Aくんが壊れるまで 1話忘れられないカレーの味 |
これは知人から聞いたあるバカ男の話である。
口から口へと遍歴を繰り返した情報がいかにいい加減かを賢明な読者諸君はご存知であろう。
言わずもがなではあろうが、それを頭の隅において欲しい。
これだけ慇懃な言い回しが鎮座しているのだから、聡明な読者様はこの文字の羅列がいかにいい加減かを十全に悟ってくれるだろう。
適切な塩梅ではなく、ピラミッドをひっくり返して立てたくらいに偏っているのである。
兎に角いい加減さが皆様に伝わったのなら作者の本パラグラフにおいての目的は達成されたことになる。
では、本題にいこう。
バカな男とイチイチタイプするのも億劫であるから、件の男を仮にAとしよう。
Aはバカな男である。加えて、居場所が常にない男である。
バカ故に居場所がないのだろうか?
居場所がないためにバカと罵られるのだろうか?
Aはその生を受けた瞬間から、異邦人であった。
家庭において絶えず異質な存在として白い目で見られ続けた。
母は、凡ゆる災難を彼と結びつけ、お前のせいだと口を開けるたびに責め続けた。
父は、彼と目が合うたびにじっとしてろ、静かにしろと彼を家畜として扱った。
祖父は、金の魔力と力を彼に教え込み、知性への背信を誓わせた。
祖母は、いかに彼が醜いか、オカシイかを彼に聞かせた。
こんな環境が彼の最初の世界だった。
近隣の住人が10キロはいない山奥に彼の家は位置していたため、五歳まで同年代の人間と接する機会がなかった。
周りには田畑と昆虫しか存在しなかった。
外を知らない彼は自身の肉親がするように徹底的に自分を責めつづけた。
彼の真の悲劇は彼が五歳の誕生日を迎えた時に牙を剥き始める。
突然だが、聡明な読者諸君は彼がいかに自身を保っていたか見当が付くだろうか?
彼は、肉親がしばし呟く「コドモ」という異常な状態にあるために自分が無能だと考えていた。
何かしらの方法でもって、この「コドモ」という状態から脱出できれば自分は誰からも責められないという希望を持っていた。
自分が「コドモ」だからダメなのであって、Aという自我に問題があるわけではないという考えが彼の唯一の支えだったのである。
その唯一の支えは入園という同年代の他者に遭遇することで一瞬にして瓦解した。
周囲はみな「コドモ」という異常な状態のはずが、彼の眼は、自分とは違って素晴らしい性質を持った人間を見つけてしまったからだ。
自分と同じくらいにダメな「コドモ」を見つけたからだ。
Aは自身の哲学が葬り去られた瞬間、その刹那に初めて自分のために涙を流した。
声にならない声を上げて、地面に崩れ落ちた。
夢なら覚めてくれと彼は地面に頭を何度も、何度も繰り返し打ち付けた。
勿論、現実は醒めてはくれない。
ただ、絶望したAという男の子が地面に頭を叩きつけているだけ。
頭にへばり付く鈍痛と口に広がる不快な味が「これが現実なのだ」と彼の逃げ道を塞ぐ。
誰も事態の異常さに気づかずに静観するのみである。
この時に彼が人生の幕を閉じることができていたらいかに幸せだったろうか。
世の中には表面だけをなぞって理解したと感じる無理解が蔓延している。
絶望した彼に声を掛け、手を取ってくれるMという名の彼女もその一人である。
皮肉なことに不幸は連続する。
いや、不幸は連続するからこそ不幸なのである。
不幸というドミノは倒れ始めたら最後まで倒れ続ける。
人生経験の皆無なAはMを理解者とこれから誤解し続けるのである。
ある程度経験を積んでも、AはMが自分の理解者ではないことに気付けない。
いや、気付いていても、それを認めたくなかったのである。
それどころか、以降MはAを面白い玩具として認識し、心中で侮蔑し続ける。
この事実に気付いてAが発狂しかけるのはまた別の話。
血だらけのAにMは「ママが恋しいんだね。これで顔を拭いてね」とハンカチを手渡した。
ハンカチには猿の刺繍が施されていた。
猿は17世紀以降の絵画において愚行や虚栄を象徴していた。
現在はどうなのかは知らないが、当時、入園式は四月に行なわれていた。
彼は九月に入園したため、すでに出来ていたグループから見ると彼は部外者であった。
彼の入園初日は、保母さんの気遣いだろう、カレーパーティーが開かれた。
パーティーとは言っても、カレーをみんなで食べるだけなのだから大したことはない。
要は、これを利用してAに早く他のヤツと仲良くなれというのがこれの目的だ。
片側に十人座れる長方形の机でカレーパーティーは行なわれた。
右側には、女子が十人。
左側には、男子がMを除いて九人。活発な男子とゲーム好き男子の間にある真ん中の席が空いていていた。
Mの右隣に座っていた、後に中学でサッカー部のキャプテンになるSと左隣にいた、学年一番の秀才のYとの因縁はここから始まる。
Mは自分以外の「コドモ」が19人いる光景に改めて眩暈を覚えた。
立ち尽くす彼をMは手招きし、空いている真ん中の席に座るよう催促した。
Mは活発な女子のグループと大人しい女子のグループの真ん中にいた。
よって、AはMと対面してカレーを食べることになった。
Mはあまりにも緊張してカレーの味を覚えていないと口にしていたそうだ。
AはMに手招きされて、Aを中心とする大人しい女子の集団の座る席に腰を下ろした。
カレーのシミが落ちにくいように、Mの影響は絶大であり、それを拭うことがAの人生の目標にまでなってしまう。
本当の絶望はこれから始まる。
希望を見せ付けられたあとの絶望以上に人の心を傷つける方法などない。
つづく
説明 | ||
以前のアカの入れないので新しいアカを作りました。 ストレス解消に書きました。 |
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カレー 鬱注意 絶望 | ||
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