ダークソウル end story |
牢の中に、時たま鼠が通り過ぎる。
それを獲って食う毎日だった。
食う必要はないが、食う事を止めてしまうと、自分が人間でなくなってしまうのだという思いだけがはっきりとあるのだ。
その日は二匹の鼠を捕まえた。
一匹は捻り殺して、二匹目は壁に叩き付けて殺した。
火は無い。
だから生で食うしかないのだ。
呪術師ならば火を熾せると聞いたが、実際に見たことはなかった。
ただ、食う。
いつしか、毛を毟ることもしなくなった。
たまに大きな足音が聞こえる。
この牢獄の看守をしているデーモンの足音だ。
囚われている牢からは姿が見えない。
命乞いを叫ぶ囚人がいるが、それは気が狂う事を速めるだけだということは知っていた。
時間は鼠を取って食う事だけに費やした。
それ以外を考えることはすでにない。
いつしか命乞いをする囚人の声は聞こえなくなった。
その代わりになにかを呟く声が聞こえ始める。
遠くて何を言っているのかもわからないが、それはいつも聞こえていた。
鼠が足元を通りかかる。
無意識のうちにそれを捕まえていた。
殺さずにそれを口に運び噛み千切った。
味を感じることは無い。
しかし、食う事だけが自分を繋いでいる。
考えてはいけない。
意識しては、気が狂うと同義だった。
鼠が足元に落ちた。
無意識で飛びつく。
それが鼠ではないという事が分かったのに少し時間がかかった。
人の形をしているものを見るのは久しぶりだ。
同室の人は骨となり、その骨も齧りつくしたのはいつの事だったか。
窓に影が出来た。
この牢の唯一の窓だった。
窓と言うより吹き抜けだったが、そんな事はどうでも良かった。
何かが、覗いている。
人だ。
人が覗いている。
それだけで、何かをすることは無かった。
何処かへ行ってしまった。
影も消えた。
その事にやっと気づいて、声を出そうとして何も出ていない事に気付いた。
立とうとした。
脚がふらつく。
壁に手をかけながら立とうともした。
自分の手すら重く感じる。
鼠を捕る時の力は何処へ行ってしまったのか。
やっと立ち上がれて、窓に手を伸ばした。
そんな事に意味は無い。
気付いていたが、やらずにはいられなかった。
やがて倒れた。
倒れた時に何かが下にあった。
あの覗いていた者が落とした亡者だった。
骨と皮しかない亡者に齧りつく。
生きている。
自分は、まだ生きている。
口の中に、何か固い物がある。
構わずに噛み千切ろうとしたが、噛み千切れない。
呑み込もうとしても、大きすぎる。
仕方なく吐きだしてそれが鍵だという事に気付いた。
これを渡したかったのか。
信じられない気持ちで、鉄格子に近寄った。
隙間から腕を回す。
開いてから一歩を踏み出すにまで相当の時間がかかった。
振り向く。
今まで自分がいた部屋がある。
食いかけの亡者が、自分が確かにそこにいた証拠だ。
もう戻ってくることは無い。
その事が確かにわかる。
歩き出した者が振り向くことはもうない。
眩しかった。
曇っているが、見上げた場所だけが蒼い。
そこが直視できぬほど眩しく感じるのだ。
「やあ、来たな」
火がある。
炭に剣を突き刺した篝火だった。
その前で、鎧の人物が片膝を立てて座っている。
「随分と遅かったようだが」
自分に話しかけられている。
しかし、声は出ない。
「喋れないんだな。まあ、座れよ」
頷く。
篝火の傍に、倒れる様にして座った。
「ほら、飲め」
差し出された瓶を受け取る。
見たことも無い色の液体を呷った。
仄温かい、と感じたのに驚いた。
なんせ味を感じたのだ。
一気に呷った。
飲み干すまで呷り続けた。
「おい、落ち着けよ。気持ちは解るけどさ。いや、軽々しくそういう事言うべきじゃないな」
瓶を奪い取られた。
取り返そうと取ってかかったが、地面に叩き付けられた。
「見てな」
鎧の人物が、瓶を篝火に当てた。
瓶が火の色に包まれる。
火から離すと、飲み干したはずの液体が瓶の中に納まっている。
「ほら」
差し出された瓶を奪い取る。
それからまた飲み干すまで呷り続けた。
「不思議だろ? エスト瓶って言うんだけどな。それを特殊な篝火に当てると増えるんだよ」
聞きたいと思ったことは聞けなかった。
なんせ声が出ないのだ。
「なんで助けたのか、って聞きたいんだろ?」
鎧の人物が言ったことに急いで頷いた。
「本当はさ、助ける気なんて無かった。君は助けられたっていうより、助かったのさ。説明すると、私がこの不死院を歩き回って目を付けたのが君なんだよ。なんたって、食うなんてことをしてたのは君だけだったから、あの中で唯一人間性を持ってるんだって思ったんだ。賭けだった。鍵を放り込んでみて、自力で抜け出すことが出来なかったら、私はもう行っていたよ。待っててよかった」
エスト瓶を火に当てた。
火の色に包まれ、気付いたらもう液体が入っているのである。
液体が入る瞬間を見ようと思っても、やはりいつの間にかに入っていた。
「実は聞いてないな、君は」
急いで顔を振った。
鎧の人物は楽しそうに笑っていた。
彼は様々な事を話してくれた。
特殊な篝火、白教、上級騎士である事、その事の誇り、自分と同じ不死人である事、魔術、呪術、奇跡。
会話は、上級騎士が喋り、自分が頷いたり身振り手振りで成立するのだ。
上級騎士がロードランの地について話した。
あの地に行きたいのだと、使命があるのだと語った。
自分は大広間に続く扉を指差した。
いつか聞いた事があるのだ。
大広間の先の扉に不死の者の地があると。
それがきっとロードランだろう。
「行こう」
上級騎士が立ち上がった。
自分も急いで立ち上がった。
「緊張しないでいい。長い付き合いになると思うからさ」
鎧で顔は見えないが、笑っているのだろう、と思った。
ついていって良いのだ、という事が分かって自分も笑った。
声が出ないのも気にならなかった。
「すまないが、これでも持っててくれ。素手よりはましだと思うんだが」
渡されたのは柄だった。
元は剣だったのだろうが、刀身は根元から折れ、柄の部分が残っている。
本当に素手よりはましという程度の物だ。
上級騎士が歩き出す。
その後ろを付いていった。
心が弾む。
会話など、人らしい事をしたのが活気を与えたのだ。
大広間への扉は自分が開けた。
まるで従者のようだな、と笑ってくれたのが嬉しかった。
大広間の半ばまで来たところで、振動で飛び上がるほど地が振るえた。
看守のデーモンが見下ろしている。
何かから削り出したような大槌を振り回している。
避けろ、と言われてようやく体が動いた。
床が砕けるのではないか、という一撃だった。
エスト瓶を飲んだから、避けることが出来たのだ。
先ほどまでの身体が嘘のように軽い。
しかし、人の身で勝てるものではない、という思いがある。
上級騎士が斬りかかった。
その瞬間、その思いを掻き消して自分も飛び掛かった。
上級騎士は上等な剣を持っていた。
だから斬ることが出来る。
斬りつけるたびにデーモンの血が噴き出る。
デーモンの大槌は巧みに避けていた。
盾があろうと、受けきれるものではないからだ。
それでも避けきれない時は上手く盾を使った。
受けるというより、自分から弾き飛ばされるようにして受け身を取るのである。
それに対して自分は折れた直剣の柄しかなかった。
柄で殴りつけても、デーモンの皮膚は厚い。
上級騎士に気を引きつけられている間に背中からよじ登る。
上級騎士がそれに気づいて何か叫んでいた。
頭に到達して、目に刃の残った部分を突き刺した。
デーモンが暴れた。
振り落とされないようにしがみ付きながら目を抉った。
デーモンの羽が動いた。
束の間宙を浮いたと思ったら落下したのである。
振り落とされた。
大槌が、横に落ちた。
狙いが逸れているのだ。
ざまあみろ。
叫んでやりたかった。
振動で柱が崩れてきた。
急いでその場を離れる。
「よくやったぞ。あと、一撃欲しい」
上級騎士がデーモンを斬りつけながら言った。
またよじ登ろうとした。
すぐさま大槌が薙ぎ払われた。
近付くことが出来ない。
「いいか、聞け。そこの通路から、どうにかして奴の上に登ってほしい。あそこのテラスが見えるな。そこまで行ったら誘導する。そしたら、さっきのをまたやってほしい」
もう十分ではないか。
そう言いたかった。
言葉が出ないのがもどかしい。
「行け!」
デーモンの脇を駆けた。
大槌が背中を打ち、吹き飛ばされるように通路に転がり込んだ。
背が痛むが走るしかない。
あの人を死なせてはならない、という思いが身体を逸らせた。
水が溜まった部屋を抜けると一本道だった。
走り出そうとして弓が通り過ぎた。
急いで脇の部屋に飛び込んだ。
あの人を助けられるのは自分だけなのだ。
部屋にあった木の板を盾にして飛び出した。
一本目ははずれ、二本目で板が防いだ。
弓を放ってきた亡者が逃げ出そうと背を向ける。
その後頭部を柄で殴り倒した。
階段の前に棍棒が落ちている。
それを拾ってさらに走る。
振動が、ここまで届くのだ。
戦っている。
まだ戦えている。
自分も、戦っている。
階段を上ろうとして、鉄球が落ちてくる。
棍棒を打ちつけて軌道を逸らす。
登りきると亡者が襲い掛かって来た。
木の板を打ちつけて、倒れた所を殴りつけた。
テラスに着いた。
まだ戦っている。
折れた直剣の柄を投げた。
上級騎士が振り向く。
手を振って合図をした。
デーモンが近づいて来る。
まだこちらには気付いていない。
大槌が薙ぎ払われた。
何かが飛んでいく。
それが上級騎士だと気付いた時、身体はすでに飛び出していた。
盾を捨てた。
両手に持った棍棒を、デーモンの頭に振り下ろした。
やわらかい感触が手に伝い、もう一度振り下ろす。
二度目でデーモンが倒れた。
地面に着地したのと同時に走る。
生きてるはすだ、と思い込んだ。
そんなはずはない、二階まで吹き飛ばされたのだ、と考える自分もいた。
部屋の壁が崩れている。
レンガを背に、上級騎士は横たわっていた。
彼のいる場所だけに光が射し、静かな神々しさを放っていた。
不思議とそれが似合ってしまっている。
「やあ、来たな」
喋らなくていい、と首を振った。
上級騎士の腰に吊るしたエスト瓶を差し出した。
飲んでくれ。
手に持たせたが、彼は動かなかった。
どうすればいいか、どうしていいか考えることが出来ない。
「頼みがあるんだ。観念して、聞いてくれよ」
使命を託したい。
見ず知らずの君にだ。
言葉を出すたびに、上級騎士が希薄になっていく錯覚を覚えた。
彼が最後まで言い切った時、自分はただじっとしていた。
聞き届けなければいけないのだ。
きっと彼の最後の言葉だろうから。
頷いた。
頷かなければならなかった。
「よかった。これで、希望をもって、死ねるよ」
エスト瓶が差し出される。
必要なのは、上級騎士の方だった。
しかし、それも受け取らなければならなかった。
上級騎士が身体を動かした。
立とうとしている。
抱える様にして立たせる。
彼がどこへ行きたいのか、不思議とわかった。
足音しか聞こえない、静かな時間だった。
まだ上級騎士は生きている。
しかし、死に向かって歩いているのだ。
中庭に出た。
灰に剣を突き刺した篝火が燃えている。
この火は消えることが無い。
上級騎士が僅かに手を伸ばした。
火に触れようとしている。
それを支えて、火に当てた。
火が一度はじける様に音を立てた。
上級騎士の何かが、火にくべられたのだ。
上級騎士が、自分の手を僅かにつまんだ。
火に、触れてみる。
火が、身体に巡っている。
消えた、と思ったら、自分に信じられないほどの活力が漲っていた。
上級騎士が、僅かに笑った。
感じることが出来るのだ。
涙が出た。
声も出た。
久しぶりの声は、彼の声でもあるような気がした。
やがて、大広間の先の扉が開く。
出てきたのは上級騎士と、それに抱えられた不死人だった。
もう動くことは無い不死人を、上級騎士は土に埋めた。
それは誰も知らぬ、故も知らぬ墓となった。
しかし彼はそこにいて、共にいた。
歩き出した者が振り向くことはない。
説明 | ||
息抜きに書き始めたら止まらなくなった。 たまにはこういうのもいいよね。 生存報告みたいにして書こうかな。 たぶん言っておきながらやらねえな俺。 |
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