トカゲのしっぽと化けの皮
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 とある月夜の晩だった。

 

 

 

 酒を一杯引っかけてご機嫌で町を闊歩していた剣士の耳に、絹を裂くような悲鳴が届いた。酔いが一気に吹き飛び、剣士としての使命感や正義感からか、悲鳴の元をたどって路地裏へと走り出す。

 

「どうした!?」

 

 路地裏にはむせ返るような血の匂い。血を流し倒れる男女と、その場にうずくまる黒髪の少女。

 

「何があった!強盗か!?」

 

「あ…あぁ……い、いきなり人が、それで…」

 

 怯えきった少女の肩を支え落ち着くよう促すと、救いを求めてか縋りつかれた。

 

「おちつけ、相手はどんな奴だった?」

 

「恐ろしい、いつわり人でした…黒髪で、背の低くて、名を…」

 

 

 

 トスッ

 

 

 少女が最後まで言い終わる前に、妙に軽い音が剣士の耳に届いた。いや、届いたというより、体を通して聞こえた。

 

「トカゲ…と申します、」

 

「……なっ!」

 

 正確には、自分の胸に突き立てられた匕首から。

 

 叫ぼうとした口を塞がれ、抵抗しようと薙いだ手は腕を引っかくにとどまって……そのまま凶刃が引かれた。

 

 

 

 

 

「やっぱり、遊郭に入り浸るような若旦那さんは、お金持ちですわね〜」

 

 少女の姿のまま、殺した相手の袂から財布や金目の物を抜いて行く。普段なら着物まで売っぱらうのだが、少々予定が狂ってしまった。

 

「…この好色野郎が…いきなり女の胸元に手ぇ突っ込むものですの?おかげで殺す羽目になっちゃったじゃんやだー。」

 

 ひとりごとの口調をころころ変える彼女…いや彼の名はいつわりびと「トカゲ」。変装で姿形だけでなく声まで変えて騙すため、手配書が意味をなさない事で有名だった。

 

 本当なら男を誘惑し、油断させた後に気を失わせて身ぐるみごと剥いでいく予定だったのだが……身分ゆえにいつもは人目を避けて一人で遊郭に行くはずの男が、たまたま遊女が迎えに行った事も、好色具合も想定外だった。まぁ、三日でここまで行動を把握できたなら良い方か。

 

 手早く物色を終え、手元の金品を品定めする。中々の額になりそうだ。本当なら良い値で売れそうな羽織だったが、血にまみれてしまっては仕方ない。大人しく諦めよう。

 

 金目の物を懐に仕舞いこむと、トカゲは少女の演技を消し去り、嘲るように笑って見せた。

 

「まぁまぁの稼ぎになったぜ? ごきげんよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか騒がしいですね…事件でもあったのかな?」

 

「え? 事件があったの? ……じゃぁ、やっぱり今日おーちゃんについてきてもらって良かった…」

 

「物騒、ですね…」

 

 町に甘味を食べに行きたいという苺の誘いを受けた陽乃と、たまたま近くに居た鶯花の三人。いつもよりそわそわした空気が、昨夜の事件の影響を如実に示していた。

 

 耳をそばだてていると昨夜にあった事件のあらましが聞こえてきたが、噂や好奇の類も混ざって何がただしい情報なのか分からない。かわら版でもみた方が早いかもしれない。

 

「じゃぁ、今日は甘味を食べたら早めに帰ろうか。」

 

「そうだね……殺されちゃったのかな?……可哀想……」

 

しょんぼりと苺がうなだれたのを、陽乃が優しく撫でる。二人とも優しい子だ。

 

 そのまま目的の甘味屋を探して歩く三人に、どこかで聞き覚えがある声が掛けられた。

 

「おーい、鶯花―陽乃―!…と苺!」

 

 振りかえってみると、少し離れた所に見える長い銀髪、黒い肌。……鬼月だ。

 

 ……何故か役人に囲まれているが。

 

 そのまま役人と何言か交わし、仕方ないといった様子ではあったが解放されたらしく、こちらに駆け寄ってきた。

 

「悪ぃ悪ぃ……昨日ここで事件があったみてぇでよ……ふらふら町に来てみたら何でか疑われて困ってたんだ」

 

「……不運でしたね」

 

 鋭い目つきがいけなかったのだろうか。とりあえず下手に言葉をかけるよりは労うくらいでとどめておいた方がよさそうだ。

 

「良く分かってねぇけど、昨日の夜中に剣士含めて三人、やられたみてぇだ……」

 

 女性二人には聞こえないように、鬼月はそっと耳打ちする。役人から聞いた情報から察するに、犯人はいつわりびとらしい。

 

「……腕に覚えはありますが……気をつけるに越したことはありませんね……」

 

「そうだな……」

 

 流れで鬼月も甘味屋に行く事になり、四人に増えた一行の前に、ふと、見覚えのある姿が現れた。

 

 常の服とは装いが違うが、確かに彼女だ。

 

「あれ?すーちゃ〜ん!」

 

「え?」

 

 いつもの袴姿ではなく紺地に小花の小袖を纏った彼女は、飛びついた苺に驚いたように振り向き、すぐに笑顔を見せた。

 

「あら、こんにちは。今日はお出かけですか?」

 

「うん!おーちゃんについてきてもらって、お団子食べに行くんだよ!すーちゃんも良かったら行かない?」

 

「そうなの……ごめんなさい、買い物がのこってるから、今日は止めておくわ。楽しんできてね」

 

 髪を掻きあげて、申し訳なさそうに涼は目じりをさげる。その手には買い物かごがあるから、食材でも買いに来たのだろう。

 

「それにしても涼、おまえ服が違うだけで随分雰囲気変わるんだな。最初誰かと思ったぜ」

 

「そう?気分を変えてみようかなと思ったんです。似合います?」

 

 はにかんで見せる涼は、確かに常とは雰囲気が違って見えた。いや……

 

 

 

 なんだかんだで関わりの多い鶯花にとっては、違和感とも言えるほどの、違いだ。

 

 いっそ勘といっても良いほどのものだが、一度芽生えた違和感が拭えない物となって鶯花の胸を占める。

 

「あの……鶯花さん」

 

 そでを軽く引かれ少しかがむと、陽乃が普段よりも一層小さな声で告げる。耳元でようやく聞きとれるくらいだ。

 

「涼さん、なんだか、変、じゃありませんか? 」

 

「……陽乃さんも、そう思いますか……」

 

 自分以外の人から見てもやはり違和感があったのだろう。加えて、陽乃はそれ以外にも気付いたことがあったらしく、涼の左手を指し示した。

 

「左手に、傷があるんですが……昨日会った時は傷なんてありませんでした……それと、たぶんあれ、引っ掻き傷です。人の爪で引っ掻かれたような……」

 

 チラリと、苺や鬼月と談笑する彼女を見やる。明らかにおかしい点がある。……しかし、それだけでは断言できない。

 

 

 ……確かめよう。

 

 

「……涼さん」

 

「なんですか?」

 

 気のせいならいい。すみませんと一言謝れば、おそらく「彼女」は許してくれるだろう。

 

「やっぱり、今日はお父さんの好物作ってあげるんですか?何かの記念日でしたっけ」

 

 やけに口が渇くのを抑え込んで、出来るだけ自然に会話を続けたつもりだ。涼はほほ笑んだまま、次の言葉を言った。

 

 

「そうですね、今日くらいは、「お父さん」の好物つくってあげないと……え?」

 

 みなまで言わせず、その手首をひっつかむ。一瞬きょとんとし、しかしすぐに困惑した目で鶯花を見上げた。

 

「え…?あの、手…。痛いです…」

 

「誰だ」

 

 凄味を効かせた低い声。それは普段の鶯花の印象とは異なったものだった。

 

「誰って…涼です、さっき貴方もそう呼んだじゃないですか」

 

 見ていて可哀想になるくらいの怯えと混乱した声で、涼は助けを求めて苺と鬼月を見る。しかし、苺は表情を固くし後ずさり、鬼月も信じられないといった様子で腰の太刀に手を伸ばすかをためらっていた。

 

「す…すーちゃん、神社で宮司さんと二人暮らし…してるんだよね?お父さん、いないんだったよね?」

 

「そう言えばさっきから俺達の名前、言ってないな?…言えるか?」

 

 彼女は、苺の言葉に目を見開き、鬼月の問いかけに顔を伏せた。

 

 全員が警戒を解かず、短いようで息がつまりそうなほどの沈黙が辺りを漂う。周りの街人も不穏な空気を察したか、遠巻きにし始める。

 

「ふぅ…」

 

 やがて、観念したかのように涼に似た少女は息を吐き、ねぇ、と呼びかけながら道の反対側に顔を向けた。

 

 釣られてそちらを見た…その隙だった。

 

 

「おーちゃん!!」

 

 

 いつの間にかまえたのか、鶯花の手を切り落とす勢いで匕首が襲いかかる。

 

 運よく匕首が苺の視界に入り危険を知らせた為、何とか避ける事は出来たが、手は振りほどかれてしまった。

 

 それを機として距離を取られ、鶯花の腕と、鬼月の刀の間合いから外れる。

 

「ちっ、右腕頂いたと思いましたのに」

 

 憎らしげに表情を歪めて匕首を構え直すその姿は、三人の知る涼ではない。もっと邪悪な何かだ。

 

「もう一度聞く。お前は、誰だ!!」

 

「誰って、皆大好き、涼ちゃんですよ〜。……嘘ですけど」

 

 何で知り合いに会うかな〜…山で見かけた子だからこの辺に知り合いなんていないって踏んでたのによ〜。

 

 涼のフリはもう止めたのか、好き勝手な口調を披露している。今となっては、何故涼と思ったのかも怪しいほどだ。

 

「私様は事件の様子見に来ただけだよ?なんで見つかるんです?おまけに貴方達、腕もお立ちになるご様子。……ついてねぇな〜ははっ」

 

「……いつわりびとの、トカゲさん……ですね」

 

「手配書の通りだと変装名人、だったか?その腕も大したことねぇな。一発で見破られてんじゃねぇか」

 

「待って!?事件の様子を見に来たって……まさか…!」

 

 青ざめた苺に、トカゲは匕首を弄びながら意味ありげに笑って見せた。

 

「ふふっ、物騒な事件だね〜、苺ちゃん?」

 

「てめぇが犯人か!」

 

 鬼月の怒声には答えず、挑発的な笑みを浮かべたまま目線をやった。一歩間合いを詰めると一歩下がられてしまう。流石にそう簡単に攻撃範囲内には捉えられない。

 

「えーっと? 君はおーちゃんかな? それともひーちゃん?可愛いあだ名だね」

 

 くるりと可愛らしい動作で再び距離を取り、ちらりと通行人の声に耳をそばだてる。

 

「……お役人さんが来てしまいそうですし、私はこれで失礼しますね。……あぁ、火薬使いの方、爆弾だか銃だか分かりませんが、街中で使わないでくださいね?」

 

「このまま逃がすと思うか?」

 

「逃げられますよ」

 

敵意をむき出しにする鬼月に対し、涼の表情で笑いかける。そのまま袂から何かを取りだし、顔を一撫で。

 

「俺は、いつわりびとだからな」

 

 撫で終えたその顔は……

 

「……っ俺の顔!?」

 

「お借りしますよ?」

 

 声まで鬼月の物に変え、あっけにとられる四人をゆっくりと見回す。驚愕の表情を浮かべているのを満足げに見やり、鬼月に似た面だけを外す。

 

「尻尾が掴みたきゃぁくれてやるけど、俺の名はトカゲ。……切れた尻尾で十分遊んでてくださいね」

 

 

 

それだけ言って人ごみにまぎれ消えていく小さな影は、融け合うようにまぎれていく。はっと気付いた四人がおいかけようとしたが、もう変装を変えてしまったのか、見付けることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、集まった野次馬が散らばったころ。

 

「あぶねーあぶねー! あんなところでここのつ者に会うなんて想定外だっての!」

 

 トカゲは適当な町人に変装し、甘味屋で一服していた。疲れた時は甘味が良いらしい。正直、腕に自信はあるが四人も正面から相手にするのは分が悪かった。ハッタリが効いてくれてほっとしている。

 

 運ばれてきたぜんざいを一口ほおばった所で、暖簾が揺れた。また客が来たらしい。流石評判の店、客の入りは良いのだろう。

 

「あ、ひーちゃん! あそこ、席あいてるよ!」

 

聞こえてきた声に、餡子が気管に入りこんだ。

 

 ちらりとうかがうと、つい先刻まで対峙していたここのつ者四人。

 

「……俺、何かしましたかね? …………うん、してる。」

 

 トカゲはゆっくりする暇も無くぜんざいをかきこみ、店を後にしたのだった。

 

説明
ここのつ者小説、今回は碌に交流する予定の立てられないトカゲを軸に据えてみました。
登場するここのつ者;玉兎苺 黄詠鶯花 蒼海鬼月 犀水陽乃 魚住涼
登場するいつわりびと:トカゲ
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小説 ここのつ者 

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