XrossBlood -EDGE of CRIMSON- (クロスブラッド-エッジオブクリムゾン-) 第一話[6](完) |
3−4/灼夜
「ハーッハッハッハッハッハッ!!」
火の玉の直撃を受けたガルダムはなおも笑い続ける。
「これガ、俺達の力だ!!」
ガルダムの体は炎に包まれている。正確には体のあちこちから炎が吹き出ており、まるで体内に火炎放射器を埋め込んでいるような感じを受ける。右腕以外は。
「おい、右腕はどうシタ?」
(スマナイアルジヨ。ダッシュツノサイニヤラレタヨ。ナカナカノテダレデネ……)
「そうカ……まあ仕方アるまい。右腕一本で済んダのナラ上々……と言うべキか」
炎を上げる胴体とは別に右腕だけが元のままの形状を保っていた。
(ソンナコトヨリ、ヒトツニナルノダロ。ソトハマカセル。シュウチュウスルカラハナシカケルナ)
「わかった。早急に頼む」
「なんだ、ありゃあ!?」
敵の異様な形態を目にした誠十郎が呻く。
「加弥、前に出るな。下がっていろ」
有理はそれでもなお冷静に指示を出す。
「でも、あんな異形の奴は初めてっすよ。俺も手伝います」
「……問題無い」
誠十郎を制しつつ、一歩だけ踏み出す。
「独り言は済んだか」
「うん!?お前達ニあいつの声は聞こえなかっタノか。それはソレハ誤解させてシまったな。俺はただ降ってキタ相棒と話していたダけだよ。気にするな」
「端から気にしてなどいない。そんな事より」
有理の視線に力が籠った。
「やるのか?やらないのか?」
「確かニそんな事、だな。もちロンやるさ。だがコノまま((殺|や))るのも面白みがナイ。俺のカラダニ触れられない丸腰のお前ラを片付けてもシカたがナイ」
「殺(や)るが先か……お前は放火が第一だと思っていたのだが」
「ソノ前に力を見せテやる、とイっているのだよ!!」
「……仕方ない。相手をしよう」
そう言いながも有理の視線は力をなくしていた。血清開放直後の興味無さげな瞳に戻っている。
「キ、貴様ー!!ソの目は何だ!!俺をバカにしているのか!!」
「落ち着け。お前の望み通り、ちゃんと武器を持って戦ってやる」
さっ、と左腕を肩の高さまで上げ、そのまま横に伸ばす。
「投げろ……赤崎!!」
「隊長ー!!」
突如、有理や誠十郎の後方から何かを投げたかのような風切音が聞こえてきた。
棒状の物体が回転しながら有理の左腕を目掛けて飛んでくる。
体勢や目線を全く変えずに、それを掴む。
「……!!あ、綾斗か!?」
誠十郎が後ろを向くと、そこに綾斗が立っている。
「はぁ、はぁ、はぁ。……ど、どうやら、間に合った、みたい、ですね」
息を切らしながらも誠十郎に近寄る。
「遅えぞ。全く。任務中は常に迅速に行動しろと言われているだろう」
「す、すみません。はぁ、はぁ……」
「赤崎」
「は、はい!」
声を掛けた有理はすでに綾斗が投げた青竜刀・開燕を鞘から出し構えていた。その刀身は既に炎を纏い臨戦態勢に入っている。
「こちらに来い。今日のお前はアタッカーだ。前線で敵を粉砕する役目があるだろう」
「はい!」
有理に呼ばれるままそばへ行こうとした綾斗に誠十郎が声を掛ける。
「バックはまかせな。思いっきりやってこい!」
「誠さん……。お願いします!」
急いで有理の元へ着くと同時に腰に差した剣の柄に手を掛ける。
「隊長……」
「これが今日の……お前の初の獲物だ」
「何だ、ソイツハ」
「期待の新人だよ。……お前の首を取る重要な任務を与えている」
「えっ!?」
(隊長!?そんなこと聞かされてないのに……)
「コイツが俺の首ヲ取る……だと!?」
ガルダムの視線が綾斗を捉える。
「……冗談ダロ?後ろのヤツならまだしも、そんなルーキーに、俺を倒せルわけがナい」
「冗談かどうかは戦えば分かるだろう?」
「それモソウダナ。ならば先手を取らせてモラウゾ!バーニング・スフィア!!」
叫びと共に左手を突き出し、球状の炎を打ち出した。
炎を圧縮した魔弾が有理達に迫る。
「赤崎」
敵の攻撃を前にして有理は大上段に刀を構える。
「……今だ!走れ!」
「うおおおお!!」
「((打風|うちかぜ))・((赤鎌|せきれん))!」
綾斗が走り出し、有理は開燕を振り下ろした。
直後、開燕が纏った炎が振り下ろした斬撃で生じた衝撃波と共にガルダムのバーニング・スフィアに斬り込んだ。
二つの火炎が二人の中間点で激突する。
「お、俺ノ炎が、オサレテイル!?」
徐々に後退していくガルダムの炎球はいつしか彼自身の伸ばした左腕までに迫っていた。
「ヤ、やむを得ん。ここは……」
右腕を掲げ新たな炎を生み出す。
(イラプト・スフィアで、体勢を……)
「もらった!」
「何!?」
二重の炎をくぐり抜けた綾斗が目前に現れる。
疾走の勢いを殺さないまま剣を鞘から抜き放ち、がら空きとなっているガルダムの胴体へ渾身の一撃を――
「!?」
腹部を両断するために放たれた斬撃は脇腹で止められ、甲高い金属音と共に刀身を砕いた。
「甘いゼ、新入り」
半身と融合し肉体的にも強化されていたガルダムには、防御面においても並みの攻撃では歯が立たないほどの耐久性を兼ね備えていた。
「そ、そんな!!」
逆に体勢を崩された綾斗に揚げた右腕を利用しての肘打ちを背後に加える。
「ぐっ」
「邪魔だ!!」
さらに右足の膝を打ち付け、続けざまに右の裏拳を叩き込む。
「がああああっ」
「ソノ程度の腕で、俺ヲ斬ろうなんぞ、片腹イタイわっ!」
「なら私の腕ならどう?」
「い、いつの……」
ガルダムが視線を仰いだ先に頭上に向けて振り下ろされる有理の剣があった。
「((重打風|かさねうちかぜ))!!」
繰り出される斬撃と放たれる炎が、入り混じった。
激震を伴って爆炎と爆風が乱れ舞い、さらには爆煙によって視界が遮られる。
それでも衝撃の嵐は誠十郎が周囲に張り巡らしている光の檻によって森へ入ることは無く、唯一開いている上空へ散っていく。
「す、すげぇ」
後方で戦闘を見守っていた誠十郎が煙の中を凝視する。
「重打風――打風を出した直後に龍進で間合いを詰めさらに斬撃を繰り出す。威力もさることながら、遠距離戦から一気に近距離戦に持ち込むことが出来る移動としても優れた技。やっぱり姐さんは凄い」
有理の“力”に魅了されつつも、状況の把握を怠らない。
「にしても、今日はやたらと((煙|けむ))たいな。」
相手が相手なだけに、視界の悪さは覚悟の上だが、その相手も煙の中で戦うのは慣れていないらしく、煙を撒いている間は攻撃を仕掛けてはこない。
「……晴れてきたか……でも、まだ終わりそうにはないか」
誠十郎の視線の先には3つの影が縦に伸びている。
その影も煙が薄れて正体が分かってくる。
あの場にいた、戦士の姿が。
「赤崎……無事か?」
「大丈夫です」
ガルダムと有理が真正面に向き合っている。綾斗は有理のやや後ろで腹部を押さえながらも立っていた。
さらによく見ると、ガルダムの胸部からへその辺りにかけて斬り傷が垂直に見えている。おそらくは先程の有理の一撃によるものだろう。一方有理はあの爆発の中にいながら外傷は確認できない。
「ググッ……オ、おのれ」
「私の剣は斬れるようだな。しかし、あの土壇場での避け方はたいしたものだ。右手の炎を自分と私の間に叩きつけ、噴火するように放出することでそれぞれの距離をずらす。おかげで仕留め損なったが」
「こ、これホドとは……」
「それと、赤崎」
有理がそのままの体勢で綾斗に話しかける。
「は、はい」
「……迷うな。開燕が示してくれた通りお前の“強化”はたいしたものだ。それはお前自身の武器も同じはず。腕の方も日々の訓練での上達を見ればこの場で戦える力量を既に持っている。あとは腕を振るうお前の心持ち次第だ。自信が無いのなら今から持てばいい」
「た、隊長……」
「迷いを断ち切れ。頼むぞ。今はお前が私のパートナーだ」
「そうでしたね……僕は……」
「たとえその砕かれた剣でも、お前の能力(ちから)がまだ宿っている限り、斬ることはできる!」
「まだそいつニ手柄を取らセる気か?……いい加減、ナめるのモ大概にしろヨ!!」
傷を負いながらもガルダムが吼える。
「オマエは少し、ダマっていろ!!」
サイドスローの体勢から炎球を繰り出すガルダム。狙いは有理――
「……赤崎、離れろ!!」
ガルダムの行動に反応して綾斗を突き飛ばす。
直後、有理の周囲を炎が囲んだ。
「隊長ー!」
「……だ。問題ない……」
火炎を帯びた煙突の内側から返答が返る。声のトーンに変化は無いため、猛る炎によるダメージは無さそうだが、下から次々と噴きあがってきている炎のせいで簡単に抜け出せそうにない。
これは有理の動きを封じる事を優先した攻撃だった。
「そこデ、大人シクしてもらおう。さて……」
ガルダムが綾斗を睨む。まるで眼に殺意をのせたような鋭さを向けている。
「邪魔者ハ動けん。貴様ハ俺の相手をして、そして死ヌ。恨むならお前ノ上司を恨め」
「くっ」
綾斗は折れた剣を握り直し、正眼に構える。
しかし、見た目とは裏腹に内面は動揺している。ガルダムが一歩こちらに踏み出す毎に鼓動が速く脈打つのが体中から感じる。恐怖が心の奥から湧き上がってくる。それでも。
(行くしか……ない!)
覚悟を決め、一歩を踏み出す。その行動が合図となった。
「オワリダ!」
ガルダムが一気に飛び込み間合いを詰め炎に包まれた左の拳を綾斗の顔面に叩きつけようとする。
「シネ!」
「断る」
閃光が、走った。
やられると思い、目を瞑っていた綾斗が外の眩しさに気付き、目を開けると、ガルダムの右肩に光の矢、いや、槍が刺さっていた。
「これはっ」
「グッ!」
「光の横槍、入れてやったぜ」
綾斗が左を向くと槍を投げた張本人、加弥誠十郎がそこに立っている。
「誠さん!」
「俺を忘れるなよ。ちゃんと仕事しにきてるんだ。仲間のピンチに駆けつける。ヒーローの鉄則、そして、ロマンだ」
「貴様……」
「ガルダムつったか?どうだ、俺のショックジャベリンの味は。痺れるだろう?」
「……確かニ。痺れて動かんナ。だが右腕一本ダケダ。これでは俺を殺センぞ」
左腕で刺さっている槍を抜き握る手に力を込める。光の槍はガラスのように粉々に砕け散った。
「ダート・レイ!」
間髪入れずに誠十郎が攻める。右の((掌|てのひら))、その中心に位置する十字傷から10センチ程の光の針が何発も打ち出される。だが――
「フフッ」
「効いて……ない!?」
打ち出した針は全て命中している。それでもガルダムはただ((嗤|わら))っていた。
「マズハ……オマエからだ!!」
誠十郎の方へ向いていた体を瞬時に綾斗へと戻し強烈な膝蹴りを((鳩尾|みぞおち))へ放つ。
「……ぅ!?」
「((秘踏|ひとう))・((爆導通|ばくどうとお))し!」
刹那、火炎の激流が腹部を強打し綾斗を吹き飛ばす。
「綾斗!!くそっ、バリケード、応用!」
誠十郎の声を荒げると、それに呼応するかのように綾斗が吹き飛ばされた方向に光が収束する。集まった光が網目状に形を変えネットを展開した所で、綾斗が突っ込み大きくしなった。
「……威力は緩和できたが、まずいな……」
「……あ……あ」
ネットに保護された綾斗が声にならない声を漏らす。
(今の一撃、かなりやばいか――)
誠十郎が駆け寄ろうとしたその時、前を巨大な影が遮った。
「ナルホド。バリアか。それが俺の放火を邪魔シタわけだ」
「ちっ!」
「あいつノ心配より自分ノ心配をしたらドウダ?」
有無を言わさず右腕のフックが襲いかかる。
間一髪のところで上半身を逸らしてそのままバックステップで距離をとる。
「もう治っちまったか?」
「おかゲさまデな。ついでに頭モ冷やさせてモラッタ。次はオマエの番だ」
「何言ってやがる。お前は右腕以外炎上しっぱなしだろう。それに冷静になったとしても俺は一筋縄にはいかないぜ」
「ソウデモナイダロ。貴様はこの辺一体のバリア維持に力を使っているセイで、体力ガ減退し攻撃も疎かダ。先程の槍も本気ヲ出せば全身を痺れさせることがデキタはずだろう。しかしソレではバリアが弱まり俺の放火に対処デキナクなってしまう。違うカ?」
「……ああ、違わねえよ。確かにハンデが付いているのは事実だ。だけどなあ。俺もクルセイダーだ。てめえのような輩を野放しにはできねえし、この街も守らなくちゃならねえ。だったらどうする?答えは簡単だ。てめえを倒して街を守る!それだけのことだ!!」
「マダ吠えるカ。いいだろう。その自慢の右手でどこまでヤレルか試してヤル」
「上等だ!かかってこい!」
両者が静かに戦闘態勢をとる。
ガルダムが右の拳に力を込める。
誠十郎が右の掌に意識を集中させる。
両者の衝突は直ぐに訪れた。
「フン!」
ガルダムが放った豪腕が唸りをあげる。
それに反応した誠十郎が叫びをあげる。
「バリア・レイ!」
掌が光を放つ。ただし、右ではなく左が。
「とめられタ!?」
誠十郎の心臓へ向かった拳は左手により守られていた。正確には左手が放つ光によって。
その中心では、右手と同じ十字傷が明滅を繰り返している。
「もう一つノ、“傷”だと!?」
「驚いたか?俺はイレギュラーでね。傷を二つ持っていてそれぞれ別の能力を使えるんだ。簡単に言えば右手が攻撃、左手が防御用だ。ただ今回は檻を作る為に左右の力を使うことになっちまったんだが、お前は俺が右手だけで力を使っていると勘違いしていたからそこを利用させてもらった」
「だがソノテは貴様にとってもカケのはず!」
「そうだ。両手の力をプラズマバリケード以外で使うということは檻が機能しなくなることを意味する。だが、お前を仕留めれば問題は無い!」
右手の傷から光が伸び出てくる。
一本、二本、三本、四本、五本。
「光の……針?」
「ショックジャベリンはダート・レイの集合体だ。その数が多いほど威力が高くなる。今の俺にはこれが限界だがこの全てを……くれてやる!!」
直列に並んだ五本の針が連結し一本の手投げ槍となる。
「くそ!う、腕がウゴカン!」
「ぶち抜けー!」
光の槍が、ガルダムの喉目掛けて差し込まれた。
直後。
ガルダムの体の至る所から炎が噴き出す。
火山の噴火の如く猛烈な業火と熱波を伴いながら燃え続けている。
「ざまあみろ」
反動で吹き飛ばされ両手から血を流しながらも誠十郎は立っていた。
目の前には鎮座する人型の焔。
「間一髪、といったところか……」
揺らぎ続ける赤に満身創痍の体が熱く照らされる。
「これで生きていたら」
「どうだというのだ?」
「!!」
前方から発せられる声に反応して意識を集中させる。
「ぎりぎり間に合ったようだな」
幻聴ではない。業火は確かに人の言葉を話していた。
目を向けると人の形を維持していた右腕さえも炎の中に埋もれた男がそこにいた。
「ま、マジかよ!」
「今のは危なかった。でも残念だったな。君の渾身の一撃に貫かれる前に融合は完成したよ」
「どういう……ことだ?」
「そのままの意味だ。俺の体内に((俺|あいつ))が入っても完全に一つになるには時間が掛かる、ということだ」
「じゃあ、今までのは……」
「不完全な完全体、ということになるな」
「くそ!……ざまあ、ねえな」
「そう自分を卑下することはない。ただ時の運に見放されただけだ……だが俺も遊びが過ぎたようだな。もう終わりにしよう。何、寂しがることはない。ここにいる連中も。俺に斬りかかってきた副長とやらもすぐに同じ場所に送ってやる」
静かに、燃える右腕を突き出す。
「終幕だ」
先端には拳大の火の玉。ガルダム自身から発せられる炎を吸収しながら回転をしているそれが、うなだれる戦士に放たれようとしていた……。
***
(……僕は……)
(僕は、死ぬのか……)
(……結局、役に立てなかったな。迷惑になるばかりで、何もできない。こういう末路でも、仕方ないのかな……)
(それで、いいのか?それを、受け入れるのか?それは、お前の望んだことなのか?)
(……望むも何も、どうすることもできない)
(悔いは無いのか)
(……そんなわけないだろう。僕はまだ生きていたいよ……)
(ならば、生きればいい)
(……生きる?でも、僕はもう……)
(生きたいなら生きればいい)
(……簡単に言われても)
(ならば、生きる決意を思い出させてやろう)
(……生きる決意?)
(目を開けてみろ。お前の生きる意味が見えるはずだ)
(……目を?)
(そうだ。今はそれだけでいい。それだけで生きる決意は蘇る)
(……わかった。そこまで言うなら)
(ああ、その先に見えるものが、お前の生きる……)
綾斗の意識は光の差す方へ向かった。
「……う、うん」
視界の先には、((炎|あか))が拡がっていた。
「あ、あ……」
業火に侵された世界。何もかもが灰に帰ろうとする世界。
森も、人も、街も、全てが塗り潰されようとされていた。
「ぅ……あぁ……」
そして綾斗の周囲には焼け焦げた人の形を成すものが呻き声をあげている。
「み、みんな……!」
呼び掛けても戻ってくるのは同じ反応。生きているが命の灯はとても弱くまだ消えていない程度。
「ど、どうして」
燃える世界と焦げる生物。まさに((煉獄|れんごく))を((髣髴|ほうふつ))とさせる情景。
あまりの凄まじさに灼熱の地上から目を背け上空を見上げる。
そこで綾斗の視線の先には月を隠すように存在する一棟の建物が映った。
「あ、あそこは!!」
その世界の中で唯一、まだ火の勢いが及んでいない場所。
「……病院」
とある高層ビルの一つ。医療施設を保持する建物。だが、綾斗にはそれよりも――
「理莉!!」
病院に向かって妹の名を叫ぶ。
昨日、理莉は検査入院の為、北にある病院へ行った。その病院は綾斗達が戦っている森に面した場所に建っている。つまりはそこにいるのだ。綾斗のたった一人の兄妹が。
だが世界を覆う火は迷うことなく確実にそこへと向かう。
「やめろ!やめろ!やめろー!!」
ただひたすら、目に映る世界を拒絶するために叫ぶ
ただひたすら、拒絶の言葉を繰り返す
(お前が生きた世界。放って置けばいずれこうなる)
「…………」
(これを、お前はどうしたい)
「僕は、僕は……やらせない」
静かに、だが、強く。
「あいつに、あいつに!この森を!街を!世界を!そして!」
強く、強く、強く。
「大切な人達を!((灼|や))らせは、しない!」
強く、願いを、叫んだ。
(そうだ。この未来を変えられるのはお前自身だ!それがお前の戦う理由であり決意。己が守りたいモノのために戦え!)
光が辺りを、綾斗を包み込む。
意識が元の世界へ収束を始めた……。
光が彼の十字傷へ収束を始めた……。
***
「どうした?これは?」
ガルダムは驚愕していた。
「俺が……震えている!?」
あまりに急な事態に撃とうとするガルダムも――
「いったい……何が、起きたんだ!?」
撃たれる側の誠十郎も目を見開いている。ただし彼の場合、視線はガルダムのさらに、後ろだった。
「……綾、斗……」
致命的な損傷を与えられたはずの綾斗が立ち上がっていた。
遠目に見てもその傷はとても動けるものでも無く特に腹部は酷く焼け爛れていた――と、誠十郎は認識していたはずだった。
それでも彼は立っていた。
それだけではない。重傷に見えていた傷はなぜか治っている。
右腕の十字傷を輝かせ、左腕に折れた剣を携え、そして、生気を取り戻したその瞳で、ガルダムを己が瞳に捉える。
「ひっ!?」
今までに感じたことのないような悪寒を感じ、見た目に似合わず素っ頓狂な声をあげたガルダムが後ろの視線に気づき、恐る恐る振り向く。
「ば、馬鹿な!あの体で動けるはずがない!!」
攻撃した当人ですら確信していたことに裏切られ、叫喚する。
さらに――
「あ、あれは!?」
綾斗が持つ折れた剣が紅い光を帯び、刀身が徐々に再生していった。
「綾斗の“精製”能力には“再生”も含まれているのか!?しかも生物、無機物問わずなんて」
「……ガルダム・パラサンドラ」
静かに力強く、綾斗が声を出す。
「クルセイダー・オーズ第6小隊、((赤の精製|リファイン・レッド))の赤崎綾斗が、お前を消去する。これ以上、好き勝手には((灼|や))らせない!」
精製し直した剣を右手に持ち替え、普段の綾斗とは明らかに異なった威風堂々とした名乗りをあげる。
「リファイン・レッド!?たかが((強化系|ブースト))の能力者が、完全融合体となった俺を消去するだと!……いいだろう。やれるものならやってみろ!再生出来ない程の塵芥にしてくれるわ!」
ガルダムは誠十郎に放つはずだった炎球を綾斗に投げつける。
「綾斗!そいつは生半可な炎じゃ……」
「消えろ」
一言。たった一言呟いて剣を振るう。それだけで――
「……!」
「嘘……だろ?」
炎球が、消えた。
正確には、綾斗の一振りが炎に触れた直後に消滅した。手品を見ているかのような突然の消失。
「消した?いや、斬ったの……か!?」
「ぬうううう」
ガルダムは呻くのみ。
「ガルダム……少し、待っていろ」
最小限の言葉で制すると、火炎の塔――動きを封じられた有理の元へと走る。
炎の勢いは衰えることなく燃えさかっている。常人ならば行く手を遮られ避難を余儀なくされる程だが――
「隊長、聞こえていたら、しゃがんで下さい!」
炎を恐れることなく剣を左から薙ぐ。またも炎は無かったかのように綺麗にかき消された。
「……赤崎……か!?」
有理は言われた通り低姿勢をとっていた。もっとも言葉より気配を感じ取っての行動だったが。自分を束縛していた炎が消えたことを認識し、行動に移ろうとした頃、既に綾斗はガルダムに向かって移動していた。
「いいだろう。力を、みせてくれ!」
有理はふっと笑みを浮かべながら、後に続いた。
標的に向かう綾斗。それを追う有理。放たれた矢の如く、ただ最短距離を直進する。
「ありえん!なぜだ!なぜ俺の炎がこうも((容易|たやす))く消されるのだ!?」
「何かよく分からんが、綾斗、頼んだぜ!」
敵の混乱に乗じて誠十郎がその場から離脱する。
二度の消火で動揺を隠せなくなったガルダムは追い討ちをかけるように押し寄せる脅威に焦る。
「こうなれば、奥の手だ!貴様等の街ごと焼き尽くしてくれる!」
両手に特大の炎の渦を展開し始めるガルダム。
「この、クロスオーバー・ブレイズで……」
「…………」
ガルダムの技の発動を見るや否やさらに加速した綾斗が間合い内に攻め入る。
そして、
「……え!?」
思考が追いつかないなりに動きを追っていたが、綾斗の姿はガルダムの前から消えた。
同時に、炎の体が違和感を感知する。それは――
「俺の左腕が……ない?」
違和感の正体はすぐに判明した。
肉体から左肘から先が消失していた。
綾斗に斬りおとされた……のかも分からない。神隠しに遭ったかのようにその部位は辺りに見つからなかった。当然、渦巻いていた炎も消えている。
「あああああああああああああああああ!!」
訳も分からないまま叫びをあげる。
「無駄口の多い男だな」
「なっ!?」
「((綺羅川刀術|きらかわとうじゅつ))。((灼爪|しゃくそう))・((三裂|みつざき))。あの世への片道切符だ」
綾斗の驚異的な戦闘力を恐れるあまり、ガルダムは有理の存在を忘れていた。
流麗な剣の舞が瞬時に首と腰を斬り裂き、三分割にした。
「そ……な……」
声、と思われる音を口から発して、放火魔は絶命した。
今、そこにあるのは三つに分断された焼死体。
炎劇は主役の死を以って、幕を閉じたのである。
3−5/合流
「……と……綾……斗君……」
声が聞こえた。先程響いてきた声とは別の、女性の声。
「……綾斗……君……綾斗君!」
「う……うーん」
綾斗はうっすらと瞼を開ける。そこには見知った顔がこちらを見つめている。
「お、目を覚ましたか。綾斗」
誠十郎が声をかける。どうやら綾斗は何らかの事情で倒れていたらしい。
「誠さん……隊長……それに」
「……大丈夫か?綾斗」
「副長まで……皆さんどうして……そうだ!ガルダムはどうなったんです?森は?」
「終わったわよ。あなたのおかげでね」
「僕の……おかげ?」
「そうだぜ。もしかしてお約束の、何が起こったのか覚えてない、ってやつか」
「えっと確か、膝蹴りを受けて吹き飛んで意識が飛んで、戻ってきて……それから……そこから先がよく思い出せないです」
「肝心なところが思い出せないのか。お前の言う意識が戻ってきた後が凄かったんだぜ。謎の再起動!みたいな感じで」
「再起動って機械じゃないんだから。私を覆っていた炎も綾斗君が消してくれたのよ。覚えてない?」
「ええっと……よくわからないです。でも」
「でも?」
「なんだか体が軽かった……感じがして、何でも思い通りにできるような、そんな気分だったのは分かります」
「なんだそりゃ?オイラにはよく分からんぞ?」
「そういわれても」
「まあまあ。ところで怪我とかはしていない?」
「そうだ!怪我だよ怪我!綾斗!お前の能力、回復にも使えるのかよ」
「回復ですか。……どうでしょう。使ったことないので」
「嘘はいけないなあ。オイラが見た限り膝蹴りで下腹部がバイオレンスなことになっていたのに起き上がったら治ってたのは、どう見ても回復した証拠だろ」
誠十郎は綾斗の腹部を指差す。確かに上着は胴体を中心に焼失しているが体自体に目立った傷は無い。
「持ってた剣も折れた切っ先が復元したし……そういえば剣はどうした?」
「剣ならここにあるわ」
そういって有理が差し出したのは両拳で握れば隠れてしまう程の棒だった。
「柄だけ残ったのか。まあいいや。綾斗。これ治してみろよ」
「ちょっと誠君。無理させないの。あなた達は今回の戦いで疲弊しきっているんだから。そういうことは今度でもいいでしょ」
「……有理の言う通りだ」
「カルマ副長」
「誠、綾斗、ご苦労だった。今日はもう帰っていいぞ」
「でもまだ事後処理が色々残っているのでは?」
「それは((警備隊|こちら))でやっておく。お前達は先に休め」
「しかし……」
「私もニースの手伝いをするから問題ないわ。それに」
「それに?」
「これは本作戦の司令官の命令よ。速やかに実行しなさい」
「ああ、命令じゃ仕方ないな。よし帰るぞ。綾斗」
「は、はい。では……お先に失礼します」
「ええ、ちゃんと休養するのよ。あと念の為、病院で検査も受けなさい」
「わかってますよ〜」
誠十郎は手を振りながら行きに使ったバギーへ歩いていき、綾斗は上司達に敬礼をし、誠十郎の後を追って行った。
「ふう。あの子達。ちゃんと休むかしらね」
「……有理」
「分かっているわ。死体は見つかった?」
「捜索しているがまだ報告は受けていない」
「一体どこへ消えたのかしら。彼の左腕」
「切断……したのは間違いないのだな」
「そう……見えたのだけれど」
あの時、綾斗がガルダムの腕を斬り落としたのは間違いない。後ろから追っていた有理が一部始終を目撃している。だがその腕はどこにも無い
「有理。綾斗の力は……」
「私達の想像以上の能力……なのかもしれないわね」
二人は夜の闇を吸い込んでいるような深緑の森を見つめる。何か判らないモノを探すような瞳で何かを見つけようとしているかのように。
数秒の沈黙の後、有理が背伸びをした。
「う〜ん。まあ分からないなら無理に調べなくてもいいわよね」
「……そうだな」
「一緒に行動していればそのうち何かわかるわ」
「そうだな」
有理とカルマが顔を見合わせる。短い会話の中でもお互いの考えを理解している。そんな雰囲気が流れていた。
「さてと。ニース。どこまで終わっているの」
「おおかたの項目は終了している。後はほぼ最終確認だ」
「そっか。なら早く終わらせてしまいましょう」
もう一度背伸びをすると、きびすを返して歩き出す。その先にはここまでカルマが乗ってきたバギーが泊めてある。
「司令官さん。あなたが指示しないと今いる警備の人達が帰れないわよ」
有理が後続のカルマに声を掛ける。
「分かっている。今行く」
バギーに乗った二人は来た道を戻っていく。
作戦本部が置かれている場所まではそう遠くない。
炎劇の撤収作業は着々と進んでいた。
クロスブラッド第1話 完
説明 | ||
独学ですらない自己満足な拙い文章をこれまで読んで頂いて感謝です。少し日が空きましたが第一話ラストです。 続編は…(-_-;) |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
192 | 192 | 0 |
タグ | ||
XrossBlood クロスブラッド バトル | ||
u-urakataさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |