訳あり一般人が幻想入り 第20話 |
「くっそぉ、忘れてたっ!」
すっかり鬼ごっこの途中であったことを忘れていた横谷は、一目散に悪態を漏らしながら逃げていく。
「あっ、ちょっとどこいくのよ!」
サニーが制止の声をかけるが無視をして逃げ続ける。
「あははー待てー♪」
「待つのだーあははー♪」
フランとルーミアはまるで追い詰められた犯人を泳がすように、わざと遅く飛行しながら横谷を追い掛け回す。
「い、一体何事なの……」
「さぁ……」
森の奥へ消えていきルナとスターは呆気に取られたが、サニーは横谷が逃げていった方向に飛んで追いかけていく。突飛な行動にルナは慌てて大声で叫ぶ。
「ちょ、ちょっと! どこに行く気なの!?」
「決まってるでしょ、アイツの後を追うの! 私がホントの本気出せば、あんな人間ごときに見つけられるわけないわよ。私の力を見せつけるためにアイツに一泡吹かせてやるわ!」
サニーは鼻息をいきり立たたせながら横谷を追う。ルナとスターは急いでサニーの後を追う。
「もう! 振り回される身にもなってよね!」
「でも、これで暇にならなくてよかったわね」
「どこがよ、あの男を追ってる人物を見たでしょ。あの中にあの危険な吸血鬼の妹がいるのよ? 関わりたくないわよ……」
「まぁまぁ、少し刺激があったほうがいいじゃない」
「少しどころじゃないわよ……下手したら『一回休み』どころか『十回休み』くらいひどい目にあうかも知れないのよ……」
第20話 精神的苦痛、身体的激痛、怪奇的奇跡
乱雑に生い茂っている木々を避けながら、追いかけてくる悪魔から必死に逃げる。が、その必死さとは裏腹に距離はまったく縮まっていない。その上二人の悪魔は本気を出している様子は見受けられない。
「くそったれェ! 飛ぶのは卑怯だろーがァ!」
そんな横谷の悪態も、二人にとってはなぶっている相手の喘ぎ声を聞いているかのように終始笑いながら追いかける。
時折、ルーミアの能力である「闇を操る程度の能力」を使って黒い球体を自分の周りに覆わせて、横谷の周りをグルグルと回って恐怖を煽らせる。調子に乗りすぎているのか、それとも全く見えないのかその度に木にぶつかるが、本人は少々痛がるだけで気にせず追い掛け回す。
(ううぅ〜くそぉ! どんだけ走っても、全然広がんねぇ! どーすりゃーいいんだよ!)
身体が酸素を激しく求め、口で呼吸を行い、肺がズキズキと痛み出しながらも体にムチ打って走らせながら周囲を見渡し隠れる場所がないか探すが、隠れ蓑になりそうな生い茂っている草むらなどはなく、乱雑に生えている木々も異常に密集しているわけでもない。それ以前に二人との距離が隠れる時間をくれる程の間合いがない。
意表をついて反対方向に進むという手も、本気で飛んでいない相手には無意味。何か物を投げつけて牽制して時間稼ぎも無駄な上に相手を逆撫でる可能性もある。それだけは起こしたくない。
あれこれと作戦を考えては無意味と見切りつけて、結局は走り続けるしかなかった。
諦めて大人しく捕まったほうがよいのでは。
そう頭によぎることもあったがそれは一番危ないと横谷は思っている。只のお遊びにしては過剰な被害妄想だが、相手が相手なだけに足を止めることが出来ない。
恐ろしい能力を持っているフランに身体を触らせたくないし、その隣のルーミアはあの言動が脳にこびりついて、たとえ冗談だったとしても油断したときに喰われるかもしれないと嫌でも思ってしまう。
最早体力の勝負。どちらかが体力尽きるまで逃走劇は終わらないが、人間と妖怪では比べるもなく妖怪のほうが圧倒的に体力がある。そして今の二人は本気で追っているわけではない。しかも横谷の体力はレッドゾーンに突入寸前で、いずれ捕まるのも時間の問題だ。
(ちくしょう……肺が痛てぇ、腿も疲れがたまってきた……もうやべェ……)
どこをどれくらい走ったかわからず動かし続ける脚に、乳酸が溜まり続け悲鳴をあげる。それに連れて速度が落ち、距離も縮まっていく。
(ああ……もう無理だ。ランナーズハイが出る前に終わっちまう……)
体全身が動かすことを体全身の発熱や痛みでもって拒否し始める。無理強いで動かせばさらに強いものが襲ってくる。しかし横谷は最後まで抗うつもりで脚を動き続けさせる。
(まだだっ! まだくたばらんッ!)
しかし距離は一向に伸びるどころか縮む一方で、向こうが少し本気で速度を上げればすぐに触れられる距離に迫った。その距離と同じように身体も疲労という鬼に迫られている。
「これ以上は泳がしても無駄だね。今楽にするよー」
これ以上面白いことはないと見るや、フランが横谷に止めを刺す準備に入った。
(ちきしょお……こんな事なら体鍛えときゃ良かった……動けェ……動けよォ……)
痛みでまともに肺を動かすことが困難になり、徐々に視界がぼやけてくる。怠けて体を鍛えなかったことに後悔しながら意識が遠のいていく。
「スーちゃん、つーかまーえたっ」
フランが横谷の背中を触ろうとした。が、それが空振りに終わる。
突如として横谷が速度を上げたのだ。疲れが全面に出ていた走り方もやや前屈気味走り、距離が徐々に開く。ぜえぜえと漏れていた息も聞こえなくなった。
「あれっ? まだそれだけの体力があったんだ」
「意外にしぶといね」
まるで他人が乗り移ったかのように急に速くなった横谷に二人は驚いたが、すぐに速度を上げ、捕まえようとする。しかし、横谷の速度がさらに上がって二人との差がどんどん開く。
「へぇ、家に来たときから弱い人間って思ったけど、意外に頑張るね」
「食べ応えのある人間そうだね♪」
さらに速度を上げたことに二人は感心する。その間に横谷は大きく跳躍し、近くの木の幹に乗っかり、まるで忍者のように次々と飛んで木々に移動する。
「すごーい! スーちゃんそんな事出来るんだ!」
「でも、その代わり見失っちゃったよ」
目にも留まらぬ速さで木々に飛び移る横谷の姿に見とれている間に、奥へ奥へと進んでいつの間にか二人は横谷を見失ってしまった。
「すごい速かったね」
「親は山猿か何かだったのかな?」
ルーミアが半ば本気の冗談をうそぶきながら、引き続き横谷の捜索する二人であった。
フランとルーミアを上手くまいた優は、周りの木々より一回り大きい大樹に寄りかかり、目がとても虚ろな状態で息を整えていた。
「……? ここはどこだ?」
息が整い終わった瞬間に横谷は『意識を取り戻した』。どの位置にいてもそうだろうが、横谷は見知らぬ土地に、大樹に寄りかかって座っていたことに疑問を持つ。
フランとルーミアに追いかけられ、あと少しで触れられてしまうところまでなんとか思い出せたが、それ以降の、意識を取り戻すまでの間の記憶が全く思い出せない。
身体が熱と痛みに((蝕|むしば))まれ、酸素がうまく脳に運んでいかなくなったことも手伝い運動神経が鈍くなって意識も遠のいてきた。
その時だ、身体の熱が苦痛のものではなく身体を奮い立たせるような熱に代わり、それが痛みと意識を飲み込み身体が軽くなった。
「……さっきまでのが、ランナーズハイなのか?」
マラソンなど長時間走るとエンドルフィンという脳内から出てくる脳内麻薬と呼ばれる伝達物質。それが気分を高揚させたり、体の痛みを鎮めることがある。と聞いたとこがある。まさか意識まで飛ぶことまであるとは思わなかったが、脳内麻薬と呼ばれる所以なのか?
横谷はネットだかテレビだかの入り知恵を思い出し、意識がなかった理由をそのように納得させる。しかし、ふと一つ納得出来ないことがよぎる。
「なんで振り切れたんだ? まさかずっと手加減したわけじゃ……」
ずっとその場に動かず座っているが、二人が来る気配がない。それどころか、追いかけられたときは本気で走っていても距離は広がることはなかった。
ランナーズハイが出ても限界速度の上限が増すわけでもない。それを考えると振り切られたことに頭がハテナマークいっぱいになる。
「どうやって逃げ切ったんだろうか……うーん。 ん?」
と、突然横谷の頭上から何が落ちてきた。その物は頭から正面にずり落ち姿を表す。
「え!? ヘ、ヘビッ! な、ちょ、おい! こっち見んな! 何で落ちてくんだよ!」
少し大きめのオリーブ色の鱗を持ったヘビが、横谷を凝視して舌をチロチロと動かしている。
「うぐ、あっちいけよぉ……頼むから噛むなんてことすんなよ……」
「ぷくくく、あっははははは! 情けない声ェっへへへ!」
「ふふ、んふふふふ。そうね、この人意外に怖がりだったのね、ふふふ」
「ちょっと、ふふふ。笑いすぎよ二人ともっ、ぷははは」
刺激を与えないよう固まった状態いると、木の上から聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる。
「おい、お前らか三妖精! コイツ何とかしろ!」
蛇に目を凝らしながらに上にいる妖精達に助けを求める。しかし一向に来る気配がない。
「おい何してる早くしろォ!」
苛立ちが高まり、横谷はつい声を荒らげてしまう。それに驚いたヘビは口を開いて威嚇する。
「ちょ待っ、はうぅ、ああぁぁ……早く〜、早くしてくれぇぇぇ……」
横谷は声を小さめに再度助けを求める。いい年した男が情けない声と慌てている姿を見ると、誰もが笑える光景だろう。
「もうそろそろいいんじゃない?」
「そうね、これ以上続けたら私の腹筋が一回休みになりそう」
その言葉の後、空中にふよふよと漂う長めの棒切れが現れ、横谷の目の前のヘビを引っ掛けてポイッと横谷に目がけて投げた。
「ひいいぃィィ!!」
怒るよりも先に恐怖が先行し、悲鳴をあげながら身体を縮こませた。
「アハッハッハッハ! 駄目、笑いすぎて死にそうックックック」
「ちょっとふふふ、駄目じゃないふははは!」
「そうよふひひ。怖がってるでしょ。フガッ、あ」
「ちょっとふははは、豚鼻やめてえへへへへ。腹筋がぁぁっはははは!」
姿が徐々に現し、手足をバタバタと動かし寝そべっているサニーを含め三人が爆笑している。
「あれ、なにか言いたそうだよ?」
「ほんとだ、口動かしてる」
「何を言ってるのかしら?」
スターが横谷の口が大きく動いているのに気づき、三人は観察するが全く聞こえない。どうやら口だけを動かしているらしい。
「えーと、『は』『や』『く』『た』『す』『け』『ろ』だって」
「もういいでしょ。早く助けてあげたら?」
「そうね、これですっきりしたし」
サニーは棒切れを取り出し、優にまとわりつくヘビを引っ掛けてゆっくりと地面に置く。そのヘビはすぐに草の茂みに逃げていった。
横谷はヘビが去って安心し、緊張していた身体を解いた。
「情けないわねぇ、ヘビ一匹であんなにビビッちゃって」
「るせぇ! あれが毒持っていたら危ねェだろうが!」
「大丈夫よあのヘビは毒なしの奴だから」
サニーはまるで悪びれる様子もなく淡々と答える。その態度に横谷は腹の底が煮えくり返る。
「ああうぜぇ。ざけんなよクソッタレが!」
横谷は大声で悪態を漏らして、拳を木に叩きつけてからその場を離れる。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん。あ、そうそう、私たちの存在わからなかった?」
「ああわかんなかったよ。全然わかりませんでしたよ全ッ然」
「どうよ、これが私たちの能力だ見たか!」
「るせぇボケェ! さっさとどっか行きやがれ!」
非常に鼻のつく言動のせいで関わることも億劫になり荒々しい口調で冷たくあしらう。
「ああめんどくせぇ、何でこんな目に……」
「スーちゃんめっけー!」
「あ?」
森の奥からフランの声が聞こえた。横谷は用心深く注視したが、どこを見渡しても姿が見えなかった。さらに凝視して見渡すと、前にあった一本の木が突然木っ端微塵に砕け飛び散った。
そこにフランが急速に低空で飛びながら接近してきた。
「うげぇ!?」
横谷は驚愕しながらもすぐさま逃げる態勢に入ろうとする。しかしフランは追いかけていた時より格段速くに飛んでいる。
後ろに振り向く前にフランの頭が、股間に直撃した。
うぱあああああああああああああああああああっ!!!
魔法の森全体に響き渡った謎の奇声、それは散り散りになった美鈴達も、アリス家の前で未だ戦闘を繰り広げているアリス、チルノ、魔理沙にも聞こえ、戦闘を中断する。
「な、なんなんだ今の声は!?」
「妖怪の声? でもこんな気持ち悪い奇声上げるような妖怪は知らないし、もしかして異変?」
「湖の主が出てきたんだよ! 噂では聞いてたけど、一度戦ってみたかったんだ!」
「私も行くぜ!」
「あ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」
三人は一斉に奇声が聞こえた方向へ飛んでいく。
一方その頃、
「な、なんなの今の声……でもどっかで聞き覚えのある声だったような……」
木の影に隠れながら奇妙な奇声に怯える美鈴。
「う〜んどうしよう……あんまり近づきたくないなぁ。……あ、そういえば横谷さんはどうしたんだろう、すっかり忘れてた」
ふと、ようやく横谷存在を思い出した美鈴は心配になり、そして思考が悪い方向に考えていく。
「もしかして、横谷に何かあったのかも。こうしちゃいられない! 急がないと!」
最悪の展開なる前にと思うと居ても立ってもいられず、美鈴もすぐに声が聞こえた方向に飛んで行った。
そのまた一方、
「なんか変な感触した」
フランは横谷の股間に当たった部分の頭を撫でる。その横に当たった箇所を手で押さえ((蹲|うずくま))り、目から口から体全身から涙やら汗やらヨダレやらで、ダラダラとありとあらゆる液体を出している。
幸いにもクリーンヒットにはならなかったが、すぐに立ち上がることは出来ないほどのダメージは負ってしまった。
「うぁうぅぅ……」
「ちょ、ちょっとすごい顔になってるよ。大丈夫なの、これ?」
「なんか泡も吹いているし……」
横谷の周りを三妖精が囲い、心配そうに見ている。ルナが横谷に声をかける。
「だ、大丈夫なの?」
「ううぅ、ふぅ……た――」
「た?」
「た……叩いて……くれ」
横谷は弱々しく助けを求める。
「どこを?」
「こ、腰を……うぅ……」
「こ、こう?」
ルナは横谷の腰を叩くが、痛みは一向に引かない。
「も、もっと強く、叩いてくれ……」
「もっと? こうかしら?」
ルナはさらに強く叩く。それでも横谷の雷に打たれたような痛みは引かない。
「も、もっと、もっと強くっ……」
「これ以上は無理よ!……ねぇ、まさか楽しんでないでしょうね?」
「へ……はぁ……?」
ルナが突然叩くのをやめ、横谷を軽蔑の目で見ている。何を行っているのかわからず、思わず((頓狂|とんきょう))な声を上げてしまう。
「これだけ苦しそうなのに強く叩け叩けって、これ以上身体を傷めつけなくてもいいでしょう? もしかしてそういうのが趣味なの?」
「ばっ! ちがっ! う、ふぉぉ……」
ルナは明らかに勘違いしている。そう思って慌てて否定するが、身体に走る痛みがそれを阻止する。
この行為を、さらに身体を痛めつけているとしかルナは思っていない。それなのに叩いて欲しいと言い続ける横谷に気色悪さを覚えたのだ。
女性にはわからないこの痛み。この痛みを逃れる術はジャンプするか腰を叩いてもらうことで徐々に和らぐ気にはなる。
が、痛みが強すぎてジャンプどころか立つことも出来ない代わりに叩いてもらったのだが、非力の妖精では全く効かなかった。それでもっと強くと要求したことで、この男はそっちの趣味を持っているのではと誤解されてしまった。
「私が叩こうか?」
横谷の様子を見てフランが加わってくる。横谷は顔を青ざめてやんわりと拒否する。
「いや、いい……フランはいい……」
「大丈夫だよ、これでも力はある方だから」
「いやほんと、しなくていい、ふぅあぁぁ……」
横谷はフランの申し出を拒否し続ける。どこまで力があるかはわからないが、加減を分からず叩かれた瞬間に腰の骨が粉にされてしまったらたまったものではない。
「やめときなさいよ。この男は叩かれることを喜ぶ変態よ」
そこにルナがフランを制止する。しかしフランはルナが想像しているような考えを感じたわけではないので引き下がらない。
「なんで? 苦しそうなんだよ?」
「じゃあ苦しそうなのになんで腰を叩いてほしいっていうのよ」
ルナは未だに横谷が変態意識を持っていると思っている。
しかしあえて口出ししなかった。変態呼ばわりされるのは((癪|しゃく))だが、自分の腰の安全が守られるなら致し方ないと否定するのをやめたのだ。
「優さん! どうしたんですか!?」
そこに美鈴が降りてきて横谷の方に駆け寄る。
「あぁ、よかった。美鈴、俺の腰を叩いてくれ……」
「え? 何を突然……」
美鈴は横谷の言葉の真意が読めず困惑する。そこにまたもルナが口をはさむ。
「やめたほうがいいって。そんな事したらこの男((悦|よろこ))んじゃうから」
「もういい加減にしろっ、ひぎぃぃ……。栗みたいな口しやがってぇ……」
「う、うるさい!」
これ以上の誤解の拡散を防ぐために横谷は悪口を言い、ルナを黙らせる。
「ええっと、とにかく腰を叩くんですね?」
「ああ、頼む……」
美鈴は横谷の訴えを取りあえず聞き入れ、腰を叩き始める。
「こうですか?」
「いやまだだ。強めで……いつつつ」
「このくらい?」
「まだだ、もっと強く! はうぅぅ……」
「わ、わかりましたっ!」
美鈴は手の平から拳に変え、それを高々と目一杯挙げて頂点に達したときに、腰に目掛けて一気に振り下ろした。
「ハァッ!」
「ほぎゃああああ!!! 強すぎだバカっ! いてててて……」
「あ、ごめんなさい……」
これで横谷は未だにめぐる鋭い痛みと先程の鈍い痛み、――主に下半身に――両方持つこととなった。さらに立てる力が無くなる。
「天罰が当たったのよ、いい気味ね」
「う、るせぇっ……ぁぁぁ……」
ルナの憎まれ口を咎めようとするも、気力が痛みを抑えつけることに力を注いでいるので声を荒らげることが出来なかった。
その間に大妖精達や、チルノ達など近くにいた者がぞろぞろと揃ってくる。「なにがあったの?」「さぁ……」「また倒れてるぜコイツ」などの周りの声に横谷は恥ずかしさで顔を赤らめる。
「も、もういい……誰か、冷たい物をくれ……」
「冷たい物? 氷とか?」
「そうだ……なにか持ってるのか? チルノ」
その質問に、チルノは嬉々とした顔でふんぞり返って答える。
「あたいは氷の妖精だよ? 氷作るなんてお茶の子さいさいだよ!」
そう言った後、チルノの周りから冷気が纏われる。
「そ、そうだったな。じゃあ早く作って――」
「――身体を冷やすんでしょ? じゃあ手っ取り早い方法があるよ」
「……え?」
横谷はチルノの言動に一抹の不安を感じた。そしてその不安が現実のものとなる。
「いっくよー! それっ!」
「えっ、ちょ、ちょっと待て!」
チルノの周りの冷気が優に移り、横谷の身体に氷が急速にまとわりついていく。横谷の必死の抵抗も虚しく、ものの十秒もかからず氷塊の中に囚われてしまった。
「って駄目ぇぇ! 人間に全身冷凍は駄目だって!」
その光景に唖然としていた美鈴は我に返ってチルノを制止する。しかし、時すでに遅くとっくに氷漬けにされてしまっている。
「え? だって氷が欲しいってことは身体を冷やすってことじゃないの?」
「だからってそれはやりすぎ!」
チルノは無垢な子どものように全く悪気のない返事をする。実際チルノ本人にとっては、悪意のない行動だからこそ更にたちが悪い。美鈴は横谷をどう救いだそうかおろおろと慌てる。
「どうしよう……どうやって壊そう」
「とにかく物理攻撃でも弾幕でもいいから壊しましょう。低体温でこの男死んじゃうわ」
「弾幕を当てて大丈夫なのか? アイツにも衝撃くるかもしれないし」
「あの男だって、凍らせたまま死ぬより身体がボロボロでも生きていたほうが、ずっといいって言うわよ。多分」
根拠のないことを言いつつも氷塊を壊して救いだそうと、アリスと魔理沙が加勢する。
そして各々が弾幕を出す構えに入り、発射しようとした時に、フランが三人の前に出る。
「フ、フラン様?」
「壊せばいいんでしょ? だったら私に任せてよ♪ 私の能力で『きゅっとしてドカーン』とすればいいんだし」
フランは三人に振り返って笑みを浮かべている。美鈴は慌てて止める。
「それは危ないです! それを使ってしまったら、横谷さんもふっ飛んでしまいます!」
「むー、私はちゃんと能力扱えるもん。『目』が近くなかったら一緒に壊すことない」
フランは頬を膨らまして不満の表情を浮かべる。それでも美鈴はなおも使わせないように説得しようとする。
「で、ですが、万が一ってことも……」
「なにやってるの、早くしないと死んじゃうわよ」
「じゃあやっちゃおー♪ あ、『目』が近いな……」
フランが氷塊に手をかざし、ぼそっと呟く。
「えええええ〜〜!?」
美鈴が絶叫している間に、フランは『目』に狙いを定めて手を握る。美鈴もアリスも魔理沙も、ここにいる全員が目をつぶり、視線を逸らした。
この男は終わった、と皆がそう思った。
「ッばぁ! はぁ……はぁ……っは。――――ううぅぅぅ、さみぃぃ……」
氷塊が砕け散り、そこから身体を非常に震わせて縮こまっている優が出てくる。
その光景にフランを除く皆が驚いた。あの能力から逃れられたのか、それとも偶然なのか、もしかしてあのフランが加減したのか。
真実はわからないがこの男があの能力から無傷で生きている。周りはそのことにまるで夢を見ているのでは、と錯覚した気分だった。
「た、助けてくれ……寒い……痛い……立てない……ぬぐぅぅッ!」
横谷の震えが更に酷くなり、声も弱々しくなった。美鈴は我に返り横谷を背負い急いで紅魔館に運び、周りもそれを追う。
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◆この作品は東方projectの二次創作です。嫌悪感を抱かれる方は速やかにブラウザの「戻る」などで避難してください。 | ||
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