名家一番! 第十七席・前篇 |
あれだけ渋っていたくせに、いざ休めるとなったら足取りが軽くなるんだから、俺も節操が無い男だと思う。だが、これから起こるビックイベントを前にして、浮かれない男がいようか? 否、いようはずがない。
大人への第一歩を踏み出した日。何年かして、今日という日をそんな風に思い出すのだろう。
○ ○ ○
自由に意見できる御伽衆という立場に就いたが、知識や経験もない人間が迂闊に意見するわけにもいかず、自身に足りないものを補おうと、火のような毎日を過ごしていた。
斗詩や猪々子のもとに何か案件が上がってくると、まず過去に似た事案を探し、それを参考に自分で解決策を模索してみる。その後、斗詩たちが実際に執り行った方策と自分の考えた解決策を比べ、浮かび上がった相違点や疑問点を関係者に質問、ときには提案する。
シュミレーションと、結果の検証。これをひたすら繰り返した。
軍事面では、歩兵や部隊長、糧秣などを管理する書記官、様々な立場の人達に近づくことから始めた。
調練や賊の討伐、街の警邏などに随伴し、彼らと同じ仕事に従事する。しばらく、歩くのも難儀する筋肉痛に苦しめられたが、仕事の合間にやりがいや不平不満、自分の仕事のどの部分に心を割いているのか。彼らの心の内を聞かせてもらうことができたし、色々と見えてくるものもあった。
自分で警邏を行うようになって気付いたが、詰め所の数が少ないのだ。騒動の場所によっては、駆けつけるのに時間が掛かり過ぎて、着いた時には騒動が終息していたこともあった。
では、詰め所の数を増やせば良いかというと、そう簡単な話でもない。
現状、警邏を行っているのが正規軍のため、戦の時や調練時には、警備に付いている人間の大多数を軍に復隊させねばならず、詰め所の数を増やしても中に誰もいない張り子になりかねないのだ。
(軍とは別に、警察組織でも作れたらなぁ……)
軍の都合に左右されない、警備部隊が常に稼働していれば、治安維持に大いに貢献できるだろう。
しかし、一から創設するとなると、膨大な額になるであろうイニシャルコスト、組織を維持させるためのランニングコストをどうするか……。
なにか上手い儲け話でもないかと、財源確保に頭をひねっていると、
「おや。今から“いつもの”かい?」
近所に住むおばさんが、鍬を振る仕草を交えながら声をかけてきた。
おばさんの言う“いつもの”とは、以前俺が提案した、元黄巾兵による森の開墾作業のことだ。あの後正式に採用され、俺も彼らに混じって開墾作業を行っている。
この世界で農業は、国を支える礎だ。にも関わらず、俺の農業に関する知識はあまりに乏しい。
生産者によって作られた作物が消費者の食卓に並ぶまでに、仲買人や小売店を間に挟む。第一産業から第三産業までの大まかな流れしか知らない俺にとって、森を拓き農地にする作業を最初から実体験できるというのは、大きい。
「今日は休みを取ったんで、農作業はしませんよ」
「あぁ、それが良いね。根を詰めすぎて、今にも倒れそうだったもの」
御伽衆に就任してから城に街へと暇なく走り回り、疲労は積もり積もっていった。そんな俺を見かねた斗詩に、休みを取るように言われてしまう。
最初は斗詩の勧めをどう断ろうかと、考えた。今気を緩めてしまうと、覚えたことが零れ落ちるような気がしたからだ。
だが、斗詩は俺が悩むことまで見越していたのだろう。言葉ひとつで、いとも容易く俺の逡巡を断ってしまう。
“じゃあ、私も同じ日に休むので、気晴らしにどこか出かけましょうか?”
さっきまで頭を埋め尽くしていた、断り文句はどこへやら。条件反射のように、首を縦に振っていた。
俺の体を気遣ってか、自分が休む口実が欲しかったのかは、この際どうだっていい。肝心なのは、まるで女っ気のなかった俺の人生で、女の子とふたりで街にくり出すイベントが発生したことこそが、重要なのだっ!
そして迎えたデート当日……だが先に、寄らねばならない所がある。
「じゃあ、これからお出かけかい?」
「はい。ちょっと鍛冶屋まで」
「せっかくの休みにかい? 変わってるねぇ……」
任せていた仕事があったので、顔を出したいと常々思っていたのだが、時間が中々取れず、つい後回しにしていた。
斗詩と合流してから向かうという手もあるが、初デートに鍛冶屋をチョイスなんてした日には、センス云々より人格を疑われそうなので、先に済ませておくことにしたのだ。
おばさんと別れて歩き出した直後に、通行人にぶつかりそうになる。
黄巾の乱が終結したことで、安全に街道を使用できるようになり、遠方からも人が集まってきた。
(この平穏な時間が、長く続けばいいが……)
都・洛陽から流れてきた商人の話では、病に罹っていた霊帝の命が、いよいよ危うくなってきたらしい。そうなると浮かび上がってくるのが、後継者問題だった。
大将軍の何進は自分の甥である劉弁を、宦官の十常侍は劉弁の異母弟である劉協を。次期皇帝に己に都合の良い皇子を据えようと、両者は画策している。
だが、どちらの陣営が勝っても漢の中心である宮中が乱れれば、その余波によって国土は再び荒れるだろう。その時各地の領主たちは、嵐が過ぎ去るのをただ耐え忍ぶのか、それとも天下に羽ばたくための追い風とするのか……。
(袁家が飛翔するための風切羽の一枚になれるよう、俺も精進しないと)
いずれ訪れるであろう戦乱を前に、決意を新たにし鍛冶屋を目指した。
○ ○ ○
店の前まで来ると、まだ開店したばかりなのか、若旦那が店先に商品を陳列しているところだった。
「おはうございます」
声をかけると、商人特有の気持ちのよい笑顔と挨拶が返ってくる。
「あぁ、これは北郷さま。いらっしゃいませ」
「こんな早くにおしかけちゃって、すいません」
「今日は開けるのが遅かったぐらいですので、そうお気になさらないでください。
“そろばん”の使い心地、その後どうですか?」
そろばんを作るのに猪々子と斗詩に相談を持ちかけたところ、二人からこの店を勧められた。頼めば武具や金物以外も作ってくれるようで、鍛冶屋というより工房といった方が近いのかもしれない。
ちなみに、二人の常軌を逸したあの武器も、ここで特注したそうだ。
「本物と遜色ない出来で、重宝してますよ」
「そうですか! そう言って頂けたのなら、よかった」
こんなに喜んでくれるなら、感想だけでももっと早く、言いに来ればよかったな。
忙しさにかまけて、後回しにしていたことを、ちょっと反省。
「それで今日は、どういったご用件でしょうか?」
「実は、また作ってもらいたいものが出てきまして」
自作した模型を取り出し説明する。その間、若旦那の目は好奇心で爛々と輝いていた。
職人さんたちの知識欲の強さは、目を見張るものがある。俺も見倣わないとな。
○ ○ ○
説明を聞き終えた若旦那が、大きく息を吐く。
「そろばんに引続き、これまた面白いものですね」
「できますかね?」
「ええ、もちろん。これなら、そう時間もかからないと思いますよ」
簡単な構造だから、大丈夫だろうと予想はしていたが、職人本人からその言葉を聞けて一安心だ。
だが、用件はもう一つ残っている。そして、その用件こそが、今日ここに来た主目的だ。
「あの、親方の様子はどうです……?」
「あー……」
俺が店に来た時点で若旦那もいつか聞かれると、覚悟はしていただろう。だが、俺がその話題を切り出した途端、明らかに表情が曇る。
その時点で、進展していないのだとわかってしまった。
「……北郷さまが提示した要求に届かないようで、かなり参っているようです」
「そう、ですか……」
そろばんの作成を依頼した時、この店の主人にもある物の製作を依頼していた。
今後俺が、最前線で弓矛を振るうことはないだろうが、戦場にも随伴する以上、最低限自分の身を守れるぐらいには、鍛えておく必要がある。
刀を借りて素振りをしたり、猪々子たちに稽古をつけてもらったりしていたのだが、どうも中国式の直刀や曲刀だと、刀に振り回されているような違和感があり、扱いに難儀していた。いっそのこと、槍や矛といった長物にしようかと試してみたが、当然うまく扱えるはずもなく、中国刀の方が数倍マシという結果だった。
自分に合った刀は無いものかと模索していた所に、そろばんの一件で名工を紹介してもらえたのは、まさに渡りに船だったのだが、名工の腕をもってしても無茶が過ぎる要求だったらしい。
その要求とは、細く軽く折れにくいが、切れ味抜群の若干の反りがある片刃の剣。要するに“丈夫な日本刀”を打って欲しいと、依頼したのだ……改めてみると、矛盾だらけの酷い要求仕様である。そりゃ、親方だって参りたくもなるよ。
「お客である北郷様に対して、大変失礼だとは思うのですが……親父に一言でいいので、声をかけてやってもらえないでしょうか?」
心底済まなそうな声で若旦那は頭を下げるが、謝りたいのは無茶なお願いをしておいて、今まで放置していた俺の方である。
「ええ、もちろん」
今日は、そのつもりで来たのだから。
……お詫びの意味も込めて、渡したい土産もあるしね。
○ ○ ○
店の裏の作業場に通される。なんとなく、道具や作った物で溢れかえった室内を想像していたが、整理整頓はしっかり行き届いていた。焼けた鉄など危険な物を扱うのに、周りが散らかっていては危険なのだろう。
炉から漏れ出る熱気で蒸された部屋の隅で、親方が頭を抱えていた。その姿を見ただけで、どれだけ憔悴しているのかがわかってしまう。
「親父? 北郷さまがいらしたよ」
「……ご無沙汰しています、親方」
声をかけると、親方は抱えていた頭をゆっくりともたげる。
口の周りは髭が伸び放題。ろくに寝ていないのか、瞼は定位置まで上がっていない。僅かに開いた隙間から、充血し赤くなった目が俺を捕えた。
「ああ、旦那……」
しゃがれた声。初めて会った時にみせてくれた快活さは、見る陰もない。
経過報告で“軽さ・丈夫さ・切れ味”三つの特性の内、二つしか持たせることができず、苦戦していると聞かされてはいたが、ここまで追い込んでしまったことに胸を痛める。
直後、今にも閉じてしまいそうだった親方の双眸が、カッと見開かれ思わず後ずさる。
「申し訳ないつ!」
さっきまでの緩慢な動きからは、とても考えられない電光石火の如き身のこなしに、俺と若旦那は唖然とする。
「土下座なんて止めてくださいよ! 無茶な要求して困らせたのは、俺なんですから!」
「いえ、客の無茶を聞くのが職人の気概ってもんです。
大船に乗った気でいてくれなんて、大言を吐いておきながらこの体たらく。首を落とされても仕方がねぇ」
「そんな物騒なことしませんから、頭上げてくださいって!」
「恐れ多くてできねぇです!」
なおも頑なに頭を下げ続ける親方に、顔を上げるよう強くい言う。
「だから――!」
「いえ――!」
「――!」
「―!」
○ ○ ○
「――で? 親父が打った刀は、どう駄目だったの?」
若旦那が間に入ってくれたことで、不毛なやりとりに終止符が打たれ、ようやく失敗原因の検証を始めることができた。
「鉄の配合や炉に入れる時間。組み合わせを色々と試したが、やはりどうやっても三つの特性の内、二つしか持たせることができなかった……」
悔しさに身を震わせながら、親方は話した。
軽さや切れ味を追求すれば刃が薄くなり、刀の強度は落ちてしまう。強度を上げようとすれば、刀身が硬く厚くなり重量が増すのは、どうやっても避けられない、か。
(けど、二つの特徴を持たせることが可能なら――)
用意していた手土産を台の上に取り出すと、親方と若旦那は吸い寄せられるように顔を近づけてきた。
「これは、木刀?」
「特性の二つを持たせることはできるって聞いていたんで、俺の方でも考えてみました」
――“丈夫な日本刀”を作れるはずだ。
○ ○ ○
俺の提案を頭の中で整理するためか、しばらく沈黙していた親方の口が開く。
「……なるほど。その造りなら強度を上げつつ、軽さも維持できるかもしれねぇ」
「いけますか?」
「客にここまでやらせちまったんだ。これでできなかったら、職人の名折れってもんでさ」
親方の瞳に生気が宿り、今すぐにでも刀を打ち始めそうだ。この様子なら、安心して任せられるだろう。
そこからさらに細かい所まで話を詰め、逐一経過報告を行うという決め事をして、話し合いを終えた。
「無茶をお願いした俺が言うのもなんですけど、仕事熱心も程々にね。
息子さんも、心配していましたよ」
「あいつめ、余計なことを……」
店先まで見送りに来てくれた親方にそう伝えると、ばつの悪そうな顔をされる。
「そう言う旦那だって、働き過ぎで足元がふらついてるって、聞いてますよ?」
「えぇ。だから今日は休みをとって、これから可愛い娘とふたりで出かけるんですよ」
って、親方を諭すためとはいえ、後半の情報は必要なかったか。
「俺の国には、こういう教えがあるんですけどね」
余計なことを言ってしまった気恥ずかしさ誤魔化すため、慌てて話の接穂を足す。
「“徹夜は、良い仕事の敵”だそうです」
「……はっ! そりゃ至言だ」
親方は額をピシャリと叩いて、笑う。
別れ際にまた苦労をかけることへのお侘びと、業物を期待していると告げてから、店を後にした。
○ ○ ○
思ったより鍛冶屋に長居してしまったので、待ち合わせ場所の茶屋へ早足で向かう。
斗詩のことだから少し遅れても怒ったりしないだろうが、その優しさに甘え過ぎるのはよろしくないし、初デートでいきなり遅刻する男って、どうなのよ?
足を動かし続けていると、先程からすれ違う人が妙に多いことに気付いた。待ち合わせの茶屋は街の中心辺りにあるのだが、多くの人が街の外部に向かっているようだ。何かあるのだろうか?
(おっと! 行き過ぎるところだった)
旅芸人の一団でも来ているのなら、覗きに行ってみようかと、デートプランを練り直している内に目的地周辺にまで来ていたようだ。
あの角を曲がれば、店はもう目の――、
「遅いっ!」
「ごめんなさい!?」
角を曲がった瞬間、怒鳴りつけられ反射的に頭を下げてしまう。
(……つい謝ってしまったが、今の俺に言ったのか?)
おそるおそる顔をあげると、仁王立ちしている予想外の人物に驚嘆の声を上げる。
「げえっ、袁紹!?」
「……なんですの? 伏兵にでも遭ったような顔をして」
「いや。そりゃ、なりますって」
トーストを咥えた女子高生と、曲がり角でぶつかる以上の衝撃なんだから。
「わたくしのことは真名で呼び、畏まった物言いはするなと、命じたはずですわよ」
「さっきのは、ノリでつい……」
御伽衆に就いて麗羽に最初に命じられたのが“自分に対して敬語を使うな”という、意図不明な命令だった。当然理由を聞いたのだが、勝負だからどうとか、要領を得ないことを言うだけで、はっきりとした理由はわからなかった。
猪々子と斗詩に問うてみても、苦笑いを返されるだけ。理由を教えてくれないことに不安はあったが、真実を知ると不幸になる気がしたので、それ以上問いただしていない。
「はぁ? 何を言ってますのあなたは。いいから早く、こっちに来なさい!」
斗詩との待ち合わせ場所に麗羽がいる状況を把握できないまま、茶屋の中に入ると見慣れた先客がいるではないか。
「一刀、おせぇぞ」
「こんにちは、一刀さん」
猪々子と斗詩が呑気にお茶を啜っていた。
「え。マジでどういう状況なの、これ?」
「どういう状況って、出かけようって、言ったじゃないですか」
「え? “出かけよう”って、えっ!?」
あの日、斗詩の言ったことをよく思い出してみる。
“じゃあ、私も同じ日に休むので、気晴らしにどこか出かけましょうか”
……言っていない。一言も“ふたりで”なんて言っていない。
つまりこれは、あれですか? モテない男がよくやらかす、自分に都合の良い解釈ってやつですか? 俺、やらかしちゃったんすか?
状況が把握できるにつれ、羞恥心が身を焦がし始める。
“えぇ、だから今日は休みをとって、これから可愛い娘とふたりで出かけるんですよ
可愛い娘とふたりで出かけるんですよ
ふたりで出かけるんですよ”
出かけるんですよ
んですよ
よー
よー
よー”
ふ た り で で か け る ん で す よ
いやぁぁぁっ!? 誰か今すぐ、俺を殺してくれぇぇぇ!
盛大に勘違いした日。何年かして、今日という日をそんな風に思い出し、枕に顔を埋めて足をばたつかせるのだろう。
あとがき。
恋姫の二次創作をやるなら、やっぱり一刀の武器製作イベントは入れたいですよね。
17話は前・後編にするつもりはなかったんですけど、
コメディチックな話で長々やると途中でダレそうなので、分けました。
後編はあと手直しするだけですので、私ではありえない早さで次回を投稿できると思います。
そうそう。
『戦国†恋姫』のOPムービーが公開されましたね。
無双のヒロイン達の武器がでてましたけど、作中にも出てくるんですかね?
キャラクターは今のところ、秀吉と犬千代がお気に入りです。
皆さんは、どのキャラがお気に入りですか?
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