真恋姫†夢想 弓史に一生 第九章 第八話 |
〜桃香side〜
「ほぇ〜……でっかい関だね〜……。」
「洛陽に行くにあたって、通らなければならない二つの関の内の一つ。水関は周りを山に囲まれた、まさに難攻不落の城塞です。」
「うむ……。確かにこの関を破るのは容易いことではないな……。」
目の前に聳える、西日を浴びて紅く染まる水関を眺めて、嘆息を上げる私たち。
彼女たちは連合軍の一番先頭、つまり水関の戦いの先陣を任されていて、水関まで後五里ほどとなっていた。
と言うのも、聖が袁紹を総大将に薦めたために聖が先陣を任せられたが、彼は敵になってしまった故に先陣が居なくなってしまったためだ。
これにより、襲撃のあった次の日に再度先陣を誰にするかと言う会議が開かれたが、どの諸侯も被害を免れたいがために会議は進まず、結局我慢出来ずに先陣をつとめると桃香が言ったのは会議が始まってから三日目のことだった。
三日も猶予を与えたら、敵は万全の体制で私たちを迎えているだろうに、袁紹さんからの作戦は変わらず『華麗に雄々しく、美しく進軍ですわ〜!!!!』だったので、これには流石に愕然とした。
こうなっては頼りになるのは自分たちだけ……私がしっかりしなくちゃ…。
「はぁ〜……。鈴々、攻城戦は嫌いなのだ…。」
「大丈夫だよ、鈴々ちゃん……。攻城戦は極力しないようにするつもりだから…。」
「にゃあ?? どういうことなのだ、雛里?」
「堅牢な関を単純に攻めてもまず勝つことは無理です。ならば、敵から堅牢さを奪ってしまえば問題はないはず……。まずはそれを行うのが良いかと……。」
「つまりどうすると言うのだ??」
疑問符を頭の上に並べる鈴々ちゃんをしり目に、星ちゃんが顎に手を当て、考え込むような姿勢から発言する。
「…………成程…。雛里は野戦に持ち込もうと言うのだな。しかし上手くいくのか?」
「はい…。必ずとは言いませんが、かなりの確率で上手くいくのではないかと…。」
「……興味深いな。詳しく話してくれぬか?」
「えっ……でも、確実ではないですし……それに朱里ちゃんにもっといい策があるかも知れないし……。」
雛里ちゃんは私と横に居る朱里ちゃんの様子をちらちらと見てくる。
最終的な策の決定権は私にあって、朱里ちゃんは正式な軍師であるがためだろう。
「雛里ちゃん。私は雛里ちゃんの策が聞きたいな。教えてくれる?」
「うん。私も聞きたい。雛里ちゃん、お願い。」
私たちの言葉に覚悟を決めたのか、一息短く吐き出すと顔つきが軍師のものとなる。
「……分かりました。では作戦ですが、水関には猛将の華雄と張遼が居ると斥候から情報が入っています。なので、その二人の内どちらかを引きずり出します。」
「引きずり出すとは言ってもだな………そう簡単に上手くいくものなのか?」
愛紗ちゃんが最もな質問をぶつけると、私も含めた何人かが頷く。
「正直、張遼は引きずり出すのは難しいと考えていますが、華雄は比較的簡単だと思います。」
「ほぅ………。その根拠とやらを教えてくれるか?」
「華雄は自身の武に絶対の自信を持っていますので、私たちの様な新参兵が先陣に立っていて、且つ自分の武の矜持を罵倒し始めたら腹に据えかねるでしょう…。そうなれば必然的に討って出てくるはずです。」
「成程……出てきた所を私たちで迎え撃てば……。」
「はい。いくら猛将華雄と言えども、愛紗さん、鈴々ちゃん、星さんに囲まれれば流石に勝つことは厳しいでしょうから、私たちはそこで華雄の首を取って手柄をあげます。」
「我が軍の武勇を諸侯に見せつけるのだな?」
「はい。先陣を任されたこの時にしか出来ない武功をあげましょう。」
「おぉ〜……雛里はこう見えて中々考えることが腹黒いのだ……。」
「えっ!? そんなことないよ……。」
「武の矜持を煽るとは……えげつない……。」
「そ……そんなこと言われても……ぐすっ……朱里ちゃ〜ん……。」
「よしよし…。雛里ちゃんの腹黒さは私が分かってあげるからね…。」
「(朱里ちゃんが一番ひどいこと言ってるよ〜……。)」
「あらあら……随分と楽しそうにしてるわね…。」
「孫策さん!!? どうしたんですか!!」
今回の戦の作戦が決まったところで、私たちの軍に孫策さんが訪ねてきた。
見れば丸腰の様子、話し合いにでも来たのだろうか…。
「止まれ!! 一体なに用で来られた?」
「そんなに警戒しなくても何もしないわよ、関羽。今日は先陣を任された劉備軍に救いの手をと思ってね…。」
「救いの手……ですか……??」
「そう。流石に一つの軍で関から敵を引きずり出して受け止めるのは大変でしょ? だから、その負担を半分にしてあげようかと思って…。」
「それはつまり、共闘の申込と言うわけですか?」
「ええその通りよ、諸葛亮。実際に黄巾賊との戦いのときには協力したのだから今回も良いでしょ?」
「敵が関から出てこないかもしれないですよ?」
「出てくるわ。華雄は昔、私の母様にボコボコにされたのを今だに根に持ってるみたいだから、そこら辺を穿れば大丈夫よ。」
「…………私たちとしては十分な利がありますが、そちらは何を望んでいるのですか?」
「私たちは空いた関に雪崩れ込んで、一番乗りの功績を残せればそれで十分よ。あなたたちは出てきた華雄を討ち取って名を上げる……お互いに利しかないと思うけど??」
「………確かにそうですね…。桃香様、私はこの案にのっても良いと思います。」
「朱里ちゃんがそう言うなら大丈夫だね。それでは孫策さん、その作戦でお願いします。」
「分かったわ。こっちの人たちには私から言っておくから、安心して。」
手をひらひらと振って去っていく孫策さん。
しかし、どこかその背中は元気がなく見える。
私はついその背中に声をかけてしまった。
「あの…!! 孫策さん!!」
「ん…?? どうかした?」
「………聖さんのこと、恨んでいますか?」
瞬間、孫策さんの纏う空気が変わった気がした。
私は彼女の琴線に触れたのかもしれない。
鋭くなった目つきのまま、孫策さんは口調を変えずに話し始めた。
「……………どうして、そんな事を聞くのかしら…。」
「聖さんのしたことは大陸中に知れ渡っていますが、私は聖さんが何の考えもなしにあのような事をするとは思えません。きっと何か考えがあってのことだと思っています。ただ、今この戦に限っては聖さんは敵です。話しあう機会が無いのなら、捕まえてでも話を聞く機会を作らないと…と私は思ってます。孫策さんはどうですか?」
私は真実が知りたい。彼が何を考えて何をしているのかを……。
そして、孫策さんはその答えを知っているかもしれない。ならば、聞くことに物怖じしていてはいけないだろう。
「……私を怒らせれば、さっきの策は実行不能になるのよ…??」
「そうなれば、私たちだけでやるだけです。」
私の目の奥を覗き込むように見つめる孫策さん。
そして、一息吐きだすとやれやれと言った様子で向き直る。
「あなたも中々したたかなのね…。」
「はい。最後に得を取るのが商人の心得なので…。」
「良いわ、教えてあげる。ただ、あなたが望むような情報は私は何一つ持っていないわよ?」
「そうなんですか!?」
「えぇ…。私たちにも何が起こったのか分からないうちに寿春を聖が治めるようになったから……。ただ、彼が母様を裏切るとは思えない。ならば、何かしら考えがあっての事なのでしょうけど……それについての情報は一切手に入らずじまい…。この戦で彼に会ったら問い詰めてやろうとしていたところよ…。それに、戦場でいつか死ぬと分かっていたとは言え、死の知らせを聞けば寂しいし悲しいわ。怖かったし厳しい人だったけど、たった一人の母親なんだから…。だから、恨んでいると言えば恨んでるのかしらね…。」
「……何故、裏切りではないと思いますか?」
「………そうね…。私の勘……かな…?」
そう話す孫策さんはどこか遠い目をしている。
心当たりのあるようなないような……そんなどっちつかずの目だ…。
「………すいません。こんな言い辛い事をずけずけと…。」
「本当ね……。普通ならこんなことを私も人には話さないんだけど……あなたの毒気にでも当てられたのかしら…。」
「毒気なんてそんな…!!」
「ふふふっ…。冗談よ…。じゃあ、劉備。また明日ね…。」
「孫策さん、私は桃香です。これからはそう呼んでください。今日は言い辛いことを話してくれて本当にありがとうございました。」
「…………お休み、桃香。私は雪蓮よ…。」
「お休みなさい、雪蓮さん。」
自陣へと帰っていく雪蓮さんの背中は、どこか先ほどよりも元気に見えて、少しでも彼女の悩みを解消できたのなら、それは良かったと私は心の中で思うのだった。
〜雪蓮side〜
「平原の相、劉備玄徳……か……。」
自軍の陣へと戻る中、先ほどの出来事を思い出し、一人つぶやく。
軍として幼く、頭首の器もまだまだだと思っていたけれど………このままだと何れ並び超えられる日が来るかもしれない……。
それほどに先ほどの彼女の目からは強い意志と決意を感じたのだ。
「あの失礼な物言いはどこか聖と似てるわね…。」
苦笑しながら陣へと戻る中、水関方面から一陣の風が吹き抜ける。
突風とでも言える程強い一陣の風に、何やら不穏な空気を感じつつ、私の勘も良くないことを告げている。
バシュュッッッ………。
そして、今まで吹いていた突風が突如として止まると、緩やかな風に乗せて空間を劈くような轟音が響き渡る。
何事かと空を仰ぎ見れば、飛来してくるいくつかの光。
しばらく判断がつかぬまま傍観していると、光は見たことのある形を伴って私の後方……劉備軍の陣の中へと飛んでいく。
「ぎゃあああああ〜!!!!!!!!!!!!!!」
「ひっ…火矢だ!!!!! 火矢が飛んできたぞ!!!!!」
「早く消化しろ!!! 火が広がるぞ!!!!」
「おいっ!!! もう一回来たぞ!!!!!」
ほんの一瞬の出来事だった。
それまで平穏だった陣は、一瞬のうちに大惨事となる。
多くのものが消火作業に追われ、火傷した者、崩れた天幕で怪我をした者を介護している。
一体何が起きたというのか……。
「火矢が飛んできた………。どこから………??」
辺りを見回すが、敵の伏兵と思わしき部隊は見つけることができない。
宵闇に紛れているにしても、あまりにも静かすぎる。
ならば、どこから……。
「……………まさか……でも、そんな話は……。」
一つの解答に思い至るが、頭の中でそれを常識的にありえないと否定する。
ここは関から5里離れているのだ。
弓の届く距離など、せいぜい一里。
彼の弓であっても、それは二里半までではなかっただろうか……。
だが、今現在起きてるこの状況を他にどのように説明すれば良いと言うのか…。
「とにかく……直ぐに戻って陣を少しでも下げるようにしないと私たちも被害を受けるわ…。」
後ろから聞こえる絶叫、悲鳴を振りはらって、一目散に陣へと戻る。
「雪蓮っ!! 一体何の騒ぎなの!?」
陣の前では、あらかたの呉の将が揃っていた。
多分、この騒ぎを聞いて冥琳が呼び集めたのだろう。
「劉備軍の陣にいきなり火矢が飛んできたのよ……。しかも、辺りに伏兵や奇襲の兵の様子はないわ。」
「何っ…!? では、どこから矢は飛んできたと言うのだ……。」
「……………あそこから…以外に思い当たる場所が無いのぉ…。」
冥琳の質問に、祭は苦虫を噛み潰したような顔で答える。
思春は祭のその顔がいやに珍しいなと思い、その理由を探る。
「あそことは、一体どこの事ですか、祭殿。」
「……あそこじゃよ…。」
「ですから、あそことは……。」
「ワシらの前に聳えるあの水関、その城壁の上から以外に考えられんじゃろ…。」
「なっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、驚愕の表情と共に思春は祭が先ほどした顔の理由を悟った。
つまり、この超人じみた芸当を成し遂げた弓手がいたと言うことだ。
多分、祭殿には出来ないであろうこの芸当を……。
そして、誰が成し遂げたのかさえも既に分かっているのだろう…。
「……………あの孺子しかおらんじゃろうな…。」
祭がそう呟くと、皆の頭に同じ人物の顔が浮かぶ。
そうそれは、少々の時間を自分たちと一緒に過ごし、自分たちの大将を殺し、そして今私たちの目の前に敵となって表れたあの男……。
「でも……彼は二里半先しか狙えないって母様から聞いたわよ?」
「………策殿。それは思い過ごしじゃ…。」
「じゃあ、母様は聖から嘘を教えられたって言うこと!?」
「そうではない…。先ほど策殿も言ったであろう。二里半先しか狙えないと…。」
「えぇ…。」
「それは言いかえれば、狙わなくても良いならもう少し先まで狙えると言うことじゃ……。」
「なっ!!?」
祭の言葉に、驚きの表情を隠せない私。
狙いさえしなければ五里先まで矢を飛ばすことがはたして人間に出来るのか……。
少なくとも、私たちの中で一番上手の祭ですらそれは叶わないことだろう…。
「風が追い風であるのも距離を稼ぐのに役立っておる……。早めに陣を下げんとこっちまでも被害に遭うぞ?」
「そうしましょう。冥琳、全体を少し下げるわよ。見た感じ火矢は五里先が限界みたいだから、後四半里後退する。これで良い?」
「そうだな。それが妥当なところだろう。よしっ。全軍至急四半里後退!!! 行動に移せ!!」
慌ただしく呉の兵が後退を始める中で、劉備軍の兵士たちも同じように後退を始めている。
こうして、水関の戦いが始まる前にして、劉備軍、孫策軍は深く思い知ることになった。
敵に回した人物の圧倒的なその力の片鱗を……。
弓史に一生 第九章 第八話 大戦前夜 END
後書きです。
今回も投稿が終わりました。本当に遅れて申し訳ありません。
さて、早速ですがやっちゃいました。
聖さんの長遠距離射撃です。
詳しくは次話をお待ちください…。
なお、この反董卓連合戦は原作とまったく違う展開で行こうと思います。
聖さんの妙策、奇策にご期待ください。
次話はまた日曜日に…。
それではさようなら〜!!!
説明 | ||
どうも、作者のkikkomanです。 今回は投稿が遅れてしまって申し訳ありませんでした。 この土日は移動が多くて、中々投稿する暇が無かったんですよ・・・。 さて今話は、水関の戦いの前夜が舞台です。 どうぞ、お楽しみください。 |
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コメント | ||
>M'さん コメントありがとうございます。 さぁ、どうでしょうか…。次話をお楽しみに…。(kikkoman) テンプレで華雄さんに挑発がきかないんでしょうね(M') |
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