クスリ |
「ねえ、昨日夢を見たんだ」
帰り道、不意にミヤコがそんなことを言い出した。
「ふーん。どんな夢なの?」
アヤネはどうでも良さげにそう聞き返していた。
「それがね、アヤネが死ぬ夢だったんだ」
「まだ死にたくはないよ」
「私だってそりゃ死にたくないよ。でもさ、その夢の内容がひどくってさ……」
「私はどんな最期を迎えたんでしょうね」
「聞きたいの?」
「うん、まあ」
「気分悪くならない?」
「どうせ夢だし、現実になるわけじゃないでしょ」
アヤネは淡々と言い返していた。
「うーん。でもなあ……」
ミヤコは渋っているようだった。
「自分から言い出しておいて、もったいぶらないでよ。あ、あそこの喫茶にでも入ろう。前から気になってたんだよね」
二人は落ち着いた雰囲気の喫茶店の中に入っていった。
適当に注文を済ませ、頼まれた品がやってくる。ミヤコはアイスココアを、アヤネはアイスコーヒーを頼んでいた。
「うーん……それじゃ、話すけどさ」
「どうぞ」
「アヤネってタバコとか吸ってないよね?」
「……なんで? 夢の話じゃないの?」
「無関係ってわけじゃないんだって」
「そうなの。吸ってるもなにも、吸っちゃ駄目じゃない。私達の年齢なら。それに校則でも散々言われてるでしょ」
「だよね? 臭わないし、違うのはわかってるんだけどさ。夢の中のアヤネがタバコ? か何か吸っててさ」
「へえ、それでそのまま眠るように死んでしまいましたってこと?」
「ううん、急に暴れだしてね。刃物で自傷し始めて、死んじゃった」
「私は、リストカットする人じゃないよ」
「それも知ってるけど……でないとそんな風に手首なんてだせないでしょ」
ミヤコはアヤネの手を指さしながら言った。
「どう? 色白でしょ」
「あたしからすると、羨ましいね。でも、もうちょっと焼けてもいいと思うよ。夏だし」
「日差しを浴びてもあんまり変わらないのよね」
「あたしの肌とアヤネの肌を足して、二で割るべきじゃないかと時々思うよ」
「まあまあ、別にそんなことは今はいいでしょ。話を戻そうよ」
「戻すって言ったって、あれで終わりなんだけどね。夢は」
「ふーん。刃物とかってどこにあったの? というか刃物ってなんだったの?」
「え? それはわかんないなあ。カッターとかじゃなかったと思う。やけに大きなものだなあと思ったし。どこに有ったかはわかんないや。夢だし、いつの間にかそこにあったかもしれないし」
「そっか。ありがと」
「変な夢でごめんね。面白くなかったでしょ?」
「そんなことないよ」
アヤネはアイスコーヒーをぐるぐるとかき回しながら続ける。
「現実に近い夢だよ」
「え?」
「なんかね、自殺しようかなって思ってたんだよね。昨日」
「え……? なんで……?」
「わかんない。前から思ってたってのはあって、死ぬ時のための薬は前から持ち歩いてるんだ」
アヤネは財布から、一つの錠剤を取り出した。
「これね。飲めば自分が自分じゃなくなって、死ねるんだって。本当かは知らないけど」
「やめなよ。自殺なんて、駄目だよ」
「うん、駄目だと思ってるから今生きてるでしょ?」
「そうだけど……そんな危険なもの持ってるのは良くないよ……どこで手に入れたのかも気になるけど」
「ネットのなんか怪しげな通販にあってね。やすかったから買っちゃった」
「自分でも怪しいって分かってるものを買うのは止めようよ……」
「あはは、なんかねえ。そういう時があってね。死にたいとも思うし、死にたくないとも思うんだよ。生きたいって思える時がないっていうかね。つまんない話するけどさ」
「正直言って、どんな言葉をかければいいのか全くわからないんだけどさ、死ぬのは止めようってことしか言えないよ」
「うん、そうだね」
アヤネは錠剤を掴んで、じっと見つめて口を開いた。
「きっと、こんなものを飲んでも死ねないと思う。それに、もう必要ないのかもしれない」
「必要ない?」
「誰かに話せば、それでとりあえずいいかなって思えてね。なんか一人で勝手に考えてるより、だいぶマシだなって」
「ん……アヤネのためになれたなら良かったよ。変な夢を見たのと、話を聞いただけだけどさ」
「トイレにでも流して置くよ。私の分の代金は後で払うから、先に会計しちゃっててくれる?」
「うん、わかった。外で待ってるね」
アヤネはトイレに、ミヤコはレジへと歩いて行った。
「それじゃ、また明日ね」
「また明日。死ぬんじゃないぞー」
「あはは、大丈夫だよ。もう捨てたって」
二人はそうして、別々の帰路を辿っていった。アヤネの財布にはいくつかの錠剤がまだ入っているままだった。
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