真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第四幕(前編) |
真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第四幕(前編)
「…………風邪だな」
熱血医師。華佗元化は寝台の傍の椅子に腰掛け、診断結果を口にする。
「…………風邪か」
寝台に横たわり、額に湿らせた手拭いを乗せた青年。北郷一刀は、汗ばんだ顔と紅潮した頬で呟く。
彼の周りには華佗の他に、未来の役員五名が顔を揃えている。
「……重い病気などではなくて、安心しました」
ホッと胸をなで下ろしたヤナギ。
「いやー、ヒヤヒヤしましたよ。何か毒でも仕込まれたのかって」
細い目をさらに細めて笑うアキラ。
「まっ。女の子の何人かは、そんな事しそうだけどねー!」
からかうようにケラケラと笑うのはクルミ。
「しかし。貴方が風邪をお召しになるとは……。話ではあまり病気をしないと聞いていたのですが……」
眉根を寄せて小さく唸りながら考え込むアオイ。
「大小様々な怪我は、幾度となく味わっているみたいですがねぇ」
口元を押さえ声を潜めて笑うリンダ。
「……病人を前にして、その姿で言うかい」
息も荒く、恨めしそうに話す一刀。彼に労いの言葉をかけた一同は、全員きっちりマスク着用だ。
「言っておきますが、俺らは感染防止のためにマスクをしているんですよ。体調管理は当たり前の事ではありませんか」
面白がって返答するリンダに、いやと言葉を返してきたのは華佗であった。
「今回の症状は、おそらく心因性だと思って間違いないだろう」
「……心因性?」
問い返したのは、寝台の一刀であった。
「ああ。診断した結果だが、お前の体内の気の流れが少し弱まっている。それが文字通り“気の緩み”となって、免疫力を低下させてしまったんだろう」
「気の緩み、か……」
言われた一刀は思い当たることを考えてみる……前に、その原因は既に分かっていた。
おそらくは、自分の家族だ。
この世界に皆がやってきて、自分自身が少しは成長した所をを見せようと、幾らかは気を張ってきた。
しかし、それは長くは続かない。ふとしたきっかけで一気に緩んで、自ら病気を招き入れてしまったのだろう。あるいは、皆がこの世界に来たことが嬉しすぎて、油断していたのか。
どちらにしろ、原因は自分のせいだ。
そもそも、しっかりした所など何一つ見せていなかった。十中八九、ただ浮かれていたせいか。と一刀は自分を心で嘲笑する。
「まあ、身体を休めるには良い機会じゃないか。ここでゆっくりと療養して、また元気になればいい。お前がしっかりと回復することが、周りの人間の何よりの望みだろうしな」
「何人かは“いい気味よ!”とか言いそうだけどな」
少し前のクルミの発言に似た言葉に、一同は思わず吹き出してしまう。
「とにかく薬は出しておくから、きちんと飲んでおけよ」
「……未来の薬で何とかなんないの?」
「残念ながら風邪の特効薬はまだ出来てないんすよ。いつの時代も、風邪は自然回復を待つのみって事で」
アキラの返答に、一刀はガッカリしたように深く息を吐く。
「……しかし、今日に限って誰もいないなんてな」
自室の天井を見上げながら、一刀は呟いた。その言葉に反応したのはアオイであった。
「各々の作業や、各方面への実地調査。張三姉妹の皆さんは調査を兼ねたライブ。そしてご家族の皆様は、各々の勉学や仕事に向かっております。ですが兵士や女中などの人員は居ますし、暇が出来れば、貴方のご様子は確認できるかと……」
「……まあ、そうだけど」
何か言いたそうに、しかしそれを隠そうと言葉を濁した一刀に、アオイはその意図が分からずに首を傾げた。
だがその隣にいるクルミはニヤニヤと笑っている。
「私には分かりましたよ〜。何を言いかけたのか」
「えっ!?」
一刀は嫌な予感がした。そういえば以前の結婚式騒動でも、彼女は自分が思っていた事を読み取っていた。
そんな彼の不安を余所に、しょうがないなあと言わんばかりに少し前に歩みでて、両手を腰に当てて大げさに溜め息を吐く。
「つまり彼は何を言いたいかというとですね。風邪を引いて心細くて寂しいから、誰か傍にいてくれないかな〜。という事で」
その言葉にびっくりして声を上げた他の面々が、一斉に顔を寝台に向ける。そこには、明らかに先程よりも顔を赤くした一刀がいた。
「……まあ、一刀の気持ちは分からんでもないさ。今まで俺が診てきた患者も、病気の時には不安で人恋しくなるというのが多かったからな」
医者でありながら、フォローしているようで余計に傷を広げてしまう言葉に、一刀はついに耐えられなくなり敷布を被ってしまった。
「悪いか。俺だって人間だ。寂しい時だってあるんだ」
聞こえてきたくぐもった声に、全員が苦笑する。
「悪くはありませんがねぇ……」
「何か、どこかしら似合わないって言うんすかねー。この場合って」
「ただ、それを仰られても……。我々も個々の任務や業務があります故、対策が……」
「女性の私は傍にいてしまうと、他の皆様の妬みの的になってしまいますから……」
要は一刀の提案は却下。という事らしい。当の本人も言っても無駄な事は分かっていた。ただ一人だけ、余計な恥をかいただけになってしまった。
その気まずさを打ち消すように、ヤナギが咳払いをした。
「一応、私から他の皆様には伝えておきます。いずれ手が空いた方からお見舞いにくるでしょう」
「ま、風邪の時は安静が一番っすよ」
続くアキラも薄く笑いながら、溜め息を吐く。
「じゃあ、一刀。もう俺たちも部屋から出るよ。薬はしっかり飲んでおけよ」
「ああ。分かってるよ」
「ではこれにて失礼致しました。ごゆっくりお休みくださいませ」
「しっかり治しなさいね〜!」
「女性の方々に寝込みを襲われないよう、十分にお気を付けて。クフフフ……」
−……パタンッ−
部屋にいた自分以外の面々が外へ出て扉が閉まる。
それと同時に、中には静寂が訪れた。
瞳を閉じて耳を澄ませば、先程の彼らの声。他の人に早く伝えようとか、いつ頃様子見に行けば良いかとか。
それさえも聞こえなくなり、さらに神経を集中させる。
だが耳に入ってくるのは、近くの木々でさえずる小鳥の声と、発信源不明の微かな喧騒のみ。
そこで改めて、一刀は部屋に一人っきりになった事を認識した。
「……久々になるかな。こうやって一人になるって」
再び開いた瞳の先は、ぼやけた焦点のまま天井へと向かう。
当然の事だけど、思えばこれまで自分の周りには、誰かしらお馴染みの顔ぶれがいる事が多かった。
仕事の時のサポートだったり、休憩中に喋ったり、街中にデートに行ったり…………閨の中は、まあ当たり前か。
一刀は改めて、自分が目一杯助けられてきた事を噛みしめた。
今こうやって寝ている間でも、自分の穴を埋めるために、誰かしらが動いてくれているのだ。
と思ってはみたが、自分の抜けた穴の大きさなんて大したものじゃないだろうなと考え直した。
……華佗の言葉はあながち間違っていないんだろう。病気故に引き起こされる人恋しさの影響か、はたまた熱に浮かされたからか、普段とは違う心持ちになっている。
感謝してみたり、卑屈になってみたりと不安定すぎる。
そういえばこの部屋、こんなに広かったかな……?
しんと静まった部屋の中を、目だけを動かしながら見回した。勿論そこにあるのは見慣れた物ばかりである。にもかかわらず、心なしか遠くにあるような気がしてならない。
が、ここで余計な時間を割くよりも大事なことがあることを思い出した。
「……とにかく、ちゃんと休まなきゃな」
療養が長引いてしまうと、皆に余計な心配をかけてしまう。
数回咳をした後、一刀はズレた額の手拭いの位置を戻す。その手つきさえも今は覚束なく、瞳を閉じた。
考え込んで熱を溜めこむよりも、今は逃がすことが先なのだ。
少しずつ心が落ち着いたからか、先に飲んだ薬の効果か。一刀は次第に眠りへと誘われていった……。
「んっ…………」
それからしばらくした後。
一刀は寝台の上でハッと思い、気がつけばぼんやりしていた。
それは急に訪れた為に、まだ彼の意識を十分には覚醒しきれていなかった。
仰向けのまま窓に目を向ける。
そこから差し込む日差しは、前よりも高く、そして強くなっている。
それに気がつくと同時に、頭痛や身体の熱も幾らか和らいでいた。
そこで初めて一刀は、自分があれから眠りに就いていたこと。そして、風邪の症状が軽くなっていることを理解した。
「……流石は五斗米道、か」
一刀はここにはいない、医学の使い手の男に感謝した。
とりあえず溜め息を吐いた一刀。
そして、またもや気付いたことがあった。
寝汗か、はたまた熱を逃がすための発汗か。身につけていた服がかなり湿っていた。
意識や思考がはっきりしてきた今、どうでも良いかと思うより、着替えなきゃいけないという不快さが勝っている。
が、今の自分は風邪っ引き。それゆえの気だるさも引き起こされている。今や上体を起こす事も苦しくなっている。
だが、このまま濡れた服をまとっていては、快方に向かっているこの状況を足踏み状態にさせてしまう。それはいろいろと良くない。
決意をした一刀は、弱っている気力を振り絞り身体に力を入れる。一旦横に向けた上体を、肘を支点としてゆっくりと起こした。
そうして、微かにぼやけた視界に映るのは、変わりばえのしないいつもの自分の部屋。少し眺めてみれば、さっきまでのような遠近感の狂いも、さほど起こらなかった。
「…………俺だけ、か」
ぽつりと一言呟いてみる。
何も反応を見せない内装が、彼の周りに静かに佇んでいるだけだ。
その虚しさに深く息を吐いて寝台から足を下ろす。起きあがる際に額から落ちた手拭いを取り、備え付けの水の張った手桶に入れた。
と、そこから着替えを取ろうとする動きを止めた。
寝台近くの棚の上。手桶の置いてあるそれには、もう一つ何かが置かれていた。
ちょうど手桶の横にあるそれは、箪笥の中にあるはずの自分の服が丁寧にたたまれていた。
誰かが出してくれていたのだろうか?
考え出す一刀に、その服の上に置いてある一枚の紙が目に入る。視界がぼやけていたせいで、そこまでは気付かなかった。
それを手に取り、眉を寄せて焦点を合わせてみる。そこには彼の国の言葉、日本語の見慣れた文章が並んでいる。
手拭いが温まっていたので、冷たくしておきました。桶の中の水も変えておきました。
後でご飯を持ってきます。お母さんと作りますので、大丈夫です。
ゆっくり休んでください。
佳乃より
汗をかいた時のために、着替えを置いておきます。
あまり時間がなかったので、ご飯はもう少し待っていてください。
早く良くなって、元気な姿をみんなに見せてあげてください。
母 泉美より
途端、再び視界がぼやけだした。
焦点も、まったく合わない。
袖で目元を擦る。だが、その熱はなかなか治まらない。
正常だった息も詰まりだした。誰がいるわけでもないのに、咳払いをしてごまかしてみる。
「…………ダメだな、俺」
少しでも気を抜けば、勢い良くはちきれそうな気持ちが彼を苦しめ、そして支配していた。
大丈夫だから、と。あの時言ったはずなのに……
微かに痛みの残る頭を横に振る。それでもモヤモヤは彼にしつこくまとわりついていた。
「……まあ、仕方ないかな」
半ば諦めの気持ちで言い聞かせる。
気分を一新しようと、まずは自分に今まとわりつく湿った服に手を触れた。
「……誰も、来ていないのかしら?」
一刀の部屋の外。そこから少し離れた茂みの陰から覗く女性が一人。
褐色の肌に映える鮮やかな薄桃色の髪。日に照らされてキラキラと光を反射し、柔らかな風に吹かれてサラサラとなびいている。
だが、それに反して彼女の心持ちはそんな爽やかな状態では決してなかった。例えるなら、ギラギラしている。というのが近いだろう。
「だ、だとしたら……、一刀と二人きり……」
自分で呟いた言葉に顔を赤らめているこの女性。呉の現君主であり、一刀の恋人の一人である孫権。
蓮華という真名のこの女性は、辺りを素早く見回している。
「ほ、本当に誰もいないのよね? 思春も付いてきたりしていないわよね?!」
当たり前だが、それに同意する人間もいない。しかしそれは彼女の望むべき状況である。
「……久々に、か、一刀と……」
確認して緩んでしまう頬。
その言葉の意味と、先の展開を妄想してますます緩んでしまう頬。
落ち着きなさい、私。と押さえてみても、その赤みと熱は治まる気配を見せてはくれない。
しかし、蓮華がそんな反応をしてしまうのは無理もない話だ。
ここ数日の間、彼女を含めた一刀の想い人たちは、一刀と完全な二人っきりになる事がほとんど無かった。
それは仕事が忙しかったとか、互いに険悪な雰囲気になったとかという理由ではなかった。
その理由は、一刀の家族だ。
彼の家族に遠慮してしまって。
はしたない姿を見せたくないと思って。
何よりも久々の家族の対面を、邪魔するのを危惧して。
だが、耐えろと言われてしまうと高ぶりが押さえられなくなるのが情欲と言うもの。
しかも一刀も、全員の身を案じて律儀に制約を守っている。心配してくれるのは嬉しいが、こちらとしては欲求の行き場を失ってしまっている。
悶々とした日々を過ごし、それを解消しようとしても、一人では流石に虚しく、誰かにも相談しづらい。
普段は一刀の節操の無さを責めているものの、いざ彼が節制に回ってみれば己の性欲に悩んでしまう。
自分はこれほどまでに色を好む人間だったのか、それとも一刀に影響されてしまったからか。出来れば後者であってほしいと願うのは、彼女の女性としての矜持であった。
「で、でも! 今は違う。一刀の看病に来たという、大義名分がある!」
皆の都合がつかず、一刀が寂しい思いをしている。だから出来るなら、彼の見舞いに行ってくれないか。
華佗から聞いたその言葉に、蓮華のやる気は十二分に発揮された。抱えていた仕事を、彼女自身も驚くほどの早さで終わらせ、ここまで来た。
しかもここまで来るのに、見知った顔ぶれは誰一人として会わずに、一刀の部屋の近くまで来たのだ。
もはやこれは、神が授けてくれた最高の好機に違いない。自身の背中を押してくれているのだと、錯覚さえ起こるほどである。
「よし! 頑張るのよ、私!」
扉の前に来て小さく呟く声に、ぐっと握る拳も力強く。蓮華は決意を胸にした。
しっかりと身だしなみをして、手櫛ではあるが髪も整えた。
準備は万全だ。彼女はゆっくりと扉に手を伸ばす。
だがしかし、蓮華はここで二つほど過ちを犯した。
彼女は一刀が風邪をひいていると聞いてはいたが、その症状の程度がどのくらいかを聞いてはいなかった。
ゆえに、彼が寝台で寝込んでいるのだとばかり思いこんでいたのだ。
「一刀……。お見舞いに来たわよ…………」
だから今や、彼の症状が和らいでいるとも知らず、扉をノックするのも忘れてそのまま入ってしまった。
「あっ」
一刀は部屋にいた。
だが彼は寝台にはおらず、部屋の真ん中に立っていた。
ちょうど服を着替えようとして、シャツを脱いで上半身は裸の状態で。
「あっ」
そして蓮華は、そのタイミングで扉を開けたのだった。
彼女が目にしたもの。
程良く汗ばみ、結構引き締まった身体を晒した愛しい男性の姿。
「……………………」
二人の間に流れる沈黙。
互いの視線がぶつかる中で、しばし硬直していた一刀が、“見舞いに来てくれたのか”と口を開く。
……前に、蓮華がボンっと音を立てて、全身真っ赤になるのが早かった。
「かっかかかっかか一刀!? どどどどどどうしてははははは裸に!?」
「ああ。寝ている間に汗かいちゃってさ……」
「もももももももももしかして! わわわわわわたしを、ささささ誘っているのかかかかか!?」
「えっ? いや、だからさ。熱出ていたからかもしれないけど……」
「わわわわわわたしはべべべべべ別にその気はななななな無いんだが、ででででででも一刀がしししししししたいというのなら!」
「おーい、蓮華。話聞こえているか?」
「ききききき期待に応えるのは、やややややややぶさかではないが! ででででででも今はかかかかかかか一刀は病人だだだだだから」
「…………蓮華。とりあえず扉閉めてくれないかな? 風邪のせいか、少しだけ寒いから」
「一刀もやややややややっぱりがががが我慢が出来ないのよね! そそそそそそうよね、わわわわわわたしだけじゃないのよね!」
「………………ハア」
深い溜め息を吐いた一刀は、新しいシャツを着た後に、自分で扉を閉めにいったのだった。
その際に傍を通った蓮華が、さらにどもり出したのはお約束であった。
−続く−
説明 | ||
スランプ気味の中、何とか仕上げた話です。 ですので、どこか不安定な部分もあるかもしれません。 |
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