BADO?風雲騎士? 外道 |
「場所は?!」
「あの鉄塔の上よ!」
シルヴァの声に零と凪は視線を鉄骨で出来たタワーを見上げた。
「どうする?走ったら到底間に合わないよ?」
「問題は無い。凪の瞬天翔(しゅんてんしょう)があれば一人も二人も変わらぬ。」
「零。忠告しておく。目を閉じて息を止めていろ。」
零の背中に六角形の赤い札を貼り付けると、零は凄まじい速度で空中に投げ出され、塔に向かって飛んで行く。凪も大きく息を吸って止めると、己の胸に同じ模様が描かれた赤い札を貼り付けた。札は一瞬だけぼうっと光ると、凪の体も空中に投げ出された。一際長い猛獣の唸り声の様に風が耳元で轟々と唸る。塔の欄干に手足をかけて着陸した。
「うぇ・・・・・」
青ざめた顔をして腹を抑える零を見て、凪はこめかみを指で押させる。
「だから言っただろう。目を閉じて息を止めていろと。」
座り込んだ零を助け起こすと、二人はそれぞれ一対の魔戒剣を引っ下げて塔の天辺へと駆け上がった。そして、見た。倒れた中年の男が体中にある刺し傷から血を流し、赤黒く服を汚す様を。悲鳴を上げる事も無く消滅する様を。
「風雲騎士、随分と遅かったな。」
くぐもった声で黒い外套に身を包んだ例の人物が現れた。
「さっきの男は・・・・」
「人間だ。だが、アレは人間と呼ぶには、余りにも邪な心の持ち主だった。こう言う人間がいるから、陰我は増え続け、騎士と法師はこのイタチごっこを未来永劫続ける運命を辿る事になるのだ。さっきの人間と呼ぶのも烏滸がましいゴミはホラーがいない新世界創世の礎に過ぎない。」
「只の人間を殺した、か。・・・・・闇に堕ちた者よ。魔界の掟、知った上で破ったと見なす。そして、今から貴様を粛清する。風雲騎士の名にかけて。」
凪は魔戒剣を構え直し、向き直る。零もまた改めて己の得物の柄をしっかりと握り直した。男を睨みつけながらじりじりとにじり寄る。
「既に消えた者をどう粛清するつもりだ?」
だが、相手は一向に恐れ入る気は無く、マスクの奥から侮蔑の籠った返事を返した。その直後、凪は剣を頭上に掲げると、剣先から光が飛び出し、塔が紫色の光に覆われた。
「雷神壁。この結界は俺が死ぬか俺自身が解除しない限り持続する。零、行くぞ。」
零は無言で頷き、二人は飛びかかった。だが二人の刃は空しくも虚空と脱ぎ捨てられた外套しか斬らなかった。いつの間にか二人の後ろに現れたのは、まるで全ての色と生気を吸い取られたかの様な程に真っ白な男だった。拘束服の様に幾つもベルトの金具がついた妙な服と目元から下を覆うマスクを身に付けていた。短く刈り込んだ白髪と白い肌が相俟って、幽霊と見紛う程不気味だった。両脇に吊ったホルスターに魔戒銃を納めると、両袖の中から魔戒文字が彫られた二本の鉄棒を引き抜いた。どちらも平均的な大人の腕一本分の長さを持ち、先端には赤い宝玉が嵌っている。ぼうっと人魂の様に微かに輝いた。
「風雲騎士・・・・・・来い。私の力の前に、ひれ伏せ。」
男を間に挟み、零と凪は再び剣を振り下ろした。だが、男は遅い来る四本の凶刃を容易く受け止め、相対する。何十合と打ち合っても全く防御が崩れない。
「零。」
「分かった。」
凪の表情から次の行動を演繹した零は、自分の剣を一本凪に投げ渡した。凪もまた己の剣を零と交換し、二人は鏡合わせの構えを取る。息の合ったコンビネーションで攻撃を繰り出して行く凪と零は男の前方と後方に立った。
「少しは出来るか。」
「ならばこれはどうだ?」
凪と零は魔戒剣を空中に投げ上げると、得物を持たずに素手で挑んだ。持ち主の手から離れた四本の剣は意思を持つかの様に主を守る為に空を切り裂き、男の体に刃を突き立てんと飛び回る。四本の剣、四つの拳、そして四本の足、合計十二通りある攻撃の嵐を男は潜り抜け、尚且つ反撃した。
「戦うのは別に構わないが、こんな所で私と油を売っていて良いのか?」
「何だと?」
「彼が、別れた二人をどうするか・・・・?」
零はその言葉の意味を察したのか、目を見開くと凪の前に立った。
「兄さん、ここは俺が。早くララちゃんの所に。」
「 駄目だ。あの二人は早々簡単に負ける様な柔な鍛え方はしていない。それに、結界を解除する事になる。コイツは『手掛かり』だ。唯一の、な。ここで奴を逃がしてしまえば、また屍が増える。」
「やはりな。流石は風雲騎士波怒。彼が言った通り、お前の一族は何も変わらない。只々忠実に闇に堕ちた者を例外無く処刑する『天空の監視者』。」
「それが一族の家業だ。刑が決まれば執行する。掟を破れば罰する。例外は無い。秩序とはそう言う物だ。ホラーに憑依された者を人間に戻す事は不可能。同じこちら側の人間なら、お前はそれを理解している筈だ。斬る以外に出来る事は何も無いと。お前こそ、誇りを失い地に落ちたな。只の殺戮者に成り下がった、騎士と呼ぶには烏滸がましい存在だ。」
男の芝居がかった物言いに、凪は冷たく、にべもなくそう言い返した。
「どう思おうがお前の勝手だ。鎧は確かに持っている。だがそんな事はどうでも良い。私は騎士でも法師でもない。私はこの日の為に生きて来た。お前を殺す為に。その為に私は新たな力を手に入れた。足掻いたところでお前達の負けは目に見えている。」
相変わらずの不遜な物言いに凪のこめかみが一瞬だけひくついた。
「その慎ましからん言動も俺の結界を破ってからにしろ。」
「では、そうしよう。」
男は両手に持った鉄棒の持ち手を近づけた。溶接されたかの様に二つあった棒は一つになり、銀色の錫杖に姿を変える。
「凪よ、あれは魔戒杖だ!」
その単語を聞いた凪は思わず身を堅くし、一歩後ろに下がった。
「魔戒杖だと・・・・杖術を使う系譜はもう絶えた筈では・・・・」
だが、現に途絶えた筈の系譜に属する男が目の前に立っているのだ。その杖の両先端に嵌った宝玉が明滅し始め、それを凪が張った雷神壁の結界に向かって強く突き出した。ガラスが割れる様な凄まじい音が轟き、雷神壁もまたガラスの如く崩れて行く。紫色の花弁の様に四方八方に散撒かれる破片はやがて光の粒子となって消え去った。
「案外脆い様だな、この結界は。その調子では、親子揃ってまともなくたばり方は期待出来ない様だ。」
凪の中で何かが弾け、男に向かって剣を振り上げて走り出した。だが、怒りに任せて放つ攻撃は隙を生む。再び二つに分割した魔戒杖の一撃を腹、左肩に受け、凪は魔戒剣を取り落とし、ノーガードとなった背中と頭に杖を振り下ろした。
「今日はここまでにしよう。また会おう、風雲騎士。」
そう言い残し、男は魔戒杖で描いた巨大な円の中に足を踏み入れると、虚空に消えた。
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