「とある前夜の…」 |
時間は[23:00]を過ぎた深夜、とあるホテルのバーのカウンターにある二人が並んで酒を飲んでいた。
そのうちの一人、美神令子はグラスに注がれていたウイスキーを一息で飲み込むとゆっくりと語り出した。
「でさー、ヒャクメに調べてもらって思い出したんだけどさ。私、子供の時に赤ちゃんだった横島クンに会ってるんだよね。ほんぎゃ、ほんぎゃって泣きじゃくっていて可愛かったな〜。頭を撫でてあげて、ほっぺにチュってキスしてあげたら泣きやんだのよ、あれが私のファーストキスだったのね」
「は、はあ…」
「あの後すぐにママに連れられて未来に飛んだのよ。其処に居たのは未来の私とまだ幽霊だったおキヌちゃん、そして霊能が目覚めたばかりの横島クン。まあ、面白くて優しいお兄ちゃんって感じでまだ初恋って程じゃなかったけど」
「そ、そうなんだ」
「初恋って言えばあの時よね。子供の頃、探検気分で洞窟に入った事があるの。その時ちょっとしたミスで地面に開いた亀裂に落ちそうになったのよ」
「ええっ!そ、それで?」
「必死にしがみ付いてたんだけど、だんだんと岩肌を掴んでいた指からも力が抜けていってもう駄目だと思った時歌声が聞こえて来たの。助けてって叫ぶとすぐに助け出してくれたわ。そしてその時の男の子の笑顔を見た瞬間、一発で心を奪われたわ。それっきり会えないでいたんだけど、8年後にある事件でその洞窟に行く事があったの。その時に解ったんだけど」
「な、何が?」
「その初恋の男の子……、横島クンだったのよね〜〜♪」
「げ」
「そして事務所を開こうとアルバイト募集のチラシを貼っていた時に横島クンが飛び掛って来たのよ。『一生ついて行きます、おねーーさまッ!!』って。あの時は”もう何なのよ、このセクハラ小僧は”としか思えなかったわ」
「そのまま放り出しておけば…」
「でも運命ってのは解らないモノよね。あれがあったからこそ今があるんだから」
「そ、そうナンダ」
「そして小竜姫さまに竜気をバンダナに与えられて霊能力に目覚めた横島クン。正直、あのキスを見てムカっと来たのよね。思えばあの時、既に横島クンは私の心の中に住んでたのね」
「は、はははは……」
「バイパーに子供にされた時だって普段の扱いを考えれば見捨てられてもおかしくなかったけど、結局私を見捨てようとはしなかったし。私も素直に甘えられたのよね。絵本を読んでくれたり、添い寝もしてくれたわ。出来ればもう一度子供になって甘えてみたいな。何てね♪」
「へ、へぇ〜〜」
「香港での元始風水盤事件の時も、新しい霊能『ハンズオブグローリー』に目覚めたし、勘九郎に止めをさしたのは雪之丞だけどその前に鏡の中の異空間に潜んでいた奴にダメージを与えたのも横島クンだったわ」
「そうだったんだ」
「魔族が本格的に私の事を狙って来た時、横島クンは妙神山で最高難度の修行を受けて最強級の霊能力、『文珠』を手に入れた。でも、あの修行って私を護る為の物だったのよね。もう、横島クンったら〜〜♪」
「くっ…ううぅ〜〜」
「そしてママの作戦でスパイとしてアシュタロスの陣営に乗り込んで帰って来た時、横島クンは…、何て言うか『男の顔』って言うの?凄くカッコいい笑顔だった。あれも全部、ルシオラの為だったのが悔しかったな」
「ああ、確かにあの時の彼は男の顔をしていた」
「それからも色んな事件があったけど、横島クンがいなかったらどうなっていたか」
「そうだね…」
「そして明日、とうとう私も横島令子かぁ〜〜。遂に、と言うかやっぱりやっとよね。そう、千年前からの想いがやっと叶うんだ」
「あ、あのね、令子ちゃん。実は…」
「それでね、それでね、横島クンったら普段はパンツ一枚で「美神さーーん、俺と一発ーーっ!」って飛び掛って来るくせに、あの運命の日……
『み、美神しゃ…さん!お、おりぇ、じゃない、僕、美神さんをしあわしぇ…、絶対に美神さんを幸せにしますかりゃ…、しますからぼきゅと……、ええいっくそっ!美神さん、俺と結婚して下さい!!』
ってさ、ガッテガチの噛み噛みでプロポーズして来たのよ。ん〜〜〜っもう、それが可愛くて可愛くてさ〜〜、我慢出来なくて逆に私が押し倒しちゃったわよ。や〜〜〜〜だ、何言わせるのよ!も〜〜〜、エッチ〜〜〜〜ッ!!」
パーーーーンッ
「ぐはぁっ!」
「いけない、もうこんな時間。明日の準備もあるしもう帰らなきゃ。じゃあ西条さん…ううん、お兄ちゃん。私、横島クンと…彼と一緒に幸せになるから。お休みなさい」
◇◆◇
令子が去り、一緒に酒を飲んでいた男、西条輝彦はカウンター席に一人残されたまま呆然としていた。
そんな彼の前に一つのカクテルが差し出された。
「…これは?」
「私の奢りでございます」
老バーテンダーは背中を向けながらそっと呟いた。
正面を向かないのは彼の瞳から流れる涙を見ない為の彼なりの心遣いだったのだろう。
西条はその心遣いに感謝しながら一気に飲み干した。
「う、うう。何故だ、何故なんだ令子ちゃん!僕の方が何倍もいい男だし収入だって!何で横島クンなんかとっ!」
カウンターに覆いかぶさって泣き出した彼のポケットからは”あわよくば”と予約しておいた最高ランクのスイートルームの鍵が、カチャリと小さく音を鳴らせた。
「うおおお〜〜〜〜〜んっ!れ、令子ちゃぁ〜〜〜〜ん、令子ちゃああぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」
その泣き声を聞きながら、老バーテンダーはこの男に最高の幸せが訪れる事を心の底から願うのであった。
無駄と知りつつも…………
終わる