殴られる痛み
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「……」

 強く張り詰められた空気の中、貴明は全身に冷や汗をかいていた。

 目の前に用意されたお粗末に洗っただけのキュウリとナス……

 もちろん、シルファが作った……もとい。

 シルファが洗った野菜であり、夕食でもある。

 普段から、少しでも機嫌を損ねれば、こんな食事、当たり前のように出たが、今日の食事は一際、悪意に満ちていた。

 そっと、シルファの顔を見て、貴明はまた、目の前の野菜を見た。

「せ、せめて……切ってくれないかな?」

「シルファのご飯はまずくてくえないかられすか?」

 どこか悲しげに、怒った顔をするシルファに貴明はまた言葉を失った。

 というのも、ことの原因はすべて貴明が悪いのである。

「も、もぅ買い食いしないから……せめて、野菜炒めくらいは?」

「買い食いで怒ってないもん……シルファのご飯がまずいだけらもん!」

「……」

 思いっきり当て付けみたいに「まずい」を言われ、貴明は顔を真っ青にした。

 なぜ、シルファがここまで怒っているかというと事の始まりは学校の放課後にあった。

 たまにはゲームセンターで遊ぼうと寄り道をし、たまたま、由真に勝負を仕掛けられ、たまたま、ヤックのバーガーの割引券を持ち、たまたま、二人ともヤックを食べたい気分にあった。

 そんな二人が勝負を始めて賭けをしない理由はなかった。

 勝負はもちろん、貴明の連戦連勝。

 バーガーを三個も平らげ、腹を膨らましたときには貴明は夕食が食えなくなっていた。

 バーガーを食べ過ぎて、夕食が食べれない。

 そんな言い訳、シルファでなくとも、許せるわけがない。

 当然のように彼女の怒りを買い、野菜だけ夕ご飯をプレゼントされてしまったのだ。

「……シルファはらめらめなメイロロボらもん。ご主人様だって、シルファのご飯よりも、身体に悪い、添加物たっぷりのジャンクフーロが一番らもん」

「だ、だれもそこまで」

 もともとは自業自得……

 シルファの夕食を忘れ、遊びほうけていた自分がすべて悪いのも重々承知している。

 だから、あえて反論はしない。

 でも、ここまで当てつけられると、少々、頭にくるものもある。

「あ、あのさ……シルファちゃん?」

 どこか、しどろもどろに言葉を発しようとする貴明にシルファは聞く耳持たない顔で、そっぽを向いた。

「シルファはやっぱり、いらない子らもん……どこにいっても、どぅでもいい子らもん」

「ッ!?」

 パチンッ……

「あ……?」

 一瞬、手の平に感じた痛覚に貴明は真っ赤になった自分の手を見つめた。

 シルファも叩かれた自分の左頬を押さえ、泣き出しそうな顔で叫んだ。

「バカ〜〜〜〜〜!」

「シルファちゃん!?」

 大声を上げて部屋を出て行くシルファに貴明も慌てて、彼女を追い、家の外に出た。

 腐っても鯛というが、そこは人間とメイドロボの大きな違い。

 ついさっき、家を出たのにも関わらず、シルファの姿はすでにどこにもなく、貴明は彼女の姿を探し、家の前で首を左右に振った。

「シルファちゃん……誤解なんだ!」

 いまだにヒリヒリと痛む右手を貴明はゴシゴシとズボンでこすった。

「くそっ……」

 焦りから来るイライラか、貴明はシルファの安否が予想以上に危うく感じ、当てもなく走り出そうとした。

「貴明さん……待ってください」

「え……?」

 急いで振り返ると貴明はいう言葉を考えた。

「イルファさん、いいところに……シルファちゃんがどこにいったか知らない?」

「落ち着いてください……貴明さん?」

 やんわり、貴明を制するとイルファは厳しくも穏やかな顔でいった。

「事情は大体、察してます……シルファちゃんを殴っちゃったんですね?」

「うっ……」

 図星をつかれ、貴明は左胸を押さえた。

 殴る気はなかった。

 別にチクチクと嫌味を言われ、腹を立てたわけじゃなかった。

 ただ、あの一言がどぅしても許せなかったのだ。

 シルファが言った、「いらない子」、「どぅでもいい子」という言葉が……

 自分はそんな事、一度も思ったこともない。

 ただ、彼女の口からそんな事を言われたのがショックだったのだ・

 自分と彼女の今までをすべてが否定された気になり、どぅしても許せなかった。

「……俺は」

「貴明さん、ここは私に任せてくれませんか?」

「え……?」

 イルファはトンッと胸を叩き、ニコッと笑った。

「悪いようにはしません!」

 

 

 シルファは以前、家出(?)したときに立ち止まった歩道のダンボール箱の中で膝を折りながら、丸くなっていた。

 貴明に殴られた。

 一瞬の出来事で痛覚機能を切ることも出来なかったのもあるが、すごく痛かった。

 今もまだ痛い。

 頬じゃない。

 胸が痛かった。

 本当にご主人様に嫌われた。

 もぅ、自分に帰るところがなくなった。

 涙は出なかったが、泣き出したい気分だった。

 なぜ、自分はメイドロボなんだろう。

 きっと、自分がメイドロボだから、ご主人様も殴ったんだ。

 そぅ思い、シルファはまた丸くなり、膝を抱えた。

「シルファちゃん、見つけましたよ?」

「ぴぎゃ……!?」

 いきなり声をかけられ、驚くシルファにイルファは安堵したようにため息を吐いた。

「やっぱり、近くにいたのですね?」

「……シルファ、悪くないもん」

 拗ねたようにそっぽを向くシルファにイルファは厳しい目で怒鳴った。

「いいえ……シルファちゃんが悪いわ!」

「……」

 返事を返さないシルファにイルファは構わず続けた。

「最初の買い食いは貴明さんが百パーセント悪いですけど……」

「え……?」

 意外なところで自分の肩を持つイルファに度肝を抜かれ、シルファは顔を上げた。

「でも、その後はシルファちゃんが悪いわ……」

「らって……食べれないっていったんらもん。シルファの料理なんか、おいしくないもん」

「貴明さんも私もそんなところ怒ってるんじゃないわ」

「……じゃあ、らに?」

 イルファはホトホト呆れた顔で腰に手をついた。

「正直なところ、買い食いに関しては貴明さんが全部悪いけど、その後の拗ねかたは褒められないわ」

 ムリヤリ、シルファを立たせ、イルファは彼女と同じ視線でいった。

「自分はいらない子……どぅでもいい子だなんて、貴明さんが本気で思ってるの?」

「……」

 目線が自分からはずれ、イルファは優しくささやいた。

「貴明さんもシルファちゃんが大切だから、言っちゃいけない言葉に我慢が出来なったのよ?」

「……言っちゃいけらいこと?」

「わかってるでしょう?」

 言葉を探すシルファにイルファはニコッと笑った。

「でも……ご主人様、シルファをうった」

「それだけシルファちゃんが大切な存在だったの……殴ってでも、わかってほしいほどに」

「……本当れすか?」

「ええ……」

 そっとシルファをダンボール箱からだし、イルファはやさしく抱きしめた。

「帰りましょう?」

「……うん」

 

 

 家の前まで戻ると貴明は心配そうにシルファに近づき、頭を下げた。

「ごめん、殴ったりして……でも、俺」

「もぅ、いいれす……」

 そっぽを向き、シルファは眉を吊り上げ、真っ赤な顔に染めた。

「やっぱり、ご主人様はらめらめれす……シルファがついてないと、なにもできないらめっ子なのれす!」

「あ……うん」

 首を縦に振り、貴明はシルファに謝った。

「次からは買い食いはしないよ……約束する」

「わかればいいのれす……今日は食わなくっていいれすから、じっくり、反省するれす」

「う、うん」

 そっとシルファの肩を抱き、家の中に入ろうとした。

 しかし……

「イルファさん」

「はい?」

 ニッコリ微笑まれ、貴明は面倒くさそうに顔をしかめた。

「今後は勝手に人の家を覗き込まないでくださいね?」

「重々承知しました」

「……」

 これはまた覗く気があるなと悟り、貴明は今後の生活態度を改めようと肝に銘じた。

 

 

 次の日……

「ご主人様……起きるのれす」

「うぅ……後五分」

「らめれす……どぅしても起きないなら、こっちにも考えがあるれすよ?」

「うぅん……」

 また蹴られると悟ったのか、慌てて目を覚まそうとすると貴明の目が絶句した。

「ん……」

 唇を覆いつくシルファの唇に貴明の思考が一瞬、訳もわからず止まってしまった。

「おはようございますれす……ご主人様?」

「あ、おはよう」

 顔を真っ赤にしたまま満面の笑顔を浮かべるシルファに貴明も真っ赤なまま微笑んだ。

「今日は大胆だね?」

「ふん……」

 顔を背けるイルファに貴明は本当に幸せそうに微笑んだ。

 

説明
シルファちゃんが拗ねに拗ねて、
二人の関係が崩れかけるシリアス小説です。
もちろん、最後はハッピーエンドなので心配なさらず。
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2096 2009 3
コメント
設定上では、コミュニケーション不足による、会話機能の低さです。イルファ、ミルファと比べても、基本性能は変わりませんが、ミルファちゃんは料理が苦手なので、若干、三号機としては優れてます。(スーサン)
タグ
ToHeart2 AnotherDays シルファ 河野貴明 シリアス 

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