真・恋姫†無双 異伝 〜最後の選択者〜 第十一話
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第十一話、『黄巾党、現る』

 

 

―劉備一行が訪れ、そして忍者隊からの報告を受けてからしばらく、各地で黄巾党の一斉蜂起が始まった。

 

そして、やはりといえばやはりだがもう呆れるしかない程にノロマな中央から黄巾党討伐の命が諸侯に下されたのは

 

一斉蜂起からさらに半月ほど遅れてのことだった―

 

 

 

「―と、いうわけだ」

 

俺達は謁見の間に集まり、長である白蓮が朝廷からの命が記された書簡を読み上げるのを聞いていた。

 

「…まったく、こうも遅いとはな…」

 

嫌悪感もあらわに、星がぼやく。

 

「それが今の朝廷の力ということでしょう。…怒りは禁じ得ませんが」

 

厳しい表情を浮かべ、眼鏡を直しながらそう述べる稟。

 

「むー…」

 

表情はあまり変わらないながら、不機嫌そうな風。

 

「くっ…どいつもこいつも…!」

 

悔しそうに歯噛みする関羽。

 

「にゃー…どうしてみんな自分のことだけなのだ…?」

 

悲しげに純粋な疑問を投げかける張飛。

 

「…こんなこと…許しておけない…!」

 

その穏やかな顔立ちに似合わない、険しい表情を浮かべる劉備。

 

「…さて、これで大手を振って軍事行動がとれるわけだが…朱里」

 

「はい」

 

白蓮の声を受け、朱里が進み出る。ここに腰を下ろして長いせいか、いつのまにか俺達はそれぞれ

 

筆頭武官、あるいは筆頭軍師として扱われている。

 

別に白蓮に正式に仕官するよう請われたわけではないけど、自然とそういう形になっていたのだ。

 

「まず、黄巾党の勢力は荊州、豫洲、冀州を中心として広く拡大しています。特に冀州には首魁・張角がいるという

 

 情報が入っており、本拠地の位置を調査中です」

 

「なんと…首魁が、隣接する冀州にいるというのか…」

 

関羽が驚いた表情を浮かべる。

 

先週あたりから冀州に入っているという報告は、黄巾党に潜り込ませた忍者から既に聞いている。史実だと冀州の

 

黄巾党は張角が直接指揮を執っていたはず。まあ、こっちだと張梁―人和だろうけどね。

 

「幽州に関しては、これまでのことで彼らも警戒してか、寄りつこうとしません。よって今現在、幽州は安全です。

 

 したがって我々は、まず隣接する冀州において遊撃作戦を敢行します」

 

「冀州?袁紹殿に話はついているのか?」

 

冀州出身の星から疑問が提示される。軍師連中や白蓮、俺は知っている。星も実は知っているのだが、合いの手という

 

ことで敢えて言ってきたのだろう。劉備一行は当然知らないので、星の疑問に頷いている。

 

「…実は少し前、冀州で蜂起した黄巾党に本初のヤツが無策で挑んだらしくてな。二枚看板…顔良と文醜の部隊は善戦

 

 したという話だが、本初の無茶で大損害を被っている。そこにちょいと手を入れてな。一刀達が留守にしてたのも、

 

 南皮に行ってヤツと交渉してたからなんだ。向こうの自尊心をくすぐりながら交渉したら、あっさり承諾されたよ。

 

 おまけに、物資もある程度都合してくれるってさ」

 

そう、俺は風と一緒に南皮へ使者として交渉に赴いていたのだ。

 

なんだかんだで麗羽…もとい、袁紹は根っこが善人なので、扱い易いことこの上なかった。物資の方は斗詩…じゃなくて

 

顔良が袁紹にツッコミ入れて都合してくれたんだけどね。「すみませんすみません」ってマシンガン謝罪されたよ。

 

調査は進めていたから把握していたけど…多少は袁紹がマトモだけど、平常運転のようだ。

 

まあ、中央からの命令が出ている以上交渉も何もないんだけど、一応ね。後でうだうだ言われても嫌だし。

 

「袁紹殿との話し合いにより、我々は軍の中から遊撃部隊を組織し、残りを防備に充て、冀州の黄巾党と戦闘を行うことに

 

 なりました。領内での案内役として顔良さんが同行することになっています。軍の編成については明日までに作成し、

 

 発表します。こちらに顔良さんが到着されるのが二日から三日後…

 

 出発はそれからになりますので、皆さん準備だけは進めておいてください」

 

「よし、ありがとう、朱里。…では、これにて会議を終了する」

 

会議は、ここで終了した。

 

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―さて、調練は明日だし、軍部であっても事務仕事しか残っていない。

 

そして、それもさっき終わってしまった。星はなんだかんだでサボらずやってくれるのでありがたい。

 

手持無沙汰なので中庭で鍛錬をしていると、朱里が俺を見つけてやって来た。

 

「―こちらにいらしたんですね、一刀様」

 

俺も鍛錬の手を休め、応じた。

 

「朱里、もう仕事は良いのか?」

 

「もう終わりました」

 

…つくづく優秀だな、うちの文官連中は。これが全員客将だというからおかしな話だ。

 

取り敢えず、俺達が手を回していることについて相談しておこう。

 

「報告は聞いた。黄巾党に潜り込ませた忍者隊の内二名の『くノ一』が、張三姉妹の側役に抜擢されたと」

 

忍者隊には十数名の『くノ一』がいる。相手も女の子なので彼女達を派遣したのだが、これが大当たりだったようだ。

 

周りが男だらけの中、女性が居れば相談役にもなれるだろう。腕も立つし、護衛にも最適だ。

 

「はい。他の忍者兵も丁寧にいろいろやっているおかげで、信頼を得ているようです」

 

「そうか。いざとなればこちらで保護することは可能だな」

 

もし彼女達が曹操に捕らわれてしまえば、兵力増強のために利用されることは目に見えている。

 

そんな歪んだ形での勢力拡大など、許すわけにはいかない。

 

「そうですね…彼女達を保護しても、軍備増強に利用しない以上、特段のメリットはありませんが…それでも、歌に

 

 懸ける純粋な想いを利用させるわけにはいきませんからね」

 

「ああ」

 

俺は魏で彼女達の世話役もやっていたのだ。あの時は状況を受け入れていたけど、曹操のやり方に今なら真っ向から

 

批判をぶつけることができる。

 

『太平要術』によって歪められはしたが、彼女たちの想いは純粋だった。それを利用するなど許してはならない。

 

必ず、俺達で保護する。そう決意を新たにしたところで、次の話に移る。

 

「「い」目標の動向は?」

 

「司隷州…特に洛陽の防衛に当たっているようです」

 

予想通り…あの子のことだ。官軍が頼りにならないという状況の中でも、必死にやっているだろう…。

 

しかし…

 

「…ということは」

 

「はい。この後に待っているのは…」

 

「…ああ。そこが、俺達が進むべき道を選ぶ((分岐点|ターニング・ポイント))ということだな」

 

「ええ…いささか、拙速すぎるような気はしますが」

 

「仕方ないさ。そこが『確実に悪と断じられる相手』ではない相手との最初の戦いになるんだから。

 

 そこで決めなければもう決める機会はないと思うよ」

 

「…はい」

 

胸を手で抑え、朱里は俯いてしまう。本当に優しい子なのだ。出来れば現状の『甲』のまま行きたいのは俺も同じだが、

 

朱里は俺にもましてそういう思いなのだろう。だが、必要以上には干渉できない。これからの対話で気付いてくれれば

 

良いが、気付かなければ…『乙』への移行も否定できない。

 

…そうだ、その話もしておかなければ。

 

「…あれから、劉備たちと話したかい?」

 

そう尋ねると、朱里は首を横に振った。

 

「…いいえ。時間が作れなかったのと…私一人で話すよりは、一刀様と一緒に話した方がいいかと思いまして」

 

「そうか…彼女たちのことはどう思う?」

 

「しっかりとお話をしてみない事にはどうとも…」

 

「そりゃそうか…」

 

彼女達がどういう人物かはよく知っている。だが、今回は最初から俺が一緒にいたわけではないし、白蓮が厳しい指摘を

 

しているので、考えが変わっている可能性は大きい。

 

―と、噂をすれば影、だな。

 

劉備たちが中庭にやって来た。劉備が、やや硬い笑顔で話しかけてくる。

 

「御遣い様、ちょっとお話、いいですか…?」

 

応じない理由は無かった。傍らの朱里に目をやると、朱里も僅かに顎を引く。俺は劉備に向き直って答えた。

 

「構わないよ。どうせ、君たちとは話をしておかなければならないと思っていたしね」

 

「ありがとうございます」

 

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「―それで、君たちは何故、『天の御遣い』を必要としている?」

 

俺は敢えて白蓮と同じ質問をした。

 

「…この乱世を救うために降り立ったあなた方の力を、純粋に貸してほしいと思ったんです。

 

 正直、白蓮ちゃんに言われたことは堪えましたけど、理想を同じくできるなら、風評や名声は関係ない、

 

 純粋に一緒に戦ってほしいと思いました」

 

「そうか…」

 

最初からそう言われていたなら、なんというか…協力するのもやぶさかではなかった。

 

だが、やはり実利的なものとして、『天の御遣い』である俺達の名声は利用価値が高いのは事実なのだ。

 

ここは、敢えて厳しくいく。

 

「自分の勢力を築くためとは考えなかったのか?」

 

「…正直に言えば、あなた方の名声を得て一気に上に行きたいという思いはありました」

 

正直に答えたな…下手に飾り立てないだけ良しとしよう。

 

「でも、わたしは…こうして愛紗ちゃんや鈴々ちゃんと出会って、想いを同じくして、一緒に旅をしてきました。

 

 だから、想いを同じくしてくれる人には…本当は他に何もいらない、仲間になってほしいんです」

 

「風評や名声は、必要だろう?」

 

「はい。でも、白蓮ちゃんに言われて考えが変わりました。情けない話ですけど…。

 

 ここで頑張って、地道にでもそれを獲得できれば、いいと思っています」

 

…白蓮、どうやら、君の想いは報われたようだよ。君が望んだ形とは、少し違うかもしれないけどね。

 

「客将であるという身分を利用して、いつでもここを出られるようにしつつ、周囲からの信頼を集めると?」

 

「はい。御遣い様が付いているから云々ではなく、わたし自身への信頼を。他の所でも、有名な方はいるでしょう?」

 

…確かに。涼州には翠…錦旗を掲げる「錦馬超」こと馬超がいる。客将扱いではあるが、孫策も人望篤い将だ。

 

各地で聞かれる「神速」の張遼の名声、そして天下無双の名を轟かせる呂布。組織のトップに立つ者でなくても、

 

名が知られていたり、人望を集めている将はいるのだ。劉備も、それを目指すということだろう。

 

「…劉備さん、私からも一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

 

ふと、それまで黙っていた朱里が、口を開いた。

 

「はい?」

 

突然のことで少し驚いた様子の劉備。

 

「…あなたの理想は美しい。それは間違いないことでしょう」

 

声は静かだ。しかし、朱里の表情は、仮面に隠れて見えてはいないが、厳しいものだろう。

 

「理想を追う…ですが、それ以前の問題として―」

 

一呼吸置き、朱里は言い放った。

 

 

「―あなたには、修羅を背負う覚悟がおありですか?」

 

 

「!?」

 

三人は驚いて目を見開く。朱里の口からそんな言葉が出てくるということが信じられないという様子だ。

 

「君主に本質的に必要なのは胆力…判断力。それのみです。人望はそれによって集まってきます」

 

朱里は三人には構わず続ける。

 

「私は軍師です。君主のために、政や戦についての献策を行うのが使命」

 

「…」

 

「…ですが、結局どうするか決めるのは君主です。そして、君主とは誰よりも修羅を背負う存在なのです」

 

「それって…」

 

「…時が来たら、非情な決断を下すことができますか?」

 

ぞっとするほど冷たい声だった。いつもは明朗で頑張り屋、慌てん坊な朱里だが、こうした冷徹さも、時に覗かせる。

 

…あるいは、かつての輪廻の記憶が一気に戻った時に、心のどこかに重大な欠損が生じたのかもしれない。

 

悠久の時の中で数多の修羅を背負い続けた…その事実が齎す虚無はどこまでも深く、暗い。

 

「…わたしは、そうならないように頑張ります」

 

劉備は少し思い悩んだようだったが、そう答えて見せた。

 

「…そうですね、それが一番でしょう」

 

こればかりは、朱里も否定しなかった。確かに、そういう状況になどならない方がいいのだから。

 

そういった状況を招かないようにするのも軍師の仕事なのだし、『伏龍孔明』の朱里も、呉の大都督と呼ばれた俺も、

 

その認識では一致している。

 

しかし…これはどうもなぁ…まだ甘えてるな、劉備は。

 

「では劉備さん、私から一つ忠告です。戦乱の世の中で理想を貫くならば、その理想を決して裏切らないでください。

 

 あなたの行動次第では、あなた自身の理想を裏切ることになります。あなたの理想を伺って思った事なのですが、

 

 あなたの理想とは他者への無条件の信頼によって成り立つものです。これを決して裏切らないでください。あなたの

 

 理想を裏切り得るのは、あなた自身しかいないのです」

 

「…はい!」

 

朱里の忠告を聞き、劉備が決然と答える。

 

「その限りにあっては、私達も協力することにやぶさかではありません」

 

朱里の雰囲気も和らいだ。さっきまでの背筋が凍るような雰囲気はもう感じられない。

 

「ありがとうございます!…あの、もう一ついいですか?」

 

「何でしょう?」

 

「わたし達の真名を、あなた方にお預けしたいんです」

 

「…よろしいのですか?」

 

「はい」

 

一呼吸おいて、劉備から真名を名乗る。

 

「わたしの真名は、桃香といいます」

 

「我が真名は愛紗」

 

「鈴々は、鈴々っていうのだ!これからはそう呼んでほしいのだ!」

 

真名を預かるまで随分と時間がかかったな…まあ、それも当然か。あれからほとんど接触を持たなかったし。

 

これまでは流されるままに真名を預かって、一緒に戦って…っていう感じだったから、最初から一緒ではない今回は

 

こうなるのも必然だったのかもしれない。意識して接触を持たないようにしていた部分はあるけどね。

 

「…わかりました。お預かりします」

 

「俺もだ。しっかりと預かった。俺達には字も真名もない。この国とは風習が違うからね。姓名の仕組みも違う。

 

 あの時は話せなかったけど、俺と朱里は義兄妹なんだ」

 

「同じ一族ではなくとも、家族になれば姓が同じになるということですか?」

 

「さすがだな、関…もとい、愛紗。理解が早くて助かるよ」

 

基本、この少女は文武両道の優等生タイプなのだ。少し説明すればある程度のことは推測できる。

 

「私達のことは、名で呼んでください。それが真名に当たるものですので」

 

「わかりました。では…力を貸していただけるのですね?」

 

桃香が期待を込めた目でこちらを見てくるが…

 

「それはあなた方次第です。場合によっては道を違えるかもしれません」

 

「想いだけを示しても、何にもならないからね。君たちの力を、示して見せろ」

 

俺達は阿吽の呼吸で、そんな桃香に釘を刺した。

 

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翌日。

 

軍の編成が決定した。

 

遊撃軍は現在の公孫賛軍全兵力三万より二万を抽出し、白蓮を総指揮官として、前線指揮官は俺、正軍師として朱里、

 

配下の武官として星、愛紗、鈴々の三人、補佐軍師として風、支援部隊担当として桃香が配置された。防備に回す一万の

 

指揮官には、到着は顔良より後になるそうだが、白蓮の妹である公孫越が配置され、軍師として稟が配置されている。

 

とりあえず顔良の到着を待たなければならないので、この日は皆で仕事をこなした。軍部は俺の指揮の下、星、愛紗、

 

鈴々による調練を行い、文官連中や桃香は朱里の指揮の下、兵糧や武器などの物資の調整を行う。白蓮はというと、

 

各方面から上がる報告書の確認や承認などの事務仕事を担当するなど、かなり仕事が分担される形となった。

 

…って、星が抜けた後の白蓮ってこれ一人でやってたのかよ。すげー優秀だよな、白蓮。影が薄いなんてとんでもない。

 

そしてそのまた翌日。今度は武将連中の訓練となった―

 

 

「―どうした、愛紗!私の速度について来い!」

 

「―言われずとも!」

 

 

「―もっとしっかり打ち込め、桃香!」

 

「―ひゃあああ、白蓮ちゃん厳しすぎ〜!」

 

 

星と愛紗、白蓮と桃香の組み合わせだった。中庭はそこまで広いわけじゃないので、とりあえず二組ずつくらいでやる。

 

「…桃香、結構やるな」

 

なんだかんだで白蓮といい具合に打ち合っている。まだ打ち込みが甘いけど、いい線行ってるよ、あれ。

 

星と愛紗は言わずもがな。お互い長得物を操るだけに間合いを詰め過ぎると威力が死ぬので、かなり計算高い立ち回りだ。

 

「…星と愛紗殿は相当な速度で打ち合っていますね…我が友人ながら、本当に人間なのか疑わしい…」

 

文官の稟には到底理解できない領域の戦い。まあ、俺もあれを最初に見た時は人外魔境だって思ったけどね。

 

今日の仕事はとりあえず終わっているので、文官連中は訓練を見ている。しかもお茶を飲みながら。なんだか蜀陣営に

 

居た時のようなゆる〜い空気だ。風はと言えば朱里が作った饅頭をリスのように食べながら、ボーっと眺めている。

 

「…にゃ〜、鈴々も早くやりたいのだ〜」

 

饅頭をつまみながらも物足りなさそうな鈴々。まあ、この子はこういうのが大好きだからなぁ。

 

…って、俺と朱里、どっちが鈴々の相手するんだろうか。

 

ふとそんな疑問が頭をよぎった瞬間、星と愛紗の方が先に決着がついたようだった。

 

「ふぅ…今回はお主に譲る形となったな、愛紗よ」

 

「何を言う。半ば偶然で勝ったようなものだ。お前こそ、まるで隙がないではないか」

 

「ふふ、そうして謙虚でいるからこそ強くなれるのだよ」

 

今回は愛紗に軍配が上がったようだ。二人の決着がついたのを見て取ってか、白蓮と桃香もやってくる。

 

「あれ、二人は明確な決着を付けなかったんだ?」

 

「一刀さん〜、わたしが白蓮ちゃんに勝てるわけないでしょ〜」

 

「中々いい線行ってるとは思うけどな。なあ、一刀?」

 

「ああ。ちゃんと鍛えればそれなりの相手と戦うことは十分できそうだな」

 

「そうかなぁ?」

 

…本気でそう思う。中々いい剣筋だった。

 

あれなら、鍛えれば蓮華…は無理でも、呉の軍師ーズ相手に善戦するくらいには…亞莎は無理だと思うけど。

 

「さてと、次はどの組み合わせで行く?」

 

白蓮の声に、鈴々がしゅたっと手を挙げる。

 

「はいはーい!鈴々が行くのだ!」

 

「…そうなると、今やり合ったばかりの奴にもう一回やらせるのはあれだから…一刀、行くか?」

 

「―いえ、私が行きます」

 

そこで手を挙げたのは朱里だった。そこで次々に周囲から疑問の声があがる。

 

「朱里殿?なぜ貴女が?」

 

「おやおや〜?」

 

「朱里?お主、武の心得があるのか?」

 

「あなたは軍師なのだろう?」

 

「軍師さんなのに、戦えるの?」

 

「にゃ〜、鈴々は強いのだ!」

 

…約一名、疑問じゃなくて自慢の人がいたけど。

 

一方、俺はともかく、朱里が盗賊を数多く仕留めた現場に居合わせている白蓮は、疑問の声をあげなかった。

 

白蓮が頷くのを見て、俺は朱里に声をかけた。

 

「…よし、朱里。行ってこい」

 

「わかりました。最近身体を動かす機会があまりなかったので、鈍ってないといいんですけど…」

 

「???よくわかんないけど、やるって言うなら受けて立つのだ!」

 

二人が移動していく。それを見た愛紗が、俺に疑問を投げかけてきた。

 

「一刀殿、何故朱里殿を?憚りながら、鈴々の実力は私と同等かそれ以上ですよ?

 

 軍師である彼女に、そこまでの武があるとは思えませんが…」

 

まあ、普通はそう思うよな。俺は答えようとしたが、その前に白蓮が愛紗に応じた。

 

「愛紗、朱里の実力は凄まじいぞ。

 

 …そもそも、一刀と朱里が五台山の麓に落ちてきたとき、そこに数百人規模の盗賊が居てな。私が軍を率いて

 

 到着する頃には、八割がた二人によって倒されていた。死人は出さないようにしていたようだがな」

 

それを聞いて愛紗のみならず、俺と白蓮を除く全員が目を見開く。

 

「な、なんと…」

 

そうこうしているうちに、二人の仕合が始まろうとしていた。

 

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「―鈴々ちゃん、そちらからどうぞ」

 

「にゃ?鈴々が先でいいのか?」

 

「はい」

 

「それじゃ、遠慮なくいくぞー!うりゃりゃりゃりゃーーーっ!!」

 

先手を鈴々に譲った朱里は、凄まじい速度で繰り出される鈴々の攻撃を『五分の見切り』で回避していく。

 

「にゃにゃにゃーっ!?当たらないのだー!?」

 

―なるほど、焦らす作戦か。鈴々の一撃は重すぎるし、まともに受けるよりも回避する方がいいと見たな。

 

その後しばらく、鈴々が攻撃して朱里が回避するという繰り返しが続き―

 

「―たぁッ!」

 

「にゃにゃーっ!?」

 

朱里の反撃が、鈴々の矛を弾いていた。速度は殆ど殺されず、そのまま地面にめり込む鈴々の矛。

 

朱里はと言えば、矛の軌道をずらした瞬間に飛びのいている。

 

「あの動きは一体なんだ…!?」

 

「むぅ…一刀殿だけでなく朱里までも…」

 

「本当に彼女は軍師なのですか…?」

 

「おおー、朱里ちゃんも強いのですねー」

 

「ほわ〜」

 

「…あのギリギリでの回避、あれは真似できそうにないな…」

 

思い思いの感想を漏らす俺以外の面々。

 

「―はぁ、はぁ、はぁ…強いのだなー、朱里は…でも、正々堂々勝負できないのかー…?」

 

「それはどうでしょうか…?」

 

…ん?この闘気は…

 

「にゃ…?…うくッ!」

 

鈴々のみならず、俺の近くにいる皆も朱里の闘気を感じ取ったらしい。息苦しいようで、胸を抑えて息を荒げている。

 

「真正面からやり合うだけが戦いではないのです…次は、こちらから行きますよ…はぁっ!」

 

気合と共に朱里の姿が掻き消える。

 

「消えた!?」

 

そりゃそうだ。傍目には消えたようにしか見えないだろう。

 

「―にゃ!?」

 

不意に、鈴々の矛が大きく弾かれる。不意を突かれたせいか、鈴々は大きく姿勢を崩した。

 

「な、なんだ!?」

 

「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃーーっ!?」

 

その後も連続して鈴々の矛に打撃が加えられる。相手が見えないのに攻撃を受け続ける鈴々の焦りようは尋常ではない。

 

なんとか防いではいるが、完全に集中力を乱されている。

 

周囲が固唾をのんで見守る中、ついに朱里が連撃をやめ、鈴々の前に姿を現した。

 

「―そこだーっ!!」

 

完全に焦った鈴々が、恐るべき速度と威力を持つ薙ぎを繰り出そうとする―それこそが朱里の策。

 

丈八蛇矛は鈴々の身長に対して長すぎる。三国の武将の中でも最も小柄な部類に入る鈴々が操るには本来不適切な代物だ。

 

それを棒切れのように振るう鈴々の腕力は凄いが、いかんせん隙ができやすいのがあの武器の欠点だ。朱里の観察眼ならば

 

それは致命的なものとなって見えるだろう。まして、常識外の高速戦闘を展開する北郷流剣術を修めた今の朱里ならば。

 

「―ッ!」

 

鈴々の薙ぎを朱里は一蹴りで回避する。

 

「―終わりですッ!」

 

回避したかと思いきや、一瞬で鈴々に肉薄し―

 

 

「…にゃ?」

 

 

―鈴々の首に朱里の剣が押し当てられていた。もちろん刃を潰した模造品だが、これが実戦ならば…

 

「な、なんと…」

 

「ふわ〜、鈴々ちゃんが、負けるなんて…」

 

「何と言う速度だ…あれは見切れぬぞ…」

 

「今のはすごかったな…」

 

皆は当然驚いていた。軍師である朱里がああも戦えるなど、常識外れもいいところなのだから。まあ、雪蓮以上の実力が

 

あったらしい亞莎をはじめとして戦える軍師が揃う呉だと割と受け入れられるんだけど。他の所の軍師は戦闘はからきし

 

だったからな。

 

仕合を終えた鈴々と朱里がやって来る。

 

「にゃ〜…悔しいのだ」

 

「お疲れ様、鈴々ちゃん。でもすごかったよ〜」

 

「勝てなかったのだ…あんなに速いなんて思わなかったのだ」

 

「いや、お前はよくやった」

 

桃園三姉妹はこんな調子だが、一方でさっきから一言も発していない文官連中はといえば、

 

「「……………」」

 

絶句していた。そりゃそうもなるわな。

 

「ふぅ…」

 

「お疲れさん、朱里。長物相手だと勝手が違うだろ?」

 

「はい…でも、とても勉強になりました」

 

疲れた様子も見せず笑顔で会話に応じてくれる朱里。とても、あんな高速戦闘をやっていたとは思えない。

 

昔の朱里からしたら、こんなこと考えられないよな…

 

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「しかし…朱里殿がここまでやるとなると…一刀殿はどれほどやれるというのですか…?」

 

稟から疑問の声があがると、続いて愛紗からも声があがった。

 

「確かに…興味はあるな」

 

「ふむ…私が本気を出して勝てなかった相手だ。あの速度にはついていけん」

 

愛紗の言葉を受けて今度は星が口を開く。愛紗が少し驚いた様子で星の方に顔を向けた。

 

「星?一刀殿とやり合った事があるのか?」

 

「ああ、私の完敗だった。まるで攻撃が通らんし、一撃が鋭すぎる。しかも、その状態でも一刀殿は全力を

 

 出していないように見えた。あまりにも実力の差が開いているのがわかってしまった。故に、手加減されたとて

 

 腹の立てようもない」

 

星が話し終えると、次いで口を出してきたのは白蓮だった。

 

「この二人が来たばかりの頃、五千人ばかりいる盗賊退治に三千の兵を率いて赴いたんだが…一刀のやつ、一人で

 

 盗賊を全員ぶっとばして帰ってきたんだよ。私は勿論、兵も唖然としていた。一刀が刀を振るうたび、数百人単位で

 

 連中が吹き飛ばされていくんだからさ…あれはもう戦いじゃなかった。蹂躙というべき状況だったよ。それで

 

 相手に死人を出さなかったんだから恐ろしい。死人を出さないっていうのは単純な殺戮よりもさらに難しいからな」

 

「「「「「………」」」」」

 

「…で、そいつらは改心して、今では一刀に忠誠を誓って我が軍の兵となっている。威勢よく働いてくれるから

 

 なかなか頼もしい連中だよ」

 

ここに来てからの俺のトンデモエピソードを聞いて、皆は完全に圧倒されていた。…というか、ドン引き?

 

「あ、圧倒的ですな…」

 

「にゃー…すごいのだー…」

 

「お兄さん…すごいです〜…」

 

「むぅ…なんとも凄まじいな…」

 

「ほへぇ〜…」

 

「…」

 

皆が思い思いの感想を漏らす中、稟だけ黙っている。

 

「ま、それから起きた盗賊相手の戦闘なんかは、兵に実戦経験を積ませるためにってことで一刀は前線に出なかったが…

 

 一刀と朱里が施した調練によって、全体としての実力も、一人一人の実力も上がっていたからな…少数でもあっさりと

 

 賊を返り討ちにできたのさ。しかも、こちらの損害は殆ど無しで」

 

「うへぇ〜…すごすぎるよ〜」

 

「…」

 

「…稟?さっきから黙ってどうしたんだ?」

 

「…一刀殿…貴方は…」

 

そう言って、眼鏡をくいっと直した稟が次に放った言葉は―

 

「人間ではありませんね」

 

―ひどすぎる言葉だった。

 

「orz」

 

がっくりとする俺を余所に、会話は続く。

 

「ですが、それほどの強さをお持ちなのであれば…一度、仕合をしてみたいものです」

 

「おお〜、愛紗ちゃんがいつになく熱いよ〜」

 

「はい。…一刀殿、お願いできますか?」

 

「…」

 

「…一刀殿?」

 

「………げぇっ、関羽!」

 

「…いや、そのノリはどうかと…」

 

「言ってみたかっただけです本当にすみませんでした」

 

その場でそのまま土下座。

 

「はぁ…改めますが、仕合をお願いしたいのです。よろしいですか?」

 

「…わかった。ただ、俺の本来の得物はこっちじゃ形状の再現が難しいから、普通の模擬刀を使うよ」

 

「わかりました。お願いします」

 

良い笑顔で返事をされた。やれやれ…こっちはテンション下がりまくってるんだけどな…

 

もういいや、俺もある程度リミッター外してしまおう…心折れたよ。

 

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「…」

 

「…」

 

中庭の中央で向かい合う俺と愛紗。

 

「すぅー…」

 

愛紗が息をためるのがわかるほど、静まり返った中庭。俺は自然体の構えを崩さないまま、機を伺う。

 

「―せりゃーーーーーーーーーーーっ!」

 

最初に沈黙を破ったのは愛紗だった。

 

青龍偃月刀を猛然と振るい、凄まじい速度で迫ってくる―

 

「―おっと!」

 

愛紗の豪撃を受け流し、反撃に移る。ここは―連続斬りでいく!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああッ!」

 

「―くっ!鋭い!」

 

俺の攻撃を全て受けきるも、一度下がって態勢を整える愛紗。一方の俺は連続攻撃終了と同時に脚に気を流して

 

その場を飛びのき、距離を取る。そのまま刀を大振りに構え、気を流し込み―

 

「―北郷流『山風』が崩し―」

 

 

 

『―((衝波|しょうは))!((鳴風|なりかぜ))!!』

 

 

 

刀を振り下ろすと同時に、衝撃波が愛紗に襲い掛かる―!

 

「―ぅぐぅっ!?い、今のは!?」

 

偃月刀での防御は間に合ったようだが、大きく後ろに押し込まれる愛紗。

 

「斬撃を飛ばしたのさ。模擬刀でやったから、切れ味は無いけど…打撃力はあるだろ?」

 

「そうですね…まさか遠距離にも対応するとは思ってもみませんでした」

 

「…続きと行こうか?」

 

「…無論!うぉぉおーーーーーーーーーーーっ!!」

 

先ほどよりも勢いを増して、愛紗が迫り来る。だが―

 

「―甘いなっ!」

 

朱里が使ったのと同じ、『五分の見切り』で全て回避していく。

 

「―くっ、なんだ、この違和感は!」

 

―『五分の見切り』は単なる回避技ではない。

 

ギリギリの回避であるがゆえに、相手に違和感を与え、焦りを生じさせる。相手は、こちらを確実に斬った、

 

しかし相手は悠々と避けているという事実に違和感を感じるだろう。愛紗ほど強力な武人であればなおさら。

 

感覚が鋭すぎるため、余計に違和感が生じやすい。

 

「―行くぞ、愛紗!」

 

愛紗の偃月刀を受け止め、腕に気を流し込んでそのまま跳ね返し、再び飛び離れる。

 

「―まだだ!せりゃーーーーーーーーーーーっ!!」

 

俺は居合の態勢を取り、襲い掛かってくる愛紗の偃月刀の軌道を―

 

「―見切ったっ!」

 

―そして、必殺の一撃を放つ―

 

 

 

『―居合!紫電走刀!!』

 

 

 

「―くあっ!?」

 

紫電を帯びた俺の一撃が、愛紗の青龍偃月刀を弾き飛ばしていた。カランカランと乾いた音が中庭に響く。

 

「…勝負あったかな、愛紗?」

 

「…ふふ…まさかあなたほどの強者に出会えるとは…参りました、私の完敗です」

 

俺の言葉に良い笑顔で応じる愛紗。勝負が終わったと見て、皆も集まってくる。

 

「一刀さん、すご〜い…愛紗ちゃんを簡単に圧倒するなんて…」

 

「お兄さん…実力を隠してましたねぇ〜?」

 

「直接見ていると、お前が凄いっていうのが改めてわかるよ…」

 

「…」

 

やっぱり稟は黙っている。これは―

 

「…一刀殿…貴方という人は…」

 

そして、眼鏡をくいっと直した稟が放った言葉はやはり―

 

「人外魔境ですね」

 

―さっきよりもひどい言葉だった。

 

「orz」

 

そして、またがっくりと膝をつく俺であった。

 

 

―その後、俺の真の力の一端を知った星から改めて仕合を申し込まれ、次いで鈴々にも…と、三連続で

 

仕合をさせられるハメになった。

 

まあ、鍛錬になるからいいことはいいんだけど…疲れた。

 

-8ページ-

 

その翌日。顔良がこちらに到着した。面識のある俺が出迎えることになった。

 

「こんにちは、一刀さん。ただいま到着しました」

 

「遠路お疲れ様、斗詩。早速だけど城に案内するよ」

 

「お願いします」

 

―え?なんで真名を呼んでるのかって?

 

実は、南皮に交渉に行く際、ちょうど彼女の部隊が黄巾党の比較的小さな部隊と戦闘を行っていたところを、

 

俺が率いていた部隊で掩護したのだ。それ以前に損害を被っていたためか、あまり兵が出ていなかったようで

 

少々苦戦気味だった顔良隊を俺達が掩護したことによって勝利の糸口が掴まれ、そこにいた黄巾党の小部隊を

 

壊滅させることに成功したのだ。こちらは交渉に赴いていただけなので少数の兵しかいなかったが、それでも

 

質で勝負するならば袁紹軍の数にも負けない公孫賛軍の兵は、見事顔良隊の兵士を掩護し、勝利への道を

 

切り開いてみせた。彼女の真名はその時に預かっている(同じ理由で、俺と一緒に交渉に行っていた風もまた

 

彼女の真名を預かり、真名の交換を終えている)。

 

その後、俺が斗詩の苦難を救ったということで、文醜―猪々子と袁紹―麗羽からも、真名を預かっている。

 

麗羽は見栄っ張りでバカばっかりやっているが、根は善人で意外と感動屋なので、割とあっさり真名を預けてきた。

 

これで能力があればなぁ…あ、本来の能力を自分で殺してしまっているのか。

 

まぁ、麗羽だし?ってことで説明はつくけどね。こんなわかりやすい奴も珍しいだろうに。

 

…いや、割と一言で説明できる人って多いよな。

 

―まぁ、恋だし?

 

―まぁ、春蘭だし?

 

―まぁ、雪蓮だし?

 

…うん、意外と多いな。

 

 

 

□洛陽

 

「―くしゅんっ」

 

「―お風邪ですか、―殿?」

 

「―誰かが、―の噂してる」

 

「―ふむ、―殿ほどの方になれば、噂されるのは仕方のないことですね。有名税だと思って諦めましょう」

 

「―お腹減った」

 

「―はいです!ご飯にしましょう!」

 

 

 

□陳留

 

「―ふぇっくしょん!」

 

「―風邪か、姉者?」

 

「―ううむ、誰かに理不尽な納得をされたような気がするのだ」

 

「―何だそれは」

 

「―よく言うだろう。どこかで噂をされるとくしゃみがでると」

 

「―ふむ。姉者は繊細だからな」

 

 

 

□南陽

 

「―ハックション!」

 

「―どうした、風邪か?」

 

「―ううー、誰かが私について理不尽な納得をしたわねー…」

 

「―大方、お前の性格が引き合いに出されたのだろう」

 

「―私、噂になるほどの性格かなぁ?」

 

「―うむ」

 

「―ひっどいなぁ…」

 

 

 

「―この町は栄えてますね…ここにくる道すがら、ずっと思ってましたけど…?郡は賑やかですね」

 

「ああ。治安維持も俺が組織した警備隊がきっちりやってるから、そうそう犯罪は起こらないよ」

 

「すごいなー…私達の所ももっとしっかりやらないと…」

 

「南皮は治安が良かったように思えるけど?」

 

「州全域を治める刺史ともなると、全体に手を回すのは大変で…」

 

「―まあ、見て行ってよ。参考になると思うから」

 

「ありがとうございます」

 

別に隠している事ではない。国家機密は勿論明かせないが、この程度のことは外に見せても構わないだろう。

 

雑談をしながら歩いているうちに、城に到着した。番兵に取次ぎを依頼し、中に入る。

 

 

 

「―袁紹軍の将、顔良。ただいま到着しました」

 

「遠路ご苦労だった。黄巾どもに襲われたりはしなかったか?」

 

「幸い、襲われずに済みました」

 

「そうか、それはよかった」

 

斗詩と白蓮は挨拶を交わすと、早速冀州への進軍についての話し合いが行われる。それが済むと斗詩は

 

部屋に通され、彼女が連れてきていた兵は余裕のある兵舎に通された。ちなみに彼女の部隊はしっかりと作法を

 

守ることが徹底されているようで、公孫賛軍の兵とトラブルを起こしたりはしなかった。

 

出発は明日になる。兵にはよく休むよういいつけ、将も早めに寝静まった。

 

-9ページ-

 

一方、俺と朱里はまた外壁の上にやってきていた。

 

「…桃香たちと話して、どう感じた?」

 

そう、これを訊いておかなければならなかったからだ。桃香たちと話した日に訊けばよかったのだろうが、生憎

 

その日はその後でいろいろ忙しかったので、話せなかったのだ。

 

朱里はわずかに思案するようなしぐさを見せ、応じてきた。

 

「…そうですね…まだ、甘えているように見えますね…」

 

「ああ…君もそう思ったか」

 

「はい。状況的にはまだ群雄割拠でもないですし、桃香さんにそれをわかれというのも酷な話ですが…やはり…」

 

「修羅を背負う覚悟は無い…と見たか」

 

…というよりは、むしろ修羅を背負っているという自覚がないと言うべきか?

 

「ええ…悪と断じられるような盗賊や、今回の黄巾党を相手にすれば、迷いなく戦うのでしょうけど…状況次第で

 

 相手を信じたり、疑ったりっていうのはおそらく…」

 

「信じる、疑うの以前に、風聞に流され過ぎるんだよな。あの時も、真っ先に戦うことを提案しただろ?」

 

「はい。好き好んで修羅を背負う必要は無いとはいえ、理想を掲げて戦うことそのものが修羅を背負うことなのだと

 

 彼女はわかっていないように思います。非情な決断を下して味方を切り捨てなければならない場合でも、彼女は

 

 それを選択できないか、他者に決断を委ねようとするかのどちらかでしょう」

 

「理想と現実の折り合いが付けられないばかりか、現実を見ようとすらしないっていうことか」

 

「言い方は厳しいですが、そうなりますね」

 

経験が浅いから。そう言ってしまうこともできる。華琳や雪蓮のように経験豊富な子ではないし。

 

だが、理想を掲げるからにはそんなことは言い訳にならない。現実を見据え、しっかりとした道筋を作れるように

 

努力しなければ、国を作っていくことなどできないのだ。俺も『始まりの外史』に落ちた頃は経験も何もなく、

 

朱里や愛紗らに手伝ってもらいながらだが、現実路線でやって来たつもりだ。

 

「…やはり、例のタイミングで決めるべきだな」

 

「ええ…そうですね…心は痛みますが」

 

「仕方ない…『選択肢』が多くない以上、彼女には自分自身で成長してもらわなければならない。俺達があまり

 

 口を出しては、彼女は本当の成長を遂げることができないだろう…もちろん、周囲の人間もな。あの時はみんなが

 

 彼女を持ち上げすぎてたんだ」

 

今になってそう思う。外側から見た彼女たちは、ほとんど何かの宗教じみていると言えるくらい、桃香が持ち上げられ

 

過ぎていた。俺が居た時はどうにか上手く回ったのかもしれないけど、彼女一人だと危ういんだよな。成長が無いままの

 

彼女だと特に。

 

「…『乙』への移行の可能性は、五分五分ですね」

 

「彼女が感情に任せない判断力さえ身につけられれば、『甲』のまま行こうかと思う。それで良いかな?」

 

「はい…あら?」

 

朱里が何者かの気配に気付く。俺も当然気付いている。これは、忍者兵だ。

 

「…忍者か。いいぞ、出てこい」

 

「―はっ」

 

物音も立てず、忍者が俺達の横に姿を現した。

 

「何か変わったことがあったか?」

 

「はっ。曹操が張角らの素性を掴みました」

 

「…やはりか。情報源は?」

 

「『虎痴』許緒のようです」

 

これまでの外史通りだ。季衣―許緒が張角の名を本人から聞いていたことで、曹操軍は三姉妹を狙うことができたのだ。

 

だが、今回はそうはさせない。

 

「読み通りだな…抑止行動まではできないだろう。黄巾党に潜り込ませた忍者に伝えろ。確実に三姉妹を守れ。必ずしも

 

 こちらに連れ帰ってくる必要は無い。状況に応じて独自判断で身を隠すことも選択肢として頭に入れておくように、と」

 

「はっ」

 

「…それと、可能であれば洛陽方面に進軍するのは止めるように。もし止められなくても、必ず三姉妹を守り抜け。

 

 自分たちがまともに敵とやり合う必要は無い、三姉妹を守ることだけを考えろ、と」

 

「はっ…では、これにて」

 

「ああ。気を付けろよ」

 

「御意」

 

再び、物音も立てないまま忍者の姿は掻き消えた。自分で鍛えておいてなんだが、惚れ惚れするほどに気配を殺している。

 

「…朱里」

 

「はい」

 

「…寝ようか」

 

「そうしましょう」

 

明日の出立に備え、俺達も寝ることにする。そして、夜は更けていった―

 

-10ページ-

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

皆さんこんにちは。Jack Tlamです。前回からちょっと間が空きました。

 

今回は拠点フェイズみたいな感じでしたが…いかんせん下手だな、私。

 

今作の事情が事情なので、一刀君が朱里以外の子とイチャイチャできないのは仕方のないことなんですが、

 

書きにくいですね…おかげでなんか訓練と称したバトルだらけになりましたが。

 

 

一刀君ここに至ってある程度リミッター解除です。白蓮が一刀君の活躍をバラしちゃったので。

 

 

 

もういいや、的な発想で。

 

 

 

桃香の「そうならないように頑張る」は、一刀君のそれとかなり意味合いが違ってくると思います。

 

かたや、そうした事態が来ないようにする。かたや、そんな事態になること自体を否定する。

 

似ているようで全く異なる。二人の違いって結局ここに集約されるんだと思います。

 

 

しかし、いくらなんでも桃香をサゲすぎた気がしますね…

 

なんだかんだ言いつつ結局は他者に甘えてしまうのは、どうあっても変わらないようです。

 

というか変えようがねぇ(笑)

 

 

さて、どうなることやら。

 

 

次回は出立と…とうとうあの子たちの出番です。

 

ではでは。

 

 

説明
今回は拠点フェイズみたいな感じですが、黄巾党への対策会議もあります。

そしてバトルと、何気なく登場するあの子です。

暗躍ぶりが加速しっぱなしの一刀と朱里です。
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コメント
返信ありがとうです、良かった読み返してさっぱりだったもんで自分の頭の馬鹿さにorzだったもんでww。(禁玉⇒金球)
>>いた様 書き込みありがとうございました。あれを使って相手を焦らせて、っていうのが朱里の基本戦術になるかと思うので…武人の感覚は鋭利で繊細ですから。(Jack Tlam)
申し訳ないです。決して苦言を出したわけではありませんので!偶々他の漫画や五輪書と読んでいたとき、そういう表現があったので書き込みを入れました。表現は、作者様の思う通りで宜しいと思います!(いた)
>>禁なる玉様 追伸です。桃香がそう解釈したのは、朱里が「助力することもやぶさかではない」って言ったところを拡大解釈しただけです。…甘えるというか、もうなんかある意味で奸雄?(Jack Tlam)
>>飛鷲様 コメントありがとうございます。最終的にはそうなっちゃうかもしれません。ぶっちゃけ、一刀君からすれば群雄割拠になったらさっさと潰したい相手ですし。(Jack Tlam)
>>禁なる玉様 コメントありがとうございます。一刀君は三姉妹と触れ合う機会が多かったために好意的に見ているだけで、第三者から見ればそうですね。最初の想いは純粋だったはずだからと。計画については匂わせる程度で、詳しくは出してません。第三章までお待ちを。(Jack Tlam)
↓もう魏には無印レベルで人材流出してもらいましょう(錯乱)。(飛鷲)
更新待ってましたうれしい、どう解釈すれば「力を貸していただけるのですね?」確認の質問が言えるんだ。張三姉妹はそんな純粋だったかな…かなり自覚を持ち自己正当化しながら我欲に走ってた様な。すみません甲と乙の件何話で出てましたかね?読み返しても私さっぱりなものでしてorz.(禁玉⇒金球)
>>mokiti1976-2010様 コメントありがとうございます。万事うまくいくかどうかはわかりませんが、あの三人はお気に入りなので…というか魏の人材流出が今作でも心配なのです。(Jack Tlam)
無事に張三姉妹を味方に引き入れられると良いですね。(mokiti1976-2010)
>>なるっち様 コメントありがとうございます。桃香は頑張りますが…彼女が自分の甘さを捨てない以上は、苦しむことになるかと…(Jack Tlam)
待ってました!戦う一刀と朱里とか俺得(ry ここの桃香さんには頑張ってほしいですね。(なるっち)
>>kyogo2012様 コメントありがとうございます。あら、『計画』について見抜いていらっしゃる。あの外史のターニングポイントですので、予定調和ではないこの外史においては…(Jack Tlam)
>>いた様 コメントありがとうございます。その辺りの考察がまだ甘いですねー…もう少し凝ろう。最初のころは化け物じみた戦闘力は無いとか言ってましたけど、今現在の朱里はもう…。本当だったら一年かそこらの鍛錬でこんなになるはずないんですけど、そこはおいおい。(Jack Tlam)
>>lei様 コメントありがとうございます。でもねー…五胡との決戦ですらなんか違うっていう印象だったから、周囲からどんどん吸収する一刀君と違って必死さが無いから、一刀君の想いは報われないかもしれません。できれば乙に行きたくないっていうのが二人の共通認識ですから。(Jack Tlam)
基本的に桃香は「ゆるすぎる」ですからね。乙に移行するべき。で、月を助けるために洛陽に移動するべきだな。というか、もう、国つくちゃえばいいとおもうけど・・・・w(Kyogo2012)
ここまで圧倒的に戦える軍師は、始めてで新鮮です。「五分の見切り」からの攻撃は、多分「後の先」じゃないかなと。話も少しずつ原作キャラに関わって面白くなってきましたので、頑張って下さい!(いた)
うーん。話の流れ的には桃香が成長して甲になっちゃうんですかねえ。個人的にはこの桃香は色々と「遅すぎる」ので、乙に移行してほしいところですが。これからの流れに期待しています。(lei)
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