命-MIKOTO-17-話〜お祭り
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 日常よりもやや賑やかな空気に包まれる今日。ポストの中を調べると一枚のチラシを

発見する。花火、夏祭りと書かれた手作り感が伝わってくるようなそんな微笑ましい

内容だった。

 

 本日は地元によるお祭りが催される日でもあった。最近は忙しくて行けてなかったが

今年は何かみんなで行きたくなってきた。

 

「ねぇねぇ、マナカちゃん」

 

 私は居間のソファーで面白くなさそうな顔をしながらテレビを見ているマナカちゃんに

声をかける。髪留めを撫でながら私の方にチラッと視線だけを向けてきた。

 

「なに?」

「お祭り」

 

「ヤダ」

「ですよね…」

 

 彼女は他の人と違って人の目を見ると相手の思考が自分の方へ流れてくるらしい。

ようは気持ちが読めてしまうのだけど。あんな、人が大勢集まるような所に行かせるのは

酷だろうか。

 

 駄目だとわかっていても、少しだけ期待していただけに気持ちしょんぼりして

苦笑すると、マナカちゃんは私の目を見て困ったような表情を浮かべた。

 

 慌てて私は手を横に振りながら言った。

 

「いいよ、無理しなくて。私もマナカちゃんが楽しめないと楽しくないし」

 

 ねっ?て。気持ちを切り替えて笑顔を浮かべて彼女の傍に近寄った。

マナカちゃんと会ってからは気持ちの切り替えが早くできるような気がした。

今は本当に残念とかそういう気持ちはなく。

 

 嘘のない言葉をマナカちゃんに向けていた。これは本当の気持ちだから。

 

「うーん…」

 

 すると、少し予想にないことが起こる。そのままこの話は終わるのかと思いきや

悩む素振りを見せているのだ。でも私はその気持ちを押したりはしない。

 

 彼女の結論をじっくりと待つことにした。マナカちゃんの横顔を見ながら。

 

「少し待っててくれる?」

「わかりました」

 

 そう言うとマナカちゃんはソファーから降りて、階段を上っていって部屋に

向かっていったのだった。

 

「どうしたの、命ちゃん」

「あ、萌黄」

 

 トイレから流す音が聞こえた後から居間へ姿を現した萌黄。

大きいのをしていたのかスッキリした表情をしながら私の傍に近づいてきた。

 

「何かあった?」

「あの、これ…」

 

「おー、お祭りかぁ。花火込みの」

「はい」

 

 チラシを眺めながら嬉しそうにはしゃいでいるのを見ていると子供を見ているようだ。

それを言うと萌黄が怒るので言わないけれど…とても微笑ましい。

 

「いいじゃんいいじゃ〜ん。それで、どうしてそんな難しい顔をしてるの?」

「あの…マナカちゃん連れていけたらいいなぁって」

 

「ほほーう」

 

 ちょっといたずら心が芽生えた子供のような目つきになっていたから

私は横から釘を刺すように告げる。

 

「あの、マナカちゃんに嫌な思いはさせないであげてくださいね」

「でも経験は必要だと思うのよ」

 

「それはまぁ、そうですけど。なるべく自主的に」

「だから、そういう気持ちにさせるために誘導するのよ」

 

 ニカッと笑いながら萌黄は心底楽しそうな顔をしている。

私はその顔を見ているとどこか不安な気持ちにさせられるのだった。

 

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「行ってみようかな…」

「え!?」

 

 私たちが話し終わってお昼ごはんを済ませた後に萌黄が仕掛けると言ってから

すぐに一度二階へ行っていたマナカちゃんがみゅーずちゃんを連れて降りてきて

そう言ったのだ。私と萌黄とヒトミはその積極的な言葉が意外でびっくりしていた。

 

「私が誘ったの」

「みゅーずちゃんが?」

 

 あまり気乗りじゃないマナカちゃんの隣に長髪を二つにまとめてツインテールで

碧眼を細めて楽しそうに微笑む少女。最近居候してきた謎の少女である。

不思議と彼女の歌声を聞くと感情を弄られるような不思議な感覚がある。

 

 そんな彼女だからなのか、マナカちゃんの気持ちを変えることができたのだろうか。

私の問いかけにみゅーずちゃんは笑顔を浮かべながら。

 

「うん、せっかくだから楽しもうよ。もったいない〜」

「大丈夫なの、マナカちゃん?」

 

「う、うん…。あ、でもヒトミか命は傍にいてね」

 

 マナカちゃんの言葉に私とヒトミさんは喜んで「もちろん!」と答えた。

手を握ったら絶対に離さない。私はそう心に決めるのだった。

 

「では、しゅっぱーつ!」

 

 みゅーずちゃんとしては初のお祭りなのか、今すぐにでも行きたいとばかりに

号令をかけるが。私が苦笑しながらみゅーずちゃんに話しかけた。

 

「もう少し暗くなってから行きましょう」

「あう…」

 

 ちょっとがっかりとうな垂れる姿がちょっと可愛かった。

 

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 すっかり辺りが暗くなり始めたころ。萌黄が思いついたように二階の押入れから

何かを持ってきていた。その何かを広げると綺麗な浴衣が目の前に現れたのだった。

 

「私のお古〜。小さい時に母さんたちが私のために買ったやつだよ」

 

 みゅーずちゃんとマナカちゃんのためか。一見ちょっと古いけれどデザイン的には

まだいけそうだ。それよりも…。

 

「萌黄…」

「ん、心配しなくていいよ。吹っ切れてるかどうかはわかんないけど。今は大丈夫だから」

 

 昔のトラウマのことが呼び起こしそうで私は不安になったけれど、萌黄の様子からして

大丈夫そうだった。それに異変があればマナカちゃんの方が敏感に感じ取れるだろう。

マナカちゃんは萌黄を見ても何ともないようだった。

 

「さ、二人共着て着て〜」

「ところで萌黄。着付けは誰ができるんです?」

「あ・・・」

 

 私と萌黄が固まるとここぞとばかりにクールな笑顔で手を挙げる人が一人。

振り返るとヒトミさんが自慢とばかりに胸を張る。

 

「こう見えても私着付けできるから。安心して」

「いやどうみても出来るでしょう。今まで女たらしだったらしいし」

「いや…まぁ…」

 

 萌黄がきつい一言を告げると、苦笑いをしながらも手際の良い動きで二人に

浴衣を着せていこうとする。最初のみゅーずちゃんは嬉しそうにして、着せ終わると

披露するように一回転するようにして見せた。

 

 ところがマナカちゃんの番になると、本人が少々険しい顔になったので

ヒトミさんの手の動きが止まる。

 

「嫌ならはっきり言わないと着せ替えちゃうよ?」

「…」

 

「マナカちゃん?」

 

 私は心配になってマナカちゃんの前まで言ってからしゃがんで目線を合わせて

声をかける。すると、か細い声で私に聞いてきた。

 

「命はどう…?」

 

 見たいかどうかってことだろうか。マナカちゃんが嫌なら強制したくないけれど。

これは私に聞いたことだ。素直な言葉を述べるべきであろう。

 

「私は見てみたいな」

「ほんとに?」

 

「うん」

 

 気がつくとマナカちゃんは珍しく顔が赤くなっていて照れているようだった。

それを見た私は胸が熱くなってとても愛おしく感じられた。

 

「じゃあマナカ。いくよ」

 

 ヒトミの合図に言葉を返さずコクンと首を縦に振ると、すごい速さで浴衣を

着せていく。一切の無駄な動きはなく、まるでプロのようであった。

どれだけの女の人の着付けをしていたのだろう。

 

「出発しますか〜」

 

 全員の用意が完了してから5人で玄関を出る。暗くなりかけだけれど、

遠くから賑やかな音が聞こえてくる。

 

「命ちゃんは初めてだっけ?」

「実際にその場に向かうのは初めてかもしれませんね」

 

「そっか〜」

 

 先に歩く3人の後ろから私と萌黄がゆっくりと歩きながら言葉を交わす。

すると私の顔を覗き込むように見ていた萌黄が笑顔を浮かべて。

 

「来年は命ちゃんの浴衣も買おうね。命ちゃんの浴衣姿は可愛いだろうなぁ」

「あ、ありがとうございます」

 

 そんな嬉しいことを言うものだから、思わず顔が熱くなってしまう。

でもどうせだから全員分のを用意して、みんなでお揃いで向かうのも

楽しいだろうなって頭の中で考えながら歩いていく。

 

 それだけでもとても幸せだ。

それに「それだけ」のことも私の周りには今までなかったから。

 

 私は少しだけ駆け足でマナカちゃんの隣に着いて、そっと手を握った。

びっくりしたような顔をして振り向いて私を見ると。

 

 うっすらと表情を緩めて微笑んでるように見えた。

 

 それは私のことを認めてくれているということで、それがわかると私の胸が

キュッとして暖かい気持ちにさせられた。

 

 やがて進む方角から賑やかな声の音が徐々に大きくなっていくにつれて

マナカちゃんが私の手を握る力が強くなっていく。

 

「大丈夫だよ、絶対に離さないから」

「うん…」

 

 マナカちゃんを安心させるように私は笑顔でそう答えた。

 

 それからわずか数分でここまで来るのにガラガラだったのが今では私たちの

周りはまるで満員電車のように人がひしめきあっていた。

 

「命…!」

「大丈夫ですから。安心してください!」

 

 気を抜くとすぐにはぐれてしまいそうな状況。マナカちゃんの手は汗をかいていて

握っている私の手と離れてしまいそうになるのを私は必死に食らいつくように

繋げて先を進んだ。

 

 

『そういえば、私が行く場所はけっこう穴場でね。向かうのは大変だけど、

それだけの価値はあるよ』

 

 なんとかマナカちゃんの体を引き寄せて密着する私たち。少し汗をかきながら

進んでいく中、数日前に店長が嬉しそうに語っていたことを思い出していた。

 

 そうか、この話は今日のためのものだったのか。

その日はよく聞いていなかったためにすっかり忘れていたけれど。

 

「ごめんね、大丈夫?」

「う、うん…」

 

 ちょっと人酔いをしたのか、少し表情が蒼くなっている。

抱っこしてあげようかと思ったが気恥ずかしいのかそこは必死に抵抗してきた。

 

「歩ける?」

「…うん」

 

 ゆっくり深呼吸をしてちょっとずつ、落ち着いてきた様子を見せるマナカちゃん。

人ごみを抜けた先は坂があり、調子の悪いマナカちゃんを歩かせるには少し酷だ。

残念だがまたこの道は別の機会にして戻ろうとすると。

 

「この先行きたいの?」

「え…、あ…」

 

 私の目を見てマナカちゃんは真剣な眼差しを私に向ける。

彼女に嘘は通用しない。私はコクンと頷くと、マナカちゃんも頷いていた。

 

「じゃあ、行こう」

「大丈夫なの?」

 

「うん、大丈夫」

 

 あれだけ辛そうだったのにマナカちゃんは少し表情を緩めていて。

一度離れた私の手をもう一度握ってきたのだ。

 

「ちょっとでも無理そうだったら行ってね」

「うん」

 

 辺りを見回すと私たち以外の人は見当たらない。萌黄もヒトミさんもすっかり

はぐれてしまったようだ。

 

 ドンッ!

 

 すっかり真っ暗になった空から大きい音が響き渡る。

しかし見た目に空への変化は見当たらない。それは花火打ち上げの合図のような

ものなのかもしれない。

 

 急がないと…。

 

 私は二人を置いてマナカちゃんと一緒に坂を上っていく。

幸い傾斜は緩やかなだったために二人はあまり苦労なく上へとたどり着いた。

 

 そこにはちょっと古びた木製の休憩所、中には木製ベンチも置かれていた。

私たちはそこに座って一息吐く。

 

 マナカちゃんの顔色を伺いながら何か飲み物を買っておけばよかったと

後悔していた瞬間。

 

 ドンッ!パチパチパチ…。

 

 再び前と同じくらい大きな音が私の頭や胸に響き渡り、つい驚いてしまう。

さっきのお知らせとは違って振り返ると、綺麗な花火が上がっている。

 

「綺麗…」

 

 私の心配とはよそにマナカちゃんの目には打ち上げ花火が映っている

その目はとても綺麗で私は花火よりもそっちの方へ目が奪われてしまった。

 

「そうですね…」

 

 ドンドンッ!

 

 時間が経過するたびに打ち上げられる花火の数は増していき、どんどん賑やかに

なっていく。周りには人がいなく、しかも割と近くで見られるために

花火もとても大きく見えた。

 

 打ち上げられる花火と大きな音にテンションがあがる私とマナカちゃん。

マナカちゃんは喋り方こそ変わらないけれど、見ている眼差しがいつもとは

明らかに違っているように私には見えた。

 

「すごい…」

 

 どちらが行ったかわからないくらい。二人は同じ気持ちで花火に視線を向けていた。

すると、私たちの首筋にひやりとしたものが当てられて思わず変な悲鳴を上げてしまう。

 

「ひぁぅ!」

 

「ははっ、二人とも可愛い声を出すな〜」

 

 声のする方に振り返るとさっきまではぐれていた萌黄とヒトミさんが笑顔で

私たちの傍にいた。いつの間に居たのだろう、まったく気づかなかった。

 

「はい、マナカ。カキ氷」

「他にもやきそばとか色々。定番なのを買ってきたよ〜」

 

「萌黄…ヒトミさん…ありがとうございます」

 

「なに、いいってことよ」

 

 私が離れるわけにもいかず、近くに売店や販売機がなかったために

暑さを紛らわすものをどうしようか悩んでいたが、二人ともそれに気づいて

くれてたようで感謝せずにはいられなかった。

 

 そうして買ってきたものをお茶などのペットボトルで喉を潤しながら

みんなで食べきった。その後、盛大に最後の花火が打ち上げられたのだった。

 

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「そういえばみゅーずちゃんは!?」

 

 花火が終わりちょっと気が抜けていた私たちは家路につくと

ふともう一人の存在をすっかり忘れていると。

 

「ここだよ〜」

 

 私たちの後ろから嬉しそうな顔で走ってくるみゅーずちゃんの姿が。

 

「ごめんなさい、すっかり離れ離れになってしまって」

「いやいや、私も偶然特等席を見つけたからね〜。楽しかったよ」

 

 気にも留めないように彼女はマナカちゃんの傍によると、うんうんと頷き。

 

「マナカも楽しそうで何よりだよ。それにあの音は生き物の本能に訴えてくる

何かを感じるね〜」

 

 そう言いながら楽しそうに舞うようにして先に進んでいくみゅーずちゃん。

私はマナカちゃんに視線を移すと呟くように聞いてみた。

 

「楽しかったですか?」

「えぇ…。また来年来たいかも…」

 

 その言葉で大変だったあの場所でのこともすっかり癒されていた。

本当に満足そうにしている彼女の姿にこの場にいた全員が嬉しい気持ちでいられたのだ。

 

 よかった。誘って本当によかった。

 

 これまで良い思い出がなかったといったマナカちゃんに少しでも良い思いでを

作りたかったから。その想いは通じて、私はこれからも色々誘ってみようと

心に決めたのだった。

 

「命も初めてだったんでしょ。私のことよりもちゃんと楽しんでたの?」

「はい、もちろん」

 

「それはよかった」

 

 想いが想いを繋げて幸せを作り上げる。私たちはそれをかみ締めながら

家にたどり着くのであった。

 

続く

説明
賑やかなイベント。暑い中での独特な空気。轟音と共に空に放たれる花畑。そんな光景を命たちに味わわせてなかったような気がしたので仲良く花火を見にいかせました。
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