真・恋姫†無双 二人の遣い 第二話「真名を知る」
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「へうっ!?」

 

「なっ……」

 

唖然とした様子の風と眼鏡女性ーー稟。なんだろう、この反応はと思っていると、青髪女性ーー星と呼ばれていた女武者らしき彼女だけが異なる反応を見せた。風を巻き込まないように器用に穂先を宿禰の顔を目掛けて放ってきたのだから、宿禰は飛び退いてそれを回避。どうやら寸止めにするつもりだったのか、あと一伸びが足りなかった様だが、威嚇に武器を突き付けられるのを大人しく受け入れる程人が良くはない。

 

「貴様……!どこの貴族の御息女か知らぬが、だからといって人をないがしろにしすぎではないか?」

 

まるで親の仇でも見るような目でそう告げてきた彼女の様子に、宿禰は面食らった。名前を呼んだだけでそこまで言うのかと訝しむものの、ただならぬ雰囲気を纏っている相手にはそれを言うのも((憚|はばか))られる。

 

「人の性別を間違えてる人に、人をないがしろにしてるなんていわれたくないなぁ」

 

思わず小声で呟いてから、先程風からはお兄さんと呼ばれたのを思い出した。彼女には自分が男だとわかったのかと少しばかり嬉しくなるが、この剣呑とした雰囲気にそんなことを喜ぶ時間などあるわけもない。

 

「てっ、訂正してくださいー!」

 

風の非難めいた声。

 

「無視せずに訂正なさい!」

 

続いて稟からの非難の声。間髪入れずに言っておいて無視するなも何もないだろうとも思うが、そのあとも訂正など口にできるはずもなかった。

 

「はああ!!」

 

裂帛の気合と共に星が鋭い刺突を見舞ってきたのを反射的に交わしてから、宿禰は軽くゾッとした。間違い無く殺しに来てると分かる程に殺気を纏っているのだから、謝るどころではない。

 

「ちょ、ちょっと……?」

 

事情の説明をと言おうとしたが、星は謝らないとあってか苛烈に攻め立ててくる。しかしながら、宿禰からしてみれば荒いところが多く見受けられ、運足のみでその全てを捌いていく。実際星が攻め立てるのは、あっさりと自分の本気の突きを交わす相手に負けん気を起こしているだけなのだが、宿禰はそんなこと知るわけもない。

 

実力差があるからこそ星の槍術の卓越の程がよく分かる。刺突の速度も宿禰が知る腹の傷が自慢だと言う変わった上司と同じくらいであるし、それに必要な間合いを保つ運足も中々。

 

「60点、かな……」

 

しかし、宿禰が下した評価は中々に厳しい。呟いたはずだが、星にははっきり聞き取れたようで、歯軋りの音を宿禰は聞いた。

 

「貴様ぁ……!!」

 

聞き取れるとは耳が良い、それが宿禰の感想。聞き取れないように注意はしたはずだが、聞き取った彼女が繰り出す攻め手はますます厳しくなるが、宿禰は先程よりも余裕を持って対処する。

 

星の槍捌きには直線的な動きが多く、槍という兵仗の持つ利点を活かしきれていないと感じた。

 

「三間半槍持てば、農兵も武者を殺す……」

 

昔呼んだ兵法書に書いていた一説を((諳|そら))んじてから、星が取っていた間合いを一足で潰してやる。そして右手を愛刀の柄に伸ばした途端に、刀の間合いに入ったことを察した星の表情はいかにもしまったというようなそれに変わった。

 

そんな星の動揺を看取ってチキリと鍔を鳴らしたところで宿禰は大声を発した。それはもう腹の底から謝罪の意思を込めて。

 

「すみません、先程の名前で呼んでいるのを聞いたので、それが名だと思いました。訂正しますから、落ち着いて下さい!」

 

後半は主に並々ならぬ槍の腕前を持つ女性に対して言ったようなものだが、謝罪の気持ちは本心。わけの分からない場所に放り出されてまともに話が聞けそうな相手は貴重である。

 

そして何より、これ程の武才を持つ女性を、“たかがこの程度の”事で斬りたくはなかった。宿禰の見立てによれば、まだまだ伸び代はある。彼がよく知る上司はもちろん、((長柄|ながえ))に長じた同族ーー本人は分家だと言っていかなかった坊主にも追いつくかもしれない。女だてらに武術をするなど……と言う者もいるだろうが、宿禰からすれば武芸者に性別など関係ない。強ければ出自、性別、人間性など些事である。だからこそ宿禰は彼女の成長を見てみたいと思った。

 

あまりの大声にすぐそばにいた星が若干怯んでいるのに気付いて、先程風からされたように目の前で掌をひらつかせてみると、唇を噛み締めつつこちらを睨んでくる。どうやら怯んでいたのは宿禰の心持ち次第で斬られていたとわかっているのも一部あるらしい。

 

「何故……」

 

小さな声で星が呟いたのが聞こえたが、真意は図りかねるので首を傾げておく。

 

とりあえず訂正を受け入れてくれた様子に安心したので、心無しか頬が緩んだ。何しろ彼女が納得しない限りはいつ攻撃されるか分からないのだから怖過ぎる。不意打ちであれば、下手を踏めば反応出来ずに刺される可能性も否定出来ない。

 

「何故60点なのだ。傲岸と思われるかもしれないが、私は本気だったのにおぬしはあっさりと交わしていた。おぬしの実力の程も片鱗とは言え味わったが、あそこまであっさりと交わす程の差はなかったと思うのだが……」

 

「ふむ……」

 

星の言葉に宿禰はそう漏らすとどうしたものかと思案する。伝えるのは簡単だが、武術は師でもない他人から安易に習う様なものではないというのが宿禰の持論だ。宿禰自身、師匠以外から習う時にはあくまでも手合わせの中から盗んできた。

 

それには必死の洞察と自身の能力を正確に把握していることが必要になるため、((胆|きも))も太くなる。実際、斬り合いにおいては胆の太さも重要な要素であると彼は多摩出身の上司達の剣術から学んだ。目の前で問い掛けてきた彼女はかなり図太い気がするが、本当に死ぬことを覚悟させられた戦いはあまり場数を踏んでないような気がした。居合の型を見せた際の死に体は、あまりにも対応が御粗末だったからだが、あながち間違ってはいないだろうと踏んだ。

 

「あなたは……才能もあります、努力もしているでしょうね」

 

それを踏まえた上で、誰かの師になるには未だ若輩の身である己が彼女に伝えられることは何かと宿禰は考え、述べる。どんな反応をされようと、彼女が武の道を歩むつもりならばいつか真正面からぶつかる壁を、ともすれば女に見えるーー十中八九星からは女だと思われている自分が事も無げにあしらい、受け入れる用意をしている内にぶつけてしまえと思った。

 

「なまじ才能があるから、常人が努力して一を得る間にあなたは少なくとも五を得る。この実力差が正攻法を繰り返すだけで勝ててしまっていた原因になり、((搦め手|からめて))を不要とするようになった。正々堂々、聞こえはいいですが、直線的な攻撃が多ければ捌くのは容易く、交差も狙い易い。凡庸の士であろうと、長年鍛錬を積んだ歴戦の勇士相手ではあなたはその((老獪|ろうかい))さに呑まれます」

 

老いを武術における不利と捉えるのは間違えてはいない。自然と筋力は落ち、若い頃のような勢いは無くなる。宿禰自身、未だそういった老いを感じたことはないが、三十を超えた知り合いは若かりし頃の我武者羅さを失ったと話していた。昔は突いて突いて突きまくって、相手の守りを文字通り突き崩して勝ちを拾っていたそうだが、宿禰が知る時点でのその人は機先を制するのが上手かった。

 

文武において凡庸と揶揄されることもあったそうだが、宿禰はその人物に手玉に取られたことがある。若さに任せた連撃をいなされ続けて気付いた時には遅く、鍛錬用の木刀が喉元に突き付けられていた。自分が息を切らしているのに対して、相手は涼しい顔をしていた。

 

曰く、年を取るとすぐに息が切れるようになったからそうならずに済むように工夫するようになったと笑っていた。あれこそが老獪という物の一端だろうと宿禰は思うし、そこから学んだ。若さ故の勢いはいつかは利かなくなるーーそれも相手云々ではなく自身が受け入れるしか解決の道はない。

 

歯を食いしばって((辛辣|しんらつ))な評定を聞いている彼女を見て宿禰は微笑ましく思った。彼女はまだ強くなれる、と。

 

「話は変わりますが、僕は久遠寺 宿禰といいます」

 

そう言えば自己紹介をしていなかったな、失敗失敗といった思考の後に宿禰は自分の名前を少女達に告げた。

 

自己紹介を蔑ろにするのは良くない、非常に良くないと思ったのだが、タイミングの問題か、三人は一瞬ぽかんとしたが風の復活が早かった。

 

「私は程立です〜」

 

緩々な声は場の緊張を解してくれる。最も本人はそれを意識してるかは分からないが。続いて凜が名乗る。

 

「今は戯志才と名乗っています」

 

どう考えても偽名です。普通に言葉から分かるが面倒臭いという理由から宿禰は問いたださない。

 

それにしても名前に風や凜が関係ないのに彼女達はそう呼び合っていたんだろうと不思議に思っていると、星が復活したのか口を開く。

 

「……我が名は趙雲、字は子龍。そして真名は星だ」

 

聞きなれない言葉に宿禰は首を傾げるが、星が言った真名という字面から何と無く察してはいた。日本の((諱|いみな))みたいなものかと考察した上で自分がしたことの重さを知った。

 

よりによって下手をしたら親しか知らないような名前で呼ばれたら怒るよなぁ、と思うが、割と簡単に呼び合ってたのを思い出して少し首を傾げる羽目になる。

 

それよりもそんな大事な名前をわざわざ教えてくるのはどういうことだろう?

 

宿禰の思考はこれに支配された。

 

「本来真名とは預けた者以外に呼ばせることはしない。許しなく呼べば首を跳ねられても仕方の無い程に重いものだが……私の真名をお主に預ける」

 

予想より重たい物だったので、宿禰は若干引いてしまった。一見さんにはキツすぎるでしょう、などとも思うが、教えてもらえて良かったと思うべきだったのだろう。

 

ありがとう、そう言った途端に地響きが始まる。ある程度の数の騎馬が駆ける音だと分かったため、警戒を強めるが、星を初めとする三人は何故か逃げる用意をしていた。

 

「すまんが、役人が絡むと面倒なのでな……」

 

「恐らくは陳留の刺使殿の軍でしょうね」

 

星と凜が真面目な話をしている間に、風がウトウトしていたので宿禰は軽く肩を叩いて起こしておく。おおう、お手付きですかぁ〜?などと言うので以後放置。

 

とりあえず三人は逃げるようだが、この場において何の知識も無い以上、ある程度偉い人に庇護してもらうほうが賢いか?と考える。何しろ腕には自信が有るのだから。

 

その旨を告げると、三人とも三様に御武運をと言ってくれたので、宿禰は微笑んだ。離脱した三人が見えなくなった辺りで騎馬が宿禰の視界に入ったので丁度いいと呟く。

 

鬼が出るか蛇が出るか、そこは己の運次第とタカを括るのだった。

 

説明
今回で宿禰君が真名という概念を学びます。正直間違えて“彼女”の真名を読んで両夏侯相手に大立ち回りも魅力的だったのですが、流石にそれをしちゃうとどこに所属させるか悩む羽目になるからやめました。
文量少し減らしてます。
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コメント
↓恐らく月っちの口癖を風辺りがパクったと言いたいと思われる(頭翅(トーマ))
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