意問山からの咆哮 |
当夜は満月。
観月の準備は整えた。
あとは縁側に腰掛けて、友だちの迎えを待つのみである。
「火炎車さん、まだかな」
妖ノ宮には、これから意問山で火炎車とお月見をする約束があった。
――数時間前。
厨房の一角を借りた妖ノ宮は、せっせと月見団子をこしらえていた。
たすきと前掛けを着つけ、団子づくりに精を出す覇乱王の遺児。
その光景を覗き見て、不憫に思ったのか、通りすがりの黒耀が製作を手伝ってくれた。
いつの間にか、見かねた通りすがりの凪までも、団子づくりを補佐してくれた。
特に凪には誤解を与えてしまったようだ。
「ミヤ。アンタ、ひょっとして、ひもじいのかい? きちんと三食食べてるんだろう? 半妖のアンタにとっちゃあ量が少ないとか?」
「ごはんは足りているわ。これは、仲良しの友だちと一緒に食べるの」
「そうかい。なら良いけど」
腹では妖ノ宮のことをどう思っているのか知らないが、基本的に赤月の隊員達は親切だ。
助けてくれたお礼として、二人に完成した団子をお裾分けしてあげた。
ついでに厨房から和酒を一本、失敬した。
――やがて、待ち焦がれた彼の気配がした。
妖ノ宮のはるか頭上で「凶悪な妖力の塊」が蠢く。
「待たせたのお、妖ノ宮よ」
用意した酒と団子を袂に収納し、妖ノ宮は赤月本部を出発した。
夜空へと軽やかに舞い上がり、浮遊する火炎車。
「振り落とされんよう、きしゃっと掴まれい!」
「うん、わかった!」
双瞳を黄金に煌めかせ、妖術で身を鎧い、彼女は灼熱の輪っかにぶら下がった。
まだ幼い妖ノ宮は、初めての夜間飛行ドライブに心を躍らせる。
「わあ……見て! 火炎車さん。お月さまがまん丸だよ」
さながら、鳥の飛ぶ高度。
百花王の真紅の打ち掛けが冷風に煽られ、動物の飛膜のように広がる。
「ワハハハ、ほうかほうか。飛ぶのは楽しかろう! こっからなら餌場がよおけ見える」
「絶景、絶景!」
二人は月光を浴びながら、八蔓の大地を俯瞰した。
涼やかな風に身を委ねるのは心地良いものだった。
火炎車の安全運転によって意問山の山頂に着陸する。
満ちた月が大きく近かった。
「口開けて。はい、おダンゴ」
ギザギザの牙に縁取られた空洞に、ポイ、ポイ! と白玉を投げ入れる妖ノ宮。
「旨い、ぶちうんみゃ!」
「おダンゴ、まだたくさんあるからね」
次に妖ノ宮は徳利の栓を抜き、酒を赤い般若の口に注ぎ込む。
「お酒もどうぞ」
ゴォォオオォ……ッ!
燃料を投下された火炎車は、身を覆う鬼火の火力を上げた。
「オオ、胸が熱くなるのう! ワレェもたんと飲みや」
「うぇ、まずっ」
彼女にはまだ酒のうま味を理解出来なかった……。
それから二人は「火炎車転がし」をして戯れた。
妖ノ宮が、渾身の力をもって大きな友だちを押す。
「イェー☆」
コロコロコロ……コロコロ。
「目が、目が回るッ!!」
もともと車輪の妖であるため、岩肌を良く転がる転がる。
……ウォオォォオオォォオオオオ……!
唐突に遠くから獣の雄叫び。
高く、歌うような美しい咆哮である。
「!?」
愉快にじゃれていた妖ノ宮は、驚いてビクッと飛び跳ねる。
恐らくこれは波斯の森の方角からだ。
意問山の頂上を震わせる覇気と、この豪快なビブラート――声の主はただの狼ではない。
動きを停止し、互いに顔を見合わせる二人。
「――今の遠吠え、伽藍殿かな?」
「かもの。今宵は満月じゃけん」
満月の晩は、万物の血が猛るのだ。
……ウォオォォオオォォオオオオ……!
また空気が鳴動した。
伽藍の真似をしてみたくなり、妖ノ宮は意問山から満月を目指して吼えた。
「馬鹿おやじー! 半妖なんかこの世に産み出すなー!! あほー!
何の罪もない姉上を捨てるなー! コラァッ! ランプの魔人っぽい織田信長もどきめがぁー!」
火炎車は、半妖の友人を横目で見遣った。
父王をなじる彼女の眼はかすかに潤んでいる。
それから少し間を置き、火炎車は月を仰いで怒鳴った。
「妖ノ宮ー! ワレェは強なれー! そがぁになりゃあ誰もワレェを邪魔でけん。
はよう誰よりも強育って、他を平伏させちゃれ! ほいでワシと共に、この八蔓を焼き尽くそうぞ!」
「それ応援? ふふ」
少女が微笑むと、火炎車は鋭利な牙を剥いてニィィと笑い返した。
妖ノ宮はドサクサに紛れてついでに叫んだ。
「HAGEEEE! 結婚してくださいー!」
彼女は邪悪な生臭坊主に初恋をしていた。
エロくて可愛い雄イヌだ。
彼にはいつも癒される。
「火炎車さん、最後に一緒に遠吠えしよ。波斯の森に向かって!」
「うし。えかろう、妖ノ宮!」
「「うぉおぉぉおおぉぉおおおおッ!!!!」」
すぐさま天狼の伽藍から共鳴の雄叫びが上がる。
……ウォオォォオオォォオオオオ……!
――三体の雄々しい咆哮が辺りにこだました。
「……少し、寒くなってきたね」
大妖の赤い肌にピトとくっつき、彼女は頬擦りする。
妖ノ宮の発火と火炎車の発火が溶け合い、一つの猛火となった。
友情の燻煙が天に立ち昇る。
二人で燃えれば温かい――。
そして楽しい時間は終わりを告げた。
百錬京のはずれ、夢路派本拠に帰邸する。
すると、庭園に仁王立ちになり、上空をきつく睨み付けている男が一人あった。
――後ろ盾の五光夢路である。
「姫の出迎えとは感心じゃの。……ホウ、独りか。うずろうしぃ手下どもはおらんと見える」
「よう、糞ガキ。輪っか。逢瀬は楽しんだかい?」
妖ノ宮と夢路は相変わらずの不仲だった。
紅蓮の輪からシュタッと飛び降りる妖ノ宮。
夢路はさっそく妖ノ宮に詰め寄った。
「随分と舐めた真似してくれるじゃねえか。……そんなに燃やされてえのかよ、テメェら」
「黙れ小僧。小癪で忌々しい赤月どもの頭が。寧ろワレェを焼き殺して喰うちゃろうか? え?」
「アァ? やんのかコラァ!」
仇敵同士、一触即発だった。
今にも戦闘が始まりそうだったので、妖ノ宮は威嚇合戦の間に割って入った。
「夢路殿。今日は何も悪さはしてないわ。お月見をしただけよ。ちゃんと帰ってきたんだから、いいじゃない」
本日犯した悪事といえば、台所から和酒をパクったくらいだ。
「はい。余ったおダンゴあげるから機嫌直して。ユメッジー」
夢路はなんとなく差し出された月見団子を齧った。
「……クッソ不味いんだよ!! まぁ、僕も疲れてるし面倒くさいから、今回だけは見逃してやる。
だけど、いいね? いつもワガママが通ると思うなよ!」
団子を齧ったとたん、彼はあっさりと引き下がった。
団子の材料には何ら怪しい成分は含まれていない。
「火炎車さん、またね。また遊ぼうね!」
名残惜しそうな別れの挨拶。
「妖ノ宮ァ! さっさと部屋に戻りやがれ。大人しく僕の言うことを聞けよ。殺すぞ」
後見人の怒声に急かされ、彼女はそそくさと自室に引き揚げて行った。
残された火炎車は、去り際、焔の娘の背中に語り掛けた。
「ワレェはワレェの望むがまま、あるがままに存在すりゃあええ。それこそ、妖の生き方というモンじゃ……!」
今はまだ座敷牢で飼い殺しにされている仔猫。
しかし、これからはそうもゆくまい。
――――終 劇――――
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火炎車と宮様の青春。 | ||
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