天の迷い子 第十九話 |
「姉さん!何を考えているんですか!?」
渡り廊下に公孫範の怒声が響き渡る。
「〜〜〜っ!朝っぱらから何をそんなに怒ってるんだよ。あと耳元で叫ぶな、耳がキーンとなるから。」
私室から出た所で捕まっていた公孫賛は、両手で耳を塞ぎながら中庭に向かって歩き出した。
「で、さっきから何の話だ?全く話が見えないんだが。」
「あの流騎とかいう男の事です!聞けば元董卓軍の千人将だと言うではありませんか!姉さんの頸を狙う輩だったらどうするのですか!?劉備殿や北郷殿の様な善人ばかりでは無いのですよ!」
声を張り上げて懸命に主張する公孫範。
しかし公孫賛は、ぐ〜っと伸びをしながら「ないない」と笑った。
「あいつが私の頸を狙うなんてあり得ないって。そんな事する奴じゃないし、もしそんなつもりがあったらいくらでも機会はあったはずだしな。」
「今まではそうだったかも知れませんが、これからも同じとは限らないでしょう!それこそ油断させる為の罠と言う事も…!」
「う〜ん、だったらお前もあいつに会って話してみればいい。自分の眼で見て、話してみれば流騎の人となりはすぐにわかるだろ?」
「…わかりました。望む所です!すぐに化けの皮を剥いでやります!!」
公孫範は鼻息荒く中庭に向かって行った。
その背中を見ながら公孫賛はふっ、と笑う。
「………もしあいつ等が私を恨んでいて殺したいほど憎いなら、それでもいいと思ったんだけどな…。」
公孫賛の微かな呟きは、風に流され溶けていった。
いつもの中庭。
準備運動の柔軟と筋トレと素振りはもう終わったのか、庭の真ん中で直立不動の体勢をとっている流騎が居た。
(休憩?いや、違う。まるで地面に杭を打ち込んだような真っ直ぐな姿勢だ。)
公孫賛は首を傾げつつも近づき、話しかける。
「悪い、遅れた。」
「…ん、お早う伯珪。えっとそっちは公孫範、だったか?お早う、そんで初めまして、俺は流騎、字は鋼信。よろしくな。」
にっ、と笑いながら右手を差し出す。
公孫範は一瞥しただけで動こうとはしなかった。
「慣れ合うつもりはないぞ。私はお前を見定めに来ただけだ。」
腕を組みそう言い放った。
「すまん、どうしてもって聞かなくてな。少し相手をしてやってくれないか?」
「ん、まあ良いけどさ。見極めるって言われてもな…。」
ちらっ、と流騎は公孫範の方を見る。
眉間にしわを寄せて睨んでいた。
(うわっ、めっちゃ睨まれてる。関羽にしてもそうだったけど、綺麗な人がこういう顔してると余計に迫力があるよなぁ。)
彼の言う通り、公孫範はとても整った顔立ちをしている。
公孫賛よりも細く切れ長の目で、血筋なのか公孫賛と同じ赤い髪を短く切り揃え、軽く後ろでくくっている。
仕方ないか、と流騎は気を取り直して鍛錬を開始する。
流騎は全力で公孫賛に挑みかかり、公孫賛は適度な緊張感で汗を流す。
両者の実力にはまだ開きがあるが、気を抜けば負けてしまうという事実と、時折織り交ぜられている未知の技術が公孫賛にとっても実りになっていた。
「ふう、今日はここまでかな。そろそろ着替えて警邏に行かないと。」
「ぶはぁっ!はぁ、はぁ、っくふぅ〜〜!ありがとうございました、っと。公孫範もありがとな、付き合ってもらって。」
「ふん。武人たるもの日々の鍛練は当然だ。付き合ってやったのはついでに過ぎない。」
「それでもきちんと礼は言わないとな。」
「…好きにしろ。」
共に汗を流せば多少は軟化するかもと流騎は考えていたが、公孫範の態度はやはり刺々しいままだった。
数分後三人は警邏のために城下に出た。
相変わらず賑わっている。
「ああ、そういえば流騎。」
「んあ、何?」
大きく口を開けて肉まんにかぶりつこうとしていた流騎が間の抜けた顔で答える。
「…いや、さっき私達が来る前に何をやってたのかと思ってな。」
「えっと、立ってた?」
「それは見れば分かったけど普段よりも何て言うか真っ直ぐで重心が安定してた気がしたんだよ。」
「う〜ん、やっぱり普段は出来てないか。あれはさ、俺が故郷で学んだ武術の基礎なんだよ。」
「立つ事がか?」
「そ。詳しく言うと、俺の武術は五つの基礎から成り立ってるんだ。識、立、見、待、動って言うんだけど“識”は自分の体、つまり人体の構造を理解する事なんだ。」
「人体の構造、ってそんなの分かるもんなのか?」
「まあな。先人達が数多くの鍛練と実戦を繰り返して少しずつ蓄積してきた知識がある。それを学んだ上で自分の感覚を研ぎ澄ませる事で徐々にではあるけど知ることは出来たよ。」
「ほお〜〜〜。」
「次にさっきやってた“立”。これは文字通り立つことで、どんな状況でも重心を崩さず大地に根を張ったみたいに安定させる事。極めればそれこそ全く重心を崩さなくなる。どんなに不安定な場所でもどんなに体勢を崩されてもな。」
「どんなに体勢を崩されてもって、崩さないための鍛練じゃ…。」
「体勢を崩さない、なんて事実戦じゃあり得ない。だから軸を自在に操ってどんな時でも大地を踏みしめなきゃいけないって師匠が言ってた。それが出来ればたとえ空中にいても威力のある技を繰り出せるってさ。ちなみに師匠は大きめの球の上に乗ってこ〜んな風に体を仰け反らせても球から落ちなかったぞ?」
言いながら流騎はまるでリンボーダンスの様に体を反らせて見せる。
「次に“見”。これは自分じゃなく相手を見て感じる事。“識”をある程度習得していれば見る事で色んな情報が入ってくる。呼吸、目線、発汗、筋肉の動き、重心の移動、達人になれば氣の充実・移動さえ分かるらしい。それらから相手の行動を、心情を、思考を読んでさらに周りの状況を感じ取り、自分に有利な間合いを、状況を作り出す。」
公孫賛は静かに耳を傾けている。
公孫範も同じく真剣な表情で聞き入っていた。
「さらに“待”。それは機を待つ事。静止していても動いていてもどんな場合でも機って言うのは存在する。先の先、後の先どっちの場合でも機先を制するのに変わりはない。乱戦の中にあっても好機って言うのはある。その機を待ち、物にすることが“待”なんだ。
そして最後に“動”に至る。これはそのまま自分自身の行動の事。これだけは他の四つとは違って上達の度合いによって三つの段階に分けられる。ただ普通に動かすだけの“動”から身体の動かし方で更なる力と速さを上乗せ出来るようになれば“駆”へ。最終的には筋肉の一つ一つに至るまでを自在に操る“操”の段階まで辿り着ければ達人だな。」
「………筋肉を自在に操るって言うのが良く分からないんだけど。」
「えっと師匠は筋肉の動きだけで関節を入れたり外したりしてたかな?」
「お前の師匠は一体何者なんだよ!!?」
「………………………化け物?」
「そこで首を傾げるなって。」
はあ、と公孫賛は重い溜息を吐き、公孫範はぽかんと口を開けていた。
「まあ、確かに言ってる事は全部武術の基礎ではあるよな。要するに全ての基礎を極める事が出来れば自ずと達人の領域に足を踏み入れるって訳か。」
「〈コクリ〉わけだ。」
流騎は頷き残りの肉まんを平らげる。
三人はてくてくと町を歩き回る。
公孫賛が肉屋の親父にからかわれたり、八百屋のおかみさんに結婚はまだかと言われたり。
流騎が服屋でもっとお洒落な服を着たらどうかと着せ替え人形にさせられたり。
そして今は、
「ね〜こうそんさん様〜、だっこ〜。」
「りゅうき兄ちゃん、またお話して、お話〜」
「オイラ、公孫範将軍の部下になるんだ!」
広場に立ち寄った三人は子供達に囲まれていた。
「ちょっと待ってくれ、今私達は警邏の途中でだな………!」
「いや、私の部下になると言ってもだな、まずは大人になって訓練をしてそれでも私の隊に配属になるかは運次第で………。」
「ん〜今日は何がいいかなぁ。桃太郎はこないだ話したし、赤ずきんかシンデレラか一寸法師もあるな…。」
「って何を話をする方向で進めている!警邏の途中だろうが!」
「おお!?そうだったな。んじゃあ、お〜い皆!二人はお仕事が忙しいから代わりに俺がお話してやるな!だからお仕事に戻らせてあげてくれないか〜!?」
流騎が手を振り上げて声を張り上げる。
「うん、良いよ〜。」
「しょ〜がねえなぁ。」
「わ〜い!やったぁ!!」
わらわらと子供達が流騎の下に集まってきた。
「ほら、今のうちにさっさと行けよ。」
「悪いな、任せた。範も行くぞ。」
「え?あ、はい。」
二刻後、二人は警邏を終えて戻ってきた。
ちょうど流騎が最後に残っていた子供達を見送っているところだった。
「…あの子達、とても満足した顔をしていますね。」
「流騎は人の心に入ってくるのが上手いんだよ。私が言うのもなんだけどさ、纏ってる空気がすごく普通なんだ北郷や桃香みたいに物凄く優しいって訳じゃ無い。曹操みたいに物凄い覇気を纏っているわけでもない。気負いすぎもせず、緩みすぎもしていない自然体の安心感があるんだよ。」
子供達を見送り終わった流騎が公孫賛達に近づく。
「よっ、お疲れ。」
「そっちもな。」
「楽しかったし全然疲れてなんかないよ。」
「そうか、もっと私達も構ってやれればよかったんだけどな。やっぱり桃香達みたいにはいかないな。」
公孫賛はそう言って少し俯いた。
「何言ってんだ?ああやって子供達が遊ぶ事が出来るのは伯珪のおかげじゃないか。」
「へ?」
「俺も詳しく知ってる訳じゃ無いけどさ、他の所じゃあんな風に子供が遊びまわる事なんて出来ないはずだぞ。治安が良いとは言えない所が多いし何よりよっぽど小さい子じゃなきゃ立派な労働力だ。貧しい農家なんかだったら文字通り遊ばせておく余裕なんか無いんじゃないか?それが出来るっていうのは伯珪達が頑張って善政を敷いて、今日みたいに警邏をきちんとやって治安を良くしてるからだろ?」
「そんなの当り前じゃ…。」
「その当たり前を当たり前に出来るから伯珪はすごいんだよ。」
その言葉を聞いた途端、公孫賛はボムッと音がするかと思えるほどの速度で真っ赤になった。
「そそそそそんなに褒めるなよ〜!こっ恥ずかしいじゃないか!!私は褒められるのに慣れてないんだぞ!!」
「あっははははははは!照れすぎだろ!真っ赤っかだぞ!!」
照れまくる公孫賛と指をさして笑う流騎。
その二人を見て、公孫範が口を開いた。
「流鋼信、お前はどうしてそんな風に笑える?お前は姉さんが、私達が憎くないのか?」
「おい、範…「姉さんは黙っていてください!」…っ!」
「…それがお前の見定めたいことか?」
「そうだ。だから質問に答えろ。」
流騎は一度空を見上げ、その眩しさに目を細めた。
「………憎んでない、恨んでないって言ったら嘘になる。勿論連合に参加した人達全員が俺にとっては恨みの対象だし、きっといつまで経ってもその事は忘れられないと思う。例え年月が経って薄れてしまったとしてもな。」
「ならお前は姉さんを殺したいと思うか?敵である姉さんを。」
「それは無いな。」
「何故だ?」
「謝られたからな。」
「は?」
公孫範は間の抜けた声を出し一瞬思考が止まった。
「初めてあった時、公衆の面前であるにも関わらず俺達に頭を下げた。深い謝罪の言葉と共にな。いくらでも言い訳は出来たはずなんだ。袁紹には逆らえなかったとか、一切弁解をしなかった俺達の方も悪いんじゃないかとか。なのに伯珪は言い訳の一つもせず俺達の眼を真っ直ぐ見て謝ってきた。そんな奴を嫌いになれる訳が無い。理不尽な出来事に対する憤りもあるし、恨みもある。」
流騎は公孫範に視線を向け、うっすらと微笑みながら言った。
「だけど俺は、俺達は、公孫伯珪って奴を好きになっちまったんだよ。」
「!?っな、うぅ。」
「だから俺は伯珪を裏切る事はしない。友達だからな。」
その笑顔と言葉で公孫範は後ずさる。
しかし流騎は一歩踏み出し、
「公孫範も、良かったら友達になってくれよ。」
右手を差し出した。
「……………っは!?あ、ああ、わかった、お前が姉さんを害するつもりが無い事も解ったし友人位にはなってやる。」
呆けていた公孫範は慌てて流騎の手を取った。
すると流騎から先程までの愁いを帯びた微笑が消え、代わりに子供の様な満面の笑みが浮かんだ。
「ほんとか!?やった!これからよろしくな!!へへ、友達が増えた。」
「い、いつまで握っているんだ!もういいだろう!?とにかくそう言う事だ!友人とは言え馴れ合いはしないからな!」
流騎の手を振り払い公孫範は距離をとる。
「で、ではな。私はまだ仕事が残っているんだ。〈くるっ、タッタッタッタッ、ガッ!ビタンッ!〉へぶっ!!」
踵を返し走り出した公孫範だったが数歩のところで派手に転んだ。
「お、おい、範、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です、それでは。」
今度こそ公孫範は去って行った。
「「なんだったんだ?」」
残された二人は同時に首を傾げ呟いた。
説明 | ||
お久しぶりのへたれド素人です。 pcがいかれちまってどうにもならん状況でした。 ようやく書き上げましたのでUPします。 僅かにでもどなたかの暇つぶしになれば幸いです。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
1233 | 1124 | 4 |
コメント | ||
nakuさん コメントありがとうございます。どうしても一話書くのに時間がかかってしまいまして…。気長に見ていてもらえると嬉しいです。(杯に注ぐ清酒と浮かぶ月) | ||
タグ | ||
駄文 真・恋姫無双 恋姫無双 オリ主 | ||
杯に注ぐ清酒と浮かぶ月さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |