信仰と救世主。−序章 |
桜田門高校の入学式に集まる者たちは、男も女も舞台の上に立っている一人の少女しか見ていなかった。みな、全員が食い入るようにじっと見つめ、誰一人として彼女以外に視線を向けている者はいない。男たちは鼻の穴を広げ、雑誌のグラビアを見つめるよりも熱っぽい、しかし何よりも清いものを見る視線を向ける。女たちはあまりの可愛さに目を潤ませ、もはや嫉妬することさえ忘れて瞬きもしない。そして彼女が話す声を聞き入る。
「今、私たちは桜田門高校の新一年生となりました。このことに…」
彼女の美声は薄く淡くきれいに響き渡り、体育館を幸福に満たす。彼女の声以外は何も聞こえない。話そうとする者さえいない。
すべては彼女を見つめる。
「今まで支えてきてくれたすべての人に感謝をして…」
体育教師であり、このあと新生徒の風紀について怒声と罵声で注意するという名の権力の見せつけをするつもりだった、小浜健治(通称、桜田門の仁王)は口をあんぐりとあけ、頬を染めたまま彼女のことを見つめる。この後言うつもりだったかっこつけの言葉は、すでに頭に残っていない。
恋する乙女、山辺絵里(成績は百五十一人中七十七位。つまりは中の中。唯一、家庭科は五。)は一瞬自分の好きな人を忘れかける。その好きな人も平凡なのだがそれはまた後の話で、今はやはり皆と同じように、舞台上の女子生徒一人を見つめる。
「これから級友たちと共に歩んでいく学校生活を…」
ずっと目をハートにしていた、西尾昌吾(中学でのあだ名はエロ仙人)は今まで見てきたお気に入りのAV女優やエロゲーのヒロインのことをすべて忘れ、(これからは彼女のために生きて死ぬ)と涙を流しながら心の神に誓った。この誓いは破られることはないだろう。
今まではケータイをいじくり回していた顔黒ギャル、ルーズソックスの熊谷真美は、ケータイをその完璧にネイルアートされた手から取り落とし、(やべえ。マジ、パネぇ。)とか心の中で叫びまくっていた。もちろんその言葉は声にならず、パクパクと金魚のように口を動かすだけだ。
「一生懸命、勉学にはげみ、また部活動や委員会の活動にも力を入れ、先輩方と一緒に有意義な…」
天野白磁、今壇上にいる彼女の兄は(これから何があっても俺は妹を守る。)と入学式には来なくもいいのに、後ろの窓から熱心にのぞいている。誰がどう見たって変質者だが、今彼のことを気にできる人はいない。
壇上に一緒にいる生徒会長、桜田栄司(黙っていれば超イケメン)は眼鏡を左手の人差指でおさえ、彼女には私の秘書をしてもらおう。ふふふ。会長と秘書。なんて背徳的な響き。萌える。いや待てよ、メイドの方が…と熟考している。彼は周りから変態と思われがちだが、やはり変態だ。
「これで私たち新一年生の決意と抱負を終わります。」
ただひとり体育館中の皆とは違う反応を示している者がいた。彼はいつもは掛けていない眼鏡をポケットから取り出し、もう一度彼女を見直すとうれしさに顔をほころばせた。(やっぱり、みーちゃんか。)納得したようにうんうんと頷く。彼の名前は鈴木蛍。彼女が幼稚園の時に家が隣で、小学三年生までずっと仲良く一緒に遊んできた幼馴染だ。彼は安心したのか、横の窓から外を見る。四月三日。快晴。雲一つ見当たらない、澄んだ空。風がそよぎ、満開を少し過ぎた桜の花びらを、ゆっくりと空に散らす。(おー、いい天気だ。)
「桜田門高校、新一年生。総代。天野美歩」
舞台の上からすらりと降り立ち、一番前の何の変哲もないパイプ椅子に腰を掛ける。
瞬間、
歓声とも怒声とも区別がつかない、体育館を心から震わせる声が鳴り響いた。あるものは涙を流し、あるものは叫びすぎて失神する。みな一様に、教師も生徒も、彼女とこれからともに過ごせることを歓喜する。その声は途切れることはなかった。
説明 | ||
今まで読みやすくをモットーとしてきたのに、読みにくいことこの上ないです。 まだ構想の段階ですがよろしくお願いします。ここから一人一人書いていくつもりです。 |
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