皇旗はためく許に T(中)
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 艦の航進に伴い,艦が動揺する。

 海面は凪いでおり,通常航行するにはまったくの問題はない。

 

―――やはり,停泊中の艦とは勝手が違うな。

 複葉の水上機の座席に座るイギリス海軍航空隊所属のチャールズ・サムソン中尉はひとりごちた。

 今からおよそ4ヶ月程前に,中尉は軍艦「アフリカ」から,同じ水上機で発艦に成功している。

 あの時は停泊中の艦からの発艦だった。困難ではあったが,今回のそれは,困難さは数倍に達していると言っても過言ではなかった。

 

 計器の状況を一通りチェックする。

 異常はなかった。全ての計器が正常値を示している。

 エンジンは快調に動作しており,いつでも発艦できそうだった。

 ふいに艦が動揺する。大きな波を乗り越えたようだ。戦艦「ハイバーニア」は基準排水量1万5885トンの巨体だ。その巨体をもってしても,航進すれば,まったく揺れないという事はない。

 ともすれば華奢な機体が損壊しかねない。

「だから,やる意味がある」

 チャールズ中尉は,エンジンスロットルを一杯に開いた。

 

 

「成功したのかね」

「成功しました。見事な発艦でした」

 帝国海軍航空研究所所長・吉岡慎太郎少将の問いに,課員・浅見修造大尉は淀みなく答えた。

 その言葉を聞いた少将は,ゆっくりと座席に背を沈めた。

「これで,艦船からの飛行機の発艦が可能だと証明されたわけだ」

 嘆息ともとれる声で少将は呟いた。

「水上機との制限付きではありますが,艦船で航空機が運用出来ることが証明された訳です。これで作戦運用上の幅が広がります」

「我が海軍でも,水上機を専門に扱う軍艦を建造中だったと思うが……」

「水上機母艦『若宮』です。現在改装中ですが,来年度には就役する予定となっております」

 大尉の言葉に少将は深く頷いた。

「我が軍の搭乗員の教育はどうなっている」

「それは,私の管轄外ですが,概要でよければ……」

「いや,悪かった。 航空機については貴官が一番詳しいと思っているものだから,つい訊いてしまったのだ。航空教育監部の管轄だったな」

 浅見大尉は頷いてみせた。

 大尉としても興味はある。

 航空機に関して,日本は未だに国産に至っていない。現状は航空先進国――米国や英国から機体を輸入しているのが現状だ。

 ただ,機体は用意できても,それを操る操縦者が居なければ,航空機といってもただのガラクタでしかない。日本帝国も早急に航空機搭乗員の育成を進めるべきなのだ。

「米国でも艦船から航空機の発艦に成功した,との報告があります。我が軍も早急に航空機の開発と配備を進めるようにと考察します」

 大尉の言葉を聞いて,吉岡少将は席から立ち上がると,窓際まで歩く。

 窓外からは,航空機発着用の滑走路が敷設されている様子が見渡せた。

 滑走路は舗装されてはおらず,地面を均し,転圧を加えただけの簡素なのので,いかにも急造といった趣を醸していた。

 滑走路自体も大きくはなく,300メートルくらいの長さの,小ささだった。

 その滑走路脇の駐機場には,複葉の小型飛行機が2機,駐機しているのみである。 その機体の周りに数人の人影が見える。

 列強各国が次々と新型機を開発し,運用している情勢の中,これはあまりにも貧弱な状況だった。

「早く帝国も飛行機を大量配備出来るようにならなければな」

 吉岡慎太郎少将は,決意を秘めた口調で呟いた。

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 軍艦旗が掲げられ,海軍音楽隊が軍歌を高らかに歌いあげる。

 帝国海軍・横須賀海軍工廠に,新造の超弩級戦艦「金剛」の勇姿があった。

 金剛型戦艦は4隻が計画された。

 日本海軍は金剛型以前に,準弩級戦艦の河内型・薩摩型戦艦建造の経験はあったが,急速に進化する列強の戦艦建造能力に自力では追いつくのは困難として,同盟国である英国に支援を要請することにした。

 当初はネームシップの「金剛」を英国の造船所で建造・購入し,その図面を元に2番艦以降を国産とする,という方針であったが,「それでは十分な技術習得が出来ない」「日本海軍が必要とする能力を有する主力艦となる補償がない」等の理由により,英国より技師を招聘し,指導を仰ぐこととなったのだ。

 その際には英国の最新技術を積極的に活用し,工作機械等についても最新式を英国から買い付けることにした。

 その結果金剛型戦艦は国産の45口径35.6p砲を搭載し,計画速力28ノットを発揮する巡洋戦艦とすることに決定した。

 1番艦「金剛」は横須賀海軍工廠,2番艦「比叡」も同じく横須賀海軍工廠で建造することとなった。続く3,4番艦は民間へ発注する事が決まっており,3番艦「榛名」を神戸川崎造船所,4番艦「霧島」を三菱長崎造船所で建造する。

 

 そして1913年8月13日に巡洋戦艦「金剛」が竣工した。

 全長214.6メートル,全幅28.04メートル,基準排水量2万6330トンの巨躯は,現在世界最大の戦艦だ。

 この巨躯を時速27.5ノットで疾駆させる心臓部である機関は6万4000馬力を発揮する。

 主砲は45口径35.6センチ砲を連装4基8門装備している。現時点で,帝国海軍は世界最大・最速・大火力の主力艦を得た事になる。

 

 竣工した「金剛」は,このまま横須賀鎮守府へ配属される。

 この巨艦を一目見ようと軍港周辺には人だかりに溢れ,手にした旭日旗をちぎれんばかりに振って歓声をあげている。

 その声援に応えるかのように,「金剛」はゆっくりと航進する。

 

「まったく,感慨深いな。このような大鑑を任されるとは,身が引き締まる思いだよ」

 そう言って微笑したのは,艦長・中野直枝大佐だった。

「この『金剛』は,帝国海軍最大――いえ,世界最大の戦艦でありますから。乗組員も選りすぐりです。必ずや,帝国海軍の名に恥じない働きをするものと考えます」

 副長が威儀を正してそう言った。

「思えば帝国海軍も充実したものだ。明治期には主力艦はほぼ輸入だったのものだが。この『金剛』は,設計にイギリスの技師が関わっているとはいえ,国産だからな」

 中野大佐は艤装員長として『金剛』の竣工にも立ち会っており,その感慨も一入なのだろう。

「帝国海軍が名実共に ”独立” したと,いうことですか」

 副長が疑問を返す。

「そうだな……そういう考えも出来るか。 しかし ”独立” というのは言うほど易しくはない。 恐らく帝国海軍はこれまで以上の切磋琢磨を強いられるだろう。だがそれが成長を促し,より強い海軍となる」

「より強い海軍に………」

「そうだ。 帝国を護る礎となるのだ」

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「これが『若宮』ですか」

 原田正作大佐は,横須賀工廠の艤装ドックに繋留されている軍艦を見上げて呟いた。

 全長111メートル,全幅14.7メートル,常備排水量5895トンの艦だ。 全長が100メートルを超える船体は,当時としては大型艦に分類された。

「そうです,これが我が帝国海軍初の航空機運用艦『若宮』です」

 それに答えたのは,海軍軍令部課員・宗方四郎大佐である。

「水上機を最大4機運用出来ます」

 宗方大佐の言葉に,原田大佐は頷いた。

「私は航空に関しては素人です。どのように運用すればよいか,これから手探りでやっていくしかないですかな」

 心配げな声を出す原田大佐に,宗方大佐は向き直った。

「この先,航空機は益々発達していくでしょう。いずれ軍の攻撃の主力を担うことになるのではないか,と私は考察しています。その為の研究開発は軍令部主導で行っておりますので,いずれ現実のものとなるでしょう。その意味でこの『若宮』の存在価値はとても大きいものと考えます」

「攻撃の要となる,と」

「これはまだ考察の段階ですが……。例えば,航空機に大型の爆弾を搭載出来たとしたらどうでしょう。航空機の性能が向上し,数百キロも進出可能となれば,これは大きな攻撃力となるでしょう。戦艦の主砲でさえ,20キロ先までしか砲弾を送ることは出来ない事を考えれば……」

「なるほど。大きな打撃力になる。戦術の幅も広がりますな」

 原田大佐は得心したとばかりに頷いた。

「航空機はまだ実用化されたばかりの ”新兵器” です。この『若宮』での運用試験をもって,航空機を ”兵器” として使えるようにするのも,重要な役目だと認識します」

「なかなかに重い任務ですな」

「我々の任務に重い軽いはないでしょう。 総てはひとえに国民の安寧を護るため。国体を護るため。日々切磋し琢磨して,来る有事に備えなければならないでしょう。それが,国家に軍という組織が存在することの意義だと思います」

「まったくですな」

 原田大佐は眩しいものをみるかのように目を細めた。

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 1914年は不穏な空気と共に明けた。

 この数年,欧州では民族運動の激化から紛争に至り,各地で戦火が絶えなかった。

 各国軍は国家総動員令などを布き,多数の若者が武器を手に取り,戦いに身を投じていった。 この当時になると初歩的な機関銃が実用化されていた事もあり,単発銃とは異なる圧倒的な弾雨に身を晒すことになった兵士達の屍が累々と積み上げられることとなった。

 このような情勢のなか,各国の軋轢は更に深まり,ともすれば欧州全土を巻き込む大戦争の勃発の危険性を孕むこととなる。

 そしてこの年の6月,ボスニアの首都,サラエボにてオーストリア=ハンガリー帝国皇帝の世継ぎであるフェルディナント大公が暗殺される事件が起こると,戦争への流れを押しとどめる事が出来ずに,大戦争が勃発した。

 欧州各国がそろぞれの思惑で戦争に参加するなか,8月4日にドイツ軍がベルギーに侵攻。これをもってイギリス・フランスはドイツに対して宣戦布告をした。

 

「以上の情勢により,英国は『日英同盟』に則り,我が軍の派兵を求めています」

 第2回統合幕僚会議の席上にて,議事長・海軍中将 宗方玲一が発言すると,場内がざわついた。

「海の向こう側―――地球の裏側とでも言える場所での戦争だぞ。我が国がわざわざ出向く意味があるのか」

「しかし,日露戦役の時には英国は味方をしてくれた」

「それは間接的なものだったはずだ。 英国が直接兵力を派遣してくれたわけではない」

「今は国力増強に努めるべきである。徒に戦争に参加して国家を疲弊させるのは,国家運営の方策としては下策ではないか」

「それでは,日英同盟を反故にすると言われるのか」

 各員が各々の意見を述べる。意見は対立し平行線を辿っている。

 このままでは,いつまでたっても意見が集約するとは思えなかった。

「みなさん,静粛に願います」

 宗方玲一の怜悧な声が議場を駆け抜けた。 稟と通る声だった。

「『統合幕僚会議』の意向は明確です。『日英同盟』を墨守することです。 これは中長期的にみて,英国との同盟を維持する事が国策にとり有益だとの判断であります。陸軍の仮想的はロシアでしょうが,これには英国の支援は欠かせないものですし,海軍の仮想的はロシア海軍が壊滅した今,米国となっています。この場合でも英国の支援があれば十分に戦える,という判断があります」

「それでは,帝国は英国に倣ってドイツに宣戦布告をする,という事ですか」

 陸軍の参謀が口を開いた。 その顔に戸惑いの色が浮かんでいた。

 陸軍は一時期フランス式の軍政を導入していたが,最近はドイツ式に改めている。 何人もの遣独武官もおり,陸軍はドイツ寄りの人間が多いという。陸軍としては胸中複雑な思いがあるのかもしれない。

「そうです。ただしこの戦争に深入りする意図はありません。我が国には,欧州に派遣する兵力も国力もありませんから」

「では,一体どうするつもりですか」

「ドイツが太平洋域に権益をもつ地域,具体的には中国の青島,および内南洋諸島の攻略を行います。これによってドイツの太平洋への進出意図を挫き,もって英国との盟約に応えるという体裁を整えます」

 宗方の言葉に,一同が得心したという顔になった。

「太平洋へのドイツ戦力は少ない。攻略はさほど困難ではないという事ですね。 こちらの労力は最小にして,英国との盟約は果たす格好となるということか」

「そうなります」

 

 そして8月23日,ときの大隈内閣はドイツに対して宣戦布告をした。 ここに,日本軍の第1次世界大戦への参戦が決定した。

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 1914年9月。

 貝塚一平太陸軍中尉は揺れる舟艇の中で悪態をついていた。

 大日本帝国が第1次世界大戦に参戦するにあたり,軍部はドイツが権益を得ている南洋諸島の攻略に着手した。

 その一環として,貝塚中尉が率いる中隊を載せた小型船舶を含む輸送船団が,攻略目標のマリアナ諸島サイパン島へと進軍している。

「まったく,なんて場所なんだ,サイパン島っていうのは? こんな狭い船に乗せられて………もう何日になる」

 ここ数日の航海で船酔いにやられたのか,頬がこけ,目の下に隈を作った軍曹が,はき出すように呻いた。

「もう少しの辛抱です。あと1両日中には目的地のサイパン島に到着しますので,どうか我慢して下さい」

 取りなすように,輸送船に乗船している海軍下士官が言葉をかけた。

「しかし,これでは戦力の低下は免れないな」

 貝塚中尉は呟くと,小銃に視線を向ける。

 真新しい小銃だった。今年度から制式採用された新型の小銃だった。 三八式歩兵銃という。

 口径6.6ミリの三八実包を5発装填するボルトアクション式の銃である。 6.6ミリというと世界標準としては小振りではあるが,日本人の体型に上手く適応しており,部品点数も前式の三○式に比べ少なくなり,整備の容易な全般的にみて良銃といえた。

 確かに素性の良い銃ではあるが,装弾子が5発と少なく,敵が構築しているであろう阻止線上の重機関銃の前では,いささか心許ない感は否めない。

 上陸時には海軍の支援があるというが,それが果たしてどこまで上手くいくのか未知数だ。 何せ陸海軍が協同で行う敵前上陸作戦はこれが初めてなのだから。

 「俺たちは陸の上で死ぬのなら本望だが,海の藻屑になるのだけは御免だな」

 貝塚中尉の言葉は,それはそのまま陸軍兵士の思いでもあった。

 

 戦闘は夜明けと共に始まった。

 まずは前面に展開している巡洋艦,駆逐艦の準備砲撃から始まった。

 多数の14センチ砲,8センチ砲が矢継ぎ早に撃ち込まれ,海岸線は吹き上がる黒煙に包まれた。

 主力艦の30センチ級砲弾に比べれば小振りとも言われる砲だが,陸軍の基準で見れば重砲や大隊砲に匹敵する大砲だ。

 それが連発される様は,まさに圧巻と言ってよい。 腹に堪える砲声が轟く度に,貝塚中尉は感嘆の念に堪えない。弾着の閃光が走る度に,敵に対して哀れみを覚えてしまう。

――あの爆煙の下は恐らく地獄だろう。 誰一人として生き残れないのではないか。

 小銃を構え,いつでも突撃の出来る体勢をとりながら貝塚中尉は思う。

 

 やがて停止していた舟艇が動き始めた。

 ゆっくりとした上下動と機関音の高鳴りが,そのまま心のたかまりと同期してゆく。

 

――敵からの反撃はなかった。

 

 舟艇はゆっくりと海岸線を目指して進む。 乗り組んだ兵士達は身を屈め,被弾に備えている。

 銃の最終点検をしている者, 神仏に加護を祈る者, 自らを鼓舞する者 が混交する中,舟艇は浅瀬に乗り上げ,行き足を止めた。

「総員,下船!」

 貝塚中尉の号令と共に,中隊各員は舟艇の舷側へ足をかけると,海へと飛び込んだ。

 水深は腰付近まであり,迅速な展開には難があると思われたが,貝塚中尉は楽観していた。

 海軍による準備砲撃によって,敵軍は大きな被害を受けている。 大規模な反撃はない,と考えていたからだ。

 しかし,それでも迅速な進軍は必要だ。貝塚中尉は声を嗄らして号令をかけ,兵を前進させようとした。

―――その時。

 湾内の草木の茂みに,閃光が明滅した。

 何だ? と思う間もなく, 高速物体が至近を通過したのを悟った。

「中隊,上陸 急げ!」

 貝塚中尉が叫ぶのと,隣にいた兵士が うっ と呻いて海面に突っ伏したのは同時だった。

 中尉の周囲の海面が赤く染まってゆく。

 最初は散発的な小銃による狙撃かと思われたが,軽快な連射音も混じっている。 機関銃座が生き残っていたのだ。

 赤く焼けた洩痕が陸地から海面へと地吹雪さながらに殺到し,帝国陸軍兵が次々になぎ払われていく。

 身を隠すものは無く,小型の舟艇では盾にもならない。反撃しようにも小銃は水に濡れると性能は極端に落ちるし,歩兵が携行して運べる軽機関銃は据え付ける場所もない。 まったくの無抵抗に次々に兵士が倒されてゆく。

「海軍は何をやってるんだ!」

 貝塚中尉は背後に首を捻り,ありったけの大声を出した。

 

 この時,海軍はただ手を拱いていたわけではなかった。

 護衛に就いていた駆逐艦長等からは主砲による援護射撃の実施を要望する声があがっていたが,既に上陸を終えていた味方兵士を巻き込む恐れがあるとして,上級司令部は発砲を許可しなかったのだ。

 そこで近接支援火器である7.7ミリ機関銃が各艦の独自判断で発砲を開始していたのだが,艦が座礁を避ける為に海岸から離れていた事もあり,効果的な支援とはならなかったのである。

「上は何をやってるんだ。 これじゃ陸軍さんが全滅してしまうぞ」

 そう毒づいたのは,護衛艦の1隻,駆逐艦『白雲』に乗り組んでいた 御堂洋介大尉だった。

 彼は機関銃分隊を指揮していたが,これがまったく役に立っていないことを痛感していた。

「それにしても,陸軍さんの動きが悪い。 あれでは的にしてくれと言っているようなものだ。 陸だから海に不慣れだということもあるのだろうが……」

 御堂大尉は歯がみする。 これではいっそのこと,駆逐艦乗員で陸戦隊を編制して上陸作戦に参加した方が まし な戦いが出来るのではないかと思ったほどだ。

 その事を艦長に具申しようかと思った時, 「とりついたぞ!」 との怒号が響いた。

 御堂大尉は首から下げていた双眼望遠鏡を目にあて,海岸線に焦点を合わす。

 10人前後の兵士が砂浜に伏せ,小銃を撃っているところだった。 小隊単位だと思われるが,そのような塊が幾つか浜にとりつき,内陸に向かって小銃射撃を行っているようだ。

 じりじりと前進を始め,日本軍の射撃密度が増していくのとは対照的に,内陸からの銃撃は散発的なものになっている。

 御堂大尉は額の汗を拭った。 どうやら上陸作戦は成功しそうだ。大尉の危惧していた作戦失敗は回避されたようだ。 このまま進めば,島の占領も間近ではないか―――と思った。

 

 貝塚中尉は大きく溜息をついた。

 時刻は夕方近く―――夕日が周囲を紅く照らしている。

 サイパン島に日章旗が翻ったのは,2時間ほど前であり,上陸作戦は成功した。

 貝塚中尉には任務成功による達成感よりも,疲労感の方が強かった。 虚しさというよりも怒りに近い感情も抱いていた。

 彼の指揮した中隊は半数が戦死,残り半数も負傷していた。 軍隊基準で考えれば,全滅と判定される損害だった。

 作戦開始前から,敵が堅守する島嶼上陸戦は苦戦すると予想されていた。 一般的に責める側は護る側の2倍の戦力を必要とするとされているが,狭い海岸に大量の戦力を配置するのは困難である。 それに海という天然の要害がある。冗談のような話ではあるが,海に初めて入る者も少なくない。

 この時期の日本は未だに交通インフラが充分に整備されておらず,軍隊に入って初めて海を見たという山間部出身者も大勢いた。勿論作戦実施前には訓練も行っているが,実戦と訓練とでは雲泥の差がある。死地に立たされて冷静にいられる者など,ほんの一握りだろう。

 それを考えれば,この惨状も無理からぬものだと理解できる。

 しかし理解することと納得することとは別物だ。

「上陸専門の部隊の創設が必要だな」

 貝塚中尉は部下の骸を見ながら,悔しそうに呟いた。

 

「上陸専門部隊の創設,か」

 駆逐艦『白雲』の艦橋で,駆逐艦長がそう口にした。

「そうです。海に不慣れな者が徒に進んでも,損害が増えるばかりでしょう。 我が帝国は島国です。必然戦いは海洋が主体になり,島嶼の奪い合いが頻発すると考えられます。海に詳しい者が事にあたるのが理に適っていると考えます」

「貴官は陸軍には任せられない,というのかね」

「そこまでは言いません。 上陸すれば陸戦が発生するのは必然です。 その点では,我が海軍は不得手であると考えます」

 御堂大尉は,直立不動の姿勢を保ったまま,そう発言した。

 一介の大尉が艦長に意見具申をしているのだ。 緊張は隠しようもないが,御堂大尉の言葉には真摯なものが滲んでいた。

「大尉の具申には一考に価するものがあります。 陸軍からの報告によれば,兵の損耗は4割以上だと。 これには上陸の混乱で溺死した者も相当数含まれているとのことです。陸軍が海に不慣れであることは明白です」

「海の戦いでは海軍の力と経験が必要だということか」

 参謀の言葉に艦長は深く頷いた。

「戦訓に反映させる必要があるな」 艦長の言葉は重く流れた。

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 最初水平線上に見えたのは高い2本のマストであった。

 南洋のぎらつく陽光により揺らぐ海水面に幻のように登場した。

 時間を追う毎に,その船の艦様が明らかになっていく。

 大きな艦だった。

 前部に背負い式に配置された2基4門の主砲は,現時点において最大口径の14インチ(=35.6センチ)砲である。45口径長の砲身はほぼ水平を指しているが,その太い砲身には畏怖を覚えるに充分な威容を誇っている。

 続いてがっしりとした艦橋構造物,その背後にマストがそびえ立つ。 黒煙を吐き出す煙突は3本であり,6万4000馬力を発揮するギヤード・タービン4軸が基準排水量2万6330トンの艦体を時速27ノット以上で疾駆させる事が出来た。

 2番煙突と3番煙突の間には後部マストが立ち上がり,その後方の後部甲板にも前部と同様に連装2基4門の35.6センチ砲を搭載する。

 全長214.6メートルの流麗な艦体は高速発揮を可能とし,帝国海軍が国の威信を賭けて建造した初の超弩級戦艦『金剛』である。

 そのやや右後方を2番艦『比叡』が後続する。

 それに護衛の1等巡洋艦『春日』と駆逐艦4隻を従えた,堂々たる艦隊だった。

 

「大げさなものだな」

 『金剛』艦長・島内垣太大佐は首から下げている双眼望遠鏡を撫でながら,呟いた。

 金剛型戦艦は,現在建造中の超弩級戦艦・扶桑型が完成するまで帝国海軍最大の戦艦で在り続ける。現状,この戦艦に対抗できる戦艦は世界を見渡しても,数えるほどしかなかった。

 そんな大戦力を投入する程の意義があるのか―――と言いたげであった。

「欧州の大戦では,イギリスを含む連合国が善戦しているようですが,思いの外ドイツが頑強であり手こずっているとの事です。殊に海戦では新兵器である潜水艦が猛威を振るい,連合国の艦船を多数撃沈したとの情報があります。このような状況下では,いかなイギリスといえども植民地防衛にまでは手が回らないのでしょう」

「その つけ を我が帝国海軍に払わせようというのか? 傲慢だな,イギリスは」

 少佐の徽章を付けた副長の言葉に,島内艦長は眉をひそめた。

 欧州を巡る覇権争いは,拡大の一途を続け,既にアメリカが参戦を表明している。 欧州の戦争が世界戦争へと発展しようとしている中,大日本帝国は避戦を唱える者が多勢を占めた。

 発展途上の国内産業基盤を整えるのが何より優先される,として戦争に参加することによる国富の流出を忌避する者が多かったのだ。

 イギリスの再三による要請により,内南洋での軍事行動には賛同したものの,遠く外洋での活動には軍部も難色を示していたのである。

 島内も,その避戦派の人間だった。

「インドの植民地など,放っておいてもよいと思うのだがな。いかにドイツ海軍が精強だと言っても,遠くインド洋まで出てくる余力はあるまい。植民地防衛用の小艦隊をイギリス本国から派遣するだけでよいだろう」

「イギリスとしては,入植者の安全を確保したいという意図があるのでしょう。 帝国主義とは植民地政策と表裏一体ですから,国体を維持する思惑もあると考えます」

「日英同盟を上手く使われた,とも言えるな」

 島内艦長の言葉に副長は小さく頷いた。

「我が軍が強力になったのも一つの要因でしょう。元々沿岸防衛主体であった頃とは違い,現在では世界第3位にも迫る海軍を保持するようになりましたから」

「それだけに,今回の任務には失敗は許されん」

 そう言い切ったのは,旗艦『金剛』に座乗する『印派遣艦隊』司令長官・立花庄次郎中将だ。

 禿頭に豊かな口髭を生やしたその外見は,いかにも厳つい印象を与えるが,その声は穏やかだった。

 立花は海兵11期で,ハンモックナンバーも上位にあり,所謂 ”銀時計” 組だ。 海軍省や政務次官等,主に軍政畑を歩んできた人間であり,現場指揮官というよりは事務屋に近い。

 そのような人物が艦隊の司令長官に任命されたのは,実戦向きの人間よりも政治向きの人間を派遣した方が,諸外国艦隊との交渉に有利だという理由が大きい。立花の交渉能力を買った人事だった。

「長官,実戦が発生する可能性は極めて低いと考えますが……」

 島内艦長は語尾を濁す。

「実戦は常に起こりうると構えておく必要はあるだろう。 常在戦場とまでは言わないが,その危険性は常につきまとうと考えて行動するべきだ。 まあ,もっとも私も実戦を経験していない。後方勤務ばかりだからな。そうなると,艦長,君が最大の頼りだよ」

「は! 微力ながら最善を尽くします」

 島内艦長は敬礼で応えた。

 

 その会話から数時間が経過した。 現地時間の午後2時を過ぎた頃だ。午後の課業に皆が取り付いていた時。

「右舷,2時方向にマスト見える!」

 前檣トップの見張所から,見張員の鋭い声が響いた。

 途端に艦橋は騒然となった。

「艦種,報せ!」

「隻数,報せ!」

 の怒号が飛び交い,見張員は文字通り目を皿にして,正体不明船の動向を探った。

「商船か漁船の類ではないでしょうか」

 副長の言葉に,島内艦長は直ぐには応えない。右舷に双眼望遠鏡を向け,正体不明船の発見に努めている。 見張員は専門の教育を受け,更に見晴らしの良い前檣トップに居る為に,僅かな海面の差を読みとる事が出来たのだが,島内艦長は,直ぐには見張員の発見した船影を確かめる事が出来ない。

 この海水面は既に危険域に入っている為に,油断など出来ないのだ。

「数は1隻。マストの数,2!マストの高さ,間隔から大型船の公算大」

「発見せる船影は,軍艦と認む!」

 艦橋は緊張に包まれた。この海域に軍艦があるとの報せは連合国からはもたらされていない。 つまり敵艦の可能性が高い。

「艦型,報せ!」

 副長が鋭く下令する。 数秒の沈黙の後,見張員が緊張の混じった声で報告した。

「艦種は戦艦。 ドイツのナッサウ級!」

「ドイツ艦だと!」

「ナッサウ級とは,新鋭艦ではないか!」

 艦橋は色めき立った。

 ナッサウ級戦艦はドイツ海軍が1910年から就役させた新鋭艦である。

 主砲の配置に特徴があり,45口径28.3センチ砲を連装砲塔に収め,前甲板に1基,舷側に2基づつ,後部甲板に1基の計6基12門となっている。 弩級戦艦でありながら,片舷に最大8門しか指向出来ない欠点があり,準弩級戦艦とも云える古くさい設計だった。

 島内艦長は,その点に注意を向ける。

「落ち着け。 相手がナッサウ級だとしても主砲の口径は我が金剛型よりも一回り小さい28センチ砲だ。戦いは有利に進むだろう。 それよりも相手は1隻だけなのか?他に随伴艦はいないのか」

「見張り,相手は1隻だけか?」

 副長の言葉に 「周囲に艦影なし」 と報告があがった。

「どうにも解せませんな……。 長官,どのようにしましょうか」

「うむ………」

 島内艦長の問い掛けに,立花長官は口髭を扱きながら呻った。

 戦力としての戦艦の存在は侮りがたいが,戦艦ただ1隻というのは,どうにも不可思議だ。罠でも仕掛けているのではないかと疑ってしまう。

 やや沈思し,立花長官は口を開いた。

「相手艦に信号。『貴艦ノ艦名,所属ヲ明カセ。我ハ大日本帝国海軍戦艦『金剛』ナリ』 以上」

 立花の言葉は,即座に電波にのり,相手艦に向けて放たれた。

 待つことしばし,だがナッサウ級戦艦からの返信はない。

「何を考えてるんだ,奴はっ」

 参謀の一人が苛立たしげに呟いた。その時―――

 ナッサウ級戦艦の舷側に茶褐色の雲が湧いた。

「敵艦,発砲!」

 見張員の切迫した報告が飛び込んできた。

「距離,報せ!」

 砲術参謀が声を荒げるや,

「敵距離,三二○(3万2000メートル)!」

「遠いな。 あたらないだろう」

 島内艦長は冷静だった。 敵艦が装備する28センチ砲では射程外なのではないか,と当たりをつけている。

「長官,いかがしますか」

「敵が撃ってきたのであれば是非もない。 直ちに戦闘開始せよ」

「了解。 艦隊進路20度,最大戦速」

「艦隊進路20度」

「速度,最大戦速」

 艦長の命令に,航海参謀と機関参謀が受け持ち部署へ下令する。

 それまで原速でゆるやかに航進していた艦が,急速に速度を上げるのが解った。

 曲線を切り取ったかのような艦首が波を切り裂き,波濤が艦体を打ち付ける。 と同時に「金剛」の前面に白い水柱が突き立った。敵艦の放った砲弾が弾着したのだ。

 しかし水柱の位置は「金剛」よりも遥かに手前だ。

「やはり射程が足らぬか。 砲撃というのは遠距離で及び腰で撃ってもあたらないものなのだ。 それを教えてやろう」

 島内艦長は口の端をつり上げた。

 

「かかったな」

 ナッサウ級戦艦3番艦「ラインラント」艦長,ハイネスト・フォン・ヒュテッセン大佐は口の端をつり上げた。

 先の砲撃は日本海軍を撃破する為に放ったものではない。 もとより3万メートルも離れていては,砲弾は届かない。

 この砲撃は,日本海軍をつり上げる ”おとり” だったのだ。

「『見敵必戦』といえば聞こえはいいが,ただ突進するだけでは猪と変わらん」

「奴らは今や世界第3位の海軍として,驕っているのでしょう。 我々を格下とみているやもしれません」

 副官である,マイヤー・ゲッツ中佐が呟く。

「敵艦はコンゴウ・タイプか。 単純な戦闘力でいえば,あちらが上ではあるが,戦いとは個艦の性能で勝敗が決まる訳ではないと,教えてやろう。 『ヴォルフ』に打電。『狩リヲ始メヨ』」

 ヒュテッセン大佐の目に,冷厳な光が宿った。

 

「敵距離二○○」

 見張員の言葉を島内艦長は双眼望遠鏡を構えながら聞いていた。

 先程砲戦開始距離を1万5000メートルと決めたのだ。 「金剛」は27ノットを超える速度で疾駆しながら,砲身に仰角をかける。

 現時点で最強の威力を誇る35.6センチ砲の太い砲身が,まるで蛇が鎌首を上げるかのように獰猛に見える。

「敵距離一九○」

 距離が次第に詰まる。 敵艦が散発的に撃ってくる砲弾の弾着の水柱が「金剛」に近づいてくる。だが照準はあまり褒められたものではなかった。

「敵の腕は悪いですな。我が軍であのような無様を晒しては,砲術員に鉄拳が飛ぶところですぞ」

 砲術参謀が嘲笑の混ざった声で呟いた。 他の参謀達も一様に同じような表情を浮かべていた。

―――ドイツ海軍,恐れるに足らず。

 皆がそう感じ,厳格をもってなる島内艦長すらも頬を緩ませた,その時。

「左舷より航跡多数! 水雷と認む!」

「なんだと?!」

 左舷側を向いた島内艦長の目が大きく見開かれた。

 蒼い海を引き裂くような白い航跡が3本,艦腹に向かって馳走してくるのが見えた。

「回避! 面舵一杯!」

 島内艦長は大音声で命じた。 と同時に敵の意図を悟った。

 敵戦艦の砲撃は ”おとり” だったのだ。 砲撃に意識を向けさせ,死角となった左舷側より水雷を叩き込む戦法だったのだ。

 大西洋でイギリス艦隊に多大な犠牲を強いている潜水艦が,自分たちにも牙を剥いたのだ。

 敵の水雷が曳く航跡がみるみる近づいてくる。 「金剛」の艦体は変わらず直進を続けている。全長214.6メートル,基準排水量2万6330トンの艦体は,直ぐには舵が効かない。

 敵の水雷は左舷側やや斜めから,艦体に突撃する体勢だ。

「頼む,舵よ,早く効いてくれ―――」

 島内艦長は胸中で叫んでいた。 世界でも有数なこの艦をこの場面で喪うのは,海軍軍人としてとても耐えられるものではない。

 絶望的な面持ちで皆が海面を見ていた時,「金剛」の艦首が振られ始めた。 艦首が右に右にと振られ,正面に見えていた敵戦艦の姿が左へと流れてゆく。

「雷跡,近い!」

 艦橋見張員が絶望的な声をあげた。

 島内艦長は唇を堅く結び,足腰に力を入れた。 今にも大音響とともに尻をかち上げる衝撃が襲ってくるものと,身構えた。

―――だが。

 その衝撃は襲ってはこなかった。

「雷跡,右舷に抜けました! 水雷回避!」

 見張員の弾んだ声が木霊した。 「金剛」はからくも危地を脱したのだ。

 島内艦長を含め艦橋要員が大きな息を吐いた時,一際大きな大音響が響き渡った。

「『比叡』左舷に水柱2本確認! もう1本は駆逐艦に命中したもよう!」

「『比叡』が………」

 参謀の誰かが低く呻いた。 島内艦長もしばし我を忘れて後方を見つめていた。

 「比叡」の水柱は,崩れ落ちている最中だった。 丈高い前檣を遥かに超える高さに突き伸びた水柱が崩れると同時に,大量の黒煙が吹き上がった。続いて真っ赤な炎が揺らいだ。

―――弾火薬庫に引火して,轟沈か―――

 「金剛」の艦橋内に絶望の呻きが満ちた。 しかし,「比叡」は破滅的な局面を迎える事はなかった。

 ただ左舷後部付近で濛々と黒煙を吹き上げる「比叡」は,がくりと行き足を失い,精悍に波濤を切り裂いていた艦の面影はない。 浸水が拡大したのだろう,艦が左舷側に傾いている。

 「比叡」が戦艦としての機能を喪ったのは,誰の目から見ても明らかだった。

「『比叡』よりの通信です!『我,機関及ビ舵ヲ損傷ス。戦闘・航行不能』――以上!」

 伝令兵が息急ききって艦橋に駆け上るや,よく通る声で報告した。

「長官!」

 戦務参謀が印遣艦体司令長官・立花中将を見る。

 立花中将の顔面は蒼白だった。

 不用意に現れた敵艦を,優勢な火力でもって撃沈出来るという好機から,主力艦1隻を喪ってしまうかもしれないという危機へと急落した状況に自失してしまっているかのようだ。

「長官!」

 叱責に近い声に,立花中将も自分を取り戻したらしい。

「『比叡』に信号。『極力艦ノ保全ニ注力セヨ』。 第2艦隊に指令『付近ノ潜水艦ノ発見ニ努メ,十分警戒セヨ』」

「本艦はどういたしますか」

 島内艦長が問い掛けた。 撤退か,このまま戦うか?

「敵艦発砲!」

 立花中将が断を下す前に艦橋見張員が声を張り上げた。

「今までと同じだ。 どうせあたらん。 それよりは『比叡』の救助を優先するべきだ!」

 戦務参謀の言葉に,皆が一様に頷いたその時,空を轟する異音が急激に大きくなった。何事か―――と,数人が頭上を見上げた時,視界が純白に包まれた。

「弾着。右2,左2。 きょ,夾狭されました!」

「何だと?!」

「どういう事だ!」

 艦橋に動揺の言葉が溢れた。

「してやられた,な」

 島内艦長は呟いた。 先程までの粗末な砲撃は,2重の意味での囮だったのだ。

 一つは潜水艦が待ち伏せする海域へおびき寄せる為。 もう一つは粗末な砲撃に此方が油断して近づいて来るのを狙ったのだ。引き寄せておいて正確な砲撃を見舞うつもりだったのだろう。こうなった場合,ぐずぐずしていると敵弾の前に倒れてしまいかねない。

「左砲戦! 目標敵戦艦。 攻撃始め!」

 島内は凛とした声を張り上げた。

「左砲戦。 目標敵戦艦!」

 砲術参謀が下令するや,「金剛」の連装砲塔4基が左に指向する。 砲が微妙に俯仰し,照準を合わせる。

「装填よし」

「測的よし」

「射撃準備よし」

 各部署から次々と報告があげられる。

 その間にも,敵弾は迫ってくる。 先程よりも倍する轟音が耳を聾するかと思われた時,その音が消えた。

 瞬間,多数の水柱が艦を覆い,金属的な叫喚が響いた。 音は後方から聞こえてきた。

「もらったな」

 島内が呟いたのと,砲術参謀が「撃ち方始め!」と大音声で下令したのは同時だった。

 前部2基,後部2基の35.6センチ連装砲の内,右砲が吼えた。真っ赤な砲火が前面に吹き出ると同時に発砲煙が沸き立つ。

 発射の衝撃は足許を伝い,腹に重く響く。 一瞬聴力を失い,甲高い金属音の残響が頭蓋を突き抜ける。

「先の被弾は1発。後甲板に破腔,小火災発生するも消火に成功せり」

 伝令の言葉に島内艦長は黙って頷く。 被弾はしたものの,被害は僅少だ。

 時計員が時間を読み上げる中,再び敵弾飛翔の音が近づいてくる。

「早い……!」

 誰かが呟いた。

「……1。 だんちゃーく,今!」

 時計員の独特の発声と敵弾の落下が重なった。

 再び視界を水柱が奪い,衝撃を2度感じた。今度も艦橋より後ろに命中したらしい。

 視界が晴れるのと,敵艦の周囲の水柱が崩れるのが同時だった。 4本の太い水柱が砕け,無数の飛沫となって敵艦に降りかかっているように見えるが――

 「全弾,近弾」

 「敵艦発砲!」

 と同時に「金剛」も射弾を放つ。 1万メートル以上の距離を互いの巨弾が一飛びする。 およそ15秒後敵艦に到達するも,今度は敵艦の頭上を通り過ぎ,全弾が遠弾となる。

 「金剛」が第3射,第4射と放つ内に,敵艦は第6斉射を放っている。その度に1から2発の命中弾を喰らい,艦体が軋みをあげる。

 「28センチ砲とはいえ,発射間隔が異常に短いですな」

 砲術参謀が,額の汗を拭いながら呟く。

 「ドイツ製の砲は速射性に優れるとの情報が英国よりもたらされています。ドイツの火砲は伝統的に薬莢方式を採っており,砲弾と装薬を別々に装填する英国式の砲に比べて,発射速度の劇的な向上が望めると」

 戦務参謀も,顔色を失っている。

「まずいな」

 島内艦長は胸中で呟く。

 金剛型戦艦は,国産初の高速戦艦として誕生した。 製造には英国の助力があったものの,当時の日本の工業力では要求された攻防性能を満足させる戦艦の建造は無理であった。 結果として金剛型は防御力を犠牲にして速力の向上を主眼において建造された。

 戦艦の防御要綱である,「自艦が搭載する同クラスの主砲で決戦距離から撃たれても耐えられる」ことを満たしていないのだ。

 格下の28センチ砲であっても,油断はならない。 そうでなくとも,多数の被弾は被害を累積させ,艦の防御力・攻撃力を削いでいく。被弾に伴う金属疲労が限界に達したら,砲弾の貫通をも許してしまうかもしれない。

 「金剛」の第5射と敵艦の第7斉射は同時だった。

 巨弾の応酬が続く。 ―――「金剛」の砲弾は又しても空振りに終わった。敵艦よりも手前に4本の水柱が立つ。 同時に敵艦の砲弾が降り注ぐ。水柱が林立し,しばし視界を閉ざす。今度は3度異音が響いた。うちの一発は前甲板に命中し,揚錨機が爆砕され,錨が轟音を立てながら海没する。

「砲術,なにをしておるかっ」

 思わず戦務参謀が叫んだ。

 敵弾は此方を捉え,確実に命中弾を送り込んでくる。対して我は未だに命中弾を得る事が出来ない。 焦りと怒りを感じるのは,なにも戦務参謀だけではないだろう。

 またもや敵弾の飛翔音が近づいてくる。「金剛」は,未だに砲撃準備は出来ていない。

―――なんだ?

 島内艦長は嫌な予感に囚われた。 曰く言い難い不安感が胸中を満たしてくる。これは,戦人としての勘だったのかもしれない。

 耳の奥にねじ込まれるような不快な音が極大に達した瞬間,「金剛」が大きく揺れた。

 

「敵艦に3発の命中を確認」

 砲術長の弾んだ報告にも,「ラインラント」艦長,ヒュテッセン大佐は無表情だった。

 あたって当たり前だ,との傲慢も慢心もない。 ただ凪いだ感情が大佐を支配していた。

 「ラインラント」の主砲である28.3センチ連装砲は,およそ20秒おきに射弾を放っている。このクラスの砲では最高クラスの速射性能であり,この速射性能こそが,ナッサウ級戦艦の最大の武器なのだ。

「戦艦は戦艦の砲撃によって沈める事が出来る,というのを証明したのは他ならぬお前達だ,日本人」

 ヒュテッセン大佐の言葉は変わらずの平板だ。 感情というものを完全に切り捨ててしまったかのようである。或いは強靱な精神力でもって,感情を抑えつけているのかもしれない。

「次より第10斉射」

 砲術長の報告に,ヒュテッセン大佐は眉根を微かに寄せる。

「意外に頑強だな」

 大佐は呟くと,双眼望遠鏡をコンゴウ・タイプへと向けた。 既に10発以上の28.3センチ砲弾を浴び,後檣から後ろは黒煙に覆われている。艦橋前にも幾筋かの黒煙がたなびいており,艦が大きなダメージを受けているのは確実と思われる。

 そこへ第10射目の射弾が弾着した。 複数の水柱が立ち上がり,発砲とは明らかに異なる閃光も2回確認できた。

 この時点でヒュテッセン大佐はある事に気が付いた。

―――敵艦が撃ってこない。

「次より第11斉射」

 砲術長の報告に,ヒュテッセン大佐は短く右上を上げ,砲撃の中止を告げた。

「艦長?」

 砲術長が訝しげな表情で大佐を見る。

「敵艦は撃ってはこない。 これまでの攻撃で射撃装置が故障したか,砲そのものにダメージを与えたのかもしれん」

 コンゴウ・タイプの2隻のうち,1隻は後甲板が大きく沈み込んでいる。Uボートによる水雷攻撃が成功したのだ。 もう1隻,「ラインラント」と砲火を交わしていた敵艦は,艦全体から黒煙を噴き出し,こちらも速度を大きく落としているようだ。最早戦闘力が残っているとは考えがたかった。

「それでは,止めをささないのですか?」

 副長が疑問を口にした。 心なしか非難の色を帯びている。

「副長,本国からの弾薬供給が心許ない現在,あまり弾薬を消費するのは賢い選択ではない。我々に求められるのは敵の殲滅ではなく,敵の排除なのだ」

「見逃すのですか,ここまできて」

 砲術長の声にも非難の色が濃い。

「敵艦は避退を開始している。我らは所期の目的を達したのだ。副長,砲術長と強力して消費弾薬量及び残燃料を報告してくれ」

「了解。消費弾薬量と残燃料を報告します」

「頼んだぞ。 あと,皆ご苦労だった。今日の日の勝利は,我が国の最高の記念日となるだろう」

 ヒュテッセン艦長は,労いの言葉をかけると,露天艦橋から艦長室へと歩を進めた。

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          13

 

 1914年も暮れを迎えようとしていた。

 人々は戦争の行方に不安を抱えつつも,年の瀬の忙しさに日常というものを感じようとしていた。

 しかし,世間が冬季休業に入ろうかというその時も,ここ呉海軍工廠は活況に沸いていた。

 中小艦艇用の乾ドックに二人の男が立っていた。 完全に水を抜かれ,赤い船底を晒しているのは,2等駆逐艦に分類される小型艦だった。

 海上護衛総隊・独立予備艦隊司令の有馬義直少将と,艦政本部の技官,木下勇次郎大技術士である。

 有馬少将は興味深げに,艦底を見上げていた。

「いつもは艦に乗っているから,このように艦底を見るのは初めてだよ。小型の二等駆逐艦と云えども迫力があるものだな」

 少将の言葉に木下大技術士は微笑する。

「フネというものは,見ていて飽きません。どのようなフネにも求められる性能があり,その性能を追求した結果が,この形なのです。いわば,人類の叡智の結晶だと言えるでしょう」

「 ”コレ” も叡智の結晶なのかね」

 有馬少将が指さしたのは,艦首付近の膨らみだった。

 それは奇妙な膨らみだった。半円形をした物体が艦首を挟み込むように巻き付いている。餃子の皮が艦首に張り付いているといった方が分かりやすいか。 そして,直径10センチ程の小さな穴が,艦底との接合部にずらりと並んでいる。

「これは,艦政本部と技術本部が協同で開発した 『試製一四式水中探信儀』です」

 技術本部とは,『帝国国家総力戦委員会』によって設立された,産官学協同の研究機関の事を指す。これまで各部署がばらばらに技術開発をしていたものを一纏めにしたもので,相互の技術的協力が成された結果,驚異的な速度で新技術の開発が可能となった。

「 『水中探信儀』? 初めて聞くな。 探信儀 と言うからには,何かを探る装置なのだろうが………」

「そうです。この水中探信儀は大きく分けて,音波発信源と水中聴音機の2つの装置で構成されています」

「ふむ………」有馬少将は困惑気味に首を傾げた。

「原理は簡単です。 一言で言ってしまえば,音によって水中に潜む物体――この場合は潜水艦ですが――を探りだすものです。 音波発信源から指向性の強い音,これを探信音と呼んでいますが,これを発信する。すると音波は水中を伝わって進んで行きます。そして,障害物があると,音波は反射して発信源へと返ってくる。この音を水中聴音機で拾う事により,相手の存在を感知する事が出来る。 音波が返ってくる時間から距離が,音の返ってくる方向の強弱で対象物の方向が判るのです」

「なるほど。そう言われると理解できるな」

 有馬少将は得心したとばかりに頷いた。

「現在では,おおまかな位置しか判りません。 探心音の発振の出力の問題と,水中聴音機の解像度が低い為に,正確な場所が特定できません。 これらはより安定した部品を製造出来るように現在研究開発が進められています」

「それでも,海中に潜む潜水艦を探知出来るだけでも大きな進歩だ。なにせ………」

 少将は表情を曇らせると,視線を大型艦が整備出来る第1,第2ドックへと視線を向けた。

 そこには大きく傷ついた大艦が舳先を並べて繋留されていた。

 手前の艦は後部が歪み,本体からちぎれ落ちそうになっている。奥の艦は艦上構造物がめちゃくちゃに破壊され,金属の屑が堆積しているかのようだ。

 統合作戦本部が公式に呼称した「インド洋沖海戦」で傷ついた主力艦―――「比叡」と「金剛」である。

「戦闘の帰趨は,潜水艦による雷撃で決まったも同然だったようだからな」

「2艦とも 大破 と判定される被害を受けました。 特に『比叡』の損傷は大きく,よく内地まで回航できたものだと,本部でも驚かれたそうです。なにせ艦体後部には水雷による大穴があき,第4砲塔まで水没している有様でしたから」

「『春日』と駆逐艦によって曳航されたようだな。 しかし,この戦いで得たものも多い」

 有馬少将の言葉に木下は頷いた。

「欧州で猛威を振るっているというドイツ潜水艦の脅威を身にもって知ったこと。 主力艦の水雷防御の不足。 そして―――」

「主力艦,わけても戦艦の防御力の不足,だな」

 有馬少将は「金剛」に視線を向けて,呟いた。

「その通りです。防御力を犠牲にして速力を優先した結果,明らかに格下の28センチ砲によって大損害を被ってしまいました。第2,第4主砲塔は被弾により旋回不能になり,新開発された射撃盤も被弾による衝撃によって故障,統制射撃が不能になりました。これは戦闘力の大幅な低下を意味します」

「うむ……。 艦政本部では,どのように考えている?」

「金剛型戦艦の3,4番艦の『榛名』と『霧島』に追加の防御鋼板の設置を行っています。これによって重量が増加しますが,浮力を確保する為に第2砲塔直下から第3砲塔直下までバルジを設けます。このバルジには水雷に対する防御力強化の狙いもあります。射撃盤を含む精密機器については,防震用のゴムなどを挟み込む事により振動による故障を防ぐ工夫をするつもりです。ただ,これだけの事をすると,船体重量の増加や水中抵抗の増加によって速力が2ノットほど低下してしまう見込みです」

「それは致し方あるまい。『金剛』と『比叡』が身を挺して得た戦訓をここで活かさなかったら,彼女らも報われまい。速度の低下は戦術によって十分補えると,わたしは考える」

「潜水艦の脅威に対しては,この『試製一四式水中探信儀』を装備する『霧雨』と『狭霧』があたります。欲をいえば,護衛艦全てに搭載したいのですが,水中探信儀自体が試作品の為に数が揃わないのと,予定される作戦開始日時までに改修出来るのが最大で2艦までという制約がありまして」

「まあ,贅沢は言えんさ。 我々軍人は与えられた物を十全に使いこなし,作戦を成功させるのみだ。要求ばかりして実行出来ないのであれば,それこそ子供でも出来ることだ」

 有馬少将はそう言うと,もう一度視線を上に向けた。

 そこには,自らの実力を発揮せんと気を吐いているかのような防御駆逐艦「霧雨」があった。

 少将には,そんな「霧雨」が,どのような主力艦よりも力強く見えた。

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 第2次印遣艦体はインド洋上を堂々とした隊伍を組んで進撃していた。

 先頭を往くのは,印遣艦隊第2艦隊第4戦隊を構成する旗艦・一等巡洋艦「春日」である。その「春日」をくさび形の頂点にするようにして,付属の駆逐艦「浜風」「天津風」が「春日」の右舷後方に,駆逐艦「時津風」が左舷後方に位置している。

 第4戦隊の後方1千メートルには,第1艦隊を構成する主力艦「榛名」と「霧島」が続いている。

 その更に後方には,後方を警戒するように第2艦隊第5戦隊の3隻の軍艦が付き従うように航行している。

 その様は,まるで大名行列のようだ。 中央に主力艦が鎮座し,その前後を挟むように中小型艦が護りを固めている。

 

「大げさなものだな」

 護衛艦隊旗艦護衛巡洋艦「黒部」艦長・山口清秀大佐は,本隊左舷側20浬の箇所から,艦隊全体の様子を見て呟いた。

「前回の失敗もあります。統合作戦本部も慎重に慎重を期した,というところでしょう」

 そう応じたのは,副長の片桐静夫中佐だ。

「先の作戦の失敗は,各艦隊の連携不足,潜水艦に対する知識不足があげられるだろう」

 長官席でそう口を開いたのは,護衛艦隊司令・有馬義直少将である。

「潜水艦の脅威判定が甘かったのは確かでしょう。 潜水艦という物は米南北戦争で登場した新兵器ですが,あくまで防御用の兵器であって,今次大戦でドイツがやっている集団運用など,何処の国の海軍でも思い至らなかったのです」

 山口艦長が双眼望遠鏡を下ろし,有馬少将へと体を向けた。

「潜水艦の攻撃により『比叡』が落伍。その混乱を衝いて『金剛』が集中砲撃を受け敗退した。 全ての躓きの元は,潜水艦にある」

「軍令部でも,ようやく潜水艦について研究を始めたようだな」

「その成果が,『霧雨』と『狭霧』に装備された『試製一四式水中探信儀』なのだな」

「まだ試作の段階ですが,条件が良ければ15浬先の潜水艦を発見出来るそうです」

「それは心強いな」

 

「光点を発見! 日本艦隊と認む!」

「急速潜航!」

 その言葉と共に,艦橋に詰めていた見張員が一斉に艦内へと消えていく。

 ドイツ海軍インド洋艦隊所属潜水艦・「U6」は急速に船体を海面下へと消した。

「潜望鏡深度! 潜望鏡上げ!」

 の命令と共に,潜望鏡が海面上に突き立った。

「予測通り来たな」

 潜望鏡を操りながら,「U6」艦長エルンスト・ビュッカー大佐は不敵に口の端をつり上げた。

「誤差は1日です。 日本人の几帳面さは筋金入りですな」

 航海長クーゲル・ヘンシェル中佐が感心した様子で呟いた。

「日本海軍は厳しい訓練を重ね,まるで時計のように精確な運動をするという。それは戦闘時には統制のとれた見事な戦い方だろうが,逆にそれが弱点になる事もある」

「今回のように,待ち伏せをするには都合がよい,と」

 ヘンシェル中佐は大きな体を小さくして応答した。中佐は大きな男だった。

 西洋人は一般的に東洋人よりも体格がよい。そんな西洋人の中でもヘンシェル中佐は190センチを超える体格の持ち主だ。まるで乗り組む艦を間違えてしまったかのようであり,彼もことあるごとに「頭をぶつけた」などと戯けてみせた。 しかし,彼の航海長としての腕は一級品で,目標のない海中をまるで見えているかのように航行してみせる。その能力は索敵にも活かされ,今回のような邀撃戦には欠かせない存在となっている。

「潜望鏡でも捉えた………大型艦……巡洋艦らしきもの1,駆逐艦3」

「艦隊の前衛ですね」

「そのようだ………まだ見えないが,戦艦を伴っているはずなのだが」

 ビュッカー大佐は潜望鏡を左右に振りながら,敵艦隊の全容を把握しようと努めている。 潜望鏡の狭い,限られた視界では探索するのは難しい。艦長の経験と勘が頼りなのは,少々物足りなさを感じさせる。 音波兵器や光学機器の進歩によってこの問題は大きく改善されるのだが,現状では人頼りである。

「砲雷長,魚雷の用意は出来ているか?」

 軍政では最先任であるヘンシェル航海長は,砲雷長へと質問を投げかける。

「準備万端で整っています。いつでもいけます」

 砲雷長は緊張に顔を強ばらせている。 何度も魚雷を発射しているが,やはりこの一瞬だけは緊張するようだ。この時期の魚雷はまだまだ機械的信頼性に劣り,発射の段階で故障したり,或いは目標に命中しても爆発しないなどの不調は日常茶飯事であった。「U6」は小型の潜水艦であるために予備の魚雷は2本しか積み込めないため,失敗したら換えが利かないのだ。

 じりじりとした時間が過ぎていく。 航海長が指定した待ち伏せ地点に敵艦隊が近づいてくる。

 狙いは,敵大型艦だ。 艦影は2隻確認しており,この内1隻でも行動不能に陥れることが出来れば,勝機が見えてくる。

 前回はこの方法で撃退出来た。 敵もそれを警戒してか,護衛艦を増やしているようだが海中に潜む潜水艦を発見するのは非常に困難である。

 潜望鏡を小刻みに上下させ,狭い視界の中に確実に敵艦の姿を捉え続けるのは,忍耐との戦いだ。本当は潜望鏡は雷撃するその瞬間まで海面上に出しておきたいのだが,それだと敵の見張りに発見されかねない。だから潜望鏡を海面に出したり入れたりの小刻みな運動をさせる必要がある。これは歴戦のビュッカー艦長にとっても負担となる行動だった。

 しかし,やがてこの苦労が報われる時がくる。

 「敵艦を捉えた!」

 ビュッカー艦長は嬉しさに頬を綻ばせそうになった。 敵艦がもっとも狙い易い艦腹をこちらに向けている。

 艦長は一瞬潜望鏡を上げ,その短い時間で敵速,距離を読みとる。 あとは計算通りに魚雷を発射するだけだ。

 その時,甲高い音が潜水艦全体を包み込んだ。

 

「聴音機に感あり! 感度2! 距離は本艦左舷寄り,およそ10浬」

 防護駆逐艦「狭霧」に新たに設けられた水中聴音機室から聴音員の報告があがるやいなや,

「通信,旗艦に発光信号 『我,敵潜水艦ヲ発見セリ。我ニ続ケ』。 取り舵10度,速度20ノット」

 「狭霧」艦長・志木一少佐は声を張り上げた。

「『我,敵潜水艦ヲ発見セリ。我ニ続ケ』, 送信します」

「取り舵10度」

「速度20ノット」

 各部署からの応答を聞きつつ,志木艦長は副長の山本竜介大尉と視線を交わした。

「この速度なら大丈夫だろう」

「はい。演習では20ノットまでなら速度を上げても雑音による失探はありませんでした。ただ艦隊運動中ですと,他艦から発生する雑音が気になるかもしれません」

「水中探索を実施。 敵の正確な位置を割り出せ」

「探信音,発射」

 再び水中探信儀から金属を打ち合わせるような特徴的な音が発せられる。

 探信音が発射されると同時に聴音員はレシーバに耳を当て,慎重にダイアルを操作し始める。ダイアルにより,角度を調整する。反響音が聞こえてきた方角に敵潜水艦が居ることになる。

「感あり。 本艦より右10度,9浬」

 その報告を聞いた志木艦長は進路をそのままに敵艦へ近づく事を決めた。

「敵潜水艦はどう動きますかね」

 山本副長の問いに志木艦長は,顎に手をやりしばし考えた。

「敵潜水艦の艦長が賢明な人間ならば回避を図るだろう。 そうでなくとも,攻撃を躊躇させる事が出来れば,こちらの勝ちだ。 我々の任務は,主力艦の安全を確保することだからな」

 

「護衛艦隊が動き始めました」

 見張員からの報告に,戦艦「榛名」艦長・舟越楫四郎大佐は,印遣艦隊司令・綾瀬宗継大将に報告した。

 綾瀬大将は第二次印遣艦隊の司令長官と第一艦隊の司令を兼務している。前長官の立花中将とは同期であるが,綾瀬大将は艦隊勤務が長く実践的な人間だった。

 立花中将が調整能力に秀でていたのに比べ,浅瀬大将は少佐の時に日露戦争を経験しており,実戦経験豊富な人間であった。

 これは印遣艦隊に求められた任務が,軍籍及び民間船舶の護衛であり,より実戦向きとなったことと関係がある。

「前回と同じとは芸のない。我が帝国海軍の底力を見せてやろうぞ。 件のナッサウ級戦艦が近くに潜んでいるはずだ,見張りを怠るな」

 綾瀬大将は抑揚のない声でそう言った。 戦闘に対して浮き足立つ事はない。凪いだ海面のように落ち着いた態度だった。

―――およそ10分後。

「護衛艦隊より信号。『艦隊進路上ニ敵潜水艦発見ス』」

「もう1隻潜んでいたか。 艦長はどう思う? まだ潜水艦は居ると思うか」

 綾瀬大将の問いに,船越艦長はしばし考えた。

「その可能性は否定できませんが,わたしはもう居ないと考えます」

「ほう。どうして」

 綾瀬大将は興味深げに聞き返した。

「単純に補給の問題です。 ここインド洋はドイツ本国とは離れすぎています。 大西洋ではイギリス軍と戦い,地中海を経由することすら難しいでしょう。 太平洋にしても,拠点としていた内南洋は既に我が海軍が抑えており,ここを補給基地とする事は不可能だ。 艦内に余裕のある戦艦ならともかく,艦内容積が狭く,頻繁な補給が必要な潜水艦を何隻も維持・運用できるとは思えません。 派遣された戦艦が1隻だけとなると,運用可能な潜水艦は2隻。多くとも3隻が限界であろうかと」

「艦長の考えは解った。 わたしは艦長の考えに賛同しようと思うが,他に意見のある者はいるか」

 綾瀬大将は艦橋にいる者に視線を配ったが,誰からも発言はなかった。

「では敵潜水艦は3隻居るものとして行動する。 艦隊進路270度。」

「270度ですか,司令?」

 船越艦長は思わず聞き返していた。

「陸岸へと近づくことになりますが」

「潜水艦の配置から推測するに,敵は我らを陸地へと誘い込む気のようだ。だとしたらその手に乗ってやろう。 潜水艦による奇襲が失敗したら,あとは数の力で我が方が圧倒することになる。これはわたしの勘なのだが,この方向に敵戦艦が待ちかまえているように思うのだよ」

「………解りました。 全艦面舵。進路270度!」

 船越艦長は,よく通る声で下令した。

 

 艦隊が進路を270度にとり,再び隊列を整えてからおよそ15分が経過した頃。

「第二艦隊『春日』より発光信号!」

「通信内容報せ!」

「『本艦ヨリノ方角30度,艦船ノモノト思ワシキ煤煙ヲ確認。一一五三』」

 その報告に綾瀬大将は大きく頷く。

「敵戦艦が現れたようですね」

 船越艦長の言葉に綾瀬大将は一呼吸をおいた。 まだ,命令を発しようとはしない。

「『春日』より発光信号。『艦影ヲ確認。ナッサウ級戦艦ト認ム。 一二○○』」

 綾瀬大将はその報告を待っていた,とばかりに命令した。

「艦隊に通達。『全艦突撃セヨ』。第四戦隊は目標正面。第五戦隊は迂回して退路を断て」

「第一艦隊はどのようにしますか」

 船越艦長の問いに,綾瀬大将は

「第四戦隊と同航せよ」

 と命じた。 綾瀬大将は敵艦と正面切って戦うつもりだった。

「最大戦速! 目標,敵戦艦」

 船越艦長はすかさず下令する。

 機関の鼓動の高まりが,足許から感じられる。 艦首が波を切り裂きながら『榛名』は最大戦速に達した。

「砲戦距離はいかがしましょうか」

 砲術参謀の問いに,船越艦長はしばし考えてから,

「砲戦距離は1万5000メートルとする」

「1万5000………ですか。 少し近い気もしますが。相手が28センチ砲だとしても,危険と考えます」

「前回の戦闘では,『金剛』は2万メートルから砲撃を開始したとある。 本砲の有効射程内であるが,命中率は落ちる。 それに敵は手数の多さで『金剛』を圧倒したとも聞く。 ここは敢えて危険を犯してでも確実に命中できる距離で戦いたい」

 船越艦長は言い切った。 砲術参謀が不安げな瞳を綾瀬大将へ向ける。

「本艦と『霧島』は,装甲の増強を図っている。それを信じよう」

 司令官の言葉に自身を得たのか,砲術参謀は大きく頷いた。

「それでは砲戦距離を1万5000メートルとする」

「了解。砲戦距離,1万5000メートル」

 艦長の下令に砲術長が復唱する。

 やがて,

「第四戦隊,交戦入りました!」

 見張員の報告に船越艦長は双眼望遠鏡を敵艦へ向ける。

 第四戦隊を構成する旗艦「春日」の周囲に丈高い水柱が林立している。

「敵は第四戦隊に主砲を向けているようです」

「うまく嵌りましたね」

 船越艦長は微笑した。

 第四戦隊は一等巡洋艦「春日」を旗艦に,3隻の駆逐艦で構成された小艦隊だ。 だが小型艦ばかりだとして侮ることはできない。

 巡洋艦や駆逐艦には,主力艦を無力化出来る魚雷を搭載しているのだ。 現に日本海軍の『比叡』が魚雷によって沈没寸前まで追いやられている。

 敵艦にしても,第四戦隊を無視することはできないのであろう。

「敵艦との距離,報せ!」

 船越艦長の言葉に,砲術長が返答する。

「一八○!」

「よし,以後が一○毎に報告せよ」

「了解」

 「榛名」が波濤を切り裂きながら航進する。 艦首を波が洗い,太い砲身に飛沫がかかる。 その砲塔が徐々に左へ回転していく。艦長の意を酌んで砲術長が命令を下しているのだろう。第一艦隊は敵艦と同航しての砲撃戦を展開するつもりなのだ。

「一六○」

 砲術長の言葉を受けて,船越艦長は大音声で命じた。

「面舵。進路0度。 左砲戦,目標,敵戦艦!」

「面舵一杯! 進路0度!」

「左砲戦。 目標敵戦艦」

 航海長と砲術長がそれぞれ報告をあげる。

 第4戦隊と敵戦艦の戦いの光景が正面に見えていたものが,左正横へと移動していく。 これで「榛名」と「霧島」は持てる全ての主砲を敵艦へと向ける事ができるようになった。

「敵距離一五○」

 砲術長の報告と共に,船越艦長は「砲撃始め」を下令した。

 その瞬間,臓腑を揺さぶる轟音が鳴り響き,35.6センチの砲口から火焔が迸った。一拍遅れて噴きだした黒煙が艦の航進に伴って後ろへと流れてゆく。

「『霧島』撃ち方始めました」

 艦橋見張員の言葉が,ともすれば轟音にかき消されてしまいそうだ。 帝国海軍の誇る新鋭戦艦が8発の巨弾を敵艦へ向けて放った瞬間だった。

 

 巨大な水柱が自艦の周囲に突き立った時,「ラインラント」艦長ヒュテッセン大佐は度肝を抜かれた。

 艦橋から見渡せるだけでも5本以上の水柱だ。

 現在「ラインラント」は敵小艦艇の肉薄攻撃を受けており,そちらに注意を取られていたのだ。

「小型艦に気を取られ過ぎていたか。 『ヴォルフ』は狩りに失敗したな」

 ヒュテッセン艦長は苦々しげに呟いた。林立する水柱の位置は自艦にかなり近い。手を伸ばせば届くかと錯覚する程である。敵の砲撃の手腕は前回戦った相手よりも数段上のようだ。

「敵戦艦との距離は?」

 ヒュテッセン艦長の問いに航海長が「1万5000メートルです」と答える間にも,敵弾落下の轟音が轟いてくる。

「副砲はそのまま敵小艦艇を狙え。主砲目標敵戦艦。先頭の奴を狙え!」

 轟音に負けじとヒュテッセン艦長は声を張り上げる。

「数が多すぎる」

 参謀の誰かが呻くのが聞こえた。

 現状,一番の脅威は戦艦であるが,小艦艇とて無視できるものではない。 小艦艇には艦にとって致命的とも言える損傷を与える事の出来る兵器――魚雷が搭載されているからだ。 不用意に接近を許すとその魚雷を発射されかねない。

 そう考えている間にも敵戦艦の主砲弾が弾着する。原生林の巨木を思わせるような水柱が「ラインラント」の周囲に突き立つ。

「きょ,夾狭されましたっ」

 見張員の絶叫が響く。

「今回の敵は手練れだな。距離も前回より近いから正確な照準をあててくる」

 ヒュテッセン艦長は額の汗を拭いながら呻いた。

 次の瞬間,「ラインラント」が右舷側に指向できる10門の28センチ砲を発砲した。 始めから斉射を用いたのは,先手をうたれた砲術長の判断だろう。 夾狭された今,一刻の猶予もないと考えたのかもしれない。

 「ラインラント」の射弾が落下する前に日本艦隊の砲弾が弾着した。

―――命中するか。

 ヒュテッセン艦長は身構えたが,今度の射弾は「ラインラント」の右舷側に水柱を上げただけだった。 どうやら夾狭を得た艦からの砲撃ではなかったようだ。 命拾いしたと思いたかったが弾着位置はごく近い。 突きあがった海水が「ラインラント」に降りかかる位の近さだ。

 敵弾弾着の狂騒が収まった頃,「ラインラント」の砲弾が弾着した。

 ヒュテッセン艦長は双眼望遠鏡を目標である敵1番艦へと向ける。

「全弾,近弾」

 見張りの報告に,「駄目か………」と呟いた。 「ラインラント」の第1斉射弾は,敵艦のかなり手前に落下している。お世辞にも上手いといえる射撃ではなかった。

 次第に敵弾の飛翔音が近づいてくる。 耳障りなその音が極大に達した直後,強烈な振動が「ラインラント」を襲った。

「やられた………ッ」

 転倒しないように足を踏ん張りながら,ヒュテッセン艦長は呻いた。

 相手はコンゴウ・クラスだ。主砲は35.6センチである。 何処に砲撃を受けても「ラインラント」の装甲板は貫通されてしまうだろう。

 だがそんなヒュテッセン艦長の心配を払拭するべく,「ラインラント」は10門の28センチ砲を発砲する。 耳を聾する轟音は艦の無事を誇示するかのようだ。

 第2射発砲直後に再び敵弾の飛翔音が近づいてくる。 囂々と音を立て,不気味な鳴動が伝わってくる。

「大丈夫だ」

 ヒュテッセン艦長は自身に言い聞かせるように呟いた。 発砲の間隔から,これは敵2番艦からの砲撃であろう。2番艦からの射弾は夾狭もしていないのだ。だからあたらない。そう思っていたのだが―――

 突然目の前が真っ赤に染まった。

 光に目が眩み,目を細めた瞬間,今まで聞いたことのないような轟音と,衝撃が襲ってきた。 一瞬,第2砲塔が大きく膨れあがったような光景が目に入ったが,それを確認する余裕はない。

「2番砲塔,被弾!」

 砲術長の絶叫と共にヒュテッセン艦長は

「弾庫注水,急げ!」

 と命じた。

 第2砲塔は天蓋を貫通されたらしく,突入した砲弾の爆発と,砲塔内にあった砲弾の誘爆によって内側から圧力を受け大きく歪んでいる。2門の28センチ砲はそれぞれがあらぬ方向へ向けて垂れ下がり,最早戦力として使えない事を物語っていた。

「注水完了」

 ダメージコントロールを司る運用長の報告を受け,ヒュテッセン艦長は安堵の息を吐く。 致命的な弾火薬庫の誘爆は避けることができたのだ。

 次の瞬間には艦の健在ぶりを示すかのように残り8門の砲が発砲する。 発砲に伴う衝撃が艦をさし貫く。

 「ラインラント」の第3射は敵を捉えることはない。 敵艦の後方に弾をばらまいただけだ。

 「ラインラント」の第4射と敵艦の第3射はほぼ同時だった。 2艦の砲弾は空中で交錯し,互いの目標へ向けて飛翔する。

 数秒後,轟音とともに敵弾が落下し,衝撃が2度襲ってきた。 1発は艦首甲板に大穴を穿ち,構造材と板材の破片を派手にまき散らす。揚錨機が破壊され,鎖がちぎれ飛び錨が飛沫をあげて海中へ没していく。

 破局は唐突に訪れた。

「第5砲塔に直撃弾!」

 の報告は大音響によってかき消された。

 強烈な衝撃によって艦橋内の人間がはじけ飛ばされた。

 ヒュテッセン艦長も内壁に叩きつけられた。 激痛が躯を走り抜け,意識が暗転する。その間際,彼は視界が紅く塗りつぶされるのを見た気がした。

 

「敵艦轟沈」

 見張員が報せるよりも早く,その光景は「榛名」艦橋から見る事ができた。

 「榛名」の第4斉射弾が弾着した直後,敵艦の中央よりやや後方に閃光が煌めいた。 次の瞬間,真っ赤な炎が中天高く立ち上り,一拍遅れて黒煙が吹き上がった。黒煙は見る間に高さを増し,茸の傘を思わせる形状になってゆく。

 敵艦は盛大に破片をまき散らせつつ,中央辺りから折れ曲がった。 艦首と艦尾が持ち上がり,海面から姿を現す。

 爆発に伴う轟音が聞こえてきた頃その艦影も海面下へと消えてゆく。

 砲弾命中から敵艦が完全に姿を消すまでに5分とかからない。

「あれでは,助かった者はおらんだろうな」

 「榛名」艦長・船越大佐は呻くように呟いた。 彼自身,初めて目にする主力艦の轟沈だった。

「戦闘終結。各艦宛『集合セヨ』」

 戦闘の終わりを告げる綾瀬司令官の声に,船越艦長は我にかえった。即座に通信長へと指示をだす。

 やがて1時間近くをかけて散っていた艦隊が元の隊列を整えた。

 損害は敵戦艦に突入した第2艦隊第4戦隊の駆逐艦「天津風」が至近弾を受け小破したというものだった。それも航行・戦闘には支障はないという。

「完勝ですな」

 船越艦長は満足げに頷いていた。

「今回は敵艦が1隻だけだったからな。 また潜水艦を護衛艦隊が牽制してくれたことも大きい」

「潜水艦を水中で発見できる新兵器が開発されたと聞きましたが,それが威力を発揮したのでしょうか」

「それは分からないが,戦闘詳報が出れば分かるだろう。 重要なのは,その新兵器によって潜水艦の脅威が取り除かれるという点だ。我々のこれからの任務を考えれば,これは朗報だと思わんかね」

 綾瀬司令官の言葉に,船越艦長は頷いた。

「艦隊進路 真方位270度。 作戦海域へ移動する」

 綾瀬司令官は厳かに命令を下した。

 

―――これより印遣艦隊は第1次世界大戦が終結するまでの間,連合国艦船の安全航行に尽力することになる。

 これは,同盟国に対して強い印象を与えることになる。

 特に同盟国イギリスは,日本海軍の実力を知ることとなった。

 

(つづく)

説明
 『皇旗はためく許に』の第1話「予兆」(中)を執筆しました。
 前回は日露戦争からの日本の歴史改変を行ってきましたが、今回では遂に第1次世界大戦が勃発します。
 ここで、日本は今後の国家運営に関する、大きな舵取りをすることになります。
 小規模ですが、海戦も生起します。
 私の拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
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