とある 女子中学生水着コンテスト |
とある 女子中学生水着コンテスト
『あらあら〜♪ 当麻さん。こんにちは〜♪』
始まりは1本の電話だった。俺の人生の大きな転換点となる大イベントは母さんからの何でもない電話から始まった。
8月後半のある暑い日の午後1時頃のことだった。
「母さんから電話なんて珍しいな」
母さんから電話が掛かってきたのはこれが初めてのことかも知れない。
「何かあったのか?」
カレンダーを確かめる。特に予定は書き込まれていない。記憶を失ったから知らないだけで、家族関連の何か記念日だったりするのだろうか?
「実はねぇ……フフフ」
母さんの声はとても楽しそうだ。
「今日これからぁ〜美鈴さんと2人で当麻さんのお部屋にお邪魔しま〜す♪」
……永遠の17歳チックな明るい声を出しながら母さんは爆弾を放り投げてくれた。
「今日、母さんと美鈴さんが、この部屋に来る?」
投じられた爆弾を俺なりに分析してみる。他に解釈のしようがなかった。
「そうよぉ〜♪ 当麻さんの未来のお義母さんも一緒に来るのだから、お部屋のお片づけはきちんとしておいてね♪」
……更に続いて2発目の爆弾が投下された。
「何故美鈴さんが未来のお義母さんなんだ?」
「うふふふふ。もう分かってるくせにぃ」
楽しそうに笑う母さん。
落ち着け。落ち着くんだ、上条当麻。
これぐらいのピンチ、お前は過去に何度も潜り抜けてきたじゃないか。
今回だってこの死線を掻い潜ることはできるはずだ!
「できれば美琴さんと2人でお出迎えしてくれると嬉しいわぁ。それとも、もう既に当麻さんのお部屋にいるの? 昨日からお泊りしているとか?」
……3発目の爆弾。
ダメだ。相手は本場モノの天然だ。小賢しい策が通じる相手じゃない。俺は無力だっ!
「うう〜ん。とうまぁ? 誰から電話?」
我が家に棲みつく妖怪白い食っちゃ寝が昼寝から目覚めた。
「あらっ? 女の子の声がしたわねぇ。やっぱり美琴さんがそこにいるの?」
「テレビの声。この部屋には俺1人です。はいっ!」
大声で断言する。速やかに対応すべき問題が1つ発覚した。
「……えっと、何時に到着するんだ?」
こうなった以上できることは1つ。固く防備を固めて台風一過を待つだけだ。
「午後7時ぐらいかしら? 到着したらみんなでお食事に行きましょう♪」
「7時だな。よし、分かった。準備しておくぜ」
「それじゃあ今夜、美琴さんも交えて4人で今後についてお話しましょうねぇ♪ 夏休みに結婚式を挙げられたら楽しそうよねぇ♪」
「今夜は俺と母さん、美鈴さんの3人で会おうっ! じゃあな!」
受話器の赤いボタンを押して通話を切る。疲れが体の内部からものすごい湧き出た。
「とうま。随分慌てていたみたいだけど、誰からの電話だったの?」
妖怪白い食っちゃ寝がベッドの上に立ち上がる。
「…………母さん、だよ」
面倒ながらも答える。
「とうまのお母さん!?」
インデックスは目を丸くした。
「電話を代わってくれなくちゃダメなんだよ」
居候は怒った声を出した。
「どうして?」
「当麻がいつもわたしにお世話になっているからちゃんと挨拶しないといけないんだから」
「逆だろ、逆っ! ていうか、意味分かんないぞ!」
「そうでなくてもとうまのお母さんっていうことは、わたしにとってもお母……何でもないんだよ」
インデックスは照れ顔を見せると急に俯いてしまった。一体、どうしたのだろう?
いや、今はコイツの変化に構っている余裕はない。
「……インデックスに7時になる前にどこかに行ってもらわないと困ったことになる」
母さんたちにインデックスとの同居を知られるわけにはいかない。幾ら疚しい関係になくても、下手をすれば俺は学園都市から呼び戻されてしまうかもしれない。
「けど、小萌先生と姫神は2人して旅の最中なんだよなあ」
先生は姫神のパワーアップと吸血鬼狩りを兼ねた旅を敢行中。普段インデックスの預かり先となってくれる2人がいない。
「さて、どうしたものか……」
インデックスの素性をある程度知っており、なおかつ信頼を得ている。そして急場にも対処してくれる女性。そんなコンビニエンスな女性が果たしているのだろうか?
「お困りのようですね」
突然、目の前に五和が現れた。まるで忍者のように音もなく7階のこの部屋に。ちなみに玄関もベランダも閉じている。
「ああ、五和」
五和の登場は明らかにおかしい。けれど、今更そんなことに驚いてはいられない。俺の知り合いには人外と表現した方がピッタリな超常現象使いがわんさかいるのだから。
「インデックスさんでしたら、私の方でお預かりしましょうか?」
「えっ? マジっ?」
五和が何故事情を知っているのかとか細かいことは気にしない。今はインデックスとの同居を母さんたちに知られないことが最も重要だから。
「はい」
頷く五和。とてもありがたい申し出だった。でも、俺の脳は五和の申し出に対して警鐘を鳴らしている。その誘いに乗ったらインデックスが大変な目に遭うかもしれないと。
だけど俺には他に選択肢がなかった。だから俺は、俺は……。
「インデックスは五和と出かける気はあるか?」
決定権と責任をインデックス自身に丸投げすることにした。
「美味しいイタリアンのお店を知っているんです。ご一緒にいかがですか?」
五和が微笑みながら尋ねる。五和には笑顔がよく似合う。
「わたしは海原雄山も裸足で逃げ出す美食家なんだよ。本場のイタリアンじゃないとこの舌は決して満足できないんだよ」
「はい。本場ですのでご安心を♪」
本場という部分でドキッとした。
「なら、イタリアンを征服しに行くんだよ♪」
インデックスが鼻息荒く答えた瞬間だった。
「どうぞ♪」
五和の姿が俺の目の前から消えて次の瞬間インデックスの前に現れた。その右手にはおしぼりが握られており、その右手はインデックスの口と鼻を塞いでいた。
「あ……っ」
インデックスの意識が刈り取られるのは一瞬だった。
「…………本場って部分を強調した瞬間に何となく予想は付いたんだが……どこにインデックスを連れて行くんだ?」
「はい。本場イタリアのヴェネツィアまでエスコートさせていただきます」
五和はインデックスの小柄な身体を肩に担いだ。
「…………そうか」
俺は五和がベランダへと移動するのをただジッと目で追いかける。
「では、失礼いたします」
五和がベランダの手すりに足を乗せるとそのまま地面に飛び降りていった。
「……インデックスは天草式のみんなと違って超人的な修業は積んでないんだ。あんまり手荒な移動は勘弁してやって欲しい」
俺の呟きが地面を疾走する五和に届いているかは怪しかった。
「さて、母さんと美鈴さんを出迎えるために大掃除をしますか。インデックスの私物はちゃんと隠さないとな」
部屋の中を見渡す。俺の私物よりむしろ彼女のものの方が多い。
「これを1人で掃除するのは面倒だな。一緒に掃除してくれる子がいればなあ」
その時、俺の脳裏に一つのビジョンが映し出された。
『悪いな美琴。掃除するの手伝ってもらって』
『もぉ。私と当麻の2人の家なんだから一緒に掃除するのは当然のことでしょ♪』
「…………さっ。掃除するか」
俺は首を振って妄想を打ち消すと洗面台の下に入れてある掃除道具を取りに向かった。
「来週、友達みんなでプールに行って女子中学生水着コンテストを開催しようとなりました。御坂さんも一緒に参加しませんか?」
「佐天さん……それは私に対して喧嘩を売っていると理解していいのかしら?」
世の中には理不尽な暴力が充満している。精神的な暴力の蔓延こそ現代社会の深刻な歪。それを感じずにはいられない8月後半のある暑い日の午後2時。
やたら胸の盛り上がり曲線が強調される縦縞のタンクトップを着た年下の友人少女は私に向かって胸囲的、もとい驚異的な提案を行ってきた。
佐天さんは暑さで頭をやられてしまったのかも知れない。私に対して水着コンテストをしようだなんて。彼女には意外と自殺願望があるのかもしれない。
「やだなあ。私がレベル5の御坂さんに喧嘩を売るわけがないじゃないですか」
佐天さんは両手を挙げて首を横に振りながら敵意がないことを示そうとしている。けれど私はそう簡単には信じない。
何しろ水着コンテストを持ち掛けてきたのが他ならぬ佐天さんなのだから。道行く男子が一斉に振り返るような立派な双峰をお持ちの年下美少女は決して油断がならない。
ついでに言えば佐天さんが両手を挙げた反動でその立派なお胸さまが上下にたゆんたゆんっと揺れた。やっぱり夏のこの子は基本的に敵以外の何者でもない。私なんて全力疾走しても少しも揺れないってのに。
「その水着コンテストには一体誰々参加するのかしら?」
怒りを爆発させないように慎重に情報収集に努める。
「え〜と……それは……」
佐天さんの目が泳いだ。
「私の他には……婚后さん、泡浮さん、湾内さん。それから食蜂さんも出ますね」
私の脳裏に『連峰』という単語が即座に思い浮かんだ。どの子もこの子も中学生離れした立派なスタイルの持ち主だ。特に婚后さんとあのゲス女はヤバい。下手をすれば超高校級だ。何て恐ろしい面々の名を連ねてくるのよ。
「やっぱり私を……みんなで馬鹿にするつもりなのね。連峰の中にポツンと存在する大平原扱いするつもりなのね。胸囲の格差社会なのね。オチ担当なのね」
プールに勢ぞろいしたグラマーJCたちに混じってツルペタ枠を任される私。そんなの惨め過ぎるっ!
「そんなことありませんってば。初春も春上さんも枝先さんもインデックスさんも白井さんも参加しますから。御坂さんがオチ担当になるなんてありませんってば」
「初春さんと春上さんと枝先さんとシスターはロリっ子枠じゃないの。小さくて可愛いことが求められているからペッタンコでいいのよ」
私は騙されない。胸囲の格差社会がどれほど残酷かよく知ってしまっているから。
「御坂さんもかなり大胆なことを言いますよね……」
佐天さんが遠い瞳をしながら私を見ている。
「黒子の場合は変態汚れ芸人枠。似合いもしない黒のセクシー水着で周りをドン引きさせるのが仕事じゃないの。汚れ芸人ってそんな感じじゃない」
「私は御坂さんの方が白井さんや初春たちに喧嘩売っていると思うのですが……」
黒子や初春さんたちは私とは求められている役割が異なる。私は大人っぽいセクシー中学生枠にエントリーされるはず。でも、それに対して私は……私はっ!!
「でも、ほらっ、御坂さんの公式プロフィールに拠ればバストサイズは78じゃないですか。中2でこの数字って結構すごいと思うんですよ」
ヘラヘラ笑う佐天さん。でも彼女が述べたその一言は私の逆鱗に触れるものだった。
「佐天さん……貴方は触れてはいけないタブーに触れてしまったようね」
「へっ? 何故に怒って?」
彼女をゆっくりと視界の中央に見据える。その瞬間、佐天さんの身体が大きく痙攣した。
「公式プロフィールとは言うけれど、真実を書く必要はどこにもないのよね。スリーサイズの数値を見た人に夢と希望を与えてあげる方が営業的に大事なわけでしょ?」
ゆっくりと“真実”の一端を語る。
「ああ、それ、分かります。私の場合、胸にばっかり栄養が回っているお馬鹿な娘と思われるのが恥ずかしくて実際よりかなり小さく申告しました。具体的には6センチぐらい」
佐天さんは小さく舌を出した。
「へぇ〜」
私の周囲の気温が一気に下がっていく。体内の温度はもっと下がっていく。
「それで佐天さんって公式プロフィール上では私とバストサイズが1センチしか変わらないことになっているのねぇ。なるほどねぇ。勉強になったわ」
今なら私は氷使い能力者にジョブチェンジできるかもしれない。
「いっ、いや。あのですね。別に、御坂さんの数値を意識したとかそんなことではなくて!」
「……あのプロフィールのせいで私と佐天さんがどれだけ話題になってしまったことか」
佐天さんは実際よりも小さい数値を申告していたと。なるほど、ね。謎は解けた。
「ちなみに私は……夢分を追加して申告したわ」
「あっ、そう、なんですか」
佐天さんが私を見ながら顔を歪めてひっきりなしに冷や汗を流している。
「佐天さんは如月千早ってアイドル歌手を知ってるかしら?」
「ああ、765プロから売り出し中の本格派の歌姫さんですよね。バストサイズが72でペッタンコで有名な……ヒィイイイイイィッ!?」
佐天さんが私を見ながら恐怖に顔を歪めて悲鳴を上げた。
「別に如月千早は私とは何の関係もないアイドルだけど、とにかくそういうことだから。公式プロフィールの話題は二度としないように」
この憂き世を生き抜くためには夢という名の戯言が必要。でも、その夢の維持にはとても難しい問題が幾重にも絡まっている。大人の世界に土足で足を突っ込んではいけない。
それにしても私と佐天さんには実際には12センチも差があるのか。そっかぁ。
学園都市、滅ぼしちゃおうかな?
「それじゃあ、私は忙しいからもう行くわね。水着コンテストには参加しないってことで」
佐天さんに背を向けてゆっくりと歩み出す。JC水着コンテストは私の戦場じゃない。
「逃げるん……ですか?」
「えっ?」
佐天さんの鋭い声による一言に私は振り返らずにはいられなかった。
「私が、逃げる?」
鋭い視線を佐天さんに送る。けれど、今までとは違って彼女は少しも動じなかった。
「確かにこの水着コンテストはただの遊びじゃありません」
佐天さんは瞳をスッと細めた。
「審査員が……上条当麻さんなんですよ」
「なっ!?」
アイツの名前が出たことで動揺したのは私の方だった。
「食蜂さんやインデックスさんとそろそろ決着を付けようという話になりましてね。まあ、そういう意味合いを含んだコンテストでもあるんですよ」
佐天さんはニヤッと笑った。それは明るさが持ち味の彼女らしくない悪女な笑みだった。
「ふ〜ん」
偉ぶってみる。けれど先ほどまでのように余裕のある態度が取り切れない。マズい。
「御坂さんが不戦敗なさるというのなら止めはしません。けれど、その場合……上条さんは私のものです。その辺は理解しておいてください」
佐天さんが前髪を掻き揚げながら挑発的な視線を送ってきた。いや、勝利宣言というべきか。中学生離れしたスタイルを持つゲス女やロリ枠シスターを相手にすごい自信だ。
けれどその勝利宣言だけは絶対に受け入れることができない。
「去年までランドセルを背負っていた小娘の分際で……大きく出たわね」
佐天さんの視線を正面から受けて返す。私と彼女の間に激しく火花が飛び交う。
「私はほら。レベルに対するコンプレックスが強いんでどうしてもレベル5の方には負けたくないんですよねえ」
「奇遇ねえ。私もあの馬鹿と知り合ったからか、レベル0にだけはどうしても負けたくないのよ」
「知ってますか? レベル5がレベル0を敵視して追い落とそうとするのを世間一般ではイジメって言うんですよ?」
「佐天さんやアイツにいつもおちょくられているのは私の方なのに。世間さまっておかしな単語を使うのねえ」
佐天さんにだけは負けられない。何の苦労もなくアイツの横にごく自然に並び立てる生来の資質を持ったこの子にだけは。彼女への対抗心は私に一つの結論を下させた。
「いいわ。その水着コンテストに私も出場するわ。佐天さんの挑発に乗ってあげるわ」
彼女に向かって指を突きつけながら宣言する。
「いいんですか? 御坂さんの身長ではロリ枠扱いは狙いませんよ」
佐天さんは胸を強調するようにして腕を交差させてみせる。
「胸の大きさが戦力の決定的差になるとは思わないで頂戴」
タンクトップの膨らみを睨み付けながら持論を述べる。
「そうですか。では精々私や食蜂さんに負けないように最高の水着をコーディネートしてくださいね」
佐天さんは私に背を向けてゆっくりと歩き出す。
「アイツが……当麻が掛かっているんだから、絶対に負けないんだからっ!」
「その意気でお願いしますよ」
佐天さんの後姿は徐々に小さくなっていく。
「……プッ……レベル5って……単純……楽……成功……」
佐天さんの姿が見えなくなる直前に何か不穏当なことを呟いているようにも聞こえた。
けれど、それを検証する気にはならない。
「当麻が掛かったこの水着勝負…………絶対に勝者になってみせるっ!!」
私の人生を賭けた一大決戦はこうして始まりを告げたのだった。
「えっと……水着選びのポイントはっと」
佐天さんと別れた私はそのままデパートの水着コーナーへとやってきていた。とはいえ、水着コンテストを戦うにあたって具体的な戦略があるわけではない。
なので、他人様の知恵を借りることに決めた。冷風を間近で浴びながらミニコンを取り出してインターネットで検索してみる。
『水着選び』というワードで検索して一番上に出ていた『水着の選び方ナビ』というサイトをとりあえず覗いて参考にする。
こういうのは情報戦だ。以前湾内さんと泡浮さんから水着選びのポイントを教えてもらったことはある。でも、今回は彼女たちもライバルだからその言葉だけ受け入れても勝てない。独自の水着選び戦略が必要だった。
「なになに……自分の体型をしっかり掴んだ水着の選び方。まずは、鏡の前に立って、自分の悩む体型ポイントをしっかり把握しましょう。なるほど」
サイトに出ている通りに鏡の前に立ってみる。
「腰は太くないわよね。足も太すぎたりしないし短くもない。やっぱり……胸か」
最初から分かっていた答えを改めて出してみる。前屈みの姿勢になっているのに、佐天さんやあのゲス女には存在する胸の丘陵が私には存在しない。
これが最も大きな問題点であることは間違いない。少なくとも私にとっては。
「そして、洋服を選ぶときに、どんなファッションが自分にあっているかを思い出してください。すると必然的に自分が自分らしさをアピールしているスタイルから、体型に配慮している細かな点がみえてくるはずです。ふ〜ん」
自分の洋服選びのポイントを思い浮かべてみる。まず、今着ている服はどうやって選んだかを思い出してみることに……。
「って、外出するときはいつも制服じゃん! 中学に入ってからパジャマ以外に選んだ服なんかほとんどないっての!」
常盤台の校則が恨めしいという結果しか出てこない。
自分で買った外着と言えば変装用の中性チックな短パンとTシャツぐらい。
正体を隠すための服装なのだからこれが私のファッションセンスだと言えるはずもない。
「パジャマはゲコ太柄で黒子に馬鹿にされるし……全然参考にならないわよぉ」
大きなため息が口から漏れ出た。
「……まあ、私のファッションセンスが駄目だし受けるものなのはもう知ってるけどさ」
私のファッションセンスが黒子や佐天さんたちに子どもっぽいと思われているのは既に知っている。私は子どもっぽい服が好きなのだ。
「でも、仕方ないじゃない。私は子どもにも受け入れられる可愛いものが好きなんだから……う〜ん」
自分のセンスに葛藤を覚える。自分のセンスを追求すると黒子や佐天さんだけでなくアイツにも引かれてしまうに違いない。それは絶対に嫌。
でも、だからといって他人の目を気にして自分では気に入らない水着を選ぶのも嫌。
「私にとっては自分らしさなんて残酷な結末にしかならないわよぉ〜っ!」
人並みであることがとても羨ましい。心からそう感じる。
「って、今は泣き言を言っている場合じゃない。先を見ましょう先をっ!」
ポジティブシンキングを心で唱えながらスクロールバーを操作して先を読み進む。
「体型克服スタイルの基本は、コンプレックスのある部位をバランス良く綺麗に見せることです。そのためには、気になる部位を強調させないことが原則になります。つまり……胸を強調させないように注意しろってことね」
言っていて自分がちょっと寂しくなる。でもここはグッと我慢する。
「水着で気になる部位から視線をそらす5大原則。あっ、これいいかも」
期待を込めて先を読んでいく。
「ええと……1、トップスとボトムスで変化をつける。要するに私の場合には、上下お揃いのビキニは止めておけってことになるのかしら?」
上下お揃いの虎柄のビキニをまとってアイツの前に立っている自分を想像してみる。
『当麻……ウチ、じゃなくて私の水着姿はどうだっちゃ?』
首の後ろに手を当ててセクシーポーズを取りながら当麻を悩殺しに掛かる。
『みんな大好きアクティブ系電撃娘なのに……御坂はラムちゃんとは正反対なんだな。スゲェガッカリだぜ。こんなにもガッカリしたのは記憶失って以降初めてだ。ハァ〜』
当麻は私の控えめな胸の部分に注目しながら白い目で見ている。
『うるさいだっちゃ〜〜ッ!!』
『ぎぃやぁああああああああああぁっ!!』
当麻は黒焦げになった。私の初恋が潰えた瞬間だった。
「不利な土俵で勝負しないといけない理由なんてどこにもないわよね」
自分の妄想の悲惨な末路を念頭に置きながらアドバイスを受け入れることにする。
「えっと次は……2、ヘアスタイル、履物も含めて全体のバランスを考える、ね」
再び鏡をジッと見る。
「ママ譲りのこの茶色掛かった髪も戦略に組み込めってわけね。茶髪のショートカットに似合う水着、か。どんなんだろう?」
漫画を元にシミュレートしてみる。短い髪の元気印の少女は大概活動的、もしくは黒や紺のワンピースを着て登場する場合が多い。そんな感じの方がいいのだろうか?
「おっと、履物も考慮に入れないといけないんだったわね」
プールサイドや砂浜での自分の履物を連想してみる。
「真っ先に思い浮かぶのは……web通販限定ゲコ太ビーチサンダルよね」
ゲコ太が幾つもあしらわれた女性ゲコラーご用達のアイテム。ネット通販でのみ買えるちょっと贅沢な1品。
「でも、あのサンダルを着用するということは……水着もまたそれに合ったものもしないと駄目ってことよね」
ゲコ太サンダルが似合う、愛らしさ全開の水玉フリル付き水着でアイツの前に立つ自分を想像してみる。
『どう? 可愛い水着でしょう。うふふふ。うふふふふふ〜』
フリルをヒラヒラさせながら当麻の前で回転してみせる。今日の私は上から下まで最高に愛らしい自信がある。さあ、私の魅力にひれ伏すがいいわ!
『…………お子ちゃま用のプールならあっちだぞ。ゲコ太大好きっ子ちゃん』
ヒラヒラフリフリで足元ゲコ太な私を見ながら当麻は白い目で私を見ている。
『上条さぁ〜ん♪ そんなお子ちゃまは放っておいてぇ〜大人の魅力満載の私とぉ遊びましょう〜♪』
『うっひょぉ〜〜っ! 金髪美少女の操祈ちゃんが大胆白ビキニだなんて……お兄さん大興奮しちゃいますよぉ〜っ!!』
当麻は目をハートマークにしながらゲス女を見て興奮している。今にも飛び掛らんばかりの勢いだ。
『いやぁ〜ん♪ 上条さんのエッチぃ〜♪』
……あっ、抱きついた。
『アンタたち2人ともぉ……死になさいってのぉっ!!』
『『ぎゃぁあああああああああぁっ!?』』
当麻と操祈は黒焦げになった。私の初恋が潰えた瞬間だった。
「今回の水着選びの目的を考えると……ゲコ太サンダルは調和を崩す、か」
幾ら私が大好きな1品でも当麻にそっぽ向かれると分かっているコーディネートをするわけにはいかない。残念だけど、他の履物を選択肢に入れたいと思う。
「じゃあ、3番目は……」
気を取り直して3番目の原則を見てみる。
「気になる部位にボリュームやアクセントをつけない……要は盛るなってことね」
ドラゴンボールには界王拳という技が存在する。一時的に自分の戦闘力を何倍にも上げられるチートっぽいワザだ。
女性にはパットという武器が存在する。一時的に胸のサイズを1ランク、2ランク、或いはそれ以上に大きく見せることができる素敵アイテムだ。
けれどその素敵アイテムは同時に諸刃の剣であることは言うまでもない。
「私がAカップの控え目大和撫子であることは既によく知られてしまっている。今更脱いだらスゴイんですキャラを気取るのは無理があるわよね」
限界を越えた界王拳4倍モードを駆使した自分を想像してみる。
『今まで散々お子ちゃま扱いしてくれたけど……本当は脱ぐとスゴイんだからね!』
Eカップのダイナマイトボディーを見せ付けるように前屈みの姿勢で当麻の前に立つ。硬派を気取っていても当麻の視線は私に釘付けに違いない。私は勝利を確信する。
『お前……パットがポロポロ零れ落ちんぞ』
『えっ?』
慌てて自分の胸元を確認する。すると、当麻の指摘通りに胸に詰めていたパットが外れて地面に転がっていた。スカスカになった私の胸。当麻の位置からだと先端まで丸見えになってしまっているに違いなかった。
『あっ』
一瞬にして全身真っ赤になる私。
『AAAカップのお子ちゃまが……無理すんな』
対して当麻は少しも動揺せず冷め切った瞳で私を見ている。
『いやぁ〜ん。上条さ〜ん♪ ブラが流されちゃったんで、壁になってもらえますか?』
佐天さんが両手で胸を押さえながら私たちの元へとやってきた。胸が大きくて今にも毀れてしまいそう。あれが……天然モノの輝きなの!?
『うぉおおおおおおぉっ! 女子中学生最高っ! 佐天さん、今すぐ俺と結婚してくれ!』
『急にプロポーズだなんて困った人ですね♪ まあ、お受けしますけど♪』
瞳を爛々と輝かせ節操なくプロポーズする当麻。まだ中学生にも関わらずあっさりと結婚を了承する佐天さん。
『アンタたち2人ともぉ……死になさいってのぉっ!!』
『『ぎゃぁあああああああああぁっ!?』』
当麻と佐天さんは黒焦げになった。私の初恋が潰えた瞬間だった。
「分かってるわよ。見得張ってもいいことがないことぐらいもう十分に理解してるっての」
みんなが黒子や初春のような中学生の“標準”体型なら問題はない。でも、佐天さんやあのゲス女のような“異常”体型がいる現状において増量は無様でしかない。
「胸の大きさ以外で勝負する。それはもう佐天さんに宣戦布告した時に決めたこと」
誓いを思い出して詰め物作戦の放棄を決定する。前だけを向きながら次の原則を探る。
「じゃあ、4番目はと……なになに、視覚効果を利用して、色目や柄の目立つものを気にならない部位で使う。つまり陽動作戦ってわけね」
改めて自分の体を鏡に映す。
「腰……食事には十分に気を使っていたから問題なし。足もバッチリ細い細い。これは結構いけるんじゃない?」
先ほど打ちのめされた自信が少し取り戻される感じがしている。この作戦は自信を持って使えそう。
「ママから可愛い顔って言われているし……顔の方に注目を集めるのがいいかもしれないわね」
段々調子出てきた。
「そうよ。当麻に私がどれだけ可愛いのかこれを機によく教育してあげないと!」
顔にみんなの意識が集中するような細工を施した私を想像してみる。
『なあ……何で御坂は初春みたいに頭に花を生やしてるんだ?』
当麻が冷め切った瞳で私を見ている。より正確には私の頭に植えられた花の数々を。
『あっ! あの2人組、男同士でプールに来ています。これは100%カップルです。男同士のカップルで決まりですね。まったく、ホモは最高ですっ!』
元祖頭にお花の初春さんは男同士で遊びに来ている大学生らしき2人組を見て瞳を輝かせている。
『御坂も……ホモは最高だぜに帰依したのか?』
当麻が更に冷たいブリザードな視線が私へと降り注がれる。
『そんなわけがないでしょっ! 私はノーマルだってぇのっ!』
『あっ。姿形から判断して完璧にホモに帰依した御坂さ〜ん。こっちに男同士のカップルがたくさんいますよ〜。一緒にホモ観察しましょうよぉ〜♪ 楽しいですよぉ♪』
初春さんは楽しそうに手を振っている。
『ほら、やっぱり。リアル男子にまで触手を伸ばす女とは一緒にいられないぜ』
『誤解だって言ってるでしょうがぁああああああぁっ!!』
『ぎゃぁあああああああああぁっ!?』
当麻は黒焦げになった。私の初恋が潰えた瞬間だった。
「幾ら自信があっても、水着になるんだから頭に注目集めても無意味だわね」
アクセントは腰か足に付けて視線を誘導しようと心に決める。
「じゃあ、5つの原則の最後は……センスを磨いて、自信をもって着こなす、か。最後は突き放しに掛かったわね」
頭を軽く掻きながら眉間に皺を寄せる。
「大体、水着なんて年に何回も着るもんじゃでしょうが。それとも普段から水着に備えて1人ファッションショーでも開催してろっていうわけ?」
疑問を抱きながらもきっとそういうことを言っているんだろうなあと思い直す。
日々の鍛錬あっての実戦。海やプールに行く前に何度も事前にチェックして着こなし方を予習しておく。そういう努力を怠らずにしろと言っているのだろう。
「けど、黒子のいるあの部屋で水着ファッションショーなんてできるかっての」
私は飢えた野獣の前に餌をぶら下げて過ごす趣味を持っていない。
「それに自分1人じゃ上手く着こなせているか分からないじゃない。誰かチェックしてくれる人がいないと。そう、誰かが……」
その瞬間、アイツの顔が脳裏に浮かび上がった。
「むっ、無理だからっ! アイツの部屋に押しかけて水着ファッション・ショー開催とかなったら、私、恥ずかしくて死んじゃうからッ!!(伏線)」
我ながらとてつもないことを想像してしまった。
アイツの部屋で水着に着替えるとか。もしそんな展開になったら私はアイツの所にお嫁行きする未来しか残されていない気がする(伏線)。
「とにかく、アホなことを考えないで水着をちゃんと選ばなくちゃ!」
頭を左右に振って気持ちを切り替える。そして私は更にサイトを読み進めて恐ろしい文章をみつけてしまった。
「部位別水着選びのポイント……『胸が小さい方はコチラ』『胸が大きい方はコチラ』ですってぇっ!? これを私にワザワザクリックせよと!?」
世界はとても残酷だ。
インターネットサイトを見ながら私はそれを実感せずにいられなかった。
「よぉ、御坂。両手いっぱいに袋を抱え込んで随分たくさん買ったんだな」
「…………ああ。アンタか」
午後6時。水着選びに精も根も尽き果てて公園のベンチで座っていると当麻に声を掛けられた。
『胸が小さい方向けおすすめ水着紹介』には色々なアドバイスが載っていた。それに同意したり納得できなかったりで色々悩んだ結果、気が付くとすごい数の水着とアクセサリーを買ってしまっていた。
それから店を出て1週間後のプール以外に水着を着る予定がないことに気が付いて脱力していたという場面だった。
一方で当麻はやたら元気そうに見えた。この暑い最中に走り回っていたらしい。額からひっきりなしに汗が吹き出て息が荒い。
「…………水着、買ってたのよ。あっ」
余計なことを口走ったと気が付いたのはもう喋り終えた後のことだった。
「そう言えば来週に佐天さんたちと一緒にプール行くんだってな」
「アンタ、もう知ってんの?」
「ついさっき、佐天さんから一緒に遊びに行こうって連絡があってな。水着コンテストもやるから審査員をやって欲しいってついでに頼まれた」
「佐天さんは本当にこういうことには抜け目がないわね」
彼女の遊びに対する本気度は素直に感心させられてしまう。
「うん? ついさっき?」
当麻の言葉に何か違和感を覚える。けれどその正体が分からない。まあ、大したことではないのだと思うので流すことにする。
「……で、アンタは女子中学生の水着姿が見られるってことで街中を駆け回るほどに大興奮していたってわけね」
苛立ちを感じながら探りを入れてみる。こんな聞き方しかできない自分がちょっと嫌になるけれど。
「中学生のお子ちゃまには分からないでしょうが、上条さんは大人同士のお付き合いで色々と忙しいのですよ」
「何よその言い方? まるでアンタは大人の女のために駆け回っているみたいじゃない」
当麻は微かに空を見上げた。
「それは間違ってない指摘だな。俺にも色々と準備があるんだよ」
私が子ども扱いされているその態度がとてもムカつく。
「アンタみたいな駄目男に構ってくれる大人の女なんていたのね。知らなかったわ」
そしてムカつきながら焦る。ハーレム王の異名を持つコイツなら本物の大人の女性のハートも掴んでしまうかもしれない。
そして大人の女の魅力にどっぷりと嵌ってしまったら……中学生の私なんか見向きもしなくなるかもしれない。
『まったく、大人の女は最高だぜっ! 美鈴さん、最高〜♪』
『若い男の子っていいわよねぇ〜♪』
当麻はママに抱きつかれてデレデレしている。
『ちょっとアンタっ! 私の親と往来の真ん中で何を破廉恥なことをしているのよ』
私は慌てて2人の元へと駆け寄り引き剥がしに掛かる。しかし──
『ちょっと美琴ちゃん。新しいパパに失礼なことをしちゃダメよ』
『中学生といえばまだ子どもだからな。甘えたい年頃なんだろ。はっはっは』
2人は一向に離れてくれない。
『さあ、当麻くん。部屋に戻って大人同士の愛を深めましょう』
『ああ。分かったぜ』
当麻はママと腕を組んだ状態で歩き始める。当麻が私の元から去ってしまう。
『そんなの絶対……認められないんだからぁッ!!』
気が付くと私は砂鉄剣を精製して当麻の背中に突き立てていた。右手を封じられていたアイツを斃すのは呆気ないほどに簡単だった。
『これで当麻は……誰の手にも渡らない。永遠に私だけのものなんだから。あっはっは』
当麻の背中から噴き出す血を浴びながら私は歓喜に打ち震えていた。
「アンタに死にたい願望があるなんて知らなかったわ」
「どうしたらそういう極端な結論になるんだよ!?」
当麻が私を疑いの眼差しで見ている。自分の未来に起こるかもしれない不幸を認識していない。でも、それよりもだ。
「……コイツには高校生の男子らしく、同年代の女の子の魅力にメロメロになってもらわないと困るわよね」
年増のBBAどもに当麻は渡せない。でも、一体どうしたらいいのやら?
と、その時だった。顔に1滴の滴が掛かったのは。
「うん? 雨か?」
当麻の顔にも水滴が掛かったらしい。
「通り雨かしら?」
けれど、のん気なことをすぐに言ってられなくなった。
雨は30秒もしない内に激しくなっていき、昨今何かと話題の集中豪雨と化した。傘を持っていない私たちはあっという間に濡れネズミとなってしまった。
「あーもーっ! 最悪っ!」
自分の体を傘代わりにして今日買ったものを雨から防ぐ。水着とはいえ、雨で濡らしてしまうのは嫌だった。
「御坂……とりあえず俺の家に来い。服乾かしていけ」
当麻が私に向かって手を伸ばしてきた。
「当麻の……部屋へ?」
雨の音が聞こえなくなるぐらいに心臓が高鳴った。
「そうだ。早く移動するぞ」
当麻が私の右手を掴んできた。その行為は私の思考を停止させた。
「わ、分かったわよ」
彼に手を引かれるまま大人しく従って走り出す。もう何が何だかよく分からなくなっていた。
ただ、私の1歩前を走っていく当麻の背中だけを見て安心感を覚えながらも熱に浮かされていた。
「何で私は……当麻の部屋でシャワーを浴びているのかしら?」
頭から熱いお湯をかぶった所でようやく頭がスッキリとしてきた。思考がクリアになっていく。
けれど状況が分析できるようになると今度は恥ずかしさで心がおかしくなりそうだった。
何しろここは当麻の家のお風呂場。私は裸になってシャワーを浴びているのだから。
「おっ、落ち着くのよ。御坂美琴。私はびしょ濡れになってしまった。だから当麻は親切でシャワーを貸してくれた。この流れに疚しいことなんて何もないわ」
心を落ち着けるべく現状の正当化を図る。
問題を整理するために10分ほど前のことを思い出す。
『御坂。シャワー浴びてこいよ』
当麻は私を部屋に通すなり手ぬぐいを見せながら言った。
『えっ? しゃ、シャワーって……』
2人きりの状況で男の子の部屋に上がった私はそれだけでとても緊張していた。そんな状況でシャワーを勧められて頭がおかしくなってしまいそうだった。
『身体濡れてるだろ。御坂に風邪を引かれると俺も困る』
当麻の言い方はちょっとずるかった。そんな風に言われると断れない。
『……覗いたら、許さないからね』
私にできた抵抗は軽口を叩くことだけだった。
「当麻が本当に覗きにきたら……どうしよう?」
もし軽口の通りに当麻が私に良からぬことを企んでいるとしたら。混乱する頭は漫画チックな方向へと思考を傾けていく。
「逃げる場所なんてないし、アイツには私の電撃が通じないし……」
もし本当にアイツが覗きにきたら。ううん、覗きだけで満足できなくてこの浴室へと足を踏み入れてきたら……。
『美琴……俺の女になれ』
当麻はガラス戸を堂々と開けて浴室内へと入り込んできた。
『こっ、この痴漢っ! 変態っ! 早く出ていきなさいよっ!』
シャワーの湯量を最大にして当麻の顔に浴びせかける。でも当麻の歩みは止まらない。
『きゃっ!』
私はあっという間に当麻に背中を壁に押し付けられて腕を取り押さえられてしまった。
『へぇ。幼児体型かと思っていたが、ちゃんと女の身体をしてるじゃねえか』
当麻のギラギラした視線が一糸まとわぬ私の全身を無遠慮に眺め回す。
『い、嫌……っ』
怖くなった私は震えるしかない。当麻が男であることをこんな形で確認しなければならなかったのはショックだった。
『これならタップリ楽しめそうだな』
『あっ、ああ……』
震えるばかりの体は全く言うことを聞いてくれない。そして当麻は、当麻は──
『美琴。今夜一晩タップリ可愛がってやるぜ……』
『嫌ぁあああああああああぁっ!!』
私の悲鳴が誰かに届くことはなかった。
「って、そんなことあるわけないしっ! 変な漫画を読みすぎでしょ、私ってば!」
ちょっと過激な漫画でたまにあるシチュエーションの妄想を強引に打ち切る。
「あっ、あの臆病者に私を覗いたり襲う勇気なんてあるわけないじゃないの!」
心臓をバクバク言わせながら自分の妄想が如何に荒唐無稽なものか糾弾する。
「なあ、御坂」
「ひぃいいいいいぃっ!?」
ガラス戸の向こうから当麻の声が聞こえて飛び上がって驚いてしまった。
まさか、本当に覗きに来た?
心拍数が普段の3倍に高まりながらゆっくりと首をガラス戸へと向ける。
「着替え、ここへ置いておくからな」
「えっ? 着替え?」
当麻が何かを床に置く音が聞こえた。
「じゃあ、俺は部屋に戻ってるからな。ゆっくり浴びとけよ」
「う、うん」
当麻の影は遠ざかっていった。
「…………何よ。私の裸には全く興味ないっての?」
乙女心は複雑だった。
当麻にエッチな欲望を全開にされるのは絶対に嫌。
でも、まるで眼中にないのも癪だった。
真剣に水着選びまでしてアイツの気を惹こうとしているのに完全スルーは腹立たしい。
「うん? 水着?」
ガラス戸を開けて当麻が置いていったものを確かめる。
「ワイシャツ、か。またベタなものを置いていってくれたわね」
当麻は私に裸ワイシャツでも求めているのだろうか?
いや、そんなはずはない。
私が着られそうなものが他になかったから。だからワイシャツを置いていったに過ぎないのだろう。要は何も考えていないのだ。
「アンタが私を全く女として意識していないことはよく分かったわ。なら、私が意識させてあげるわよ」
私の中で激しい炎が燃え上がった。
女のプライドを賭けた戦いの始まりだった。
「この状況は……もしかしなくてもとてもマズいんじゃないでしょうか?」
御坂が俺の家でシャワーを浴びている。その事実は俺を激しく動揺させていた。
最初は俺も別に焦っていなかった。インデックスがシャワーしている時と同じような感覚でいた。
でも、御坂の着替えのシャツを持って行った時。ガラス戸の向こうに見えた御坂のシルエットは子ども体型のインデックスのものとは明らかに違っていて。
「御坂は女の子、なんだよな……」
こういう言い方はしたくないが、御坂に……性的なものをすごく感じてしまった。艶やかな女の子として強く意識してしまった。
「硬派で好みの女性のタイプは年上のお姉さんであるはずのこの俺が……情けねえ」
拳を強く握り締めながら自分に沸き起こってしまった気持ちを嘆く。けれど嘆いても心に生じたこの疚しい気持ちは消えてくれなくて。
「相手はまだ中学生。14歳。義務教育中の子ですよぉ」
自分に強く言い聞かせるもまるで効果なし。考えれば考えるほど御坂のことを強く1人の年頃の少女として意識してしまう。
「そう言えば着替えに何気なく俺のワイシャツを準備してしまったが……あれじゃあ裸ワイシャツを要求しているようなもんじゃないか!?」
そして自分の行為の危険性を認識して余計ドギマギしてしまう。
「って、発想が幾らなんでも馬鹿すぎだろ、それはっ!?」
御坂の裸ワイシャツ姿が一瞬脳裏に浮かんだ所で激しく首を振って妄想を打ち消す。
「何だってこのタイミングでこんなに御坂にドキドキしなきゃいけないんだ。うん? このタイミング?」
時計を見れば午後6時50分。
何かとても大事なことを忘れている気がする。
けれど、御坂のことが気になってしまっている俺にはその何かが思い出せない。
「いや、今はとにかく御坂の件だろ」
目の前の問題に集中することにする。
「御坂がシャワーから上がってから平常心でいつも通りに接する。それが俺に課せられたミッションだ」
上条さんは普段通りの硬派な高校生を貫き通す。間違ってもまだ中学生である御坂にドキドキしているなどと悟られてはいけない。
「御坂に渡したのはワイシャツ1枚のみ。だが、御坂の性格上、裸ワイシャツという選択肢はないはずだ」
御坂は潔癖症で恥ずかしがり屋だ。
裸ワイシャツなどでは現れない。きっと、ワイシャツの下に短パンを穿くなどして男の子をガッカリさせる仕様を忘れないはず。
「勝ったな……この勝負。御坂の魅力でこの上条さんをメロメロにして結婚を申し込ませるなどできはしないのだ。カッカッカッカ」
笑い声を上げたその時だった。
カチッと音がして扉がわずかに開いたのは。
「シャワー貸してくれてありがとうね」
廊下側から御坂の小さな声がした。
「いや、困った時はお互い様だろ」
落ち着きを取り戻し、余裕の声を御坂に入る。
「その…………入っていい?」
控えめな声。
「ああ、もちろんだ」
御坂のワイシャツ姿に取り乱さない自信を持った俺は力強く頷いた。
「じゃあ……入るね」
扉が開く。そしてゆっくりと御坂がこの室内へと入ってきた。
「…………あっ」
入ってきた御坂を見て俺は言葉を失っていた。
彼女の格好が俺の予想とは大きく異なるものだったから。
御坂は水着姿だった。
「せっ、せっかく、水着姿を披露してあげたんだから、何か言うのがマナーでしょっ!」
御坂は顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
「ああ。そうだな」
改めて彼女の全身を見る。
御坂の趣味であるフリルがたくさんあしらわれたピンク色のビキニブラ。
頭にはハイビスカスを形どった大きな髪飾り。右手と左脚には観葉植物柄の緑のミサンガが巻かれている。
ボトムの方は白いパレオが巻かれていてよく分からないが、その白いパレオというのが俺のワイシャツだった。
御坂らしくあり、常夏のイメージを想起させ、なおかつ扇情的な姿。それが今の彼女だった。
「…………スゲェ綺麗、だぞ…………似合ってる」
上手く言葉で表現できなかった。御坂に動じないと心に誓ったばかりなのに、俺は酷く緊張してしまっていた。
「あっ、ありがとう。…………その、まさか、素直に褒めてくれるなんて……」
御坂は俺が素直に褒めるとは思っていなかったようだ。すごく毒気が抜かれた表情をしている。
でも俺にしてみればあんな言葉じゃ俺の感動を何も伝えられていない。そして俺に沸き起こってしまった感情は……感動だけではなかった。もっと、どす黒い衝動も湧き上がってしまっていた。
「そんな入口にいないでこっちにきたらどうだ?」
「う、うん」
御坂が慎重に1歩前へ進んでくる。そして2歩目を歩もうとした所で動きを止めた。
「あ、あの……」
「何だ?」
「その、当麻の顔が……ちょっと怖いんだけど」
御坂は言いにくそうな表情を見せながら小声で言った。
「顔が怖い?」
手で自分の顔を触ってみる。もちろんそんなことをしても自分の表情は分からない。
「何かを我慢しているっていうか、無理に抑え込んでいるからその反動が顔に出ちゃってるっていうか」
「抑え込んでいるってことなら心当たりあるな」
俺は今、水着姿の御坂への疚しい気持ちを全力で抑え込んでいる。つまり、それが表情に出てしまっているということだ。
「やっぱりそれって私の水着姿が似合ってないから苛立っているってことなんじゃ?」
御坂は急に落ち込んでしまった。御坂は自分の水着選択に自信が持てないでいるらしい。でも、俺に言わせればそれはとんでもない誤解だった。
「その逆だよっ! 俺はお前の水着姿に心を奪われちまって、自分を保つのが大変なんだよっ!」
大声で叫ぶ。これ以上御坂を不安にさせるのは俺が自分を許せない。
「えっ? 嘘……」
「本当だよっ! 俺は今すぐ御坂にハグしたくなるぐらいに疚しい気持ちを抱いちまってんだよっ!」
御坂の心を守るために自分の正直な気持ち、というか衝動を告白する。
でも、2人きりの部屋の中で衝動を打ち明けるという行為は彼女に別の心配を催させてしまう結果になった。
「は、ハグしたくなるって……あ、アンタ一体何を口走ってんのよ……?」
御坂の顔は真っ赤に染まっている。でもその全身は小刻みに揺れている。
「わ、私とアンタは恋人同士でも何でもないんだから抱きついたりしたらダメなんだからねっ! そういうのは好きな人とじゃなきゃダメなんだから!」
御坂の全身が赤く染まり上がった。
「好きって言ってくれない人に抱きしめられるなんて……私は絶対に嫌」
御坂のその言葉を俺は誘導尋問として聞いていた。俺がそう聞きたかった。
だから俺はその誘導に喜び勇んで乗ることにした。
「このタイミングでこんなことを言うのはズルいって自分でも思う。不誠実なんだとも思う。だけど、それでも言いたい」
「えっ?」
何かを察したらしい御坂がハッとした表情で俺を見上げる。
「ちょっと待ってよ。こんなタイミングじゃなくて、もっと、その、ロマンチックな雰囲……」
俺は彼女に最後まで喋らせなかった。代わりに自分の言葉で彼女の言葉をかき消した。
「俺は御坂のことが好きだっ! 大好きなんだよ!」
大声で御坂への想いを叫んでいた。ほとんど衝動の赴くままに。
「…………何で、このタイミングで告白するのよ? どうして他の時に言ってくれないのよ?」
御坂は戸惑った表情を浮かべている。声は今にも泣き出してしまいそう。
「今日気づいたから。俺が御坂のことを好きだってハッキリ気付いたのは今さっきだから」
「何で私が貴方の部屋で水着姿で……当麻は私をハグしたいって言っているタイミングで告白するのよ。これじゃあ当麻は私じゃなくて、私の……」
口を噤んで落ち込んでしまう御坂。
確かに俺の告白は最低なタイミングだったと思う。これじゃあ御坂の体が目当てだと思われても仕方ない。実際、そういう欲望に火が点いてしまったことが告白の動機付けとなっている。
でも、そんな疚しい気持ちばかりじゃないのもまた事実だ。このごちゃごちゃした想いを御坂にも理解してもらいたい。そして何より俺は御坂の嫌がるようなことはするつもりがない。それだけは分かって欲しい。
「……………御坂は俺のことが嫌いか?」
目を固く瞑り色々なものを抑え付けながら尋ねる。
「嫌いなんだったら……その…さっき言ったことは忘れて欲しい」
そのまま口を閉じて審判の時を待つ。そして──
「勝手なことばかり言うなぁあああああああああぁっ!!」
雷鳴に似た怒声が俺の耳を貫通した。
「御坂?」
目を開く。怒りに満ち満ちた御坂の表情があった。
「嫌いだったら忘れて欲しい? フザケンナッ! 私がアンタからの愛の告白を忘れるなんて一生あるわけがないでしょうがっ!」
「えっ? あの……御坂さんは今どういう方向で怒っておいでで?」
御坂が結局俺の告白をどう思っているのかちっとも分からない。
「ラッキースケベは何を勘違いしているのか知らないけれど、幾ら雨に濡れたって嫌いな男の部屋に上がり込む女はいないっての! ましてやシャワーを素直に浴びるわけがないでしょうが!」
「はっ、はあ」
御坂の言葉の迫力に圧倒される。
「誰のために一生懸命水着を選んだと思ってんのよ? 全部アンタのためでしょうが!」
「えっ、えっと……その、ありがとうございます」
「それなのにアンタはいつだって鈍感で、しかも今度はエッチな欲がミエミエのタイミングで告白してくるなんて……アンタにずっと一途に恋をしてきた私の気持ちにもなってみなさいってのよっ!」
「すっ、すみませんっ! …………って、えっ?」
今御坂は『アンタにずっと一途に恋をしてきた私の気持ち』と言ったような?
「えっ? それじゃあ、御坂は俺のことを好き、なの?」
「アンタが私のことを好きだって自覚する何百日も前からずっとアンタのことを好きだったわよっ! 何か文句ある?」
御坂はガンを飛ばしてきた。どんな告白だよ、それ?
「私は、アンタのことが、当麻のことがずっとずっと好きだった。なのに当麻は私の気持ちに全然気付いてくれなくて……いっつも他の女の子と仲良くして……私の想いは届かなくて……」
今度は急速に消沈してまぶたに大粒の涙を溜め始める。
「御坂……」
そのジェットコースター並の急展開に俺は戸惑うしかできない。
「私の気持ちが当麻に届くことは永遠にないんだって何度も諦めかけて……でも、好きな人を諦めるなんてできなくて……だから水着で気を惹こうと思って……そうしたら当麻はエッチな方に目覚めちゃって……でも、告白してもらえて嬉しくて……だけどその告白を素直に受け取れなくて……私の想いもやっぱり届いてなかったのが分かって……」
御坂の双眸から大粒の涙が溢れ出す。
「やっぱり当麻が何を考えているのかよく分からなくて……だから、だからぁ……」
御坂は本格的に泣き出してしまった。
「ごめん。俺がずっとお前を不安にさせていたんだな。本当にごめん」
俺は泣き続ける御坂を正面から抱き締めた。そうすることでしか俺は彼女に対する謝罪を表現することができなかった。
何分ぐらい抱き合っていただろう?
5分か10分か。
水着越しに聞こえる御坂の心音がようやく穏やかになった。
泣くのを止めた彼女は代わりに口を開いた。
「当麻は…………私のこと、好き?」
甘えるような拗ねるような声だった。
「ああ。好きさ」
安心させるように優しく答える。
「どれぐらい好き?」
何とも抽象的な問いが飛んできた。女って難しい。でも、真面目に答えなくちゃいけない。
「…………御坂にお嫁さんになってもらって一生ずっと一緒にいて欲しいほどの好きだ」
昼間、母さんとの電話の後に浮かんだ妄想を形にして伝える。
「へぇ〜。当麻って私のことをお嫁さんにしたいんだぁ」
悪戯っぽい響きを含んだ言い方が返ってくる。
「そっかそっかぁ〜」
言い方が何か美鈴さんっぽい。
「そういう御坂こそ、俺のことをどれぐらい好きなんだよ?」
ちょっと意地悪に聞き返す。
対して御坂はニヤッと余裕の笑みを返してみせた。
「私にとって当麻は世界でただ1人の男性だもん。お嫁さんになりたい好きに決まってるじゃない」
「そっ、そうか」
「私たち、同じぐらい好き合ってるんだね♪」
楽しげに微笑んでいる御坂。ほんのついさっきまで大泣きしていた少女と同一人物とは思えない。何なの、この変わり身は?
「当麻はさ……私のこと、本当にお嫁にもらってくれるつもりなの?」
「御坂?」
御坂はプクッと頬を膨らませた。
「美琴」
「へっ?」
「私たち……好き合っていることが分かったんだし……名前で呼んで欲しい。美琴って名前で呼んで」
訴えるような瞳。コロコロと表情を変える彼女は俺が知っている御坂美琴とはちょっと違う感じで。でも、すごく愛らしくて。
「その…………美琴」
「うん♪」
御坂…美琴は満面の笑みを浮かべてくれた。
「それで当麻は私をお嫁にもらってくれるの?」
「然るべき時がきたら……美琴と結婚したい」
然るべき時というのが何なのか俺にも分からない。けれどとにかく未来において俺は美琴と結婚するつもりになっている。この可愛らしい生物を見せられるとそうならざるを得ない。
「当麻ってば、中学生に対してプロポーズしちゃうんだぁ♪」
美琴はまたニヤニヤ顔を俺に向ける。
「悪いかよ。俺はいつでも全力投球なんだよ、美琴への愛だって曲げねえよ」
「ううん。全然悪くないよ」
美琴は首を横に振る。
「当麻に結婚したいって言ってもらえて……私は最高に幸せだよ」
そして御坂は──つま先立ちになって俺の右頬にキスをした。
「えっ? えっ? 美琴?」
「唇へのキスは……当麻からしてね」
クスッと悪戯に笑ってみせる美琴。彼女はこの部屋にやって来た当初と比べて信じられないぐらいに大胆になっている。
そして俺はと言えば……大胆になっている中学生彼女に当惑しっ放しになっている。
そんな俺が生来の不幸に見舞われるのはまた宿命というべき現象だった。
「あっ!?」
俺は足元にあった柔らかい何かを踏んづけて足を滑らせた。五和がインデックスに用いてそのまま置いていったおしぼりだった。
体勢を崩した俺は前のめりに倒れていく。
「「あっ」」
それは即ち、俺が正面から抱きしめている美琴を巻き込んで倒れることを意味していた。
バンっとベッドのマットが大きな音を奏でる。
俺たち2人はベッドに倒れ込んでいた。
「当麻って……結構大胆なんだね」
照れ顔を浮かべ俺からわずかに目線を逸らす美琴。
俺は御坂を組み敷いていた。
そして俺の右手は……美琴の左胸を鷲掴んでいた。
水着という半裸姿の美琴の上にのし掛かり、その上胸まで揉んでしまっているこの現状。
美琴の怒りが爆発することを俺は予期した。普通に考えてそれ以外にあり得ない。けれど──
「当麻が私のことを本気で欲しいのなら…………いいよ」
美琴は俺の理性をおかしくするとんでもない一言を放ってくれた。
「へっ? 今、なんて?」
聞き間違いであって欲しかった。でないと、俺は本当に暴挙に出てしまいそうだった。
「当麻は私のことをお嫁にもらってくれるんだよね。だったら……私の全部、当麻にあげてもいいよ」
全身真っ赤にしながらはにかんで見せる美琴。その笑顔は反則過ぎた。
「……俺は硬派な男子高校生」
必死に最後のプライドを働かせて誘惑を払いさろうと頑張る。
「……でもその前に、当麻は世界で一番素敵な私の恋人、だもんね」
美琴の一言は俺が絶対堅固に築き上げてきた理性という名の要塞をいとも簡単にそげぶしてくれた。
「後で2人で母さんと美鈴さんの所にご挨拶に行こう」
「うん。私たちの仲を認めて欲しいもんね」
美琴は頷きながら目を閉じる。
その行動を合図に俺の残っていたわずかな理性までもが溶解していく。
「美琴……一生お前のことを大事にするからっ!」
俺は水着の上から掴んでいる右手をブラの中へと──
「あらあら〜♪ 雨のせいで到着が遅くなってしまったわぁ〜」
「上条くん。美琴ちゃん。おっ待たせぇ〜〜♪」
入れる直前に引っ込めた。
「「「「あっ」」」」
突然の状況に固まるしかない俺と美琴、母さんと美鈴さん。
何しろ俺は半裸状態の美琴をベッドに押し倒している。その様を俺と美琴の両方の母親にバッチリ目撃されてしまっている。
母さんと美鈴さんがこの部屋を訪れることをすっかり忘れていました。はい。
そんな中、いち早く硬直状態を抜け出したのは母さんだった。
「当麻さ〜ん」
「はっ、はい。何でしょうか?」
母さんに声を掛けられて俺も意識だけ石化が解ける。
「美鈴さんに〜何か言うことがあるんじゃないかしらぁ〜?」
体が思うように動かないので首だけ何とか動かして美鈴さんを見る。
美鈴さんも石化が解けたみたいでやたらニヤニヤしている。その表情は先ほどの悪戯っぽい顔をした美琴にそっくりだった。
「あの……美鈴さん」
「うんうん」
コクコクと頷いてみせる美鈴さん。とても楽しそう。
娘を押し倒している状況で俺が言えることといえばただ1つだけだった。
「娘さんを…………俺にください」
即ち結婚の許可をもらうことだけだった。
「喜べ美琴ちゃん♪ 今日は2人の結納記念パーティー開催よ♪」
美鈴さんは大はしゃぎ。
それにしても中学生の娘の結婚を認めるってどれだけ前衛的なんだ?
「美琴さん」
一方で母さんは美琴の顔をジッと見ている。
「はっ、はい」
俺に押し倒された体勢のまま、美琴は顔だけを母さんに向ける。
「当麻さんのことをよろしくお願いしますね」
母さんは今まで見たことがないほどのシリアスな表情で美琴に向かって頭を下げた。
「………………は、はい。お任せください」
緊張しながら返事してみせる美琴。
こうして俺たちの結婚は両家の母親によって認められたのだった。
「というわけで、第1回女子中学生水着コンテストは場外勝負で審査委員長を予め攻略してしまった御坂美琴さんの不戦勝優勝となりました〜〜っ!」
ヤケになった大声でコンテストの結果を伝える佐天さん。そのアナウンスに対して婚后さんと湾内さん泡浮さんからは盛大な拍手が送られ、他の参加者たちからは白い目と怒りの瞳が向けられた。
夏休みも残り少なくなってきた日曜日の柵川中学校のプール。佐天さんが何らかのツテを使って貸切にしたというプールには多くの煌びやかな水着姿の女子中学生たち。そして私の隣に立つ白い海水パンツ姿の当麻。
「それでは優勝者の御坂さんから一言お願いします……」
佐天さんは声を震わしながら私にマイクを渡してきた。
何を喋っても怒られそうだけど、何も喋らなくても怒られそう。そんな雰囲気がプールサイドに蔓延している。
「えっと……先週、私が当麻と婚約したそのせいで……その、コンテストを無茶苦茶にしてしまってごめんなさい」
頭を軽く下げる。
「それで、その……当麻との婚約のことをみんなに祝ってもらえたらとても嬉しいんだけど……」
言葉を切って当麻と腕を組んでみせる。
ちなみに今日の私の水着は、上下白でフリルがたくさんついたビキニタイプ。ウェディングドレスをイメージしている。当麻のパンツと合わせて結婚式イメージ。
どうせなら、ここにいるみんなに祝ってもらいたい。
「う〜ん。正々堂々決着をつける場を準備したのに、上条さんの部屋に上がり込んで婚約を取り付けるっていう反則行為がみんなに支持されるのは難しいですよねぇ」
佐天さんは苦笑してみせながらバットを構えてみせた。黒子も串を構え、食蜂は婚后さんたちを操って私に対する攻撃手段に組み込んだ。
柵川中学トリオは当麻以外の男子がいないからか、やる気なさそうに水遊びを始めている。その中で枝先さんだけは非難の視線で私をジッと見ている。
「おっ、おい。何か雰囲気がおかしいぞ? 少しもお祝いムードじゃないぞ」
無自覚ハーレム王は何故佐天さんたちが怒っているのかあまり分かっていない。
「まっ、簡単に認めてもらえるなんて私も思ってなかったけどね」
私も戦闘準備に入る。私たちは恋する乙女という不器用な存在なので、拳を通じてしか分かり合えない。
「その勝負……わたしも混ぜて欲しいんだよ」
プールの水面が突如膨れ上がる。そして水中から大型の木造帆船が浮かび上がってきた。
「って、あれはアドリア海の女王じゃねえかっ!? 何でこんな所に……」
当麻が船を見上げながら叫ぶ。
「とうま、短髪。わたしが本場イタリアンを堪能している間に婚約するなんてぇ……許せないんだよっ! 中学生との婚約なんて概念そのものをこの船で壊してやるんだよ!」
艦橋にいるシスターが怒りを顕にする。あの船が何なのかよく分からないけれど、あの船を操るインデックスが敵なのは確かだった。
「美琴……どうやらここは戦って切り抜けるしかないみたいだぞ」
「私は最初からそのつもりだっていうの」
コインを握り締める。
当麻と2人なら、この絶望的な戦力差の戦いもきっとどうにかできる。
そんな気がする。
「ねえ、当麻」
「何だ?」
「キス、してくれない?」
自分の唇をペタペタと指で押さえる。
「ここでかよ?」
「当麻がキスしてくれたらいつもの10倍の力が出せるから」
「…………仕方ねえなあ」
当麻はそっと私の唇にキスをしてくれた。通算15度目のキス♪
「「「殺すっ!」」」
インデックスたちの瞳から一斉に殺意の炎が吹き出していく。キスしてみせたぐらいじゃ引いてくれるような可愛い性格はしていない。
「何かみんな……すげぇやる気になっちゃったみたいだけど……」
冷や汗をダラダラと流す当麻。
「さあ、私たちの仲を認めてもらうための戦いのはじまりよっ!」
「って、この火に油を注いだ状態でかよっ!?」
「当然っ! だって私たちの本当の戦いは……これからなんだからっ!」
私と当麻の幸せを掴むための戦いは今始まりを告げたばかりだった。
了
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