短編の習作 |
いい秋晴れの、からっとした青空のある日。日向は、その日は非番であり、自室で、いつものように戦闘報告書を見ながら、どのような動きが理想かについて、考えを巡らせていた。
今日は、駆逐艦達による観艦式が行われており、それに彼女らがかり出されている事もあって、鎮守府は随分と静かだった。風が木々を揺らす音。海鳥の鳴き声。時折通る、車のエンジン音。波の音。それらの音が、すべて心地よく聞こえる。いつもの賑やかな鎮守府も悪くはないが、こういうのもたまにはいい。そう思いながら、日向は報告書に目を落としつつ、右手の指は、いつものように動き回っていた。
ばたん、と、どこかで扉が勢いよく開かれたらしい。その後、どたどたと、廊下を全力疾走する足音。ちらっと耳にした日向は、おや、誰かが緊急召集でもかけられたのか、と思う。何かややこしい事でも起きたのだろうか。日向の集中は途切れ、その足音の事が気になって仕方なくなってしまった。
が、その足音は、いったん遠ざかって聞こえなくなったと思うと、今度はどんどん大きくなって来た。そして、それはどうやら日向の部屋に近づいてきているらしい、と彼女が認識したのと、ばたん、と派手な音をたてて彼女の部屋の扉が開くのは、ほぼ同時だった。
驚きはしたが、焦って振り向きはしない。入ってきた相手が、ぜーはー呼吸しているのを聞きながら、彼女はゆっくりと振り返った。
日向が予想していた通り、そこに立っていたのは彼女の姉の伊勢だった。何となく予想がついたのは、やはり姉妹だからだろうか。
ある程度息を整える事が出来たらしい。伊勢はがばっ、と姿勢を起こすと、いきなり日向に抱きついてきた。あまつさえ、泣き出す始末だ。
「ひゅーがー! うわーん!」
日向は、どこか嫌そうな顔をしながらも、とりあえず伊勢に抱きつかれたままになっている。
「どうした、そんな急に」
そう聞いたはいいが、伊勢が話を出来る状態になるまで、一分か二分ほどかかった。自分の服の左肩がべちょべちょになっているのに軽く顔をしかめながら、日向は伊勢から話を聞いた。
要約すると、部屋になんかでっかい虫が入ってきた、との事らしい。その結論にたどり着くまで、まるまる十分は要した。どうも聞いた感じだと、スズメバチか何かの危ない類だろう、と思われる。確かに、彼女らは装備を身につけている限りは、砲撃戦にも耐える耐久力を持ってはいるが、装備なしでは所詮ただの少女である。人一倍怪力ではあり、人一倍飯も食うが、それ以上はない。少なくとも、虫嫌いだったりする程度には、普通の少女ではある。
「たぶん、スズメバチかなんかだろう。刺されるのも困るし、誰かを呼んだ方がいいんじゃないのか」
「だから日向の部屋に来たんじゃない、もう」
まさかの自分らしい。日向はふう、とあからさまにため息をついてみせた。
「一応聞くが、施設整備部を呼ぶ気は」
「やぁだぁ、私の部屋汚いし」
わかってるなら綺麗にしろ、と言い掛けたが、そういえば言うだけ無駄だったな、と日向は言うのをやめた。別に伊勢は、掃除が出来ないわけではない。ただ、掃除をやる意識がないだけだ。
やれやれ、と軽く首を振りながら、日向は立ち上がる。それをみて、伊勢は日向の袖口を思い切り握りしめた。それで動けなくなった日向は、特に振り向きもせずに言う。
「離してくれないか。いつまでもここにいられたんじゃこっちも気が休まらないし、見に行ってやる」
それを聞いて伊勢は、また勢いよく、後ろから日向に抱きつく始末だ。
「ひゅーがー! やっぱり大好き!」
心底勘弁して欲しそうに、うんざりした顔を伊勢に見せないよう作った。
日向は、伊勢の部屋の前に立っていた。伊勢はいない。どうであれ伊勢の部屋から虫を追い出すのが目的であり、もしかしたら廊下の方に逃げる可能性を考慮しての事だ。屋外に逃げればそれでよし。廊下に逃げたら、あとは施設整備部を呼んで丸投げする。幸い人は少ないし、駆逐艦達が帰ってくるまでにはまだまだ時間がある。そこまで大事にはなるまい。
日向は、伊勢の部屋の扉をそっと開けた。艦娘達に与えられてる標準的な構造の部屋で、当然ながら日向の部屋と全く同じ作りである。が、その中は日向とは対極と言ってもいい。服は散らかり放題、雑誌から何から色々と投げ出し放題、ベッドも起きたらそのまま放置してるのか、掛け布団が放り出されてる。
頭が痛そうに、日向は額に手を当てながら軽く首を横に振った。が、言ったからにはやらなければならない。転ばないように気をつけながら、伊勢の部屋の中に入っていく。
探すまでもなく、それは窓に張り付いていた。一寸くらいの、いかにもな警戒色。多分、スズメバチだろう。窓は下半分が開いており、恐らくはそこから入って、部屋を少し飛んだ後にそこで落ち着いた、といったところか。
さて、どうしたものかと日向は思案する。追い出すにしても、刺激しすぎてはいけない。それで刺されたら日向自身が困るし、その他周辺にも多大な迷惑をかける。
ふと床を見ると、多分この大騒ぎになる直前に飲み干したと思われる、オレンジジュースの空きパックが転がっていた。日向はおもむろにそれを拾い上げ、口を大きく開く。そして、刺激しないよう静かに、窓際にそれを置いた。
果たして、その匂いをかぎつけたのか、窓際で大人しくしていたスズメバチがその中へ、誘い込まれるように入っていく。日向は、スズメバチがパックの中に入り込んだのを確認して、中に入っているスズメバチもろとも、紙パックを突き飛ばした。紙パックは窓の外に落ちていく。
これで無事スズメバチを追い出すことが出来た。外に放り出された紙パックは、まあ誰か気の利いた奴が捨ててくれるだろう。そう思いながら日向は窓を閉め切り、再びスズメバチが入ってこられないようにする。
その後、施設整備部に寄り、スズメバチが居た旨を知らせ、それから自分の部屋へと戻ってきた。
帰ってくるなり見つけたのは、自分のベッドで寝ている伊勢である。口から涎を垂らしながら爆睡しており、ちょっとやそっとじゃ起きそうにもない。全く、と日向はまたため息をついた。
仕方ないので、そのまま伊勢を放置して、戦闘報告書に目を通す。が、その途中ふと思い出した事があった。さっきの、伊勢が全力疾走して自分の部屋に飛び込み、挙げ句自分に抱きついて泣きわめいていた事である。
使えるな、と日向は思い、戦闘報告書をめくる。いい動きが思いつかず、戦闘報告書の内容以上の結果が出なかったシミュレーションがあったのだ。
日向はしばらくその報告書を読みつつ、時折指を動かしながら、頭の中で戦闘をシミュレートしていく。二十分ほど考えて、机から顔を上げた日向は、会心の笑みを浮かべていた。こういったものは、どうしても自分の主観が入る以上、自分の都合のいいものとなりがちだが、それを差し引いても、日向自身が驚く程素早く、効率的に敵を撃破出来たのだ。もちろん、想定しうる不利な状況を加えた場合も考えてみたのだが、それでも圧倒的な速度である。今まで作ってきたシミュレーションの中でも、会心の出来と言って良かった。どうしてこんなものが思いつかなかったのだろうと、逆に頭をひねる程だった。
伊勢に感謝しなければならないだろう。今日の事がなければ、恐らく思いつかなかったのだから。今度気が向いたら、部屋の掃除をしてやろう。そう思いながら、日向は伊勢の寝顔を見る。とても気持ちよさそうに、大いびきをかいていた。
説明 | ||
タイトルが思いつかないのでざっとこれに。 内容自体は、三題噺で「虫」「扉」「最速の流れ」のお題の下、やっぱり三題噺に関する理解が怪しいまま書きつつ、日向さんとその他周りのキャラクターを掴む為に書いた感じで。 正直伊勢さんがちょっと精神的に幼すぎたかもしれないですね。 |
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