天文部の事情 |
歌のアルバム
〇天文部の事情
「航星日誌0048・2738。演習航海七日目。本船は登録航路を順調に航行中。明日1574より演習宙域に入る予定。機関人員、ともに異常なし。以上天文部一年――」
「部長でしょ?」
「天文部部長、((星間|ほしま))すばる記録」
途中で口を挟んだ部長、もとい、((連星|つらぼし))先輩は、((副操舵士席|コパイシート))からぱちぱちと拍手をくれた。その表情はにこやかだ。
「日誌記録も慣れてきたわね。部長」
「天文部と無関係なところをほめられても嬉しくありません。それよりなんで一年のボクが部長なんです?」
不機嫌を装って((船長席|キャプテンシート))のボクは訊ねる。
「船舶免許を持っている唯一の後輩だから」
「免許を持っていない部員なんていないじゃないですか」
伝統あるこの学校の天文部には、今、ボクと先輩しかいないじゃないですか。
「だからだよ。天体観測以外の雑事を全部引き受けて、部員が観測に集中できるようにするのがぁ、部長のつとめです、はい」
シートベルトをはずして、ボクの肩をぽすぽすとたたくと、その勢いを使って先輩は居住ブロックに戻っていった。
「115728・339938、マイナス4等級」
望遠鏡をのぞく先輩が読み上げる位置をボクはひたすらプロットしていく。
「ヒット。識別THX1138」
本人は気がついていないけど、星を探している間、少し口元からのぞいている舌が、先輩の絶好調を証明している。
「次、114900・340028、かな。マイナス10等級」
「ミス」
なんだか珍しく大きなミスだ。HKT4846は3等星のはず。
「え?こんなに明るい星間違えないけどなあ。次、115311・34770――、あ、ちがう、これ((宇宙船|ヨット))だ。115310・347775、7等級」
「おお。ヒット。SEN5241」
さすがに目がいい。インターハイ優勝者の実力ってところか。
「やった。116285・348140、3等級」
「ヒット。LUH3417」
「はい、以上。スコアは?」
望遠鏡をはずし、期待のまなざしを向ける。ボクは淡々と結果を告げた。
「753ポイント」
「えええええ、自己ベスト更新ならずぅ?」
そのままずるずると椅子から滑り落ちる。無重力ブロックだったらどこかへ飛んできそうだ。
「ざんねんでした」
「うーん納得行かないな。シート送って。検算する」
「別にいいですけど、それでやるんですか?検算」
先輩が早速ポケットから取り出した小さな計算尺を指さして、ボクはうんざりした口調で言う。
「あたりまえじゃん」
「せめて電卓でやりましょうよ」
「やだ。これが楽しくて観測してるのに」
言い出したら聞かないのはわかってる。これはボクが楽しいから聞いているんだ。
「はいはい。じゃあボクはお茶を入れてきますから」
もうすでにシートをにらんで計算を始めた先輩の生返事を聞いてから、ボクは居住区へ戻った。
ボクがマフィンに火を入れて、紅茶を溶かし終わった頃、待ちきれなかったのか先輩は居住区のハッチを乱暴に開けると中に入ってきた。
「おかしいよ、これ。ほれほれ」
ひらひらと見せるシートには赤字でHKT4846の追記。ボクは首を振りながら、
「おかしくないですよ。3等星じゃないですか」
と眉間にしわを寄せて答える。
「3等星?」
「3等星」
問い返しに問い返し。先輩は突然目をつぶって開けるとちょっと怒った顔をしてボクの頭をグーでこづいた。
「君君、また始業点検、手を抜いたでしょ」
「え?」
「HKT4846は、この間超新星爆発したんです」
「あ!」
プロットシートダウンロード漏れ?
「従って、最終スコアは765で自己ベスト更新です」
鼻を膨らませて自慢げに告げる先輩と対照的に、ボクは肩を落とした。
「もう、女の子なのにぜんっぜん細かいことだめなんだから。そんなんじゃ安心して任せられないよ」
ボクの髪をわしゃわしゃしながら優しく諭す先輩に、ボクはもう我慢しきれなくなって言った。
「任せないでください」
「え?」
「引退しないでください」
「……」
ボクはきっと泣いていた。先輩は優しい声で言った。
「もうすぐ卒業だから」
「ボク、一人になっちゃうんですか?一人じゃ大会に――」
ここまで反論して気がついた。
「すみません……」
「ううん、いいんだよ。おかげで最後の年は大会に出られたんだから」
先輩の笑顔はボクには笑っているようには見えなかった。
「115728・339938、マイナス4等級」
望遠鏡をのぞく部長が読み上げる位置をわたしはひたすらプロットしていく。
「ヒット。識別THX1138」
そこで珍しく読み上げの声が止まった。わたしは部長の方をみる。望遠鏡は動いていない。ポジションロストしたわけではないみたいだった。
「114900・340028。マイナス10等級」
今まで聞いたことのない様な寂しげな声で読み上げた。わたしは思わず聞き返した。
「え?」
そこにはもう何もないはずだ。すかさず部長が続ける。
「なーんちゃって。ってかスコアラーが試合中によけいな発言したらだめだよ」
望遠鏡から目を離さないまま、部長は手をひらひらして注意した。
「もうすぐインターハイデビューなんだから、しっかりしてよ、君」
試合を中断して、望遠鏡から目を離した部長は、いつものようにわたしのおでこを少しこつき、反動で先輩の長い髪が揺れた。ペンダントについた小さな計算尺がちょうど通りかかった航路標の光を反射して光った。
ーーー
天文部の事情(HKT48、作詞:秋元康)
メロンジュース劇場版c/w(ユニバーサルシグマ・AKS)
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佐倉羽織が楽曲にインスパイアされて生み出したオリジナルストーリー集、歌のアルバム。 今回は「天文部の事情」です。 |
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