みとりんイメージアップ大作戦
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「お、お姉ちゃん! わ、私と、け、結婚しようッ!」

 ……ありのまま今起こっている事を話そう。

 朝、目が覚めたら妹が馬乗りになって血迷い事をほざいていた。

 うむ、言ってる自分でもよく解らんが、実際そーいう状況なのだから仕方が無い。夢オチだとか、妄想オチなどでは無い、完全にただの出オチである。

「……にとり。((地底|ここ))にはもう来るなと言っただろう?」

「……うう。何事もなかったようにスルーするんだね、お姉ちゃん……」

 とりあえず状況を整理しよう。

 私の名は『河城みとり』。嫌われ者達が住まう地底の住人である。

 そして今、テンパった表情で私に跨っている残念な美少女は『河城にとり』。地上に住む妖怪、河童の一族であり、私の妹でもある。

 と、言っても母親が違う所謂『異母姉妹』と言うやつなのだが、そこらへんの事情は複雑なので今は割愛しておこう。

 訳あって私が地底へと潜ってしまった為、長年の間生き別れのような状況が続いていた。

「お姉ちゃんがそうゆう態度をとるなら、次の手段に移るしか無いかな……」

 そんなある日の事、地上から人間が私の元へとやってきた。久しぶりの人間との接触であった。

 そして数奇な事にその人間は生き別れの妹と面識があった。結果、私の身元は見事に妹にばれてしまったという訳だ。

 そうなれば妹がここを尋ねてくるのは当然な流れであり、最近は毎日のように私の家へと通っている。それが私の悩みの種であった。

 一応、誤解の無いよう言っておくが、私は人間も河童も嫌いだが、妹の事は嫌いでは無い。……むしろその逆。つまり……まあ、そのなんだ、言わせんな恥ずかしい!

「ちょっと恥ずかしいけど、仕方無いよね」

 そうそう、恥ずかしいのだ。とにかく! そんな訳なので、妹が毎日のようにこんなアングラな場所へと来る事は好ましい事では無いと考えた。

 正直、身内から見ても妹は可愛い(断言)。そんな可愛らしい娘に地底の良からぬ輩が手を出さない訳が無い。私ならそーする。

 だから昨日、私は心を鬼にして妹に『ここへは来るな』と言い渡したはずなのだが……

「ぺ〜ろぺろ! ぺ〜ろぺろ!」

 何故か私の顔を舐め回している始末である。

 ……ってぇ!?

「ななななにするだぁぁぁぁ!?」

 動転した私は、思わず妹を綺麗なフォームの巴投げで思いっきり張り倒してしまった。

 

  ◆

 

「うう、酷いよ、お姉ちゃん……」

 頭に出来たタンコブを押さえる涙目の妹。

「お、お前がおかしな事をするからだ! 全く、一体何のつもりだ?」

 とりあえず妹を正座させ、何故このような事をしたのかを問いただす。正直私には難易度高すぎで理解の出来無い行為だ。

「え、えーとね、昨日お姉ちゃんにもう来るなって言われたのがショックで、山に帰る途中、落ち込んでたんだけど……」

「……うっ」

 妹を傷つけてしまった事に思わず心が痛む。

「その時、最近知り合った妖怪の子が偶然通りかかったから、事情を話して相談に乗ってもらったの。その子もお姉さんがいるって聞いてたから」

 ふむ、相談に乗ってくれる辺りは、まあ良識のある奴のようだ。が、何をどうすればあんな事になるのだ。そこが理解出来ん。

「そしたら『そんなにお姉ちゃんが好きなら結婚しちゃえばいいんだよ!』って」

 いやいやいや!? おかしいおかしい! どこをどうすればそんな結論になるんだよ!? 話が突拍子無さ過ぎだろ! 脳味噌腐ってんのか? そいつは。墓場にたむろしてるゾンビか何かじゃないだろうな。

「姉とは妹のぺロぺロに弱いもの。だから最終手段はペロペロ! それでお姉ちゃんはイチコロだって……」

 なるほど、解らん。そいつがどうしようもない変態だって事以外はな!

 全く、人の妹に妙な事を教え込むとは実に度し難い。が……それを鵜呑みにする我が妹もいかがなものか。

「よし、とりえずそいつをシバキ倒そう。どこのどいつだ?」

「ええ、とね。地底にある地霊殿ってところの――」

 その人物の名を聞いた私は、思わず頭を抱えこんでしまった。

 

 ◆◆

 

 地霊殿。

 ここは旧地獄跡地に建てられた、灼熱地獄を管理する為の施設である。

 地底では一番権威が有り、畏怖されている。と、同時に地底で一番の嫌われ者が住む場所でもあった。

「ここがあの変態が棲むハウスだ」

「わぁ、生で見るのは初めてだよ。結構大きな洋館だね。紅魔館以外でこんな立派な洋館、初めて見たかも」

 どうやら妹は地霊殿の事は知っていたようだ。

 私もここの住人とはちょっとした顔見知りで、堂々と上がり込んでゆく。

「勝手に入っちゃっていいの?」

「構わん。どうせ私達の来訪など、とっくにアイツには知られているだろうからな」

 ステンドガラスに彩られた長い廊下を暫く進んでゆくと大きな扉が目の前に立ちふさがった。

 その扉を開けようとドアノブへ手を伸ばしたその時、部屋の中から声が聞こえてきた。

『……おねぇちゃん、あ〜そぼっ?』

『……ダメよ。私は今、手が放せないの』

『……えぇ〜! 私は今、おねえちゃんと遊びたいのぉ。こぉんな風にぃ……』

『……あんっ!? やめなさい、そんなとこ』

『……うふふ、ここでしょ? おねぇちゃんの弱いとこ。ええか? ええか? ええのんか〜? うふふ!』

『……あぁん……もう……仕方の無い子ねぇ。いいわ、好きにしなさい……』

『……うふふ、やっと素直になってくれたね。それじゃ、遠慮なくいっちゃうよ?』

 部屋の中から漏れ伝わる淫靡な声に私と妹は思わず顔を赤らめて硬直してしまった。

 ハッ!? いかん、危ない危ない。これは何かの規制に引っ掛かる流れだ。

「やめんかぁぁ! 変態は禁止じゃぁぁ!」

 ドーン! と勢いよくドアを蹴り破り、部屋の中へと踏み込むと、そこには衣服を着崩し抱き合う二人の少女の姿が。

 ……実はマッサージをしてただけでしたーなどと言う深夜ラジオ的なオチをちょっとは期待していたのだが……そんな事、なかったぜ。

「あら? 誰かと思えば河城みとりさんじゃないですか。お久しぶり」

 突然の訪問者に驚きもせず挨拶を交わす、こいつの名は『古明地さとり』。

 地霊殿の主であり、人の心を読む能力を持った覚妖怪である。その能力のおかげで私達の訪問も筒抜けだったようだ。しかし、それを判っていながらこの行為。やはり変態か。てか早く服を着ろ!

「ごめんなさい。ちょっと『マッサージ』をしていたもので。うふふ」

「やかましいわ。だいたい久しぶりって何だよ。この前会ったばかりだろうが」

 先日の事だ。突然私の家にやってきたかと思えば、世間話をした後、とっとと帰っていったのだ。あれは何がしたかったのかさっぱり解らない行為だった。

「……あらあら? どうした事かしら。先日会った時にはまるでヘドロのように真っ黒だった貴女の心が、今ではドブ川のせせらぎのように澄んでいるじゃないですか」

 それは褒めているのか貶しているのか。とりあえず先日の訪問は私の心を探るのが目的だったと言う事か?

「なるほど。やはり私の判断に間違いは無かった訳ね。彼女達ならお風呂場の黒カビのようにこびり付いた貴女の心の闇をキレイに洗い流してくれると信じていたわ」

 さっきからドブとかカビとか、こいつは私に喧嘩を売っているのだろうか。

 ん? 彼女達? それってもしや……

「あの人間達はお前の差し金か!?」

 妹が家に押しかけてくるきっかけになった人間達。まさかこいつが原因だったと言うのか?

「あれは星熊さんの依頼よ。まあ、地上の人間をけしかけるよう提案したのは私だけど」

「やっぱりおめーのせいじゃねーか!」

 それに勇儀の奴も一枚噛んでたのか。くそ! どいつもこいつもいらん事をしおってからに!

「いいじゃない。そのおかげで妹さんと再会出来たのでしょう?」

 全く悪びれた様子もなく、古明地さとりはチラリと妹のにとりへと視線を送る。

「こいしちゃん! こんにちはー。昨日はありがとうね」

「やっほー、にとりん。どう? お姉さんとは仲直り出来たぁ?」

 妹は古明地さとりの妹『古明地こいし』と親しげに会話をしていた。

 こいつが妹に変な事を教えた張本人か。実は姉のさとりよりも妹のこいしの方が交流は多かったりするのだが、今はそんな事どうでもいい。とりあえず妹よ、そいつシバくから離れてろ。それもまた極度の変態だ。

「アーッ! にとりんのお姉さんってみとりんの事だったの!? もー、ダメじゃない、姉妹仲良くしなきゃ。にとりん泣いてたよ?」

 私の姿を見るや否や、プンプンと頬を膨らませながら詰め寄ってくる古明地こいし。

「こ、こいしちゃん。そ、その話はもういいんだよ……もう平気だから」

 うぅ、泣いてたのか。再び私の心が罪悪感に苛まれる。

 そんな私の様子を古明地さとりはニヤニヤとした、実にイヤラシイ顔で眺めている。

 ……こいつ、視ているな。私の心を。

 そう、これこそがこいつが嫌われる最大の理由。人の心を覗き視て愉悦に浸る、実にゲスい奴なのだ。

「そんなに妹さんが大事なら彼女の望み通り一緒に暮らせばいいじゃない。いいわよー、妹のいる生活。ノーシスターノーライフよ」

 妹を犬みたいに言うな。どうやらこちらの事情も了承済みのようだな。説明いらずと言う点では便利な能力ではある。

「それが出来無いから今まで離れて暮らしてたんだろうが」

「それは貴女が人間と河童のハーフだから? 人間にも河童にも疎まれていたから、一緒にいると妹さんにまで迷惑がかかる、と」

 ……ああ、そうさ。私なんかがそばにいたら、妹まで嫌われてしまう。妹は私とは違って河童の両親から生まれた純粋な河童なんだ。無用な揉め事に巻き込む訳にはいかない。

 だから私は人知れず妹の前から姿を消し、地底へと潜ったのだ。

「そんな事無いよ! 今の幻想郷は昔とは違うの! 今の若い子達にはそんな事で差別したりする人はいないよ!」

「ん〜……そうだねぇ。私もちょくちょく地上に出かけたりするけど、新しく幻想郷にやってきた人達もすんなり馴染んでたよ?」

 失われた信仰を求め外の世界から神社ごとやってきた神達。

 妖怪に与して魔界に封印されていた僧侶。

 尸解仙として現代に蘇った過去の偉人。

 そんな今の幻想郷の様子を妹と古明地こいしは私に説明してくれた。なるほど、確かに今の幻想郷は何でも受け入れてくれるのだろう。だが、それでも、だ。

「やっぱり駄目だ。そもそも私自身が人間や河童を嫌っているんだ。今更仲良くしろって言われても無理なんだよ」

 人の縁ってものは、お互いが歩み寄ってこそ成立するものだ。私が地底に潜っている間に地上は変わったのかもしれない。だが、私自身は何も変わってはいないのだ。

「そ、そんな……お姉ちゃん……そうだ! 地上にくればキュウリがいっぱい食べられるよ! どう? 素敵でしょ!」

 何かいきなり説得のランクが下がったな。

「いや、別に。そんなに胡瓜好きでも無いし」

「ガーン!」

 私は半分人間である為、純粋な河童のように胡瓜にそれほどこだわりは無いのだ。むしろ、河童は胡瓜で釣られ過ぎな気がする。

 それはともかく。流石にここまで言えば諦めてくれるだろう。妹にはまた悲しい想いをさせてしまう事になるが、仕方が無い。これもお前の為なのだ。

「そういえば、にとりさん。霧雨魔理沙さんは元気かしら? 貴女とは仲良くしていたと思いますが」

 突然、これまでの会話の流れとは全く関係無い話題を持ちだす古明地さとり。

「え? 魔理沙? は、はい、元気ですよ? この間も一緒に発明品の実験に付き合ってもらったりしましたし」

 霧雨魔理沙と言えば、この間接触した人間の一人だ。黒い格好をした魔法使いだったか。しかし何故、今その話を?

「……ねぇ、みとりさん。知ってます? その霧雨魔理沙と言う人物、中々の遊び人らしいですよ?」

 古明地さとりは妹には聞こえない程度の囁き声で私に話しかけてきた。

「……は? 遊び人?」

「……そう、女癖が悪くてね、これまでに結構な数の女の子を泣かせてきたんだとか」

 待て待て、何だそのツッコミどころ満載な話は。そもそもそれがこれまでの話の流れとどう関係が、

「……ありますよ。だってその魔理沙さん、にとりさんとは『お友達』なんですよ? それがどう言う事か、考えてみてください」

 妹が女癖の悪い奴と付き合っている、って、つまり、それって……いやまさか。

「……そのまさかですよぉ。いいんですか? このままだと貴女の大事な妹さん……食べられちゃいますよ? もちろん性的な意味で。モグモグパックンチョってな具合に」

 ……何……だと……?

「見たところにとりさんってあまりそっち方面は免疫なさそうですし、ジゴロな魔理沙さんにとってはチョロイ相手なんじゃないですかねぇ」

 人の妹をチョロイとか言うな。……いや、まあ確かに古明地こいしの妄言を鵜呑みにするような奴だしなぁ。十分あり得る、のか?

「……さて、そんな危機的な状況のにとりさんの純潔を守るにはどうすればいいんでしょうねぇ?」

「……妹に手をだす奴は私が始末してやる。今度は弾幕ごっこなんかじゃすませないぞ」

 思わず黒い感情が湧きあがる。私は妹の為なら何だってする覚悟があるのだ。

「……ダメですよ。まがりなりにも魔理沙さんはにとりさんのお友達なんです。そんな事をしたらきっとにとりさんは悲しまれますよ? しかもお友達を手に掛けた者が最愛の姉だなんて……あ あ! 何と言う悲劇! その時、彼女の心はどれほどの傷を受けるのでしょうか……ねぇ?」

 まるで演劇のような言い回しだ。うぜぇ。

「それはきっと、昨日とは比べ物にならない程の悲しみを背負う事になるでしょう。でもそんな悲劇的結末(カタストロフ)を回避出来る手段があるのです。解りますよねぇ? ……妹さんの為だったら、何でもするっていいましたよね? ん〜?」

「ぐ、ぎぎぎ……っ!」

 そうきたか。挑発的な言い回しではあったが、こいつが何を言いたいのかは理解出来る。

 ……いいだろう。妹の為とあらばその挑発、乗ってやろうじゃないか。

「……にとり」

「ひゅい!? な、何? お姉ちゃん」

 私の低い声に思わず怯える妹。

「……私は、胡瓜よりトマトの方が、好きなんだ……」

「はぁ。お姉ちゃんまで突然何を……?」

「だから、その、トマトが好きなだけ喰えるんなら……お前と地上で暮らす事も、考えてやらなくも、ない。うん、地底じゃ生野菜は貴重だからな」

 ……自分でも苦しい言い訳だとは思う。現に古明地さとりはケラケラと笑い転げてやがる。くそ! 後で絶対シバキ倒してやる!

「う、うん! うん! いいよ! お姉ちゃん! 知り合いに豊穣の神様がいるから、頼んでトマトいっぱい貰ってきてあげるよ!」

 妹は満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。理由など瑣末な事、それより私と一緒に暮らせる事が何よりも嬉しい。そんな想いが伝わってくる笑顔であった。

「……ふふ、姉妹そろってチョロイものね」

 あん? 何か言ったか? 古明地さとり。

「いいえ? 何も。ふふふ」

 ふん、笑いたきゃ笑えってんだ。ったく。

「やったね、二人とも! 結婚おめでとー!」

 古明地こいしは万歳しながら私達の新しい門出を祝福してくれた。って、いや、結婚とかそういうんじゃねぇから!

「そうと決まれば、みとりんのお引っ越ししなきゃだね! お燐やお空にも手伝うよう言っておくよ!」

「私は河童の仲間や山の神様に挨拶しとくね。引っ越し蕎麦とか用意しなくちゃ!」

 盛り上がる妹コンビ。実にノリノリである。

 が、

「待て待て、手伝いとか挨拶とか別にいらんぞ。地上で暮らすとは言っても他人と慣れ合う気は無いんだからな」

 そんな私の言い分に二人は「え?」と驚きの表情で私を見つめてきた。

 な、何だ、その顔は。私はそんなに変な事を言ったのか?

「地底ならともかく、地上で暮らすには他人とのコミュニケーションは必須よ。そんな『彼女とか結婚とか興味無いからセックスも興味がありません』何て言い張る万年童貞みたいな痛い言い分、通用しないわ」

 おい、やめろ。てか、どんな例えだよ。そもそも万年引きこもりのお前だって似たようなもんじゃないか。

「あら、私は経験者よ? くすくす」

「やだ、おねえちゃんたらぁ……もぉ〜」

 不敵に笑う古明地さとり。そして何故か照れる古明地こいし。もうやだこの姉妹。

「で、でも御近所付き合いとか大事なのは確かだよ、お姉ちゃん」

 えぇ〜……何だかメンドクサクなってきちゃったなぁ。さっきまでのやる気がどんどん萎えていく。

「どうせ私は嫌われ者だしぃ? だったら最初から関わりなんてもたなきゃいいしー」

「ああ、お姉ちゃんからドン引きするようなネガティブ発言が……」

「何だかんだ言ってたけど、結局の所みとりんってただのコミュ障なんじゃない?」

 うっせ。

「過去の迫害がトラウマになっているのね。つまりみとりさんは他人が嫌い、と言うより他人から嫌われるのが怖いのでしょう」

 くっ、割と図星な為、反論出来無いのが悔しい。

「だったら逆に考えるのよ。嫌われる前に好きになってもらえばいいさ、ってね」

 それってこちらから相手に好かれるようアピールをしろって事か?

「向こうが一方的に嫌ってるのに、何でこっちが媚びへつらうような真似しなきゃならないんだよ」

 ただ人間と河童のハーフだというだけで私を排斥してきた奴らに、何故こちらから頭を下げるような事をしなければならないのだ。

「だから、そんな古臭い思考してるのは年寄り連中だけだよ。どうせほっとけば先にくたばっちゃうんだから、言わせておけばいいんだよ」

 妹の思わぬ黒い発言に少し驚いた。妹は妹で河童の古い掟に思うところがあったのだろう。

「そうね、万人に好かれるなんて無理な話ですもの。それでも貴女に好意を示してくれる者が増えるのなら、その努力は決して無駄な事では無いわ」

 そりゃまあ、好意を示してくれると言うなら、それまで拒否する気は無いが。

「それじゃ皆でみとりんを人気者にしてあげよう! みとりんイメージアップ大作戦! だね!」

「おー!」

 再びテンションが上がる妹コンビ。

 イメージアップか。自分が人前でアピールをするなんて考えただけでも憂鬱だなぁ。

「それなら私に良い考えがあるわ」

 我に策あり。そんな不敵な笑みを浮かべる古明地さとり。どうしよう、嫌な予感しかしない。

「これを利用するのよ」

 そう言い、古明地さとりが取り出したのは一冊の薄い本であった。

 そこに描かれていたのは銀髪眼鏡の青年と入道みたいな厳ついおっさんが濃厚に絡み合う漫画であった。……うわぁ、これは間違いなくホモですねぇ。たまげたなぁ。って、なんじゃこりゃ!?

「これのどこが私のイメージアップにつながるって言うんだよ!」

「本よ。人前に出るのが苦手なら紙媒体を使って自己アピールをすればいいのよ」

 言いたい事は解ったが何故この本を選んだし。

「趣味よ」

 趣味かよ! しかもよく見ると著者名に『古明地さとり』って書いてある。描いたのお前かよ! 何やってんだ!? 地霊殿当主!

「結構評判はいいのよ? ほら、にとりさんも興味があるみたいだし」

「わ、わ、わ、すごぉ〜い……」

 顔を赤らめながらも興味津々といった様子でホモ本を読みふける妹。

「こらっ! そんな本読んじゃいけません! 禁止、禁止! ホモは禁止!」

「ふふ、ホモが嫌いな女の子なんていないのよ? どうやらにとりさんは新たな世界の扉を開く事が出来たようね……」

 んなもん開かんでええわ! むしろ溶接して完全に閉じとけ!

「でもお姉ちゃん。本を作るってのは良いアイディアだと思うよ。私も本を読む事で認識を改める事もあるし」

「それはさっきのホモ本の事じゃ無いよな?」

 ……何故目をそむけるのだ、我が妹よ。まあいい、後でゆっくり話し合おうじゃないか。

「しかし……私の本、ねぇ。それこそ誰がそんな本読むって言うんだよ」

「いやいや、貴女というモチーフは中々魅力的だと思うわ。経歴、能力、姉馬鹿。どれも素敵な萌え要素となるわ」

 萌え要素なのか? それは。最後の一つがひっかかるが、まあいい。だが大きな問題が一つある。それは私が絵も文章もそれほど得意では無いと言う事だ。創作活動なんてやった事も無いぞ。

「そこは代筆を頼めばいいのよ。むしろ他人に描いてもらった方が効果はあるわね。それもなるべく大勢の人に」

「そうだね、色んな角度からみとりんの魅力を描いてもらえるし、それだけ多くの人が興味を持ってるって宣伝にもなるよね」

 待て、これから私の事を知ってもらおうってのに、どうやって作家を集めるんだ。

「そこは大丈夫。さっきも言ったように貴女という素材は多くの作家に創作意欲を湧かせるでしょう。私の創作仲間に声をかければそこそこ集まるはずよ」

「え? お前、嫌われ者なのにそんな知り合いいるのか!?」

「まあ、あくまでも創作者としての繋がりだけどね。直接会う事は無いけど、手紙でのやりとりなら何度かしてるわ」

 そ、そうなんだ。同じ嫌われ者仲間だと思っていたが故に少しショックだったりする。

「作家としてのおねえちゃんは人気者なんだよ! ファンレターも結構貰ってるし! だからおねえちゃんは嫌われ者じゃ無いよ!」

「す、すいません」

 古明地こいしの反論を受けて流石に失言だったと反省する。そうだよな、誰だって身内が悪く言われたら気を悪くするよなぁ。ああ、自己嫌悪。

「はぁ、そりゃ嫌われるよなぁ。こんな私を好きになってくれる人なんて、本当にいるんだろうか……」

「だ、大丈夫だよ! 私はお姉ちゃんの事、大好きだし! 結婚したいくらいに!」

 うう、妹の気遣いが身にしみるなぁ。だから最後の一言は聞かなかった事にしよう。

「私もおねえちゃん大好き〜」

「あらあら、ありがとう、こいし」

 姉の腰元にもたれかかるように抱きつく古明地こいし。そんな妹の頭を膝に乗せ、優しく撫でる古明地さとり。うん、黙って見てれば仲睦ましい姉妹のやりとりだな。

「……おねえちゃんのお股、くんかくんか」

 あーあー聞こえない聞こえない。

「本の件については私も出品するつもりだから大船に乗った気でいるといいわ」

「……言っておくが年齢制限のある作品は禁止だぞ。具体的に言うとエロス禁止な」

「ええ!? それじゃ凌辱が無いじゃない」

「無くてええわい! んなもん!」

 こいつ、私をモチーフに何を描くつもりだったんだ。

「そりゃあ、貴女が村人達にピーされたり、ピーがピーしてピーをピーしたり……」

「……もういい、お前少し黙ってろ」

 断じて言うが、幾ら迫害されてたといってもそんな扱いを受けた事は一切無い! そもそも私はまだ……いや、そこはどうでもいい。

「別にフィクションでいいのよ。要は貴女の魅力が伝わればいい訳だし」

「だからってエログロは禁止だ! 禁止!」

 古明地さとりは『えー』っと露骨に残念そうな表情を浮かべる。本当に残念なのはこいつの頭だが。

「……仕方無いわ。それならソフト百合の路線でいくしか無いわね」

 お前はそっち方面にしか思考が向かないのか、この淫乱ピンク!

「あら、ピンクはお互い様じゃない。なら貴女も淫乱ね! お揃いね、うふふ」

 いや、その理屈でいったら全てのピンクが淫乱って事になるだろうが。全国のピンクさんに謝れ!

「とりあえず五月に博麗神社の例大祭があるから、それを目指して本を制作しましょう」

 例大祭って、祭りの出店で本なんて売れるのか? 焼そばやタコ焼きの屋台に交じって売られる私の本。……実にシュールな光景だ。

「そうと決まれば善は急げ、だね。すぐに地上に戻って私も知り合いをあたってみるよ!さとりさん、こいしちゃん! 今日はありがとう! また後日うかがいます。あ、印刷所の手配はこちらに任せてください!」

 妹はやる気十分のようだな。私はあまり乗り気では無いのだが。

「河城みとりさん」

 そんな私に古明地さとりが呼びかける。

「ん? なんだよ、改まって」

「……本当に大事なものがあるのなら、自分の手元において大切に守りなさい。もしそれが、自分の預かり知らぬ場所で壊れてしまったら……死ぬほど後悔するわよ?」

 その言葉に思わずハッとさせられた。彼女の表情は先ほどまでのふざけた雰囲気を微塵も感じさせなかったからだ。

 そしていつの間にか眠ってしまった膝元の妹を慈しむように撫でている。

 私には心を読む能力なんて無いが、こいつらはこいつらで色々あったのだろうと言う事は推測出来た。

 だから私は、

「……ああ、肝に銘じておくよ」

 それだけを言い渡して地霊殿を後にした。

 

 ◆◆◆

 

 それから私はいつものように妹を地底の入り口まで送っていった。

「それじゃあ、お姉ちゃん! また明日ね。私はこれから知り合いのところに顔を出してみるから」

「ああ、それなんだがな、にとり。……私も一緒に行こうと思うんだが……いいかな」

「えっ!?」

「いや、当事者の私がちゃんと挨拶するのが筋だろ。もちろん、さとりの方にも後で挨拶するつもりだ」

「う、うん! そうだね、二人で一緒に頑張ろう!」

 笑みを浮かべて妹は私に手を差し伸べる。

 その手をしっかりと握ると、心地良いぬくもりが伝わってきた。私は二度とこの手を離すまいと決意する。

 見上げればそこには地底では決して見られぬ青空が広がっていた。その空の色は、まるで私たち二人の未来を示すような、清々しく澄んだものであった。

 

  ◇

 

 どうも、河城にとりです。

 あれからお姉ちゃんの本は多くの作家さん達の協力の下、無事完成しました。どの作品も力作ばかりで、お祭りでは多くの方に読んでもらう事が出来ました。そんな訳で、お姉ちゃんは今や幻想郷の人気者です。

「みっとり〜ん! 今日も可愛いにゃりん! こっち向いて欲しいにゃり〜ん!」

「おお、麗しのみとり殿! 今日こそ拙者の愛を受け取って欲しいでござるよぉ!」

「うわぁぁぁ! お前らこっちくんな! 禁止! 禁止! 私に近づくのは禁止だぁ!」

 今日もお姉ちゃんはファンの皆さんと元気に追い駆けっこをしています。

「むぅ! 嫌よ嫌よも好きのうち! 今日も見事なツンデレっぷりよなぁ!」

「げぇぇ!? 何でお前ら、私の能力が効かないんだぁぁ!?」

「はっはっは! その程度の拘束、むしろ我らにとってはご褒美です!」

「んなアホなぁぁ!?」

 とまあ、こんな感じで沢山のファンに囲まれ大忙しな毎日を過ごしています。

「に、にとりぃ! 助けてくれぇぇぇ!」

「だーいじょーぶだよー! おねーちゃーん! その人達、結構良い人達だから! とっても紳士だからぁ!」

「んな訳あるかぁぁ!」

 お姉ちゃんの方はと言うと、まだまだ地上の暮らしに慣れず大変みたい。

 そろそろ免疫付いてきてもいい頃なんだけどなぁ。

「みとりー! 俺だー! 結婚してくれ!」

「みとり可愛いよ! みとり!」

「うわぁぁぁん! もうやだぁぁぁぁぁ! 地底にかえるぅぅぅ!!」

 あんな事言ってるけど、毎回ちゃんと帰ってきてくれるから心配いらないよね。

「よいしょっと」

 キュウリとトマトがいっぱい詰まった籠を背負う。今日も腕によりをかけて、美味しいご飯をお姉ちゃんに振舞うのだ。

「おねーちゃーん! 私、先に帰ってるからね〜! お夕飯までには帰ってきてね〜!」

「うおぉぉ! この薄情者ぉぉッ!」

 空を見上げればそこには青く澄んだ空が広がって――

「おい! 最後にカメラを空にPANすりゃ何でも綺麗に終われると思うなよ! てゆーかぁ! たーすーけーてーくーだーさぁぁぁいぃぃッ!!」

 

〈了〉

 

説明
例大祭10にて配布された河城みとり合同誌に寄稿した作品
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