奇跡と輝石の代行者 四章
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四章 鏡像殺人鬼 〜 Chemical Angel

 

 

 

 休暇の最終日は、何もしないで寝て過ごすと決めていたんだが、予定とは崩れるためにあるのに違いない。でないと、俺がこうして再びロンドンの街へと繰り出していることの理由がわからない。

 ……まあ、それがたまらなく嫌なことかと言えば、決してそういうことはない。

「靖直さん。今日は一日、エスコートをお願いしますわ」

「もちろん。俺なんかでよければ、どうぞいくらでも使ってやってください!」

「うわぁ……」

 紅凪のジト目が痛いが、なんとか耐える。なぜならば、今日は彼女……アドリア・アニキエフ嬢のための外出だからだ。

 アドリアさんとは、かつて紅凪の話にも少しだけ出て来たが、かなり昔から兄貴の元で働いている宝石の一人で、アレキサンドライトの化身だ。太陽を浴びると青緑、人工照明を浴びると赤色に変化する、とても珍しい宝石が本体なだけあり、ゆるくウェーブのかかった髪は柔らかな緑色。瞳は片方ずつ違う色で、右目が青緑、左目が紅凪のものよりも紫がかった赤色をしていて、もう彼女達を説明する時にわざわざ言う必要はないだろうが、ものすごく美しい。

 中でもアドリアさんは、お世辞にも礼儀正しいとは言えない俺が、さん付けをしないといけない気分になってしまうほど大人っぽい姿をしていて、身長も俺にかなり近いほど高く、スタイルも抜群。更にコスプレっぽさを全く感じさせない、恐ろしいまでに豪奢なミニのドレスに身を包んでいる。もう、ここまで美しく、派手だと兄貴のメイドさんとはとても思えないが、このドレス姿はオフの日だからこそ見れるものだという話だ。

 今日はそんな彼女と映画に行くため、俺と紅凪は最後の休日にも関わらず、外に出ることを強要された。と言うのも、アドリアさんはそのお姫様のような見た目通り、長く人の社会で生きているとはとても思えないほど世間知らずで、一人では映画すらまともに見られない、それにも関わらずどうしても見たい映画があると悩んでいたところを、俺達にすがることを思い付いたそうだ。

 本当なら断るところだったんだが、一目彼女の姿を見てしまったら、もう断ることなんて出来るはずもない。相変わらず紅凪が俺の中で至高の女性であることは変わらないが、たまにはゴージャスな大人の女性とも会っておかないとな。

「靖直くん、言っておきますが、先輩にあまり迷惑をかけないでくださいよ。先輩はとっても優しいのでなんでも受け入れてしまいますが、わたしが見ていて不快なので」

「わ、わかってるって。俺が女の子に変なことをするとでも本気で思ってるのか?」

「そうですね。ヘタレですので」

「お前なぁ……」

 軽く頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。もしかすると、これがヤキモチなどと呼ばれるものなのかもしれない、と思うのは自意識過剰だろうか。

 いや、しかしながら今日の紅凪もやはり可愛らしい。白い半袖のブラウスに、薄手の黒いベスト。それと同じ色のネクタイを締めているという、中性的にまとまったファッションで、下はタイトというほどではないが、あまりふんわりとはしていない黒のスカートを着用と、秘書か教師風、とでも言えばわかりやすいだろうか。

 総じて大人っぽいと言えば大人っぽいが、本人が美人系ではなく、可愛い系の子なので、落ち着いた服装が逆にあどけなさを際立たせているような気がして素晴らしい。尚、ネクタイがあるので、初めて彼女のネクタイピンが本来の使われ方をしているのを見ることが出来た。黒の布地に銀のピン、そしてワンポイントの赤い宝石が実に映えている。

「あらあら、紅凪ちゃん。ずいぶんとやくざな話し方をしてしまって」

 少し残念そうな顔をしたアドリアさんが、優しく諭すように紅凪の頭に、ぽん、ぽん、と優しく触れる。よく見ると左手の中指には、青緑色に輝く指輪がしてあった。これが彼女の本体なのだろう。

「えっ。そ、そうですか?」

「元からそんなに上手く話せているとは思えませんでしたが、すっかり崩れてしまって……。靖直さんはそれを許されているのかもしれませんが、言葉遣いとは立ち居振る舞いを反映させるもの。マナーまで崩れてしまっていないか、心配ですわ」

「その点は……多分、大丈夫です。ナイフとフォークもきちんと使えますし、お辞儀もこのように……」

 ロクに裾を掴めないスカートで、やけに角度が決まったお辞儀をする。……あれ、俺は未だかつて、紅凪のあんなに慇懃な礼は見たことがない気がするぞ。

「わかりました。紅凪ちゃんは真面目ですし、姿もメイド然としたものなのですから、きちんと礼儀作法を守り、立派なメイドとして振る舞ってくださいね。……靖直さんも、おかしなところがありましたら、お手数ですがいつでも、いくつでも指摘されてください。それがメイドを育てることになりますので」

「は、はぁ。アドリアさんは、紅凪に礼儀作法を教えてたんですか?」

「はい。とっても素晴らしい生徒でしたが、どうも天性の毒が抜け切らないようで、相当影では悪口を言われてしまったようでしたが」

「えっ……?」

 思わず紅凪の方を見る。あ、いない。いや……なぜか秘密を暴露した本人の後ろに隠れている……?

「せ、先輩。それはどうか言わないでください……」

「あらあら。私、きっと生涯忘れることはありませんわ。どうやって口に戸を立てたものでしょう」

「おごりますから!スイーツでもなんでもおごりますから、どうか、これ以上噂を広めることだけは……!」

「それ相応の誠意を見せてくださるのであれば、検討しなければなりませんね。それが作法というものです」

 礼儀とは。作法とは、なんだっけ。

 俺にはどうも、アドリアさんの方が紅凪の十倍は腹黒……もとい、よく悪い方面にお知恵が回るような気がしてならないのだが。

「何事も日ごろの行いが大事なのですわ。清く正しく、淑女らしく、紳士らしく生活を送りましょう」

 先生のありがたーいお言葉と共に、俺達は限りなく重い足を進め始めた。アドリアさんは歩き方もすごくゆったり、お淑やかなので遅れることがないので良いが……。なんだろう、この鉛のマントを羽織らせられているかのような体の重さは。

 怖い……限りなく。このお姫様。いや、女王様が。

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「しかし、先輩がどうしても見に行きたいと思うなんて、どんな映画なんですか?少なくともわたしには、今やってる映画なんて、どれも同じような爆発炎上とアルカタもどきしかしないアクション映画と、ドロドロな恋愛模様とラブシーンだけで出来ている恋愛映画ぐらいしかないように見えるのですが」

 ……またこの娘は、誰もが思っているけど、普通は言わないようなことを。しかも紅凪、お前は前に、ばっちりと恋愛小説を買っていたじゃないか。小説と映画は高尚さが違うと言うのか?――一理あるな、それは。

「古いアニメの映画ですよ。もう百年も前に日本で作られた」

「ほう、そいつはもしかして……」

 思わず口を挟まずにはいられない。自分の国の話だし、何よりアニメといえば俺の領分だ。しかも、そんな昔に作られた名作アニメと言えば、心当たりがある。

「はい。『鉄巨人070』という映画ですわ。ディスクではもう見たことがあるのですが、なんと当時使われていたフィルムで見られるということで」

「へえ!それは本当に珍しい。まだそんな昔の映写機が残ってたんですね。昔使われていたものは全部壊れて、あんまりに旧式だから製法も残ってないと思ってた」

「ですよね!丁度今日までの特別上映という話ですし、やっとお休みがいただけたので、この機会を逃してはならないと思ったのですわ」

「わかりますよ、アドリアさん。俺も昔、アニメのディスクの限定版特典が付く時なんかは、珍しく早起きして買いに行ったもんですし、マニアとしてそういうのは絶対に見逃せないですよね!」

「うふふ。靖直さんのお噂はお聞きしておりましたが、本当に私とお話が合いそうで安心しましたわ。他の皆さんとは、中々趣味が合わなくて……」

「…………ヒキニート相手にやっと話が通じる趣味とは、どうなんでしょう」

 置いてけぼりを食らって紅凪は不服そうだが、彼女の趣味も大概なので、まあお互い様だ。それより、三次元のオタク女子でここまで美しい人がいたなんてな……。てっきり、ゴスロリファッションを大真面目にしている残念系美少女なんて、二次元にしか生きていない存在だと思っていた。

 ああ、くそっ、兄貴のメイドさん達を知れば知るほど、美人がより取り見取り過ぎて、あの男が真剣にうらやまけしからんと思えて来るぞ。

「ともかく、それなら急がないとですね。劇場の場所はわかるんで、すぐに行きましょう」

「はい!年甲斐もなく、すごくドキドキして来てしまいましたわ。まさか、靖直さんのように素敵な殿方と、アニメのお話で盛り上がることが出来、更には貴重な映画を堪能することが出来るなんて!」

 芝居がかった口調で言うアドリアさんは、まるで舞台役者。それも文句なしのヒロインを演じる大女優のようで、俺みたいな男は限りなく不釣合いに思えるが、彼女自らがパートナーとして指名してくれるなら光栄の極みだ。紅凪には申し訳ないが、今だけはこの女性をヒロインにさせてもらおう。

 ……後からきちんとフォローするから、頼むから、視線だけで小動物の心臓を止めそうなほどの殺気を放たないでくれ、紅凪。自分も小動物系の容姿なのに、今だけは悪鬼羅刹のようにしか見えないからっ。

「靖直くん」

「は、はい」

「先輩の怖さは、さっきもう知りましたよね」

 当然ながら小声。

「わ、わかってるけどさ。機嫌よくしてもらってたら大丈夫だろ?トラウマが蘇るのはわかるけど、ここはお前も笑顔でさ」

「……先輩が本当に怖いのは、脈絡なくキレることなんです。きっと、ヘイト値のような隠しパラメーターが設定されていて、それがある一定値を超えると殺されるんですよ……。社会的に」

「は、はぁ。大丈夫と思うけどなぁ」

 日本の古典とされる書物に、徒然草というものがある。これは大昔のブディストの記した書物な訳だが、その一節に、何事にも先達というものは大事、という言葉があることを、奇跡的に俺は知っていた。

 にも関わらず、俺はそんなありがたいお言葉を無視し、先達――この場合は紅凪を無視し、どんどんアドリア嬢に。この恐怖の淑女への接近を潔しとした。してしまった。

 だからこそ、悲劇が始まる。俺の休暇最終日が、最悪の一日となるような悲喜劇が。

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「いやー、面白かったですね!」

「うふふ、今も胸が高鳴りっぱなしですわ。こんなに興奮してしまったのは本当に久し振りです」

「やっぱり、アニメの基本と言えばロボットアニメですよ。で、安易なCG表現じゃなく、荒削りだけど味のあるコンテの演出。結局、アニメは現実を描くものじゃないんで、デフォルメすべきところは、どんどんリアルから遠ざけていくべきと思うんですよね。それがアニメの武器じゃないのかと、俺は思います」

「確かに、おっしゃる通りですわ。現実離れした世界は、現実離れした演出でのみ、完成し得るものなのだと私は感じます。最近はある意味での原点回帰をしたのか、様々な実験的、アナクロ的なアニメが増えて来ていて、すごく満足が出来ているのですが、かつては日本アニメが他国のアニメに押されているような時代もありましたね」

「あー、確かにそんなことも。逆に日本がアメコミなんかを真似たりもして、そういう混沌とした感じが、俺は好きですけどね。えっと、三十年かそれくらい前だったかな。萌え系がほとんど排されたのは、健全な男としてちょっと残念でしたけど」

「うふふっ、そうですね。私も、可愛らしいアニメの女の子は大好きなので、同じ感想ですわ」

「アドリアさんは、そこらのアニメキャラよりも奇麗じゃないですか」

「またまた。お世辞でもそのようなことを言われてしまうと、恥ずかしくてきちんとお話出来ませんわ」

 時刻は十二時を少し過ぎ、映画の上映も終わった。

 劇場の前で映画のネタバレをされる、というのはよくあることだが、俺とアドリアさんはそんなマナーの悪いことはしないで、逆にアニメの歴史についての話に花を咲かせていた。更に、意外だったのはこの手の話に全くついて行けないと思われていた紅凪で、思った以上に熱中してしまい、劇場から出る頃にはすっかり日本のロボットアニメファンとして出来上がり、他の上映作品がないのか、と身を乗り出して聞いてくるほどだった。

「良嗣さまがその手の趣味をお持ちではなかったので、全くの盲点でした……。これは、確かに人をヒキニートのクズにするかもしれませんね」

「おい」

「紅凪ちゃんにも理解してもらえたようで、私も嬉しいですわ。私を訪ねてくだされば、いつでも、いくつでも、アニメのディスクをお貸ししますね」

「はい。よろしくお願いします」

 あの紅凪が、ここまでノリ気。食わず嫌い……と言うか、人間の文化にまだまだ精通していなかったので、俺を狂わせたアニメのことを悪いものだと思い込んでいたんだろうが、ここまではまってしまうとは。

 こんなにも身近に美少女の同志が二人もいることは嬉しいが、ちょっと将来が心配になってしまうぞ。主人として。

「ふぅ、あんまりに楽しんでしまったら、お腹が空いて来てしまいました。そろそろお食事を摂りたいのですが、靖直さん?」

 思えば、この時点で彼女の「王政」は敷かれていたのかもしれない。

「そうですね。アドリアさんの好きなお店で良いですよ」

「あっ……」

 そして、これが第一の地雷。俺は勢いよくそれを踏み抜いてしまったので、紅凪の絶望と悲哀に満ちた声は聞こえず、代わりに目を輝かせるアドリアさんを見て、「お、こんな可愛らしい表情もするんだ」などと感想を漏らしていた。呑気なもんだよ。全く。

「まあ、嬉しいですわ。とはいえ、あまりお店を知りませんので、色々と見て回らせていただいても?」

「もちろん。そうしている内に、人もはけて来るでしょう」

 俺の関心ごとと言えば、並ばずに飯が食えるかということと、一応、アドリアさんを怒らせないように、ということばかりで、ある意味では俗世の様々なことを忘れてしまっていた。

 給料をもらうようになり、自由に使うことの出来た金が増えた反面、それを上手く配分して生きていくことを考えると、無駄遣いばかりはしていられないということとか。後は、紅凪が一般的な人間の女の子と比べてもずっと小食で、俺の払う食費は実質的に1.5人分程度で済んでいたこととか。

 ともかく、金とか、衣食住に関わる素朴な問題だ。そんなものは、非日常を生きる俺にはどうでも良い概念なのだと、都合よく解釈していたんだな。これが。

「ふむふむ……このお店でよろしいですか?」

 紅凪にはその声が、デーモンの声と同じ響きを持って届いたのだろう。そして、まもなく俺も恐ろしい魔界のデーモンの降臨を知ることとなる。とりあえずこの時点の俺は、軽い驚きしか抱かなかった。

「あー、い、良いですね」

 レストランだった。頭にファミリーは付かない、マジもんのレストランだった。

 しかも、創作フレンチという不吉な言葉まで踊っている。フランス料理。確かにそれは美味い。だが、決して安くはないというイメージがあるのは、俺が粗食ばかり食って来たからではないからと信じたい。

 ……生唾を呑む。本当ならアドリアさんの美しさに呑みたかったんだが、ここで初めて俺は自分の財布の厚みを確かめる。まだ、厚みはある。これだけあれば、生き残れるだろう。――なに、どうせ仕事でかかる金は経費で落ちるんだ。なんなら、ここであり金を全部むしり取られても――よくはない。

「あ、紅凪。どうしよう」

「とにかく、わたし達だけでも安い料理を注文しましょう。なんなら、特別にわたしは靖直さまの汚らわしい食べ残しで我慢してあげても良いです」

「な、なんだその特殊過ぎるプレイは。と言うか、そこまで高い店なのか……?」

「さて……。それはわかりませんが、先輩はわたしなんかとは比べものにならないほど、よく食べますよ。あのスタイルと身長は伊達ではないという訳です。食べても栄養にはなりませんが」

「じゃあ、なんで宝石に小食とか大食いとかあるんだよっ」

 もう、嫌な予感しかしない。楽観してはいられない状況がここに完成してしまったことを、肌で感じる。だが、ここで「やっぱりこの店はやめて、安くて量食える店にしましょう!」なんて言えるはずもない。もしそうなったら、俺と紅凪は二人して社会のズンドコに――などと考えている内に、既にアドリアさんは店内に足を踏み入れている。まるで、微笑みながら俺の足を踏むかのように。

「ままよ!」

 最後は希望も思考も捨てて、この店の味がアドリアさんの口に合わないという、天文的な確率でのみ起こるケースに賭けた。

 もちろん、俺にそんな強運はあるはずもなく、仮にあったとしても今までの人生で使い果たしている訳で、裁きにも似た時が始まった。懺悔どころか洗礼すら済んでいないが、受け入れるしかない。最期の審判を。

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「なぁ、紅凪」

「はい。靖直さま」

 今日、紅凪が俺を呼ぶ時には、必ずさまという敬称が付けられている。

「俺は、間違ったのかな……」

「ある意味では。ですが、救われた人はいたと思います。……わたしとか」

「そうか。なら、良かったのかもな…………」

 こんな俺でも、誰かを助けることが出来たのならば。

「ご馳走様でした。たまの外食はとても美味しく感じられますね。いつもは青羽さんの作る料理ばかりなので」

「へ、へぇ、そうなんですか。アドリアさんは自分じゃ作らないんですか?」

「残念ながら、料理の類は全く出来ないのですわ。メイドとしてお恥ずかしい限りですが、どうしても調理の手順が覚えられなくて」

「あー、俺もそうですよ。レシピを見ながらでも、どうしても失敗するんですよね。要領が悪いって言うか」

「……や、靖直さま」

「ん?」

 第二の地雷だった。俺は、俺自身の失敗談を面白おかしく語ったつもりだった。そうだったんだ……。

「そうですかー。やはり、私が料理を失敗してしまうのは、要領が悪いからなのですね。なるほどなるほど」

「あっ、ちょっ、いや、あくまで俺の話であって、ですね」

「靖直さんが私のことをどう評価されているのか、よくわかりましたわ。さすが良嗣様の弟君だけあられます」

 あ、あれ?もしかして、これは許される流れ、か……?

「ですが、正論というものは往々にして人の神経を逆撫でするものであり、そうであるからには、包み隠すことが望ましいと、私は感じております。良嗣様はその点をよく理解されており、失言は一つもありませんでした」

「はい……」

「こう自称してしまうのは、本当に恥ずべきことだと思います。ですが、靖直さんにはお伝えしておくべきことだと思いますので、どうかお許しください。――わたしは自身が寛容であることを自覚していますが、自尊心の高さもまた人一倍です。どうか、私の心を大きく乱されないよう、お気を付けくださいますか?」

 要約。私のことを今度ディスったらボッコな。オーケー?

「わ、わかりましたっ」

「うふふ。では、行きましょうか。次は、新しいアニメのディスクが欲しいですわ」

 拒否権はない。どこまでも優しげな笑顔がそう言っているような気がして、人工の電灯の下で赤色に輝く指輪は、血を流しているかのように見えた。

 そうして、悲劇が始まる。俺の財布のライフはまもなく尽きかけようとしているのに、アドリアさん……アドリア陛下はお構いなしに欲しがる物を買ってくれとおっしゃる。そこで俺は、収入を得る身分になったと同時に手に入れたキャッシュカードを用い、その支払いを未来の自分に肩代わりさせることを決断した。

 いや、そもそもこうしなければ、アドリア様のご注文にお答え出来ないのだが、割と高額の買い物をカードでするのは中々に勇気がいるもので、本当に未来の俺はこんな金額を捻出することが出来るのか、と少し心配になってしまう。……まあ、最悪の場合は兄貴に請求すれば良いか。

「アドリアさん。そろそろ……」

 いつしか日も暮れ、俺も紅凪も荷物で両手が塞がるようになっていた。俺の現在と未来の財布の中身が、この重みに変換されたかと思うと、なんと言うべきか……とりあえず、世の無常は感じる。一つの物は、決して永遠にその姿を保つことはないのだと。

「そうですね。今日はお二人に付き合わせてしまって、貴重なお休みの最後の日を浪費させてしまったことを、心からお詫び申し上げますわ」

 主に金銭面での俺の奉仕は、当然のこととして処理されているのだろう。この方の脳内では。

「いいえ。すごく久し振りに先輩とお話出来て、わたしもすごく楽しかったです。素敵な映画も見ることが出来ましたし」

「そうだな。……アドリアさんは、これからもしばらく休みなんですか?もしも一人で出かけるんでしたら、色々と気を付けて」

「はい。まずは道に迷わないようにしないといけませんね」

 それに、変な人間にも気を付けてほしい。精神的にはどこまででも人を追い詰められそうな人だが、紅凪やレオノラとは違い、戦いは苦手そうな印象を受ける人だった。そういう点では見た目通りなのだろう。ただ、それに騙されてしまうと痛い目……いや、酷い目に遭わされてしまうんだが。

「じゃあ、俺と紅凪は最後にちょっと寄るところがあるんで、もうこの辺りで良いですか?もし見送りが必要でしたら、喜んでエスコートさせてもらいますが」

「いいえ。お二人の時間を邪魔してしまう訳にはいかないので。……いくら私でも、これぐらいの距離なら迷うようなこともありませんわ。もう、目と鼻の先の距離ですもの」

 上品に笑いながら、正にアレクサンドライトの宝石のような二面性を持つ貴婦人は、最後までゆったりと歩いて俺達と別れた。そして、俺は紅凪の手を引いてすっかり人気のなくなった広場へと向かう。この場所は、昼間から目を付けていた。二人きりで話すなら、ここが最適だ。……本当なら俺の部屋が良かったんだが、どうも女の子を自分の部屋に招くのは、今の俺にはまだ早い気がする。だから、人のいない屋外がベストだ。

「ちょっ、ちょっと、靖直くんっ。どうしたんですか?急に」

「いや……。まずは、急にこんなところに連れて来てごめんな。けど、どうしても二人になりたくて」

「は、はぁ。先輩に振り回されてバイタリティを消費してなかったら、軽く手が出ていたことでしょうが、続けてください」

 太陽は西の空で最後の輝きを見せていて、東の空には青黒い夜の雲が迫って来ていた。空が二つの色に塗り分けられていて、きっとこれが、この自然に乏しい街で唯一の「見れる景色」だと思う。尤も、そんな絶景もまもなく崩れようとしているのだが。

「紅凪。俺はさ、お前が言うようにどうしようもないヒキニートだけど、この休み中、ずっとこの仕事のことを考えてた」

「初日の、レオノラ先輩に見せられた光景、そして、あの男の子のことですね」

「ああ……どうも、兄貴やそのメイド達は、一大決心をして社会復帰しようとしている奴のことを、とことんまで試すつもりらしいからな。悩んで悩んで悩み抜くことが強要されているなら、じゃあ俺はその予想を超えるぐらい悩んでやろう、って思ったんだ」

「その結果は、どうでしたか」

 彼女の口調は冷たささえ感じるものだったが、いつもの俺を罵倒する調子ではなく、俺に喋らせようという意図が見え隠れしている気がした。

「答えなんて出なかった、なんて言ったら、紅凪は笑うかもしれないな」

「まさか。わたしも同じですよ。……レオノラ先輩はたくさんの命を壊して来ていて、だけどアドリア先輩は限りなく人間に接近しようとしている。青羽先輩は完全に良嗣さまの恋人か何かみたいですし、まだ靖直さまの会ったことのない先輩達も、皆やってることも信じてることもバラバラで、わたしからすれば、本当にクレイジーなんですよ」

「どうして?」

「皆やっていることは違うのに、その考えは同じなんです。――つまり、例外なく迷いがない。自分の居場所を、自分の立場を心から愛し、信じていて、迷いなんてものは欠片も見せないんです。わたしは、こんなにも。こんなにも悩み、迷い続けているのに」

 紅凪は今にも泣き出しそうな姿をしていた。顔は伏せられていてよく見えなかったが、全身が嗚咽を漏らしている。そんな気がした。

 いつしか話す立場から聞く立場になっていた俺は、そんな彼女の手を取り、デザインは立派なベンチに腰を下ろさせた。怒られるかもしれないと思ったが、そんな余裕があれば彼女がこんなにも自分の弱い面を見せるはずもないか。

「正直に言うと、ですね。わたしはどの先輩に会う時も、胸がきゅっと締まる思いがするんです。誰もが鏡のように美しく輝いていて、わたしの矮小な姿を映してしまうんですよ。……そしたら、どうしようもなく後ろめたい気持ちになって、早く一人になりたくなってしまうんです」

「紅凪」

「……ごめんなさい。靖直さまから話しかけてくれたのに、こんな湿っぽい話を勝手に始めてしまって。嫌な女ですよね、わたしって。素直に話そうと思えば思うほど皮肉が出て、落ち着いて話を聞こうと思うほどに哀れなジュリエットを気取りたがるんです。……さすがの靖直さまでも、そろそろ嫌になってますよね。こんな見た目ぐらいしか取り得のない女のことなんて」

「紅凪――!怒るぞ」

 口をついて出た言葉と同時に、腕を伸ばす。紅凪は殴られるのかと思って目を瞑ったが、俺が彼女に暴力を振るう理由なんてない。反対に俺は彼女の体を抱き寄せた。驚くほど華奢で軽い体を抱き上げ、その体温を感じる。初めての戦いの時に感じたのと同じ、心地良い熱だった。

「紅凪は、立派な人だよ。俺は間違いなく女の子として紅凪が好きだけど、それと同じ……いや、それ以上に人として尊敬して、憧れているんだ」

「そんな、嘘ですよ……。機嫌を取るためのおべっかに決まってます」

「嘘じゃない。紅凪の一挙動、一挙動が、どれだけ俺の心を救ってくれたのか。俺自身しかわからないだろうけど、多分、俺が今まで生きて来れているのは紅凪のお陰なんだ」

「出会って、まだ二週間じゃないですか」

「付き合いの長さじゃない。それに、俺が君と一緒にいた時間が、どれだけ長いと思ってるんだ?多分、今の時点でもう兄貴と一緒にいた時間は超えてるぜ。基本、俺はあの男が好きじゃないからな」

 紅凪は笑わなかったが、涙も落ちることはなかった。

「紅凪。俺みたいなクズだけどさ、確かに君のことが大好きで、憧れていて、尊敬して、いつだって見ている相手がいるんだ。そんなに卑屈になって、心配させないでくれよ。それで、また笑顔を見せてくれよ。俺は、紅凪の笑顔が見たくて、迷いながらでも決めたんだ。紅凪と一緒に、仕事を続けていくって」

 太陽は沈んで、代わりに街灯が点き始めた。

 俺の言えるだけの言葉は既に尽きていて、紅凪はまだ何も返してはくれない。ただ、その体を震わせている。

 もう、ここで俺と彼女の関係が壊れてしまっても良い。このまま彼女に告げるべきことを告げてしまおうかとすら思ったが、小心者の俺の決断よりも早く、広場を包んだ湿った静けさは破られた。

「――はぁ。完全にそれ、ストーカーの発言ですよ。気持ち悪い」

 そのストーカーの胸に抱かれた少女が吐き捨てた。

「わかりました。笑ってあげますから、ねちねち、ネチネチ、わたしに付きまとわないでください。後、前も言いましたが湿っぽい顔をしている靖直さまは、とても言葉では言い切れないぐらい不快です。せめてまともな顔をしておいてください」

「は、そうかよ。でも、紅凪もさっきは大概な顔だったぞ」

「なっ……!わ、忘れてくださいっ。いえ、自分の意思で忘れることが出来ないのであれば、殴って忘れさせます」

「こんな体勢でか?」

「へ、へ?うっ、あっ……」

 今になって、自分のおかれた状況に気付いたようだ。一瞬にして耳まで赤く茹で上がって、紅凪が飛び退こうとする……が、意地悪にも俺はその体をより強く抱いてやった。

「殺します!殺しますからっ。本当に!」

「いや、それはさすがに困るからちゃんと解放するよ。ちょっとした冗談だって」

「冗談でも殺します」

「ごめんごめん。でも、笑顔を取り戻した報酬ぐらいはもらって良いだろ?」

「自己満足のための行いだったのですから、ペイされるべきものなんてありません。ついでに言うと死んでください」

 その体を離してやっても、まだ紅凪は紅潮した頬のまま怒っている。その姿を見て、改めて素敵だと思った。

「さて、なんかもう、事故みたいに俺が言いたいことは言っちゃったな」

「これからも、お仕事を続けるんですね」

「わからないなら、わからないまま続けてやろう、ってな。いつかわかる時が来たら良いんだ。俺は兄貴みたいに物分りがよくないから、爺さんになってから初めてわかるのかもしれないけど、それでも、な」

「……正直、靖直さまから顔が多少良いことを取ってしまうと取り得がないので、わたしはそんな時分まで一緒かはわかりませんけどね」

「そうなったら、もっと可愛くて、今度は毒舌もないパートナーを選ぶまでだ」

「老け専ってだけで既に貴重なんですから、形振り構わずそういう人のお世話になるべきだと思いますよ」

 いつもの辛らつなお言葉の数々を聞きながら、夜風を浴びる。良い夜だ。

 こんなに素晴らしい休日最後の夜が、眠りに就くまで続けばいい。そう思った瞬間、これはどうも俺が得意としているフラグの建築の一環だと思った時には、もう遅かった。こんなことを考えてしまったからには、平和な夜なんて続くはずもない。

 慌てて後ろを振り返ったが、謎の襲撃者の影はなく、俺自身の体調におかしい点も見当たらない。腹を壊すほど昼食を食えなかったので、当たり前か……。

「紅凪」

「はい?」

「今日はなんか、真剣に良い夜っぽいな」

「新手の口説き文句ですか?酷くお寒いので、夏には丁度良いかもですが」

「いや、気にするな。そろそろ戻ろう」

「そうですね。薄手の服を着て来てしまったので、夜になると少々冷えます。だからと言って風邪をひいたりしないのが、この体の利点ですけどね」

 体が冷える、とはなんとなく炎を操るルビーの彼女が言うのはおかしいことな気がして、笑いがこぼれた。

 こうして、俺の平和な夜は確かに眠るまで続いた。これは喜ばしいことだと思う。

 あくまで、この世界の中心が自分であると考えた場合に限っては。

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 太陽が落ちたとしても、この街は眠らない。

 黒の雲が空に満ちても、光がそれを打ち払って、視界を確保してしまう。

 これでは“仕事”がやりづらい。今の世の中とは、総じてそういうものだ。

 決して暗くはない闇の中に、一人の天使が降り立った。白の翼の代わりに銀の羽を持ち、天界の雲をばらし、糸にしたような髪を持つ。思考の芸術品であり、最凶の殺人装置のお出ましである。

「オレリー。覚えたか」

 色素のない機械天使の傍らに立った男がささやく、その姿形はかつての紳士。現在の奇術師のそれと同じで、事実として彼は殺人紳士だった。

「はい、マスター。三体とも全て」

「よろしい。見せてみろ」

 天使は表情一つ変えないが、その声音には感情の片鱗が見られる。彼女は間違いなく、自らの造物主を崇拝していた。

 主人の指示を受けた女は、全身からわずかな光を漏らす。何の色味も感じられない、透明な光だ。それと同時にそのシルエットが歪み、体が石の投じられた水面のように波打つ。それから数秒も立たない内に、機械天使の体は大きな変容を遂げていた。

 変身は三度行われ、最初は金色の長髪を持つ幼い少女。これはオパールか。次は赤い髪の少女。ルビーだろう。最後に、薄い緑の髪の妙齢の女性。質の悪いエメラルドの類だろうか。その身を包む衣装は豪奢だが、自分の美しさに自信がない者こそ、醜く飾り立てるものだとマスターは知っている。ゆえに、この宝石は取るに足らないものと判断した。

「スペックの確認は済んだか?」

「はい、マスター。この姿が身体能力、武器能力ともに最高かと」

 四度目の化身。背が大きく縮み、金髪の幼少女に戻った。

「そうか。……しかし、この街に住む宝石商と、その男が所有する宝石のことは聞いていたが、今日一日だけでこんなにも出会えるとはな。――オレリー、すぐにその女と入れ替わるために動き始めろ。それから主人を殺し、混乱に乗じて他の宝石も残らず奪い、壊せ。そうすることで、お前はより高次の完璧さを得ることになる」

「マスターの望んでくださる?」

「ああ、そうだ。私は完璧なもののみを愛する。それは間違いなくお前だが、お前は無限に高みを目指すことが出来る存在だ。だから、より高い完璧な存在になれ」

「わかりました。マスター」

 殺人紳士と殺人天使は声もなく微笑み合い、いずこかへと姿を隠した。

 星の見えない空には、ただ一つ満月に限りなく近い月だけが輝いていて、その形は人の頭蓋にもよく似ている。

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「靖直さま。次のお仕事は?」

 朝、いつものように店を出ると、やはり紅凪が控えている。まるで忠犬だ、なんて言ったら手を噛まれるどころか、腕ごと持って行かれそうな気がしてならないのでやめておく。

「ああ。またしばらく電車で移動するみたいだ。このままじゃ俺、鉄道オタになりそうだよ」

「古の概念を再び持ち出しますか」

「いや、そこまで減ってないだろ、鉄ちゃん。そりゃ、電車が完全自動運転になって、ホームもオートメーション化が進んで久しいけども、それだけでロマンを失うようじゃ、そいつは真のオタクじゃないと思うな」

「……そのお話を聞いている限りでは、既に立派な鉄ちゃんさまになっている気がするのですが」

「いや、アニオタからの一言だ」

 自信満々に言ってやると、いつも通りの苦笑が返って来る。そう、いつもと同じだ。あんなに感情を爆発させ、コンプレックスも、不安も、全てを打ち明けた紅凪だが、今の彼女はむしろ明るく楽しそうにしている。

 結局、俺は彼女の悩みを解決するような言葉は言えなかった。ただ、俺は迷いながらでも歩いていくから、彼女にもいて欲しいと。そう思っただけだった。それだけのことが、どれだけ彼女の心を軽くしてやることが出来たのかは、俺にはわからない。でも、彼女が今日の日も笑顔を見せてくれるのなら、少なくとも俺の心は救われていた。願わくは、俺の心と同じように、彼女も救われてくれているように。

 近頃は晴れ続きだったが、今日は曇天。それも、雨の降り出しそうな嫌な雲が出ていた。折り畳み傘は用意したが、こいつがどこまで役立ってくれるかは微妙だろう。ただ、紅凪は大きな傘を一本用意してくれている。いざとなれば相合傘も――あって欲しいなぁ、そういうチャンスが。

「よっす、紅凪、ナオくん」

「お、レオノラ。おはよう」

「おはようございます。先輩」

 後ろから声がかけられ、紅凪は軽く背中を叩かれたようなので誰かと思えば、この休みの初日に初めて会った、あのメイドだった。今日は勤務日なので、当然ながらメイド服――ではなく、初対面の日と大して変わらない私服姿だった。

「レオノラは、メイド服着ないのか?」

「うーん。一人での仕事ばっかだからねー。一応、メイドではあるけれど、仕える相手と一緒じゃないんだから、一人メイド服なのもおかしいでしょ?それに、似合わないんだよ。あたしには」

「あー……それもそうだな」

 活発で幼いレオノラが、紅凪や青羽さんと同じシックなロングのエプロンドレスを着るのは……確かに違和感がある。すごく奇麗な金髪だし、すました顔をしていればそれっぽいんだが、彼女がいつまでもメイドらしく振る舞うとは思えないし。

「そんな訳で、あたしもこれから仕事だから、じゃ!」

「ん、近場なのか?俺達はこれから、電車で行くんだけど」

「うん。今日のはこの街の中で終わること。ちょーっと、面白い子が来ちゃってね」

 面白い子?もしかすると、仕事で遠くに行っていたメイド仲間が帰国したのだろうか。少し気になるが、よほど急ぎの用事らしいので引き留めることはなく、金髪を振り乱して走る姿を見送る。

 確かに、あんな騒がしい走り方をする娘がメイド服はちょっとな……。

「わたし達も行きましょうか」

「そうしよう。もしかすると、時間がかかる話かもしれないからな」

「また変な事件ですか?」

「それがな……。失踪事件なんだ」

「警察と探偵に頼んでもらいましょうよ、そういう話は」

「いや、宝石が消えてるんだよ。次々と」

「ふむ……擬人化した表現を用いるということは、自我のある宝石が?」

「そうらしい。初めて知ったんだが、兄貴みたいな奴は世界中他にもいて、一定人数の宝石は固まって生きてるものなんだな。で、北の方のそういうコミュニティーが、半ば崩壊したらしい」

「まさか、国外ですか?」

「いやいや。電車一本で行ける範囲だって。北欧まで行かされるのなら、さすがにちょっと悩むし」

「いずれにせよ、実体の見えづらい厄介なお仕事ですね」

 全くだ。ストレートに言おうとはしなかったのだが、紅凪はがんがん本音をぶつけてくれるので、俺も自然と本心が引き出されてしまう。こういう点でも、俺と彼女は相性が良いのかもしれない。

 そんな風にノロけていたからなのだろう。大きな世界では、大変な動きが起ころうとしていたのだが、俺も紅凪も、全くそれに気付くことは出来なかった。ほんの少しだけ世界に綻びが生まれていたことを知ったのは、一週間後、大した成果も挙げられずにロンドンに帰って来てからだった。

説明
当然と言えば当然ですが、ひと月ほどかけて書いている以上、各キャラクターには相当な感情移入をしているのですが、毎回「これ!」というお気に入りキャラクターが出来ています
今回で言えば、紅凪はもちろん大好きですが、一番ツボなキャラはアドリアです。そのためか、必要以上に暴れさせてしまったような……
アレクサンドライトという時点で、もう設定が色々とずるい訳ですし、個人的にオッドアイ、そして二面性のあるキャラというのが好きですので……
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奇跡と輝石の代行者

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