ALA 〜書き込みダイヴ編〜 転校生編 完 |
転校生
初めに俺は、君達に説明しないといけない。
今から記す文章は、ある田舎町の女の子が薬と交換する為『ALA』に対する体験談を売人である俺に差し出したんだ。
―― 手紙として、動画として。
結末から話すには、この体験談はセンシティブで愉快に語れる程俺のボキャブラリーやスキルが追いつかない。
情けない話、文章遊び、トリック等が出来ないと思う。
でも、この話は俺が最後に暴露する内容と少しばかり接する面があるんだ。
どうか理解をして欲しい、彼女らの体験を・・・。
――――――――――― ここからは手紙の内容をまとめ一人称で、記してある。
新風と書けば、今の私の気持ちを良く表した言葉に映える。
私は当時、高校一年生、花の女子高生だった。
これから来るであろう、青春を淡い期待で時間を過ごす。
「毎日が誕生日のようで楽しいよね」と親友のリッカが言う。
リッカは、日本とアメリカのハーフだ、とても可愛い、まるで森の妖精だ。
「妖精って、こんな田舎町の学校で名乗ってたら本当に森の妖精になっちゃうよ」
リッカは、とてもジョークが上手い。
町の周辺が山で囲まれている田舎町で、妖精のリッカだと名乗ったらと私が言うといつも違う返事をしてくれる。
―― 凄く気が合う友達、私のことを理解して接してくれる。
私は都会には無い、暖かい田舎の学校で良かったと日々安心していた矢先。
「今日は君達にとって特別な日になります。うちみたいな田舎の学校に転校生がやって来ました、しかも東京に住んでたそうです」
普通は都会の風景を知ってる転校生に胸を躍らせ、数多くの質問を浴びせ人気者を気取らせるのが定石だろう。
でも、私はそれを阻止したかった。
都会に胸を躍らせることで『本当は田舎より都会に行きたい』という考えをクラス全員から剥奪したかったからだ。
昔から常に論争を繰り広げる二つの言葉。
田舎ライフを楽しんでいる私にとって、いつまでも『井の中の蛙』でいたいのだ。
「あの子、無視しよう。なんか田舎を馬鹿にしてるようなんだよね」
「ユリ、何言ってんの? 貴方らしく無いね、でもユリが言うなら私は無視するよ」
「リッカ、ありがとう。私たち本当の親友だね」
私は女子特有の辛辣なイジメ行為を開始する。
多少周りの女子より、容姿も家柄も知能も上の中な私にとってこのクラスの立ち位置は、リーダー的ポジションだ。
私が少し過激な提案をしても大抵は皆協力してくれる。
「ユリが言うなら、無視するよ」
「大概にしときなよ、ユリ」
「可愛そうだけど、リッカちゃんもするんだよな? だったら協力してやんよ」
少々呆気に取られる程、私の思うままになった。
やはり、平均より高いステータスと行動力があれば学校社会なんて楽勝だと予想以上の結果でイジメへの感覚が麻痺してしまう。
転校生は派手な制服の着こなしが攻撃的で、外見からも化粧で美人を繕っているようだった。
言うならば ―― 人工美人 肌荒れ一直線 スッピン不細工 ――。
正に異風堂々。
こんな田舎に都会の風を持ち込んだ性悪女に見えなくも無い。
つまり、私がイジメへと促す行動をしなくとも、彼女はハブられ要素満載だった訳だ。
そんな考えから、彼女に対するイジメに罪悪感が無くなり、度合いもドンドンエスカレートしていった。
最初は完全無視を一ヶ月。
次は喋り仲良くするが、昼休みや休憩を挟むと完全無視を二ヶ月。
昼休みトイレ掃除と託けて、便所で弁当を食べてる彼女の頭からバケツで水を浴びせる。
女子高生特有の高笑いが、便所内に木霊する。
それから執拗に彼女へイジメを開始して僅か五ヶ月ちょっと。
転校生は学校を良く休むようになった。
「ユリやりすぎたんじゃ無い? 私達とても酷い事をしてるよ」
「でも私は、都会の風を田舎で吹かせようとした転校生が気に食わなくてさ」
「わかるけど、彼女家庭環境の縺れから田舎に来ることになったらしいよ」
確かにリッカが言うように、彼女は別世界とも言える田舎で戸惑っていたのでは無いか。
未体験な世界で仲間など誰ひとり存在しない学校で、彼女は“どんな心境”で登校していたのか。
それを考えると、心が痛くなる、裂けるように。
「私転校生に謝りたい」
「ユリ・・・私も行くよ」
「リッカ――、ありがとう」
虫がよすぎる、なんて思われて当然だ。
駄目で元々の自宅訪問。
教員室で担任から、住所と自宅電話番号をメモして私達は彼女の家に向かう。
田舎の常識として、友達の家には山を越えて向かうのを覚悟する必要がある。
田舎度合いにもよるが、私たちが暮らす町は少なくとも覚悟が必要なレベルである。
夏の蝉がセックスアピールの為に唸り声を山に響かせる。
この時期は、熊出没区域に入らない注意をしないといけない。
「ユリ、転校生・・・嫌、ルリコさん家はまだかな?」
リッカが手元にある、メモ帳をチラ見して転校生の名を覚えようと復唱する。
「ルリコって名前なの?」
「そうらしいよ、あぁーユリ笑ったらいけないんだからね」
しかし、笑ったら駄目だと言われると笑いたくなる。
その言葉は爆笑を助長する役目を担ってると、リッカは知らないのだろうか?
私は大爆笑をしてしまう、それに釣られてリッカも大爆笑だ。
その刹那、轟音と過ぎ去る暴風が私たちの間を駆け抜ける。
レトロな制服の私達は、丈の長いスカートがめくれ無いように前を両手で必死に押さえる。
だが、後方からの、めくれに対応出来ずに二人のお尻が露わになる。
詳しく述べると、純白なパンツ越しのお尻だが――。
そんな事はどうでもいいのである。
何故かというと、先ほどの大爆笑の声と暴風が合わさり森中に声が木霊したのだ。
―― つまり、何が言いたいかと申しますと。
「アレ、何か後方から凄く視線を感じるんだけど」
「リッカ、奇遇ね。私も視線を感じる」
私は恐る恐る学生カバンの外ポケットから手鏡を取り出した、丁度拳サイズだ。
そして、手鏡をバックミラーとして顔の斜め前に構えて後ろの様子を写す。
やはり、もちろん、ですよね。
「ユリどうだった?」
「・・・。」
「黙秘権は認めません」
「・・・。」
「頑なに黙秘するってことは、答えを述べているのと同じ効果を生むんだよ」
「森のクマ様」
「何だか韓流スターみたい」
「森のクマちゃま」
「やだ、可愛らしい」
「森のクマちゃま(バーサーカーモード)」
「カッコの中が恐い」
当然ながら、多分人生で一番素早く駆け抜けたと思われる速度で逃亡した。
「助けて〜」と在り来りな反応を垂れながら。
走ってる最中に後ろを振り向くと――振り切れてない、むっちゃダッシュして来てる。
「あのクマ、名前絶対『ボルト』入ってるわ」
「クマイン・ボルトと名付けましょう」
「ユリ、呑気に名前付けてられるわね」
「一つ提案。森の妖精のリッカならクマイン・ボルトとも和解出来るんじゃない?」
「妖精もクマイン・ボルトには、タジタジなのよ」
森の入り組んだ道中を駆け抜ける私たち。
それでも、クマボルト(略した)は振り切れない。
私達の体力も無尽蔵じゃない、どこかの激長ファンタジー小説の蔑ろ主人公のように星からエネルギーを貰ってる訳じゃない。
―― 疲労をクマに披露する、汗が飛散し顔が僻む・・・なんとも悲惨な光景だ ――
つまらない駄洒落を口に出しそうになるが、吐瀉物が邪魔で言いそびれる。
熊に打たれる3秒前。 3・・・2・・・1。
「ユカ!!!危ない」
リッカが私を庇って打たれる。
熊の爪が胸に突き刺さり、脇道の聳え立つ大木に投げ飛ばされる。
その時、突き刺さった爪が引き抜かれ背中から大木に打ち付けられる。
―― ドポッ。
生々しい擬音が、耳の鼓膜を震わせ脳内に轟く。
―――――――――――――――― 余りのショックで気を失う、目覚めた時私はルリコの自宅の畳部屋で横になっていた。
「うっ――。何で私ルリコの家に居るの?」
「あ、あの、そっその」
多分転校前まで、普通のコミュニティースキルはあったのだろう。
しかし私達がイジメた影響で上手く喋れなくなってるんだろう。
「も、森でた、倒れていた、かから」
「そっか、ありがとう。それとね今まで酷いことしてごめんね」
「えっ、べ、別になっなんとも思ってないよ」
「それよりさ、リッカ大丈夫なの?」
思い出したくない記憶が蘇る、私達クマボルトに殺されかけたんだ。
直ぐさま隣で寝ている彼女に視線をズラす。
―― そして、驚く。リッカの体全体“何の異常も無かった”のだ。
「あれ? 悪夢だったのかしら」
「あ、あ、多分気のせいじゃ無いかな」
「でも、私聞こえたんだよ」
―― ドポッ。物凄く嫌悪感塗れの擬音。
「あっあの、わわたし他に方法思いつかなくて」
「え? まさか」
私は畳部屋にある勉強机みたいなちゃぶ台を見つけ、その上に注射器が置いてあることに気付く。
注射器は全て中身を出し終えたように、その形が通常より直経が短くなっていた。
つまり、“何らかの薬”をリッカの体に投与させられたらしい。
そして傷の治りから察するに、私の知識の中で一つの薬の名称が思い浮かぶ。
―― Amlita アムリタ 両端と間のスペルを並べてると『ALA』 ――
国から麻薬指定されている非合法ドラッグ。
使用者は罪には囚われない。
「ご、ごめんなさい、ごごめんなさいい。わたわたし、彼女を助けたくて・・・」
社会的地位が、最低ラインからのスタートになる。
しかし、日本の人口の六割――つまり数字にすると5400万人がジャンキー。
現在昔より社会的差別は、少なくなって来ているらしい――だがしかし。
《田舎》と《都会》には、タイムラグ(時間差)が存在する。
こちらでは、社会的差別は都会と比べると落差が激しい。
〜まるで《ゴミ》扱いだ。汚物を見るような目で見られ、荒んだ心で会話される。
「何を言おうと、信じても、覚えてもくれない。そんな人生死んだほうがマシ」
命よりも守るべき地位がある。
いつから日本は階級制になったんだろう。
嫌、実際は階級なんて存在しない、その昔最低ラインを魅せつけ『自分より下がいる』そう思わせ国を思うように転がす。
やはり、頭がキレる人は考え方が違う。
『社会的ゴミ』すらも己の糧と変えるのだ、再利用だ、Reduce リデュース:減らす Reuse リユース:繰り返し使う Recycle リサイクル:再資源化だ。
そう頭のCPUスペックを遥かに越える思考をし終えた時、眠り姫が目覚める。
――ゆっくりと、瞼を見開く。
「ユリ? 何で泣いてるの」
「安堵してるの」
その時、私は初めていままで何となく口にしていた安堵という感情に出会った。
―― 安心したのも束の間、次の日から私達の誤魔化しが始まる。
リッカが体育で、怪我をすると絶対保健室まで付いて行き「大丈夫」だった見たいです等と嘘を吐く。
彼女が怪我をする度、私とルリコは周りの人間からリッカを守った。
しかし、怨恨の僅かな火元は――少しづつ、少しづつ、その憎悪を滾らす。
ルリコの胸裏の奥底で、全ては計算してたかのように。
あれから大体二ヶ月、不思議なほどに私達はリッカを守れていた。
何度か危ない目にもあったが、奇跡にもバレることは無く済んでる。
「私舞台女優になろうかな」
「ユリなら成れるよ、私を守ってくれてるもの」
「そうね、成れるんじゃない? ユリ可愛いし」
ルリコも普通に会話出来るように『戻った』し、何だかんだで私達は仲良し三人組みだとクラスメートにも認知されていた。
私達は多幸に恵まれてる、神様に愛されてると本気で勘違いする程、幸せだった。
――そして、裏切る瞬間が一番のルリコの幸せだとは思いもしなかった。
高校初めての文化祭が、怒りの噴火祭になろうとは考えもしなかった。
結論から言うとルリ子は、文化祭で私達のクラスが演劇を発表してる時に出番ではない彼女が舞台に上がり叫んだ。
台詞じゃない自分の言葉で、全生徒が集まる体育館で、その尖がり声は皆の心に突き刺さる。
・・・今からリッカちゃんに、この理科で使うよりも濃度が高い《塩酸》をぶっかけます。
愕然、唖然、驚愕。
お姫様役で舞台に上がっていた彼女の手を掴み、舞台中心に引き連れ顔面にかける。
そして彼女の顔が、欠ける。
皆が驚きのあまり身動き一つしないで、その惨劇を眺める。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
耳に響く、嫌、脳味噌を震わせる絶叫が体育館に木霊する。
私は舞台袖から彼女を呆然と眺めていた。
「そうだよね、私酷いことをルリコにしたんだもん。今度は私とリッカの番だもんね」
膝から崩れ落ち腰を抜かす私、涙でリッカが霞んで見える。
そして、ふつふつと泡立つようにリッカの顔面が復元する。
蟹が泡を吹くように奇妙な有様だ。
「痒い、痒い、痒い」
リッカは顔を掻き毟る、それがまた治癒の妨げになる、完全に回復するまで後3分。
2分、1分、10秒。
・・・9・・・8・・・7・・・6・・・5・・・4・・・3・・2・1。
それからリッカの学校生活が歪み、悲惨な学校ライフを過ごすことになった。
しかし幸運と言うべきか、残酷と言うべきか、彼女は笑顔を絶やさなかった。
―― 何故なら『記憶』は、目覚めた時から止まっているからだ。
2013年 春 私達は卒業する。
私は、彼女の傍に一生居るつもりだ。
彼女が死ぬまで――ずっと。
その為には私も外見年齢を止めなくてはいけない。
・・・だからお願いします。私にALAを売ってください、私にはリッカが必要で、リッカも私が必要なのです。
永遠の高校生でいたい、私の願いはそれだけです。