STAY HEROES! 第十二話 |
平穏は徐々に崩されていった。
今となってサイボットが市内に浸透している。
民兵隊の装甲車が往来のいたるところで警戒し、住民の不安は募るばかりだ。
そのさなか、僕らの学期は始まった。
二年ぶりの課業に慣れるのも大変だったが、それに加え僕らには教育隊としての訓練と巡回任務がある。
おまけで整備員である僕には五体もの機装を一手に整備する任務もあった。
教官の組んだ過密スケジュールを隊の面々はこなしていった。
入学式から二週間目の放課後がその顛末の始まりだった。
ガルダとの格闘演習を終えた僕は、イヅラホシのままケーティの改造に取り掛かっていた。
「ナモシラーヌ トオキシーマヨーリ」「 ナーガレヨール ヤシーノミヒトツー」「ウワキチョウサ、シュビヨクススンデゴザルカ」「バッチグーナリ」
教育隊の格納庫は、もうトイポッズたちの遊び場と化していて、いたるところで彼女たちは騒いでいた。
そのポッズとババ抜きで遊んでいたガルダが僕へ話を振ってきた。
「そういや、安形のあのチャンバラはどこで習ったんだ」
チャンバラ言うな。
「ガキの頃、パワードスーツ訓練の一環で親父に海兵式機装剣撃を叩き込まれたんだ。まさか今になって役に立つとは思わなかったよ」
親父ね、と言ってガルダは格納庫の天井を仰ぐ。
ポッズは僕がケーティに取り付けたパーツを指さして聞いてくる。
「ソレナンダー?」「コレナンダー」
「これはケーティの増加装甲だよ」
希少な複合分子カーボンをかき集めて造ったオーダーメイドだ。
ケーティの不安な装甲を補強するために、この追加モジュールを取り付けることにした。
何故なら。
その時、管理室のドアが開いて書類を手にしたケーティのパイロットが現れたので僕は聞いてみた。
「やっぱりブレイドは嫌なのかい」
「いやです」
すると櫛江さんはすげなく仰った。
櫛江さんがどうしてもブレイドよりケーティが良いと言うので、これを拵えた次第だ。
「ブレイドもカッコイイと思うけどねあたし」
とガルダが言うと、櫛江さんは躍起になり始めた。
「恰好じゃないんです! ケーティの電探は重要ですし、ブレイドの要求する身体能力を私は持っていません。それにケーティより装甲は薄くて、その」
ブレイドはファントムの姉妹機だが、ファントムは偵察中級機、ブレイドは駆逐級機だ。
後方から強火力で前線を支援するために、ブレイドには巨大なコイルキャノンシステムが実装されている。
なので装甲は薄い。つまり、ブレイドの背中や尻は、インナースーツが丸出しで裸に近かった。
僕は肯きながら言う。
「裸みたいで恥ずかしいんだね。わかるよ年頃の女の子にアレは、あだだ耳引っ張るな耳」
「あけすけに言いますかっ!」
やっぱ格好やん。
櫛江さんが僕の背中にのっかかり、イヅラホシの集音器をガチャガチャゆすぶる。
そんな櫛江さんがかわいくて、僕は調子に乗った。
思えばここらへんでやめておくべきだった。
「でもサービスにはなるんじゃないか」
「な! なにを!」
「隊の士気も上がるはずさ、すこし歳が足りないけど」
「あ、貴方はそんなものが見たいというのですかっ!」
「いやいや、じょーだんだよ。櫛江さんにそんなの求めてないよ」
櫛江さんは俯いて黙りこくってしまった。
言い過ぎたかな?と多少後悔していると。
『親愛なるマイコマンダー。ミスターアガタからは機装隊隊長、遠州市軍令家たる櫛江家に対する敬意が感じられません』
沈黙を保っていたエリスが突然、語り始めた。
「え」
遅かった。
僕は、すでに一線を踏み外していた。
『よって、ミスターアガタの夕飯を一週間抜きとする罰を具申します。マイコマンダー』
エリスから無情な罰が告げられる。
その一言が、僕にどれだけの衝撃を与えたか。
「あーあ、言わんこっちゃない」
と囃し立てるガルダに言い返す余裕もない。
トリポッドに超速土下座する重機装がそこにいた。
「ごめんなさい目が覚めましたそれだけは、非礼を詫びますから」
『私に言われましてもね、私が行使したのは具申のみで決定権はコマンダーにありますので』
僕は膝の向きをかえて、隊長に懇願した。
「ほんと申し訳ありません隊長殿やめて」
が。
櫛江さんは赤い頬をそっぽへと向ける。
終わった。
『では、具申を実行いたします。そういえば近々、漁師の方から遠州市名物、鰻の初物を頂けるとお聞きしていたんですけれどね』
「なっ」
「ガタユキメシヌキー アイアーイマザー」
「がっ」
数日後の昼休み後。学校の滑走路の端で、僕はへたり込んでいた。
滑走路脇にはいくつかの小さなドラム缶が並べられ、缶の中では目印代わりの木炭が燃えている。
滑走路の終わりにあたる格納庫前では教官と櫛江さんが来客を待っていて、由常はその隣で双眼鏡をのぞいている。
木造校舎にいる窓際の生徒たちは、興味深そうに時々滑走路の様子を伺っては首をひっこめていた。
「なにしょげてんだよお前」
ドラム缶の用意を終えて近づいてきた鳴浜は、わざと僕に聞いてくる。
理由知ってるくせに。
「いや、夕飯の件って本気だったんだな」
抜きは免れたとはいえ、ここ数日、僕の夕飯の量だけが目に見えて減らされている。
櫛江さんは僕を無視している。
ポッズに不平を漏らしても、彼女たちはエリスの命令に絶対忠実なので容赦ない。
とにかく、ウナギは勘弁してもらいたい。
「そんくらいで凹むなよーほれほれ笑え」
「ホーレホレ」
アーミーとつるんだ鳴浜は、軍刀の柄で僕の口角をむりやりあげようとする。
こいつはこいつで、僕を年上とハナから見ていない。
こっそりガルダの有機電池抜くぞ。
教育隊が授業を抜けて飛行場にいるのはサボタージュでも何でもない。
旧都まで出張していた鉄騎軍の有翼機兵『ラー・レイテム』が、
燃料補給と競技予定表の交換を求めてやってくるのだ。
レイテムは、機装競技でガルダと争うことになる相手だ。
双眼鏡で空を仰いでいた由常が、教官に振り向いて言った。
「南東の方角に有翼機兵1機を確認、発行信号で滑走路への着陸を乞うています」
報告を受けて教官は声を張り上げる。
「各員、航空誘導用意!」
掛け声とともに由常は南東の空に発光器を掲げて通信を取り始める。
まもなく、連絡機とその発光は僕の目にも写った。
鉄騎軍のエース機はガルダと同型のFA−7Fだった。
青と燈色に彩られた外装はガルダとかなり趣が異なる。
そして、翼下のパイロットは櫛江さんよりも背丈が小さかった。
鳴浜の掲げる誘導灯に従い、連絡機はなめらかな滑空で高度を下げてくる。
ドラム缶から舞う煙を翼で切り裂きながら、両足のタイヤはバウンドすることなく接地し滑走する。
無事、滑走を止めたレイテムは翼を折りたたんだ。
鳴浜と由常はレイテムに向かい敬礼した。
それに習い僕も、一拍子遅れて作業帽のひさしに手を当てた。
すると、レイテムはヘルメットを取った。
現れたその顔に、しばし言葉が見つからなかった。
中性的な美貌が、藍色の柔らかな髪と褐色の肌で彩られている。
長い睫と金色の瞳が、独特の輝きを放つ。
まるで人形のようだったから。
「プラネットスターズ隊長、櫛江幸と申します。遠路はるばるご苦労様でした」
櫛江さんがパイロットの前に進む。
「鉄騎軍隊長、マフムード空軍中尉です。こちらこそ名誉大佐にご会いできて光栄です」
彼? は髪をかき上げて柔和な笑顔を浮かべ櫛江さんと握手した。
それからマフムード中尉は格納庫へと足を向けながら教官と会話を交わす。
「お久しぶりです、少佐」
「ゲリラの討伐以来だな戦友。なにか用入りと聞いたが?」
「恐縮ですが燃料の補給を頼みます」
「協約に従い徹底させよう。安形! 鳴浜! 燃料の補給を命ずる。いいな」
「はっ」
教官の後ろを追っていた僕らは返答した。
機装隊協約は教育隊同士の取り決めだった。
捕虜の取り扱いから、友軍教育隊の隊員の保護、物資の補給、戦闘階梯などが詳しく取り決められている。
高さ数メートルはある格納庫の鉄扉を片手でバァンと開けながら、教官は言う。
「係留ハンガーはわが隊のものを使ってくれ。それとトリポッドに軽食を用意させる、応接室で話を伺おう」
「感謝します。そういえば、我が教官『電気山羊』が『首切り白虎』によろしく、と」
「ハン。忘れておいて構わんかったのにな」
中尉は機装を格納庫のハンガーにパージさせると、インナースーツのままになる。
そのスーツは男用。
……おかしい。有翼機兵は原則女性のはずだが。
「整備員。私の翼を頼む。ジェットオイルはJP-4だ」
「は、了解しました。中尉」
作業靴の踵を鳴らし、僕は気を付けをとる。
「一応言っておくけれど、機装隊協約を破って小細工したらタダじゃあ済まないよ?」
と、冗談めいてマフムード中尉は言う。とんでもない。
「友軍の機装に傷つけるなど、整備員の端くれたる私にはできません」
小柄な中尉はじっと僕の眼差しを見つめてから、満足そうに笑って教官に言う。
「いいエンジニアのようです」
「(マッド|イカれた)、が頭につくがな。吉岡! 櫛江! 両名は私についてこい!」
教官の暴言に僕は顔をしかめてみたが効果はない。
それどころか、去り際に教官は僕に近寄ってきて凄んできた。
「安形海兵伍長。もし隊員が機装隊協約をやぶりゃ指導教官の軍功にも罰がつく、そうなったら首の七つ八つじゃ許さねえぞ? あ?」
はい。
とりあえず、格納庫で機体の燃料補給を鳴浜と共に進める。
戦前、太平洋沖に建設された海底原油プラントは、無人になっても生きていた。
その『遺跡』から伸びるパイプラインより、僕らは貴重な石油を手に入れている。
手回しポンプを使ってレイテムの燃料槽に燃料を注ぎながら、僕は鳴浜に気になることを聞いてみた。
「彼は男性なのか?」
「……さあて、ね。軍機であたしの口からは言えないな」
燃料口の目盛を観察しながら、鳴浜がはぐらかす。
性別さえ軍事機密?
どういうことや。
「中尉は大戦以前に設計されて卵のまま保存されていた人造人間さ、トップシークレットの塊だよ」
鳴浜のいうことは、にわかには信じがたいことのように思えた。
だが、おかしな話でもない。
かつて人間は宇宙を目指して月や星間に植民地を築き、人間が太陽系外に飛び立つための「準備」をしていたと、歴史の授業で習ったばかりだ。
僕らは戦火から生き残った数少ないその継承技術に頼って生き永らえている。
「つまり、中尉は『生まれる前からの』有翼機兵なのさ、捨て子からでっち上げた ((あたし|ジャンク))と違ってね」
ジャンク、と言い切った鳴浜の様子はどことなく虚ろに見えた。
そういうことか。鳴浜は生粋のエースである中尉に、負い目に感じている。
一息ついて、僕は考えた。
そうだな。パイロットの不安を取り除くのも、ある意味では僕の仕事だ。
「一流の戦闘機と二流の爆撃機。ガタユキはどっちが速く飛べると思う」
続けて鳴浜は聞いてきた。
「機体的な見地からいえば、最高速はレイテム、機動性はガルダに軍配が上がる、な」
と、僕はまんじりと答えた。
が、これでは鳴浜が納得しないだろう。
「お前の大好きなスペックについてとやかく言っても始まらないだろ」
予想通りむくれる鳴浜に、僕は言う。
「そうさ。だからハートの問題なんだろ? 機装はハートで動かすものだ」
鳴浜が少し前に言ったことを、言って見せる。
僕はポンプを止めて、鳴浜に振り向いた。
「もっとハートに自信を持て。僕がその証さ。僕はお前が間に合ったおかげで駅前の戦闘で死なずにすんだ。お前なら速く高く飛べるさ」
それが僕の本心だった。
が。鳴浜はばつの悪い表情で目を逸らし、そして背を向けて顔を隠してしまった。
そんな反応が返ってくるとこちらも何か気恥ずかしいものが込み上げてくる。
結局、お互いに無言になるのだった。
その後いくばくかして、応接は終わった。
再び滑走路に立ったマフムード中尉へ、補給の結果をまとめたファイルを手渡す。
すべて異常なしのオールグリーンだ。
「燃料は仰ったとおりに補給してあります。故障個所は見当たりませんでした」
「そうか、ありがとう」
といってから、中尉は何かをひらめいたように指を鳴らすしぐさをした。
ガントレットを嵌めた手のひらはもちろん鳴らない。
……鉄騎軍の面々は、わざとらしい仕草を取らないと死ぬのか?
「そうだ今思い出した! 君はアンドレイと顔を合わせているんだっけね。彼が君たちの事を教えてくれたよ」
「……あんど?」
「あの分からず屋なレクスアルスルのパイロットさ。君を見込んでるそうだよ」
いらん世話だなあ。
たいそうな名前なんだな、彼も渡来人に違いない。
レイテムのジェットエンジンが唸り始める。僕の作業着が激しくはためいた。
「君はヒーローの条件を見つけられたかい?」
最後に、ヘルメットをかぶったレイテムが問いかけてきた。
ヒーローの条件。考えていなかったわけじゃあない、それでもまだ見つからなかった。
僕は返事が思いつかず詰まる。
少し考えてから、僕は正直に言った。
「まだ見つからない。だが再会の時までに見つけておく、アンドレイにそう伝えてください」
退避のハンドサインを示しながら、レイテムは答える。
「わかったよ。再会を楽しみにしている、あと僕の後輩をよろしくね」
僕が退避すると、強烈な砂塵を巻き上げて、レイテムは夕闇が訪れ始めている空へと旅立った。
その日、遠州市の通常民会が開かれ、行政府を管轄する政務委員会の名簿が提出された。
そこにこれまで市政を担っていた地元政治家の名前はなく、多くは中央政府の元軍人、元執政官が占めていた。
『サイボット』の脅威にさらされる街で、すでに『兄弟たち』ブラザーズによる計画は始まってしまっていた。
説明 | ||
えー、遅筆、誠に申し訳ありません。 SFライトノベル第十二話となります。 一話→http://www.tinami.com/view/441158 投稿一覧 http://www.tinami.com/search/list?prof_id=40636 ←前 http://www.tinami.com/view/588470 挿絵は性別不明が一人。 就活はやっと一つ決まりそうなんですが、まだ予断を許しませんorz もうそろそろ物語を畳みかけてゆく段階ですのでしばしお付き合いのほどを… 次回は以前のペース(二週間)で載せたい、いや載せます |
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