隠密の血脈
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第0話:プロローグ

 

 コツコツコツ……

 

コツコツコツ……

 

 闇の中に足音だけが存在する。辺りに光はなく、あるのは狭い通路だとわかる周囲の圧迫感のみ。事実、そこは人が二人並んで歩くのがやっとのまっすぐな廊下であった。電球なおの照明装置など無く、ただコンクリートで打ち固めただけの質素な、本当に最低限の機能しか持たない巨大な筒と形容できる。

 その暗闇に同化するように二人の女性が迷いなく闊歩する。

「……確認するけど、本当にその情報は正しい情報なのナギナギ?」

「ああ。それどころか実際にこの目で何名か確認できたくらいだ……」

 視界を闇に遮られてもなんら問題なく二人。直線状の廊下とはいえまったく迷いなく進む二人の足取りは少し焦りを含んでいた。

「それと、この状況でその呼称はやめてくれないかアカネ?」

「それはできない相談よナギナギ。たとえこの身が老い朽ちようと、梛は永遠にナギナギなのよ〜♪」

「…………」

暗黒の通路には二人の声が響き渡り、幾度もエコーとなって耳に残り続ける。あまりに場違いな明るい調子はその空間の異様さを引き立たせるものであり、ここがどれほど異質な空間かを物語っていた。

この、なんら舗装の施されていない壁の向こうは土に埋もれている。通路は地上から続く階段を長い時間かけて降りた先に存在する。そう、光すら届かないほどの地下深くに。

ここでは時間は関係なく、知るすべも無ければ知る必要もない。全て闇が内包し、世界からこの場世だけ隔離する……

「それで、こんなとこにナギナギ自ら招集するってことは……」

「ああ、皆にも先に集まってもらっている」

「……そう」

 暗闇で表情こそ見えないが、アカネの声は苦々しかった。

「しかしマユミだけは来なくてな。概要と今後の対応だけ伝えておいた」

「あの子も本当に協調性がないわねー。まぁでも、マユちゃんはああ見えて意外と賢いわ。とりあえず今のところはこのままでもいいでしょうね」

 それ以降は会話もなくなり二人はただ歩く。永劫とも思える長い廊下をただひたすらに歩き続ける。暗闇の中に身をおき、目的の場所へとまい進する。

闇に溶け込みただ足音だけが通路に長々とこだましていた。

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 どれほど歩いただろうか。暗闇のなかを進み続けると二人は立ち止まり、目の前の闇に手をかざした。

「……24509897だったかしら、ナギナギ?」

 うふふ〜とごまかし笑いが高らかと反響する。

「35610908だ。わかってて言ったことか……?」

 そう、丁度各数字の一個上の数字なわけで……

「あらやだ〜、ここ数年使ってなかったんだもの、忘れちゃうわよ〜!これでも一応、朱山随一のカリスマ主婦として頑張ってるんだから〜」

「……ふ、そうだったな」

 まさに以外。今まで氷のように感情のない表情をしていたナギが笑って見せた。

実際に見てこそいないが、その表情はぎこちないながらも確かに暖かな感情の含んだものとわかる。

 入力は言葉とは裏腹にスムーズにこなされていった。最初のパスワードから認証確認、データ分析時の年齢改竄まで全て順調にこなした。そのコンピュータ自体が既にアカネたちの所持するものではなく、あくまでハッキングに近い方法でその扉を開けたことにより、この通路の本来の意味も役割も少しは想像できるというものである。

 世界から隔離された世界。光すら必要としないこの通路はまるで「何か」を幽閉するために存在したかのようにも感じられる。

 そしてそれは扉が開いた後には確信へと変わった。

「よう、ナギさんにアカネさんじゃねえか!待ってたぜ、へへ」

「ナギさん、アカネさん、お待ちしてました」

「……時刻どおりか」

 そこはまたも漆黒の空間で。

「ナギチン久しぶりだね」

 ただ四角に切り取っただけの空間にはナギとアカネを含めて十人の女性が立っていた。それぞれ等間隔に円状の隊列を組んで並んでいる。闇に溶け込む十人の姿は、いまだ視認することすらできず、だがする必要もないとただ存在だけを主張している。

「サツキちゃ〜ん、元気してた〜?カエデちゃんもおひさね?テレビではよくウラハがアズサちゃんのこと見てたわよ〜?」

「それはどうも……」

「あは、嬉しいな……ウラハ君も見てくれてるんだ」

 アカネは言葉だけ元気に返す。しかし室内の空気は以前滞ったままで。

「ナツメ……お前もわざわざ悪かったな……」

「ふん、何をらしくないことを抜かすか、ナギ」

「そうだな……。では本題に入るぞ皆」

そこで全員の表情が硬くなった。いや、この空間そのものの空気がより引き締まったというほうが正しいかもしれない。

十人もの女性は、この閉鎖空間という名の世界に来ることが一つの意味を持つことを知っていた。そして自覚し、覚悟しなければならなかった。それぞれの今を過ごすために捨てた過去、それをまた蘇らせなくてはならないために……

「アカネ、ナツメ、アオイ、アズサ、カエデ、サツキ、リリー、レン、ヨモギ……」

 静かに全員を確認する。それぞれ返事はしない。ただ聞き入れることに徹している。

「……大体のことは皆わかっていると思う。ゆえに要点のみ伝える」

 静かな声で感情無く語りだしたのはナギ。周囲はただ黙って聞き入るのみである。

「1年前、中東の紛争地であるイスバリスタンで原因不明の集団殺戮があった。そこは政府側と反乱派勢力の交戦地だったのだが、敵味方関係なくそこにいた二百人以上もの兵士たちが『全て』刃物での斬殺されていた……」

「…………」

「同じ頃他の紛争地帯十数か所も似たような事件が起こり、関係者達の間で第三勢力の出現とさえ恐れられた正体不明の『災害』だ」

 そう、これは災害。犯人の目撃例はおろか存在証明できるだけの物的証拠もなく、あくまで大量の殺戮があったという事実以外残さない。殺し方は皆それぞれ統一されており、犯人の人数、正体、所属している組織、人物の特定すら出来ないでいる。強いてあげられる唯一の特徴といえばその傷口から刃物の武器……それも恐ろしく鋭利な剣で切られているということだけだ。

それ程凄惨な状況で、この判明できることの少なさでは既に事件とすら呼ぶことはできない。そう、これはまさしく一つの災害。人知を超越した障害、有史以来人間に降りかかってきた自然の驚異と同等である。

 それが一年前に起きた報道されない裏の出来事。彼女たちの戦いへのカウントダウンであった。

「その後から先月までの間に、世界中で千を越える殺人例があげられた。どれも死因は鋭利な刃物による惨殺、刺殺など。どれも即死だ」

「…………」

 刃物による殺人例など世界中日常茶飯事に起きていること。それをいっしょくたにするのはおかしいことではないのか。しかし、そう思うものはここにはいない。過去に同じ『災害』を起こした者であるが故にこのことへの深刻性がどれ程のものなのかがわかるのだ。

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「調製段階に3ヶ月……」

 それでもナギは淡々と話し続ける。

「模擬作戦訓練に1ヶ月……」

 あとの9人は表情を浮かべずに聞き入る。ただ機械的に、されど考えうる限り全ての可能性を示唆した上で考えをまとめる。己の役割について、自らの力について、出来うること、出てくる被害、しなければならない行動、成功率、9人全てがそろぞれの見解で思考をめぐらす。表には出さない。ただ己の内に隠し熟成させていくのみである。

「そして最終段階……それが個別の実戦訓練。先の大量殺人だ」

「……まずいわねナギナギ」

 熟考する。しかし過去の経験と全員の持つ知識、知らされた状況から既にたどり着く結論とそれまでの過程、さらに今後の予想までが皆一様にわかっていた。

「私たちの時より全てにおいて半分以上短くなってるわ……」

「そう……、そしてこの情報自体が『当時』……我々の頃より明らかに漏洩している。」

「……あからさまね」

アカネの言葉は明らかに皮肉であった。それは我々……この場にいる十人に対する確固たる意思表明としか思えない行動であるから……

この災害からの意思表示。そう、以前の、過去の『災害』への明確な挑戦としての意思表明がこの行動の理由。

「やつらが生き残っていたことすら我々の責任がある。しかしそれ以上に大きな責任があるとすれば、それは過去の清算をこのような形でつけなければならないことだ」

解っていた。が、故に焦りになり、解決策を思案し、全ての責任と代償と贖罪をしなければならないことを悟る。彼女らのするべきことは決まっていたのだ。

「……本当、あの時脱出することにしか頭が回らなかったことをここまで悔やんだことはないわ」

「奴らはあの事件より堕落した。既に目的を『復讐』にしか向けていないからな」

「それが一番厄介よね。ナギナギの情報が正しいなら今のあたし達……いえ、当時のあたし達ですら勝算が低すぎるわ」

「……それにウラハ君もいる」

ナギとアカネに次いで喋ったのはアズサ。おどおどしい声色とは裏腹に、その言葉に対する意味はあまりにも大きかった。

「そう、今までのつけかしらね。ウラハをまっとうに育ててきたあたしに対する贖罪なのかもしれないわ」

「なら『我々』だぜ、アカネさん?」

「ありがとね、サツキちゃん」

「しかしこれは深刻な事態でありまた、一刻を争うこととなるだろう」

 ここでドアの扉が開きだす。

「この場所……我々が『破壊した』この場所に戻った意味、それは覚悟と決別。償いと返上をするため。ここで過去を拾いなおし、最後の作戦を施行する」

「……こういうのも変だけど、なんだか懐かしいわねナギナギ」

「……この瞬間、この合言葉だけは唯一思い出せてよかったと思っている。だが、それゆえに悲しくもあるな」

「……ええ」

ドアが完全に開く。僅かな音の終焉とともに、暗闇より十一の合唱がこだましする。

 

 

『この身、この心朽ち果てようとも』

 

そして言い終えると同時に……

 

 

『死の美に花を咲かせんことを……』

 

 この空間に人の気配はなくなった。

 

 

 2003年3月も終わりの頃、0時における静かな集会。

この日を境に、人知れぬ戦争が幕を上げた。

 

 

 

 

 

プロローグ:終

 

説明
現代版甲賀忍法帖……をイメージした、けどまったく関係性のない小説。
人数だけはめっさいます。

超人者の戦闘ものです。
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隠密 血脈 戦闘 バトル 伝奇 

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