真・恋姫†無双 想伝 〜魏†残想〜 其ノ十六
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『幸せな日常』

 

 

 

 

 

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北郷一刀が太守として治めることになった郡、魏興。

郡内にて彼らが本拠としている街は小規模なれど、正しい太守の膝元であることを実感できる穏やかな街に成りつつあった。

 

 

“能力のある者なら身分を問わず重用する”

 

 

この方針により流民だろうがこの街の民だろうが、とにかく関係無しに目に付いた人材を登用している今日この頃である。

 

しかし、将軍職や軍師職となるとそうはいかない。

目に付いた――そんなレベルでは重用することはできない。特に今は、勢力の基盤を決める大事な時。

 

 

そんなわけで、一般的な登用と間引く必要がある。

 

将軍職、軍師職希望はこちら。

 

そんな感じにあくまで簡易的に設けられた一室にて

未だ誰も入ってこない部屋の扉を華琳が仏頂面で眺めているのはそういうわけであった。

 

 

 

 

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「ふゎ……」

 

 

つい出てしまった欠伸を噛み殺す。

先日は寝る時間が遅かった、とか別にそういうことじゃないけど、やっぱり暇は暇。非常に退屈。

 

 

暇なこの時間。

 

希望者が来たらどうしよう、とか。どういう基準で選定しよう、とか。とにかく色々なことを考えるべきなのでしょうけど。

 

ここに来る希望者達にとっては残念なことに、私の関心は一昨日辺りから終始別の方向へ向いていた。

 

言わずもがなだけど、それはもちろん一刀のこと。どうにも心配でならない。

 

ちゃんと指揮が出来ているか、怪我はしていないか。睡眠や食事もしっかりと取れているのか。それとそれと――

 

 

「……まったく。私は一刀の母親か何かなの?」

 

 

自分の思考を無理やり中断させて溜息を吐く。

もちろん、こういう心配事は当たり前にするのだけれど。心配し過ぎて一刀に嫌われないか、ということもまた心配の種。

 

適材適所。役割分担という意味で、この人選は間違っていない。

 

一刀は郡内にて小規模に散発する賊の討伐。

私や李通、紫苑は街周辺の警戒とこのような人材登用の監督官。

 

私の眼から見ても一刀の指揮能力は高い。元々、警備隊の隊長を任せていたのだ。その予感というか期待はあったのだけれど。

 

 

今の一刀には指揮能力の他、状況を判断する能力や戦闘能力が備わっている。

 

以前のように、守られるだけじゃない。心配はするだけ無駄。一刀は私が終始心配していなければいけないほど、弱い人ではない。でも――

 

 

「……そういうことは別にして、やっぱり心配なものは心配なのよね」

 

 

だらしなく、また見っともないということは理解しているけど、私は机に突っ伏した。

 

 

「心配心配心配心配心配心配〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

そのまま机の上に乗った上半身をゴロゴロと転がす。

呪文のようなそれが部屋に響くも、誰も聞くものはいない。万福――李通辺りが見れば顔を曇らせて注意しそうだけど。

 

 

こういうことが出来るのも、王という殻から解き放たれた結果なのだろうか。

 

いつもの問いを、私は自分に問い掛ける。当たり前だが、答えは返ってこない。私自身の問題に答えを出すのは、いつだって私だ。

 

 

「……」

 

 

転がるのを止めて、呪文のようなそれも止める。

しかし、やっぱり考えるのは一刀のこと。まったくもってどうしようもない。一刀の顔を思い浮かべるだけで自然と浮かぶ笑み。

 

 

 

――もういい。どうしようもないならどうしようもないで、誰かが来るまでこうやってニヤニヤしていよう。

    誰も来なければ来ないで、その時はその時。決められた時間まで一刀を想ってニヤニヤするだけの話だ。

 

 

 

 

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「へっくし!」

 

 

 

街へと帰還し、通りを歩いている最中に突然出たクシャミ。

鼻を鳴らして擦りながら、一刀は首を傾げた。テンプレだが言っておこう。

 

 

「誰かが噂でもしてんのか……?」

 

『いや、この街じゃ兄貴の噂なんて珍しくもないでしょうよ。ほんっとに慕われてまさぁ、兄貴は』

 

「そうだな……もし悪口とかだったらどうしよう」

 

『へっへっへ。そんなこたあ天地がひっくり返っても有り得ませんや』

 

 

話の最中、顎に手を当てて何かを悩み始めた一刀に対して元山賊の頭は元気付けるように言う。しかし

 

 

「いや、俺じゃなくてお前らへの悪口」

 

『俺達っすか!?』

 

 

まさかの矛先に元山賊の頭は声を上げる。そりゃねえよ、と。

 

そのリアクションを求めていた一刀は笑いながら元山賊の頭の肩をバシバシと叩く。

 

 

「はっはっは、気にすんなよ。そんなことはないさ、万に一つもな」

 

『そうですかねえ……俺達にゃあ悪行に手を染めていたっつー過去がありますし。あんまり褒められたもんじゃねえです』

 

「それを言ったらお終いだろ。吉利の率いてた義勇軍の半分も元賊って話だしな。元賊がどうとか、気にしてたらキリが無い」

 

 

一刀は肩を竦めた。

それを見て元山賊の頭は諦めたような笑みを浮かべる。

 

 

『まったく、変なお人だ。兄貴は』

 

「む、心外だな」

 

『何を言ってんですかい。全員の共通見解ですよ』

 

 

その言葉を聞いた一刀は立ち止まって後ろを振り向いた。

後ろを付いて来ている総勢百人近い元山賊兵達がニヤッと笑みを浮かべて同時に頷く。

 

 

それを見て苦笑した一刀はそのまま前を向いて、再び歩きだした。兵達もそれに倣う。

 

 

歩を進めつつ、ふと空を見上げながら一刀は反撃の言葉を呟いた。

 

 

「――“共通見解”なんて言葉、知ってんのな。びっくりした」

 

 

『『『『 そんぐらい分かりますよ!!!!!!! 』』』』

 

 

兵達の抗議の声が街の通りに合唱となって響く。それを聞いた一刀は愉快そうに笑った。

 

 

 

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一方その頃。街中にある別の通りにて。

 

 

 

「やーどうしよう。いやホントどうしよう。まさか橋が落とされたままとはね。う〜ん、これじゃあ赴任地まで行けないよね」

 

 

 

一人の少女が首を傾げたまま唸っていた。

 

どこか男の子のような、現代風に言えばボーイッシュな印象を与える風貌。

肩まで真っ直ぐ伸ばした薄い茶色の髪を揺らして、右に左にと首を傾げる。

 

台詞の割に、そこまで困ったという表情ではない少女は、これからどうしようか、と考え始める。

 

 

赴任地は蜀郡。

しかしそこに辿り着くための道中にある橋が落とされたまま。

 

推挙されたものの、個人的にはあまり乗り気ではなった。

どうせ行ったとしても家柄とか年齢とかを鼻に掛けた傲慢なオッサン達が色々言ってくるに違いないのだ。

 

実に面倒くさい。

 

しかし推挙されたからには赴任しなければいけない。ああ、非常に面倒だ。

しかもどうせ推挙されたのは、最近不安定な益州の情勢を見て来いとかそういうことだろう。ああもういっそのこと――

 

 

「この街で士官しちゃおっかなー」

 

 

最近になって太守が変わったというこの郡。

 

噂によるとその太守は領民から大層慕われているらしい。確かにこの街の人を見るとみんな本当の笑顔を浮かべている。

 

噂が真実である可能性は高い。しかしあくまでも噂は噂。

 

 

「――ん?」

 

 

脂ぎったオジサンが自分で噂を流してるんじゃあるまいな、とか思いつつ割と本気で士官を考え始めた少女の眼がふと、道端にあった立て札に吸い寄せられる。

 

 

「これは……」

 

 

その内容に目を通すと、どうやら現在、人材を募集しているらしい。少女の眼がキラリと光った。

 

 

 

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「一刀さん、お帰りなさいませ」

 

「お兄ちゃんお帰りー!」

 

「うん、ただいま」

 

 

城の門をくぐると、即座に出迎えの挨拶。少し離れた場所に紫苑と璃々が立っていた。

 

 

「おっと!」

 

 

何の前触れも無しに抱き着きモードに入った璃々を難なく受け止め、優雅に歩いてくる紫苑に視線を移す。

 

 

 

「まさか待ってたのか?」

 

「はい。一刀さんが連れて行った兵達が先に戻って来ていたので」

 

「でも一刀お兄ちゃんがいっしょにいなかったから、璃々とお母さんでまってたの!」

 

「そっかそっか。璃々は優しいな」

 

「璃々だけですか?」

 

「もちろん紫苑も、だよ」

 

「ふふっ、ありがとうございます。やはりそう言ってもらえるのは嬉しいものですね」

 

 

含みのある言葉を聞いて、一刀は本心からの言葉を返した。

 

もう一段上を行くとするならこの後に“まるでついでみたいな〜”と続くのであろう。

 

しかし紫苑自身が一刀の言葉と笑顔に充足感を覚えてしまったため、そうはならなかった。

 

満足したのか、抱き着いていた璃々は離れて紫苑の隣に移動する。それを目で追いながら一刀は尋ねる。

 

 

「取り敢えずひと段落付いたのか?」

 

「はい、数が多くて大変でしたけど無事に。今は李通さんが早速指導に当たっています」

 

「李通も大変だな」

 

 

城内に入り、歩きながら一刀は肩を竦める。

 

しかし李通はそれを望んでやっていて、微塵も嫌だとか面倒だとか思っていないのだろう。本当に頭が下がる働きぶりだった。

 

ふと、一刀の台詞を聞いた紫苑と璃々の表情が少しだけ曇る。

 

 

「一刀さんも、でしょう? お怪我が無くて本当に良かったです」

 

「お母さんの言うとおりだよ?一刀お兄ちゃんがケガしたらみんな悲しいんだからね?」

 

「ありがとうな、二人とも。……ん、そういや華琳は?」

 

 

二人の言葉に顔を綻ばせたのも束の間、一刀は辺りを見回し始める。

 

 

「華琳なら別室ですわ。それより一刀さん、女性といる時に他の女性の話題はどうかと思いますよ?」

 

「あー……ごめん」

 

 

やっちまった、と一刀は済まなそうな顔で謝る。璃々は意味がよく分かっていないのか首を傾げていた。

 

少しの間があり、険しくなっていた紫苑の表情がフッと緩む。そのまま紫苑は優雅に微笑んだ。

 

 

「冗談です。半分は、ですけど」

 

「あははは……」

 

 

台詞の後半。眼が笑っていないのを見て、一刀は乾いた笑い声を上げる。

それだけで後半部分にどれだけの感情が籠っているのかは容易に理解できた。

 

 

「華琳なら別室で将軍候補と軍師候補の選別に勤しんでます。でも、成果は芳しくないようですね」

 

「芳しくないってのは――」

 

 

一刀の言わんとすることを理解して、紫苑は苦笑いで頷く。

 

 

「はい。まだ一人も」

 

「さすがに将軍とか軍師の発掘は敷居が高すぎたか……?」

 

「さっき璃々がそーっと覗いたら、華琳お姉ちゃん寝ちゃってたよ?」

 

「あの華琳が退屈で寝るほどまでに人が来ないってことか……。了解、ちょっと見てきていいか?」

 

 

璃々の台詞を聞いて頭の中にそんな様子の華琳を思い浮かべる。なんか不憫だった。

居ても立ってもいられなくなり、一刀は紫苑に断りを入れる。すると紫苑は悪戯っぽい表情を浮かべた。

 

 

「あら、別に私に許可を取らなくとも構いませんよ?」

 

「そういうことを蔑ろにするほど甲斐性が無いわけじゃないぞ、俺は」

 

「ふふっ、分かっています。私と璃々は李通さんの元にいますから、何かあったら呼びに来てください」

 

「了解。悪いな、二人とも――」

 

 

一刀は軽く片手を上げ、二人の横を早足ですり抜けていく。その背を見送る紫苑と璃々。

 

その姿が見えなくなると、璃々は隣に立つ紫苑を見上げる。

 

 

「一刀お兄ちゃんいっちゃったね、お母さん」

 

「……ねえ、璃々」

 

「なあに?」

 

「璃々は一刀さんのこと、好き?」

 

「だーい好き!」

 

 

手を一杯に広げて、即答と共に感情を正直に表現した娘を見て紫苑は微笑んだ。

 

 

「お母さんは?」

 

「うん? お母さんも一刀さんのことが大好きよ」

 

「じゃあ璃々とおんなじだね!」

 

「そうね。それじゃあ、吉利のことは好き?」

 

「吉利お姉ちゃん? 吉利お姉ちゃんも大好きだよ! あ、あと李通お兄ちゃんも!」

 

「そう。璃々には大好きな人が沢山いるのね」

 

「うん! みんな大好き!」

 

 

純粋にはにかむ娘を見て紫苑は思う。

我が娘ながら自分の心に正直だな、と。それが、今は子供の時分だからなのか本人の素養なのかは分からない。

 

ただ出来ればこれからもそうあってほしい、と心から願う紫苑。

彼女は女であり、そして母。どちらの立場でも満たされている自分の今に、心の中で人知れず感謝する彼女だった。

 

 

 

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「いるとすれば、ここしかないよな」

 

 

 

紫苑から別室とは聞いたものの、詳しい部屋の場所を聞くことをすっかり忘れていた。

 

つまり、その部屋を探すという無駄な作業をこなさなければいけなくなり、最後がこの目の前の部屋というわけだった。

 

 

まあ、本当言うとこの部屋こそが一番最初に見当を付けていた場所なのだが。

部屋の前に立った時点でなんというか、開けてはならないオーラがヒシヒシと伝わってきたので一番後回しにしていたのだ。

 

 

未だそのオーラが漂う部屋。嫌な予感がしなくもないが仕方がない、と自分を無理やりに納得させる。

 

城内の部屋数がそこまで多くなくて助かった、と取り敢えずは人知れず胸を撫で下ろして一刀は何の気なしに扉を開けた。

 

そこには――

 

 

 

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜う〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

バタン!

 

 

 

一刀は扉を閉めた。

 

……見てはいけないものを見た気がして、ちょっとした罪悪感を感じる。

 

しかし、あれは本物か?いや、俺の見間違いだろう。

黄巾党を討伐したのは昨日。少し気が昂っているのかもしれない。

 

 

そう自分に言い訳をして気を取り直した一刀はもう一度、意を決して扉をゆっくりと開ける――

 

 

 

「む〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

 

バタン!

 

 

開けてしまってごめんなさい、という言葉をグッと飲み込んで再び扉を閉めた。

 

見間違いじゃなかった。見紛う筈もない。あれは正真正銘、間違いなく華琳だ。

 

 

一刀は扉に背を預けて、こめかみを押さえる。

 

どうやら華琳は賊討伐に赴いていた俺よりも疲れているらしい。これは俺の失態でもあるだろう。

 

だってあの華琳がだぞ?あの華琳が机の上で妙な声を上げながら右に左にと、ゴロゴロと転がっているんだぞ?

 

明らかに疲れから来るものだとしか思えない。いやまあ、ああいう新鮮な一面があるならそれはそれで可愛いものだとは思うが。

 

しかし、しかしだ。

ここはそっとしておくべきだろうか。それとも疲れに対する何かしらのケアをすべきなのだろうか。

 

見なかったことにするべきなのか、それとも笑ってやる方がいいのか。正直判断が付かない。今の気持ちを端的に言おう。

 

 

「……どうしよう」

 

 

まるで郡や州レベルの難しい案件に関して考えているかのような顔で一刀は呟いた。すると――

 

 

バタン!!

 

 

「うおおっ!?」

 

 

唐突に勢いよく、部屋の扉が内側から開かれた。

扉に背を預けていた一刀は、当たり前だがその勢いに押され、たたらを踏む。というか、背中と後頭部に扉が直撃した。

 

 

 

「痛っつー……」

 

 

 

背中はともかくとして、一番ダメージの大きかった後頭部を摩り(さすり)ながら一刀は後ろを振り向く。

 

そこには、唇をへの字に曲げた不機嫌そうな表情ながらも、恥ずかしさからか微妙に顔が赤くなった華琳が立っていた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

訪れる沈黙。そしてどちらともなく。

 

 

 

「……おかえり」

「……ただいま」

 

 

 

 

取り敢えず、それぞれが今一番に言いたかったことを口にした。

 

 

 

 

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「なあ華琳。さっきのって――」

 

「――言わないで。自分の迂闊さに死にたくなるわ」

 

 

 

部屋の扉を後ろ手に閉めながら尋ねるも、途中で遮られる。

一刀の位置からは背中しか見えない。しかしその声から、今浮かべているであろう表情は予測出来ていた。

 

 

華琳に気付かれないように、心の中で一刀はクスリと笑う。

そういう迂闊さも含めて、妙に愛らしくなった華琳の様子は実に微笑ましいものだった。

 

 

華琳は椅子に座ると、一刀に別の椅子を示す。

座れ、ということだろう。確かに、立ち話にそこまでのメリットもない。一刀は大人しく椅子に腰かけた。

 

 

「怪我が無いようで安心したわ」

 

 

素っ気なさそうに聞こえる華琳の台詞。

しかし一刀はその一言に含まれている色々な感情を理解できる者。

 

 

「ああ、幸いなことにな。俺もそうだし、隊の奴らも怪我人はいるけど死者はいない。上々の結果だよ」

 

「ただでさえ少ない兵力が減らなくて良かったわ」

 

「どうしてそう他の人が聞いたら嫌な顔をしそうなことを言うかね、華琳はさ」

 

 

少なくとも自分と、この城にいる他三人は華琳という人物のことを正しく理解している。

 

基本的に彼女は天邪鬼というか、妙に悪ぶる時があるのだ。

今がまさにそれ。あの外史で劉備と相対していた時の彼女にも感じていたことだった。

 

 

「……私の数少ない悪癖の一つなのだから、少しは大目に見なさいよ」

 

 

自覚はしているようで、バツの悪そうな顔で拗ねるように口を尖らせた華琳を見て一刀は苦笑した。

 

 

「はいはい。でも他の人の前では自重しろよ? 俺は華琳が嫌われるところなんて見たくないしな」

 

「分かってる。そのつもりよ」

 

 

やはり素っ気ない返し。

しかし一刀は見逃さなかった。一瞬だけ華琳の口角が上がったのを。

 

 

「それで成果は?」

 

 

華琳は気付かず、尊大に腕を組んで一刀に尋ねる。

相変わらずのポーズに再び苦笑しながらも、一刀は黄巾党討伐の成果を報告し始めた。

 

 

 

 

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「――なるほどね」

 

 

街に帰ってくるまでの一連の流れを一刀から聞き終えた華琳。

彼女は内容を吟味して噛み砕くように、目を瞑って何度か頷く。その間、数十秒。

 

 

やがて目を開け、真顔でこう言った。

 

 

「一刀。歯を食い縛りなさい」

 

「唐突っ!?」

 

 

予想だにしていなかった華琳の台詞に、一刀は驚きの声を上げる。

 

しかし華琳としては冗談を言ったつもりは無いようで、既に拳を握り締めていた。……女の子なのだから、拳はどうかと思う。

 

 

そんな考えを他所に、拳を固めた華琳の額には青筋が浮かんでいた。軽く引き攣った笑いを浮かべながら華琳は一刀に尋ねる。

 

 

「なんであなたの周りにはこうも女性ばかりが惹かれてくるのかしらね」

 

「それは俺自身が最も気になってることだったりするんだけど。でも、孫策と黄蓋はそういうんじゃないだろ? まあ、俺がこの街に御同行願っていたら話は別だったかもしんないけどさ」

 

「む……」

 

 

納得がいかない、という顔をしながらも一刀の言葉は正論だと思ったのか、華琳は拳を下した。

 

取り敢えず一刀は胸を撫で下ろす。しかし、華琳の表情は先程と打って変わって複雑なものへと変化していた。

 

 

「黄蓋のこと、か?」

 

「……一刀の方からそう聞いてるということは、あのことに対して少しは整理が付いたの?」

 

「どうだかね」

 

 

華琳の問い掛けに一刀は肩を竦める。

だが一刀の表情もまた、華琳と同じように複雑なものになっていた。

 

 

「俺はあの外史で、幾つかのルール違反をした。秋蘭を助けたこと、赤壁で魏軍を結果として勝たせたこと」

 

「るーる……るーる……」

 

「ああ、ごめん。決まり事って意味かな、この場合。本来ならやっちゃいけないことをやったってこと」

 

「後悔してるの?」

 

「いいや、あの時も言ったろ。俺はあの外史で自分が取った行動に対しての後悔は無い。華琳と離れ離れになったっていう未練はあったけどな」

 

 

もっと正確に言うなら、目の前で泣いている女の子の涙を止めてあげられないことに対しての未練。

 

でも、流石にこの場でそれを口にするのは恥ずかしすぎる。これは自分の胸の中にだけにしまっておくべきことだろう。

 

 

「私だって、そう思っていたわよ」

 

 

少し拗ねたように呟かれた台詞。それを聞いた一刀は華琳に優しい目を向けた。

 

 

「……何?」

 

「何でもないよ。改めて思っただけ。華琳は可愛いなあ、ってね」

 

「か――!?」

 

 

一刀が口にした不意打ちの台詞に真っ赤になる華琳。

 

この流れでそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。口をパクパクさせながら、あうあう言うだけになっていた。

 

 

「でも、さ。この外史で俺達が気にしても仕方ないことだとも思うよ。それを抱えてるのは俺達だけなんだし」

 

「……そ、そうね。私達が気にしているだけで、この外史の黄蓋にとっては何の意味もないことだもの」

 

「そういうこと」

 

「あなたから振った話題なのに、その本人がドヤ顔で頷くのは少しイラッとくるわね」

 

「いや、んなこと言われましても」

 

 

 

二人しかいない静かな部屋。時は既に夕刻。

天気が良かったせいか窓からはオレンジ色の光が差し込み、室内を色鮮やかに照らす。

 

まるで放課後の教室のようなその光景。

どちらともなく会話が無くなり、ふと見つめ合う。

 

互いに少しだけ頬を染めた状態。しかし差し込むオレンジ色の光がそれを隠す。

 

ゆっくりと二人の距離が近付き、そのまま唇が――

 

 

「あら。そういうことでしたら私も混ぜてもらっても構いませんか?」

 

 

――触れ合わなかった。

 

 

一刀と華琳。二人一緒に声のした方に目を向ける。

 

 

「ふふっ、お熱いですわね」

 

 

ひょっこりと窓から紫苑が顔を覗かせていた。

 

一瞬呆気に取られていたものの、すぐに不機嫌な表情になった華琳が呟く。

 

 

「……良いところだったのに」

 

「御免なさいね、華琳。でも抜け駆けは見過ごせないでしょう?」

 

 

言い終わるとガサゴソと窓の向こうで動きはじめる紫苑。何をしているのか、と首を傾げる室内の二人だったが、答えはすぐに出た。

 

 

「よいしょっ……と」

 

 

いい年の大人が窓から、室内に侵入を試みていた。

 

そして

 

 

「あっ――」

 

 

体制を崩して頭から床に墜ちた。ゴツン!という鈍い音が響く。

 

……うん、ごめん。なんとなく予想は付いてた。

 

だって窓から侵入しようとして身を乗り出した時点で、その胸部にある重そうな二つの大きな塊がこっち側にこんにちは、してたし。

 

名誉の為に言っておく、俺は助けに行こうにも行けなかった。

 

華琳が万力のような力で腰回りをがっちりとホールドしていたからである。

 

どうやらバチでも与えたかったらしい。無論、紫苑に。

 

 

「きゅう……」

 

 

どうやら気絶でもしたらしく、紫苑は部屋の床で伸びてしまっていた。

 

一刀は華琳に視線を向ける。

少々渋りはしたものの、華琳は仕方がないというふうに溜息をひとつ吐き、腰をホールドしていた腕を外した。

 

すぐに一刀は椅子から腰を上げて、伸びている紫苑の傍らにしゃがみ込む。

うつ伏せになっている紫苑をやんわりと仰向けにし、ぺしぺしと頬を叩く。無論、とても軽くだ。

 

 

「お〜い。紫苑? 大丈夫か〜?」

 

「う〜……」

 

 

幼い子供のようなことをして結果気絶してしまった紫苑を見ながら一刀は柔らかく微笑む。

 

 

(なんというか、こういうところは素直に可愛いんだよな。普段は綺麗っていう言葉が一番似合うんだけど)

 

 

彼女がこういう姿を見せるのは、ただ一人の前でだけ。

そのことを未だ自覚し切れていない一刀は、頬を緩ませながら頬を軽く叩いたり肩を揺すったりを続ける――と。

 

 

「あ、紫苑。気が付いたか?」

 

 

パチリ、と唐突に紫苑の眼が開いた。

一刀が声を掛けると、その瞳がゆっくりと眼の中を動き回る。

 

 

「痛いとことかは無い? いやまあ頭打ったから頭は痛いだろうけどな。他に、気持ち悪いとか無いか? ああ待てって、急に起き上がったら――んっ」

 

 

 

急に上半身を起き上がらせた紫苑は、一刀の台詞をその唇で中断させた。その間一瞬。

 

 

「あーっ!!」

 

 

何が起こったのかを理解しているのは加害者と傍観者の二人。

 

ある意味被害者の一刀はただ、唇に柔らかい何かが当たっていることと紫苑の顔がドアップになっていることしか理解できていなかった。

 

やられた、という心情を表すかの如く、華琳の声が部屋に響き渡る。

どこまでも普通の女の子のようなその声を聞いて、何故か不思議と暖かな気持ちになった一刀。

 

 

「んっ……」

 

 

その唇から柔らかい感触が離れていき、紫苑が顔を引く。事は一瞬の内に終わっていた。

 

遅れて、紫苑にキスされたのだと気付く。そして、華琳が抗議の声を上げた理由をも理解した。

 

 

「警戒していないと、唇ぐらいは簡単に奪われますよ?」

 

 

唇を指でなぞるという扇情的な仕草をしながら、紫苑は一刀に向けてニッコリと微笑む。

そして次いで、華琳を見た。何かを言外に告げているかのような眼差しで、小首を傾げる。

 

 

ピキリ、と何かが軋むような音が聞こえた気がした。

ギシギシと錆びついたロボットのように恐る恐る首の関節を回す。

 

 

 

――嗤っていた。

 

――華琳が満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

嗤っている筈なのに、部屋の温度が一気に数度下がったかのような錯覚に陥る。

 

これは、ヤバい。とてつもなくヤバい。戦場で会った時の孫策よりヤバそうだった。

 

 

「それは、挑戦と、受け取って、いいのかしら?」

 

 

一言一言を区切って、華琳は紫苑に語り掛ける。

それを笑顔で受け止める辺り、紫苑も相当のものだろう。男には分からない世界なのかもしれなかった。

 

 

「もちろん」

 

 

言うが早いか、紫苑は軽快な動作で立ち上がると先程の醜態が嘘のような動きで窓を軽々と飛び越え、外へ逃げていく。

 

まさか、さっきのあれは全てが計算だったのか?

 

 

「待ちなさい紫苑!!」

 

 

ちょっとだけ人間不信に陥りそうな一刀のことなど露知らず、華琳は声を上げて行動を始める。

 

椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がり、躊躇することなく紫苑が消えていった窓に向かって走り始める。

 

勢いよく飛び越え、追跡する為の速度を少しでも早くするためだろう。そう思った一刀だったのだが――

 

 

「んっ――!?」

 

 

少しだけ乱暴に襟を掴まれ、やはり少しだけ乱暴に唇を奪われる。さっきのキスとは違い、一瞬ではなく数秒。

 

まるでキスを上書きするかのようにそれは行われ、始まった時と同じように、唐突に、乱暴に終わりを告げた。

 

 

「なんというか……情熱的とでも言えばいいのか? こういうのって」

 

 

華琳が窓を軽快に乗り越えていくのを目で追いつつ、今起こったことをどこか客観的に思いながら呟く一刀だった。

 

無論、その頬が今という幸せを享受するように緩んでいたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明

こんばんは!
しばらくぶりの投稿です。少し間が空きましたが、どうかお楽しみください。

どうにも最近、甘い物語を書いてばかりいる気がする。
そろそろ血みどろで陰湿で暗いイメージ漂う戦の話を書いてみたい。

(割と本気でww)

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コメント
nakuさん……ドンマイ!(じゅんwithジュン)
Soltyさん、ありがとうございます。もうね、自分で書いといてなんですが頬が緩みましたよ。そうですその通り!新キャラは〇〇です!(楽しみにさせたいので伏せておきますw)(じゅんwithジュン)
nakuさん、ありがとうございます。そんなこと言わずに、さあ。……さあ!(じゅんwithジュン)
新キャラ登場。だらけきった華琳かぁいいよ!そして主のコメから推察して・・・○○とみた!(当ててしまったら怖いので伏せておきますw)(Solty)
牛乳魔人さん、ありがとうございます。それうちの舞流ちゃんやww(作品違い) うまいこと言いますね。正直笑ってしまったww なんかNGC民の匂いを感じるのは気のせいか?(勘違いだったら申し訳ない)(じゅんwithジュン)
新キャラが「たのもー!」って3人の濡れ場に乱入してくると思ったけど、そんな事はなかったぜ!(運営的に)(牛乳魔人)
殴って退場さん、ありがとうございます。吹っ切れた紫苑は恐ろしいです。“恋”の駆け引きはともかくとして、男と女の駆け引きは得意ですからね〜。そして親子タッグはもうそれ反則のレベルww(じゅんwithジュン)
流石、百戦錬磨の紫苑w。華琳もかなり紫苑に振り回されそうで、ここで璃々との親子タッグ来たら、かなり苦戦しそう。(殴って退場)
summonさん、ありがとうございます。自分で書いてて不覚にも萌えた私はもう駄目かもしれない……orz(じゅんwithジュン)
Alice.Magicさん、ありがとうございます。残念ながら引っ張ります(苦笑)                     新キャラが誰なのかは首を長くしてお待ちください。 それと、その意見には大賛成!(じゅんwithジュン)
nakuさん、ありがとうございます。すいません、もはや半分昼ドラのようなんですが。二人が争っている間に璃々が一刀を掻っ攫っていくという話が一瞬浮かんだ。(じゅんwithジュン)
mokiti1976-2010さん、ありがとうございます。もげたら悲しむ人がいるという辺りも憎らしい……orz  爆発しろ!(じゅんwithジュン)
naoさん、ありがとうございます。いやいや、もう既に彼女は幸せです! ですがその意見にも同意します!(じゅんwithジュン)
観珪さん、ありがとうございます。お、相変わらず鋭いですねー。しかし荊州に来る軍師殿……誰かいましたっけ?   (すっとぼけ)(じゅんwithジュン)
アサシンさん、ありがとうございます。はい、新キャラの登場です。まだ完全にキャラ設定は完成してないんですけどね。ちなみにこのキャラは私が初めて魏√をやった時、“あ、いないんだ”と思ったキャラの一人です。(じゅんwithジュン)
本郷刃さん、ありがとうございます。まだ周囲には女性の影が少なく、彼女たちとしても心休まる時なのでしょう。それにしてもこの一刀、爆発しろ。(じゅんwithジュン)
R田中一郎さん、ありがとうございます。重ねて、ありがとうございます!(じゅんwithジュン)
飛鷲さん、ありがとうございます。さてさて誰でしょう。既存のキャラでないことは確かですが。(じゅんwithジュン)
華琳さま、本当にかわいい!!!ありがとうございまーす!(summon)
新キャラ登場クルー?かと思ったら来場すらしなかったwなんだか口調的に既存キャラじゃなさそうだしwドロドロしてるのも悪くはないけれど甘いのもいいじゃないですか!むしろ大好物です!華琳様かわいいじゃないですか!(Alice.Magic)
おのれ、一刀の幸せ野郎が…モゲてしまえ。それはともかく、新キャラが誰なのか期待しております。(mokiti1976-2010)
華琳が可愛すぎる!なんとしてもこの華琳には幸せになってほしいね!!(nao)
そろそろ純軍師職の方が来ると読んだ! 璃々ちゃんかわいいよ璃々ちゃん や、華琳さまもかわいいですよ(神余 雛)
新キャラ登場ですな。誰が来るんだろう?(アサシン)
華琳様も紫苑さんも可愛くて仕方がないです・・・!(本郷 刃)
楽しみにしてます(R田中一郎)
さてさて誰が仕官に来るんでしょうか?(飛鷲)
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魏√後 華琳 一刀 真・恋姫†無双 紫苑 

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