がちゆり〜結衣と向日葵〜
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 買い物に出かけて、目的のものを買ってからのスーパーから出た後に視界の端で

見覚えのある姿が見えた。あれは櫻子だろうか、私の直感がそう訴えていた。

 

 見かけた場所から少し離れた場所にゲームセンターがあり、私がたどり着いた

先には櫻子の姿があった。

 

「櫻子…」

 

 長い付き合いで間違えるわけがなかった。私は櫻子に声をかけようとしたが

呼びかけるのを止めた。それはすぐ傍に歳納先輩の姿があったから。

 

 何だか声をかけにくい雰囲気を感じていた。櫻子の本当に楽しそうな笑顔を

見ていたら複雑な気持ちになっていた。

 

 挙げかけていた手をゆっくり下ろして振り返り帰ろうとした時。

誰かとぶつかる感触があった。

 

 ドンッ

 

「あ、ごめんなさい」

「あれ、古谷さん?」

 

「あ、船見先輩…」

 

 私の様子が普段と違うのを察したのか、船見先輩は私の後ろを覗き込むと

ため息交じりで私の方に向かい合った。

 

「ごめんね、京子が大室さん取っちゃってて」

「いえ、いいんです」

 

 船見先輩の暖かい声に私は目にじんわりくるものを感じていた。

私の他にも遠慮なく接する相手ができているのが寂しくて。

でも、それは私のわがままということもわかっていて。

 

 もやもやしていた。

 

「ねぇ、古谷さん。今時間空いてる?」

「え、はい…」

 

「ちょっとそこでお茶しようか」

 

 船見さんが指を差した場所へ視線を移すとそこには出来たばかりの

喫茶店があった。少し懐かしい匂いのする新しいお店だ。

 

「あ、コーヒーで」

「私も同じのを」

 

「かしこまりました」

 

 中に入って渋くてかっこいいおじさまが注文を取りに来て船見先輩と

同じものを注文した。

 

「好きなもの注文すればいいのに。今日は奢るよ」

「いえ、いいんです」

 

 それに今日は他に何か口にしたい気分ではなかった。

 

「最近大室さんとは仲が良いらしいんだよ、やたら会話にも出てくるし」

「す、すみません」

 

「いや私はいいんだ。京子が楽しそうにしてくれれば、だけど今はまた違うからね」

「違う?」

 

 私が首を傾げて船見先輩はちょっと複雑そうな笑みを浮かべて私を見ていた。

 

「古谷さんが悲しそうな顔をしているのを見ちゃうとね」

「え…」

 

「ずっと傍にいたんだから寂しいよね、大室さんのこと」

「そ、そんなことは…」

 

「隠さなくていいよ、最初の内は私も同じ気持ちだったから。だけど、私の場合は

好きな人が幸せそうにしているのを見ている内に何だかどうでもよくなってた」

「私もそうなるんでしょうか…」

 

「かもしれない…。時間はかかるかもだけど」

 

 先輩の言葉が終わるのと同時にコーヒーが私たちの元に差し出される。

湯気がたっていい香りがして美味しそうだ。

 

「だけど、今の古谷さんを見るのは私がちょっと辛いかなぁ」

「え?」

 

 一口啜ってから、困ったような顔をして笑う船見先輩。

どうしてそんなに親身になって私のことを考えてくれるのだろう。

私たちには接点はあまりない。

 

 共通点としては、まりちゃんと楓の保護者的立場。似た相方を持つ者というところは

近いけれどこうやって顔を合わせて話をするのは数える程度しかなかった。

 

「何で私のこと気にかけてくれるんです? 先輩という立場だからとは少し

違うような気がするのですが・・・」

「あはは、そうかもしれないね」

 

 時間の進みが遅いのかコーヒーがまだ半分くらい残っていて、すごく時が経つのが

遅く感じた。それとは反対に私の胸の動きは徐々に早くなっていくのを感じるというのに。

 

「最初はまりちゃんと楓ちゃんのお世話を見てて、しっかりしてるんだなぁってくらい

にしか思わなかったんだ。似たもの同士って感じで。だけど古谷さんの母性的な部分に

徐々に惹かれていったような気がする。今思えばね…」

「私も似たような感じです…」

 

「え・・・?」

 

 私は自分で言ってて恥ずかしいのか、よくわからないけれど。顔が熱くなっていた。

たぶんすごく赤くなってるのだと思う。先輩を意識すると最近こうなってしまっていた。

 

 周りはかっこいいとか王子様っぽいとか言うけど、そういうのとは違って私は…。

一緒にいると安心感があるっていうか、心地よかったりする。

 

「この後、時間ありますか?」

「ん?」

 

 今度は私から言葉を投げかけると船見先輩は微笑みを絶やさずに私の話を聞いてくれる。

 

「いいよ」

 

 用件がわからずとも相手を信じてくれるところがまた良いなと思えて、さっきまで

暗い気持ちでいたのが少し晴れたような気がした。

 

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【結衣】

 

 古谷さんと会ったその日、私の中で古谷さんがすごく愛おしく感じていた。

普段よりもどこか寂しげで元気のないとこにそう感じたのか。

 

 どっちにしろ健全な理由ではなくてちょっとした後ろめたさがあった。

最初は励ますつもりだったけれど、話をしている内に別れるのが嫌で

話を伸ばし伸ばしにしていると、彼女の方から誘いが来て驚いた。

 

「ちょっと付き合ってもらえますか?」

 

 予想もしない言葉に私は表情こそ変えることはなかったがかなり動揺していた。

これから何をするか、想像もつかないだけに緊張感だけが高まっていく。

 

 だけど私のそんな不安もあっさりと払拭される。それは京子たちがいなくなった

ゲームセンターの入り口近くにあるUFOキャッチャーに足を止める古谷さん。

 

「やりたい?」

「はい、ちょっとだけ…」

 

 大室さんが触れていたと思われるボタンを撫でるようにして触り中のものを

確認している。いくつか取りやすい位置に残っているのが見える。

それは京子が大室さんの好きそうなのを取りやすくさせるために

気づかないように調整していたのだろう。

 長い付き合いだから、そういう思いがこの光景で感じ取れるようだ。

 

 大室さんがどういうのが好みかわかってるのか、古谷さんは取りやすい場所にある

ぬいぐるみを狙っているようだった。彼女はあまりこういうのに慣れてなさそうだから

私は後ろから手を重ねてタイミングを図る。

 

 触れた時に一瞬驚いたのか、軽く悲鳴のようなものが聞こえたけれど

拒絶されるようなことがなかったから私はそのまま彼女の手に重ねている。

暖かくてやわらかい手だ。

 

 私の指の動きに合わせて古谷さんもタイミングよくボタンを押し

ぬいぐるみが上手くキャッチャーにひっかかり落ちていく。

受け取り口に落ちた音が聞こえた後、古谷さんはそこからぬいぐるみを拾い上げ

私の方に向かい合った時、やわらかな笑顔を見せてくれた。

 

「ありがとうございます」

「…うん」

 

 京子が大室さんに向かい合ってる時のように私も古谷さんと向かい合ってる時に

また別な特別の感情が芽生えた気がした。守るとか守られるとかじゃなくて…。

 

 なんだか、一緒にいたいっていう気持ち。

 

 大きめのぬいぐるみを抱えた古谷さんと帰り道の途中に公園のベンチに座って

遊ぶ子供たちを見ていると、古谷さんの頭が私の肩に当たるのを感じる。

距離も近くて胸のドキドキが強くなってくる。

 

 見ると古谷さんの顔は赤らめていて、それを見てる私も少し熱くなってきた。

脈があると思っていいのだろうか。それは私の思い込みじゃないだろうか。

 

 正直怖いけど、思い切って話しかけてみようか。

そんな思いが出てきて、口にしてみようとした時。

 

『あの』

 

 ほぼ同時に互いの目を見ながら聞こうとしていたから、思わず私は笑っていた。

彼女も笑っていた。まるで太陽へ向かって見ているような向日葵のように暖かな笑顔。

今すぐどうしたいか決める必要もなかったようだ。

 

「ねぇ、また今度一緒に遊んでもらっていいかな。今度はまりちゃんも一緒に」

「えぇ、いいですわ。その時は楓も連れていきますわ」

 

 ようやくいつもの調子に戻れた私たちは熱くなっていたものがすっかりと冷め、

だけど残っている気持ちもしっかりと残っていた。

 

 ゆっくりでいい。この気持ちを大切に育んでいきたい。

多分、古谷さんも同じように思っていると感じていた。

 

 京子のようにって真似しなくてもいい、私は私らしくいこう。

座ってる時に今度は二人でしっかりと手を握ってから公園を出て古谷さんを

家まで送りにいった。

 

 古谷さんの姿が見えなくなるのを確認して、私も家に戻ろうとしたら

途中で京子と遭遇した。おそらく京子も大室さんを送りにいってたのだろう。

 

「よう、結衣」

「ん…」

 

「さくっちゃんってかわいいよね〜」

 

 とか自然に言っちゃう辺り、ちょっと罪なやつだと思えた。

おそらく、京子は古谷さんの気持ちはわかってないのだろう。

だけど、私にもそれは同じような気持ちがあったから指摘できなかった。

 

「あぁ、かわいいな」

 

 可愛い後輩、可愛い人。互いに見ている先の人物は違っていたけど、

どこか充実した気持ちは同じだったのかもしれないな。

 

「なぁ、結衣。今日の夕飯は何にすんの?」

「また食いにくるのかよ…」

 

 私はため息をつきながら言うと、笑顔のまま京子はドキッとすることを言った。

 

「いつまで結衣の手料理食べられるかわかんないからね」

「…」

 

 確かに今二人が見ている世界がそのまま進んだら、それぞれ愛する者のとこへと

向かうから「今」の私たちではずっとこのままってわけにもいかないだろう。

 

 それは一時、寂しいかもしれない。だけどそれ以上の良いと思える出来事が

待ってるかもしれないから辛くはなかった。

 

「仕方ないな」

「えへへ、結衣大好き〜」

 

 昔と違ったニュアンスの好きに私の心中は複雑だ。

しかしすっかり親友となった京子とはまた違った気楽な気持ちで向き合えそうだから

楽しい気持ちが強かった気がする。

 

「調子のいいやつ」

 

 私はその言葉を残して先に歩いていく。後ろからついてくる京子の足音を

確認しながら家へと戻っていった。

 

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「お姉ちゃん、どうしたの?」

「ちょっとゲームセンターで…」

 

「誰と? お姉ちゃんって一人じゃ絶対そういうとこいかないよね」

「うん、船見先輩と…ね」

 

「あぁ、まりちゃんのとこの」

 

 家に帰って楓が話しかけてきて、事情を説明すると表情がぱぁっと明るく

花が咲いたような笑顔を見せる。よほどまりちゃんのことが気になるようだ。

 

「ねぇ、私がもし船見さんと付き合うようになったらどうする?」

「珍しいね、お姉ちゃんがそんなこと聞いてくるなんて」

 

「あ、ごめん」

「ううん、嬉しい。あのね、楓ね。お姉ちゃんが幸せになれるならいいと思うよ」

 

 迷いのない表情で私の気持ちを後押ししてくれる。私はぬいぐるみに顔を当てながら

楓にお礼を言った。あと、櫻子にも…。私の運命の相手は櫻子じゃなかったようだけど

櫻子とはこれまでも親友として同じように接するつもりでいた。

 

 急に疎遠になるなんてそれこそ私たちらしくないから。

 

「うん…。さて、それじゃご飯の用意でもしましょうか」

「楓も手伝うよ〜」

 

「ありがとう」

 

 そしていつもの日常に戻る私たち。まったく同じとはいかないけれど、

変わらない部分を大事にしながら変化を愛しもうと、そう思えるようになった。

船見先輩のおかげで。

 

 新しく芽生えた感情を胸に秘めながら私は楓と一緒に目の前のことから

がんばることにした。

 

 今は今できることをがんばればいい。

 

 そしていつかは本気で彼女と向かい合って一緒になることを想像しながら

不安と楽しみを交えた甘酸っぱい気持ちを堪能することにする。

今でしか味わえない気持ちがあるのだから。

 

「お姉ちゃん、がんばってね」

「うん」

 

 私の笑顔からは曇りはすっかり取り払われていた。

あの人の前でもいつもの私が出せるように心がけ、想いながら…。

 

お終い

説明
百合姫で京子と櫻子の組み合わせを見てたら、じゃあこの二人はどうだろう?と思って書いてみたお話。変なとこもあるかもですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
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タグ
ゆるゆり 船見結衣 古谷向日葵 百合 

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