あけるりSS『極めて近く、限りなく遠い世界に』フィナーレ
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月に行くことが決まった日の夕飯時、俺は早速皆にそのことを伝えた。

突然の報告に皆は驚きを隠せないようだった。

 

「月へ行くって、1回生じゃ留学は出来ないでしょう?」

その中でいち早く立ち直った姉さんが俺に尋ねて来た。

 

「うん。俺は・・・非合法な方法で月へ行くんだ」

この発言で再び俺以外の全員が驚愕する。

それはそうだ。月へ行くってだけでも驚きなのに、その方法が非合法なんだから。

 

「お、お兄ちゃん?どういうことなの?」

「非合法って、月への密入国は重罪だよ?」

麻衣と帰省していた菜月もようやく立ち直ったのか、矢継ぎ早に質問して来る。

 

「俺が求めるものを手に入れるため。自己中心的なことなんだ」

「・・・シンシアさんに会うため?」

麻衣がまっすぐな瞳で俺を見て来た。

この目にウソはつけないな。

 

「似てるけど違うかな。俺が成し遂げないといけないことがあるからなんだ」

もちろん空間跳躍技術について研究したいから、何てことまでは言わない。

シンシアはあくまで月のお嬢様なのだから。

 

「で、でも、月ならそんな方法で行かなくてもいいんじゃない?密入国なんて犯罪者になっちゃうんだよ?」

「そうそう、コネなんて気が進まないかも知れないが、フィーナちゃんに頼むってことも出来るだろう?」

「それは出来ないんです」

仁さんの言う通り、フィーナに頼めば月くらい行けるかも知れない。

だがフィーナにまで迷惑を掛ける訳にも行かないし、何より俺は月の教団に用がある。

王宮と教団の仲は良くない。フィーナの口利きで月に行ったりすれば、スパイ扱いされかねない。

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「達哉君、本気なの?」

今度は姉さんが真剣な瞳で俺を見て来る。

まるで俺の心まで見通すかのような目だ。

 

「姉さんには本当に悪いと思ってる。ここまで面倒を見てくれたのは姉さんなのに、こんな勝手なことして」

両親が死んだ後に姉さんがいたからカテリナ学院にも入れた。

その学院を中退するなんてことは裏切り以外の何物でもない。

 

「そんなことは気にしなくていいわ」

だが姉さんはそう言ってくれた。

 

「ただ一つだけ聞かせて。後悔はしない?」

「・・・少なくとも今動かないと俺は一生後悔すると思う。それだけは確かなんだ」

「・・・・・・・・・そう。本当は立場上止めるべきなんだけどね」

姉さんは少し悲しみを帯びた笑顔を見せた。

 

「達哉君、いってきなさい」

「うん。行って来る」

「さやかさん、いいんですか!?」

「菜月ちゃん。菜月ちゃんも今は家から離れて一人暮らししてるでしょ?それと一緒よ」

「一緒って、全然違いますよ」

「いいえ。いずれ人は自分の育った家から旅立って行くの。達哉君の場合はその先が月ってだけ」

「でも・・・」

菜月が言うことはもっともだ。これが留学なら快く送り出してくれるだろう。

だが幼馴染が犯罪行為をしようとしているのだから、止めようとするのは普通だ。

その菜月を仁さんが遮った。

 

「菜月、達哉君の目を見ただろう?決意を秘めた男の目だ。だから俺達は普通に送り出してやればいい」

「兄さん・・・」

「悪い。でもどうしても俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」

「分かったよ・・・」

内心ではまだ納得してないだろうが、菜月も一応同意してくれた。

 

「タツ」

「おやっさん。バイトのことなんだけど・・・」

そう切り出そうとした俺を、おやっさんが手で制する。

 

「努力したからと言って、必ず全てが手に入るわけじゃない。だが、俺はお前を信じているぞ。

もし疲れたらいつでも帰って来い。疲れも吹っ飛ぶような料理を用意してやる」

「・・・ありがとうございます」

俺は地面が見えるくらいに頭を下げた。

自分勝手な都合でバイトを止める俺を快く送り出してくれる。

俺は本当に周りの人間に恵まれている、そう思わずにはいられなかった。

 

「達哉君、男の顔になったね」

「仁さん、姉さんや麻衣をお願いします」

「任せておきたまえ!」

仁さんはとびっきりの笑顔で爽やかにそう言った。

この人たちがいるからこそ、俺は月へ安心して行くことが出来る。

 

「本当はイタリアンズも連れて行きたいんだけど、状況が状況だから・・・。麻衣、頼めるか?」

「うん・・・・・・。でも!一つだけお願いがあるの」

「お願い?」

「絶対帰って来て」

そう言った麻衣の瞳は涙で潤んでいる。

 

俺がやろうとしているのはそういうことだ。妹を泣かせるようなことなのだと再認識させられる。

だが、だからといって立ち止まる訳には行かない。全てを投げ打つくらいで無ければ手に入らないものなのだ。

何かを為し得るためには必ず代価が必要となる。それはお金だったり時間だったり色々だ。

今回俺が支払う代価は家族との時間。しかしそれだけしても、到底時間が足りないことも分かっている。

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「分かったよ。帰って来るよう努力する」

「努力じゃダメ」

そう言って麻衣は俺の前に右手の小指を差し出した。

 

「約束して・・・」

「・・・ああ、分かった」

既に麻衣の瞳からは涙が零れ落ち、涙声になっている。

俺も右手の小指を差し出し、麻衣の小指と絡める。

 

「ウソついたら針千本の〜ます」

『指切った』

「えへへ。これで大丈夫だよね」

「ああ。絶対また会えるさ」

涙を流しながらも笑顔を作る麻衣に、俺も出来る限りの笑顔で応えた。

油断したら俺まで泣いてしまいそうだが、ここで泣いてはいけない。

 

「私はさよならなんて言わないよ」

「菜月」

「いってらっしゃい、達哉」

「ああ。行って来るよ」

菜月も若干目が潤んでいるが、力強い笑顔でそう言ってくれた。

 

「達哉君、私も菜月ちゃんと一緒よ。ここが貴方の帰って来る家なんだから。そのことを絶対に忘れないでね」

「分かってる」

「何年でもこの家で待っているからね」

「本当に今までありがとう、姉さん」

姉さんにも深く頭を下げる。これまでの感謝の気持ちも全て含めて。

 

「さ〜て湿っぽい話はこれくらいにして、快く達哉君を送り出そうじゃないか。達哉君送迎パーティー1日目だ!」

「1日目?」

「来週出発なんだろ?それじゃあ毎日祝おうじゃないか!」

「もう、兄さんってば。でも、賛成」

「私も賛成だよ」

「よ〜し、じゃあ今日も明日も明後日もパーティーだ!」

その日、俺達は遅くまで騒いだ。楽しい時間。

だがこの日々ももうすぐ終わる。

今という時を大切にしよう。きっとこの日々がこの先の俺を支えてくれると信じて。

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「今から大学に退学届を出しに行って、帰りに麻衣の好きなアイスでも買ってやるか」

再会するとは約束したが、そんな保証はどこにもない。

残り少ない時間を出来るだけ笑顔で過ごしたい。

そんなことを考えてのアイスクリーム購入だ。確か新しいのが出てたハズ・・・

と、そこまで考えてから、ふと周りを見渡して気付いた。

 

「・・・ここは」

そう呟いて、俺はその場に立ち止まる。

弓張川沿いの遊歩道。

ここからターミナルに飛ばされ、シンシアに出会い、ここに戻って来た。

俺にとっての始まりの場所。

 

「そういやここで念じたんだよな」

あの時は出会ったばっかりで恥ずかしくて、雑念が混じったせいで着地点ミスったんだっけ。

怒られたけど、シンシアとの楽しい思い出の一つだ。

 

 

 

シンシア・・・

 

 

 

シンシア!

 

 

 

シンシア!!

 

 

 

「シンシア・・・」

今なら普通に出来る。声に出したって恥ずかしくない。

幸い辺りには誰もいない。俺はゆっくりと息を吸い込んでから一気に吐き出した。

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「シンシア〜!!」

近くの木から鳥が飛んで行く。周りには誰もいないが、相当遠くまで聞こえただろうな。

そして当然ながら何も起きない。起きるハズが無い。

俺が愛した人がいるのは、この世界とは違う場所なのだから。

 

どっごーーーんっ!!

 

「うおああぁっ!」

大地が震えた。

 

「な、何だ!?」

この状況はあの時と同じだ。

そんな訳が無い。そう思いつつも俺の胸は期待で膨らんで行く。

音がしたのはあっちにある住宅街。これも1年前と同じ。

 

「また、アンタっ!?」

「ええっ!?えええええぇぇぇっっ!?」

今の声・・・・・・聞き間違えるハズが無い。

 

「今度こそ逃がさないわよ!!」

「な、な、な、何で!?」

「何でも何もあるか!」

「違っ!だから誤解なんですよ〜」

景色が涙で滲んで行く。やがて一人の女の子が家から飛び出して来た。

もう間違いない。俺が会いたくて、会いたくて仕方のなかった女の子。

 

「すみません、すみません、すみませんっ!!」

美しい金色の髪をなびかせながら、高速で頭を下げている。

一度見たことのある光景だ。思わず笑みが零れる。

 

「コラー!待て〜!」

「ご、ごご、ごめんなさ〜い!」

そう言いながら、その女の子はこっちに向かって逃げて来る。

俺が全てを投げ打ってでも会いたいと思った最愛の人。

 

「シンシア・・・」

シンシアも俺に気付いたのだろう。ピタリとその場に止まってしまった。

嬉しいのに涙が止まらない。せっかく会えたというのに、シンシアの顔がよく見えない。

 

「シンシア〜!!」

俺は一気に土手を駆け降りる。

コケそうになりながらも、必死にバランスを取って、シンシアに向かって走る。

 

「タツヤ〜!!」

シンシアも俺の方へ向かって駆け寄って来た。

すぐに俺達の距離は0になる。

俺達は飛びつくように抱きしめあった。

 

「夢なんかじゃないんだよな?」

シンシアの体温を感じる。鼻をくすぐる甘い匂い。

 

「うん。私はここにいるよ。タツヤも幻なんかじゃないよね?」

「ああ。俺もここにいる」

美しく整った顔、真っ白な肌、潤んだ瞳、長い睫毛、1年ぶりなのに何も変わっていない。

 

「もう絶対に離さない」

「私も絶対に離れないよ、タツヤ」

そっとその瞳が閉じられる。俺も目を閉じ、ゆっくりと唇を近付ける。

柔らかな感触が唇に伝わって来る。

 

 

 

 

無理だと思っていた。二度と会えないと諦めかけていた、それなのに。

 

 

 

 

俺達はまた出会うことが出来た・・・

 

 

 

 

この場所で・・・

 

 

 

 

この世界で・・・

 

 

 

 

 

終わり

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シンシアアフターストーリー『極めて近く、限りなく遠い世界に』に完結です。

タイトルですが、以前から言ってる通り、自分にネーミングセンスは無いことを再確認。

正直シンシアsideアップしてから、タイトルで悩んだ時間の方がプロット作った時間より長いw

しかも悩んだ挙句がこれ。いいの思いついたら変更します。サブタイ募集中。

 

あと再会を1年ずらした理由ですが、シンシアは10年ぶりなのに、達哉は10日ぶりとかじゃ味気ないからです。

かと言って達哉も10年後にすると、いくら何でも年齢が・・・って感じでこうなりました。

再会のシーンがあっさりですが、2話掛けて引っ張ってるし、これ以上引っ張るのも・・・と思ってあっさりにしました。

説明
夜明け前より瑠璃色な-Moonlight Cradle-新キャラ、シンシア・マルグリットのアフターストーリー後編です。
私的に納得のいかないラストだったので、執筆させて頂きました。
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コメント
実はこの後の話も考えてたり・・・。シンシアのサイドストーリーを書きたくてこんな展開にしました♪ネタ的には本編で見れなかった海で泳いだりってのがありますが、いつ書くことになるのやら。気長にお待ち下さいませ。(のかーびぃ)
私もシンシアには幸せになってほしかったので、とてもすばらしいと思います!読んでいてとても優しい気持ちになりました!この後の話とか、他の女の子の話とかも読みたいです!是非!(シン)
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夜明け前より瑠璃色な 朝霧達哉 シンシア・マルグリット フィアッカ・マルグリット マルグリッド あけるり 夜明けな けよりな 

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