一方、蜀は諸葛亮が獄に繋がれるという大事件が起こっていた。

　劉備は張飛を殺した裏切り者が呉に逃亡した事を知ると、ついに呉との戦を始めようと積極的に動き出した。当然、諸葛亮はそれを

止めようとする。

「駄目です！　今、呉と戦っても何も得る物が有りません！」

「……あるよ、愛紗ちゃんと鈴々ちゃんの仇を討てる」

「形のある物を得られないと言っているのです！　これではただ国を疲弊させるだけです！　桃香様の天下が遠のきます！」

「……朱里ちゃん？　これは命令で強制だよ？　聞けないの？」

「これだけは聞き入れられません！」

「そう……分かったよ……」

　瞬間、劉備の表情が今までとはまったくの別ものに変わった。

「紫苑さん、諸葛亮を牢獄に入れなさい」

「！？　桃香様！？」

　黄忠は劉備の豹変に驚きを禁じえない。彼女だけではない。この場にいる者全てが驚愕の表情を浮かべる。

「王の命令を無視するのは立派な犯罪……そうですよね？　桔梗さん？」

「う、うむ……まあ、そうなんじゃが……」

「それじゃ、急いで入れて。彼女がいると邪魔になりそうだから」

「わ、わかりました。朱里ちゃん、ごめんなさい」

　諸葛亮は黄忠に抑えられる。この後に及んでも、まだ諸葛亮は戦を止めようとする。

「桃香様！　お考え直しを！　このままでは」

「うるさい、黙れ！　裏切り者！」

「！？」

　劉備とは思えない言葉に諸葛亮は硬直する。

「今まで全部私のためだと言っていたからそれを信じて提案を受け入れたのに、まったく良いことなかったじゃない！　苦しい思いし

かしなかったじゃない！　もう、あなたの事なんか信じられない！」

「そ、それは……」

「連れて行きなさい！」

　こうして、諸葛亮は獄に繋がれたのである。

「邪魔者は居なくなったし、戦の準備を始めて」

「……分かり申した」

　厳顔は最早止められないと悟り、指示に従うことにした。

「…………」

　直後、劉備はぶつぶつと呟いた。その内容を聞き取ることが出来たのは傍にいた趙雲のみ。

　聞いた趙雲は顔を青くし身体が震えた。

（まさか、我等は今までとんでもない思い違いをしていたのでは！？）

　それは過ちを犯したのでは、という恐怖からだった。彼女は小さく、こう言ったのだ。

”私、天下を獲りたいなんて一回も言った事ない”と。