バイオハザード〜1. S.T.A.R.S. 〜 |
五階建てのビルの屋上に二つの人影があった。
初夏の陽光と春の残滓のように穏やかな涼風が青年と巨漢の汗を誘い、そして連れ去っていく。
青年は双眼鏡を手にして、自分の居るビルから直線上にある建物の窓を凝視していた。正確に言えば、建物の南南西に面した一角だ。その窓から見た場合、南中を過ぎた太陽を背負う形となっているために彼らの姿は逆行で見えないだろう。地上には何台ものパトカーの赤いサイレンが不吉に瞬いている。その中には大型のバンの姿もあった。
一方の巨漢は腹ばいとなって、狙撃銃を構えている。その姿のまま滲む汗をぬぐわず、呼吸は一定のリズムを刻んでいる。よく磨かれた木製ストックの鮮やかな木目に、引締められた頬を滑り落ちた汗が染み込んでいく。
青年の喉がなった。緊張のせいで口が渇いているらしい。汗も巨漢と比べて多く出ているようだ。
「新入り、ダンスやったことあるか?」
「いきなりなんです?」
巨漢の言葉に、青年は双眼鏡を覗いたまま戸惑いの声を上げた。そこには多少非難の色も含まれている。しかし、巨漢はかまわずに続けた。
「ダンスで緊張する瞬間の一つは出だしなんだ。曲が始まり、そこでパートナーとの呼吸を合わせ、一歩を踏み出す。だがな、曲目が指定されていないときが問題だ。十小節以上聴かないと分からない曲もあるし、中にはわざと間違わせようという意地の悪いがあってな、間違えれば大恥だ」
そこで巨漢はふっと頬を緩めた。
「踊るのは中の連中だ。そして、俺たちの役目は曲を始めることだ。たとえ意地の悪い曲になろうと、連中はしっかりやってくれる。だから――」
巨漢は会話で乱れの生じた呼吸をすばやく元に戻した。
「今のおまえの最善を尽くせば、それでいいんだ」
人二人すれ違うのがやっとのオフィスビルの通路は昼過ぎの暖かい光が満ちていた。だが、ランチを楽しむ人々の声は全くない。それに充満する空気は毛が逆立つほどに緊張していた。さらに、この時間帯に相応しくない黒装束に身を包んだ人間が五人、ほとんど音を立てず、足早に移動していた。彼らはヘッドセットと防弾ベストを着け、銃身の短い自動小銃を手にしている。
口ひげを蓄えた中年が指を使って手早く残りの四人に指示を送った。彼らの前方の通路には二つの扉がある。その奥からは何人もの人の気配がある。そして、静かに言い争うような声も。四人は指示通りに素早く動き、二手に分かれて扉の前に陣取った。奥の扉に黒人と中背の白人が、手前の扉には粗野な容貌の男と類人猿のような体躯の中年が配置に付いた。
それを見て、指示を送った男が無線のマイクに呼びかけた。
「ウェスカー、こちらブラヴォーチーム。配置に付いた――」
オフィスビルの裏口へと続く薄暗い階段に息を潜める五つの影がある。全員が先ほどの五人と同じ格好に身を包み、銃火器で武装している。その中に一人、ベレー帽を被った女性の姿もある。
「手持ち無沙汰だな」
無線機のイヤホンを叩きながら、クルーカットの青年がぼそりと言った。手には最新式のショットガンを携えている。中には催涙弾が装填されている。
「座って、待って、喋る、だもんな。俺たちも」
脇にいた、同じくショットガンを携えた青年が肩をすくめる。こちらは頭にバンダナを巻いている。
二人の会話を他所に、ベレー帽を被った女性は後ろに控える二人の男に指示を送っている。
「フランクは退路の確保、ジョーはわたしと人質の救助に回って」
ジョーと呼ばれた目の鋭い男は無表情に、だがしっかりと頷いた。
するとバンダナを巻いた青年がニヤと笑った。
「臆病(チキン)ブラッドが教官じゃ心細いよな」
「あんた、そういうことは彼に気絶させられないようになってから言いなさいよ。今、零勝何十敗目だっけ?」
女性の辛辣な言葉にバンダナの青年は苦笑を浮かべた。
「それ、今言うことかねぇ」
どっちが。と視線で刺し、女性はジョーとフランクにウィンクを送った。
そのとき無線が入った。ビルの外のバンで待機している彼らの隊長からだ。
『交渉は失敗に終わった。エドワードの狙撃を合図に、ブラヴォーチームが正面より突入し、籠城犯の捕縛に当たる。おまえたちはその間に裏口から侵入し、人質を救助。アルファチームが重視すべきは人質の安全だ。その後はブラヴォーチームのバックアップに回れ。以上だ』
全員の顔が引き締まり、武器を持つ手に自然と汗が滲む。
聴覚が全身に広がっていくような錯覚を覚えるほど、彼等の集中力は上がっていった。
――銃声が鳴った。そしてどよめきと発砲が扉の内で立て続けに起こった。
『突入!』
無線機の声と同時か、それよりも早いか――事前に開けておかれた扉を蹴り開け、彼等は中へと滑るように突入した。
説明 | ||
PS版「バイオハザード」をベースにした小説です。 | ||
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ゲーム ホラー バイオハザード ノベライズ | ||
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