たかやなんち |
貴之が正気に戻ってから5年が経った。それくらいの年数があると色々変わって
くるものだ。本人達やその周りも。
そして貴之も色々溜まったツケを全部支払った上で俺に改めて告白をしてきた。
俺はいつも通りに素っ気無く答えたのだが、胸の中で暖かい何かが広がっていくのを
感じて思わず微笑んでいたのを覚えている。
「ここですか、柳川さん?」
「あぁ、そうだよ」
貴之の告白を受けた後、深く口付けをした。それから俺は貴之に…いや俺たち二人へ
のプレゼントを俺自身で用意をした。給料のほとんどを貯金に回してでも欲しかったのが。
「ここが新居かぁ、もうワクワクしてきてるよ」
「はしゃぐな、鬱陶しい」
とはいえ、俺も貴之のテンションに引かれて少しばかり気持ちが昂ぶっているのが
わかる。マンションや仕事場からそう離れていない所ではあるが良さそうな土地に
新築の一軒家が売りに出されていたのを見てからずっと考えていた。
一応自分でも調べていたが、土地勘と知識が豊富な柏木千鶴とも話しをした結果
今に至るわけだが。そう思い出しながらメガネの真ん中に指をあてて位置を調整する。
車から出て少し小さめの二階建ての家だが二人で住むのには十分な大きさの外観を
見てから俺は新調の合鍵を取り出して玄関のドアを開けて中へと入ると
新しい家独特のニオイがスッと鼻に入ってくる。
「こういうのいいね〜」
真っ先に貴之が玄関から上がって子供のようにはしゃいでいる姿を見ていると
微笑ましく思えた。俺も続いて上がって貴之の後を追う。
家の中は日の光の通りがよくとても明るく見え、天井が高めのせいか広く感じられる。
入ってすぐの右手の所に二階への階段が見え、階段の反対側にはトイレを設置。
奥には洗面所と風呂場。リビングなど、分かれる道があり先に貴之は台所へと向かった。
「最近料理研究しててね〜。今度柳川さんに作ってあげるよ」
「食中毒にならないように気をつけてくれよ」
「ひどいなぁ〜」
ちょっとムスっとする貴之。だけどすぐ笑みを作って嬉しさを前面に現す。
なんでもないこの時間がとても心を穏やかにさせる。そのことが不思議で幸せに感じる。
「柳川さんのために専業主夫をやってみたいな〜って思うけど」
「そうか・・・」
「バイトもそれなりに楽しいんだよね〜。って柳川さん、何がっかりしてるの!?」
「いや・・・なんでもない」
家に帰ると貴之が夕飯の準備をしていて玄関まで迎えに来てくれる妄想を広げていた
だけに、違うと分かると途端に頭が穂が垂れるような形になってしまった。
そんなあからさまな態度をとっても自分で否定したのは恥ずかしい気持ちを
隠すためと、貴之がせっかくやる気があるのにわざわざ削ぐ必要がないと判断したからだ。
「まぁいい。とりあえず他も見てみるか?」
「うん」
首を傾げている貴之を俺が先に行くように促すと貴之は軽い音を立てながら
二階へと上がっていく。すると、二つある部屋の一つを覗くと入り口の辺りで
立ちふさがっている。
「どうした?」
「柳川さん、これ・・・」
どうしたと言っておきながら俺は部屋の中のことを知っていて聞いているのだ。
貴之の後ろから覗くとシンプルながら少し広めながらフローリング床の部屋がある。
もう一つの方も同じような作りになっているが荷物が全部届いて配置をすれば
それぞれの性格にあった色に染まるだろう。
それよりも貴之の驚きは別の所にあって、部屋の隅に寄せてあるベッドに視線が
行っていた。
「この大きいのって」
貴之はベッドに指を差すと言葉が詰まるように言うと、俺はそんな様子を見ていて
思わず笑い声が出てしまう。そう、二人で寝たい時のためにベッドはダブルにしたのだ。
貴之側も同じようにしてある。
それは夜の営み用として。あまりにも狭いといけないと思っての配慮である。
前に激しくしすぎて落ちて間抜けな格好になったことがあるから二の舞だけは避けたい
という一心に尽きた。
「これなら好きなだけイチャつけるね」
「そうだな」
ちょっと照れくさい気持ちはあったがそこは否定しなかったのは、伝えたい事が
伝えられない状態になってからでは遅いと実感していたからだ。
今のこの状況でいられるのは奇跡に近い。だから一つ一つの大事な言葉はしっかりと
応えてあげたい。
「柳川さんをどうやって喘がせようかな〜」
「・・・」
こういうふざけた時は相手にしないけどな。
家を十分に見て回ると次は家の周辺の散策だ。あまり離れているわけではないが
環境が少しでも変わるならチェックしておいた方がいい。
運良く近所の人間がいれば挨拶程度でもしておいた方が心証も良いことだ。
「あ、この辺にはあのスーパーはあるのか〜」
新たな雰囲気の良い喫茶店や最低限に欲しい店は大体揃っていて、少し足を伸ばせば
柏木や俺たちがそこそこ行ったことのある公園に着くみたいだ。
歩きながら確認をすると貴之は嬉しそうに公園を見て呟く。
「同じ公園でも住むとこが違うと新鮮に感じるね」
「道が違うからかもしれないな」
帰る間際に柏木初音と会って挨拶と軽い立ち話をしながら俺たちは新居へ戻った。
まだ物が揃ってるわけではないが、最低限の生活できるのはあるので
帰ってすぐにお湯を沸かしてお茶を淹れた。
コポコポという小気味の良い音を立て湯気が昇っていく。
今日のために買っておいたちょっと高めの緑茶を淹れてから火傷をしないように
ゆっくりと啜る。
口の中に入って鼻から抜けると渋めの味と爽やかな香りを強く感じられた。
「美味しいね〜」
と、貴之が呟くのに対して俺はその言葉に静かに頷いていた。
まったりとして空気にどんどん時間が経っていくが、たまにはこういう日も悪くは無い
と感じた。
そして間が空くと貴之の方からいつものように話題を持ち出してくる。
他愛も無い内容だが俺はちゃんと聞きながら言葉を選んで返していた。
そうしている内に外は夕焼け色から黒一色に変わり、俺の貴重な休みが終わろうと
していた。だが、心の中には言葉にしようもない満足感が残っている。
外を覗いていた俺に柳川さんという貴之の声が聞こえて振り返る。
その名前を呼ぶときには妙なリズム感に乗せながら発していたのがくすぐったい。
「どうした」
「一緒に寝よう」
迷いも裏もない素直な言葉に俺はちょっとだけ顔を熱くしながら貴之に手を引かれて
部屋へと連れられていった。
着替えてベッドに入った俺の体の上には抱きつきながら寝る貴之の重みを感じていた。
この重みと温かみが確かに貴之が傍にいる実感をくれる。俺は貴之の頭を撫でながら
僅かに鼻をくすぐる貴之の匂いを嗅ぎ、目を瞑った。
これからはもっと近くにいることができる。たとえケンカすることがあったとしても
最後には笑って元に戻れる、そんな幸福な日々が俺を待ってるかもしれない。
そのためにも俺はどんな努力も欠かさないつもりだ。
もう二度とあんな辛い想いはしたくないから・・・。
俺の意識は徐々に落ちていき、眠りに就いた。
悪夢を見ることも、俺に囁く鬼の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。
願わくばこの幸せが永遠に続くよう・・・。
お終い
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他に使うつもりが使わずに置いてあったので勿体ないので投稿します。以前投稿したか記憶にないんですが、たぶん大丈夫かと; | ||
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