帝記・北郷:十之前〜龍志〜
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『帝記・北郷:十之前〜龍志〜』

 

「…何かあったみたいですね」

そう遠くないところから聞こえた何かが崩れる轟音に、呉の筆頭軍師たる周喩はそう言って傍らの主を見た。

「あそこは確か隧道の辺りだろう。伏兵が隧道の入口を封鎖したのではないか?」

「それにしては音が大きかった気がしますが……」

「いずれにせよ、問題は龍志を討ちとれているかどうかだ。それさえ果たしていれば後はどうにでもなるだろう」

「それはそうですが……」

話は終わりだと言わんばかりに前を向いてしまった主に、周喩は小さく溜息をつく。

親友が嬲りものにされて殺されたと聞いた時は、感情を抑えることに精一杯で冷静さを失うと言う本末転倒な事をしてしまったが、感情の落ち着いた今ではどうもあの情報への不審な点が次々と見つかっている。

まずは、全ての間諜が同じ報告をするほどに漢帝国で知れ渡っていることがどうして風聞として呉に入って来ていないのだろうか?

国外に情報が漏れるのを防いでいると言うならば、まず国内にその事が浸透するのを見過ごすはずがない。

他にも、考えもなく一国の主を殺害するほど北郷一刀や龍志が軽率な人間には思えない。それくらいならば何かしらの交渉に使う方が明らかに利があるからだ。

それどころか孫策が捕虜になってからというもの、漢は彼女に関して一切の情報を教えない代わりにいかなる取引も持ちかけてきていない。

それが突然の孫策惨死である。

どうにも周喩には腑に落ちないことが多すぎる。

「……嫌な予感がするな」

呉でも漢でもない第三者の掌の上で踊らされている。そんな気がしてならない。

もしそうだとしたら、今回の軍事行動がもたらすものは果たして呉に利益のあるものなのだろうか。

(そんなはずがない…これが謀略ならば我らの得るものなど……)

「ご、御報告申し上げます!!」

狼狽した兵の声に、思考の海から周喩は意識を戻す。

「何事だ!!」

「敵将が…龍志が単騎でこちらに向かってきております!!」

「なっ!?」

「なんだと…」

耳を疑う報告に、孫権と周喩が驚愕に目を見開いたその時。

 

「ぎゃあああああああ……!!」

 

微かな断末魔の声が、彼女達が陣取る丘の下に広がる森のどこかから聞こえた気がした

 

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二本の長剣を手に、龍志は愛馬・雪風を飛ばす。

その名の如く荒れ狂う吹雪の如き白馬の猛進に、それを彩る碧龍の姿、そして舞い上がる血飛沫。

右から繰り出される槍をかわしながら大きく身を乗り出しその敵兵の喉笛を裂き、身を乗り出したまま二、三人の兵士を斬り、雪風の腹の下を通した剣で取りすがろうとした一人のはらわたをえぐり、馬上に戻る反動のまま今度は左手の剣を反対側の兵の頭に叩き込む。

その一撃には兜など無意味。泥を切るかのように頭ごと真っ二つになる。

「うおおおおおおおおおお!!!」

今度は雄叫びをあげた騎馬兵が数騎、龍志の背後に追いすがる。

雪風の脚ならば逃げきることは難しくない。しかし、後ろから追われるのは好きではない。

「雪風。あれをやるぞ」

剣を握る手の指裏で雪風の背を撫でると、了解したと言わんばかりに小さく呻いた。

それに笑みを浮かべ、龍志は左足を鐙(あぶみ)にしっかりと絡めた。

そして右足を鞍の上に置くや、強くそれを蹴りコンパスのように雪風を中心にして宙を舞う。

突然の出来事にあっけにとられる騎馬兵達の首を、まとめて龍志の剣が刈り取った。

くるりと回り再び雪風の上に戻り、龍志は右手の剣を収めると乱れた前髪を軽く払う。

「龍志!!」

自分を呼ぶ声に前を見ると、ボサボサの髪に大きく大刀を構えた一人の女将が凄まじい勢いでこちらへ向かって来ていた。

「あたしの名は蒋欽!!いざ尋常に勝負!!」

振り下ろされる大刀を、龍志は左手の剣の根元で受け止めた。

いや、受け止めたというよりも受け流したと言った方が良い。

そして右手で先程収めた剣を抜き打ちで放つ。

「つあっ!?」

致命傷にはならない程度だが脇腹を斬られ、蒋欽は苦痛に顔を歪める。

一方で龍志はそのまま彼女の傍らを駆け抜けた。

「公奕!?おのれ龍志ぃ!!」

それに続くは鈴の甘寧。

横を駆け抜けようともせず真っ直ぐに駆けて来る甘寧に、龍志は馬ごとぶつかって来ると瞬時に察した。

「荒いな…若くて荒い」

それに対して逆に龍志は雪風を深く沈ませる。

「その若さも荒さもこれからの時代を担う者達には好ましい。だが…」

「はああああああああああ!!」

龍志の予想通り、雪風に乗馬をぶつけた甘寧はそのまま鞍を蹴って中空に跳び頭上から龍志を一刀両断にせんとした。

「だが、その程度で倒せるほど俺の命は安くない!!」

ここで龍志は沈ませていた雪風を大きく跳ねさせ、甘寧の馬を無理矢理下から押し上げる。

乗者が跳ぶことを前提とした体当たりでは、その勢いを殺すことは出来ない。

「く…っ!?」

鞍を蹴る寸前だった甘寧はそれでバランスを崩す。

それが幸いした。

よろけた甘寧の頬の疾風る激痛。

馬の首を貫いた龍志の剣がそこにあった。

もしもよろけていなければ今頃、その剣は甘寧の顔を貫いていただろう。

「くそ!!」

悪態をつきながら、それでも武人の勘で刃を振るう甘寧。

それはそのまま駆け抜けんとしていた龍志の肩に少なからず食い込む。

しかしそのようなことは関係ないと言わんばかりに龍志はまた雪風を飛ばした。

 

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甘寧を退けてしばらく、兵の薄い所に出たのか龍志の周りに敵の姿は無かった。

「兵がいない…おかしいな。あれだけ派手に暴れて兵が来ないわけがない……」

もしも隠密行動をとっているのだったらそれもあり得るかもしれないが、今の龍志は『孫策に似た気』のみを頼りにひたすら孫権を探しまわっているのだ。

言いかえれば、目立ちまくっているのである。

(ふむ…となると考えられるのは俺を油断させて奇襲をかけると言うところかな)

しかし、前後左右から周囲にいたるまで兵士の気配はない。

気殺の達人ならば龍志に気を読ませないこともできるだろうが、攻撃可能範囲に入るほど近付けばそれすらも不可能となる。

蒼亀のように氣を器用に操るのは巧くないが、人の気を感じることにかけて龍志は天性の才能があった。

(となると弓…もしくは一瞬で間合いを詰める攻撃手段……)

瞬間。僅かに気の流れを感じた。

それは気のせいだと思ってしまいそうなくらい僅かなものだが、この不自然な状況が龍志にそれが事実であることを教える。

そしてその気を感じたのは……。

「上か!!」

振り向きざまに上空へと左手の剣を投げつけた。

それは長刀を龍志に突きたてんと頭上から襲いかかる周泰の脇腹を貫く。

「ぐああ!!?」

悲鳴をあげながらも周泰は長刀を突き出した。

それを辛うじて龍志は身を捻ってかわす。

そのままどしゃりと地に落ちた周泰。

しかし龍志も彼女から剣を抜くことはしない。

いや、抜いても意味がない。

なぜなら龍志の左手の義手は先ほどの周泰の一撃で完膚なきまでに破壊されていた。

もう双剣を使う事は出来ない。

それでも龍志は周泰に背を向けて雪風を駆けさせる。

結果として龍志が剣を抜かなかった為に周泰の出血量は少なくて済み、彼女は一命を取り留めるのだがそれはまた別の話。

 

「状況はどうなっている!?」

次々と入って来る伝令と、耳を疑うその内容に焦りを感じながら孫権が声を上げる。

今回動員された兵数は龍志の予想を越えて五万。その五万が今たった一人の将の為に壊滅し始めているのだ。

壊滅とは何も全員が討たれるとかそういう話ではない。完全に軍が軍として成り立たない状態に陥ることを言うのだ。

龍志があちこちで暴れまわったことにより、死兵と化していた兵達もいつ来るかわからぬ死神に脅え、各部隊間の情報伝達や一部隊内外の指揮系統すらズタズタにされてしまっている。

酷い部隊にいたってはすでに退却を始めていた。

だがそれを責めることは出来ない。

軍神と呼ばれた男の力を目の当たりにしてしまったのだから。

「どうやら龍志は孫権様を探しているようですね」

「わたしを?何故だ冥琳」

「そこまでは解りません。しかし、我々が本陣を移動させればそちら目掛けて龍志は疾走しています。おそらく何らかの方法であなたの位置を探り、追って来ているのでしょう」

「一体、どんな方法で……」

「そこまでは解りません。しかし、そうと解れば策の建てようも……」

「蓮華様〜!!」

そこに規格外のその胸を揺らしながらとたとたとやって来たのは、呉の誇る軍師の一人・陸遜。

「何事だ穏!?」

「龍志さんが〜」

陸遜の後ろ、本陣の入口付近で悲鳴と血飛沫があがった。

「来ちゃいました〜〜!!」

「何っ!?」

冷徹で知られる周公勤の顔に焦りが見える。

対策があるとは言ったが、まだその手筈も充分ではないのだ。

「ひとまず亜紗ちゃんと韓将軍が食い止めてますけど〜あの勢いじゃ楽観視はできません〜」

陽気かつ余裕を失わない陸遜の声も泣きそうになっている。

そんな中、孫権は驚くほど冷静に思考を巡らせていた。

「…冥琳。龍志はわたしを追って来ていると言っていたわよね」

「ええ…そうですが」

孫権の問いに訝しげな顔で答えた周喩だったが、すぐさまはっとした顔をして。

「まさか孫権様…!?」

「そのまさかよ。わたしが囮になるから、その間に龍志を倒す手はずを整えなさい!!」

「そんなっ!?無茶ですよ〜!!」

「無茶でもやらなくてはならない!!たった一人の狂った将の為に…これ以上呉の同朋達を失うわけにはいかない!!」

そのまま孫権は悲鳴と怒号の響き合う地獄へと馬を駆けさせた。

その背中を見ながら、周喩はポツリと呟く。

「呉の同朋…か。まったく、孫家の血は争えないものだな、雪蓮」

 

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「せやあああああああああ!!」

「ふんっ!!」

「甘い!!」

左から襲い来る呂蒙の手甲を剣の柄で防ぎ、首を大きくそらせて韓当の大薙刀をかわす。

右腕のみになっても、龍志の武威は衰えることなく…いや増々研ぎ澄まされていく。

だがその代償も大きい、龍志の鎧には数本の矢が突き刺さり、そのうち何本かは明らかに体まで到達している。

ほかにも鎧には無数の切り傷が刻まれ、それを濡らす血も返り血ばかりではない事は明白だ。

それでもなお、龍志はその武を極限まで研磨して孫権へ迫る。

全ては自分の最後の使命を果たさんが為に。

「斬!!」

渾身の突きが呂蒙の胸に叩き込まれる。

手甲を交差してそれを受けた呂蒙だったが、勢いを殺し切れずそのまま馬から落とされた。

「子明!!く…流石だな龍志……」

ぎりりと歯噛みしながらも大薙刀を繰り出す韓当。

龍志はそれを最小限の動作でかわしながら手綱を口に咥え、呼吸を測る。

大薙刀が大きく振り上げられた瞬間に、雪風を素早く倒し韓当の馬の脚を切る算段だった。

そして今当に韓当が大薙刀を大きく振りかぶったその瞬間……。

「龍志!!貴様の望みはわたしだろう!!」

響き渡る明朗たる声。

その声に、龍志は思わずそちらを向いていた。

視線の先には、桃色の髪を風になびかせ、馬上からその碧眼でこちらを見据える新しき呉王たる孫仲謀の姿。

一瞬。龍志はそれに心を奪われる。

 

ザンッ!!

 

その結果、彼はその背にまともに韓当の大薙刀を浴びた。

しかし龍志はちらりと肩越しに韓当を見るや、煩わしいものを払うかのように。背中越しに剣を振るう。

それは先程よりもさらに鋭く、韓当の馬を首を瞬時に刺し貫いた。

本日二度めの落馬を経験する韓当。

その目に映ったのは、背の傷など無いかのように彼の主へと迫る龍志の姿。

何故だろう。

その姿が韓当には、酷く哀しいものに見えた。

 

 

「孫権!!」

右手に剣を握り、口から手綱を放しながら一喝。

こうして目標を捉えた以上、後は雪風と自然の呼吸で事足りる。

龍志の姿を見るや、馬首を返して逃げ出す孫権。

それを見て龍志はふっと笑い。

「そう、それで良い。退路を捨てるは王にあらず。頭に血が上って出てきたかと思ったが違うようだな」

雪風の速度を上げた。

いや、雪風が主の気持ちを察して脚を速めたと言った方が良い。

馬の中の王と言われ、龍と共に千里を行くと讃えられた名馬。

あまりに激しい馬術故に耐えることのできる馬がいなかった龍志が、同じようにあまりの荒々しさと速さ故に誰も乗りこなせなかった雪風と出会ったのもまた、この時の為だったのだろうか。

「孫権…まずは剣にて問おう!!」

大きく跳躍し落下する雪風の勢いに乗せて、龍志は剣を振り下ろした。

 

ドシャアアアアアアアン!!

 

まるで雷でも落ちたかのような音をたてて、龍志と孫権の剣が交わる。

孫権が龍志の剣を受け止められたのは奇跡と言っていい。

背後をとられているというハンデもあるが、それ以上に彼の一撃は速く、そして重い。

「く……」

「どうした孫仲謀!!王の重さはこの剣の比ではないぞ!!」

再び振り下ろされる一撃。

それをやはり孫権は正面から受け止めた。

「王の…重さだと……?」

 

                    〜後篇に続く〜

説明
龍志無双。
そして一刀と彼の別れの時。

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コメント
はよう!!はよう続きを!!(りばーす)
龍志がどうなっちゃうんだ! 後篇に続き;;(Poussiere)
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