証明される迷信1(佐幸/腐向け)
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 季節は梅雨を終え、じきに来る夏の気配を、陽の光で感じる頃。

 昼間照りつけていた太陽が傾くのを待っていたかのように、佐助は林を疾駆していた。武田信玄の命による偵察で帰る途中だったのだが、不意に、捉え間違えようのない気配に気づいた。

 

「……旦那?」

 

 我が主である、真田源次郎幸村。そしてもう一つ。真田が忍隊の頭が、見過ごしてはならない部下の物。二人の場所は、近くの仏寺だ。

 

「才蔵……がいるってことは、一人じゃないって事だよなあ。にしても、どうしてこんな場所で」

 

 既に信玄が統治する甲斐の領内とはいえ、ここは国境にほど近い。どうしてそんな場所に幸村がいるのか、佐助は最初見当がつかなかった。

 

「あの寺に、なんかあったっけ」

 

 首をかしげるが、やはり思い当たらない。

 

「真田のご先祖様が眠るのは、ここではないし……て、ああ」

 

 墓参りを想像し、ようやく合点がいった。元より主がいるなら、素通りする気などない。佐助は先程よりも早い足取りで、視界の隅に小さく見える、寺に向かった。

 

「あれから、もう二年になるのか」

 

 

 

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 幸村は、寺院の一番奥に居た。出で立ちはいつもの戦装束ではなく、袴姿だ。腰には刀を一本だけ差し、一見だけでは上田を預かる武将には見えない。

戦場で巡る熱はどこにも見えず、眼前にそびえる山を静かに見上げていた。裏山にあたるここは寺の一部であるものの、神聖な場所へ入るものは、滅多にいない。

そんな、山と寺院の狭間にあるような場所に、何十もの墓石が連なっている。しかし戒名などを含め、石に名は彫られていない。石自体も決して立派とはいえないが、地蔵が数体、見守るように並んで立てられていた。

 幸村は一つ一つを丁寧に見やりながら、ゆっくりと、終わりの遠い墓石道を歩く。

 近くに才蔵の気配はするが、見張りをしているだけで、ある一定の距離よりは来ない。ところが別の忍の気配が一直線に、幸村に近づいてくる。

 二人に警戒心はない。才蔵は幸村よりも早くその存在に気づいていて、胸中ため息をついただけ。そして幸村は、

「帰ってきたか」と柔らかい物腰で呟いた。

 

「佐助」

 

「真田の旦那」

 

 幸村が振り向いたと同時に、ひらりと木の葉が舞い落ちるように、主の背後に降り立った。

 佐助はほんのわずか叩頭しただけで、幸村が「早かったな」と言った次には立ち上がった。

 

「まあ、今回は」

 

 へらりと気の緩い笑みで返すのはいつものこと。信玄の命(めい)が何であるかは、幸村は知らない。だが佐助がこなした仕事は全て、主である己の命であると心に刻み付けている。

 

「怪我はないようだな」

 

「見てのとおり」

 

 確かに、佐助の血の臭いはしない。だが言葉のまま納得してはいけない相手でもある。

 

「お前は隠すのがうまい」

 

「それを見破る、あんたが言いますか」

 

 両肩を上げる佐助に、幸村は口角を下げた。

 

「佐助が隠すからであろう」

 

 だから自分で見つけるしかない、とも言った。

 

「お前とて、俺の怪我を見逃さぬではないか」

 

「当たり前でしょ」

 

「不公平があってはいかん」

 

「何か、違うくない?それ」

 

 一人満足げに頷く主に、本気で意味が分からないと呟く。幸村がここに来た理由も分からない。数日離れただけなのに、分からないことだらけだ。ただし、彼がここに居る意味なら気づいていた。

 

「……で、用事は済ませたのかい?旦那」

 

「いや、まだだ」

 

 言うなり、幸村は止めていた歩みを進める。佐助は少し後ろに付いて、同じ速度で歩いた。

 

「佐助、お前はお館様への報告を、済ませておらぬだろう」

 

 幸村とて佐助が傍にいるのは嬉しいが、仕事を放り出してまでは認める気はない。十二分に理解している佐助は、片目を瞑って陽気な声を上げる。

 

「問題ないって。既に報告の文は飛ばしておいたから。お館様んとこは勿論行くけど、予定より早く着いてるってことは、時間もその分あるって事だし」

 

 讓る気のない主張を背後から聞き、幸村が何となく肩越しに振り返ると、意外にも佐助の表情は声色とは異なっていた。

 

「……こうして、歩くぐらいの時間はね」

 

 良いだろ?と伝える眼差しが、西日と混ざって暖かみを帯びていた。

 見透かされていた事に、幸村は悔しさよりも嬉しさが先だった。異能者と呼ばれる二人が、秘密めいた記憶を共有しているという事実。

 幸村が初陣を飾った二年前。彼は己の能力である炎を抑えきれず、戦場で暴走した。

 異能の声に誘導されたかのように。二槍を振るっては敵と定めたものを屠っていく。紅蓮の鬼が来た、と呟いた者は、己が死んだかも分からない速さで焼かれ、草花だけでなく、木々すらも灰に変えた。

 血の海に沈み、命を奪った重みを知らぬまま立ち尽くす幸村を、再びこの世に引き戻したのが佐助だった。

 

 大丈夫、と忍は呪文を唱える。

 俺の腕の中に戻っておいで、と。

 

 この果てが無いかのように並ぶ石は、六文銭を家紋に背負う幸村が、信玄の許可を得て、三途の川を渡らせた者を弔う為に立てた。この寺は、あの当時の戦場から一番近くにある。

 幸村が直接ここへ訪れたのは、これで二度目。最初に来て以来だ。だから佐助には、ここへ来る意味に気づいても、理由までは分からない。

 自分が居ない間に、何かあったのだろうかと勘ぐるが、幸村から教える様子は見えない。

 さてどうしようと頭を巡らせる。そういえば、幸村が素直に共を連れているのも気になった。

幸村は自分の価値に無頓着過ぎるあまり、思い立ったら吉日とばかり、勝手に一人でどこかへ行こうとする。その度に佐助ないし、十勇士の誰かに見つかり、共を付けさせられている。

 積み石の道を終えた頃合を見計らい、佐助が何気なくを装いつつも、確信を持って訪ねた。

 

「そういえば旦那、今回はちゃんと才蔵を付けて出歩いてんだ」

 

 じゃり、という砂を踏む音を立てて、幸村の足が泊まった。これだけでも十分、佐助の質問に答えている。

 思わず主の前―正確には後ろだが―でため息をついても仕方のないこと。

 

「全く、弁丸様の時から学習能力無いんだから」

 

「俺はまだ何も申しておらぬぞ」

 

「じゃあちゃんと誰かにここへ来る事を、出る前に言ったって?」

 

 今度は口を閉ざした。本当に分かりやすい主で、助かると思うべきか、武将として、もう少しどうよとツッコミを入れるべきか考えてしまう。

 一方、幼少の頃から傍付きの忍だった、佐助ならではの心中に気づいていない幸村は、「お館様に許可は貰ったぞ」と告げる。

 つまり統治者である信玄の家臣として、ここへ来る事を告げ、許可も貰ったから問題はないと言いたいようだ。

 元々佐助は幸村が上田ではなく、信玄のいる、ここに来ていたのを連絡係の忍から聞いていた。海野を仕えさせ、才蔵と数人の真田忍が護衛として影に付いていたのも。

 だがここには才蔵、一人のみ。幸村の不審な態度から察するに、信玄には告げたからという気持ちで一人で向かおうとしたのは間違いない。そして才蔵にだけ見つかり、こうして木の上で護衛に当たっている。

 

「旦那ぁ……何辺も言わせないでよ。確かに他国にいるより安全ですけど、いつ誰が襲ってくるか分かんないだからさあ」 

 

「分かっておる、俺が簡単にやられるものか」

 

 すっ、と腰に刺した、得物の柄巻に触れる。鯉口を切るような事をしなくても、その姿に隙が無ければ油断もしないだろうとは分かっている。しかし、それとこれとは別。幸村も自覚が無いわけではない。

 

「お前達を心配させたのは謝る。だが、一人で来たかったのだ」

 

 目的が目的なだけに、言うのを躊躇ってしまった。私事で誰かの手を煩わせもしたくなく、一人でひっそりと事を済ませたら、何も無かったかのように帰れば良いと。

尻窄みで話す仕草だけで、その心情は手に取るように分かった。また今回に関してだと、告げるのを忘れてではなく、意図して護衛を撒こうとした事も悟った。

 帰ってきた矢先ではあるが、小言の一つでも言いたくなってくる。

 けれど佐助の本音はそこではなかった。

 

「しょうのない御人だよ、ほんと」

 

 棘のある気配を和らげて、苦笑まじりの息をつく。

気持ちだけなら理解して頷いてあげられるが、やはり立場だけは鑑みて欲しい。そして何より、肝心なことを、この主は忘れている。

 

「俺様の居る時にすれば良かったのに」

 

「佐助をか」

 

「だって、旦那が行きたいって思った所は、俺様も行く所だもの」

 

 佐助が行きたいか否かではない。幸村が、どうしたいかだ。

忍はいつどこで死ぬか分からない。だからどんなささやかな物でも、約束は出来ないと幼き頃に言われた。佐助から約束はしないし、また誓う事も出来ない。

けれど幸村の願いが、己を生かしていると自負している。矛盾を隠したままの言葉でも、幸村には佐助が、自分を連れて行けば良いと言っただけでも十分だった。

 

「そうなのか」

 

「そうなんです」

 

 この人の物であると決めた時からの、佐助にとっての大事。表面上は契約を結んだ時であるが、すぐに心で結んだ理りとなる。

 

「じゃあ、そろそろ陽も暮れてくるし、帰ろうか」

 

 いつもの調子で佐助が促すと、幸村は歩いてきた道々を一度見渡す。影の落ちる顔は何を想うての物かは、幸村の中だけで収められる。

一寸してから「うむ」と力強く頷くと、幸村はある一点を仰ぎ見るや、目を細めて笑った。

 

「才蔵も帰るぞ」

 

 空気に溶け込み、一度とて存在を顕示することなく付き従っていた忍に、労いの声をかけた。

 

「……はっ」

 

 風に乗って聞こえる忍の声に、佐助はほんの一瞬だけ、片眉を動かす。誰にも悟られずに止んだ佐助の波は、異能の影がざわめく物にも似ていた。

 幸村の後ろを歩きながら顧みる二年前は、初陣ではなく、その夜の事。

 佐助が、幸村を抱いた日ともなった。

 暴走する異能は、宿主にしか聞こえない声で囁く。

 

 足りない。(なにが足りないのか)

 まだ、足りない。(既に得ていても求めるのか)

 欲しい。(もしくは得られないから渇望するのか)

 

 苦悩する幸村を見かねて、それは影の声だと言った。闇と同化する者を傍に置くから、闇の声が聞こえただけ。

事実、佐助の異能も、同じ言葉で宿主を食らおうとしている。しかしあの夜、主を守りたかった故の言動から、反対に捕らわれたのは佐助だった。

 欲しいのは、幸村である全て。

―欲しいよ。旦那の全部が欲しい。俺様の全部、旦那の物。でも足りない。いっぱいくれるから。俺様あげても足りない。だから欲しい。心も体も全部。

 結果として閨を共にした夜を、絶対的である主が「後悔せぬ」と言ったので、代わりに佐助は、割り切ることにした。

 勢いで吐露してしまった想いとは裏腹に、変わらぬ主従関係を維持させた。幸村もあの夜以降、異能の力をあまり話さなくなった。時折抑えきれずに熱を放出するが、操れない程ではない。

 真田幸村の名は佐助の想像通り、いくつもの名を象って血の華を咲かせた。

 紅蓮の鬼。

 甲斐の虎若子。

 戦場の朱星(あけぼし)

 己の主が誉れ高い武人となるのを満足しつつ、歪な感情を抱いたままである、己の卑しさに反吐が出た。

 あの夜が最初で最後と決め、事実、性的な意味を持って触れたことはない。忍として身に余る信頼を、ただ傍にいられるのを喜びとし、日々を共に過ごした。

 この二年が長かったのか、あっという間だったのかは、目の前の主が成長していく速さと比例していたように思えた。本当に、色んな事があったから。

 中でもあの、奥州を束ねる隻眼の竜が、幸村の前に現れたことは記憶に新しい。

 

「……佐助?」

 

 乗ってきた馬へ向かう幸村が、肩越しに佐助を振り返る。

 どうやら佐助から、いつもとは違う何かを感じ取ったらしい。明確には分からないので、ただ名前を呼び、どうしたのかと目で尋ねる。

 佐助はただ笑うだけだ。

 

「なあに?いっておくけど今回は、旦那へのお八つは買ってきてないよ」

 

 今度は隠れた違和感に、幸村の口が中途半端に開いた。だが意識は見事お八つに流れてしまい、口をついたのは「それは残念だな」という物だった。

 結局、それ以降は何事もない日となった。精々が半場お忍びで出かけた幸村へ、海野の小言が寝るまで続いた程度。

説明
9/22戦煌!東5 J52b 小説本。佐幸と家幸。既刊のみのために、過去のをサンプルがてらアップ。A5/92p。900円 馴れ初めがテーマ「迷信の下で」の後半。でもこれだけでも読めるように、2時間ドラマのごとく振り返ってます。前後編合わせると話として長すぎたので、読んだ方には勝手に称号付きます。数pの為に本は18禁指定。
過去にサンプルとしてあげたのは「3」扱いになります。
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