とある 夏休み最後の奇跡
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とある 夏休み最後の奇跡

 

「夏休みも今日までなのに……今年もまた宿題が全然できていない。どうしたらいいんだぁ〜〜っ!?」

 8月31日午後9時。俺はダメな学生の大半が経験する夏休み最終日の宿題手付かず状態に陥って苦悩していた。夏休みの宿題はまだ3分の2以上残っている。

「何故俺は去年の過ちを繰り返してしまったんだ……」

 上条さんも1年生の時のダメさ加減を反省した。すごく反省した。だから2年生になった今年こそは早めに宿題を終わらせようと頑張った。特に夏休みが始まって最初の3日は一生懸命頑張った。

 でも、その後が続かなかった。

 とある事件に介入した。その結果怪我をして入院した。それから宿題をした記憶がない。

「何故俺はあの病院で入院中に勉強しなかったんだ……」

 後悔だけが募っていく。

 病院のベッドの上で暇を持て余していた時に宿題をすれば良かった。でも、上条さんはしなかった。佐天さんの紹介してくれた都市伝説サイトに嵌ってしまったから。

 都市伝説と夏の風物詩である怪談は一脈通じるものがある。で、結果だけ言えば……思い切り時間を浪費しました。浪費でしかない時間でした。何一つ役立つ情報は得ていません。高校生になって妖怪博士の称号を得ても進学にも就職にも使えません。

 そして決定的な瞬間に勉強しなかったことは、その後の脱勉強の流れを作ってしまった。

「宿題はまだ3分の1も終わっていない。1人で明日の朝までに終わらせるのには絶望的な状況っ! なのに助けてくれる人は誰もいないっ!」

 自分の置かれた状況を分析すると去年よりも悪い。

 何しろ去年は勉強を見てくれた御坂がいない。学会の発表とかでロシアだかどっかに海外出張中。エリートさまは格が違う。

 インデックスもいない。五和がホッキョクグマを見ようと連れ出してここ2、3日帰ってこない。きっとロシアかグリーンランド辺りに連れて行かれたに違いない。

 土御門や青髪や姫神には連絡が繋がらない。吹寄に電話したら宿題ぐらい自分で何とかしろと怒られた。

 そんなこんなで、もう、どうしようもないほどの大ピンチだった。

「このまま宿題が終わらないと小萌先生に怒られて……俺の2学期は先生への奉仕で終わってしまうぅ〜〜っ!」

 奉仕などと大層な言葉を使っているが、分かり易く言えば奴隷に等しい地位に落ちる。

『いいですか、みなさん。人権とは宿題をちゃんとやってきた生徒にのみ与えられるのです。宿題を忘れる悪い子ちゃんたちにはそれ相応の報いが待っているのです♪』

 最近先生が悪い生徒ちゃんたちに造らせている巨大ピラミッドの建設に俺も投入されるに違いない。聖帝小萌陵の礎にされる運命が待っている。

 それが嫌で俺は夏休みの宿題を今年こそは早めに済ませてしまおうと思ったのに。去年の二の舞になるなんて……俺は馬鹿だ。

「奇跡でも起きない限り……俺は明日の朝までに宿題を終わらせるなんてできねえよぉ〜〜〜〜っ!」

 俺は奇跡の到来を強く願った。俺が人としての尊厳を守って生きていけるように。

 

「なら、あたしの出番だね♪」

 玄関の扉が開き、白いベレー帽子を目深にかぶった少女が俯きながら部屋の手前まで歩いてきた。

 少女の顔は見えない。でも、声と雰囲気だけでその正体が誰なのか当てるのは俺にとっては造作もないことだった。

「アリサ……来てくれたのかっ!」

 だって相手は鳴護アリサなのだから。大切な仲間を俺が間違えるはずがなかった。

「うん。当麻くん。こんばんは♪」

 少女が帽子を取りながら顔を上げる。そこには俺が思い描いた通りの綺麗な顔があった。

 奇跡の歌姫。テレビで毎日引っ張りだこの超人気アイドル鳴護アリサが俺の部屋に来ている。考えてみるとドラマみたいな光景。

「当麻くんのことだから、今頃夏休みの宿題が終わらなくて困っているんじゃないかと思って助っ人に来たんだ♪」

 アリサは俺の隣に座りながら小さく笑ってみせた。

「おお。そうかぁ」

 女神の慈悲。俺はアリサの言葉をそう捉えた。

「ありがた過ぎて涙で視界が滲むよ」

 両手を合わせて拝む。俺の周りの女はインデックスといい御坂といい吹寄といいとかく暴力に訴えてくる奴ばかりで困る。

 そんな修羅の国の最中にあって暴力を振るわないアリサは俺にとって眩しすぎる存在だった。そして彼女は人をおちょくって楽しむこともない。優しくて気配り上手で健気な女の子だった。まるでアニメ映画に登場するゲストヒロインのような完璧超人ぶり。

「俺、将来結婚するならアリサがいいっ!」

 涙で視界を滲ませながら自分の素直な気持ちを口に出す。

「…………もぉ。そんなことを言われると、本気にしちゃうんだからね」

 アリサの頬が赤く染まる。少なくとも拒絶ではないこの態度。

「是非、俺の嫁になってくれ」

 ノリに乗じてアリサの手を握る。

 齧られたり電撃されたり斬られたりする日々とおさらばして癒されたい。そんな人間としての欲求がアリサを見ているとムクムクと湧き上がってくる。

「当麻くんは…………あたしのこと、好き?」

 俯きながら照れ臭そうに尋ねる超国民的アイドル。青春ドラマの1ページみたいだ。

「もちろん大好きだ」

 俺もドラマの主人公になった気分でキッパリと答える。

「…………愛してるって意味で?」

 上目遣いに俺をチラチラ見る。

 ちょっと難しい質問だった。

 上条さんは色恋沙汰と全く縁のない人生を送ってきた。

 おかげで愛とはどんなものぞや未だよく知りませぬ。でも……。

「アリサと2人でこうして一緒にいられたら。俺はずっと幸せでいられると確信できる」

 去年の夏の短い間だったけど一緒に暮らしてみて分かった。俺はアリサと共に過ごす時を望んでいるのだと。あの時間をもう1度作り出したい。

 まあ、世界的な有名人になってしまったアリサと暮らすなんて現実的でないのは分かっているのだけど。

「………………本気?」

「上条さんはいつだって本気ですよ」

「……………………そう」

 アリサは俯いた。

「……あたしが芸能界を辞めることになった時に、当麻くんがまだあたしを好きでいてくれたら……当麻くんの所にお嫁に行っていい? お嫁にもらってくれる?」

 ボソボソとした呟きが聞こえてきた。その声は戸惑いに満ちていて。逆に何かを期待しているようにも聞こえて。

「ああ。万一アリサが芸能活動を辞めるようなことになった場合には、俺と結婚して上条アリサになってもらうからな。覚悟しておけよ」

 冗談めかしてちょっと強気に言ってみる。

 歌うことが大好きで毎日テレビに出演している大人気のアリサが芸能活動を辞めるなんてあり得ない。

 つまり、今のやり取りは遠回しにアリサが俺の所にお嫁に来ることはないことを確認したものとなったわけだ。

「……うん。覚悟しておくね」

 アリサは小さく頷いた。

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 静まり返って室内に微妙な雰囲気が流れる。

 アリサが嫁になってくれると応えてくれたのに、それが叶わないものだと同時に分かってしまった。

 上条さんの心にもちょっとした空白が生じて寒風が吹きすさぶ。

 この何とも言えない状態に俺はこれ以上何を喋れば良いのか分からない。そんな俺の雰囲気を察してくれたのか先に動いたのはアリサの方だった。

「じゃあ、宿題お手伝いするね」

 アリサは手を叩きながら殊更明るく言った。

「そうだな。お願いするぜ」

 俺も大きな声を出しながら呼応する。先程までの微妙な雰囲気を残しちゃいけない。それは2人の共通認識だった。

「それじゃあ、この数学の課題なんだけど……」

 問題集をアリサへと手渡す。

「どれどれ」

 アリサは真剣な表情で数学の問題と対峙する。

 そして──

「ごめん。全然わからない」

 真剣な面持ちのまま首を横に振った。

「って、おいっ!」

 コントのような展開に思わずツッコミの声が出る。

「考えてみたらあたし……高校行ってない。高校生の問題なんて解けるわけないよ」

 アリサの戸惑った表情が俺へと向けられる。

「御坂は中学生だけど解けた、けどな」

「天才エリート中学生と一緒にしちゃダメだよ。あたしは当麻くんと同じでレベル0の普通の頭脳しか持ってないんだから」

「まっ。そうだよな」

 納得したようなできないような。ていうか、それだとアリサは何をしに来たのだろう?

 

「お勉強はお手伝いできないけど……代わりにお夜食作るね」

 アリサは大きく頷きながら笑みを浮かべてみせた。

「おおっ。それはありがたい」

 何かが違うような気がしないでもない。けれど、今日は課題に取り掛かりっ放しでご飯をろくに食べていないのでありがたい申し出には違いなかった。

「冷蔵庫の中のものは好きに使っていいから。まあ……ほとんど何も入ってないけど」

 アリサは台所へと出て行って冷蔵庫の中を覗く。

「…………チャーハン、でいいかな? というか、この材料だとあたしにはそれしか無理」

 冷蔵庫に顔を突っ込んだアリサの自信のない声が聞こえる。

「野菜の欠片と小さなハムと卵が1、2個ぐらいしかありませんからね。上条さんがメニューを考案してもチャーハンしかできません」

 内容物を思い出しながら告げる。

「つまり当麻くんは敢えてシンプルな料理を作らせてあたしの嫁としての技量を試そうってことね。嫁試験なんだね」

「いや、そんなことは微塵も考えていませんが」

 単に上条さんが貧乏で食材を買えないだけです。

「当麻くんの挑戦、受けて立つから」

「いや、だからな…………え〜と。頑張ってください」

「うん。頑張るね」

 無駄に説明を入れてアリサのやる気を削いでも意味がない。

 料理はアリサに任せて俺は宿題と向き合うことにする。

 

「ふ〜ふふふ〜ん♪」

 女の子が、しかもとびきりの美少女が俺の家の台所に立って料理を作ってくれている。

 料理を全くしないインデックスでは決してあり得ないその光景。俺はアリサの後ろ姿に胸が熱くなるほどの高揚感を覚えていた。

「これが幸せか……」

 自分でもよく分からない言葉が口から出る。

「って、イカンイカン。せっかくアリサが俺のために頑張ってくれているのに、俺が宿題をやらんでどうする」

 雑念を振り払いながら問題集とにらめっこする。

 でも、俺の目線はすぐにアリサのいる方へと向けられてしまう。

「ああっ! これじゃあ勉強に手が付かねえっ」

 集中力が完全に途切れてしまっている。

「…………まあこれじゃあ、問題集を見ていてもいなくても同じ結果だよな」

 自分に言い訳する。そして俺は宿題との格闘を諦めて料理をするアリサの後ろ姿を眺めることにした。

 

 しばらくして──

「料理できたよぉ」

 アリサが室内へと戻ってくる。

 俺は部屋を覗きにきた母親への対応よろしく瞬間的に顔を問題集へと戻してシャーペンを動かす。

「あっ、ちゃんと勉強していたんだね」

「とっ、当然のことにございますよ。上条さんは明日の朝までに宿題を終えないといけない宿命を背負った学生戦士なのですから」

「あたしのお料理している姿に見惚れてくれると思ったのに……ちょっと残念かな」

 アリサから小さなため息が聞こえた。

「上条さんは勤勉なのですよ。あっはっはっは」

 引き攣った笑いを浮かべる。

 まさにその通りの行動を取ってましたとは言えない俺。

 だから代わりにアリサの手料理をさっさとご馳走になることにした。

 

「そのチャーハン早速食べてみていいか?」

「うん。もちろんだよ。当麻くんのために作ったんだから」

 ノートを片してチャーハンが盛られた皿を正面に置く。まずは鼻で風味を楽しむ。

「化学調味料なしで勝負するとはいい心構えだ」

 チャーハンは俺的分類法に拠れば2つに分けられる。

 即ち、味の素やその他の化学調味料が入っているかいないか。

化学調味料が入っていれば誰だって一定水準の味は出せる。だが、味が均一化してしまいそれ以上のものもまた引き出せなくなる。

 俺も料理道を追求したい時は味の素には手を出さず、インデックスが空腹であることを連呼してやかましい時には化学調味料に頼っている。

 そんなこんなでチャーハンから漂う風味は俺にとっての2分法の根拠となる。

「ふっふっふ。あたしの女子力を舐めてもらっちゃダメだよ」

 アリサは大胆不敵に笑ってみせる。

「ほほぉ。自信ありのようだな」

「あたしだって伊達に一人暮らしをしているわけじゃないよ。お料理する時はいつも花嫁修業のつもりで全力なんだから」

 俺をチラチラ見ながら照れ臭そうに述べるアリサ。

「ならばその自信のほど、主夫の称号を持つこの俺が確かめさせてもらうぞ」

 スプーンに掬って湯気をほかほか立てながら香ばしいかおりを放つチャーハンを口の中へと入れてみる。

「こっ、これはっ!」

 口の中に広がるアリサの手料理の味覚。言うなれば彼女の世界が俺の内部へと入り込んでくる。そしてその本質を理解するのに長い時間は必要なかった。

「アリサ……お前の勝ちだ」

 一口食べて分かった結果を彼女に伝える。

「勝ちって何が?」

 アリサには俺の言葉が伝わりきっていない。だから説明を付け足す。

「同じ米、同じ材料でチャーハンを作る俺だからこそよく分かる。俺にはここまでの味は出せない」

 全く同じ条件だからこそ僅かな差が明白なものとなる。

 料理漫画みたいに多くを語るつもりはないが、この塩具合、そして卵のふっくら感。俺ではまだ辿り着けない相当な修練の痕が見えた。

「いつの間にか俺は質より量へと思考が傾いてしまって、味の研究を怠ってしまっていたなぁ。完敗だよ、アリサ」

 天井を見上げる。我が家の大飯食らいの姿が天井のスクリーンに浮かび上がる。

『お米は1度に6合炊いてくれないと量が足りないんだよ。食事は量だよ、とうま』

 コイツの食い方は……間違いなく俺を料理人として堕落させた。

「何はともあれ合格だ。すごいぞ、アリサ」

 拍手してアリサの功績を認める。

「それって……当麻くんのお嫁さんとして合格ってこと?」

 ウキウキしながら尋ねてくるアリサ。

「…………まあ、そうだな。俺の嫁として申し分ない技量だ。縁があったら俺の所に嫁にきてくれ」

 まだそのネタを引っ張るのかとちょっとドキドキしながら答える。

「やったぁ〜♪」

 アリサが正面から嬉しそうに抱きついてきた。

 へっ?

 本当に抱きついて来ちゃうんですかっ!?

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「あの……アリサさん?」

「なに?」

「この体勢はまずいのではないでしょうか?」

 アリサは俺に正面からしがみついている。顔がすごく……近いです。

 これ、誰が見ても誤解する体勢です。はい。

 上条さん自身も何と表現したら良いでしょうか……誤解してしまいそうです。その気になってしまいそうです。はい。

「何が?」

 首を大きく捻るアリサは本気で問題を理解していないっぽい。

「独り暮らしの男の家で、もう深夜と呼んで差し支えない時間に男に抱きつくというのは花も恥らう乙女としては如何なものかと……」

「あたしは当麻くんのお嫁さん検定に合格したんだから問題ないよ♪」

 平然と述べながら笑顔を浮かべ更に身を摺り寄せてくるアリサ。

 この子は時々すごく大胆です。ていうか、時々天然さんです。胸が完全に上条さんの身体に当たっちゃってます。上条さんは色んな意味で大ピンチです。

「え〜と。アリサさんにそう言って頂けるのは大変光栄なのですが……」

「ですが?」

「たとえ無実にしろ、世界的に有名な歌姫さんが男子高校生とスキャンダルを起こしていいものかと愚考している次第です……はい」

 アリサの顔がすぐに真横に迫って息が苦しくなりながら意見を述べる。

 普段報道とか情報とか縁のない俺。けれど、芸能人がその手の問題で四苦八苦していることぐらいは分かる。俺とこうして過ごしているとそんなゴタゴタに巻き込まれるのでは?

「…………当麻くんの心臓、すごくドキドキしてるよ」

 アリサは質問には答えない。

「アリサに抱きつかれているんだから当然だろ……」

 アリサから目を逸らす。恥ずかしくて堪らない。

「同世代の女の子に抱きつかれてるから?」

「アリサ、だからだよ……」

 無茶苦茶恥ずかしい。何、この恥ずかしい会話?

 でも、答えないといけない。それだけは感じていた。

「そっか。あたしだから……なんだね」

 アリサの顔が動く気配がして……右頬に熱くて柔らかい感触を覚える。

「えっ?」

 もしかして今のは……?

 そんなことを考えながら目線をアリサへと戻す。

 するとアリサはもう背筋を伸ばして座り直していた。

 

「あの……今のってもしかして……」

 確信はない。けれど、もしかするとそうなんじゃないかという気がフツフツ湧き上がる。

「当麻くん、さっき訊いたよね?」

「へっ?」

 アリサに逆に質問を振られてしまい戸惑う。

「世界的に有名な歌姫さんが男子高校生とスキャンダルを起こしていいものかって」

「あ、ああ」

 自分の身に起きたことを確かめるチャンスが遠のいて行くのを感じながら頷いてみせる。

「当麻くんは随分と難しい二択を迫ってくるよね。インデックスちゃんが当麻くんは厳しいって言うのも納得だよ」

 アリサは寂しそうに瞳を伏せながら小さな声を発する。

「難しい二択?」

 俺には何のことか分からない。

「うん。アタシがこうして当麻くんの所に訪れている限り、いずれは生じることになる避けられない決断のこと」

「決断?」

「あたしはね。プロデビューして有名になれて良かったって思ってる。アイドルっていう称号や名誉や地位が欲しいんじゃなくて。歌が、好きだから」

 歌が好きと語るアリサは輝いて見える。この子は本当に歌が好きなんだってよく分かる。もちろん、初めて出会った瞬間からよく知っていることなのだが。

「あたしが有名になるほどより多くの人にあたしの歌を聞いてもらえる。それはあたしにとってとても幸せなことなんだよ」

 アリサの瞳に吸い込まれるような感覚。

「でもね、多くの人に聞いてもらえなくても……たった1人のために歌い続けることができれば……それもいいかなって。それも幸せだなって。ううん、それこそが……鳴護アリサの幸せなんだろうなって最近はよく思うようになった」

 アリサの流し目が俺を捉えて離さない。

「あたしは今日、それを強く感じたんだ。それは確かなものだって思えた」

 アリサの瞳が丸みを帯びて優しいものになった。

「そんなわけで当麻くんの嫁検定に合格したあたしは究極の選択を迫られても、もう迷わないという話でした。マルっと」

 とても楽しそうにニヤニヤしている。

「さっぱり分からないのですが……」

 結局、アリサが何を言いたいのか分からない。

「その時が来たら分かるよ♪」

 アリサの笑いはとても爽やか。完璧に煙に巻かれている。

 だけど何かを決心した彼女はとても綺麗だと感じた。

 

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「さあ、勉強を再開しよ。新学期は明日なんだから」

 アリサがパンっと勢いよく手を叩く。それによって俺の意識も今やるべきことを思い出す。

「そうだっ! 宿題っ!」

 今が8月31日で、始業式は明日に迫っているという緊迫感を思い出す。

 慌てて時計を見る。

「えっ? もう12時を過ぎてる……」

 壁に掛けられた丸い時計は俺に絶望の時刻を知らせてくれていた。

 12時5分。既に9月1日に突入していた。

「学校を出るまで後7時間とちょっとしかねえ。宿題はどう頑張っても後20時間は掛かる。もうおしまいだ……」

 俺は明日から、正確には今日から小萌先生の奴隷としてピラミッド建設要員になる未来しか待っていないのだ。

「諦めちゃダメだよ」

 アリサがガッツポーズを作って俺に気合を入れる。でも……。

「朝までに課題が完成するのは奇跡が起きても無理だって」

 力なく首を横に振る。

「当麻くんが奇跡を信じなくてどうするの?」

「そうは言われてもな……」

 幾らアリサが奇跡使いでも無理なことはある。奇跡が発動しても都合よく俺が3人に分身して宿題を終わらせるとかはできないだろう。

「当麻くんが願えば……絶対に叶うよ」

「でも……どうすれば?」

「あたしの奇跡は、どうなって欲しいって具体的に願ってくれた方が叶え易いの。そして心から願うこと。それが発動条件」

 アリサは目を瞑って手を合わせている。

「具体的。そして心から…………」

 アリサに言われた条件を考えてみる。

 現状、俺は自分が朝までに宿題を終わらせられるとは微塵も考えていない。

 つまり、形だけ宿題を終わらせることを願っても奇跡は発動されないだろう。

 となると、願いそのものを変える必要がある。

 

「現状認識を組み直す必要があるな」

 発想の転換。

 つまり、宿題をやらずとも小萌先生の怒りに触れなければそれでいいわけだ。

 どうやってそれを成す?

「だけど高校生も大変だよね。明日一斉に夏休み分の宿題を提出しなきゃいけないんでしょ。そういうまとめて何かするってあたしは苦手だなあ」

「明日……一斉に……提出……そうかあっ!」

 アリサの慰めの言葉にヒントを得て正解が閃く。

「アリサ……答えを導いたぜ。お前のおかげだ」

「本当?」

「ああ。正解は局所的暴風だっ!」

 俺は明日の我が身を救ってくれる奇跡の正体を口にした。

「局所的暴風? それが解決になるの?」

 アリサは大きく首を捻りながら戸惑う表情を見せている。

「ああ。暴風が学校を包めば俺の勝ちだ」

 朝までに宿題が終わらないのならば、始業式自体が1日後ろにずれてくれればいい。

 暴風はそれを可能にする。それだけのシンプルな願い。罪悪感がないでもないが。

「よく分からないけれど……当麻くんが強く願うのなら……奇跡はきっと起きるよ」

 アリサは照れ臭そうにしている。

「私欲なんで気が引ける部分もあるが……今はアリサだけが頼みだ」

「…………うん」

 嬉しそうな表情。

 アリサは、いつも一生懸命で優しくて、応援したくなる気持ちを高ぶらせる女の子だ。

「俺の願いだけじゃなくアリサの願いも叶うといいな」

「…………いいの、かな?」

「いいに決まってる」

 アリサの願いがどんなものなのか俺は知らない。

 でも、彼女が願うぐらいのものだから、それが悪いことのはずがない。

 だから、叶うべきなんだ。

「それじゃあ……当麻くんとあたしの願いが叶うように……一生懸命歌うね」

 アリサが立ち上がる。

「おうっ、頼んだぜ。俺の……俺だけの歌姫」

 今この瞬間だけは俺はアリサを独占させてもらう。

「うん」

 アリサが嬉しそうに頷く。

「あたし……当麻くんのためだけに歌うね。これから……できればずっと……」

 アリサは大きく息を吸い込む。そして──

「ねんねん ころりよ おころりよ ぼうやは 良い子だ ねんねしな」

 宿題と対峙しようという人間に対しては全く似つかわしくない歌。子守唄を披露してくれた。

「さすがアリサ……子守唄の歌唱力もプロだな…………っ」

 俺の意識は急激に掠め取られていく。

 朝になったら嵐が吹き荒れて休校になっていることを期待しながら睡魔に対する抵抗を打ち切るのだった。

「お休みなさい。当麻くん」

 意識が完全に切れる直前、アリサの声が聞こえた気がしたのだった。

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 9月1日。2学期開始の日。

 俺が期待した天気は暴風。でも、窓の外に見えた天気は……。

「快晴じゃねえか……雲ひとつねえ」

 清々しいまでに晴れていた。

「これはやっぱり奇跡を私利私欲のために使おうとするなっていう天啓なのですかねえ」

 大きなため息を吐きながらカーテンを開ける。

 眩しい太陽光が俺の体を射す。この煌く光は俺にずる禁止と知らせているように思えてならない。

「あっ、当麻くん。おはよう」

 俺と同じようにしてテーブルに突っ伏して寝ていたアリサが目を覚ます。

「よお、おはよう」

 アリサは2度3度目を擦ると眩しい太陽光が差し込んでくる窓の方へと顔を向けた。

「あっ」

 天候が晴天なことに気付く。するとアリサの顔はみるみる曇っていった。

「ごめんなさい。奇跡、発動できなかった」

 アリサは泣きそうな声を出している。

「アリサが悪いんじゃないって。ずるしようとした俺が悪いんだし」

「でも、当麻くん。宿題を提出しないと大変なことが待ってるんじゃ……」

「身体を鍛える期間だと思って受け入れるさ」

 アリサの頭にそっと手を置いて撫でる。

 彼女には何の罪もない。悪かったのは夏休みの長い間を通じて宿題をして来なかった俺の方なのだから。

「さて……そろそろ学校に行く準備を……って、もう8時なのかよっ!?」

 急いで出ないと遅刻確定だった。

「嘘っ? あたしも急いで打ち合わせに出かけないと」

 大慌てで出掛ける支度をする。

 5分で洗顔や着替えを済ませて2人揃って玄関へ。

 そして俺たちは……奇跡が俺の予想とは別の形で起こってしまっていることを知るのだった。

 

 

「世界の歌姫鳴護アリサさんのお泊りデート発覚っ!」

 俺とアリサが玄関を出た瞬間、俺たちの視界に見えたのは無数のマイクだった。

「「えっ?」」

 俺たちは歩むのを止めて硬直せざるを得なかった。

「アリサさんのデートの相手はごく一般の男子高校生です」

「これは特大のスキャンダルですね」

 マイクとカメラを持った10人ほどの大人たちが好き勝手なことを喋っている。

 テレビ番組を通じてこれが何なのかは朧げながら知っている。追っかけ取材。取材陣に囲まれている。

 問題は、そのテレビ番組内で見る現象に俺が直に遭遇しているということだ。しかも、取材の対象に俺が指定されている。

 まるで意味不明な事態だった。

「まさか……尾けられていたなんて……」

 一方アリサは表情を青くして取材陣を見ている。俺よりは状況を把握しているらしい。

「アリサさん。こちらのお泊りデートをなさった男性とはいつお知り合いになったのですか?」

 数本のマイクが今度は一斉にアリサへと向けられる。

 アリサがターゲットになったことでようやく頭の整理が追いついてきた。

「……そうか。コイツら、アリサを張ってやがったな」

 つまり、コイツらは俺とアリサの仲に対してゲスな勘ぐりを入れているというわけだ。

 中身が分かってみれば馬鹿馬鹿しくて腹立たしいだけの連中。

 けれど、このマスコミと呼ばれる連中にどう対処すれば良いのか俺にはまるで分からない。殴るのが最悪な対応であることぐらいは俺にも分かる。

 だがこの上条さん。殴る以外の切り抜け方を知らないという悲しい人生を歩んできました。だから、アリサの足を引っ張らないように黙っているしかない。

「デート相手の男性について何かお知らせください」

「……プライベートなことは……お答えできません」

 アリサの返答にはキレがない。男の家から朝帰りする所を抑えられてしまったのだから反論のしようもない。

 実際にはコイツらが勘ぐっているような出来事は起きていないものの、そんな事実関係はどうでもいいのだ。

「アリサさんはまだ未成年。しかもまだ17歳。こういうデートはまだ早いのではないでしょうか?」

 記者の言葉にアリサの両肩がビクッと震える。

 反対に俺の中には怒りの炎が宿り始める。ぶしつけな質問に腹が立つ。

「このスキャンダルは今後の歌手活動に大きな影響を与えるのではないでしょうか?」

「アリサさんの所属する事務所は確か男女交際を禁止していたはず。何らかのペナルティーが課せられるのでは?」

 身勝手な記者どもに怒りが溜まっていく。

 夜中に未成年の少女を勝手にストーキングした末に罪人扱いするとは随分なやり方じゃねえか。

 科学や魔術サイドとの戦いとは違う腹の立ち方。そして奴らはアリサにとって言ってはならないことを言ってくれた。

「体調管理も努めずに愛しの彼氏と一夜を共に過ごすなんて……アリサさんには歌手としての自覚が足りないのではないか?」

 アリサに向かってそう暴言を吐いた体調管理もできていない豚オヤジ。奴を見た瞬間に俺の中の血が熱く煮えたぎった。

「テメェッ!! 今、何て言ったっ!?」

 豚に向かって殴り掛かろうと──

「止めてっ、当麻くんっ!」

 拳を振り上げた所でアリサが全身で俺の右腕を押さえ込む。

「けどよっ!」

「いいの……こういうことに対処するのは……あたしの仕事だから……それが、プロ歌手だから……」

 アリサの声は泣きそう。けれど決して俺の右腕を離そうとはしない。

「ここはあたしに任せて……」

 そして無理やり笑顔を作った。その無理矢理感が逆に……俺を黙らせた。

 ここはアリサの戦場なんだって強く自覚する。

 

「みなさんにご報告したいことがあります」

 アリサは小さく何度も吸って吐いてを繰り返す。両手で俺の右手を掴むのを止める代わりで左手で指を絡めて握ってきた。

「あたしは……」

 アリサの指に込められる力が増す。

「……昨日の二択の答えを今出すね」

 彼女は俺にだけ聞こえる小さな声で呟いた。

「えっ?」

 彼女は俺の聞き返しに答えなかった。

 代わりに大きく息を吸い込んで10人以上の記者を相手に堂々とした宣言を行った。

 

「あたし、鳴護アリサは本日をもってプロ歌手としての活動を引退いたします」

 

 あまりにも潔い引退宣言だった。

「「「えっ?」」」

 取材に来ていた記者たちも絶句してしまうほどの。

「おっ、おい……アリサ?」

 もちろん俺も驚かされた。

 ていうか、あまりにも予想外の言葉だった。

「あたしは昨夜、気付いてしまいました。これからのあたしの歌は……彼、上条当麻くんのために歌いたいって。あたしは彼だけの歌い手になります。だから……プロ活動をこれ以上続けることはできません」

 アリサの言葉は真摯で口から出まかせを言っているようには聞こえなかった。

 つまり、アリサは昨夜からそれを考えていたことになる。

「アリサ……お前……」

「これが昨日の二択の答え。あたしは、プロの歌手というポジションにこだわるよりも……当麻くんの隣にずっといたいよ。当麻くんの隣で歌っていたいの」

 一転して照れ臭そうに語るアリサ、

「鳴護アリサが歌手を電撃引退……これはスクープっ! いや、歌謡界を震撼させる大嵐ですっ!!」

「鳴護アリサが本当に引退となれば……日本の音楽業界の勢力図は大きく変わるぞっ! 嵐、いや大波乱だぁ〜〜っ!」

 アリサの引退を聞いてお泊りデート報道のことなど忘れたようにして大きな声で喚き出す記者たち。

「ちょっと待ってくれっ! 我社は今、鳴護アリサの水着写真集発売に向けて事務所と交渉中なのだぞ。いきなり引退だなんて、我社のドル箱企画が……私の立場が……」

 当惑しているのは先ほどの豚。

「アンタが責任取って辞めれば、意外と丸く収まるんじゃねえか。バァ〜カ」

 豚に文句を返してちょっとだけスッキリした。

 アリサもそんな俺を見ながら笑っている。

「あたしはこれから当麻くんと出掛けますので。これで失礼します」

 アリサは両腕で俺の右腕に巻き付き直す。そしてゆっくりと足を前に進め出す。

「行こう。当麻くん」

「ああ」

 腕を組んだ状態でゆっくりと歩き始める俺たち。

 普通であれば記者の前でこんな挑発的な行動を取ればまたマイクとカメラを向けられそうだが……。

「鳴護アリサ電撃引退っ!」

 記者たちはアリサ自身よりもアリサの引退によりもたらされる芸能界や社会の変化に夢中なよう。俺たちを追ってくる記者はいなかった。

「嵐ってこれのことかよ……」

 希望とはあまりにもかけ離れた展開。俺は絶句しつつアリサの身の上が気になっていた。

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 記者たちに囲まれていたせいで大幅な時間ロスをしてしまい始業式への遅刻は確定。

 始業式が終わってから教室に入れば良いやということでゆっくりと行くことに。

 それで途中で進路を変更していつもの公園に寄って行くことにする。

「ほい。オレンジジュース」

「ありがとう」

 2人で並んで公園内のベンチに座った所でようやく人心地ついた気分になれた。

 俺の今までの生活とは無縁な記者たちという存在に自分が思っていたよりも緊張していたらしい。

「なんか……疲れたな」

「そうだね」

 俺からオレンジジュースの缶を受け取ったアリサはプルタブを開けもせずにぼんやりと空を眺めている。かくいう俺も同じ仕草で空を見上げている。

「ああいう風に記者に囲まれることって多いのか?」

「コンサートの後とかはたまにあるけれど……プライベートをスクープされちゃったのは今回が初めて、かな」

 アリサの声は力ない。

「初めてって……それで、歌手引退宣言なんかしちゃって良かったのか? 早まった決断だったんじゃ?」

 俺の中で途端に焦りが生じる

「ううん。早まった判断なんかじゃ決してないよ。それだけは断言できる」

 アリサが背筋を伸ばし直しながら首を横に振った。

「当麻くんとの仲がスクープされたら引退しようって……昨晩もう決心してたから」

「でも、昨夜俺とアリサの間には、その、間違いなんか起きなかったのに……」

 喋っていてとても申し訳なく思う。あれだけの人々を魅了してきた実力派歌手があんな変な過程で辞めてしまうのは変な気もする。

「あたしがみんなじゃなくて当麻くんを選んだこと……迷惑だったかな?」

 寂しそうに俺を覗き込むアリサ。

「迷惑なわけがないだろ」

 首を横に振る。

「アリサにここまで想われていて、嬉しいに決まってる」

「ほんと?」

「ああっ」

 力強く頷いてみせる。

「ただ、そんな風に想ってくれていたアリサに対して、俺は自分のことしか考えてなくて、アリサの覚悟にも想いにも全然気がついてなくて……それが申し訳なくてさ」

 鈍い鈍いとは言われてきましたが……女の子が自分の一生を根本から変えてしまうような大きな覚悟を抱いていたのにさえ気付かないとは。

「申し訳ないとか全然どうでもよいことだよ」

 アリサは首を横に振る。

「だって当麻くんは今あたしの気持ちに気が付いてくれたんだから」

 少女が浮かべる小さな笑み。

 この子は本当に優しい。

 そしてこの子の笑顔は俺を幸せにしてくれる。

 それを深く実感する。

「……アリサの笑顔こそが本当の奇跡なのかもな」

 柄にもなくそんなことを想う。

 

「あのさあ……」

 彼女の笑顔に勇気をもらって話を切り出す。

「アリサはさ……本当に引退するのか?」

「うん。そのつもり。契約オプションで任意引退は認められてるし、事務所を移籍するわけじゃないから……まあ、色々あるだろうけど、辞められる、はず」

 アリサは目を伏せながら息を吐き出した。

「なら、昨日の話はまだ有効か? 芸能界辞めたら俺の所に嫁に来てくれるって」

 アリサが丸く目を見開きながら俺の顔を見つめ込む。

「そのオプションは当麻くん次第のはずだよ。あたしの気持ちは変わらないもん」

「ならさ……」

 ありさの手を握る。

 大きく息を吸い込む。

 空気を肺の中に入れながら想いと覚悟を固める。

 アリサの顔を見ながら、俺は自分の力で奇跡を起こしたい。

 その衝動と共に彼女に想いをぶつけた。

 

「俺と、結婚を前提に付き合ってください」

 

 何か驚くほど大胆な告白が俺の口から出てきた。

 自分の言葉に無性に恥ずかしくなって全身をむず痒さが襲う。

「ほらっ、俺ってまだ高校生だし、17歳で結婚できないじゃん。だから、プロポーズってわけにはいかないから……代わりに、その、幸せにする前予約っていうか……」

「それはつまり、当麻くんが18歳になって高校生でなくなったら……私を上条アリサにしてくれるってことでいいのかな?」

 アリサがイタズラな笑みを浮かべた。

「はい。そうなってくださることを上条当麻は望んでおります」

 ここで引かない。ちゃんと答える。

 それが彼女の勇気と覚悟に対する俺の礼儀。

 俺の真剣な表情を見てアリサも背筋を伸ばし直した。

「なら……当麻くんの告白をお受け致します。あたしを貴方の彼女にしてください」

 アリサは小さく頷いてみせてくれた。

 

 

「男女が恋人同士になるのって、思ったよりも大変だね」

 愛の告白とその返答が終わってアリサは空を見上げた。

「あたしの歌の中じゃ、男女ってごく自然にくっ付いているのに」

「そりゃあ、現実と歌詞…物語の中じゃ違うだろ」

 俺も彼女に倣って空を見上げる。

「でも、恋を歌っている時より今の方がドキドキするよ」

「偶然だな。俺もさっきからドキドキしっ放しだ」

 体力を消耗し尽くしたのに心臓だけはやたら元気な状態。

「あたしたち……似た者同士だね」

「だな」

 なったばかりの恋人同士。俺もアリサもやたら緊張している。それでいて何をしたらいいのかまるで分からない。

 俺もアリサも初めて異性と付き合うことになったので五里霧中の暗中模索状態。

 でも、そんな戸惑いさえも気分を高揚させてくれる。

「これからどうするか? デート……してみるか?」

「そ、それはいいね。うん。デート、いい」

 アリサのぎこちなさが可愛い。

「じゃあ早速これから……って、学生服じゃ幾らなんでも初デートに寂しいよなあ」

 上条さんにだってお洒落したい願望ぐらいあります。

 だって、愛しの彼女の前なんだから。

「学生服……うん?」

 学生服を見ていると途端に心臓が嫌なリズムを奏で始めた。

「当麻くん……」

 アリサも俺を見ながら青ざめている。

「「学校っ!!」」

 2人の声が揃った。

 俺たちの初デートの目的地は俺の通う高校の校門前と決まった。

 

-7ページ-

 

 ほとんど全力疾走に近い走りで2人で併走しながら学校前に到着。

「上条ちゃん。鳴護ちゃん。おはようございますなのです」

 小萌先生が仁王立ちで校門前に立っていた。

「「お、おはようございます」」

「はいなのです♪」

 笑顔なのに……世紀末覇者のような風格が醸し出されている。

「あ、あの先生。夏休みの宿題についてなんですが……」

 やっていない宿題の言い訳をどうするか必死に考える。

「宿題? 上条ちゃんにはもう関係ないのですよ」

 小萌先生はとびっきりの笑顔でそう言ってくれた。

「「えっ?」」

 すごく嫌な予感がした。

「それは何故でございますでせうか?」

 恐る恐る理由を尋ねる。

「上条ちゃんはもう……うちの学校の生徒さんではないからなのです♪」

 小萌先生はにこやかに告げてくれた。

 そして胸元から1枚の書類を取り出して俺たちに見せてくれた。

 そのプリント用紙には以下の様に記述があった。

 

 

 上条当麻

 

  上記の者が未成年者との淫行に及んだことに対し

  退学処分を命ずる

 

                     校長

 

 

「犯罪性のない状態でハレンチなことをしてしまった生徒さんは普通厳重注意の罰なのですが……今日は、相手が人気アイドルということもあってか先生たちの気分が無性に高ぶって全会一致で上条ちゃんの退学が決まったのです」

「気分が無性に高ぶったから退学って…………あっ」

 そこで俺は気が付いた。

 何故突然退学なのか。

 アリサの顔を見る。

「「奇跡っ!!」」

 2人の声が再び揃った。

 そう。これは奇跡が悪い方向に転んでしまった結果に違いなかった。

 俺は奇跡が起きて宿題を提出しないで済む道を模索していた。

 俺が望んだのは、学校が今日休校となること。

 でも、奇跡は俺とは違う叶え方をしたのだ。

 即ち、俺が生徒でなくなってしまえば宿題を提出する義務はないと。

「やっぱり……ずるはいけないっていう神様のメッセージだったのか……」

 ドラえもんの秘密道具を悪用したのび太の手酷いオチを突きつけられた想いが俺を包む。

 とほほとでも言えば良いのだろうか?

 もう、ワケが分かりません。

「そういうわけで上条ちゃん。今日までいっぱい楽しかったのですよ♪」

 小萌先生は背を向けて学校の敷地内へと歩いていく。

「そうそう鳴護ちゃん」

 数メートル進んだ所で先生は首だけ振り返った。

「結婚するまでが勝負なのです。油断しては……メッなのですよ♪」

 先生は先生らしくない大人の流し目でアリサにそう告げた。

「もちろんです」

 対してアリサは力強く頷いて返してみせた。

「フフ。頼もしい返事なのです♪」

 先生は首を元に戻すと右手を振りながら校舎の中へと消えていった。

 

「奇跡を悪用しようとした結果が退学とは……上条さんの不幸も筋金入りですね」

 大きくため息を吐く。

「あたしたち2人とも……路頭に迷っちゃったね」

 アリサも苦笑している。

「確かに状況は最悪。でも……それに比べるとそんなに落ち込んではいないかな」

 少なくとも心が絶望に押し潰されていたりはしない。むしろ熱く高鳴っている。

「偶然だね。あたしも、だよ」

 アリサと顔を見合わせる。

「アリサがいてくれるから」

「当麻くんがいてくれるから」

 アリサは笑ってくれた。俺も笑っている。2人でいられることが無性に嬉しい。

「まっ、形はどうあれ、俺の願った通りに宿題を提出せずに済む状況には至ったわけだ」

「あたしの願いも……ちゃんと叶ったよ」

 照れ臭そうに上目遣いで語るアリサ。

「アリサの願いって?」

「当麻くんとずっと一緒にいられること」

「そっか」

 聞いているこちらが恥ずかしい。そして嬉しい。

「なら、ずっと一緒にいられる時間ができた恋人同士、これからどうするか2人で考えるとするか」

「うん♪」

 アリサと手を繋いで歩き出す。行き先は分からない。

けれど、2人だからどこにだって歩いていける。

 

 多分これは世間一般で言うハッピーエンドとは違うのだと思う。

 2人とも失ったものが大きすぎる。

 でも、そんなことは知ったことじゃない。

 アリサとのハッピーエンドはこれから2人で作り上げていく。

 アリサと2人ならそれができる。

 繋がれた手の温かさに俺はそれを強く確信するのだった。

 

 

 

 

 了          

 

 

 

 

 

 

 

説明
鳴護アリサさんが宿題を手伝いに上条さんのお宅を訪れました。
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コメント
渡部一刀さまへ 上条さんとアリサさんは頑張りました。 続きはコメディーなんですけどね(枡久野恭(ますくのきょー))
ナイス♪(渡部一刀)
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