名家一番! 第十七席・後篇
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「ご注文は、お決まりでしょうか?」

 

 店員が注文を取りにきたが、メニューを見る気が起こらない。

 次、親方に会う時どんな顔すりゃいいんだ……。

 

「……酒は、置いてますか?」

 

 こんな埒外な質問された経験、今までなかったのだろう。店員の顔が若干引きつる。

 

「うちは茶屋ですので、お酒はちょっと……」

「じゃあ……彼女たちと同じものを」

「かしこまりました」

 

 注文を厨房に伝えに行く店員の背中をぼんやりと眺めていると、

 

「一刀って、昼間から飲むぐらい酒好きだったけ?」

 

 猪々子に話しかけられ、のろのろと顔を向ける。

 

「普段は嗜む程度だけど、今は飲みたい気分だったんだ……」

「ふーん? よくわからねぇけど、色々あったんだな」

 

 気にかけてくれるのは嬉しいけど、菓子を頬張りながらじゃなかったら、もっと心に響いたのに。

 

「そんなことより!」

 

 麗羽の叫び声に店員が、食器を落としそうになる。俺は幾分慣れたが、初めて聞く人はやっぱ驚くよな。

 

「一刀さん?」

 

 妙に優しげな問いかけ方に不吉なものを感じ、即座に姿勢を正す。

 

「このわたくしを待たせたんですから、今日はよっぽど素晴らしい所に連れて行ってくださるんでしょうね?」

「……え?」

 

 斗詩とのLove×ChuChuデートのつもりだったのが、決して失敗の許されないツアーコンダクターに変わっていることにようやく気付き、青ざめる。

 ここに来る前の予定では、家具や食器を見て回るつもりだったが、そんな捻りのないツアープランを提案すればどんな目に遭うのか、想像するのも恐ろしい。

 

「はい! 麗羽さま。あたいに良い案があります!」

 

 返答に窮している俺を尻目に、猪々子が勢い良く手を挙げる。

 おそらく、俺を助けようといった殊勝な考えではなく、自分の意見を通す好機とみての行動だろう。

 

「今、烏丸から馬商人が来てるんですけど、それを見に行きません?」

 

 烏丸って確か、北方の騎馬民族だっけ? 目を輝かせて言う程のことなんだろうか?

 

「烏丸の馬って、他のと何か違うの?」

「馬っ鹿! おめぇ全然違うっての! はっきり言って、烏丸のと比べたら他の馬なんて牛と一緒だね」

 

 馬なのに牛とは、これいかに。というツッコミは置いといて、そこまでスペック差があるのなら、騎馬隊を率いる猪々子の眼の色が変わったのも理解できる。

 

「一刀が今乗ってる馬、かなりの年寄りだしちょうどいい機会じゃん」

「そりゃ、そうだが……」

 

 横目で麗羽の様子を伺う。

 車も自転車もないこの時代、馬は重要な移動手段である。当然俺も乗れないとまずいのだが、乗馬の経験などあろうはずもなく、必死に練習しているところだった。

 落馬に備えて速度の出にくい老馬に乗っていたので、いずれ乗り換えの必要があるとは考えていたが、麗羽が何て言うかな……。

 

「猪々子さんの言う、烏丸の俊馬を見に行ってみましょうか」

「えぇ!? ……あ」

 

 麗羽が予想外の選択をしたことに驚き、つい大きい声がでてしまった。

 

「わたくしの決定に、何かご不満でも?」

「そ、その。麗羽がそういうのに興味あるなんて意外だなぁって、思ってさ」

「ふっ……」

 

 逆鱗に触れないよう、おそるおそる投げかけた疑問は一笑に付される。

 

「一刀さんにはわからないでしょうけど、わたくしのような高貴な者は、乗る馬にもそれ相応の格というものが要りますの。

 希少価値の高い烏丸の馬が、すぐ近くにいるのに見に行かない理由が、あるかしら?」

 

 なるほど、と思いながら麗羽の説明を聞いていた。

 この時代では俊馬に乗ることが、富裕層のステータスなのか。すると烏丸の馬は、ポ○シェやフェ○ーリのような高級車といったところか?

 

「もっとも? 一刀さんが、もっと素敵なところに連れて行ってくださるのなら、話は変わってきますけど」

「今の季節なら、やっぱ馬だよね! あ〜、早く見に行きたいなぁ」

 

 代案を持っていない俺は、全力で猪々子の意見を支持するしかない。

 

「なら、早く支払いを済ませてきなさい」

「え? ここ、俺が全部払うの?」

 

 麗羽に聞き返すと、こいつマジか? みたいな顔された。

 

「遅れて来た上に、女性に支払わせるなんて、男としての度量が知れますわね」

 

 元々の集合時間には間に合っていた、と言っても聞いてくれそうにない雰囲気。それになにより、男の沽券に関わるような言い方されたら、

 

「……謹んで、払わせて頂きます」

 

 こう言うしかないじゃない。

 苦い気分で、席を立つ。注文した菓子、少ししか口にしてないのになぁ。

 

「一刀、ゴチなぁ〜!」

「ご馳走様です」

 

 会計を済ませている俺の後ろを猪々子と斗詩が、悠々と通り抜けていく。

 

「あの……」

 

 そのやりとりを見ていた店員が、言いにくそうに口を開く。

 

「はい?」

「報われなくても尽くす姿って、素敵だと思います。

 きっと、いつか良いことがありますから、挫けずに頑張ってくださいね!」

 

 力強く励まされたが、何か誤解されている気が……。

 否定すれば、かえって哀れみをかけられそうだったので、苦笑いを返すことしかできなかった。

 

 

 ○  ○  ○

 

 

 店を出てから、すれ違う人間が高確率で振り返る。特に男どもの視線、露骨過ぎ。

 

「人が多くて、歩きにくいですわねー。馬車でくればよかったかしら」

「出る前に勧めたら、お忍びで出かけたいから歩くって、言ったじゃないですかぁ」

「まぁまぁ。自分の足で街を歩くのも悪くないですよ」

 

 三人ともタイプは違うが、文句なしの綺麗どころだもんな。男なら盗み見たくなる気持ちは、よっくわかる。けど、並んで歩いている俺を見て“え? お前が?”みたいな顔するのは、やめてほしい。

 

「人が多いってことは、それだけ南皮の街が栄えている証拠なんだから、喜ばしいじゃないか」

「……それもそうですわね。そう考えると、この人混みもそう悪く無いと思えますわ」

 

 麗羽の眉間に寄った皺がとれて、安堵する。この人混みで、馬車を呼ぶとか無茶を言い出さなくってよかった。

 ……それにしても、

 

「さっきから、同じ方向に向かっている人が多いけど、俺らと同じ目的なのかな?」

「だと思いますよ? ここ最近、烏丸から商人がくることなんて、なかったですし」

 

 斗詩の話を聞いて子供の頃に行った、移動動物園を思い出す。ウサギやポニーといった動物たちと間近で触れ合えることができて、楽しかった思い出がある。

 今来ているのは馬“商人”だから、そのような触れ合いコーナーはないだろうが、烏丸の馬は珍しいようなので、買う気はなくとも皆ひと目みたくなるのだろう。

 

「今朝から街の中心部に向かう人が少ないんで、不思議に思ってたけど、その理由がわかって安心したよ」

「納得じゃなくて、安心ですか?」

 

 俺の言いように引っかかるものがあったのか、斗詩が首を傾げる。

 

「街の中心地にある茶屋に麗羽がいるのがわかって、邪推しちゃったんだよね。

 周りが騒がしいんで、麗羽が中心部から他の人たちを追い出したんじゃないか、って」

「ちょっと! 失礼なこと、言わないでくださる!?」

 

 むっとした表情で、麗羽が反論してくる。

 

「静かになりたかったら、あの区画全ての店を貸しきっていましたわよ!」

「え、そこに怒ってたの?」

 

 流石だ。俺のような小市民とは、根本から考え方が違うらしい。

 

「今からいく所で、そんなことしないよね?」

 

 不安に駆られ、確認をとる。

 絵空事でも実現してしまう無駄に高い行動力が、麗羽の麗羽たる所以だからだ。

 

「お馬鹿さんねぇ。そんなことしたら、お忍びで行く意味がないじゃない」

「そうそう。今日は、市井の空気を肌で感じるための休日なんだから」

 

 猪々子が大仰に頷いているが、こいつの場合、休めるなら顔割れしようがお忍びだろうが、どっちでも良いと思っている気がする。

 

「文ちゃんは、休みじゃなかったでしょー!」

「あたいの判断で臨時休業にしたから、今日は休みなんだよ」

 

 猪々子の大名商売っぷりに呆れていると、街の外壁が見えてきた。

 

 

 ○  ○  ○

 

 

 城門をくぐり街の外に出ると、いつもとは違う景色に感嘆の声を上げる。

 

「おぉ〜、すげぇいっぱいる」

 

 外壁の近くに作られた囲いの中、常歩で闊歩しているのもいれば、馬草を食んでいるのもいる。黒に白に斑模様、様々な毛色の馬が全部で五百頭程だろうか? 

 柵の側で多くの人が、馬を眺めている。猪々子にいたっては、いつの間に柵の中に入ったのか、自分の所有物かのように手慣れた手つきで馬の背を撫でていた。

 

「文ちゃん。勝手に入ったりしたら、怒られるよ」

 

 斗詩の言う通り、さっきから筋骨隆々の堅気には見えない方々が、こちらを睨んでいて気が気でない。

 

「どうだ、一刀! 烏丸の馬はスッゲェだろうが!」

 

 忠告がまるで耳に入っていないようで、傍らの馬を我が子のように自慢する。

 まぁ、はしゃぎたくなる気持ちは、わからないでもないけどさ。

 

「あぁ。実物を見て、お前が言ってた“全然違う”の意味がわかったよ」

 

 眼の前にいる馬の体躯は、城で飼われているのより一回り程大きく、光沢のある毛並みが美しい。馬について詳しくない俺でも、ここにいる馬たちが並ではないと、わかる。

 

「良い馬でしょうが?」

 

 毛並みを確かめるように馬を撫で続けていた猪々子に、独特な訛のある話し方で男が近づいてきた。

 

「なんたって、オラが育てた自慢の子供だかんな」

 

 とうとう注意しに来たのかと思い、慌てて猪々子を柵から出そうとするが、

 

「あ〜! そのまま、そのまま」

 

 何故か、止められる。

 

「めんこい娘さんに撫でてもらって、こいつも嬉しそうだわ」

「は、はぁ……」

 

 大事な商品に勝手に触れたというのに、おおらかな人だ。

 馬商人というのは、皆こうなのだろうか? おじさんと他の商人らしき厳つい男たちに目をやって、おや? と気付く。

 

「おじさんって、烏丸の人だよね?」

「んだ。お父もお母も烏丸族で混じりっけ無し、生粋の烏丸族だ」

 

 血筋を交える辺り、馬商人らしい言い方だなと思う。

 

「他の人も?」

 

 話し方に訛があるのはすぐ気づいたが、注意して見ればおじさん肌は少し浅黒く、見慣れた麗羽たち漢民族の顔つきよりも鋭い。だが、他の逞しい肉体の方々は、その身体的特徴が当てはまらないことが、気になった。

 しかし、訛まで聞き分けできるなら、読み書きも勉強しないでも済むようにしておいて欲しかったと、思わざるを得ない。

 

「いんや。あの人達は、いつも護衛をお願いしてもらってる、漢の人間だ」

 

 争い事と無縁そうな、のほほんとした雰囲気のおじさんから、きな臭い単語が出てきて首をひねる。

 

「護衛を連れているなんて、おじさんって実は、烏丸のお偉いさんとか?」

 

 おじさんは、きょとんと俺を見つめた直後、呵々と笑い上げた。

 

「木の股から生まれたんじゃねぇか、なんて言われるオラが、偉い人なわけねーべや!」

「え? じゃあ、誰の護衛?」

 

 いまだ笑いが収まらないのか、苦しそうに答える。

 

「オラじゃなくて、馬たちの護衛だ。移動するときに盗賊どもが、馬を狙って襲ってきやがるんだわ」

「あぁ、なるほど」

「黄巾賊が暴れるようになって、こっち方面はしばらく来てなかったんだども、街道の治安がだいぶ落ち着いてきたんで、足を伸ばしてみたんだわ」

 

 そういえば斗詩も、烏丸からの商人が最近来ていないって、さっき言ってたな。

 

「オラのことなんかより、にぃさんのことを聞かせておくれよ」

「は? 俺っすか?」

「例えば……どんな馬を探しているとか」

 

 出身地でも聞かれるのかと思えば、肩すかしと一瞬思ったが、それは自意識過剰というものだろう。この人は、茶飲み友達じゃなくて馬商人なんだから。

 

「そうだなぁ……」

 

 どんな、と言われても馬のことよくわからないんだよな。猪々子たちからアドバイスをもらおうと、振り返って目にした光景に固まる。

 

「あ、麗羽さまずるい! まだ、開始って言ってないのに!」

「おーっほっほっほ! 勝負とは、油断した者から喰われてゆく、非常なものですのよ!」

「ちょっとふたりとも! 試乗で競争するとか、ホントやめてっ!?」

 

 ……斗詩には悪いけど、見なかったことにしよう。

 けどこれで、自分で選ばないと、いけなくなってしまった。

 

「ん〜……んん?」

 

 囲いの中を見回していた首が、ある角度で止まる。佇んでいた一頭の馬と、目が合ったからだ。

 その馬は、他の馬と比べて躯が大きいわけでも、毛並みが美しいわけでもないのに目を惹く何かがあった。その何かをあえて言葉にするなら“ピンときた”が一番近い気がする。

 

「あの馬が、気になるのかい?」

 

 察したおじさんが、声をかけてくれる。頷きを返すと“ちょっと待ってな”と言い、俺の側まで連れてきてくれた。

 栗毛の体毛。だが、額と足の先は白い毛で覆われている。黒い珠のような目が、俺の顔をじっと見つめていたかと思ったら、無造作に顔を寄せてきた。

 

「え、っと……?」

 

 その行為が、どのような意思表示なのかわからなくて、おじさんに助けを求める。

 

「撫でて欲しいって言ってんだ。けど、目の間は止めときなよ」

「どうしてです?」

「死角だからだよ。急に触ったりしたら、驚いて噛み付かれっべ」

 

 噛み付くという言葉に、撫でようと伸ばした手を引っ込めてしまう。

 

「首筋の辺りを撫でてみんしゃい」

「は、はい」

 

 こわごわとした手つきで首筋を撫でてやると、気持よさそうに目を細めた。

 このサイズの動物に触れることがあまりないので、ちょっと怖かったが触ってみると可愛いな。

 

「人懐っこいですね」

「そいつは、賢くて気性も大人しいから、お勧めだよ」

「へ〜、名前とかあるんですか?」

「名前はねぇけども、そいつ所々白くなってるべ?」

 

 額と脚先を指差す。

 

「その部分が白くなってる馬は“テキロ”って呼ばれるんさ」

 

 首筋を撫でていた、俺の手が止まる。

 

「おじさん」

「ん?」

「“テキロ”って、凶馬で有名なあの“的盧”?」

 

 的盧。三国志の主要人物、劉備玄徳の愛馬として知られているが、乗り手に凶事をもたらす馬としても有名だ。歴史に名を残した英雄の馬が、俺の眼の前にいるのかと思うと、胸が自然と高鳴る。

 だが、おじさんの答えは、俺の期待に沿うものでも反するものでもなかった。

 

「的盧が凶馬ぁ? にいさん、ウチは品質に一番気を遣って商売やってんだ。変な言いがかりは、よしてけろ」

 

 声量こそ抑えているものの、怒りがにじみ出ているのが、はっきりと感じられ、混乱しつつも慌てて謝る。

 

「え? あ、す、すんません……」

 

 馬のことよく知らない俺に、粗悪品を売りつけようとしたのなら、今言った言葉は嘘ということになるが、とてもそうは見えない。

 

(ひょっとしてここでは、的盧は凶馬じゃないことになってるのか?)

 

 確かに、凶馬と呼ばれた的盧は、暗殺の危機に晒された劉備の命を救っているし、乗り手に不幸をもたらすというのも、科学的根拠もない迷信やジンクスの類だ。なら地方によっては、浸透していないのかもしれない。

 

「その馬が嫌なら、他のを見るけ?」

 

 自慢の品物に難癖をつける様ないけ好かない客でも、他の品も勧める商売人の鑑のような発言。俺はその勧めを――、

 

 

 ○  ○  ○

 

 

「もっと立派なのもいたのに、ほんとにそいつで良かったのかよ? 一刀」

「男の価値は、外見だけじゃねぇよ。な? 的盧」

 

 引き綱に繋がれている的盧の首を軽く叩くと、同意するように嘶いた。

 凶馬だ劉備の馬だと色々と並び立てたが、コイツに一目惚れした時点で連れて帰ることは決まっていたんだろう。

 

「異性に縁のない男が、いかにも言いそうな台詞ですわね」

「……!?」

 

 麗羽の心ない暴言。反論してやりたいが、事実なので何も言い返せない。ちくしょう!

 

「麗羽さま、言い過ぎです!」

「斗詩……」

 

 ハートブレイクしかかった俺に代わって、反論してくれる斗詩の優しさに、思わず涙ぐむ。

 

「そりゃ一刀さんは、向かい合って話しているときに胸に視線がいったり、下着がちょっぴり黄ばんでたりしますけど、一刀さんが良いっていう女性だって、きっといますよ!」

「もういいよ、斗詩! 君の優しさは、充分伝わったからっ!」

 

 往来の真ん中で縋り付いて止める。零れ落ちた涙の味はきっと、いつもの涙よりしょっぱかっただろう。

 

「もしかして、麗羽たちが競争してたのを一緒に止めなかったの怒ってる?」

「さぁ? 一刀さんに自覚があるんなら、そうなんじゃないですか?」

 

 斗詩はすました顔で、手痛い反撃をすることがあるので、注意が必要だ。けど、そんな仕打ちをされることが、だんだんと快感に変わってきている今日このごろである。

 

「女性と触れ合う機会に飢えているからって、買った馬で鬱屈した感情を解消するのだけは、止めておきなさい。病気になりますわよ」

 

 麗羽のあんまり過ぎる忠告に、意識が一瞬遠のく。

 

「……お前の中で、俺は一体どういう人間になってるんだ?」

 

 大航海時代の船には、船乗りに混じってヤギが搭乗していたらしい。その理由はもちろん食べるため――だけでなく、船員の性欲処理のためでもあったそうだ。なんでも、雌のヤギのナニの感触と人間の女性のナニの感触が似ているからとか……。

 だが、俺が今立っている場所は、荒波の上に浮かぶ外洋船ではないし、今まで守り通した純潔を人間以外に捧げる気も毛頭ありません。つか、的盧雄だし!

 

「腹でも減ったのか? ふらついてんぞ」

 

 平行感覚が狂い始めている俺を猪々子が気遣ってくれる。

 

「いや。なんかもう、色々あり過ぎて疲れた……」

「よし! じゃあ、何か食って帰ろう!」

 

 他人の話、聞こうよ。

 

「麗羽さま。一刀が腹減ったんで、どっかで食べて行きたいそうです!」

「あ、こいつ!」

 

 自分が飯を食いたいから、俺をダシに使いやがったな。食べ物が関わると、悪知恵が働きやがる。

 

「食事に誘うなら、もっと上手くできないのかしら?」

 

 不細工な誘い文句に、麗羽は形の良い眉をひそめる。

 

「女性の扱いが下手糞で、どうもすみませんね〜。なにしろ、女性に縁がないもんですから」

「上達したいのなら、まずわたくしを満足させる店に案内してみなさい」

 

 それ、手始めにやる難易度のミッションじゃないだろ、などと口ごたえできるはずもなく。

 皮肉を言ってやったつもりが、全く気づかれない上に、自分の首を締める結果になってしまった。

 

(麗羽を納得させる店なんて、あったかぁ?)

 

 こうなってくると、連れている的盧が足枷になるなぁ。馬を預かってくれる条件も追加しないといけない。

 自分が知っている店を脳内ソートにかけていると、不意に頭頂部を襲った痛みに叫び声を上げる。

 

「いだだだだっ! 何すんだよ、的盧!?」

 

 俺の頭をかじっていた的盧の((顎|あざと))から、身をよじり辛くも脱する。

 

「お前今、よからぬこと考えただろ? 馬ってのは、そういう気配に敏感なんだぜ」

 

 一連のやりとりを見ていた猪々子が、ニヤつきながら抜き去っていく。

 かじられた部分をさすりながら、おじさんの言っていた“賢い”ってこういうことかと、納得する。

 

「……すいませんでした」

 

 謝罪の言葉を聞けて満足した的盧の鼻息が、顔にかかる……どっちが主人なんだか。

 

「一刀さん」

「ん?」

 

 前を歩く二人に聞こえないように、斗詩が小声で話しかけてくる。

 

「久しぶりの休日、どうでした?」

「そう、だな……」

 

 今日起こったことを振り返ると、休日らしい心やすまる時間なんて、ほとんどなかったけど――、

 

「――楽しかったな」

 

 一日の出来事とは思えないぐらいバラエティ豊かで、疲れを感じている暇なんてなかった。体に残っているのは、心地よい充足感だけ。

 

「そうですか」

 

 俺の感想を聞けて、斗詩は顔をほころばせる。

 ひょっとして、俺がふたりっきりで出かけるって勘違いしてたの、気付いてたんじゃないか?

 

「ふたりともー! 麗羽さまが早くしろって、苛立ってんぞー!」

 

 猪々子がこちらに両手を振って、急ぐよう叫んだ。

 

「やばっ!?」

「麗羽さまの機嫌をこれ以上損ねないためにも、急ぎましょう!」

 

 的盧を引いて、慌てて駆け出す。よく調教されているのか、決して俺より前に出ようとしない。

 

(朝出かけるときは、馬を買うことになるなんて、思いもしなかったな)

 

 斗詩が俺の恥ずかしい勘違いに気付いていたのか、追求するのは野暮というものだろう。充実した休日を過ごすことができたのは、四人で街を巡ったからこその結果なのだから。

 よし! 三人に感謝の気持ちも込めて、値は張るが美味いと評判の店に案内してやろうと、意気揚々と駆け寄った。

 

 

 ○  ○  ○

 

 

「見た目だけですわね……」

「まじぃ……」

「美味しくありませんね……」

 

 華やかな内装が施された店の個室にはまるで似つかわしくない、お葬式のような雰囲気の食事風景。

 

「不味い料理を一緒に食べたのも、これはこれで得難い思い……ごめん、何でもないです」

 

 場の空気を変えようと務めて明るい声を出したが、三人の淀んだ表情を見ては、最後まで続かなかった。

 高い授業料を払ったお陰で、ここ一番の勝負所に噂だけで店選びをしてはいけないと、一つ賢くなったが、俺が麗羽を満足させることができるのは、まだまだ先になりそうだ。

 

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あとがき。

 

振り返ってみると、17話は一刀の装備を整える話ですね。RPGとかそうですが、私はそういう時間が結構好きです……だからって、読者の方々もそうとは限らないわけで、不安です。

馬商人の言葉遣いが、色んな地方のなんちゃって方言が混ざって、わけがわからないことに……。

次回でようやく、南皮の街から出れそうです。前編で鍛冶屋に頼んでたものも出せると思います。

 

ここまで読んで頂き、多謝。

説明
麗羽さまを登場させるのなら、
あの高笑いを一回は差し込まないとイケないと思うんですが、
意外とタイミングが難しい……。
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コメント
>>ks-snowさん 面白いと言って頂き、ありがとうございます。三馬鹿と一刀の距離感は気を遣っているので、そう言ってもらえると大変嬉しいです。(濡れタオル)
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