IS 恋する乙女たちの女子会 |
IS 恋する乙女たちの女子会
「一夏ってやっぱり……織斑先生のことが好きなんじゃないかって思うんだ」
9月初旬のとある放課後のこと。
今日は一夏のことが大好きな女子たちによる定例集会の日。教室で開かれているその集会の最中に僕シャルロット・デュノアは昨今改めて感じている疑惑を口にしてみた。
「一夏さんが所謂シスターコンプレックスであることは、いちいち説明して頂かなくてももうみんな知っておりますわ」
真っ先に反応を示したのはイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。
「一夏さんが女性を判断する際に織斑先生を中心に、そして基準にして判断していることは否定しようのない事実です。その結果、ハードルが高くなり過ぎてわたくしたちの想いがなかなか届かないこともまたみんなよく存じていますわ」
イギリスの名門貴族出身という本物のお嬢さまであるセシリアはいつも優雅に話す。そんな彼女の気品あふれる姿勢はなかなか上手く喋れない僕にはとても羨ましい。
「おふたりの仲が良すぎるのは困りものです。ですが、一夏さんと織斑先生が実の姉弟である以上、ふたりが結ばれることもなければ結婚することもありません。そう問題視する必要はないとわたくしは思いますわ」
セシリアは大きく頷きながら明朗な声で持論を述べてくれた。
「まあ、セシリアの言うとおりだろう。私たちが千冬さんに負けない魅力的な大人の女になればいいだけのこと。これからも精進あるのみだ」
一夏のファースト幼馴染であるという篠ノ之箒は静かに頷いてみせる。
セシリアの考えはここにいる他のみんなと近いものなのだと思う。僕もちょっと前まではセシリアと同じ考えだった。
でも、僕は知ってしまった。この日本という国の特殊性を。日本男児と呼ばれる存在がどれだけおかしなものなのかを。
「僕もここが日本でなければセシリアの意見に賛同していたと思う」
「それはどういう意味ですの?」
セシリアがブロンドの長い髪をパサっと音を立てさせながら首を傾げる。
「論より証拠。まずはこの作品を見て欲しい」
僕はDVDを取り出してノートパソコンで再生し、それを大きなモニターに映し出す。
「俺の妹がこんなに可愛いわけがない……何ですの、この作品は?」
セシリアたちはこの作品を全く知らないみたい。みんなも同じようで首を傾げている。
「僕とそっくりな声を出す子が出演しているドキュメンタリー風実写ドラマだよ」
黒猫という異名を持つ五更瑠璃という少女は僕とそっくりな声を出す。その衝撃があまりにも大きくて気が付けばドラマを毎週見るようになっていた。
「実話を基にしていると言われるこのドラマでは、実の兄と妹が……結ばれるんだ」
「「「「なあっ!?」」」」
驚いて目を見張るセシリアたち。箒も口を大きく開いて固まっている。
「これがそのシーンだよ」
呆然とする彼女たちを尻目に該当の箇所を再生する。僕にとっては絶対に見たくないシーンを。
『桐乃……結婚っすか』
『はっ、はい』
高校生の兄が中学生の妹にプロポーズする。そして妹はそれを受けてしまう。兄妹間の結婚が約束された瞬間だった。
「兄妹で結婚だなんて……きっ、きっと何かの間違いですわっ。そんなこと、あってはなりませんもの」
セシリアがガタガタと全身を震わせている。でも、現実は残酷だった。
「2人の結婚式のシーンもあるんだ……」
僕はできるだけ感情を打ち消しながらそのシーンを再生してモニターから目を背ける。
「そっ、そんなぁっ!? 血の繋がった兄妹で本当に結婚してしまったのですのっ!?」
セシリアの悲鳴が僕の耳に突き刺さる。
「この国には、日本にはモラルというものが存在しませんのっ!? 血の繋がった近親同士で結婚するなんて……へ、変ですわ……」
セシリアの訴えを僕は黙って耐えるしかない。今年日本に来たばかりでまだ慣れていない僕には肯定も反対もできない。それを説明できる知識も実感もない。
ただ、兄妹婚を描いた恐ろしい映像に辿り着いてしまったという経験があるのみ。
「箒さんっ! 日本では血の繋がった兄妹が結ばれるのが当たり前なんですのっ!?」
僕と同じように海外から来て日の浅いセシリアは日本在住暦15年の日本人である箒に意見を求めた。
「…………当たり前、ではないと思うぞ」
こめかみを手で押さえて目を細めながら箒が答える。
「それでは、今の映像はただのフィクションですのね。安心しましたわ」
大きく息を撫で下ろすセシリア。行動にこそ移さないけれど僕も同じ想い。
一夏と織斑先生がそんなハレンチな関係になっていなくて安堵している。
「……だが、最近は血の繋がった実の姉や妹を恋愛対象とする小説やアニメ、ゲームが数多く出回っていると聞く」
安心できたのも束の間。箒は苦々しい表情で爆弾を投下してくれた。
「私はよく知らないのだが……実の妹や姉を相手にハレンチなことをして下劣な欲望を満たすゲームまで多数存在するという」
「う、嘘ですわ。そんなおぞましいものが存在するなんて……」
「それじゃあ、一夏と織斑先生は……」
箒の話を聞いて僕は絶望的な気分になってしまった。
「ああ。その話なら副官から聞いたことがあるぞ」
ウンウンと力強く頷いて銀色の髪を揺らしたのはドイツの代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。最も小柄だけど態度だけで言えば僕たち5人で一番大きい。
「妹をメインヒロインとして攻略するエロゲーやギャルゲーを妹ゲーと言うらしい。姉の場合は姉ゲーだ」
「そんな専門用語が存在するほどに普及しているなんて……恐ろしいですわ……」
セシリアの声が震えている。いや、そんなセシリアを見ている僕も震えて焦点が定まらない。
「特に妹ゲーはエロゲー界の救世主のようだな。とりあえず妹ゲーにしておけばある程度の売り上げは確保できるらしい」
「そんなにも日本人男性は血の繋がった姉妹とハレンチなことがしたいんですの!? 世の中には可愛い女の子がいっぱいいるじゃありませんの」
さり気なく自分を指差す所がセシリアの凄い所だと思う。
「昨今の深夜アニメでは、妹や姉という存在は少なくとも幼馴染以上にヒロイン的地位にいることが多いらしいぞ。まあ、幼馴染は負けフラグというのが昨今の風潮だがな」
「「ブホッ!?」」
箒と一夏のセカンド幼馴染である中国の代表候補生凰鈴音が飲みかけのお茶を噴き出す。
幼馴染が姉に負ける属性と聞かされては2人の心中は穏やかではないだろう。
「それじゃあ一夏さんはっ!」
「私の嫁は、箒や鈴より教官へのラブ的な意味での好感度の方が高い可能性は十分に考えられる」
ラウラは淡々と恐ろしいことを告げてくれる。
箒と鈴の顔がどんよりと果てしなく曇る。
「そう言えば一夏は、小学校から中学校に上がって段々色気づいていった頃にどんどん千冬さんを熱っぽい目で見るようになったような気が……」
鈴の瞳からは既に生気が抜け落ちている。絶望がオーラとして漂っている。
「いやっ、だが、待つんだっ!」
首を勢いよくブンブンと左右に振りながら箒が立ち上がる。流れを断ち切ろうとする強い意志が込められた瞳。
「妹ゲーだの姉ゲーだの、そんなものは秋葉原を中心としたごく狭い世界で起きている流行に過ぎないっ! そんなもので一夏を、日本の男を語るのはおかしかろう」
箒は前言を翻すかのようにシスコンを否定しに掛かった。でも、その気持ちよく分かる。
もしも本当に一夏と織斑先生が愛し合っているとしたら、僕はもうこの世界のどこにも自分の居場所を見出せなくなってしまう。一夏の二号さんでも僕は幸せだけど♪
「だが、21世紀に入ってからの姉・妹ヒロインの隆盛を秋葉原という局地的現象と理解して良いのだろうか?」
あごに指を当てながら箒に異議を呈したのはラウラ。
「どういうことだ?」
ムッとしながら箒が聞き返す。
「所謂サブカルチャーというものは、その国の社会で起きている変化を敏感に汲み取って反映するものだと副官は言っていた」
「つまり?」
「血の繋がった姉妹との恋愛は秋葉原という限られた地域での流行ではなく、日本全体に広まりつつある恋愛の流れを先取りして読み取り、更にデフォルメしたものではないか?」
「なんだとっ!」
箒が大きく目を見開いて怒りを露にする。
「現状の正しい把握は戦略を立てるため軍人にとっての必須スキルだ。己が個人的感情に従って歪めて良いものではない」
「それではラウラは、日本の男たちは一夏も含めてみな重度のシスコンだと言うのか!?」
「それは知らん。だが、サブカルチャーがこの国の実情を反映したものである以上、否定する材料もまたない」
ラウラも下唇をかみ締めながら悔しげに身体を震わせている。
「一夏さんはこの国の中では極めてノーマルな思考の持ち主。でも、この国の男性全般が重度のシスターコンプレックス患者だなんて……汚物は消毒したいですわ」
重苦しい沈黙が教室を包み込む。最初に話題を提供した僕だってこんなに深刻な話題になるなんて思わなかった。
「とっ、とにかくっ! 一夏さんと織斑先生の2人を引き離していれば、一夏さんが織斑先生に対してハレンチ行為を行うことはできなくなりますわ」
セシリアは無難と言えなくもない解決方法を提示する。
「そうだな。教官は副官曰くツンデレと呼ばれる類の人間のようだ。一夏に対してデレがきていない今引き離してしまえば安全だろう」
ラウラも同意する。箒も鈴も静かに頷いてみせる。
確かに今まで以上に一夏と織斑先生の接近を気を付ければ状況は悪化しないようにも考えられる。でも、その仮説には大きな落とし穴がある。
「でも、僕たちにとっての驚異は本当に織斑先生だけなのかな?」
「「「「えっ?」」」」
4人の少女たちの顔が引き攣る。
「僕は、織斑先生の動向さえ制せば一夏が僕たちの中の誰かを恋人に選んでくれるって思うのは考えが甘いと思うんだ」
僕の口は彼女たちの危惧を認める内容を告げた。いや、告げるしかなかった。
「それでは、織斑先生の他にも一夏さんを狙う存在が、いえ、一夏さんが狙う女性がいると言うのですか? 大人への階段を登り始めた甘酸っぱい果実な私たちよりも!?」
「うん」
驚愕するセシリアに対して僕は頷くしかなかった。
そう。僕たちの敵はシスコンだけじゃない。
僕たちにはまだ恐ろしい強敵が存在していた。
「僕たちの敵の名前。それは──」
僕たちの闇の戦いが始まりを告げた。
「小学生。それが僕たちの敵の名前だよ」
自分でも表情が暗くなるのが分かる。敵と認めるにはあまりにアレな存在を僕は告げなければならなかったのだから。
「小学生? 小学生の子どもが一夏さんを狙うライバルになると言うんですの?」
首を傾げるセシリアは僕が何を言っているのか理解していないようだった。
無理もない。僕だって、つい最近まで同じ考えだったのだから。
「うん。そうだよ」
頷いてみせる。でも今の僕は知ってしまっている。本来なら恋のライバルになりっこない存在が、この国では最強の敵となってしまうことを。
「ですが、小学生と言えば背もこんなにも小さいんですのよ」
セシリアがさり気なく鈴を指差す。
「あたしは高校生だっての!」
身長150cmの鈴は大声で反論する。背の低さは鈴の密かなコンプレックスらしい。
「おっぱいだってこんなに小さいんですのよ。ペッタンコですのよ」
セシリアは今度はラウラを指差す。何気に酷い。
「貴様。私に喧嘩を売っているのか?」
ラウラが体を小刻みに震わせている。普段は全く気にしている素振りを見せないけれど、ペッタンコなことを実は気にしているらしい。
「背も小さくておっぱいもなく、頭の中身も子ども。そんなレディーとも呼べないような存在がわたくしたちのライバルになると言えるんですの?」
セシリアはごく常識的な思考から僕の意見に疑問を挟む。それは常識人として当然の考え。でも、ここではそんな世界の常識は通じない。
「やっぱり論より証拠で、まずはこのバスケドラマを見て欲しいんだ」
僕そっくりの声を出すヒロイン湊智花が出演しているドラマのDVDを再生する。爽やかバスケマンだった男子高校生が段々と女子小学生の魅力に嵌っていく物語を。
『まったく、小学生は最高だぜっ!』
物語の中盤から主人公の昴と僕そっくりな声を出す智花は恋人同士にしか見えないぐらい親密になっていく。バスケを題材にした男子高校生と女子小学生の恋の物語……。
「なっ、何ですの、これはっ!?」
セシリアが驚愕しながらドラマを視聴している。
「主人公の昴には可愛くて甲斐甲斐しくてスタイルの良い高校生の幼馴染少女葵がいるじゃありませんの。何で胸も背もない小学生少女の方にドンドン惹かれて行くんですの!?」
セシリアの体がガタガタガタガタ大きく音を立てて震えている。まるで地面を掘削中の作業員みたい。
「最終回なんてまるでプロポーズみたいじゃありませんの!? 何で、どうして高校生の幼馴染ではなく小学生のロリっ子に熱を上げるんですの? アンビリバボーですわ」
「女子高生幼馴染よりも女子小学生の方がヒロイン指数が高いということだろうな」
ドラマを視聴し終えたラウラの冷静な指摘。
「「ブヴォッ!?」」
一夏の幼馴染の双璧である箒と鈴は飲んでいたコーラを噴き出した。
無理もない。箒も鈴も一夏と付き合いが最も長い自分こそが一夏のお嫁さんに最も相応しいと密かに確信していたはず。
それが血の繋がった姉に負け、今度は子どもにも負けると言われてしまったのだから。
「しかし一夏をロリコンと断じる証拠はないぞ」
堪らず立ち上がる箒。僕たちの中で最もスタイルが良い彼女にとって一夏ロリコン説は絶対に許容できないだろう。
「確かに一夏がロリコンと断じる証拠はないよ」
「だったら!」
「でも、ロリコンじゃないと断じる証拠もないよ」
僕は静かに言葉を付け足した。箒の表情がハッとする。
「一夏の周囲には小学生の女の子がいない。だから、真相は僕たちにはまだ分からない」
「クッ!」
「真相を確かめるのもいいかもしれない。でも、その行為は開けちゃいけない玉手箱を開けてしまうことに繋がるかもしれないよ」
仮に今現在まで一夏がノーマルだったとして。愛らしい10歳前後の少女を一夏にわざわざ接近させてしまったら何が起きるか。
「サードインパクトを人類自らの手で引き起こすような真似は良くないと私の副官も言っていた。実験は危険だ」
ラウラはよく分からない例えを用いながら首を横に振った。
「東京湾岸部で開催される夏と冬の祭りでは小学生ヒロインを対象とした薄い本が多いと副官は言っていた。ロリコンはもはや、日本の男に蔓延した病の1つなのかもしれん。いや、日本の男はみんなロリコンなのだろう。ロリコンな一夏はスタンダードなのだ」
再び重い沈黙が周囲を支配する。先ほどの一夏シスコン疑惑の時よりも暗い。
でも、それも仕方ない。織斑先生は僕たちの憧れの対象で目標でもある大人の女性。なりたい自分。
それに対して小学生は過ぎ去りし過去で遠ざかっていきたい自分。今更その遠ざかりたい自分の方が一夏の好みだなんて言われてもすごく困る。
僕たちは小学生には戻れない。戻りたくない。
「でも、物は考えようかもしれない」
沈黙が支配する教室で鈴がボソッと呟いた。
「一夏が真性のロリコンだったら困る。でも、小さくて可愛らしい女の子の方が好みだって言うのなら……あたしが有利かもしれない」
「「「「なっ!?」」」」
鈴の一言は僕たちに衝撃をもたらした。
「同学年の子や千冬さんを見てて背が低くて胸が小さいことをちょっと気にしてたんだけどねぇ。でも、一夏が可愛い子が好きなら……あたし、ガンガン行ける」
鈴の瞳はキラキラと輝き始めている。
「今までは小さいなりにどう大人っぽく見せようか四苦八苦していたけど……これからはむしろロリキャラ全開路線で行こっかな」
鈴の鼻息は荒い。日本の男の子がロリコンなのを逆手に取って自分の体型を武器にしようとしている。
「なるほど。鈴の戦略は相手の属性を逆手に取った実に見事なものだ」
そんな鈴を腕を組んで何度も頷きながら賞賛するのがラウラ。
「だが、そういうことなら鈴よりも身長が2cmも低く、胸も平らな私の方が有利だな」
ペッタンコな胸を踏ん反り返らせている。
「ラウラはいつも偉そうで中二病的な言動を繰り返しているからロリっ子力に欠けるもの。だから無理ね」
「フッ。幼馴染という重い十字架を背負った貴様を一夏が今更ロリっ子と認めるものか」
一夏に気に入られるロリの座を巡って激しい火花を散らし合う鈴とラウラ。2人はどことなく自分たちの争いこそが頂上決戦であることを匂わせている。
「ダメだっ! 一夏にはスタイルが良くて色っぽい大人の女を好きになるノーマルな道を歩んでもらわないと」
「そうですわ。一夏さんには大人のレディーに恋していただく健全ルートあるのみですわ」
一方で箒とセシリアは大人の女路線を強調している。2人は僕たちの中で比較的大人っぽい方だから無理もない。
「どうしてこうなったんだろう?」
目の前で繰り広げられる骨肉の争い。
織斑先生という共通にして強大な敵を前にしていた時に僕たちは1つだった。でも、ロリを巡って僕たちは意見が対立してしまっている。
目指す地点が違ってしまっているので仕方のないことなのだけど。
「僕は一体、どっちにするべきなん^だろう?」
自分の身体をジッと眺めてみる。
「身長は高校1年生で154cmだから……ちょっと低い方だよね?」
僕の出身地であるフランスでは背の高い女性が多い。それを考えると、僕は小さい方に分類されると思う。
「でも…………む、胸はそれなりにあるよね?」
前に一夏に裸を覗かれてしまった時。一緒にお風呂に入った時。一夏は僕の胸を見てすごくドキドキしていた。僕の女の子としての“成長”ぶりをちゃんと意識してくれていた。
「つまり、えっと。僕は中途半端ってことになるのかな?」
大人の女路線を進むには背も高くないし手足が長いわけでもない。でも、ロリっ子路線を取るには胸とかお尻とか頑張り過ぎている気もする。
中途半端。
僕を象徴する単語が今回もまた付き纏っている。
「でも、それ以前に僕は最初一夏に男の子だって思われてたんだし」
僕がIS学園に転入してきたのは所謂産業スパイが目的だった。デュノア社から送り込まれた僕は一夏に近付いて彼と白式に関するデータを得る任務を与えられていた。
それで一夏の一番側に自然にいられるように男の子『シャルル・デュノア』として入学した。
「一夏ってば、僕が本当は女の子だって全然気が付いてくれなかったもんね」
ちょっと凹む。
僕の男装が上手くいっていたと言えなくもない。でも、一緒の部屋でずっと暮らしていながら、お風呂で裸でバッタリ遭遇するまで女の子だと気付いてくれなかった。
それは今から考えるとちょっと複雑。僕に女の子としての魅力が足りなかったから一夏は疑わなかったと言えるわけで。
「ロリキャラ大人キャラ路線の前に男の子キャラをもっともっと払拭しないと……」
僕の場合はまずそこから始める必要がありそうだった。
「男の子……」
ラウラが喧嘩を止めて僕を見ながら考え込んでいる。しばらく唸った後で彼女はポンっと手を叩いた。
「重要なことを思い出したぞ」
「重要なこと?」
「そうだ。副官は言っていた。この日本において女同士で男を取り合っても無意味かもしれんと」
「それはどういうこと?」
ラウラは額に汗を流しながら苦しげな表情で言った。
僕たちに絶望を与える一言を。
「日本の男はすべからく男が好きかもしれないからだ。一夏も……BLなのかもしれん」
恐ろしすぎる可能性が提示された。
「なっ、何を言ってるんだよ、ラウラ。一夏が男の子を好きだなんて……BLだなんて」
視界がグニャッと歪んでいく。今立っているのか寝転んでいるのか。それさえも分からなくなる。貧血なのか何なのか。とにかく僕は極端に正気を失ってしまっている。
周りを見れば、箒も鈴もセシリアも魂が抜けた表情で天井を見上げている。僕たちはあまりにも大きな深手を負ってしまっている。
もし、一夏が本当に男の子が好きなら……シスコンとかロリコンとか言っている次元じゃない。本当に僕たちの手が届かない世界に彼は行ってしまうことになる。
「もちろん一夏がBLだという証拠はない」
「じゃ、じゃあ」
希望を見出す僕に対してラウラはゆっくりと首を横に振った。
「だが、日本の男の多くがBLである可能性が高い証拠なら存在する」
「えっ?」
ラウラは僕のパソコンをインターネットに繋いだ。
「日本最大手のイラストコミュニケーションサービスSNSであるpixiv。イラストに特化したサイトではあるが小説投稿・閲覧機能もある」
ラウラはクリックしながら『小説』と小さな文字で書かれたページへと移動する。
「pixivにはイラスト小説共に人気ランキング機能が存在している」
『小説デイリーランキング』と書かれた文字をクリックする。自作の表紙イラストや綺麗な模様の表紙絵がずらっと縦に並んだページへと飛んできた。
「このランキングに何か思う所はないか?」
僕は一生懸命にランキング入りをしている作品の題名と青い小さな文字を読んでいく。青い文字はどうやら作品のジャンルを説明するものらしい。
「人気アニメ作品の二次小説? アンソロジーが多いのかなあ?」
僕はあんまりアニメも漫画も見ないのでよく分からない。けれど、たまにテレビでCMを流しているアニメ作品の名前と青い文字の分類表が一致している。
オリジナル小説ではなく原作ありの二次小説が人気を博していることが何となく読み取れる。原作を知らない僕にそれ以上分かることはないのだけれど。
「確かにシャルロットの言うことは間違っていない。2年ほど前まではオリジナル作品のランクイン入りも珍しくなかったが、現在はほぼ100%アンソロジー作品だ」
コクンと頷くラウラ。
「だが、その答えだけは不十分だ」
ラウラは左目の眼帯に手を当てゆっくりと外す。そして黄金の瞳を曝け出しながら僕たちに語ってみせた。驚愕の真実を。
「ランキングしている作品はほぼ100%が男同士の恋愛を描いたものだ」
「「「「ええっ?」」」」
僕たちの世界が固まった。
「少なくとも1年半ほど前からは男同士の恋愛を描いた作品しかランキングに入らなくなっている」
時が凍りついた世界でラウラの解説だけが続いている。
「日本最大手のサイトで1年間以上、毎日作品が入れ替わるランキングで男同士の恋愛を描いた作品しか人気を博していない。それが何を意味するのか?」
赤と黄金のオッドアイが僕たちを見据える。
「日本には男同士の恋愛が蔓延するようになっており、その流行を敏感に感じ取った作者たちが小説として著しているのだろう」
解説を終えたラウラは大きく息を吐き出した。彼女にも大きな疲れが見える。
けれど、その解説を聞かされた僕たちの精神的な疲労、困憊は更に果てしなく大きなものだった。
「シスコンでロリコンでおまけに同性愛者。日本の殿方は一体どうなってますの? 救えなさ過ぎですわ……」
セシリアが茫然自失とした声を出す。
「確かに受け入れがたい話だ。だが、サブカルチャーがこうまでプッシュしている以上、BLは日本の隠された裏の真実と見るのが妥当だろう」
ラウラの言葉に更に場の空気が重くなる。
「だが、篠ノ之神社の祭りでは男女のカップルも数多く見受けられたぞ」
箒が必死になって荒い呼吸で反論を試みる。
「100%の男が同性愛者というわけでもないだろう。消費税分率ぐらいは男女恋愛を好む少数派の男もいると見るのが妥当だ。その男女カップルが神社に来ているのだろう」
「それでは私は10%未満の男を多数派だと思ってきたわけなのか……?」
「しかも、注意せねばならんのは、日本人の男の恋愛傾向を考えた場合、父と娘の組み合わせに見せてロリコン年の差カップルである可能性が捨てきれない点だ。更に、年頃の男女カップルのように見せて兄妹や姉弟のカップルである可能性もある」
ラウラの畳み掛けは続く。
「そっ、そう言えば一夏の友人は妹と一緒に祭りに来ていたな」
「その兄と妹はカップルである可能性があるな」
「しかし、妹の方はどう見ても一夏に色目を使っていたぞ」
「それは妹の方がそうだというだけの話であろう。兄がどう思っているのかは分からん」
「そう言えば、やたら妹を必死になって探していたような……」
「その友人とやらは間違いなくシスコン、だな。一夏と同じように」
ラウラの輝く瞳が箒を見据える。
「そしてその友人とやらは一夏と親しいのだろう?」
「ああ。一夏も学園の敷地外に出る時はちょくちょく会っているらしい。おそらくは一番の親友なのだろう」
深呼吸して息を整えながら箒は答えた。
「一夏とその友人、既に付き合っているのではないか?」
そしてラウラはとんでもない爆弾をいとも簡単に投下してくれた。
「なっ、何を言っているのだ、おまえは!?」
「私の嫁は私を一度たりとも遊びに誘ってくれたことはない。お前たちはあるのか?」
僕たちは全員力なく首を横に振った。
「まして一夏は学園の外にまでわざわざその友人を訪ねて行くのだろう? 我々よりも深い親密性を感じているのは明らかだ」
反論したいのに言葉が出ない。ラウラの言葉が胸に深く突き刺さるのみ。
「しかし、それはあくまでも男同士の友情という問題ではないのか? 私たちとて女同士で集まっているが、ここにあるのは友情だろう。私たちは同性愛者ではない」
「ああ。だから現段階で断定することはできない。一夏と友人がただの友達なのか、それとも既に爛れた関係になってしまっているのか。だからこそ、シャルロットの意見が重要となる」
ラウラの瞳が僕へと向けられる。
「シャルロットははじめ男としてこの学園に通い一夏と同室で時を過ごしていたのだろ?」
「う、うん」
何を聞かれるのかビクビクしながら頷いて返す。
「男だった時と女の今を比べてどうだ?」
「どうって?」
「一夏がより親しかったのは男の時と女の時。どちらだ?」
「それは……」
思い出してみる。僕が初めてIS学園に来た頃のことを。
「そう言えば僕がシャルルとして学園にいた頃一夏はごく自然に肩や腰に手を回してくれた。シャルロットになってからはそういうことが全然なくなったような……う〜ん」
女の子ということで気を使ってくれているのは僕にも分かる。それは嬉しい。でも、スキンシップという意味では僕に触れることはほとんど皆無になった。ちょっと寂しい。
「やはり一夏は男だったシャルルには直接触れるのを好んでいた。だが、女のシャルロットに対してはスキンシップをする関心がない。決まり、だな」
ラウラは大きく嘆いた。
「えっ? そう、なの?」
よく分からないけれどラウラの回答を受け入れることには抵抗がある。けれどラウラの次の一言は僕の心を大きく揺り動かした。
「貴様が本当に男であったなら……一夏争奪戦の勝者はシャルルで決まりだったろう」
ドクン。大きく心臓が飛び跳ねる音がした。
「僕が、シャルルだったら勝者……」
「ああ。シャルルであれば今頃お前と一夏は恋人同士。毎日同じ部屋となれば深い仲になっていたかもしれん」
「一夏と……深い仲……」
言葉の意味を理解して一気に頭が茹で上がる。熱でまともな思考ができなくなる。
だってだって。一夏と恋人で深い仲だなんて……。
(一夏……僕、男の子。なんだよ……)
(男だって構うもんか。いや、男だからいいんだよ。俺は男じゃなきゃ駄目なんだよ!)
(僕……初めてだから……優しく、してね……)
「ぼっ、僕が一夏の恋人になれるのはとても嬉しいことで。でも、それは僕が男だったら成立する話なわけで。だから僕はシャルルであるべきで。でも、シャルルでいるのが耐えられなかったからシャルロットになったわけで。あれ?」
一夏と恋人になりたいのは言うまでもない。でも、そのために女の子という前提を捨てるのは嫌。将来一夏のお嫁さんになって子どもを産んで幸せに暮らしたいから。
でも、女でいることにこだわっている限り一夏に手が届かない可能性が高くて。だから……僕は何を優先したいの?
自分のことがよく分からない。
「だが、貴様の正体がシャルロット・デュノアという女であることは既に一夏に知られてしまっている。今更男として振舞っても意味はない」
「そう、だよね」
言われてみるとその通りだった。何をひとりであり得ない仮定の妄想で盛り上がっていたんだろう?
ていうか……あんな妄想をしちゃうなんて僕ってエッチな子なのかなあ?
「シャルロットの話を総合すると、一夏がBLである可能性は否定できない。いや、BLだと仮定して動かなければ壊滅的被害を受けるやもしれん」
ラウラの結論に重い空気が立ち込める。
「一夏さんがシスコンでロリコンで同性愛者だなんて……」
セシリアは今にも泣きそうな声を出す。
「あたしがしばらく中国に戻っている間に一夏がそんな救えない男になってしまったなんて。あたしが一夏の元を離れたばっかりに!」
鈴もやたら暗い顔で言葉を吐き捨てている。
「私が引っ越さねばならなかった故に一夏に人としての道を誤らせてしまった。クソッ。やはり私は、私を家族と一夏から遠ざけた姉とISが憎い……」
箒は歯軋りさせながら悔しがっている。
「平凡を自称する一夏は日本の他の男と同じくシスコンでロリコンでBL。そうみなすのが妥当な観察眼であろう」
ラウラも普段のような力強さがどこにも感じられない。
みんなを超高校級の絶望が包み込んでいる。
僕もそんな絶望に飲まれ掛けている。一夏には手が届かないと諦め掛けている。
胸が苦しくて仕方ない。
でも、僕は。だからこそ僕は……っ!
「例え一夏が織斑先生好きで幼い女の子好きで男の子が好きなのだとしても……僕は一夏を諦めないっ!」
大声を出しながら勇ましく立ち上がる。
「一夏との楽しい思い出が僕を輝かせてくれるから。僕は一夏を大好きだから。だから諦めるなんてできないよっ!」
僕の心に火が灯る。
「だっ、だが……」
戸惑う箒。そんな彼女の不安は僕の不安に他ならない。だから、全力で吹き飛ばすっ!
「一夏がシスコンでロリコンで同性愛者だって言うのなら……第4の性癖、普通の女の子好きを追加すればいいだけのことだよ」
「第4の性癖、だと?」
「そうだよ。一夏が織斑先生や小学生や友達の男の子に負けないぐらい。ううん、それ以上に僕のことを好きになってもらう。後は……」
「後は?」
息を飲み込みながら体内の力を溜める。
僕の覚悟が、今試されている。
僕はこのまま一夏を諦めるつもりなんてない。だから、僕は打ち明ける。僕の計画の全てをっ! 希望の全てをっ!
「日本の男の人には女の子に対して責任を取るという考え方がある。だから……一夏にエッチなことをされて責任を取ってもらってお嫁さんにしてもらうんだあっ!」
心臓が破裂しそうなほどに恥ずかしい。でも、それに負けないで言った。
「実のお姉さんとも小学生とも男とも結婚できない。一夏のお嫁さんになるのは……この僕だよっ!」
拳を強く握り締める。僕の中からひっきりなしに熱い想いが溢れてくる。一夏への愛情と熱い闘志が僕を突き動かしている。
「なるほど。一夏が誰に色目を使おうとしても正妻という立場からそれを封印してしまうわけだな」
ラウラが頷きながら僕の計画を解説してみせる。
「…………そういうことになるの、かな」
日本には『形から入る』という慣用句がある。まず一夏のお嫁さんになってから僕だけを愛してくれるように一夏を調教……もとい、教育したい。
「つまり、一夏さんの子どもが出きてしまえば問答無用で勝利。というわけですのね」
セシリアが俯いたまま最終条件を口にする。
「そう言えば、IS学園の行事で海に行った時や一夏の家に押しかけた時、千冬さんは私たちにやたらと牽制を掛けてきたな」
箒の言葉に当時のことを思い出す。
「そうだね。15歳って単語を使って僕たちがまだ大人じゃないことを突きつけてきたね」
高校生とはいえまだ子どもであることを千冬さんは暗に陽に訴えてきた。ビール片手に自分は大人であることを印象付けながら。
「だが、千冬さんの牽制は別の方法で解釈することも可能だ」
「別の方法?」
鈴が目を丸くした。
「かつての日本では15歳と言えば嫁入りが普通の年齢だった。それを踏まえると、だ」
箒の目に力が入る。クールな彼女が燃え上がるのは珍しい。
「私たちは既に子を成すこともできる大人の身体を持っている。しかし、15歳という枠に閉じ込めることで子どもだという意識を植え付けられている。そう解釈もできる」
「なるほどね」
鈴が頷いた。
「つまり教官は私たちを子どもという枠に閉じ込めることで一夏の独占を図っている。そう言いたいのだな?」
「あくまでも私の推論に過ぎないがな」
ラウラの言葉を箒は目を瞑りながら頷いてみせた。
「ですが、わたくしたちはすぐに16歳になりますわ。日本では女性は16歳から結婚できるのでしょう?」
「そうだ。だからこそ……千冬さんが、次の作戦に移行する可能性は捨てきれない」
ピリピリとした空気を醸し出す箒。その張り詰めた雰囲気に彼女が何を言おうとしているのか。僕にも何となく分かってしまった。
そして、その予想と変わらない内容が箒の口から語られた。
「千冬さんの次の作戦。それは一夏を一生誰とも結婚させないことにあるかもしれん」
語る箒の言葉は震えていた。
「おっ、織斑先生が一夏さんのことを愛しているならその可能性はあります。でも、先ほど子どもが出きてしまえば勝ちだとみんなで納得したではありませんか」
セシリアが必死に訴える。自分の心に浮かんでしまった悪夢のような可能性を必死に振り払うかのように。
「…………教官が一夏の子を宿したらどうなる?」
答えたのはラウラだった。
「えっ?」
引きつるセシリア。
「教官が一夏の子を宿した場合、一夏はどう行動に出る?」
「そっ、それは。子どもが出きれば勝利なのですから、一夏さんは他の女性や男性との関係はスッパリと足を洗い責任を取って織斑先生と結婚……はできないですわね。姉弟ですもの」
「そうだ。教官と一夏は結婚できない。しかし、他の女との関係を断ち切らせることで一夏は一生結婚できなくなる」
「千冬さんは未婚の母となり、形式上は未婚の弟に家事や育児を手伝わせる生活を送ることになる。その内実は夫婦と何も変わりがない」
箒が重い雰囲気を抱えたまま言葉を付け足した。
「千冬さんが産休に入るような事態になれば……あたしたちの負けってことね」
鈴は悔しそうに僕たちの敗北条件を告げる。
「わたくしたちが結婚できるようになるまでもう時間はありませんわ。となると、織斑先生は……」
「早々に行動に移る可能性は否定できない、ね」
僕たち全員に緊張が走る。
もし、織斑先生が本気で一夏に迫ったら…………。
「あっ、あたし。今日ラクロス部のミーティングがあるのを忘れてたわ。サボったら怒られちゃう」
鈴が慌てて立ち上がる。
ちなみに今、完全下校時刻の10分前。
「私も剣道部の練習に参加せんとな。1日もサボったことがないのが私の自慢だからな」
箒も立ち上がる。
ちなみに箒は1学期の間中一夏の特訓に付き合ってほとんど部活に出ていなかった。
「わたくしも、テニス部の夏の大会に向けて特訓に励まないといけませんわ」
セシリアまで慌てて立ち上がった。
ちなみに夏の大会は8月のはじめにもう終わっている。
「じゃあ、あたし行くわ」
「私も行くぞ」
「わたくしもですわ」
「あっ、うん」
「今日の会合はここまでのようだな」
挨拶もそこそこに鈴たちは教室を出て行く。
3時間近くに渡った女子会の最後は呆気ないものだった。
「みんな、火が付いちゃったみたいだね」
2人きりになって寂しくなってしまった教室を見ながらラウラに話しかける。
「普段は口下手なお前にあれだけ焚き付けられたのだ。誰だって焦るに決まっている」
淡々とした口調で返すラウラ。
「僕は焚きつけた覚えはないんだけどね」
「自覚なくあれだけ煽るとは……貴様、本物の悪女だな」
眼帯を外したままのラウラが呆れた瞳で僕を見ている。
「ラウラだってBLだって煽ったじゃない」
「私は最も真実味が高そうな可能性を述べたまでだ」
「自覚なく煽るんだから……ラウラも相当な悪女だよ」
自分が悪女と言われた部分は否定しないでラウラも悪女に堕とす。
僕はもう気付いてしまっているから。
例え悪女と言われようと全力を尽くさなければ一夏に手が届かないことに。控えめでいい子なだけの僕じゃ一夏のお嫁さんにはなれないことに。
「ねえ、実際の所一夏はシスコンでロリコンでBLだと思う?」
「知らん」
ラウラの答えは簡潔だった。
「だが、今日の話で箒、鈴、セシリアが本気になって攻勢を仕掛けていく展開になることだけは明らかになった」
「僕は3人と一緒にラウラも出て行くと思ったんだけどな」
猪突猛進なラウラだったら真っ先に飛び出していきそうな展開。けれど彼女は予想に反して最後まで教室に残っている。
「私は本気で勝ちたいと思ったからここに残っている」
「へぇ」
ラウラの言葉にドキッとする。でも、その動揺を顔に出さないように注意しながら続きを促す。僕の思惑と一致するのかを確かめるために。
「いつものように乱戦状態になっては……おそらく勝者は出ないだろう」
「まあ、そうかもしれないよね」
平静を装いながら更に続きを促す。
「一人の力で勝てないのなら……同盟を組んで事にあたる必要がある」
「ふ〜ん」
心臓がドキドキする。続きが早く聞きたい。
「私と箒と鈴は前線でガンガン押していくタイプだ。セシリアはスナイパーであるものの自己を晒して目立つことをよしとするオフェンシブタイプ。要は似た者同士だ」
ラウラが僕へと黄金の瞳を向ける。思わず吸い込まれてしまいそうな綺麗な瞳。
「似た者同士が組んだ所で足の引っ張り合いにしかならん。だが、シャルロット。お前は違う」
ラウラが顔を近づける。
「お前はサポートを得意とするタイプ。シャルロットの助力さえあれば……私は箒たちを打ち倒せる」
「そしてしかる後に僕とラウラの最終決戦というわけだね」
ニコニコしながら説明に乗っかる。
「ああ。勝った方が一夏の唯一無二の正妻だ」
「うん。乗った♪」
力強く頷いてみせる。
「いい子のシャルロットにしては随分とあっさりと私の策に乗ってきたな」
「僕、本物の悪女なんでしょ? だから、いいんだよ」
満面の笑みを浮かべて返す。
「僕も誰かと組まないといけないと考えていた。ラウラが先に提案してくれて嬉しいよ」
ラウラの手を握りながら礼を述べる。
積極性、強引さ。他人を蹴落とすしたたかさ。そう言ったものが僕には欠けている。だから、アグレッシブな4人を同時に相手にするのは厳しい。
だから、一緒に手を組んでくれる人はいないかと思っていた。けれど、最も積極性に富んだラウラが僕を誘ってくれたのはちょっと意外だった。
「ならば盟約を交わすぞ」
「分かった♪」
ラウラに顔を近づけてその左頬に軽くキスをチュッとする。
「なあっ!?」
ラウラが驚いて固まる。
「これで盟約締結だね」
「なっ、何故キスをするっ!?」
ラウラが顔を硬直させたまま器用に口だけを動かす。
「この国のアニメだと、乙女からのキスは何よりも大事なものらしいから丁度いいかなと思って」
「それは女が男にする場合の話だろう!? 私は女だっ!」
「そんなことは知ってるよ」
ラウラの綺麗な銀髪を右手で撫でる。サラサラで気持ちいい。
「一夏はラウラの嫁なんでしょ?」
「そっ、そうだが今それが何の関係が?」
「なら、僕は一夏のお嫁さんになる。それなら一夏は2人のお嫁さんを持たずに済むね」
「何を言って?」
「僕が一夏のお嫁さんになったら……ラウラを僕のお嫁さんにしてあげるね♪」
「だからお前は一体何を言って???」
顔中ハテナマークだらけのラウラ。
それはそうだと思う。僕だって自分が何を言っているのかよく分からない。でも……。
「これからの僕らは一蓮托生。一夏を入れて3人で幸せになる。それが僕たちの目標だよ」
僕1人じゃ一夏には永遠に届かないかもしれない。でも、見方さえ変えれば。やり方さえ変えれば。僕は一夏と幸せになれる。
「トライアングラーか……」
ようやく硬直が解けたラウラが腕を組んで目を瞑って考えている。
「一夏が嫁でシャルロットが夫か。確かにこれなら重婚には該当しないな。夫一人妻一人の一夫一婦制を守っている。うん。悪くない」
ラウラも僕の考えを尊重してくれた。
1人では一夏まで手に届かないという危機感は彼女も強いのだと思う。
「手に入れるぞ……一夏を」
「うん。だからこれは前払い」
今度はラウラの右頬に軽くキスをする。
「だっ、だからキスするな! 私は女だぞ!?」
「ラウラは僕のお嫁さんになるからいいんだよ」
混乱しながら両手を振り上げるラウラから笑いながら距離を取る。
こうして独仏同盟が結成された。
一夏を巡る戦いは新しいステージに移行しようとしていた。
9月初めのある放課後の出来事だった。
了
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一夏くんに対して色々と嫌疑がかかっています。 |
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