天馬†行空 三十八話目 長い夜が終わる
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「関将軍、孫策軍は動きませんね」

 

「そうだな、或いはこちらの意図に気付いたのやも知れん」

 

 広陵城の東にある小山、城とその前に広がる草原を見渡せる位置に愛紗率いる五千の兵が息を潜めていた。

 ここまでゆっくりと行軍していた孫の旗を掲げる部隊が突然停止し、その中から一騎が城へと向かって行くのは愛紗も確認している。

 袁術が攻めてくるのは以前から朱里や雛里だけでなく主の師である盧子幹、そして愛紗にとっては姿や声を思い浮かべるだけで顔が熱くなって胸がどきどきする人物――天の御遣い北郷一刀も予想していたので予め対策は練っていた劉備軍だったが、袁術の客将である孫策がどう動くかが問題となっていた。

 

 反董卓連合軍で、攻め寄せる董卓軍を袁術軍にぶつけるべく軍を動かしていたのを朱里と雛里は見抜いている。

 故に、今回の徐州進攻でも同様の手段を取ってくるであろう事は想像に難くなかった。

 前者は、先手を取って徐州に攻め寄せこちらを釣り出して袁術本隊にぶつける――という手。

 後者は、こちらと連携して袁術を攻める手。

 全ては孫策さんの行軍中に判るでしょう、と小さな軍師達は言った。

 

 そして今、行軍を止めて一騎のみを広陵城へ放った孫策軍を見て、愛紗は「後者になったか」と小さく呟く。

 どの道、作戦に大幅な変更はない。

 城壁に青竜旗が翻れば、袁術軍目掛けて突進するのみだ。

 突撃する相手が袁術であれ孫策であれ、左程変わりはないと愛紗は考える。

 

(なにせ今回の作戦は朱里と雛里に加え、徐州の地理に通ずる者達が練りに練ったものだからな)

 

 既に((下?国|かひこく))の陳一族から俊英と名高い((陳登|ちんとう))、((琅邪国|ろうやこく))を治める((臧覇|ぞうは))がそれぞれの手勢を率いて桃香に協力を申し出ている。

 平原の相だった頃からの治世に加え、白馬義従を率いる公孫賛に天の御遣い北郷一刀の盟友として知られる桃香は民の人気が高く、悪政を正し、驕らない性格の為に、心ある豪族達の支持も得ていた。

 徐州に着任した時点では二万ほどだった劉備軍も、今は倍の四万となっている。

 人材面でも、政務の手腕が朱里に匹敵する陳羣、軍政のいずれにも非凡な才を見せる陳登、個人の武もそうだがそれ以上に軍を率いるのに長けており信義に厚い臧覇をはじめとして、層が厚くなっていた。

 また武将以外でも、義勇軍時代から引き続き張世平が色々と力になってくれている(最近では荊南の董卓とも誼を結ぼうとしているらしい)。

 桃香の信望が高まり、それによって人が集まったことで朱里や愛紗達が対袁紹袁術の為に時間を多く割けるようになった。

 だからこそ、早い段階から準備が出来ていたのだ。

 

 反対側の山――そこに兵を伏せている((元龍|げんりゅう))(陳登の字)の冷静な様子を思い返しながら、黒髪の武人は静かに始まりの時を待つ。

 

 

 

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「あ〜くそ、だめか〜。今回はいけると思ったんだけどな〜」

 

「ふっ、残念だったな張任よ。今や白光を支える槍となった以上、前の私とは違うのだよ」

 

 短く切られた鎖を一瞥し、大きく肩を落として溜め息を吐いた張任に、星は不敵な笑みを浮かべて胸を張った。

 心配そうに一騎打ちを見守っていた少年に振り返って片目を瞑った星に、鷹の目が半眼になる。

 

(ま〜たいちゃついてからに――って北郷のヤツ、あの妙な人形乗っけてる娘だけじゃなくて桔梗と紫苑も侍らせてるのか。……ふふ、そーかそーかぁ)

 

 これはきっちりとお話ししないとね、と鷹はこっそり拳を握り締めた。

 

『大将っ!』「鷹様!」

 

「あー、皆ゴメン。負けちゃった。それと張翼、お帰り」

 

「はい! ((張伯恭|ちょうはくきょう))、ただ今戻りました!」

 

 同じ様に崖を降りてきた(と言っても鷹程軽快にではないが)仲間達に向かって鷹は頭をかきながら照れくさそうに微笑む。

 その中で一人、勢い良く駆け下りてきた灰色の髪と金の瞳の少女を見ると、鷹の目は優しいものになった。

 

「さて、っと」

 

 事前の命により納刀したままの仲間を見回し、静かに振り返った鷹は、そこに揃っていた顔ぶれを見る。

 

「天の御遣い様、我等の投降は認めて下さるかな?」

 

 そして、白い衣の上に黒い羽織を肩に引っ掛けている少年を間近で見詰めた。

 

「喜んで。こちらから是非ともお願いしますよ、張任さん」

 

 ふわり、と見る者を安心させる柔らかな笑顔と声色で片手を差し出す一刀に、

 

(あ〜、成る程ね。こりゃ、桔梗や紫苑が靡く訳だわ)

 

 まあ、私は御遣いになる前から目を掛けてたんだけどね、などと思いながら、僅かに頬を紅潮させた鷹は確りと握り返す。

 

「了解、ではこれより張任隊は貴下の指揮に入る。宜しくね、お館様?」

 

「あ、あははは。お手柔らかに――っ!?」

 

 取り敢えずさっきの子龍の件とか、人形を乗っけてる少女の件を思い出してなにやらムカムカしたので強めに握っておいたが。

 

 

 

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「あっはははははは! なんだなんだ、全然手応え無いじゃんか!」

 

 北平と南皮の境の草原に、文醜の声が木霊する。

 南皮と平原だけでなく、?と北海も支配下に置いた袁本初はまさに旭日の勢いだった。

 先の連合で兵は損じたが、南皮での徴兵と?を落とした際に韓馥の軍を吸収して以前よりも軍勢は強大になっている。

 平原の民は何故か徐州の劉備に着いて行ったり、五胡の脅威がある幽州の公孫賛の領地へと移って行ったりしたが、袁紹は「平原の整理が簡単になりましたわね」と言い放ち、無人となった民家をさっさと打ち壊して(主に嗜好品などを扱う)商店街を作っていった。

 人材面でも元韓馥の配下、洛陽から訪ねて来る名士達(大部分が元清流派や儒者というだけで高い官職に就いていた者達)が加わって層が厚くなっている。

 集まって来た名士達によると、新帝は天の御遣いを名乗る怪しげな男に唆されて此度のような愚にもつかない布告を出したのだとか。

 漢王朝きっての名族である袁紹殿でなければ今の歪んだ政治を正せますまい、と推された事もあって麗羽は軍を興し、先ずは有事の際に頼りにならない韓馥を降したのだ。

 続いて、北海を手中に収めると名士達の言に従い一旦軍を休ませてから再編成し、幽州へと矛先を向けた。

 袁紹は初め曹操を攻めようと考えていたが、北の憂いを取り除くべきだという意見と併せて、冀州と幽州を征し「河北の覇者」と成りなされ、と名士達が煽てた為に北に目を向けたのである。

 短期間で二十万を越す軍勢を有した事や、南へは黄河を渡らなければならない事もあり、先ずは幽州を併呑して袁家の威光を天下に知らしめるのも良いと、軍議に参加していた誰もが判断した。

 

 決断すれば袁紹は早い。

 即座に十五万の軍を興して幽州は北平郡へ進発、境となる地に陣を張った。

 そして今、先陣を切った文醜は迎撃に現れた五千ほどの陳到率いる部隊を散々に打ち破り、後退させている。

 

 尻に帆を掛けて遁走する「陳」の旗を掲げた部隊を見て、猪々子はからからと笑う。

 追撃を掛けようかとも思ったが、幽州の騎兵の速さは聞き及んでいる。

 今から追ったところで追い付けまい、それにまた相対したとて楽に倒せる相手だ、と文醜は高を括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(始まったか)

 

 後方からの追撃が無いことを確認した陳叔至は、そのまま二十里ほど退くと陣を張る。

 次の日、進軍して来た文醜隊と再び刃を交え、

 

「ぬっ、旗色が悪いか! ……ええい、退け、退けっ!」

 

 数合矛を交えた後に再び撤退した。

 

「おい! また逃げるのかよ! すぐに逃げるくらいなら初めから出てくんな!!」

 

 響いてくる文醜の罵声を背に、斎姫は再び二十里ほど後退するとまた陣を張る。

 そして、前日と同じ戦を繰り返す。

 五度。それを繰り返し、陳到は公孫賛本隊が駐屯する((易京|えききょう))の砦に逃げ込んだ。

 まさに連戦連敗。易京の砦に陳到が逃げ帰ると、砦はまるで無人になったかのように静まり返っていた。

 

 

 

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「あれは!?」

 

 思わず、驚きが口を衝く。

 

「ああ、先を越されちゃいましたかー」

 

 ?城へと続く山道を張任さんの道案内で抜けて、しばらく進むと城の輪郭が見えて来た。

 稟達が先に戦ってる筈だから、こっちは劉璋軍に横撃を掛けるつもりで急いで来たんだけど……。

 稟達の姿は無く、城壁の上には既に郭と張、華と魏の旗が翻っていた。

 更には、雍、法、張、馬、李、朱、孟の旗も。

 

「夕、獅炎さん……」

 

「輝森達も健在か。ふっ、まあ東州兵如きに不覚を取るとは思っていなかったがな」

 

 予想以上に早い友人達の到着に、安堵からの溜め息が出た。

 

「むう、南中軍か」

 

「随分と多勢のようね」

 

「あー、あのネコさん部隊も居るのか。また”あの服”作ってみるかな〜」

 

「鷹、わしはもう着んぞ」

 

「じゃあ焔耶ちゃんのにしとくか。次はもちっと涼しそうな感じにしようかな〜」

 

 桔梗達三人も城壁を見上げ、南中同盟の皆の旗を見詰めている。

 張任さんだけ何かギラついた瞳なのが怖いんですが。

 などと駄弁りながら城に近づくと、間も無く城門が開き、真っ先に出てきたのは――

 

「よっ! 遅かったなかず」「にゃーっ! 兄、ひさしぶりにゃー!!!」

 

 獅炎さん、の肩をよじ登って跳びだして来た美以ちゃん。

 

「にぃ様、ひさしぶりにゃん」「せーもひさしぶりにゃー!」「にゃ!? しえんさまみたいなおっぱいオバケがいっぱいいるにゃ!」

 

 美以ちゃんに続いてシャムちゃん、トラちゃん、ミケちゃんも顔を出す。

 

「こぉら美以! オレを踏み台にするんじゃない!」

 

「む、こちらが先だったな一刀。これでカシラ隊が全いゴフッ!?」

 

「一刀さんも星さんもご無事で何よりですっ!」

 

「竜胆……弄らなきゃ、やられなかったのに」

 

 ……竜胆さん、懲りないなあ。

 竜胆さんの脇腹に肘鉄をぐりぐりと食い込ませる輝森さん。

 ある意味いつも通りの光景を見ながら、蓬命さんと顔を見合わせて苦笑する。

 

「こらこら、あんまりのんびりもしていられないのだろう? こうして合流出来たのだ、勢いを殺さずに一気に決めるぞ」

 

 お、この人は初めて見る顔だ。雪みたいに真っ白な肌と、結い上げた同色の髪に映える朱色の縁あり眼鏡と縁取りの白い着物、高下駄と扇(おそらく鉄扇)。

 四角い眼鏡のフレームに指を遣って、はしゃぐ皆(獅炎さんを含む)を窘める様子からして……。

 

「遅ればせながらご挨拶を。私は建寧太守の朱褒と申します。天の御遣い北郷様、以後お見知りおきを」

 

「北郷一刀です。朱褒さん、こちらこそ宜しく」

 

 やっぱりそうか。南中同盟の一角、最後の一人。

 朱褒さんは俺が名乗ると驚いたように目を見開いた。

 

「御遣い様――。我が真名は蛍と申します、どうかお預かり下さいますよう」

 

 そして、肩膝を付くと深々と頭を――

 

「朱褒さん、真名を預けるのは私を見定められてからでも遅くはありません。今は急ぐのですよね? なら急いで準備――」

「準備は完了しています、一刀殿」

 

 懐かしいその声が、城門の奥から聞こえて来る。

 

「劉循と冷苞は落城前に逃走しています。今から出陣すれば綿竹関で李厳殿と共に挟撃出来るかと」

 

 ――夕焼けを思わせる髪の色と瞳。

 

「それが終われば後は成都を残すのみ」

 

 ――あの頃から少しだけ伸びた髪を、肩口で結んで胸の前に垂らしている。

 

「往きましょう、一刀殿、星殿」

 

 ――あの頃と変わらぬ、強い光を宿す瞳に。

 

「うん」「ああ」

 

 星と二人、強く頷き合った。

 

 

 

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「ちぃっ! クソが――!」

 

「れれれ冷苞ッ! 何故綿竹の兵はこちらを攻撃してくるのじゃ!?」

 

「李厳が裏切ったンですよ!」

 

 締まりの無い顔を恐怖に歪め、唾を飛ばしながら狼狽する劉循を後ろに庇い、冷苞は綿竹関を突破しようと試みていた。

 ?城での戦は惨敗。李異と劉?が討たれ、呉懿と呉蘭、雷銅は董卓軍に捕らえられた。

 戦線は一日すらもたず、劣勢を悟った冷苞は混乱の極みに陥った劉循を半ば引き摺るようにして?城を脱出して綿竹関に撤退しようとした、のだが。

 

「第二部隊、斉射開始! 無理はするな、時を稼ぐだけで良い!」

 

 ――李厳の合図で冷苞達に矢が降り注ぐ。

 綿竹関の守将李厳が突然反旗を翻した――否、恐らくはかなり早い段階で裏切っていたのだ。

 

(ちっ! 諜報部は何をやってたンだ! 成都の喉元に当たる関の内偵くらいはきっちりしとけよ!)

 

 自分が諜報部の長ならこんな失態を看過しなかったのだ、冷苞は飛来する矢を切り払いながら城壁に立つ李厳を睨みつける。

 

(クソ! 連合の時、御遣いのエセ野郎に”草”を減らされてなけりゃあ――!!)

 

 反董卓連合の際、洛陽に潜り込ませた腕利きの”草”は三十を越えていた。

 その内、生還したのはわずかに二人だけ。

 報告では五胡の武術を遣う覆面の老人と針を遣う謎の人物(男か女かすら判明しなかった)、暗闇でも明かり無しで小刀を中ててくる女に大部分を殺られていた。

 冷苞は、この被害を同時期に出現した天の御遣いによるものと考えている。

”草”がほぼ全滅し、洛陽に張った”巣”が切れてしまった頃合を見計らったかのように劉協を救出して表舞台に上がってきた謎の男。

 

(クッソが――!! 私が手塩に掛けて育てた手駒共をよくも――!!)

 

 激しい憤りを剣に籠め、鬼のような形相の少女は矢の雨を切り払いながら必死に活路を見出そうとする。

 

「――御注進っ!!」

 

「なンだ!!」

 

 流石に飛んでくる矢の全てを切り払う事は出来ずに、幾つかが鎧の表面を掠る。

 そんな中、城壁に取り付く自分の部隊を援護していた冷苞の元へ後方から兵士が走って来た。

 

「と、董卓軍が後方より迫っておりますっ!!」

 

「っ! ――がアァァっ!!!!!」

 

「ぎゃああああっ!?」

 

 絶望を齎した兵士を切り捨て、

 

「テメエ等! 死んでも前に進め!! そンで綿竹関を落とすんだよっ!! ハハハはハ、後ろに下がる奴は私がブっ殺してやる!!!」

 

『ひっ――は、ははあぁっ!!!!』

 

 冷苞は見る者全てを震え上がらせる凶相を面に浮かべ、狂ったように笑う。

 あまりにも凄絶な姿の上官を見た兵士達は、悲鳴ともつかぬ雄叫びを上げて城壁に挑んでいく。

 

「((蟻傅|ぎふ))(密集隊形で城壁に蟻のように取り付き、兵士の肉体を兵器として城壁を総攻撃する攻城戦法。「孫子」では最も拙劣な戦法とされる)か」

 

 血走った目で城壁に取り付く劉循と冷苞配下の東州兵を見て、李厳は憐憫の色を瞳に浮かべる。

 

「哀れだな――が、貴様等をここで通す訳にはいかないのさ。――やれ」

 

『はっ!!!』

 

 一瞬だけ浮かんだそれを瞳から消して、李厳は冷徹に命を下した。

 守備兵は城壁の上に設置された、蒸気の上がる大釜に長い柄を持つ柄杓を入れ、

 

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!??』

 

 ぐらぐらと煮立った熱湯が、城壁に垂らされる。

 味方を足場とし、少しずつ人梯子を作っていた東州兵達はこの攻撃を避ける事も出来ず、灼熱の痛みにのたうちながら崩れていった。

 

「ひ、ひぃ……もう、もう嫌だ! 俺達が何をしたってんだ!」

 

「そうだ、畜生! こんな所で死んでたまる――」

 

「言ったよなァ――逃げる奴はぶッ殺す、って」

 

「――ひィィっ!!? ぐ、ぎゃああああっ!!?」

 

 上から降り注ぐ灼熱に悲鳴を上げ、今まで自分達が行って来た所業を棚上げして逃走しようとした兵士達の数人が狂人に切り捨てられる。

 進むも地獄、退くも地獄の戦況に、東州兵達は涙を流しながら、

 

『うわああああちくしょおおおおおおっ!!!』

 

 城壁に殺到して行く。

 

「手を休めるな。一兵たりとも登らせるなよ」

 

『了解っ!!!』

 

 対して、守る李厳とその部隊は冷静に迎撃を続けていた。

 

 ――そして、攻城戦が始まって一時辰(約二時間)後。

 

『うわああああっ!!?』

 

「――クソったれぇぇぇ!!!!」

 

 未だ一人も綿竹関の城壁を登れないまま、冷苞、劉循軍の後方に董卓軍が到着した。

 突っ込んで来た華雄、張遼、魏延、厳顔、黄忠、張任、張翼、趙雲、孟達、南中同盟軍の将らは冷苞と劉循の軍を木っ端のように蹴散らして行く。

 

「ひ――ひぃぃぃぃぃっ!!! れ、冷苞ッ! な、なんとか致せっ! れ――ぎゃひいいいいっ!!?」

 

「うっせぇンだよ一々一々っ!! 劉焉様の才を欠片も受け継いで無ぇデクの分際でこの私に命令すンじゃねぇ!!!」

 

 口の端から泡を飛ばして冷苞に縋り付こうとした劉循を、冷苞は振り向きざまに切り捨てた。

 左肩から右の脇腹まで赤い線を引かれた劉循は、呆けた顔で地に崩れ落ちる。

 

「ハハハハハははハ!!!!! 殺す! ころす!! ブッ殺してや――」

 

 狂笑を上げ、鋸に似た剣を振り翳して走り出した冷苞と、

 

「下衆め――!」

 

「ぎっ!? ひ、はははハ――!」

 

 華雄が交差し、冷苞の胸に爆斧の紅い線が刻まれて――。

 

「往生しいや!」

 

「かっ――は、ハハハははは――!!」

 

 続けざまに霞の一閃が胴を薙ぐ。

 しかし、狂人は嗤いながら前に進もうと――。

 

「冷苞ぉぉっ!!!」

「鷹の受けた屈辱、わしが晴らしてやるわ!」

「冷苞、今が報いを受ける時です!」

 

「――う、が、ァ」

 

 焔耶、桔梗、紫苑の、様々な思いを籠めた一撃が突き刺さり、狂人は地に崩れ――。

 

「――が、は、あは、ハハハハハハハァ!!!!!!」

 

 る事無く、最早動けるのすら怪しい程ぼろぼろな体で、自分と劉循らの血で染まった剣を振り上げた。

 

「みぃぃぃぃぃつかぁぁああああいぃぃぃぃ!!!!!」

 

 完全に常軌を逸した紅い瞳を馬上の一刀に向け、冷苞は満身創痍の人間とは思えない程の動きで、

 

「あ――――」

「――終わりよ。続きは向こうでやる事ね――――毒虫」

 

 二枚の風切羽が交差し、その首が宙を舞った。

 

 

 

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 ――成都。

 

「遅いのぉ〜……のぉ?義、?城に向かった軍からの朗報はまだかの?」

 

「いえ、まだですじゃ。ですが程無く齎されるでしょうや」

 

「むぅ〜……田舎者などさっさと叩き出してまた静かに日々を送りたいものよのぉ〜」

 

「まったくですじゃ」

 

 玉座の間では病に倒れた父劉焉の代わりに当主と成った劉璋が?義を相手に愚痴を漏らしていた。

 ?城の敗北は伝令兵を押さえた夕の手腕によって、まだ成都には伝わっていない。

 故に、この二人は暢気に酒を呑みつつ語らっていた。

 破滅の足音が、ついそこまで忍び寄って来ているのにも気付かず。

 

 

 

 

 

 ――先ず、一つ目の足音が鳴る。

 

「むむ? なにか騒がしいのぉ。誰ぞ、見て参れ」

 

 一礼して部屋を走り出る召し使いをだるそうに見遣り、劉璋は丸々と太った腹を擦りながら椅子の上で身じろぎした。

 

「まったく、興を削ぐのぉ」

 

「いやはや、まったくですじゃ」

 

 劉璋が卓上の酒杯に手を伸ばし、

 

「ご注進っ!!!」

 

「のおおおっ!? な、なんじゃ!? し、失礼であろぅ!!」

 

「まあまあ劉璋様……ほれ、何があったが話してみよ?」

 

 駆け込んで来た城の守備兵に驚き、酒を床に零す。

 血相を変えている兵士の様子にただならぬものを感じ取った?義は劉璋を宥めて、兵士を促した。

 

「はっ! ?城は落城! 劉循様を初め、冷苞様、劉?様、李異様が討ち死に! 張任様、呉懿様、呉蘭様、雷銅様は董卓軍に降りました!」

 

「なっ――!!」

 

「そ、それだけではございません! 綿竹関の守将李厳様が董卓軍と内通し、関ごと敵に寝返りました!」

 

「なな、なんじゃとおおおおおおっ!!!!」

 

 弛緩していた空気が一転、行き成りの凶報に?義は酒杯を取り落として立ち上がり、劉璋は椅子から転げ落ちる。

 

 

 

 

 

 ――続いて、二つ目。

 

「ご、ご注進っ!!」

 

「今度は何じゃっ!!」

 

 廊下を慌しく走る音がしたかと思うと、また兵士が走りこんで来た。

 ?義は腰を抜かしている主君に代わって誰何の声を上げる。

 

「漢中の張魯が軍を興し、荊州への道を塞ぎました!」

 

「ほ――――!?」

 

「もう一つ、武都と梓潼が西涼の馬超と韓遂によって陥落! 両軍はそのまま成都へ迫っておりますっ!!」

 

「な、あ……っ」

 

 立て続けの報に、?義は完全に思考停止に陥った。

 口は半開きで、僅かな呻き声を上げることしか出来ない。

 

 

 

 

 

 ――そして三つ目、これが最後の音。

 

「ご、御注進っ!」

 

「………………」

 

 玉座の間へ駆け込んだ兵士は、魂が抜け落ちたように立ち尽くす劉璋と?義を見てうろたえるが、一つ頭を振ると拱手をして肩膝を付く。

 

「羌族(五胡の一つ)の王が軍を率い、成都に迫っております!」

 

「………………かふっ」

 

「?義様っ!?」

 

 これが決定的な一言と成り、?義は口の端から一筋の血を流して崩れ落ちる。

 

「はははは、皆何を騒いでおる。ほぅれ、静かにせんと父上が怒るであろうが……ははは、父上、何でもありませんよ」

 

 劉璋は、虚空に向かって薄ら笑いを浮かべて何かをぶつぶつと呟いていた。

 この後、成都を董卓軍、南中同盟軍、西涼軍、羌軍が包囲し、劉璋は城外へ降伏の使者を送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これが、劉焉の代から続く益州動乱の終結であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――闇の帳が下りた、易京の砦にて。

 

「上手く行きましたね」

 

「軍師殿、では?」

 

「ええ、斎姫殿、今まで良く我慢して下さいました」

 

「よし――これで、ようやく戦える――!」

 

「ええ、存分に。――さて、文醜殿。ここよりは私どもの番ですよ?」

 

 砦の一室で、語らう著莪と斎姫は戦況が押し込まれている筈であるのに、強い光を宿した瞳で南――文醜が奪った陣の方角を見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五度の勝ちに驕れる兵は、果たして慢心せずに戦えますかな――ふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 あとがき

 

 お待たせしました、天馬†行空 三十八話の更新です。

 はい、今回で益州戦が終了しました。

 後は戦後処理を挟んで麗羽vs白蓮、桃香vs雪蓮&美羽、華琳と愛蓮の会談、月vs劉表あたりを書いていこうかと。

 

 

 では、次回三十九話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:編集長、推参!

 

「劉璋から降伏の使者が来たって?」

 

「はい。これでやっと終わりましたねー」

 

 天幕の中に漂う空気が、その報告で弛緩した――まさに、その時。

 

「ぶるぅぁああああああああああっ!!!!!」

 

「きゃああああああっ!!!?」

 

「な、何奴!?」

 

 どこぞの怪人めいた奇声を発しつつ乱入して来た女性に、鷹がやけに可愛らしい悲鳴を上げ、焔耶が慌てふためきながら席を立った。

 

「だ、誰!? ――――って、韓玄さん!?」

 

「あー、おさぼり太守さんですー」

 

「その通りです御遣い様ささすぐにでも取材を行いますゆえここは一つ四海の遍く女子をときめかせる一言などを頂きたくそれとそこの人形少女わたしは太守ではなく編集長だ!」

 

 と風に言い返す韓玄だが、実際の所は名目上長沙郡の太守だったりする――実務は全て妹の韓浩がこなしているが。

 

「風、この妙な御仁は一体?」

 

「長沙のおさぼり太守さんで、女性誌”阿蘇阿蘇”の編集長さんですよー」

 

「そう私こそ中原や江東どころか四海全土の頂点に立つ女性誌の編集長!」

 

「取り敢えず今は軍議中なので叩き出すか」

 

「そですねー」

 

 

 

 

 

 簀巻きで天幕の外に放り出された編集長は果たして最新号を書き上げられるのか!

 

 

 

 

 

 待て次号!!

 

 

 

 

 

 続い……………………て良いのかなあ?

 

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

 ※注意
 主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。
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コメント
>Alice.Magicさん 初登場時…………あ、あれ? あの時もえらく血生臭かった気g(ザッシュ(赤糸)
初登場の時は純粋に可愛かったのにね、冷苞w(Alice.Magic)
>メガネオオカミさん もし、どこかの外史で冷苞が一刀に惚れたら…………血みどろの愛憎劇しか想像出来ないww(赤糸)
>nakuさん ふむ……アリ、か(メモメモっと)(赤糸)
↓↓恋姫に(一応)いなかったヤンデレ系ヒロインがついに降臨ですね……! でも、種馬ならきっとみんな幸せにできると信じてます! ……例え某未来日記型ヒロインやユべリズムなヒロインでもwww(メガネオオカミ)
>nakuさん 冷苞はキャラ的に動かし易かったですね。……或いは、冷苞みたいな豹変系狂信者型ヒロインもアリ、か……?(赤糸)
>いたさん 夕や愛蓮様の尽力を初めとして状況が色々と整ってましたからね。そして今回動いたとある勢力が、次回の劉焉らに下される裁きのメインになります……お楽しみに!(赤糸)
>summonさん やはり華琳様と愛蓮様の話が一番の焦点になる、でしょうね。(赤糸)
>禁玉⇒金球さん 鷹は桔梗や紫苑とほぼ同年代くらいですなぁ……。そして小話のネタはどこまでもつのやらww(赤糸)
>牛乳魔人さん 面子が強力過ぎますからねw あと鷹は確かに行き遅r(ザシュ(赤糸)
>陸奥守さん 徐州か幽州か……はたまた荊州か? さて、どこの戦場から展開させていきましょうかね……(赤糸)
>メガネオオカミさん 鷹に関してはまたどこかの拠点話で一つ二つのエピソードを書いてみようかな〜? と考えておりますw(赤糸)
>メガネオオカミさん 冷苞的に言えば「ブッ殺すフラグ」が立ってましたw さて、次回はどこかの戦況がまた大きく動く……かも?(赤糸)
>kazさん 編集長と最新号、次回にていよいよ発表か!?(赤糸)
>Alice.Magicさん 次回の後処理では劉焉らにとある裁定が……?(赤糸)
今回もどうなるかハラハラしながら読ませていただきました!! 上策の戦い振りって多分こうなるんでしょうね。(いた)
益州編終了ですか。見事な勝利でしたね。しかし、今回も続きが気になって仕方ないです。続き楽しみにしていますね!(summon)
熟女嗜好が強い私としては20代後半は唯のお姉さんですが気持ちとしては鷹さんが三十代半ばだったらいいなと…白蓮勝って欲しいなおじさんはポニテにも弱いんです。小話は作者殿の宝です是非続けて下さい、寧ろこちらがメインで…いやその………応援してます!!!。(禁玉⇒金球)
益州戦、あっさりといえばあっさり終わった。まぁ人質がいなくなってあの面子を敵に回せばそうなるよねぇ…。あと鷹さんは熟女じゃないよ!まだ20代後半だよ!この時代じゃ十分嫁ぎ遅れの熟女だけd(ザシュ(牛乳魔人)
鷹さん思ってた以上に肉食系だな。後この状況で次回に続けるとか、Sだな。早く更新してくれ〜。(陸奥守)
※追伸) ここ数話で鷹さんの株が急上昇中な今日この頃w 嫉妬系熟じy……ゲフンゲフン。嫉妬系お姉さんキャラ(しかも反応が可愛い)とか卑怯すぎですよ!www(メガネオオカミ)
冷苞、凄まじい執念でしたね……。一刀さんとの面識は最期までほとんどなかったというのに……。ハッ! まさかこれも、傍にいなくても勝手にフラグが立つ、種馬クオリティの一つの側面なんですか!?(違います) それはともかく、長かった益州編も遂に終了。感慨深いものですね。さて、他の所はどうなるかな……?(メガネオオカミ)
益州戦・・・決着ゥゥゥ!最後の連続攻撃は戦隊モノの総攻撃を彷彿させました!冷苞がスローモーで倒れ「ギャースッ」と言って爆発!まで妄想。 イヤ、シリアスな場面ってのはワカッテマスヨ。そして編集長到着!即捕縛!の流れに吹きました。めげないで編集長!後々起こるであろう乙女の競り合いの方がよっほど記事になるから!(kazo)
更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!お待ちしておりましたー!なんというか、後処理、って感じですねwもはや決定事項みたいな?w鷹さん可愛いよ!鷹さん!wそして、煽てられるとやっぱ弱いのが袁家の特徴だろうか・・斗詩や、七乃さんは違うけどw華琳様は、一体どのような決断を下すのか?wktkですw(Alice.Magic)
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