とある アイドルとマネージャーと修羅場
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とある アイドルとマネージャーと修羅場

 

 

『アリサがこんなことして喜ぶと思うのか?』

『怒るでしょうね。確実に』

『だったら……』

『貴方と結ばれることを私が望んでいるんですよ』

 俺の助言を遮ってシャットアウラは言葉を挟んできた。どう解釈したらいいのか分からない言葉を。

『今日生まれて初めてお酒を飲んで酔っ払って初めて気付きました』

 シャットアウラが上目遣いに俺を見上げる。

『私は貴方のことが好きなんだって。1年前に貴方に救われた時からずっと好きなんだって』

『シャットアウラ……』

 思ってもみなかった子から告白されてしまった。

 酔っ払ってフワフワしていた気持ちが一瞬で吹き飛んで緊張が取って代わる。

『だから本当はアリサのことは関係ないんです。私が貴方と結ばれたいだけなんです』

 シャットアウラは俺の胸に頭を深く埋めた。

『私を……貴方の一番側に置いてください』

 シャットアウラの俺の背中に回った腕の力がより一層強いものになる。

 俺はと言えば、シャットアウラからの突然の告白に驚いて緊張して黙ったまま硬直していた。

 振り払うべきなのに、口で説明して諦めてもらうべきだったのに。それができなかった。

 俺の男としての本能が、裸の女の子に抱きつかれている状態を少しでも長く続けようと無意識に画策した結果かもしれない。

 でも、何にせよ俺は彼女に抱きつかれるままでいた。

 そして──

 

『青髪くんから2人が出て行ったって聞いて、慌てて校舎中探したんだよ。ちょっとグラウンドを案内してもらっている間に出て行っちゃうなんて酷いよぉ』

 

 朗らかな声と共に電気が点けられ、室内へと魔女っ子ルックのアリサが入ってきた。

 そして彼女は俺たちを見ながら固まった。

『どうして、当麻くんが裸のシャッちゃんと抱き合っているの?』

 アリサに最悪な光景を見られた。

 俺がそのことを理解するのはそれから30秒後のことだった。

 

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「………………当麻くん……これは、どういうことなの?」

 光の消えた瞳のアリサの凍りついた表情を見て俺はようやく事態の深刻性に気が付いた。

 俺の前ではいつも明るく朗らかな表情を絶やさないアリサが絶望している。そんな表情をさせてしまったのが他ならぬ俺だという事実に愕然とする。

「あ、あの、これは……その……」 

 アリサに声を掛けようとして言葉に詰まる。

何と説明すればいいのか分からない。何故こうなっているのか俺にも分かっていない。

 裸のシャットアウラに抱き締められている理由を。いや、問題の核心はそこじゃない。

 俺が彼女からすぐに離れなかったから。抱き付かれたままにしていたから。それがアリサを絶望させたんだ。何で俺はそんなことをしたんだ?

「だから、そのな……」

 俺は、アリサが大好きなのに……。

 何やってんだ?

 何やってんだよ、俺?

 

『私は貴方のことが好きなんだって。1年前に貴方に救われた時からずっと好きなんだって』

 

 つい先ほどのシャットアウラの告白が頭を過ぎる。

 喉がカラカラ乾く。嫌な汗が出る。胸の中が苦しさで満ち溢れる。

「分からないのですか、アリサ?」

 言葉に詰まっている俺に代わり喋ったのはシャットアウラだった。

 彼女は俺に抱き付いたまま冷たい瞳でアリサを見ている。明らかな挑発を含んだ視線。

「どういうことかな……シャットアウラ?」

 アリサも冷たい瞳でシャットアウラに返す。

 いつもは“シャッちゃん”と愛称で呼ぶアリサ。その彼女が“シャットアウラ”と名前で、しかも冷淡に呼んでいる。それが堪らなく怖い。2人の間に深い溝を感じる。

「それはもちろん……」

 シャットアウラが俺の背中に回していた腕を首へと回してきた。

「おっ、おいっ!?」

「私が……上条当麻の女、だからですよ」

 シャットアウラは先ほど以上に挑発的な口調と瞳でアリサに答えてみせた。

 

「アリサが1年以上ももたもたしていたので。代わりに私が上条当麻をいただきました」

 アリサに見せ付けるようにして俺と密着するシャットアウラ。

 何やってんだよ、コイツ?

 そんなことしたらアリサがより一層怒るだろ?

 頭のなかでは幾らでもシャットアウラへの文句が沸く。けれど身体も口も動いてくれない。石像になってしまったかのように固まっている。

「あたしの恋をいつも邪魔し続けたのはシャットアウラだよね? それがもたもた? 自分にだけ都合の良い表現だよね」

 世界が崩壊していく。優しく温かだった俺を包むアリサとシャットアウラの世界が。足元から崩れ落ちていく。

「今から思い返すと半分はアリサへの嫉妬から出た行動でしたね。歌手云々よりも貴方に上条当麻を取られたくなかったのが本当の所でしょう」

「やっぱり。貴方はエンデュミオンの1件の時から当麻くんのことが好きだったんだね。そうじゃないかとはずっと思ってたんだよ」

「ええ。それに気が付いたのは今日ですけどね」

 生気を感じさせない瞳で睨み合うアリサとシャットアウラ。いつもの喧嘩とは違う。

 深い憎しみが、不信感が2人を渦巻いている。

 

「私の全ては上条当麻のものです。鳴護アリサ、貴方の出る幕はもうありません」

「当麻くん……シャットアウラはこう言っているんだけど?」

 アリサの顔が俺へと向けられる。俺の知らない冷たい瞳が捉えて離してくれない。

 アリサを初めて怖いと感じている。

「当麻くんはシャットアウラを抱いたの?」

「ちっ、違うっ! 俺はそんな真似はしてないっ!」

 必死になって否定しながら俺は大きな衝撃を受けている。アリサがこんな生々しい質問をするなんて思ってもみなかった。アリサが俺の知らない“女”の面を見せている。

「じゃあシャットアウラと付き合っているの?」

「付き合ってないっ!」

 声を張り上げながら首を横に振る。俺の知らないアリサを見せられて酷く動揺している。情けないほど混乱している。

「じゃあシャットアウラとは身体だけの関係とか?」

「俺とコイツはそんな関係じゃないっ!」

 大声で怒鳴る。俺の知るアリサはこんな娘じゃない。もっと可憐で優しくて純粋で…。

 いや、俺が勝手にアリサのことを知ったつもりになっていたのか?

 俺はアリサを、女の子を漫画のキャラクターのような存在として捉えていたのかもしれない。そんな馬鹿だった自分に最悪なタイミングで気付いて更に混乱する。

 

「なら、どうして当麻くんはシャットアウラに抱き付かれたままにしているの?」

 アリサからの糾弾が遂に、きた。喉が締め付けられる。苦しい。気持ち悪い。

「当麻くんはシャットアウラを突き放すこともできたよね? 何でしてないの?」

 生気を感じさせなかったアリサの瞳が瞬時に曇っていく。

「当麻くんは……あたしのことが好きなんじゃないの?」

 アリサの言葉が胸の奥に突き刺さる。

「あたしは、きっとそうなんだって信じていたのに……」

 アリサの瞳から大粒の涙が零れた。

「アリ、サ……ご、ごめ……」

 言葉に詰まる。謝罪さえも声が震えてまともに口に出せない。

 俺がアリサを泣かせた。その事実は、俺が受け止めるには余りにもキツ過ぎた。

 頭が真っ白になった。呼吸さえできない。涙で潤んだアリサの瞳に釘付けになっている。

 わけが分からなくなってしまっている。

 けれど問題はこれだけで済まなかった。

 この場にいるのは俺とアリサの2人きりではなかったから。

「………………上条当麻が私を退けないわけ。それは、こういうことですよ」

 シャットアウラは背伸びをして、桜色の艶めかしい唇を俺の唇へと押し付けた。

 

「…………っ!?」

 俺の初めてのキスは、全く考えてもみなかった女の子との体験になった。なってしまった。俺はアリサをまた裏切ってしまった。

 女の子にキスされたと言うのに……死にたい気分でいっぱいになった。

「ぷはっ。私と上条当麻の関係はこれから始まるんですよ。今日、ここからね」

 短いキスを終えて唇だけ離したシャットアウラが答える。俺には彼女の顔を怖くて見ることができない。

 けれど、アリサの表情が更に悲しみに染まっていくのを見て、どんな顔をしているのか予想が付いた。

「…………ひどい」

 アリサの身体が大きく震える。

「ひどいですね。ええ」

 けれど、シャットアウラはそんなアリサを見ても動じない。

「どうしてここまでするの? 何であたしの前で当麻くんにキスなんかするのよッ!」

 アリサの瞳に怒りの火が宿る。こんな彼女を見たのは初めてだった。

「ここまでしなければ貴方は上条当麻を諦めないでしょう。彼は私のものです」

「最低ッ!!」

 アリサの怒声と共にパシンッという破裂音が来賓室に響き渡る。

 アリサがシャットアウラの頬を叩いたのだと気付いたのは、アリサの振り抜いた手の形を見てのことだった。

 

「アリ、サ……っ?」

 アリサが人を叩く。

 現実にそうなるまで、少しも考えてみなかった事態が目の前で起きていた。

 一切の暴力と全く無縁だと思っていたアリサが人を叩いた。しかも自分の大切な人を泣きながら叩いた。

 この事態をどう解釈すればいいのか分からない。俺の理解のキャパシティーを遥かに超える事態が起きている。

「……俺が何とかしなきゃならないのに。俺が2人を仲裁しなきゃならないのに」

 なのに何をすればいいのかまるで分からない。いや、俺は今、2人の争いに恐怖を感じて動けない。

それが、どんな危険な戦いにも一切臆することなく介入し続けたヒーローであるはずの俺の現実だった。

 

「左頬だけでよろしいのですか? 右頬も引っ叩いてみてはどうですか?」

 衝撃を受けているはずのシャットアウラもまた俺の予想とはまるで違った反応を返した。それは挑発の継続。わざと自分の右頬を突き出してみせている。

 何でそんなにアリサを刺激するのか。2人の関係を自ら壊そうとするのか分からない。そんな行為は破滅しかもたらさず、利益なんて彼女にも何もないはずなのに。

「…………2人とも。もう、止めてくれよ……」

 ヒーローと呼ばれた男にできたことは、掠れるような小さな声で短く呻くことだけだった。俺はあまりにも無力だった。惨めなヘタレだった。

 

 張り詰めた沈黙の後にアリサは俺たちから顔を背けて呟いた。

「……………………さよなら」

 アリサは恨み言を言うでも怒りをぶつけるでもなく俺たちへの離別の言葉を述べた。

 次の瞬間、彼女は俺たちの前から走り去っていった。涙を床に点々と零しながら。

「アリサッ!」

 手を伸ばすが届かない。

 俺はアリサの去りゆく背中を呆然と見ているしかできなかった。

 

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 アリサは走り去ってしまった。

 今すぐにでも彼女を追い掛けなくてはならない。でも、それをすることはできなかった。

「上条当麻。貴方は私を軽蔑しますか? 軽蔑していますよね。当然です。私が最低の人間であることは自分でもよく分かってますから」

 俺にキスした少女は今にも消えてしまいそうな儚さを湛えて震えているから。叩かれた左頬を抑えながら自責の念に潰されてしまいそうになっているから。

 今のシャットアウラを放っておくわけにはいかない。彼女をここまで追い詰めた原因が俺であるのは間違いないのだから。

「シャットアウラを軽蔑はしない。俺が許せないのは、自分自身だから」

 アリサもシャットアウラもとても苦しんでいた。けれど俺は、自分の受けた衝撃の大きさに心を空っぽにしてしまい2人のことをちゃんと考えられなかった。

 だから、この事態を招いたのは何よりも誰よりも俺が悪い。

 俺が2人を何とかしなければいけない。でも、どうやって?

「なら……貴方はこんな私を愛してくださいますか? 私を受け入れてくれますか?」

 いつも勝気な彼女とは思えない弱弱しい瞳が俺に向けられる。

「アリサを裏切った私にはもう貴方しかいません。だから、だから……貴方の側に置いてください。お願いします……」

 悲しすぎる想いが込められた言葉。彼女の中の世界が崩壊してしまっていることを物語っている。

 シャットアウラは心の奥底から俺を欲している。俺に安らぎを求めている。そうでないと壊れてしまいそうだから。

 ……でも、だからこそ、半端に答えちゃいけない。なあなあにはできない。それは彼女に対してあまりにも不誠実すぎる。彼女を本当に潰してしまいかねない。

「…………ごめん。俺が好きなのはアリサだから。愛しているのはアリサだけだから。シャットアウラの想いには応えられない。だから、ごめん」

 頭を下げながらシャットアウラに上着を掛ける。

 最低な俺だけど、せめて今この瞬間ぐらいは誠実に生きたい。

「俺がちゃんとしていなかったから。しっかりしていなかったから。アリサとシャットアウラに悲しい想いをさせてしまった。本当にごめん」

 もしかすると俺は今泣いているのかもしれない。目頭が熱くてたまらない。

「何故私に怒りをぶつけないのですか? 私は貴方とアリサを引き裂いたんですよ? 2人を傷付けたのですよ?」

「俺、女の子に告白されたのなんて初めてだったからさ。しかもシャットアウラみたいな可愛い子にさ。それで俺、舞い上がって……調子に乗ってた」

 アリサが来賓室に現れる前、俺の胸の中には確かに優越感と劣情が渦巻いていた。女の子に告白された男になれたことで無意識に傲慢になっていた。

「それに、オマエの必死な表情を見ていたら、振り払っちゃいけない気分になってた」

「それは……同情ですね」

 シャットアウラは小さく自虐の笑みを浮かべた。

「ごめん。俺の恋愛なのに、いつものお節介の感覚でいた」

 俺は第三者の立場に立っては絶対にいけなかった。なのに、そうした。それが、シャットアウラの心を深く傷つけた。

「私は……同情でも何でも構いません。便利な道具ぐらいの感覚で構いませんから私を貴方の側に置かせてください。貴方を愛する権利をください」

 シャットアウラが俺の袖にしがみつく。

「そんな卑屈にならないでくれよ。オマエは、そんな弱い奴じゃないだろ」

 今のシャットアウラは見ているのが辛い。初めて会った頃の凛々しさが消え失せている。

「私はアリサを、アリサを信じている自分を裏切りました。自分を構成する幹を自分で切り倒したのです。弱くなるのも当然ですよ」

「シャットアウラにとってアリサの存在はそれだけデカいってことだろ」

 アリサとシャットアウラはこの1年、2人で手を取り合いながら芸能活動を続けてきた。2人の息が揃っていたからこそアリサは歌手として成功し、それを見守るシャットアウラも輝くことができた。

「やっぱり2人の絆は太くて堅いんだよ、だったらっ!」

俺は自分が何をすべきなのか。それが見えた思いになった。

 

「…………お節介な貴方のことです。私とアリサの仲の修復のために奮闘しようというつもりなのでしょう」

「えっ? あっ、ああ……っ」

 シャットアウラに俺の言おうとしていたことを先に言われてしまった。

「でもそれは、時間が掛かったとしても私とアリサが自分でしなければならない課題です。私が自分でアリサに謝罪して解決しなければ意味が無いんです」

「そ、そうだな」

 返事しながら戸惑う。いつも俺はお節介という形で勝手に介入を繰り返してきた。そのお節介を不要とされてしまうと自分が何をすべきか分からなくなる。

「それにこの問題は同じ男に恋をした女同士の仲違いです。恋の修羅場です。その修羅場の原因である貴方が何と言って私たちを仲直りさせるつもりなのですか? ハーレムでも作って平等に愛するとでも?」

「そう、だよな。また、第三者気取りになってた。ごめん」

 シャットアウラの言葉に反省する。俺が曖昧な態度を取り続けたせいでアリサとシャットアウラは傷付いて反目し合ってしまった。

 事件の元凶である俺が2人に仲良くしろと説教するのは如何にも自分勝手過ぎる。

「ですので代わりにお願いがあります」

「お願い?」

 シャットアウラが涙で潤んだ瞳で俺を見上げた。

「必ずアリサと結ばれてください。彼女を二度と離さないようにしてください」

 泣き顔を見せながら彼女は小さな声で必死に訴える。

「貴方とアリサがちゃんと結ばれてくれたら。私は自分の気持ちに整理をつけることができます。そうしたら……いつかきっとアリサとも仲直りすることができます」

 俺を掴むシャットアウラの手がとても熱い。

「…………分かった」

 短く頷いて返す。

「アリサの背負っているものはとても重いですよ。彼女のために全てを投げ捨てられますか?」

「それは俺の得意分野だよ」

 親指を立てて歯を見せて笑いながら答える。

 シャットアウラに言われるまでなく、俺の高校生活は今日で終わるっぽい。

 なら、この状況を逆手に取ってアリサのために全力を尽くすのみ。

「アリサはきっと貴方のために全てを投げ打つ選択をすると思います。そんなアリサを支え幸せにすることが貴方にはできますか? トップアイドル以上の幸せをあげられますか?」

「俺は絶対にアリサと幸せになってみせる」

 力強く宣言する。根拠は何もない。でも、その結果に到れるように俺は全力を尽くす。それはシャットアウラに誓える。

「どう考えても胡散臭いのに……エンデュミオンの奇跡を起こした貴方が言うと頼もしく聞こえますね」

 シャットアウラの表情に久しぶりに笑顔が浮かんだ。

「アリサのことをよろしくお願いします」

 シャットアウラは小さく頭を下げた。

「ああ。シャットアウラの大切なアリサは俺が必ず幸せにしてみせる。いや、一緒に幸せになってみせる」

 誓う。俺のことを初めて好きだと言ってくれた女性に。俺の覚悟を。

「最後にもう1度だけ……貴方の好きな女性の名前を教えてください」

 シャットアウラが俺の瞳を見つめ込む。俺はその視線を受け止めながら好きな子の名前を告げた。

「俺が好きな子は鳴護アリサだ」

 シャットアウラは小さく息を吸い込んで目を閉じた。

「さようなら……上条当麻」

 俺は初キスの相手である彼女に背を向けて真っ暗な廊下を駆け抜けていった。

 

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「アリサは一体どこに行ったんだ?」

 校内を必死に駆け巡っているのにアリサを発見できない。

 靴箱に彼女の靴があった。魔女姿のまま外に出ることもないだろうし、おそらくは学校の敷地内にいるはず。でも、彼女の姿を捉えられない。

「畜生っ!」

 マンガやアニメの主人公だったら、はぐれてしまったヒロインの元へ無意識にでも辿り着けるのに。

 俺はこんな時にアリサがどんな行動に出るのか分かってもいない。愛していると言いながらこの体たらく。情けなくて涙が出そうになる。

「…………上条ちゃ〜ん。ちょっとお話があるのですよ」

 玄関まで走ってきた所で靴箱の影から声が聞こえてきた。

「小萌先生?」

 声は小萌先生のものだった。かなり酔っ払っている声ではあるが。

 きょろきょろと周辺を見回す。すると、闇の中から小萌先生がゆっくりと現れた。

 両脇に姫神と吹寄を従えて。

「姫神。吹寄も」

 俺は慌てて3人の元へと駆け寄る。

「アリサを見なかったか? 探してるんだ」

 息を整えながら小萌先生の前で止まる。

「先生たちも〜上条ちゃんに聞きたいことがあるのですよ」

 コクンと頷いてみせる姫神と吹寄。なんか脇侍のような貫禄を示しながら小萌先生の左右を固めている。すごい圧迫を受ける。

 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「アリ……」

「鳴護ちゃんと何があったのですか?」

 俺の言葉を遮って小萌先生が質問してきた。

「鳴護ちゃん、泣いていたのです」

「そ、それは……」

 小萌先生たちに何を喋っていいのか判断に迷う。躊躇していると先に言葉を繋げたのは小萌先生の側だった。

「まあ、細かいことは聞きませんです」

 小萌先生は右手に持っている魔法のステッキを強く握り込んでみせた。酔っているからか微妙にステッキが震えている。

「どんな理由があろうと、仲良し小萌先生クラスに在籍する男子生徒が女の子を泣かすなんてあってはならないことなのです」

 魔法のステッキの先端に赤い光が灯る。戦闘モード発令。

「ういっく。よって先生は上条ちゃんを処刑するのです。姫神ちゃん、吹寄ちゃん。2人も準備よろしくなのです」

 2人のクラスメイトが担任の声に従ってバットを正眼に構える。

「処刑を執行する前に言いたいことがあるのなら、一言だけ聞いてあげるのですよ」

 小萌先生の凛とした声が廊下に響き渡る。

「上条くんは。アリサをどう思ってるの?」

「説明しろ」

 姫神と吹寄は鋭利に瞳を尖らせながら俺が何を喋るべきなのか伝えてくれた。

「さあ、上条ちゃん。喋れ、なのですっ!」

 小萌先生のステッキが俺へと向けられる。

 審判の時が、きた。

 いや、始まりの時か。

 大きく息を吸い込む。

 俺はアリサと向き合う第一歩を今ここから始めてやるッ!

 

「俺は……アリサのことが大好きだぁッ! 愛してるんだぁッ!!」

 

 吠えた。

 説明するというか叫んだ。いや、やっぱり吠えたという表現がしっくりくる。

 とにかく、大声で正直に自分の心のままを3人に向かって叫んだ。

「これが俺の正直な気持ちだっ! さあ、処分でも処刑でも何でもしやがれってんだ!」

 心に火が点いている。そう表現するのがピッタリだと自分でも思うぐらいに胸の内が熱くなっている。

「アリサが好き。それが……上条くんの答え」

「なるほどな」

 姫神と吹寄は微動だにせずバットを構えたまま。

「上条ちゃんは……仲良し小萌先生クラスでは男女交際がタブーであるにもかかわらず鳴護ちゃんとカップルになりたい。そう考えているのですか?」

 小萌先生は目を瞑りながら俺に尋ねる。

「そうだよ。俺はアリサと恋人になりたい」

 間髪入れずに大声で答える。

「世界的歌姫であるARISAに歌手を辞めさせてでもお嫁さんにもらいたい。そうジコチューに考えているのですか?」

「そうだよ。俺はアリサを嫁にもらう。ジコチューを貫いてでもな」

 力強く頷いてみせる。シャットアウラとの会話で交わした決意をここで違えるつもりはない。

 

「なるほど。ヘタレ極まりない上条ちゃんにしては随分と強い覚悟を抱いているようなのですね」

 小萌先生は目を閉じたまま薄く笑う。

「それだけの覚悟があるのなら……鳴護ちゃんともきっと上手くいきますよ♪」

「もしかして、俺とアリサの仲を認めるためにこんな芝居を……」

「それだけの覚悟があるのなら……死んでも文句ないですね♪」

 小萌先生が瞳を開く。普段と変わらない表情。いや、酔っているからか。焦点の合っていない瞳が不気味に濁って見える。

「鳴護ちゃんは屋上にいるのです♪」

 今度は上機嫌でアリサの居場所を喋ってくれた。酔っぱらいゆえの脈絡の不在か。

「屋上。盲点だった」

 普段屋上は鍵が掛かっていて入れない。出入りには職員室で管理されている鍵が必要となる。だからアリサは立ち寄らないだろうと踏んでいた。

 でも、どうやら小萌先生がアリサを屋上へと誘導したらしい。みつからないわけだ。

「じゃあ、早速屋上に……」

「鳴護ちゃんに会いたければ先生を倒して行くがいいのですよ♪ さもないと上条ちゃんはここで死んでしまいますから♪」

 酔っぱらいらしい理解し難い二択を突き付けられる。

 けれど、先生が俺に死の粛清を与えようとしていることは事実のようだ。

 魔法のステッキが今まで以上に強い光を放ち始める。

 小萌先生は本気で俺を殺すつもりだっ!

「さあ、鳴護ちゃんへの愛と上条ちゃんの命を賭けた戦いを始めるのですよ♪ にゃっはっはっはっは」

 相手は酔って立っているのも怪しいとはいえ世界最強のなんちゃって魔法少女。その魔法攻撃は俺の右手では防げない。相性最悪の相手。ていうか勝ち目なんてない。

「上条ちゃん。貴方の愛の力、試させてもらうのです♪」

 ステッキの光が臨界点へと到達する。

「クソッ。せっかくアリサの居場所が分かったのに……っ」

 小萌先生との距離は3m前後。この至近距離じゃ右へ飛ぼうが左に飛ぼうが吹き飛ばされちまう。

「グッドラッ……きゃぁあああぁっ!?」

 魔法弾が発射されるまさにその瞬間だった。

 小萌先生が悲鳴を上げてステッキが突然吹き飛んで廊下に跳ねた。カランカランと音を立てながら廊下を転がる魔法のステッキ。

 

「これはどういうことですか? 姫神ちゃん、吹寄ちゃん」

 先生は自分の左右を固めていた2人の教え子に視線を交互に送って睨む。

 2人の振り下ろしたバットが小萌先生のステッキを吹き飛ばしていた。

「別に。ただの憂さ晴らし」

「苦い青春を味わっている所なのでしてね」

 姫神たちは淡々とした表情と口調で答えた。

「なるほど。失恋決定で憂さ晴らし。加えて惚れた男に最後の義理立てというわけですか。本当に青春ですねえ♪」

 小萌先生はホコホコしながらよく分からない解説をしている。

「まあ。そういうこと。上条くんは何のことか分かってないみたいだけど」

「そういうことなので覚悟してもらえますか」

 2人のバットの先端が小萌先生の頭へと突きつけられる。

「上条くん。小萌先生は私たちが抑える」

「だから早く鳴護アリサの元へ向かえっ!」

 2人の言葉が俺の胸の奥へと入り込む。

「…………分かったっ!」

 小萌先生を裏切って俺の味方をしてくれた姫神たちの意思を無駄になんてできない。

 俺はすぐに3人の脇をすり抜けて階段に向かおうとした。だが……。

「小娘2人だけで先生に勝てると本気で思っているのですか?」

 走り出そうとした瞬間、小萌先生から放たれた強烈なプレッシャーにより足が止まる。

「ステッキのない先生に何ができると言うのです?」

「先生の魔法発動にステッキが必要なのは調査済み」

 怯んだ俺に反して吹寄たちは冷静だった。先生の魔法少女としての特性をよく分析している。

「確かに先生の魔法発動にはステッキが必要なのです」

 鼻を鳴らす先生。

「でも、あのステッキでなければならないなんて誰も言ってないのですよ♪」

 小萌先生の顔が愉悦に歪む。

「2人とも……そのロリBBAから今すぐ離れろッ!」

 先生の意図に気づいて大声で叫ぶ。けれど2人は先生の反撃を想定していなかったのかすぐには行動に移れない。

「トレース・オン♪」

 小萌先生はドレスの中に手を突っ込んで……スルメを取り出した。今日のパーティーで酒のつまみとして振る舞われていたイカの足。

「そんなもんがステッキの代わりになるのかよっ!?」

「威力は普段の10分の1に達するかどうかですが……先生に逆らう悪い子ちゃん3人を消滅させるには十分なのですよ♪」

 スルメの先端が激しく光る。

「それじゃあ改めまして……グッドラック、なのです♪」

 その言葉の直後、玄関で大爆発が生じた。

 

 

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「それじゃあ改めまして……グッドラック、なのです♪」

 小萌先生のステッキは既に臨界点を迎えている。

「クソッ。せめて姫神と吹寄だけでも逃さねえといけないのに。もうダメなのかよ?」

 戦闘経験に不足する2人はこの突然の事態に身体を硬直させてしまい動けない。恋愛に不慣れな俺がアリサとシャットアウラの争いに茫然自失となってしまったように。

「俺は……アリサはおろか、目の前のクラスメイトさえも助けられないってのかよ!」

魔法の発動を防ぐべく小萌先生に向かって手を伸ばす。でも、もう遅いことは俺が一番分かっていた。

 

「…………俺を倒したヒーローが何つまンねえこと言ってンだよ」

 

 伸ばした手は小萌先生に届かない。

「あぁああああああぁ」

そして無情にもスルメの先端に収束されていた光が外部へと発射されてしまった。

 

「にゃんぱすゥウウウウウウウウウウゥーーーーッ!!!!」

 

 光に視界を遮られた瞬間、闇の翼が俺を包んで守ってくれた。そんな光景を見た気がした。

 

 

 大爆発が起きてその衝撃で突風が巻き起こる。

「うぉっ!?」

 両手を顔の前で交差して重心を落とし吹き飛ばされないように必死に耐える。

 爆風は廊下を突き抜けてやがて去っていった。

 ガードを解いて前を見る。何が起きたのかを確かめるために。

「一方通行。それに青髪ピアス」

 一方通行は背中に漆黒の翼を生やし俺に背中を向けて立っている。能力を発動して俺たちを守ってくれたのだ。

 青髪ピアスは気絶した姫神と吹寄を両脇に抱えて小萌先生の後ろ側に退避していた。

「お前ら……来てくれたのか」

 狼男とパンダ男の救援に胸がぎゅっと熱く締め付けられる。

「オメェがあまりにも腑抜けた戦いをしているもンでな。喝を入れてやりにきた」

「美少女は全世界の財産。守るのは男として当然のことや」

 2人の友情に感謝する。言葉のどこにも俺への友情を匂わせるものはないけれど。

 

「白もやしちゃん。これは一体どういうつもりなのですか? 指導の邪魔なのです」

 小萌先生が死んだ魚のような瞳で一方通行を見ている。

「この三下にはまだのんのんびよりの素晴らしさを、れんげと蛍の最高ップリを3分の1も伝えられてないンでな。だからこんな所で勝手に死ンでもらっちゃ困るンだよッ!」

 一方通行は俺に背を向けたまま答える。

「それになァ。そろそろ最強の座ってのを取り戻してみたくなったンだよ」

「その翼……少しはマシなマゲッツちゃんに進化したようですね」

 小萌先生の指摘を受けて一方通行の翼に注目してみる。

 確かに普段とは違う。よりシャープな形になっていて2房の馬の尻尾という感じだ。

「これはなあ……のんのんびよりの真ヒロイン宮内れんげ小学1年生女児のツインテールを再現したもンだァッ!!」

 一方通行は吠えた。

「……ごめん。よく理解できない」

 アニメのヒロインの髪型を模すと強くなれるのか?? 何で??

「なるほど。アクセラロリータちゃんの内燃機関はロリコン動力炉。ロリヒロインと一体化して興奮を高めることで自身の潜在能力を最大限まで引き出したということですね」

「……そうなのか?」

「その通りだァッ! 小学生はなァ……宮内れんげは最高なンだよッ! にゃんぱすぅううううううぅッ!!」

 その通りらしい。ロリコンはよく分からない。分かりたくもない。

「けれど、先生と一方通行ちゃんでは黄金聖闘士と青銅聖闘士ほどの実力の開きがあるのです。3倍程度に強くなったぐらいでは勝敗は少しも揺るがないのですよ」

「ロリBBAこそ、そのステッキじゃ普段の力も10分の1も出せンだろうが。余裕こいてる場合なのかよ? アアッ」

「ふむふむ。10分の1対3倍増。うん。それなら本気で戦ってあげるのですよ。少しは面白い勝負になるかもしれないのです♪」

 小萌先生は楽しそうな笑みを浮かべる。

「ロリBBAのオマエに真の小学1年生ヒロインの力を見せてやる。本物のロリの実力ッてヤツをなァッ!」

 一方通行の翼が小萌先生を威嚇するように大きく横に広がる。一方通行が戦闘態勢に入った。

「三下。あの歌手ン所へ早く行け。小萌は俺が引き受ける」

 一方通行は小声で呟いた。小萌先生を睨みつけたまま。

「………………ああ。ありがとう」

 共闘するか葛藤もした。でも、ここは一方通行の申し出を受け入れることにした。俺の目標は小萌先生と戦って勝利することじゃない。アリサと結ばれることだから。

「のんのんびより。今週から見るようにするからなっ!」

 一方通行に背を向けて真っ暗な廊下を駆け出す。

「忘れンなよ。一条蛍はなあ……身なりは大人っぽくても小学5年生だってことをッ! 小学生は最高だってことをよッ!」

 背後から爆音が聞こえてきた。続いて爆風が背中を猛烈に押してくる。

 俺は振り返ることなく一心不乱に屋上に向かって走り続けた。

 

-6ページ-

 

「アリサーッ!!」

 勢い良く開けた屋上へと続く扉の奥。鳴護アリサは手摺りに寄りかかって夜空を見上げていた。

「当麻くん……もう来てくれないと思ってた」

 屋上にはほとんど光源がない。アリサの表情も10m以上離れたここからだと分からない。

 ただ、その声は落ち着いて……沈んでいるのだけが確認できた。

「シャッちゃんと恋人になったんじゃないか。ずっとずっとそんなこと考えてた」

 闇の中から聞こえる声は淡々としている。けれどその平坦さは俺には彼女との溝のように感じられて悲しい。

 彼女に近寄りたいのに拒絶されている。それを嫌でも感じ取ってしまう。

「だってシャッちゃん、可愛いんだもん。一途だし。大胆だし。気は利くし。頭いいし」

 シャットアウラを持ち上げるアリサに声色とは反対の悲哀を感じてならない。

「あたしみたいに子どもっぽくて我がままな子よりよっぽど当麻くんの彼女に相応しいと思うよ」

「違うっ!」

 大声でアリサの言葉を否定する。

「俺が好きなのは、愛しているのはシャットアウラじゃないっ!」

 大きく息を吸い込む。

 ここで一気に告白してしまおう。そんな熱い衝動がこみ上げてくる。

「当麻くんがそれを言うの? シャッちゃんと裸で抱き合っていたのに? シャッちゃんとキスしたのに?」

「そ、それは……」

 だが、そんな俺の熱はアリサの指摘によって消火されてしまった。彼女の指摘はとても当たり前のもので、俺にとっては衝撃の大きなものだった。

 

「ねえ? あたし、当麻くんのことを信じていいのかな?」

 

 寂しげな声の彼女の質問が俺の胸を打つ。

「当麻くんのことを信じたいのに……信じなきゃいけないのに……なんか、ダメになっちゃってるの、あたし。一番信じたい人が、信じられないの」

 アリサの声に涙と嗚咽が交じる。

「シャッちゃんの言う通り、あたしはずっともたもたしていたから。だから、シャッちゃんの方が先に告白したしキスもしちゃった」

 言葉の中に嗚咽が含まれる割合が増えていく。

「あたしの方が前から当麻くんのことを前から……なのに。あたし、本当にばかだよ」

 彼女の声は完全に泣いていた。

「それはアリサのせいじゃない。悪いのは全部俺だッ!」

 暗闇の中で姿が見えないアリサに向かって俺の罪を告白する。

「俺が調子に乗っていたから。シャットアウラに、女の子に初めて告白されて浮かれていたから。だから、アリサは悪くないよ」

「シャッちゃんに前に行かれちゃうような隙を作ったのはあたしだから。だからやっぱりあたしが悪いんだよ」

 アリサの声は相変わらず沈んでいる。

「シャッちゃんとも喧嘩しちゃった。当麻くんも信じていいのか分からない。自分が嫌い。すごく嫌い。あたし、もう何を信じたらいいのか分からないよおっ!」

 暗闇の中アリサが髪を激しく振り回すのが見えた。彼女がこんなにも苦しんでいるのは俺のせい。

 なら、俺がどうにかする。アリサは俺が責任を取って救うのみ。

 それだけが、俺に唯一許される贖罪の方法だ。

 

「シャットアウラが、俺が、自分が信じられないだと? ふざけるなぁっ!」

 闇の中のアリサに向かって大声を張り上げる。

「シャットアウラを信じてやれよっ! 今は喧嘩しているにしても、アリサにとっては一番大事な友達だろ! 2人でこの1年頑張って来たじゃねえか」

「でも……でもぉ」

 アリサの声は狼狽している。

「自分を信じろよッ! アリサは実力で世界的歌手に登り詰めたじゃねえかッ! そんな偉業を成し遂げた自分をもっと信じてやれよッ!」

「あたしは歌うことが好きだから。歌しかなかったから。そう思ってたから。だから、努力できた。歌いたかったから……歌手になった。なってた。でも、違うのっ! あたしは、あたしはね……」

 アリサの言葉は途中から涙でかき消されてしまった。

「アリサが俺を信じられないのは仕方ない。俺は君にそれだけの酷いことをしたから」

 小さく息を吸い込む。

「それでも、俺のことを信じて欲しい」

「えっ?」

「図々しいのは承知だ。けどなあ、無茶苦茶で道理に適っていないとしても俺は、アリサの信頼を取り戻してみせるっ! 俺を信じさせるっ!」

 扉から離れアリサに向かって歩き出す。

「そんなこと言われても……あたしだって当麻くんのことを信じたい。けど……できないよっ!」

 速度を早め、駆けるようにしてアリサに近寄りながら俺は誓った。

 

「俺を信じられない? なら……そのまっとうな幻想をブチ殺すッ!!」

 

 今までで最も理不尽な幻想殺しを俺は発動させることにした。

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「俺を信じられない? なら……そのまっとうな幻想をブチ殺すッ!!」

 我ながら無茶苦茶言ってる。それがよく分かる。

 俺にアリサを説教する資格なんて欠片もない。

「当麻くん? 一体、何を言ってるの?」

 アリサも混乱した声を出している。

 当たり前だ。

 今回の幻想殺しは今までとはまるで性格が違うのだから。

 これまでの幻想殺しは根底にあるのが義憤。

 今回の幻想殺しは私欲。

 俺がアリサと幸せになりたいというその欲求のみ。

「鳴護アリサッ!!」

 彼女の名前を叫びながら接近し、彼女の小さく白い手を握りしめる。

「はっ、はいっ」

 アリサが緊張した声で身体を硬くしながら返事する。

「よく聞いてくれっ!」

「う、うん」

 彼女の綺麗な顔を至近距離から覗き込む。

 アリサの目が少し腫れておりずっと泣いていたのが見て取れた。

 泣かせたのはこの俺。

 土下座して謝るのが筋というものなのだろう。

 でも、今の俺がしたいことは違う。

 アリサに……もう1度泣いてもらうことだっ!

 

「アリサ……俺と結婚してくれぇええええええええぇっ!!」

 

 アリサの手を掴んで逃げられないようにした状態で俺の望みを大声で叫ぶ。

 全力で相手にストレートを叩き込んで相手の内的変化を引き起こす。故にこれは俺にとっての幻想殺しに他ならない。

「と、当麻くん?」

 キョトンした表情で俺を見上げているアリサ。

「今のって……プロ、ポーズ、なの??」

 目をパチクリさせて状況が分かっていないっぽい。

「俺はアリサと幸せになりたんだ……」

 ぼんやりと俺を見上げているアリサのピンク色の唇を、外気に当たって少し乾いてしまったその可憐な唇を、俺は強引に奪った。

 

「アリサ……好きだ。愛してる」

 

 10秒以上の長いキスを終えて俺はアリサに気持ちを打ち明けた。

「ふぇ……」

 アリサはキスの最中も告白の際も呆然と俺を見上げているままだった。そんな彼女はたっぷり30秒以上の時間が経過してから小さく息を吐き出しながら睨んできた。

「当麻くんって、プロポーズした女の子の返事も待たずに強引にキスしちゃう人だったんだね」

 アリサの瞳が細まっている。そして言葉には明らかな刺が含まれている。

「しかもプロポーズしてからキスしてその後に告白って……順番、絶対におかしいよね?」

 ムッとした表情が俺を責める。

「当麻くんのしたことは警察に訴えられてもおかしくないぐらいにいけないことなんだよ。分かってるの?」

「は、はい……違法性は重々承知です」

 アリサに責められて段々と小さくなっていく俺。彼女の目をまともに見られません。

 よくよく考えなくても幻想殺し自体が違法性を含んだ行為でした。

「キスしたのがあたし以外の女の子だったら、当麻くんは訴えられてたんだからね!」

「はっ、はい…………えっ?」

 アリサの言葉に違和感を感じて彼女を見る。

「当麻くんと結婚したいってずっと思ってるあたしじゃなかったら犯罪者になってたんだよっ!」

 アリサの声は相変わらず怒ってる。でも、その顔は真っ赤になって照れていた。

「あ、あの……アリサ?」

「ちなみにあたしの返品は効きませんから悪しからずなんだよ」

 プンプンした声で照れている。

「えっと……つまり……」

「当麻くんのお嫁さんがこんなに泣き虫で我がままで意地っ張りで自分勝手で子どもっぽい娘だなんて……当麻くんのこれからの人生が本気で心配になっちゃうよ」

 アリサは俺の手を強く握り返してきた。

「そ、それじゃあ……」

 心臓が急にバクバク言い始めた。鼓動が脳を刺激する。

「プロポーズの返事は……」

 大きく息を吸い込む音が聞こえる。そして──

「不束者ですが……末永くよろしくお願いします」

 アリサは堅く俺の手を握ったまま小さく頭を下げた。

「そっ、それじゃあ、俺と……」

 幸せで胸がいっぱいになって言葉が上手くでない。

 そんな俺を見ながらアリサはつま先立ちの姿勢になる。更に腕を俺の首の後ろへと回しながら自分の顔を俺の顔へと重ねた。

「当麻くん……大好き♪」

 ……2度目のキスはアリサからしてもらった。

 満面の笑みを浮かべながらアリサは俺の告白に答えてくれたのだった。

 

 

「プロポーズを了承してからキスして告白って……何か順番がおかしいような気もするが」

「当麻くんの真似しただけだもん♪」

 アリサが俺の右腕に抱きついてきた。

「あたしたちは似た者夫婦になるんだもん。だから、あたしが変なのは当麻くんが変だからなんだよ♪」

「変の元凶はみんな俺かよ?」

「あたしの旦那さまは自覚がなくて困るよぉ♪」

 ギュッと抱きついているアリサが可愛すぎて困る。

「そのさ、順番は変になっちゃったけどさ……俺たち、ちゃんと幸せになろうな」

「そうだね。ちゃんと2人で頑張って幸せになろうね」

 俺もアリサもそれきり黙る。

 俺たちはシャットアウラのことを思い出しているから。

 でも、彼女のことを口に出してしまうのはマナー違反だって2人とも分かっているから黙っている。

「なあ、もう1度キスしていいか?」

 何となく寂しい気持ちになってアリサに提案する。

「うん。あたしもしたい」

 顔を寄せ合って重ね合う。

 3度目のキスは今までの勢いによるものとは違う、恋人同士の落ち着いたものになった。

 アリサの愛情と切なさが唇を通じて伝わってくる。

 そんな彼女をもっと感じたい。味わいたい。

 彼女の口の中に舌を入れてより深く繋がりたい。

 そんな欲求が頭を埋めていく。

 そしてそれを実行しようとした時だった。

 

「神聖な学校でディープキスだなんてエロガキども……死ぬがいいのですよ」

 

 上空から小さな声が聞こえた気がした。

「アリサ……危ないっ!」

「えっ? きゃぁあああああああぁっ!?」

 事態を理解している暇はなかった。ただ、何十回にも渡る戦闘で培ってきた勘を頼りにアリサに抱きつくとそのまま右に大きく飛んだ。

 飛んだその直後の瞬間だった。俺たちが先ほどまでいた地点に大きな衝撃音が鳴り響いた。

素早く上半身を起こし、アリサを背中に庇いながら何が落ちてきたのか確かめる。

「一方通行っ!?」

 地面に転がっていたのは、全身ボロボロになって気絶している学園都市第1位だった。

「ということはっ!」

 上空を見上げる。するとそこには一方通行と同様に全身ボロボロになりながらも空中に浮遊しているなんちゃって魔法少女の姿があった。

「さあ、上条ちゃん。校内淫行につき、退学&処刑タイムの始まりなのですよ。ウィック」

 校内飲酒で酔っ払った女教師、月詠小萌が濁りきった瞳で俺に処刑を告げたのだった。

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「一方通行ちゃんのロリへの情熱は見事なものだったのです。けれど、先生の結婚に対する怨念も負けてはいなかったのですよ」

 魔法少女らしく空を飛んでいた小萌先生が一方通行を見下ろしながら降りてくる。

 何ていうか、サイヤ人的な戦闘民族臭を漂わせている。

「ステッキもボロボロになってしまいました」

 先生はステッキと称する、スルメを見せた。確かにボロボロになっており、足の付け根の部分がわずかに残っているに過ぎない。

「おかげで新しいステッキを出さなければならなくなったのです」

 そう言って小萌先生が服の中から引っ張りだしたのは……爪楊枝だった。

 さっきパーティー会場内で支給されていたヤツだ。

「そんなもんが本当に魔法のステッキになるのかよ?」

「さすがにこの使用済み爪楊枝では本来のパワーの100分の1も出せるか怪しいです。けれど、へなちょこな上条ちゃんをこの世から葬るだけなら十分なのです♪」

「世界を救ったことのあるヒーローなのに俺の戦闘力評価低っくっ!」

 つまり俺の戦闘力など小萌先生の100分の1にも満たないらしい。

「校内飲酒パーティーの責任を取って上条ちゃんの退学はもう内部決定済みなのです♪ これで悔いなく地獄に落ちてくれることを了承してくれますよね♪」

 悪の元凶は満面の笑みを浮かべてみせた。

「策謀を読み切れなかった俺が学校を退学になるのはもう覚悟済みです」

「なら、生涯に一片の悔いなく死んでください♪ 校内で女とイチャつくなんて先生は絶対に許さないのです♪」

「退学は受け入れ済みです。でもね、死ぬわけにはいかないんですよ」

 腕を回してアリサを堅く抱き締める。

「俺はアリサと結婚して幸せになるって決めたんです。だから、死ねません」

 アリサを胸に抱いて小萌先生に見せ付ける。

「当麻くん……もぉ、人前で抱きつく時には一言知らせてよ。結構恥ずかしいんだから」

 そう言いながらアリサは俺の腰に手を回してより密着してきた。

 さすがは俺の嫁になることを了承してくれた女の子。俺の意をよく汲んでくれている。

 

「なるほど……つまりバトルというわけですね」

「ええ。幸せは戦って勝ち取ってみせますっ!」

 

 アリサと共に素早く立ち上がり戦闘準備に入る。

「アリサ……確か俺が望むのなら歌ってくれるんだったよな?」

「うん」

 力強く頷いてくれる嫁。

「なら、景気よく派手にお願いする。俺たちが幸せを掴み取るための歌をなっ!」

「分かったよ♪」

 アリサが大きく息を吸い込む。

「なら、こっちから行くぜロリBBAッ!」

 アリサの歌が妨害されないように俺の方は小萌先生に攻撃を仕掛ける。

 あの爪楊枝さえ奪ってしまえば魔法が使えなくなる。

 つまりは俺たちの勝利になるっ!

 なんちゃって魔法少女に向かって全力ダッシュを敢行する。

「その若さ……嫌いじゃないのです」

 小萌先生がクスッと笑う。

 だが次の瞬間──

「ですが、そんな若さだけで乗り越えられるほど大人は甘くないのですっ!」

 小萌先生の身体が赤く光る。そしてその次の瞬間、俺は後方に向かって大きく吹き飛ばされていた。

「うわぁあああああぁっ!?」

 背中から地面に叩き付けられる。

 衝撃と痛みで息が詰まる。

 

「畜生っ!」

 戦闘時の習慣で瞬時に立ち上がってから身体の負傷度を計測する。強大な敵を前にしていつまでも寝転がっていては殺されてしまう。

「小僧……いいことを教えてあげるのですよ」

 黒く染まった闇の瞳が俺を捉える。

「先生は普段の1%以下の力しか使えないのです。でもだからこそ……全力で戦ってやるあげるのですよ♪」

 先生の口元が歪に曲がった。

「小萌先生の本気モードってことかよ!」

「100%の本気モードを出しては学園都市全体が灰燼に帰してしまうのです。でも、今の状態なら全力を出せるのです」

 先生は俺を見ながら愉悦に浸っている。

「舐めんなぁあああああああぁっ!」

 体勢を低くしながら小萌先生に再び突っ込む。

「力の差を思い知れ……小僧っ!」

 再び小萌先生の身体が発光する。そして次の瞬間、俺の身体は吹き飛ばされてしまっていた。

 

「これが科学も魔術も超越した夢と希望と愛の具現化、魔法少女の力なのです」

 地面に無様に転がる俺を見下しながら小萌先生が告げる。

「先生のは全部歪んでるけどな」

 皮肉を叩きながら立ち上がる。

 身体は目茶苦茶痛い。けれど、骨や臓器をやられていないのは幸いだった。まだ戦える。

「まだ力の差を認められないと?」

「そんなもの、最初から認めてるっての」

 横目で後方に控えているアリサに合図を送る。

「アリサ……頼んだぜっ!」

「はいっ!」

「やれやれ。いきなり女の子に頼るとは情けないヒーローさんなのですね」

「俺は独りじゃねえんだよ。俺たちは……夫婦で戦ってんだっ!」

 アリサが心地よく歌えるための瞑想の時間は過ぎた。こっからは俺たちのターンだっ!

 

「心配ない唐揚げ〜 君のおもちが〜 誰かに豆腐〜 明日がきつねうどん」

 

 アリサがいつものようによく分からない選曲の歌を歌い始めた。

「何の歌か知らないけれど……アリサが歌えばこっちのもんだっ!」

 アリサの歌に勢いを得て突っ込む。

「これは……やまだかつてないテレビで放送されていたKANの『愛は勝つ』の替え歌。20年以上前の替え歌を何故鳴護ちゃんが知っているのか不思議ですが……」

 先生は目を瞑って腕を組む。

「何の歌でも構わねえっ! 小萌先生覚悟ぉおおおおおおぉっ!!」

 狙いを先生の右手に持っている爪楊枝に絞って右腕を振り上げる。

「鳴護ちゃんの奇跡も万能というわけではないようですね。ハァ〜」

 小萌先生が小さくため息を吐いた。

「へっ? うわぁああああああああああああぁっ!?」

「とっ、当麻く〜〜んっ!?」

 いつ小萌先生が攻撃に移ったのかも分からないほどの瞬間劇で俺は吹き飛ばされていた。

 そして俺が盛大に吹き飛ばされたのを見てアリサが悲鳴を上げる。

 歌が、止まってしまった。

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「奇跡が発動するためには鳴護ちゃんがある程度の時間歌い続ける必要がある。でも、旦那さまである上条ちゃんが危険な目に遭っては集中力が途切れて歌い続けられない」

 小萌先生が解説を加える。最強である小萌先生をも超えられる最高の結果をもたらすはずの奇跡の弱点を。

「まるで先生みたいな的確な指摘だな」

 ボロボロになりながら立ち上がる。

「先生は先生ですから♪」

 朗らかに答える小萌先生。

「鳴護ちゃんの奇跡もダメ。どうやら詰んだようなのですね♪」

「いや、そうでもないぜ」

 腕で口元の血を拭う。

「俺が倒れなければ奇跡は発動できるんだからなっ!」

 3度先生に向かって突撃を開始する。姿勢をできる限り低くしながら。

「アリサッ!」

「はいっ!」

 アリサは息を大きく吸い込んで歌い始める。

「どんなにこんにゃくで〜くじけそうめん〜豚汁ことを〜決してや明太子」

「無駄なことですっ!」

 小萌先生の瞳が鋭く尖る。

「今だっ!」

 俺は先生の瞳の動きに合わせて大きく空中へと跳躍した。

 次の瞬間、俺のすぐ真下を空気のうねりが突き抜けていった。

「よっしゃっ!」

 小萌先生の攻撃をかわして地面に着地する。

「カレーうどん〜カレーライス〜シバ漬け〜福神漬け」

 アリサの歌はまだ止まっていない。

「この調子で避け続けながら接近していけば……奇跡の発動まで時間が稼げる」

「そんなことさせるわけがないじゃないですか♪」

 小萌先生がニッコリと笑う。

 俺はその瞬間に合わせて再び跳躍する。しかし──

「ぐわぁあああああああああぁっ!?」

 上に逃れたはずなのに俺は大きく吹き飛ばされてしまった。

「愛するせツナサラダ〜すこしつかれ天丼 Oh……きゃぁあああああぁっ!」

 そしてまた歌の途中でアリサは悲鳴を上げて止まってしまった。

 

「クソッ」

 4度立ち上がろうとする。だが、あばらをやられたのか痛みがひどくてなかなか立ち上がれない。首を必死に振って周囲を見回し痛みに耐えながらやっとの思いで立ち上がる。

「……あっ、あれは」

 視界の隅に……が見えた。けれど、すぐに視線を小萌先生へと戻す。

「どうやら勝負あったようですね」

 時間を掛けて立ち上がった俺を見て小萌先生が余裕の愉悦を浮かべる。

「まだだ。まだ1回は攻撃できるぜ」

 胸を抑えながら先生に言って返す。今にも気絶してしまいそうな痛みが身体を駆け巡っている。自分で言った通りに次の攻撃が最後になりそうだ。

「なら、次の攻撃でジ・エンドですね♪」

 朗らかに笑うロリBBA女教師。

「鳴護ちゃんと別れると言うのなら、命だけは救ってあげますよ」

「そんなもん、死んだってごめんだってのっ!」

 意思表示をはっきりと示す。

「アリサ……もう1度派手に歌ってくれ」

「でも、そうしたらまた当麻くんが……」

 背後からは弱気な声が聞こえてくる。顔は見えないけれど、アリサは泣きそうな表情をしているに違いない。

「俺を信じろ」

「えっ?」

「小萌先生を倒すための秘策ならもう準備できている。だから……歌ってくれ。俺たちの未来のために」

「…………うん。分かった」

 アリサは納得してくれた。

 後は、俺が残された力を全て叩き込んで小萌先生のステッキを粉砕するのみ。

「お馬鹿な上条ちゃんが秘策? ひゃっはっは。最期まで笑わせてくれるのです♪」

「その油断が先生の命取りになりますよ」

 攻撃を開始する軌道を確保すべく横歩きに位置を動く。

 先生は余裕をこいて攻撃してこない。今俺を攻撃すれば楽に倒せるというのに。

 そして俺は一切の攻撃を受けないまま絶好のポジションを確保した。逆転への唯一のポジショニングを。

 

「行くぞ月詠小萌ぇええええええええぇっ!!」

 先生に向かって最後の突撃を敢行する。

「心配ない唐揚げ〜 君のおもちが〜 誰かに豆腐〜 明日がきつねうどん」

 アリサの歌が斜め背後から聞こえ出す。

「やれやれ。秘策とか言っておきながら最後まで無為な突撃を繰り返すとは……」

 大きなため息が聞こえる。

「まあ、お馬鹿な上条ちゃんじゃそれが精一杯なのです。今度こそ、引導を渡してあげるのですよっ!」

 俺は正確にそれがある軌道へと入っていく。

「生まれ変わって今度こそ先生をお嫁さんにもらうといいのですよっ!」

 予想したタイミングで先生が魔法の発動に入る。

 これならっ!

「小萌インパクトぉおおおおおおおおぉッ!!」

 小萌先生の目が大きく開かれて攻撃魔法が発動される。俺という存在をかき消してしまうに足る威力を持った光性魔法が。だが、それこそ俺の思う壺だった。

「小萌先生……アンタは1つ状況判断を誤った。奇跡はなあ……もう発動されてたんだよっ!」

「なんですって!?」

 光の波動が俺を襲う。

 まさにその瞬間。

 もう発動されていた奇跡は俺の前に姿を成した。

 

「にゃんぱすゥウウウウウウウウウウゥ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

 アリサの奇跡によって既に回復していた一方通行が立ち上がり、漆黒の翼を広げて俺を守る盾となる。

 小萌先生の攻撃は発動した一方通行の能力によって相殺される。

「行けェええええええェッ! 三下ッあああああああああッ!」

「おうっ!」

 一方通行の脇をすり抜けて小萌先生へと一気に駆け寄る。

 この瞬間を待っていたんだっ!

「まっ、まさか……」

「力の差を過信して慢心していたのが仇となったな」

「クッ!」

 小萌先生は再び魔法の発動体勢に入る。だが、もう遅い。

「俺は……1人で戦ってるんじゃねえんだよっ!」

 俺の右腕はしなやかに伸びていく。

「これは……俺たちの勝利だぁあああああああぁっ!」

 俺の拳が先生の爪楊枝に命中。

 とても小さなステッキが衝撃で吹き飛んで宙を舞っていく。

 俺の、いや、俺たちの勝利だった。

 

 

「なるほど……確かに先生は油断していましたね」

 ステッキを失った小萌先生は大きなため息を吐く。

「まさか一方通行ちゃんが寝たふりをして待機していたとは思いませんでした。先生大失敗してしまったのです」

 負けたというのに何故か楽しそうに笑っている。

 いや、もしかするとこれはっ!?

「ですが、あれが最後の爪楊枝であるとは誰も言ってないのですよっ!」

 小萌先生は再びドレスの中に腕を突っ込んだ。

「しまったっ!」

 先生の右腕のステッキを落とせば勝ち。俺は自分で決めた勝敗ラインにこだわり過ぎていた。

 先生が持っているステッキが1本とは限らなかったのだ。

「いい線行きましたが……最後は愛と勇気と希望の魔法少女の勝ちなので……ウプッ!?」

 先生は最後まで言葉を述べられなかった。その小さな口に小さな洋酒瓶を突っ込まれていたから。その瓶は真っ黒でまるで……。

「レアメタルっ」

 アリサがその瓶の素材を口にした。

「酔っ払っている先生に更にアルコール度数90度のウォッカを瓶で飲ませるとは。やれやれ。少しは頭のいい子もいたみたいですね……」

 先生が暗闇に向かって話しかける。

「まったく……上条ちゃんと鳴護ちゃんはどこか遠い地で勝手に幸せになりやがれ……なのです」

 その言葉を最後に小萌仰向けに地面に倒れた。そしてすぐに大きな寝息を立て始めた。

「シャッちゃんっ!」

 アリサは勝利に浸るでもなく能力を発動させて先生にウォッカを飲ませた人物の名前を呼んだ。

 けれど、その人物が返答することはなかった。

 それどころか、俺たちの前に姿を現すこともなかった。

 来賓室に戻ってみると『辞表願』と書かれた封筒だけが残されていた。

 

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「落ち着け……上条当麻。落ち着くんだ……」

 シャワーの音がやけに俺を焦らせる。自分の部屋にいるのにまるで落ち着けない。

 でも、それも仕方ないのかもしれない。

 だって今俺の家のシャワーを浴びているのがアリサなのだから。

 

 

 

『今夜……当麻くんの家に泊まってもいい?』

 小萌先生の問題が片付いた後、アリサは俺に寄り掛かりながら甘えてきた。

 それがただ甘えているのではないことは明白だった。シャットアウラがいなくなってしまってアリサは寂しいんだ。喪失感を埋めたいんだ。そしてそれは俺も同じだった。

『その意味……分かってるのか?』

 アリサの腰を強く抱き寄せながら尋ねる。アリサが俺の部屋に来たら起きることを暗示させながら。

『それが分からないほど……子どもじゃないよ』

 アリサが俺の胸に深くもたれ掛かる。

『あたしは当麻くんのお嫁さんになるんだもん。だから……当麻くんの部屋に今夜泊めて』

『…………分かった』

 俺は強く強くアリサを抱き締めた。

 

 

 

「格好付けてはみたものの……き、緊張するぅ〜〜っ!」

 部屋の中を忙しなく歩き回る。

 

 

 

『シャワー……浴びてくるね』

 アリサはバスタオルを握り締めながら照れ臭そうに言った。

『おっ、おうっ!』

 意味もなく大声で答えてしまう小心者の俺。

『当麻くんも一緒に入る?』

 上目遣いにイタズラっぽく尋ねる小悪魔な天使。

『へっ、部屋で待ってまぁ〜〜すっ!』

 俺はすごくチキンでした。

 

 

 

「アリサって度胸あるよな……いや、俺がヘタレなのか」

 泊まりたいと言ってきたのはアリサの方だった。

 部屋に入ってシャワーを浴びたいと先に言ってきたのもアリサの方だった。

 俺が提案すべき、気を利かせるべきことをみんなアリサに言わせている。

 男として情けない限りだった。

「何にせよ、ここから先は俺がリードしないとな」

 俺もアリサもこういうシチュエーションは初めてで何をどうすればいいのか分からない。

 でも、だからこそ男である俺の方が頑張ってアリサの不安を少しでも取り除かないと。

「心頭滅却してアリサが来るまで心を落ち着かせて待とう」

 座禅の姿勢を取りながら目を瞑る。

 自分でも馬鹿なことをしているのは分かっている。でも、他に形だけでも気分を落ち着ける方法が他に思い付かない。

「俺……これからアリサと……」

 去年偶然覗いてしまったアリサの裸をありありと思い出してしまう。

「色即是空色即是空っ!」

 アリサが戻ってくるまで俺の理性が持つかがまず問題だった。

 

 

 煩悩に耐えること10分余り。遂にその瞬間は訪れた。

「シャワー貸してくれてありがとうね」

 背後からアリサの声が聞こえた。

 ちっとも悟りに至れなかった座禅を解いて振り返りながら立ち上がる。

 そこには……白いバスタオルを1枚巻いただけのアリサがいた。

 俺の目線の角度だとアリサの胸の上半分がばっちり見えてしまっている。白く細い生足もほとんど隠れずに見えてしまっている。予想以上に破壊力抜群の格好だった。

「…………えっと、アリサさん?」

「何で敬語なの?」

 ぎこちなく話を切り出しているのがアリサにいきなりバレてしまっている。

「俺の理性がまだ残っている内にどうしても確かめておきたいことがあってなっ!」

「どうして急に少年漫画の主人公が隠された力に目覚めた時みたいな口調になってるの?」

 アリサには男なら誰もが持っている内なる野獣の恐ろしさがまだ分かっていないらしい。

「とにかく……今の内に確かめておきたいことがある」

「う、うん」

 アリサに触れてしまいそうになる自分を必死で抑えながら深呼吸する。

 

「その、アリサさんは本当にわたくしめのお嫁さんになってくれるのでしょうか?」

 アリサの意思を確かめる。それはこれから起きることを考えるとどうしても必要だった。

「だから何で敬語??」

「いいから答えてください」

「当麻くんがあたしをお嫁にもらってくれるのなら……あたしはいつ上条アリサになってもいいよ」

 女神は天使の笑みで答えてくれた。

「その、俺と結婚を前提に付き合っていくということは……アリサさんのプロ歌手活動に致命的な影響を及ぼすことになると思いまするが」

「あたしは当麻くんとプロ歌手の地位のどちらかを選べと言われたら……当麻くんを選ぶよ。それは、あたしが前から決めていたことだから」

 アリサは俺の瞳を見つめ込みながらしっかりとした口調で答えた。

「それに、ね……」

 今度は一転して悲しそうに瞳を伏せる。

「あたしの芸能活動はシャッちゃんと共にあったから。シャッちゃんがマネージャーを辞めちゃった以上、あたしも近い内に引退しようって思ってるの」

「そっか」

 アリサは歌が好き。でも、それはプロ歌手として輝きたいというのとは必ずしもイコールにならなくて。

 アリサがプロ歌手でいること自体はシャットアウラの存在に拠る所が大きかったらしい。

 それだけ2人の絆が深いということだ。やっぱり。

 

「えっと、では、その……ベッドに腰掛けませんか?」

 アリサの顔が真っ赤に染まる。俺の意図を理解したらしい。

「う、うん」

 非常にぎこちない動きでアリサが俺の後を付いてくる。そして2人でベッドに腰掛ける。

「やっ、やっぱり緊張するね」

 アリサは顔だけでなく全身真っ赤になっている。

「そ、そうだな」

 小さく息を吸い込む。

「その、さ」

「はっ、はい」

 アリサの声が上ずった。でも、それをおかしく指摘している余裕が俺にはなかった。

「その……これから俺は、理性を保ち続ける自信がないんだけど。その、希望とか、ある?」

「………………初めてなので、できるだけ優しくして欲しいです」

 アリサは俯きながらとても小さな声で呟いた。

「ぜっ、善処しますっ!」

 言いながらアリサの肩を抱く。

「アリサ……っ」

 愛しい彼女の名を呼びながら顔を近付けていく。

「当麻くん……っ」

 アリサもまた俺の呼びながら瞳を閉じる。

 俺とアリサの唇が重なる。

 その瞬間、俺に残されていたわずかな理性が次々と消失していく。

 代わりにアリサの全てを自分のものにしたい欲望で満たされていく。

「当麻くん…………きて」

 その言葉を境に俺はアリサをベッドへと押し倒し──

 

「本日は、ハロウィン用のかぼちゃを喰らいに喰らいまくって食王として名を馳せているインデックスさんのおうちに訪れています」

「わたしは遂に究極にして至高のかぼちゃと巡り会えたんだよ。今夜はこのかぼしゃをとうまに料理してもらうんだよ」

 

 アリサをベッドに押し倒した所でテレビカメラを何台も引き連れたインデックスが室内へと戻ってきた。

「「「「「あっ!?」」」」」

 

 10月31日ハロウィン。

 こうして俺は高校を退学し、アリサは歌手を引退することが決まったのだった。

-11ページ-

 

 11月10日。俺の実家がある神奈川県の湘南へと向かう電車の中。

「あたしは今、すごく緊張しています。すごくすごく緊張しています。初コンサートの時よりずっと緊張しています。緊張のあまり死んでしまいそうです」

 ボックス席で向かい合って座るアリサは目的地が近付くに連れて見るからに緊張の度を高めていっている。

喋り終えたら今度は口を固く結んで黙ってしまい何かの我慢大会に出ているかのよう。 

 両手を合わせて必死に祈っているけれど、アリサは特に宗教を信じていなかったはず。

「緊張って……俺の両親の実家に行くだけだぜ。そんな緊張するようなことなんて全然…」

「当麻くんは全然分かってないよっ!」

 アリサは大きく首を横に振りながら俺の言葉に大声で反論する。

「恋人の両親に会う。それがどれだけ重大なイベントなのか当麻くんは全然理解してない。ぶぅ〜」

「いや……だって、俺の父さんと母さんだからなあ」

 記憶を失ったせいで両親のことはあまりよく知らない。けれど、あの2人が緊張感を生まなければならない対象にはとても思えない。

「だって……当麻くんのご両親に悪い印象を与えたら、あたしは当麻くんのお嫁さんとして認めてもらえなくなっちゃうんだよ」

 アリサは全身をビクッと震わせている。

「あの2人なら、アリサを連れて帰れば諸手を挙げて喜ぶと思うんだがなあ」

 ……多分、アリサでなくてどの女の子を連れて帰っても同じ反応をする気がするが。

「とにかく当麻くんのご両親にあたしが気に入ってもらえるか心配で堪らないよぉ〜」

 アリサは半泣き状態になっている。

 

 これが俺たちの現状。

 もうちょっと説明を追加すると、元アイドルを連れて実家に出戻りする途中だ。

 飲酒パーティーの責任を取らされ(+アリサとの淫行の罪)学校を追い出された俺。

 スキャンダルが発覚して歌手を自ら引退したアリサ。

 スポンサーとなっていたレー・ディリー社の社長がお詫びとか何とか言って取りなしてくれたので引退自体はスムーズに進んだ。しかしアリサは着の身着のままで放り出されることになってしまった。

 行き場がなくなった俺たちはとりあえずしばらくの間両親の実家で暮らすことにした。

 

「バイトして俺とアリサの食い扶持だけでも稼がないとなぁ」

 高校中退者に正規の就職はなかなかに難しいのが現状。だからしばらくはバイトをしてせめて最低限の生活費だけでも実家に入れようと思う。

 甲斐性のない上条さんには現状アリサの生活全部を支えることはできない。でも、俺の奥さんになる人なんだからできる限り俺が何とかしたい。上条さん男の子ですから。

「海の家とかでバイトするの?」

「よく知ってんな。『海の家れもん』って所に知り合いがいるから、そいつに頼んで俺も雇ってもらうことになった」

 湘南はいつでも真夏なので11月でも海の家が運営されている。

「何か、シャッちゃんの言う通りの未来になってるなあって感じかな」

「どういうことだ?」

「でも、シャッちゃんの予言は大きく間違っている部分があります」

「は、はあ」

 アリサが何を言いたいのかよく分からなくて困る。2人の間でどんな未来日記が交わされていたんだ?

「シャッちゃんは、あたしと当麻くんの未来を暗黒と表現しました」

「手厳しいな。それは……」

 世間一般的に見れば俺たちの落ちっぷりはそう表現されても仕方ないのかもしれないが。

「でも、あたしは現状が暗黒だなんて少しも思いません。世界の全てが輝いて見えるよ。だって当麻くんと一緒にいられるのだから♪」

 車内にも関わらずアリサが抱きついてきた。幸いにして周囲に他の乗客はいないので誰の目にも触れずに済んだのだけど。

「アリサって、結構大胆だよな」

 公共の場所で抱きつかれていると俺の方が恥ずかしくなる。

「ふっふ〜ん♪ あたしの左手の薬指にプラチナに輝くこのリングがあるので、あたしは幾らでも大胆に、そして元気になれるのです♪」

 先日贈った婚約指輪を俺に見せつけながらドヤ顔を見せてくれる元トップアイドル。

 お金のない上条さんは安物しか贈れなくて恐縮していた。けれど、アリサは思いの外気に入ってくれているようで何よりだ。

「それにね……」

 アリサは自分のカバンへと視線を向ける。

「シャッちゃんもあたしのことを見守ってくれているから。だからあたし、元気でいられるんだよ」

 カバンにストラップとして付けられている真っ黒い洋酒瓶。シャットアウラが俺たちを救ってくれたあのレアメタル瓶だった。

 

 シャットアウラとはあのハロウィンの日以来一切連絡が取れていない。

 会社も辞めてしまい住居も引き払ってしまった。

 どこで何をしているのか全く分からない。

 彼女がアリサと再び出会うにはまだ時間が必要なのだと思う。

 でも、アリサも俺も絶望はしていない。

 小萌先生との闘いでシャットアウラは俺たちの味方をしてくれたのだから。

 だから、時間が掛かっても彼女はきっと再び俺たちの前に姿を見せてくれるはず。

 俺たちはそう信じている。

 

「アリサはさ……俺の実家に着いたらまず何をしたい?」

「はいっ」

 アリサが勢いよく手を挙げる。

「全身全霊を賭けてお義父さんとお義母さんに気に入られたいです」

「いや、だからそこまで気張らんでもアリサなら大丈夫だって」

「あたしたち……家族になるんだから。一生離れない契りを結ぶんだから……大切にしたいの」

 アリサが再びギュッと抱きついてくる。

「じゃあ次はあたしからの質問ね」

「おう。でも、お手柔らかに頼むぜ」

 意地悪い笑みを湛えているアリサにちょっと戸惑う。

「ハロウィンなのにさ、色々あり過ぎてやれなかった質問をします」

「ああ。あれね」

 Trick or Treat.俺がハロウィンに関して唯一知っている英語フレーズを思い浮かべる。

「でも、今俺はお菓子持ってないぞ」

 お菓子は先ほど食べ尽くしてしまった。意外と食欲旺盛なアリサの胃袋にみんな収まってしまっている。

「じゃあ、いくね♪」

 俺の話をスルーしてアリサが質問に入る。

 どうやら俺のイタズラはもう決定済みらしい。

 まあ、アリサのイタズラなら可愛いもんだろう。

「Marriage (マリッジ) or Wedding(ウェディング)?」

「それ……もう原型を留めてないんですが?」

 アリサさんのお茶目にびっくりする。

「質問に答えてください。異議は認めません」

「じゃあ、両方で」

「はい、正解です。ご褒美にあたしからキスのプレゼントをあげちゃいます♪」

 嬉しそうな表情を浮かべながら段々と顔を近付けてくるアリサ。

「だからそれ、もうハロウィンの原型留めてないって。もらえるものはもらいますが」

 アリサのペースに乗せられながらもキスを交わす俺たち。

 そんな俺たちの愛の通じ合いを黒い小瓶は優しく見守ってくれていた。

 

 了

 

 

 

 

説明
上条さんとアリサさんとシャットアウラさんの修羅場に遭遇しました
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シャットアウラ 鳴護アリサ とある魔術の禁書目録 

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