真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第十七話
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少し時間を遡る。

 

黄巾討伐から帰還したその日、街中の通りを歩く春蘭の姿があった。

 

久々の休息をどのように過ごそうかと思案しながら歩いていたため、傍から見ても明らかに上機嫌な様子であった。

 

「久々に華琳様に似合う服を探しに行くか!」

 

迅速果断、春蘭はすぐに服屋を目指して歩みを早めた。

 

服屋の立ち並ぶ通りへ向かうその道中、一刀を発見した春蘭は声を掛けようとした。

 

しかし、一刀は両手に荷物を持って真桜と並んで歩いている。

 

しかも2人の向かう先は街の門。

 

ここから門の方向には特に何かがある訳でもないので、恐らく外に行くのだろう。

 

2人で話しつつ、時折笑みを覗かせる一刀。

 

そんな様子をみていた春蘭は声を掛けるために挙げようとした手をそれ以上持ち上げることが出来なくなってしまった。

 

結局、声を掛けないまま服屋の通りの方へと曲がっていく。

 

そこで春蘭はポツリと呟いた。

 

「なんで私は声を掛けることを躊躇ったのだろうか…?」

 

いつもの春蘭であれば確かに2人に声を掛けたであろう。

 

いつぞや感じていた胸のモヤモヤを再び感じながらも、その日はそれを無視することにした春蘭であった。

 

 

 

 

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翌日。

 

秋蘭に買い物を頼まれた春蘭は露店商の並びに立ち寄っていた。

 

内容は言わずもがな、昨日春蘭が買った華琳の衣装に合う小物を買うことであった。

 

華琳の事となるととかく行動の早くなる春蘭である。

 

十数件あった小物を扱う露店を短時間で回りきり、目星をつけた小物を購入していた。

 

その帰り道、春蘭は昨日に引き続いて一刀を見つける。

 

しかし、この日は菖蒲と並んでいた。

 

菖蒲の手には袋が抱えられており、どうやら2人で露店を巡っているようであった。

 

一刀は昨日と同じように、菖蒲と楽しそうに話をしながら歩いている。

 

覗いている店の種類を鑑みるに2人は小物を探しているようであった。

 

奇しくも春蘭と同じ目的の露天巡り。

 

それならば声を掛けても何も不自然な所はないだろう。

 

珍しく春蘭は声を掛けることに理由を求めていた。それも無意識に、である。

 

そうこう悩んでいる内に彼我の距離は離れていってしまい、結局見失ってしまった。

 

「むぅ…一体どうしたというのだ。私らしくもない…」

 

またもや呟く春蘭。

 

まさに彼女の言った通りなのである。あるのだが、以前に秋蘭が言っていたように、これは春蘭自身が片を付けねばならないことであった。

 

秋蘭の言によるのか、それとも本能的に理解しているのか、そのことだけは春蘭にも分かってはいた。

 

一度、じっくり考えてみよう。

 

そう決めて、春蘭は買った品物を秋蘭の下へと届けるために城へと向かっていった。

 

 

 

 

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さらにその翌日。

 

この日の夕刻、春蘭は調練を終え、街の大通りを城に向かって歩いていた。

 

夕飯時のこの時間、それもついさっきまで調練を行っていたとあれば、必然、腹が減ってしまっている。

 

そんな時にいい匂いを漂わせる袋を持った人がいれば、思わずそちらを見てしまっても仕方が無いだろう。

 

そして春蘭は振り向いた視線の先の茶店にまたもや一刀をみつけた。

 

その傍らには昨日に引き続いて菖蒲、更に零が座している。

 

3人の間には前二日間のような陽気な雰囲気では無く、何やら真剣な雰囲気が漂っている。

 

元より真剣な雰囲気や話が苦手な春蘭にはそこに声を掛けるような真似は出来なかった。

 

見たところ、一刀が零からの相談を聞いている様である。

 

時折一刀が何事かを考え、少し口を開いたと思うと、次には零が話している。

 

菖蒲は二人の間を取り持ったのだろう。

 

春蘭の知っている限り、一刀と零に接点はほぼ無く、菖蒲を介してのつながりしか見えてこないのだから。

 

零の相談に真剣に取り組む一刀の表情を見ていると、春蘭の胸の内にまたしてもいつぞやのモヤモヤが生まれてくる。

 

これ以上ここに居てもどうしようもないだろう、と自分を無理に理屈立てて納得させ、春蘭は城への道を再び歩き始めた。

 

モヤモヤは最早多少の痛みを感じる気すらしてしまうほどになっていた。

 

 

 

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一刀、菖蒲、零の会談を見てから数日後。

 

春蘭は季衣に頼まれて調練場にて鍛錬の相手を務めていた。

 

実はこの数日、春蘭は一刀を全く見かけていない。

 

それは一刀が黒衣隊の任務関係を武官の仕事より優先していた為であった。

 

ここ暫くは情報室を中心に活動しており、専ら城内にて文官然とした仕事振りなのであった。

 

必然、季衣も一刀と余り会えていない。

 

朝に少し話をしたくらいであった。

 

季衣は普段一刀に鍛錬して貰っているのだが、一刀がいない時は菖蒲か春蘭がその相手を務めている。

 

この日は菖蒲に別の仕事があった為、春蘭がその相手を務めているのであった。

 

「てやっ!たあっ!」

 

「よし、いい感じだぞ、季衣!」

 

鍛錬方法は実にシンプルなもので、季衣に好きなように打ち込ませ、春蘭はひたすら受ける、といったものである。

 

季衣には自分で最善手を常に考えながら戦えるようになって欲しいという一刀の方針である。

 

現に、季衣は一刀や春蘭、菖蒲といった格上相手に、どのようにして攻撃を当てるかを考えながら鍛錬せざるを得ない状況を作り出している。

 

とりわけ一刀は厳しいもので、最初の内は何も考えずに攻撃を仕掛けていると、手痛い反撃をお見舞いしていたのであった。

 

そのような鍛錬を続けた結果、季衣は思考を止めずに攻撃を続ける癖を身につけることが出来たのである。

 

しかし、如何せん実戦不足であることは否めず、それ故に季衣自身が想定し得る戦局は限られたものでしかない。

 

それを補うために季衣は数限りない仕合を行っていた。

 

「ふむ。そろそろいいだろう。季衣、今日の分の仕合に移るぞ!」

 

「はいっ!」

 

太陽の位置から兵の調練に時間が近づいていることを察し、春蘭は仕合に移らせる。

 

季衣も元気よく応じて、一定の距離を取った。

 

「ではいつも通りの取り決めでいくぞ」

 

「はい、今日こそは負けません!」

 

基本的に、季衣との鍛錬の最後に行う仕合には審判を付けていない。

 

どちらかが降参を宣言するまで行うことになっている。

 

「とぉりゃあっ!」

 

開始の合図も決まってはいないが、大抵いつも季衣の攻撃から始まる。

 

鍛錬中とは違って、春蘭も勿論攻撃を仕掛けてくる。

 

しかし、鍛錬の成果が如実に出ているのか、季衣は足を上手く使って春蘭に的を絞らせない作戦が上手く嵌っているようだった。

 

「ほぉ。上手く避けるようになったではないか、季衣」

 

「兄ちゃんが教えてくれたんだ。大丈夫だと思うギリギリまで我慢して引き付けた方が避けやすい、って」

 

教えられたからと言って、それを春蘭レベルの相手にやってのける季衣はやはり大したものである。

 

そこから更に数合打ち合った時、調練場に2人の人影が現れた。

 

しかし、仕合中の2人は人影の登場に気付く事無く仕合を続ける。

 

「でぇりゃあぁぁっ!」

 

「おおおぉぉぉぉっ!!」

 

2人はほぼ同時に咆吼し、激突はより激しさを増す。

 

最終的に地力の差が影響し、季衣の手から鉄球が弾き飛ばされてしまうのだった。

 

「うぅ〜、参りましたぁ」

 

「また私の勝ちだったな!だが、季衣も大分強くなったな。華琳様の親衛隊長として考えても十分なものだろう」

 

「ホントですか?やったぁ!」

 

褒められたことで無邪気に喜ぶ季衣に、春蘭は胸の内が暖かくなるのを感じた。

 

もう少し褒めてやろうか、と更に言葉を発しかけた時、ようやく春蘭は近づいてくる2人に気がつき、そちらを振り向いた。

 

「いい仕合だったね、2人とも。春蘭の言った通り、季衣も強くなってるよ。教えたことをきちんと実践できてるね」

 

見れば一刀が拍手を送りながら近づいてきていた。

 

「おお、一刀か!…って、またなのか…」

 

「ん?何が?」

 

一刀の後ろに少女が控えているのを見て、春蘭は思わず呟いてしまう。

 

幸い一刀は意味を察していないようなので、春蘭は誤魔化すことにした。

 

「いや、何でもないぞ。ところで、その子は何なんだ?」

 

「ああ、この子は…」

 

一刀が少女を紹介しようとした時、春蘭の後ろから叫び声が上がった。

 

「あ〜〜〜っ!流琉!やっと来たの?来るのが遅いよ!」

 

流琉と呼ばれた少女はその声に気後れしたような雰囲気を消し去り、季衣との口争いに応じ始める。

 

「遅いよ、じゃないよ、季衣!陳留に来て、だけじゃどこにいるかわからないでしょ?しかもお城にいるだなんて夢にも思わないよ!」

 

「え〜。だって陳留で一番最初に目に付くんだし、流琉ならわかると思ったんだけどなぁ」

 

「普通はわからないよ!」

 

流れについていけず、どうしようかと考えていると、一刀が苦笑しながら言ってきた。

 

「…そういうわけで、典韋って言う子だ」

 

「いやいや。どういう訳なんだ?」

 

混乱しそうな時に変な事を言うな、と春蘭は思う。

 

一刀もどう対処すれば良いか決めあぐねているようで、簡潔に事実だけを伝えてきた。

 

「簡単に言えば、季衣が友達を呼んだ、ってことさ」

 

「ほう、なるほど」

 

改めて典韋の方を見てみると、武器を取り出して季衣と戦おうとしていた。

 

その雰囲気から、ただの素人でないことだけはわかる。

 

季衣に友と言うことは少なくとも士官前の季衣の実力は知っているはずだ。

 

その季衣に突っかかろうとしているのだから、典韋もそれなりに腕は立つ方なのだろう。

 

果たしてどの程度の腕を持っているのか、一刀に尋ねてみることにした。

 

「それで、典韋は腕が立つのか?」

 

「どうだろうね?ただ、武器とか季衣との喧嘩をああして受ける姿勢を見せているんだから、そこそこ腕が立つとは思うよ」

 

どうやら一刀も詳しいことは知らないらしい。

 

一刀は春蘭の質問に答えた後、2人の間に割って入り、手早く話を纏めた。

 

そして季衣と典韋の仕合が始まる。

 

2人とも戦闘の型は似たようなもので、初撃の様子からほぼ互角であることが伺えた。

 

一刀はどう評価を下したのだろうか、と気になった春蘭は近づき、問いかける。

 

「一刀、お前はどう見ている?」

 

「そうだね…多分季衣が勝つと思うよ」

 

一刀の口調では2人には何か明確な差があるようだ。

 

典韋をまだよく知らない今では分からないものなのかもしれない、と考え、疑問を口にする。

 

「悩まないんだな。初撃の様子から2人は互角じゃないのか?」

 

「きっと邑にいた頃は互角だったんだろうね。でも、季衣はここに来てから、実戦を意識したちゃんとした鍛錬を積んでいる。初撃から二?目にかけて見てれば分かるけど、典韋の方は最初の頃の季衣の悪い癖が残ってるんだ。十数?も打ち合えば典韋は捌ききれなくなるんじゃないかな?」

 

一刀に言われて見てみれば、確かに典韋の方は鍛錬を始める前の季衣の様な戦い方をしている。

 

その頃と今の季衣、その違いは膂力では無い。

 

むしろ膂力に関してはまだ変化は無いと見てもいい程である。

 

では何が変わったのか。

 

それは季衣の戦術そのものである。

 

単調な攻撃は言ってみれば野生を相手に戦う時には十分に効果的ではある。

 

しかし、知性を持つ者を相手取るならば、攻撃を当てるにはその目的に応じた動きをせねばならない。

 

つまり、今の季衣の戦術は既に対人仕様、それに対して典韋の戦術は未だに対野生仕様と言えるのだった。

 

一刀の言葉を裏付けるかのようにおよそ20と少し撃ち合ったところで遂に典韋が崩れてしまった。

 

「そこまで!勝者、季衣!」

 

「やったぁ!流琉に勝った!」

 

「うぅ…負けたぁ…」

 

一刀の声が響き、両者がそれぞれの心情を素直に表に出す。

 

一刀が季衣達と何事かを話している間、春蘭は別のことを考えていた。

 

ここしばらくの自らの気持ち。今日、今時点での自らの気持ち。その違い。そうなった条件。

 

以前、秋蘭から言われたことも考え合わせると、ある一つのことに思い至ったのである。

 

(しゅ、秋蘭に相談をしよう。そうだ、秋蘭ならきっと…)

 

「よし。それじゃあ、早速曹操様に謁見に行こうか。春蘭と季衣はどうする?」

 

突然、一刀の声が耳に入ってくる。

 

どうやら典韋を華琳の下へと連れて行くらしい。

 

春蘭も共に行っても構わないのだが、出来れば秋蘭への相談を終えるまでは、と考え、昼からの調練を盾にすることにした。

 

「あ〜、えっと…私はこの後に兵の調練があるのでな。また後で会おう、一刀、典韋」

 

「ボクは一緒に行くよ。華琳様に流琉のことお願いしたいし」

 

「そうか。また後でな、春蘭。それじゃあ、行こうか、季衣、典韋ちゃん」

 

3人と別れの挨拶を済ませ、姿が見えなくなると一つ大きく息を吐いた。

 

「ふぅ〜…よし、今日の夜にでも秋蘭のところへ行こう」

 

決意し、春蘭は顔を上げたのだった。

 

 

 

 

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「秋蘭!いるか?!」

 

夜、春蘭は秋蘭の部屋に飛び込むように入って来た。

 

「うん?どうしたのだ、姉者?」

 

部屋で寛いでいた秋蘭は姉の突然の登場に特に驚くこともなく、要件を問う。

 

春蘭は勢いのままに喋りだそうとしたが、自身の相談の内容を頭に思い浮かべた瞬間に言葉が出なくなってしまった。

 

結果、春蘭の口からは意味をなさないうめきのような声が漏れただけである。

 

秋蘭は姉の珍しい反応に驚くも、その顔が茹で蛸もかくやと、真っ赤になっているのを見て概要を悟った。

 

しかし、秋蘭は助け舟を出そうとはしない。

 

只々話そうとしては口を閉じてしまう春蘭を見つめているだけであった。

 

よく見ると、秋蘭の口の端は何かに耐えているようにピクピクしている。

 

その秋蘭の内心は、と言うと。

 

(あぁ。恥ずかしがって言い出せないでいる姉者も可愛いなぁ…)

 

まぁ、いつも通りのことであった。

 

そうしている内に春蘭の覚悟が決まったのか、遂にポツポツと話しだした。

 

「あのな、秋蘭。前に私がちょっと相談したことを覚えているか?」

 

「ああ、勿論覚えているぞ。胸のモヤモヤが取れない、と言っていたな」

 

「そう、それだ。それなんだが…ようやく私にも原因が分かったんだ」

 

そこまで言って、再び春蘭は口を噤む。

 

しかし、今度の沈黙は短いものであった。

 

「秋蘭。どうやら私は、いつの間にか一刀を気に入ってしまっていたようなんだ」

 

「ああ、そうだろうな。私も一刀のことは気に入っているよ」

 

さも当たり前のように返す秋蘭。

 

春蘭はそれに返そうとするのだが、

 

「私が言ってるのは普通の”気に入る”のとは違うものでだな…え〜と…」

 

言いたいことが上手く伝えられず、もどかしがる春蘭。

 

秋蘭は内心にいつもの言葉を浮かべながら、姉のフォローに走る。

 

「ああ、分かっているぞ、姉者。ちゃんと私も、一刀のことを”男として”気に入っている」

 

「おお、それだ!そうそう、それが言いたかったんだ。今まで2年以上も一緒にいて今更気づいたんだ。いつからかは分からん。だが、いざ気づいてしまうとどう接していいのかわからなくなってしまったのだ」

 

なるほどと思わなくもない。

 

むしろ、この世界の若い女性には得てしてこの手の悩みを抱えることが多いのである。

 

歴史に名を連ねる程ではなくとも、実力のある者、才のある者は女性であることが圧倒的に多いこの世界。

 

必然、実力や才能のある女性は男性と対等に接する機会がほとんどなくなってくる。

 

春蘭もその例に漏れず、対等に接した男は父親を除くと一刀だけであった。

 

故に、言ってしまえば初心なままの春蘭は一刀にどう対応すればいいのかを見失ってしまっていた。

 

実を言えば、秋蘭も一度陥りかけた道である。

 

時期としては3人で華琳の下に馳せ参じた辺り。

 

父の元を離れるに当たって、父から一刀の黒衣隊の長官の職を継ぎ、色々と調べる内に一刀が自分と姉をずっと陰ながら支え続けていたことを知った結果であった。

 

しかし、秋蘭の場合は元からポーカーフェイスが得意であった為、意識して普段通りに接している内に無理が抜けていったのである。

 

春蘭にその案を提案したところで出来るはずもないだろう。

 

ではどう諭せば良いのか。

 

ある程度のことを考えながら、秋蘭は質問を投げる。

 

「姉者は今の一刀との関係を変えたいと思っているのか?」

 

「え?ん〜…どうなのだろう…」

 

「少し質問を変えようか。姉者は今の一刀との関係に満足しているのか?」

 

「それなら満足しているぞ。一刀との仕合も楽しいしな」

 

こちらの質問にはほぼ即答であった。

 

恐らく、まだそれほど強く想っているわけではないのであろう。

 

そうであれば、と秋蘭は答え方を決めた。

 

「ならば、別に今までと同じように接すればいいではないか?接し方を変えると言う事は今の関係を変えることになるわけだしな」

 

「むぅ、なるほど。確かに秋蘭の言う通りかも知れないな。だが、それで大丈夫なのだろうか?」

 

「ああ、姉者なら大丈夫だ。多少の奇行が見られても『姉者だから』で納得してくれるさ」

 

「なっ!?それはどういうことだ、秋蘭!」

 

「言葉の通りだよ、姉者」

 

「秋蘭〜!!」

 

落ち着いた雰囲気は一変、いつものような慌ただしいものに変化した。

 

狙ってやったのか、単に春蘭をからかっただけなのか、とにかく秋蘭の機転のおかげで変に重苦しい事態になることだけはなかったのであった。

 

 

 

翌日、春蘭は華琳から夜に騒いだ罰を受け、その時の春蘭の困り果てた顔を至福の表情で見ていた秋蘭が城内で見られたとか。

 

 

 

 

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日は移り、ある日の夜。

 

陳留からすぐの森にて、黒衣隊の訓練が行われていた。

 

ただ、今回の訓練は少し毛色が違っている。

 

いつもは隠密班と索敵班に別れたそれぞれの技術向上を主軸に置いているのに対し、この日の訓練は森の中を行く1人を他が隠密術を駆使して襲っていた。

 

その人数も黒衣隊全体の半分にも満たない。

 

どうやら予定のあったものではなく、急遽集めたもののようである。

 

しかし、人数の違いなど、森を唯1人歩く周倉には関係がない。

 

今、周倉は己の身を守りきることに精一杯であった。

 

周囲に気を張り巡らせ、僅かな音すら聞き逃さない。

 

それでも、周囲360°どころか上下からすら襲ってくる隊員達の攻撃は中々感知出来ないのである。

 

「っ!」

 

カサ、と茂みが音を立て、周倉はそちらに視線を向ける。

 

その正反対の木の枝から音もなく2人が飛び降り、周倉の胸元と足元に同時に攻撃を仕掛ける。

 

ぎりぎりで気づいた周倉は胸元の攻撃だけは何とか防ぐ。

 

しかし、足元の攻撃には対応しきれず、動かす間もなく強かに打ち付けられてしまった。

 

「はい、そこまで」

 

周倉が攻撃を受けた瞬間、一刀の声が聞こえてくる。

 

それを合図に、周囲の闇に溶けていた隊員達がぞろぞろと集まってきた。

 

全員が集まったことを確認し、一刀が声を掛ける。

 

「今日の訓練はこれで終わりとする。皆、今日は突然の召集に応じてくれてありがとう」

 

訓練終了の言を受けて、いつも通りに黒衣隊は散って行く。

 

後には周倉と一刀だけが残っていた。

 

「め、滅茶苦茶に、きつい、ぜ」

 

息も絶え絶えにそう愚痴る周倉。

 

一刀は涼しい顔で周倉に向かって言う。

 

「お前には一つ重要な任務を頼みたいからな。一応桂花室長の表向きの権限で役得のある仕事を回しているだろ?あれはその任務の報酬の前払いみたいなものだと言ったはずだ。受けたからには、まあ頑張れ」

 

「はぁ。わかったよ…」

 

一刀の話す役得。それは張三姉妹、今は数え役満姉妹に名を変えているのだが、その興行の護衛筆頭として姉妹に接触できることであった。

 

元々天和達に心酔していた周倉はこの条件に一も二もなく、内容も知らされていない任務に即諾したのだ。

 

「ところで、未だにその任務とやらの内容は教えてもらえないのかよ」

 

「ああ。今は話しても何も理解出来ないだろう。華琳様、桂花室長、零殿なら或いはその可能性くらいは考えているかも知れないが。今はとにかく隠密含めた色々な実力の底上げに専念だ。時が来たら必ず教えることになるんだからな」

 

一刀の目は周倉を向いている。

 

しかし、その瞳の奥では一体どこを見ているのか。

 

「…あんたもつくづく謎が多いよな」

 

周倉が思わず漏らしたその一言は、しかし闇に吸い込まれて消えてしまうのであった。

 

 

 

 

 

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とある日。

 

太陽が中天を通過して少しした頃、調練場に武官の大半が集められた。

 

一列に並んだ武官の前には華琳が立ち、その脇には流琉が控えている。

 

揃ったと見るや、華琳が武官たちに向けて話し出す。

 

「今日集まってもらったのは他でも無いわ。貴方達に流琉の鍛錬も見てあげて欲しいの」

 

「それは構いませんが、いきなりどうされたのですか?」

 

春蘭が諾を示しつつも質問を返す。

 

確かに華琳の行動は突然と取れる。

 

一刀が流琉を華琳に紹介しに行った日、取り敢えずは秋蘭の下で色々と学ぶところから始めるように言われていたのである。

 

それから僅か数日後の今日、こうして華琳が直々に調練場にまで赴いて先のお達しを述べ上げたのであった。

 

「流琉は私の親衛隊に入れることにしたわ。それに恥じないだけの武を付けてあげて頂戴」

 

「それはまた、随分と突然ですね…」

 

華琳の言葉を聞いた菖蒲も少々驚いている。

 

対して、一刀だけはなんとなく理由を察したようであった。

 

「どうやら、相当お気に召されたようですね」

 

「あら、一刀は分かっているのね。ええ、そうよ。教えてくれた貴方には感謝しているわ」

 

「いえ、偶々あの時に思い出しただけですから」

 

2人が話している内容、それは先日の最後にふと一刀が話したことに関してである。

 

要は、華琳が流琉の料理の腕を特別気に入ったということだ。

 

一方、季衣は事情を理解していなくとも流琉が同じ部隊に入ると聞いて喜んでいた。

 

「そういうわけで貴方達に頼みたいのよ。引き受けてくれるかしら?」

 

「勿論構いません。方法はこちらで考えても?」

 

「ええ、それでいいわ。それじゃ、お願いするわ。流琉も頑張ってね」

 

「は、はいっ!」

 

ずっと緊張していた流琉は華琳に声を掛けられてどもってしまっていた。

 

どうやら要件も告げられず連れられてきたようで、その緊張の度合いは相当なものであっただろう。

 

華琳が調練場を去ると大きく息を吐いていた。

 

「さて、それじゃあ、これからは俺達3人が季衣と流琉に一人ずつ付いて鍛錬することにしようか」

 

「うむ、私はそれで構わんぞ」

 

「私もそれで構いません。内容は季衣ちゃんの時と同じでいいのでしょうか?」

 

菖蒲の質問に一刀は少し考えてから答える。

 

「そうだね。前に2人に仕合をさせてみたんだけど、その限りじゃあどっちも同じ様な戦い方だからね。あ、勝手に進める形になっちゃったけど、それでいいかな、流琉?」

 

「はい、大丈夫です」

 

流琉の諾の返事を得たことで突然言い渡された鍛錬の方針は決定した。

 

 

 

大まかな方針だけ決めた後は鍛錬の内容、流れを流琉に簡単に説明してその日はそれで解散となった。

 

その後、流琉は季衣並みの純粋さに加え、一刀や菖蒲の理論的な話の理解も早く、瞬く間にその実力を伸ばしていった。

 

文官から武官まで、華琳の陣営の力は着実に高まっていく。

 

陳留周辺の治安は非常によいもので、一時の平和を満喫していた。

 

しかし、所詮その平和は仮初でしかない。

 

それは暫くの後に高らかに鳴り響いた、漢王朝を終焉へと誘う鐘の音によってまざまざと思い知らされることとなるのだった。

 

説明
第十七話の投稿です。

そろそろ初期のストック+追加執筆分が尽きそうです。
ストックが尽きたら、書き上げ次第の投稿になるため、不定期になります。
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コメント
>>naku様 前2つと後ろ1つはまだおおっぴらに未来の知識をひけらかせないが故ですので仕方ないとして、真ん中3つは…確かに否定材料が乏しいw でも、すけこまし度は某ラノベのHSS発症させた人よりはマシだと思います!w(ムカミ)
>>naku様 自分の書く一刀はそんなにも印象悪いですか?! …うん、確かに、そう感じることが無くも無いかも… 無意識であれ、嫉妬視点で見ると一刀さんの行動はヤヴァイんですね…(ムカミ)
>>陸奥守様 ご指摘ありがとうございます、修正しました。 本人は分け隔てなく接しているだけなのですけれどね。男女隔てなく接することが出来る人物の宿命みたいなものでしょうか(ムカミ)
自力→地力  前後の文脈を考えるなら地力の方がふさわしいでしょう。一刀の数日の動きを春蘭の目線で見ると、女ったらしの屑にしか見えないな。とっかえひっかえ違う女と一緒に笑い合ってるって。(陸奥守)
>>本郷 刃様 そう思っていただけると光栄の極みです。他に魅力的過ぎるのが多いのは分かってはいるのですが、それでも春蘭はもっと人気あってもいいと思うんだ!(ムカミ)
春蘭が可愛くて良かったです♪ やはり春蘭はこうでなくては!(本郷 刃)
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