ISとエンジェロイド |
第一六話 福音戦後と臨海学校最終日
「作戦完了――と言いたいところだが、お前達は独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「……はい」
戦士達の帰還は、冷たいものだった。
腕組みで待っていた織斑先生に一夏達はきつく言われ、今は大広間で俺以外は全員正座をさせられている。俺は山田先生に頭を包帯で巻かれていた。
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……。け、怪我人も居ますし、ね?」
「ふん……」
怒り心頭の織斑先生に対して、山田先生は俺に包帯を巻いた後、救急箱や水分補給パックなどを持ってきている。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。――あっ! だ、男女別ですよ! わかってますか、織斑君、山下君!?」
言われなくてもわかってますよ。
「それじゃ、皆さんまずは水分補給をしてください。夏はその辺りも意識しないと、急に気分が悪くなったりしますよ」
返事をして、俺達はそれぞれスポーツドリンクのパックを受け取る。
「……………」
「な、なんですか? 織斑先生」
じっとこっちを睨んでいたので、一夏は口を開いた。
「……しかしまあ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」
「え? あ……」
なんだか照れくさそうな顔をしていたがg、すぐに背中を向けられた。
『……………』
「さっさと退散するぞ、一夏」
「ぐぇっ」
女子一同に何か言われる前に、一夏の首を軽く掴んで廊下に出た。
「ね、ね、結局なんだったの? 教えてよ〜」
「……ダメ。機密だから」
俺の隣で夕飯を食べるシャルに、一年女子が数名群がってあれこれ訊いている。恐らく一番取っつきやすいシャルになら訊けると思ったのだろうが、それは大きな間違いだ。シャルは専用機持ちの中では一番責任感が強い。
「ちえ〜。シャルロットってばお堅いなぁ」
「あのねえ、聞いたら制約つくんだよ? いいの?」
「あー……それは困るなぁ」
「だったら、はい。この話はこれでおしまい。もう何も答えないよ」
「ぶーぶー」
同年代を軽くあしらうシャル。
夕飯は美味しかったが、一夏に声をかけられた箒が変だったのが気がかりだ。
「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めて四五パーセントかぁ。まあ、こんなところかな?」
空中投影のディスプレイに浮かび上がった各種パラメーターを眺めながら、束は無邪気に微笑む。
「それよりもわかんないなぁ。謎の粒子を出すISか〜。全く興味が尽きないや」
もう一つのディスプレイにはGUNDAMの戦闘映像が映っている。
「んー……ん、ん〜」
鼻歌を奏でながら、別のディスプレイを呼び出す。そこでは白式第二形態の戦闘映像が流れていた。
「は〜。それにしても白式には驚くなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで――」
「――まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー〇〇一にして初の実戦投入機、お前が心血を注いだ一番目の機体に、な」
森から漆黒のスーツを着た千冬が姿を現す。
「やあ、ちーちゃん」
「おう」
二人は互いの方を向かない。背中を向けたまま、束は先程までと同じように足を揺らし、千冬はその身を木に預ける。
「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに行ったんでしょうか?」
「……白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」
「ぴんぽーん。流石はちーちゃん。白騎士を乗りこなしただけのことはあるね」
嘗て『白騎士』と呼ばれた機体は、コアを残して解体され、第一世代作成に大きく貢献した。そしてそのコアは、とある研究所襲撃事件を境に行方不明になり、いつしか『白式』と呼ばれる機体に組み込まれていた。
「それで例えばの話、コア・ネットワークで情報をやりとりしていたとするよね。ちーちゃんの一番最初の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜』が。そうしたら、もしかしたら、同じワンオフ・アビリティーを開発したとしても、不思議じゃないよねぇ」
「………………」
千冬は、答えない。しかしそんな反応はお構いなしに、束は続ける。
「それにしても、不思議だよねえ。あの機体のコアは分解前に初期化したのに、なんでなんだろうねー。私がしたから、確実にあのコアは初期化されたはずなんだけどね」
「不思議なこともあるのだな」
確かにそれについては、解らないというのが本当のところである。
「……そうだな。私も一つ例え話をしてやろう」
「へえ、ちーちゃんが。珍しいねぇ」
「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験場所を意図的に間違わせることができるとする。そこで使われるISを、その時だけ動けるようにする。そうすると、本来男が使えないはずのISが使える、ということになるな」
「ん〜? でも、それだと断続的に動かないよねぇ」
「そうだな。お前は、そこまで長い間同じものに手を加えることはしないからな」
「えへへ。飽きるからね」
「……で、どうなんだ? とある天才」
「どうなんだろうねー。実のところ、白式がどうして動くのか、私にも解らないんだよねぇ。いっくんはIS開発に関わってないはずなのにね」
「ふん……。まあいい。次の例え話だ」
「多いねぇ」
「嬉しいだろう?」
違いないね、と返して束は千冬の話に耳を傾ける。
「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」
束は答えない。そして、千冬も言葉を続ける。
「暴走事件に際して、新型の高性能機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」
「へえ、不思議な例え話だねぇ。凄い天才が居たものだね」
「ああ、凄い天才が居たものだ。嘗て、十二ヵ国の軍事コンピューターを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな」
束は答えない。千冬も、もう言葉を続けない。
「ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」
「そこそこにな」
「そうなんだ。ねえ、粒子を放出するIS操縦者の名前は?」
「山下航だ」
「興味が湧いたから覚えておくよ」
岬に吹き上げる風が、一度強くうねりを上げた。
「――――――――」
その風の中、何かを呟いて……束は消えた。
「……………」
千冬は息を吐き出して、後頭部を押し付けるように木に寄りかかる。口元から漏れる声は、潮風に流れて消えた。
翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。
そうこうして十時を過ぎたところで作業は終了。全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は、帰り道のサービスエリアで取るみたいだ。
「あ〜……」
座席にかけた今の一夏の状況は、一言でいうとボロボロだ。なんでも、昨日は一時間近く追い回された挙句、旅館を抜け出したのがバレて織斑先生に大目玉を喰らったらしい。
「すまん……誰か、飲み物持ってないか……?」
あまりにもしんどそうに声をかけられるが、誰も答えない。
一夏は最後の望みを託して箒へと視線を向けた。
「なっ……何を見ているか!」
箒は顔が赤くなったかと思えば、一夏にチョップを出した。
「ふ、ふんっ……!」
どうやら箒も飲み物をあげないみたいだ。
「うー……しんど……」
「い、一夏っ」
「はい?」
箒に呼ばれて一夏が振り向いたら、車内に見知らぬ女性が入ってきた。
「ねえ、織斑一夏君と山下航君って居るかしら?」
「あ、はい。俺が織斑ですけど」
一夏は呼ばれたまま、素直に返事をし、俺は視線を女性に向ける。
「君達がそうなんだ。へぇ」
女性はそう言うと、俺と一夏を興味深そうに眺める。品定めをしている訳ではなく、純粋に好奇心で観察しているようだ。
「あ、あの、貴女は……?」
「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」
「え――」
予想外の言葉に一夏が困惑していると、頬に唇が触れた。
「ちゅっ……これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」
「え、あ、う……?」
一夏にキスをした後、俺の方にナターシャさんがやってきた。
「キスは結構なんでお引取り下さい」
「つれないわね。はい、私の携帯の番号とメールアドレス。良かったら連絡頂戴ね、青いナイトさん」
「ええ、まぁ……」
ナターシャさんに携帯番号とメールアドレスが書かれたメモを渡された。
「じゃあ、またね。バーイ」
「は、はぁ……」
ひらひらと手を振ってバスから降りるナターシャさんを、一夏はぼーっとしたまま手を振り、俺は手を振らずに見送る。
その後、一夏は箒にペットボトルを投げつけられた。
「……………」
バスから降りたナターシャは、目的の人物を見つけてそちらへと向かう。
「おいおい、余計な火種を残してくれるなよ。ガキの相手は大変なんだ」
そう言ってきたのは、千冬だった。
ナターシャは、その言葉に少しだけはにかんで見せる。
「思っていたよりもずっと素敵な男性達だったから、つい」
「やれやれ……。それより、昨日の今日でもう動いて平気なのか?」
「ええ、それは問題なく。――私は、あの子に守られていましたから」
「――やはり、そうなのか?」
「ええ。あの子は私を守る為に、望まぬ戦いへと身を投じた。強引なセカンド・シフト、それにコア・ネットワークの切断……あの子は私の為に、自分の世界を捨てた」
言葉を続けるナターシャは、先程までの陽気な雰囲気など微塵も残さず、その体に鋭い気配を纏う。
「だから、私は許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵に見せかけた元凶を――必ず追って、報いを受けさせる」
福音は、コアこそ無事だったが、暴走事故を招いたことから今日未明に凍結処理が決定された。
「……何よりも飛ぶことが好きだったあの子が、翼を奪われた。相手が何であろうと、私は許しはしない」
「あまり無茶なことはするなよ。この後も、査問委員会があるんだろう? 暫くはおとなしくしておいたほうがいい」
「それは忠告ですか、ブリュンヒルデ」
IS世界大会『モンド・グロッゾ』、その総合優勝者に授けられる最強の称号・ブリュンヒルデ。
千冬はその第一回受賞者であったが、正直その名前で呼ばれることは好きではなかった。
「アドバイスさ。ただのな」
「そうですか。それでは、おとなしくしていましょう。……暫くは、ね」
一度だけ鋭い視線を交わしあった二人は、それ以上の言葉なく互いの帰路に就く……はずだった。
「言い忘れてたけど、私、山下君のこと気に入っちゃったから」
「……………」
その言葉を残してナターシャは、本当に帰路に就いた。
「全く……。あいつはいくつフラグを立てる気だ」
そう呟いて千冬は、バスに戻った。
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