌に収まる大きさの小さなオルゴールだった。オルゴール自体が箱になっていて、ふたを開けると音が奏でられるようになっている。
受け取ったなのはは、耳に心地よい音律に聞き入りながら、心地よい雰囲気に身を浸していた。
「龍斗くん……、ありがとう……」
再び重なる抱擁。
ゆっくりと離れた二人の瞳には、もはや互いしか見えていないかのように、とろん、と溶け切っていた。
「なのは………」
「りゅ、龍斗くん……、こんなの所じゃ恥ずかしい……」
「イヤか?」
「い、や……じゃない、けど……」
「じゃあ、聞かない」
少し余裕が出た様に悪戯っぽい笑みを浮かべると、龍斗はなのはを優しく床に押し付け、そのまま上に覆い被さる。
「ま、まって!」
「うん、待つよ」
「あ、……うん」
覆い被さったまま余裕の笑みを浮かべる龍斗。
求めているはずなのに、なのはの事を優先して考える青年の優しさに、まだ恋も知らなかった少女の心は次第に|解((ほぐ))れて行く……。
「来て………いいよ」
「うん……」
月夜の晩、二人の想いはこうして重なる事となった。
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