真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第十五話
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劉備軍に気づかれることなく天和達を陣内に収容することに成功した曹軍は道中も何事もなく陳留に帰還していた。

 

陳留では帰還後、すぐに軍議が開かれた。

 

議題は言わずもがな、今後の張3姉妹についてである。

 

「皆ももう知ってると思うけど、この娘達が今日から我が旗下に加わる天和、地和、人和よ。この者達について皆に一つ固く言いつけていくことがあるわ。例えこの者達の姓名を知っていたとしても、決してそれを呼んではならない。いいわね?」

 

華琳の有無を言わさぬ命に、軍議の場に居るものは皆無言のまま首肯する。

 

華琳との対面の時ですら緩い雰囲気を醸し出していた天和も、この軍議の引き締まった空気には少々緊張しているようであった。

 

勿論、自分達の今後を左右する軍議が目の前で行われていることも、緊張する理由に入ってはいるのであろうが。

 

一つ、絶対の言い付けを下した後、今回の軍議の本題に移る。

 

「さて、それでは貴方達の今後なのだけど、あの場でも言った通り、今後は私の為に歌って兵を集めてもらうわ。興行の為の資金はこちらが出しましょう」

 

「それは国から融資して頂ける、ということでしょうか?」

 

人和が直ぐ様疑問をぶつける。その内容は当たらずとも遠からずであった。

 

「いいえ、少し違うわ、人和。貴方達の興行は兵力増強の為の国策として行うの。だからその興行の為の資金は国庫から出るというだけのこと。勿論興行による収入を税として納めろ、といったようなことは言わないわ。勿論、この方法による兵力増強が芳しく無ければ、資金の打ち止めも有りうるわよ」

 

華琳の人材登用法は今の言に集約されている通り、厳格なまでの能力主義、実力主義である。

 

また、華琳自身、他人の才を見抜く目を持っていると自負している。

 

自負するだけのことはあってその目は確かで、華琳がその才を見込んだものはほとんどが既に重要な役職に付いていた。

 

今回のことにしても同じである。

 

つまり、これは一種の能力試験なのであった。

 

それに気付いているのか、人和はメガネのつるに手を当て、まるで現代ドラマに出てくる敏腕秘書のような仕草で返答した。

 

「なるほど。でしたらお任せ下さい。城で抱えきれない位の兵を集めてご覧に入れます」

 

それは一種、挑発とも取れる発言。

 

しかし、華琳はそれが気に入ったようであった。

 

「ふふ。ええ、期待しているわ。それから、彼女達と私達との橋渡し役を一人決めておきたいのだけど…」

 

この議題が出ると、一刀が徐ろに挙手をした。

 

「あら、一刀。何か案があるのかしら?」

 

「はい。その橋渡し役、沙和に一任してみては如何でしょうか?」

 

「ふぇっ?!」

 

突然に指名に思わず奇妙な声を上げてしまう沙和。

 

しかし、華琳と一刀の議論はそんな沙和を置いて進んでいく。

 

「その人選の理由を聞いても?」

 

「沙和は我らが軍、いえ、この街全体においても、最もお洒落に精通していると思われます。天和達のような職に置いてはそのような知識は必要不可欠。であれば、沙和を橋渡し役兼3姉妹の相談役として付けてやることで、先の策の成功率をより上げることが出来ると考えられます」

 

「ふむ、なるほど。確かに一理あるわね。沙和、出来そうかしら?」

 

未だ狼狽しながらも議論を聞いていた沙和は、再び振られた時にはなんとか返事をすることが出来ていた。

 

「は、はい!華琳様のご期待に応えられるように全力を尽くしますなの!」

 

「ありがとう、沙和。そういうことで、人和、これからは沙和を通じて興行に必要な資金の見積もりを提出なさい」

 

「はい、了解しました」

 

「それでは本日の軍議はこれで終了とする。皆、今回の遠征ご苦労だった。今日は体を休めなさい」

 

部下に疲れを癒させることを優先したのか、僅かに一つの議題のみで迅速に軍議は終了となる。

 

解散の号を受け、各々はバラバラに散って行くのであった。

 

 

 

 

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「あ、一刀はん、ちょっとええか?」

 

「ん?どうかしたか?」

 

軍議室を出て部屋へ戻ろうとする一刀を真桜が呼び止めた。

 

「例のあれ、もう仕上がっとるはずですわ。なんで、ウチの工房に来てもろてもええ?」

 

「さすがだな、真桜。わかった、行こう」

 

どうやら一刀が真桜に何らかの制作依頼をしていたようである。

 

その内容を知るためには、大梁における一戦、その直後にまで遡る必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

過日。

 

華琳から役職も定められ、真桜は意気揚々と廊下を歩いていた。

 

その真桜に声を掛ける者が一人。それは黒衣隊の衣装を身に纏った一刀であった。

 

「真桜。ちょっと話があるんだ。時間あるかな?」

 

「一刀はんか?どないしたん?そんなけったいな格好して」

 

「それはこれからする話に関係していてね。良ければ一緒にきて欲しい」

 

「あいよ。どこ行くん?」

 

「悪いけど説明は出来ないんだ。ごめん」

 

真桜は快諾するものの、歯切れの悪い一刀を少々不審に思う。

 

しかし、大梁で一刀の人柄を見て分かっているので、そこまでおかしなことでは無いだろう、と付いていった。

 

そのままいくつかの廊下を渡り、辿りついた場所。

 

そこは人通りも少なくあまり使われていない廊下、その一角に目立たぬように付けられた扉の前であった。

 

「こんなとこに部屋なんてあったんや。ウチ知らんかったわ」

 

まだ城勤めの浅い真桜が知らないのも無理はない。というより、城勤めの長い者であっても、この扉の存在を知っている者は数少ない。扉の内部を知っている者など、一部を除くと皆無なのであった。

 

一刀はその扉を開いて真桜を促す。

 

扉を閉めると、反対側にまたある扉を開いた。

 

真桜が2つ目の扉を潜ると、聞き覚えのある声に出迎えられた。

 

「いらっしゃい、真桜。本当に真桜が適格者なのね、一刀?」

 

「ああ、少なくとも今この街にいる誰よりも能力は高いだろう」

 

真桜に声を掛けてきた人物は桂花であった。

 

桂花は真桜に一言挨拶すると、すぐに一刀に確認を掛けている。

 

一体何の話をしているのか分からない真桜は、やがて焦れて問いかけた。

 

「ちょい待ってぇや!桂花はんが何でこんなとこにおるん?それにさっきから何の話してるんかサッパリやねんけど…」

 

真桜の言を受けて桂花は少しバツの悪そうな顔をすると説明を始めた。

 

「悪かったわね、真桜。ここに来てもらったのは今後担ってもらいたい役柄があるからなのよ。ただ、引き受けるかどうかは貴方次第よ」

 

これを聞いて真桜は頭上に疑問符を浮かべる。

 

「役柄って言っても、ウチもう大将から役職与えられたで?」

 

「ええ、それとは別件よ。詳しくは一刀が説明してくれるわ」

 

そう言って桂花は一刀に視線を向ける。

 

真桜もまずは内容を聞こうと思ったのか、黙って一刀に体ごと視線を向けた。

 

一刀は一つ頷いてから真桜に対して要件を切り出していった。

 

「真桜に求めている能力は一つ。その卓越した技術力だ。防柵建設時のその手際の良さ、正確性、細工の精巧さ。現在この街にいるどの職人よりも高いと言えるだろう。そこで、真桜には我が隊のお抱え職人になって貰いたい」

 

「え〜と…ウチの技術を買ってくれてるんは嬉しいんやけど、大将から与えられた役も発明系のモンやで?」

 

「ああ、華琳様からの命とは毛色が全く違うんだ。その前にここと我が隊について真桜には話しておこう。但し、今から聞くことは他言無用だ」

 

一刀の真剣な様子に真桜も思わず固唾を飲んだ。

 

そしてここからの話は相当重要な話だと理解した真桜は座り直して聞く態勢を整えた。

 

「まずこの部屋だが、名前は情報統括室、まあ名が表している通りの部屋だ。そしてここに所属するのは室長の桂花を除けば、黒衣隊と呼ばれる者達のみだ」

 

「黒衣隊?聞いたことないなぁ」

 

「それは華琳様にすら伏せられている極秘の部隊だからよ」

 

真桜の疑問に桂花が答える。

 

その内容に真桜は驚くも、一刀の説明が続いたので声を押し殺して再び聞き入る。

 

「黒衣隊は簡単に言うと諜報活動だ。但し、詳しくは省くが、任務の性質上、この隊は手練のみで構成されている」

 

「でもそれだけやったら別に極秘にする必要はないんちゃうん?」

 

「ああ、これだけなら確かにそうだ。だが、黒衣隊にはもう一つ重要な任務がある。それが、味方内に対する監視、だ」

 

これを聞いて、真桜はあまりの驚きに目を見開いた。

 

しかし、そんな真桜の様子も構わずに一刀は続ける。

 

「秘匿部隊である理由はそんなところだな。そして、真桜に頼みたい役柄なんだが、実は2つある。一つは隊の武器制作だ。黒衣隊では他に無い暗器を用いている」

 

そう言いつつ一刀は苦無を懐から取り出して真桜に渡す。

 

真桜は見たことの無いその形状に興味津々と言った様子で食い入るように見ている。

 

「その武器は苦無と呼ばれる物だ。しかし、現在街にいる職人では形は何とか仕上げられたとしても強度が出せない。主な原因は炉の温度を高く出来ないことにある。真桜ならば、現存のものよりも高い熱を発生させられる炉を制作出来るか?」

 

「ウチ特製の炉やったら確かにいけるで。って言うか、ウチが発明に使ってる炉が既にその条件満たしてるんやけどな」

 

真桜の発言に一刀は心底から驚いた。

 

実は一刀は炉の設計は出来なくとも現存のものよりも温度を高く出来る炉の構造案を出した上で真桜に設計を頼もうとしていた。

 

ところが、真桜は既に自力で高温炉の製作を行ってしまっていたと言うのだ。

 

それはまさに規格外の発明力と言える。

 

(まさかここまでとは…この分なら、予想以上の成果が出るかもしれない…!)

 

突然黙り込んでしまった一刀を不思議に思ったのか、真桜が首をかしげつつ尋ねてくる。

 

「あれ?一刀はん、どないかした?」

 

「ああ、いや、何でもない。真桜の技術力の高さに素直に驚いていただけだ。炉が既にあるのなら、この話は一旦ここまででいいだろう。残る一つに話を移そう。もう一つは新兵器の開発、運用実験だ。兵器の案等はあるんだが、今まではどう考えても技術的に無理だった。真桜ならば少しは実現可能になるかと思っていたんだが…」

 

そこで一刀は小さく一つ溜息を吐いて真桜を見つめた。そして言い放つ。

 

「先程の話からすれば当初の予想以上に実現が出来そうだ。正直、真桜の技術力を侮っていたところがあったよ」

 

一刀の純粋な賞賛に真桜も気分が良くなる。

 

「せやろせやろ〜。ウチの技術は大陸一やと言っても過言や無いしな〜」

 

「ああ、本当にそうかも知れないな。真桜に頼みたいのは以上の2つだ。開発費用に関しては桂花が引っ張ってきてくれるからそれほど問題無い。それから、この仕事を受けるとしたら、真桜には守秘義務を課させて貰う。特に新兵器に関しては他に情報が漏れては効果が極端に薄れかねないからな」

 

「ん〜、せやな〜…ええで、引き受けたる!要はウチは好きなだけ発明出来て、それを喋らんかったらええだけなんやろ?」

 

考える時間は僅か、ほとんど即答で真桜は返事をした。

 

真桜らしいといえる行動に苦笑いしつつも、一刀は礼を述べる。

 

「ありがとう、真桜。後で真桜の工房の方に苦無の設計手順と当面取り掛かって欲しい新兵器の案を持っていくよ」

 

「ほいほ〜い。話はこんだけなんか?そんじゃウチはこれで〜」

 

そう言って真桜は部屋から出ていった。

 

「守秘義務は厳守しなさいよ、真桜!」

 

その背中に桂花が最後の念押しを聞きながら。

 

真桜が出て行った後、少しして桂花が一刀に話しかけた。

 

「良かったわ。これで兵力を増やさずとも戦力を上げることが出来るわ」

 

「はい。開発出来る物にも寄りますが、合図と撹乱を同時に行い得る可能性も。政治に有効なものも完成するかも知れません」

 

「そうね。何にしても、真桜の存在はとても大きいものになるわね」

 

それぞれに思うところは違えども、真桜の存在は大きくなるという一点では2人の意見は一致していたのであった。

 

 

 

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時は戻り、ここは真桜の工房。

 

真桜は製作物の様子を確認していた。

 

「お、どうやら出来とるみたいやわ」

 

「他の付属品も全部出来てるのか?」

 

「はいな。筒の方もウチの炉で作ったさかい、強度は十分やで」

 

真桜は工房の隅に置いてある品々を指差し、胸を張って答える。

 

それらを見て一刀は真に感心していた。

 

実のところ、一刀はここまで早く完成に漕ぎ着ける事が出来るとは思っていなかった。

 

それどころか、”これ”に関しては完成しない可能性の方が高いのでは無いかとすら思っていたのである。

 

一体真桜の技術力はどれだけ高いのか、いや、そもそもからしてその技術力は本来のこの時代のものより相当に進んでいるのではないか。そのように純粋に真桜の技術力について考えることから、あまり未来の技術を教えすぎるとマズイのではないか、といったようなタイムパラドクスを心配するようなことまで、この一瞬で様々な考えが一刀の頭を巡っていた。

 

「早速試してみます?」

 

真桜の発言によって一刀は思考の渦から脱出し、それに答える。

 

「ん?ああ、そうだな。明るい内に試してしまおうか。運び出しを手伝おう」

 

「おお〜、あんがとさん」

 

次の行動が決まると、早速一刀と真桜は新発明一式を持って陳留の郊外へと出て行った。

 

門から出た2人は念のために街から距離を取る。

 

そして地面が平になっているところを選んで杭を打ち込み、運んできた筒を設置した。

 

その筒の中に真桜が何やら黒い塊を入れていく。

 

塊を入れ終わると、今度は一刀が長い尻尾の付いた丸い球を筒に入れた。

 

その後、真桜は筒から距離を取る。

 

真桜が十分に距離を取った事を確認した一刀は小さな筒状の物に火を点け、地面に固定した筒の中へと放り投げた。

 

一刀は放り投げると同時に退避し、真桜の横につく。

 

その直後、爆発音を轟かせて筒から球が飛び出す。

 

球は上昇を続け、かなりの高さまで昇ったところで再び爆発音を轟かせた。

 

「よしっ!完璧だ!よくやってくれた、真桜!」

 

「おおぅ、ホンマに打ち上がったで。作ったウチでも吃驚やわ」

 

そう、真桜が作っていたのは打ち上げ花火であった。但し、”星”は無いのであるが。

 

火薬の中でも比較的容易に作製できる黒色火薬。それはこの大陸でも製作が可能なのであった。

 

その使い道を考えてみたところ、真っ先に思いついたのがこの打ち上げ花火。

 

この大陸の者は見たことが無く、空高くから音が鳴り響くという事象はこの時代においては雷くらいしか存在しない。

 

まさに合図と同時に相手に混乱を招くことの出来る『新兵器』なのであった。

 

そして。

 

これが完成するのであれば、と以前から考えていたことを一刀は実行に移すことにしたのであった。

 

「真桜、この花火、いくつか作っておいてくれ。華琳様や兵達に見せる為の物も最低で2つは用意を頼む」

 

「はいよ〜」

 

「それから、新たに開発に取り掛かって貰いたい物がある。それに関しては後で図面を持っていく。ただ、正直なところ、それを実現出来る可能性はかなり低いと思っている。だから、まずは他の発明を優先してくれ。それとその発明、桂花にも秘密にしておいてくれ」

 

「一刀はんがそこまで言うんやったら、相当なもんなんやろな。ええで、ウチに出来る限りのことはやったるわ」

 

「ああ、ありがとう」

 

一刀は礼を言うと、切り替えて設置した筒の回収を始める。

 

あっという間に回収を終えると、2人はそのまま街へと戻っていった。

 

そして、工房に花火道具一式を片付けた後、一刀は真桜に渡す図面を持ち、再び工房を訪れるのであった。

 

 

 

 

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真桜と発明品の完成を見届けた翌日、一刀は気が向いたので街を散策していた。

 

現在は行商人の露店が立ち並ぶ地区を歩いている。

 

(やっぱり旅商人の集まりは悪いな。値段も高めで、庶民にはなかなか手が出しづらいのが現状か?この一帯をもっと活気づかせることが出来れば、様々な利があるんだけど…)

 

その為の案は一刀の中に確かに存在している。

 

しかし、こればかりはさすがに華琳の前で直に説明しなければ許可されないであろうことは明白であった。

 

それは桂花か秋蘭を通したとしても同じことである。

 

いくら一刀の裏を知っている2人といえども、この策ばかりは効果を信じることが出来ないだろう。

 

自分で効果を信じていない策でどうして相手を説得出来ようか。

 

(…申し訳ないけど、後回しにするしか無い、か)

 

結局いい方法が思いつかず、内心で溜息を吐く一刀。

 

その背中に突然声が掛かった。

 

「あ、一刀さん。一刀さんもお買い物ですか?」

 

「え?ああ、菖蒲さん。いや、俺は唯の散策だよ。菖蒲さんの方は…買い物してたんだね」

 

振り返った視線の先にいたのは菖蒲だった。その腕には袋が抱えられている。

 

「はい。店を見て回っていたら良い服を見つけたもので。その服に合う小物を探しに来たんです」

 

「なるほど。それならあっちの方に洒落た露店があったかな。案内しようか?」

 

「いいんですか?是非お願いします」

 

一刀は菖蒲を案内するために、2人で元来た道を戻っていった。

 

 

 

露店で気に入った小物を購入した菖蒲は、傍から見ても上機嫌と分かる様子で大通りを一刀と歩いていた。

 

2人の間の距離に不自然なところは無く、菖蒲が男性恐怖症を持つことなど想像も出来ない程にまでなっていた。

 

尤も、それはずっと共に克服を補佐してきた一刀に対してのみであって、他の一般兵などでは未だに3尺以下の距離でまともな会話が出来ないそうなのであったが。

 

城への道すがら、2人は世間話に花を咲かせていた。

 

その中でふと思い出したように菖蒲が口にする。

 

「そういえば、先日の黄巾本体との戦、あの作戦を立てたのは零さんらしいんです。軍師としての仕事をようやく失態無く成功させた、って喜んでました」

 

その話題は一刀の興味を強くひくものだった。

 

「そうだったの?あの作戦は桂花が立てたんだと思ってたよ」

 

「桂花さんは天和さん達を連れ出す策を練っていた為に手が離せなかったらしく、本隊に対する作戦は零さんに任されたそうなんです。ただ、軍師の代表とされていたのは桂花さんでしたので、説明は桂花さんだったのですが」

 

桂花が説明した、と言っても作戦自体は零の提案したもの。つまり、零の実績に繋がることであったはずだ。

 

ところが、以前に聞いたような法則が発動するようなこともなく、対本隊の戦は無事に終了している。

 

(今回も例の法則みたいなのが発動する条件は整っていたはずだ…なのに不発?偶然なのだろうか…)

 

そうは考えるものの、何故か偶然とは考えられない。

 

そこで一刀は以前聞いた話と今回の話、その違いを洗い出そうとした。

 

すると、一つ、どうにも気にかかることがあった。

 

「菖蒲さん、ちょっと聞きたいんだけど、今までの零さんの不運が起こった時は、策が零さんのものだと言うことは周知だった?」

 

考え込んだと思ったら突然問い掛けられ、菖蒲は少々驚きながらも記憶を掘り起こして答える。

 

「えっと、はい、そうですね。今までは全てそうでした」

 

「そして今回の策は皆桂花の策だと勘違いしていた。それは劉備軍の方も同じはず…」

 

その事実、更に以前に菖蒲から聞いた言葉、そして一刀だけしか知り得ない正史。

 

それらを考え合わせた時、一刀の中に一つの大胆な仮説が生まれた。

 

「これは…ちょっと零さんに色々と確認しておきたいことがあるな」

 

そして、その仮説は零の回答次第ではほぼ確定だろうと一刀は考えていた。

 

「菖蒲さん。少し零さんに聞きたいことがあるんだけど、場を設けてもらえるかな?」

 

「え?あ、はい、わかりました。零さんに掛け合っておきます」

 

「ありがとう、菖蒲さん」

 

その後は再び他愛ない世間話を交わしつつ、2人は城へと戻っていった。

 

 

 

 

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菖蒲の仕事はとても素早く、翌日の夕方には場が設けられた。

 

現在、一刀は指定された茶店で茶を飲んでいた。

 

注文した茶が半分ほど減ったところで待ち人が現れる。

 

「すいません、一刀さん。お待たせしましたか?」

 

「いえ、それほど待ってはいませんよ。今日は来ていただいて感謝します、零さん」

 

「あまり乗り気ではないけれどね。菖蒲の顔を立てただけよ。つまらない話だと感じたらすぐに帰るわ」

 

零が多少機嫌を損ねているのも仕方がない。

 

遠征中に溜まった仕事のおかげで、日中の仕事は普段よりも忙しいものになっている。

 

それをようやく終えたと思ったら、今度は予てより警戒している相手との話し合いに赴かねばならない。

 

いくら無二の親友の頼みとは言え、本心では行きたくないと思い続けていても誰にも責めることは出来ないだろう。

 

しかし、そんな零の心境などいざ知らず、一刀は早速本題を切り出した。

 

「話と言うのは他でもありません。貴方の性質のことです」

 

それまで気怠そうにしていた零は、この言葉を聞いた瞬間に驚いて目を見開いた。

 

乗り気でないとは言え、軍師の性として話の主導権は握ってやろうと考えていた。その為に考え得る話題に対する返答その他の流れも全て脳内で組み立てていたのである。

 

ところが、実際に一刀から切り出されたのは全く予想だにしない事柄。

 

しかも、長年自身が悩み続け、未だに解決の糸口すら見えていないものだったのだから、零の反応は当然のものと言える。

 

「貴方、それをどこで?」

 

「以前の大梁の時に気に掛かり、黄巾討伐戦の折に菖蒲さんから、ですね。誤解しないで貰いたいのは決して零さんに不利な話ではない、と言うことです」

 

まずは零の警戒を解いておこうとする一刀。

 

「それを信じろと?さすがに無理があると思わない?」

 

しかし、それは逆に零の警戒を上げてしまう結果となる。

 

一刀がどうしたものかと悩んでいると、横から思わぬ助け舟が出された。

 

「そう言わずに、零さん。一刀さんは零さんから聞ける話次第ではあの性質の謎が解けるかもしれない、と仰っていたんです。きっと零さんに損はないと思いますよ」

 

「…菖蒲がそこまで言うのなら…わかったわよ」

 

同郷なだけあって、零は菖蒲の事をよく知っている。

 

菖蒲の男性恐怖症はその下を辿れば、故郷の邑にて幼い頃の男の子達から受けたいじめにある。

 

今にして思えば、その男の子達はただ菖蒲の気を惹きたかっただけかも知れない。

 

しかし、それまで男と接したことの無い身でそのような仕打ちを突然受けてしまった菖蒲は、男という生き物に対し疑心暗鬼に陥り、やがてそれが男性恐怖症にまで発展してしまったのである。

 

その後、菖蒲は防衛本能からなのか、特に男性の心の機微をよく読み取れるようになっていた。

 

その菖蒲が零に対し、この場は一刀を信用して欲しいと言ってきたのである。

 

それほどに菖蒲が一刀の事を信用しているということである。

 

いつかの夜に見た光景のこともあって、それが菖蒲の本心から来た言葉であることは零にも分かった。

 

それ故に、零はあっさりとその言葉に同意を示したのだった。

 

一方で一刀はそこまで深い事情があるとは知らないまでも、零の態度が和らいだことに安堵していた。

 

これでようやく話を進めることが出来るようになったのである。

 

ひと呼吸置いて、一刀は続け様に零にいくつかの質問をしていく。

 

「零さんは子供の頃、私塾でも不幸が重なったそうですが、それについて詳しく聞かせて貰えませんか?」

 

「子供の頃、ね。元々は邑の識者に色々と教わっていたのよ。その時は特に不幸が起こる事もなく、良好な成績を残せていたわ。だけど、司馬家は代々文官の名家。その方針として私は有名と言われてる私塾に入れられたのよ。そこでの勉学も私にとってはそれほど難しいものではなかった。けれど、何故かその私塾における試験の時は決まって不幸が起こったのよ。おかげで私は大した成績も挙げられないまま邑に帰ることになったわ」

 

「では、華琳様に士官してから、文官としての仕事の際に、何かしらの不幸に見舞われたことは?」

 

「それは無いわね。普段行っている仕事は事務になるけれど、今まで大きな失敗をしたことは無いわ」

 

「街を大きく変えるような施策を行ったことは?」

 

「それも無いわ。私は政治的な策よりも軍事的な策を立てる方が得意だから」

 

「あともう一つ。零さんが主たる軍師となって立てた策が成功した戦はありますか?」

 

「うぅ…こ、黄巾の時の一つだけよ。ええ、そうよ!得意分野では全く活躍出来てないのよ!」

 

どうやら相当気にしていたようで、この質問に零は感情を爆発させてしまった。

 

一刀はどうにか零を宥めつつ補足質問をする。

 

「ま、まあまあ、落ち着いて。今まで出陣した中に桂花が主要軍師、零さんが補助軍師となっていて、しかも零さんが策を練ったことはありますか?」

 

「え?う〜ん…あ、そう言えば一度だけ、桂花が前線指揮を執って釣りだした賊を私の策で潰したことがあるわ。ちなみにちゃんと成功しているわよ」

 

「…そうですか」

 

大きく分けて3つの質問。これらへの回答は、一刀の推測の裏付けになり得るものであった。

 

しかし、ここで一刀は困ってしまう。

 

一刀が推測した原因、それは菖蒲にも当て嵌るようなものだったからである。

 

「で、どうなの?謎は解けたのかしら?」

 

零の声にはどこか期待した響きが含まれている。

 

それだけでも、この問題の解決を心の底から望んでいたことが伺えた。

 

そこで一刀はある質問を加えることにした。

 

「すいませんが、あと一つだけ。これはお2人に質問です。菖蒲さん、零さん、貴女方は曹軍の顔となるほどに名は売れていますか?」

 

「私は売れてないわよ。邑の皆でさえ、私が曹軍に所属していることを知らない者も多いかもしれないわね」

 

零は答えるまでも無いだろう、と言わんばかりの声音で答える。

 

一方で菖蒲の方は少し考えてから自身なさげに答え始めた。

 

「私は…恐らくそれほど売れてないかと。私はまだ単独部隊での討伐等に出たことはありません。常に春蘭様もしくは秋蘭様と共に出陣しています。特に目覚しい成果を上げている訳でもありませんので、直接触れ合った人達以外は私のことは知らないのでは無いでしょうか?」

 

「…なるほど」

 

一度口を噤み、考えを纏めてから一刀は話しだした。

 

「恐らく、原因はわかった気がします。ただ、口で説明出来るようなものではありません。しかし、どうにか対処法を考えてみます」

 

一刀の返答の前半で喜色を満面に浮かべた零だったが、続く言葉に少々落胆してしまう。そして、最後に添えられた言葉に望みを託すことにしたようであった。

 

「お願いするわ。このままでは私はずっと活躍出来ないまま。それは余りに遣る瀬無いことだわ」

 

「あの!私に出来ることがあれば何でも仰って下さい!私も零さんを助けてあげたいので」

 

「はい、わかりました。お二人共、頼みたいことが出来たら遠慮なく頼ませて貰います。零さん、今日はありがとうございました」

 

「いいえ、せめて原因がわかったらしい、というだけでも、私にとっては有意義だったから。それじゃ」

 

「あ、待ってください、零さん。あの、それでは失礼します、一刀さん」

 

そう言い残して2人は茶屋を出て行った。

 

残った一刀は一人心中にて呟く。

 

(言えるわけがないよなぁ。原因は恐らく”タイムパラドクス”と”世界の修正力”だろう、なんて)

 

一刀の考えた零の不幸の原因。それは”歴史の修正力”、あるいは”世界の修正力”。

 

この世界は三国志の主要人物が女の子になっているとは言え、起こる事件、関わる人物に変わりは無い。

 

ところが、零はまだこの時点では登場しないはずの人物。

 

それ故に名前が『大陸に知れ渡る』可能性を悉く潰されていたのだろう、とそう考えたのであった。

 

ただ、一刀自身も不可解に感じていることがあった。

 

それが、この法則が『魏』の面々にしか適用されていない感じがあること。

 

例えば、諸葛亮や?統、また間蝶より聞き知ったことであるが、陸遜。

 

彼女らもまた、正史よりも随分早い時期に参画しているにも関わらず、既に名を轟かせているのである。

 

しかし、こればかりは考えてもどうしようもないことである。

 

既にこの世界に来たこと自体が超常の現象に依るもの。

 

そこで起こる超常の現象に明確な理由を求めるのは全くもってナンセンスであろう。

 

一刀はこの予想が大きく外れていることが判明するまでは、当面この予想に対する対策を考えることにしたのであった。

 

説明
第十五話の投稿です。

黄巾の乱も終結し、再び拠点のような様相となっています。


そして、始めにも申しました通り、かなりな自己理論が展開されている場面がここで入ってきます。
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コメント
>>はこざき(仮)様 人にとって未知とはそれだけで恐怖ですからね。この後も色々利用していますよw(ムカミ)
打ち上げ花火ですか〜 役割的に脅威・合図・祝砲くらいでしょうかねぇ。未知の技術故に知らない所で真価を発揮しそうですね(はこざき(仮))
>>marumo様 なんなんでしょうね、この漢字……すみません、ご指摘ありがとうございます、修正いたしました。零の真名の件ですが、華琳の真名を許された際に、他の将とも正式に真名を交換した、との手筈にしたはずですが、もしかしてその旨を書いていませんでしたか?(ムカミ)
人和が直ぐ様疑問をぶつける。その内容は当たらずと「雖」も遠からずであった。の「」の中の文字要らなくないですか? 後一刀はイツから司馬懿の事真名で呼ぶような仲になったです?(marumo )
>>陸奥守様 自分はむしろ、一番歴史変えてるのは蜀ルートな気がしたんですがね…真桜は完全にオーバーテクノロジーですね〜w(ムカミ)
>>J様 蜀ルートだけが死人無しなんですよね。確かに優遇されている感はありましたw(ムカミ)
魏ルートは一刀が積極的に歴史を変えたから修正力が起こったとどっかで見た記憶が。二次の設定かもしれないけど。あと真桜の技術は世界一ィィ。(陸奥守)
原作の時も修正力って魏ルートにしかなくて理不尽に思いましたね。呉は孫策、周瑜が逝っちゃうし、蜀だけ優遇されてんなぁって、蜀が若干嫌いになったのは良い思い出w(J)
>>本郷 刃様 自分は、世界には何らかの修正力みたいなものがあるのでは、という考え方を気に入っています。ただ、これは一種の運命論的な考え方になるのでしょうかね?(ムカミ)
性質ではなく“世界の力”という点に着目しているのはいいですね・・・今後、活躍することも出来るという意味にも取れますし(本郷 刃)
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