機動戦士ガンダムOOSTRATOS プロローグ |
プロローグ
西暦2307年。
世界は大きくわけて三つの人種に分かれていた。
一つは、遺伝子操作をされたコーディネイター。
一つは、遺伝子操作をされていないナチュラル。
そして最後の一つは、地球外からやって来た宇宙生命体イオス。
これらの三つの人種は互いに支え合う関係にあった。能力値の高いコーディネイター、地球で最も数の多いナチュラル、そして様々な宇宙を旅してきたイオスの未知なる技術力。これら三種の力を合わせて出来たのが赤道線上に建造された三つの軌道エレベーターである。
この軌道エレベーターは、枯渇した化石燃料に代わる太陽光発電システムのエネルギー供給源として活動していた。軌道エレベーターは全長五万メートルにも及ぶ巨大な建造物だ。地球の直径が約一万二千七百キロメートルであることを考えると、その長大さが窺い知れる。約四倍。地球を遥かに遠方から望むと、軌道エレベーターはまるで地球という青い団子に突き刺さった細い金属の針のように見えた。それが三本、地球を取り囲むように突き刺さっている。軌道エレベーターには主に二つの役目がある。一つは、宇宙・地球間の物資の輸送。そしてもう一つは太陽光発電システムによるエネルギーの供給だ。
そして、この太陽光発電システムによって生まれたエネルギーを使って生み出されたパワードスーツ、その名はモビルスーツ。これはそれまで世界を支配してきたインフィニット・ストラトス通称ISによる女尊男卑社会を突き壊す為に誕生した兵器なのである。
しかし、それによってこれまで自分たちの思うがままに生きてきた女性たちは使えるだけの勢力を持って一斉に軌道エレベーターの破壊とモビルスーツの殲滅を目論んだのだが、それは突如現れた謎のモビルスーツの介入によって失敗に終わり、さらにはこの一件でISは50機ほど破棄され、コアは太陽光発電システムの発展に使用されることとなった。
それでも、裏では争いがなくなることはなかった。
IS勢はモビルスーツのデータを盗んだり、太陽光発電システムのエネルギーを独占しようとしたり等の反乱行為を開始し、それに対してモビルスーツを扱う軍隊【地球連邦軍】もまた防衛と撃退を開始した。
もちろん、それだけではなく世界には女尊男卑によって発布された奴隷制度や差別社会が行われていた。
24世紀に入って尚、人は争いをやめられないでいた。
◇
少年と少女は駆けていた。必死の思いで戦場を駆けていた。
街の路地を右へ左へと駆け抜けていく。地形は頭の中に叩き込まれていたが、時おり粉砕された瓦礫の破片に足を滑らせ、路面に撒き散らされた瓦礫に躓く。それでもなお、もつれる足を懸命に立て直して一心不乱に駆け続けていた。
何のために?恐怖から逃れるためだ。
飛び交う銃弾、その一発にでも当たれば死ぬ。死ななくても肉体は抉られ、激しい苦痛と流血にみまわれる。目も眩むような恐怖。その恐怖から逃れるために、少年と少女は駆け続けていた。
決して理性的になどではない。ただ本能が勝手に両方の足を動かしているだけだった。
大人たちはここを死守しろと言った。だが、その大人たちはもう此処にはいない。別のポイントで交戦するらしいが、おそらくは嘘だ。敵軍の物量に恐れをなし、子供たちだけを置き去りして逃げたのだ。自らの保身のために、自分たちを人身御供として差し出したのだ。
なぜ、そんな簡単なことに今まで気づけなかったのだろうか?
なのになぜ、戦ってしまうのだろうか。
胸に抱えたマシンガンが重い。息が苦しい。心臓の鼓動が痛いほどだ。いつでも撃てるようにと引き金に指をかけているが、その指にすら痺れに似た疲労が溜まっていく。ゲリラ軍の上官からあてがわれたフード付きのジャケットは大人用で、裾が長く、足に絡まって走りづらい。腰ベルトにかけている予備の弾倉も、いまではただの重しにしか思えなかった。
敵軍の砲撃により瓦解した建物の陰に飛び込み、二人はようやく僅かな休息を得た。
「はぁっ、はぁっ……!」
肩をが上下させて呼吸を繰り返す。頬を伝った汗が顎からしたたり落ちる。額に張り付いた黒い髪を、少年は乱暴に拭った。隣に顔を向けてみると同行していた少女は恐怖のあまりに今にも泣きそうになっていた。
二人、死んだ。少年と同じ年かさの子供たちだった。
フランス産第二世代IS ラファール・リヴァイヴの機関銃を受け、内臓と脳髄を飛散させて死んだ。彼らは敵のラファールに自動小銃を向けたが、大した戦果をあげることもなく、撃たれて死んだ。二人とも、少年と同じゲリラ軍の友人だった。
(なんでだ!?)
少年は強くグリップを握り締めた。
(なんで、俺たちは死ななくちゃいけないんだ!?)
呼吸の整いはじめた少年の耳に、駆け抜けていたときには意識していなかった音が、幾重にも折り重なって飛び込んできた。それは戦場で叩き鳴らされる数多の音だ。機銃の掃射音、怒号、ISの駆動音、火薬の爆発する音、破壊される建物の音。
それらを聞いて、同時に死んだ友たちの記憶を思い浮かべて、少年は悟った。
「この世界に、神なんていない」
声に出して言わなければいけないほど、少年は苛立っていた。神などいないと。
ふいに、ひゅっと空気を切り裂く音が聞こえた。直後、少年と少女が身を隠していた建物の壁にいくつもの穴が穿たれた。敵のラファールによる狙撃だ。
二人はすぐさま物陰から飛び出していった。横目に敵の機影が見える。敵機に銃口を向けて走りながらマシンガンの引き金を引く弾は敵の機体に当たったが、しかし装甲にはじかれて火花を散らすだけだった。
少年の背後で爆発が起きた。爆風が一瞬にして少年の痩せ細った身体を宙へ舞い上げる。少年は受け身をとることができず、まともに地面に叩きつけられ、勢いあまって路面を転がり、元は住居だった建物の壁にぶつかって止まった。
「がはっ……はっ……!」
ぶつかった衝撃でうまく呼吸ができない。呻き声がもれた。身体のあちこちが軋んで、すぐに動くことが出来なかった。隣の少女も、少年と同じような状態だった。
ようやく少年が立ち上がり、マシンガンを構え直したところで、敵と目が合った。負の感情に支配されたどす黒い目が少年を見据えている。敵の機銃が、ゆっくりと狙いを定めた。
少年は怯えた。
以前であれば、怯えることなどなかった。
死は神の許へと導かれる崇高な行為なのだから。
だが、神はいない。いないのだ。
死は、ただの死だ。自分という存在をかき消されるだけだ
だから、少年は心の奥底からこう渇望せずにはいられなかった。
生きたい━━!
緑色の光が突き刺さった。だが、それは少年にではない。少年に機銃を向けていたラファールにだ。
ラファールは直下してきた槍のような緑色の光にパイロットごと貫かれて、潰れるように地面に崩れ落ちた。それきりもう動かなくなる。
少年は何が起きたのか分からず唖然としていた。助かった?助かったのか?
ラファールを貫いた光が頭上から落ちてきたのを思い出し、少年と少女は上空を振り仰いだ。
するとそこには光があった。まばゆく輝く緑色の光。その光から様々な方向に向けて緑色の光の槍が放たれていく。少年からは確認できなかったが、その緑色の光の槍は他のラファールや戦闘地点を確実に沈黙させるものだった。
少年は上空に浮かぶ緑色の光を見上げていた。あまりにもまぶしく、はじめは顔をしかめるように目を細めていなければならないほどだった。
(太陽━━!?違う、そんなはずない)
目が慣れてくると、その光がわずかに動いていることに気付いた。ゆっくりと地上へ降下してくる。近付くにつれて、徐々に形が見てとれるようになった。光の点だったものが次第に翼を広げた鳥のように輪郭になり、それもやがては変化していき、少年の目に、その本当の姿が映った。
人間に近い細身のスタイリッシュなシルエットをした人型の機械。額についているVの字形の装飾、その下には双つの目。両手には銃器と盾を持っている。その背中には形成された大きな翼。文字通り人ならざるものがこの地へ降臨してきたかのようだった。
「「…………」」
少年と少女は見上げていた。
ただ呆然と見上げていた。
神━━か。
少年の目には、そのように映った。つい先ほど神の存在を否定した少年の心に新たな光が宿る。それほどまでに人型をした機械の姿は、神々しく、雄々しく、神聖なものに見えた。
「…………」
人型の機械が二人を見つめているように思えた。
二人も見つめ返していた。
ぽろり、と少年の瞳から涙がこぼれた。それは次から次へと溢れ出て、とめどなく少年の頬を濡らした。目元から流れる滴は、頬を伝い、顎からしたたり落ちる。まるで少年の顔についた汚れを、少年の心にあった濁ったくすみを、清く洗い流すかのように。熱い涙だった。
二人はこのときのことを生涯忘れない。
その記憶は時に、彼らにとっての行動原理の礎となり、自己確信の源となり、そして何ものにも代えがたい犯されざるべき聖域となった。
たった一機の機械、モビルスーツの出現によって、この市街地における戦闘は終了した。
そして少年と少女は、この市街戦でたった二人の生き残りとなった。
西暦2301年の出来事である。
説明 | ||
前作と別物と思って読むべきですねこれは | ||
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