レッツゴーレモンパイ |
「ごめんなさい、ちょうどなくなっちゃった…」
女友達に囲まれて、箱から小さいレモンパイを分けていた彼女。
ここぞとばかりに、僕にもくれないかな、と声をかけたのに、返事はがっかりするものだった。
これを聞いた、周りの女の子たちが、じゃあ私が今度持ってくる、いいえ私が、と僕に身を乗り出してきたせいで、せっかく近づいた彼女との距離が開いてしまった。
彼女は、困った顔を僕に向けていたが、距離が開くと、何もなかったかのように近くの友達と話し始めてしまった。
彼女にとって僕はただのクラスメイト。
でもきっと、女ったらしのどうしようもない男と思われているのが相場なんだ。
彼女は決して目立つわけではない。
小さくて、控えめで、むしろ陰に隠れてしまいそうだ。
それでも、僕は見つけてしまった。
どうしても、笑顔を一人占めしたい。
そう思っているんだけど――
学校の帰り道、女の子たちと下校する。
その中の一人が喫茶店に寄りたいと言い出し、断れずに入ることになった。
僕は、さっき食べ損なったレモンパイを注文すると、こちらに向かってくる彼女が目に映った。
彼女も友達と寄り道したようだ。
偶然だね、と声をかけるものの、自分の顔が引きつるのがわかる。
よりによって、彼女は通路を隔てた隣に案内された。
なんて間が悪いんだろう。
彼女はまた、さっきと同じように困ったような笑顔を向ける。
これは、たくさんの女の子たちにいい顔を向けてきた報いだろうか。
本当に近づきたい女の子の前でばかり気まずい雰囲気にしてしまうなんて。
そういえば、英語の時間に聞いたことがある。
レモンは英語で“まぬけ”とか“くだらない”という意味もあること。
僕はまさに、そんな男なのかもしれない。
しばらくして、レモンパイが僕の前におかれた。
彼女の作ったもののほうが、ずっとおいしそうだ。
突然、ケータイが鳴り響いた。
女の子の名前が画面に表示された。
興味ない。
でも、都合がいい。
「ごめん、急用ができたから帰るね」
お金を置くと、僕は立ち上がった。
まだレモンパイを食べてないのに、とか、もうちょっと、とか後ろから聞こえたけれど、振り向かず、まっすぐに店をでた。
次の日、どうしても目がさえてしまい、朝一番に教室に入った。
ボーっと、時間が過ぎるのを待つ。
誰もいない教室がこんなに静かなんて、知らなかったな。
しばらく沈黙が続いていたけれど、教室のドアがゆっくり開いた。
入ってきた人物に、僕は飛び上がりそうになった。
彼女だったからだ。
「あれ? おはよう。今日は早いんだね」
「あぁ、おはよう。君も」
声が上ずらないように気をつけて話す。
「ちょうどよかった。渡そうと思ってたんだ」
「?」
彼女は、僕の机に箱を置いた。
「レモンパイなの。昨日、2回も食べ損なっちゃったみたいだから。お腹が減ったら食べて」
僕のこと、気にしていてくれた?
朝から、こんなに幸せなことが起こるなんて。
開けた箱の中から、いい香りがした。
やっぱり、喫茶店のものよりおいしそうだ。
「いつも大人気だよね。うらやましいな」
困った顔でなく、笑顔を見せてくれる彼女に、今なら伝えられるだろうか。
君だけが僕を見てくれたら、世界中の女性から嫌われてもかまわない。
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