卵破壊大作戦
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 その昔、ポケモンと人は仲睦まじく暮らしていたらしい――と言われても、僕には全く想像できない。僕の生まれた時には既にポケモンとの戦争は、切っ掛けすら朧な「日常」と化していた。

 

 家族や仲間といったポケモンと人の関係性が崩れたのは僕が生まれる何十年何百年も前のこと。ある日突然ポケモンが「巨大化」したことに端を発する。確認された最初の巨大化したポケモンはピッピだったそうだ。((關東|カントー))地方((鈍市|ニビシティ))に住む少女の愛玩ポケモンだったピッピが、室内で遊戯中に突如巨大化して少女宅を突き破り、飼い主の少女を瓦礫の下敷きにしたのである。以降あらゆる場所のあらゆるポケモンが巨大化していき、それによる事故が絶えなくなった。恐怖からポケモンを野に放つ飼い主も増え、野生のポケモンの数は飛躍的に増えていった。

 それが均衡を崩すことになったのだろう。いつしかポケモンと人は領土、いや縄張りを争うようになっていた。僕ら「ヒト」と「ポケモン」は常に自分の勢力地を少しでも広げようと、ほんの一ミリたりとも奪われてなる物かと戦い続けてきた。

 

 ポケモンが街に現れる度鳴り響く警報の音に慣れ切りながらも、不安を拭い去ることができずに育ってきた僕にとって、ポケモンは倒すべき敵以外の何物でもない。少しでも僕の心に安寧をもたらすため。大切な存在を守るため。胸の中に仕舞った気持ちは様々あるが、それら全てがポケモンを倒す理由として敢然と僕の心に存在している。大切な「日常」を守るため、今日も僕は彼らに向けて引き金を引く。

 

 

 

 ((天願山|テンガンザン))の山頂に産み落とされた卵を破壊する。それが今度の((作戦|ミッション))だ。

 

「エースパイロットに下される指令にしては、ちょっと地味なんじゃないの?」

 

 不意に声をかけられて僕は指令書から顔を上げた。丸い大きな瞳の少女が僕をじっと覗き込んでいた。彼女の丁子色の虹彩の奥に、短い黒髪の少年が呆けた顔で映り込んでいる。というか僕が映っている。つくづく男前とは言い難い。

 

「そんなことないさ。響きの割にかなり危険な作戦だよ、こいつは」

 

 ((深奥|シンオウ))地方におけるポケモンと人の勢力は丁度天願山で分かれている。天願山より西は人の居住地、それより東はポケモンの棲み処だ。つまり天願山はポケモンにとっても人にとっても防衛線。その要と言うべき場所に出現した敵の新たな勢力を、機能する前に破壊してしまえと命令されたのである。

 言うのは簡単だが、実際に激戦地を卵の元まで飛行し、さらにそれを破壊・帰還するのは並大抵のことではない。

 

「でも指令を受けてるのは稀代の天才マサトシ・ツクモよ? 世紀のパイロットなのよ? もっと派手なこと命令されても良さそうなもんじゃないの。敵陣に単独突入して、将軍のタマ取ってこいとかさあ」

「いや、稀代の天才でも世紀のパイロットでもないし、そんな作戦命がいくつあっても足りないよ普通に!」

「大丈夫大丈夫、命一つあれば華を咲かすには十分だって!」

「咲かす前に散らしちゃうから!」

 

 つまんないの、と彼女がわざとらしく口を尖らす。勿論つまんないで済む話ではない。

 職業軍人なんていう親不幸な仕事に就いている僕ではあるが、むざむざ死に急ぐ気は無い。敢えて自分から危険度の高い仕事を望む気にはならなかった。

 もう一度指令書に目を落とす。目が痛くなりそうな程小さな文字が連なっている中に「大和皇国陸軍深奥航空団九十九勝利少尉」という文字群。要するに僕の名前が書かれている訳だが長たらしく、何処から何処までが名前なのか分かり辛い。一々肩書を全部書かなくても「九十九勝利」なんて名前の男、僕以外にいないと思うのだが、そういう訳にもいかないらしい。と言うか別に個人の識別のために肩書を並べ立てている訳ではないのだろう。

 

「大体他人事みたいに言ってるけど、今度の作戦はお前も一緒だろ」

 

 今回僕が乗る戦闘機は一〇〇式複座戦闘機だ。操縦手である僕の他にもう一名、索敵・航法・照準操作等々を担当する航法士が乗るのだが、それが彼女なのである。

 

「うん、だからつまんないと思って。勝利なら私の気持ち、分かってくれると思ったんだけどな……」

「全く全然分かんない」

「チッ」

 

 舌打ちされた。

 彼女の名前、一之瀬素直と言うのだが、性格は全く素直ではない。

 

「好みに合おうが合うまいが、命令は命令だよ、一之瀬少尉。今更どうにかできる話じゃない」

 

 溜息交じりに諭しながら視線を彼女に戻すと、膨れっ面で僕を見ていた。

 

「何」

「素直って呼んでよ」

 

 さっきまでとは違う、声に拗ねたような甘えるような響きがある。

 

「……苗字と階級で呼ぶと規則で決まってるから」

「二人きりなんだから良いじゃない」

「整備員が大量に作業している整備ハンガー内を二人きりと言うなんて初めて聞いたけど」

「愛があれば多少の人の目なんて気にならないのよ」

「多少じゃないし愛があっても気になるもんは気になる」

 

 今回タッグを組む一之瀬素直少尉は士官学校時代からの僕の同僚であり、戦友であり、そして現在はその、一応、恋人でも、ある。僕としてはあまりにも長い付き合いすぎて、恋人らしい行為が一々照れくさいのだ、が……彼女はそうでもないらしい。

 不満げに僕を睨む彼女から、視線を一〇〇式複座戦闘機――通称「雷鼠」に移す。今回の作戦で僕らが乗る機体は現在整備中である。

 機動性は単座戦闘機に劣るが、機体が大きい分搭載された爆弾やロケット弾は多く攻撃性能は比べるまでもない。その攻撃の爆発力と、機体両側面にペイントされた皇国のシンボル太陽を表す丸い黄色のペイントが、まるで電気タイプの鼠ポケモン・ライチュウのようなのが雷鼠の由来らしい(余談だが一〇〇式単座戦闘機の通称は「光鼠」で、こちらは同進化系統のピカチュウに由来する。このように何故か伝統的に軍用機の通称は、敵であるポケモンの名前をもじって付けられている)。今回は相手が動かない卵とあって、機動性に難はあれど攻撃性能の高い雷鼠の出番となった訳だ。

 一之瀬は不平を言っていたが、前述の通り天願山への出撃というだけで十分危険度の高い作戦である。攻防の最前線というだけあって敵の哨戒も多く、下手に飛行すれば目的地の頂上に辿り着く前に撃墜されてしまうだろう。

 気を引き締めてかからないと。

 と思っていたら一之瀬に頬っぺたを引っ張られた。

 

「おま、一之瀬、何して……」

「顔。強張ってるよ」

 

 悪戯っぽく笑う。言おうとした文句が喉に詰まって出てこなくなった。

 

「だぁいじょうぶ。天下のエースパイロットさんに、私のナビがついてるんだから。索敵なら素直ちゃんにまっかせなさい!」

 

 そう言って頬っぺたを離された。

 さっきまでの軽口も、彼女なりに僕の緊張を解そうとしてくれていたのだろうか。ちょっと、いやかなり僕、格好悪いな。

 

「それにこの作戦のおかげで二階級特進できるかもしれないしね!」

「だから何で一々戦死する方向なんだよ!?」

「……死ぬ時は一緒だからね。勝利」

「縁起でもないこと言うな!」

 

 整備ハンガーの喧騒の中、僕と一之瀬の軽口の応酬はもう少し続いた。

 

 

 

 青空に大きな雲がぽかりぽかりと浮かんでいる。

 作戦決行の日は好天に恵まれた。幸先の良いスタートと言って良いだろう。飛行服に身を包んだ僕と一之瀬は雷鼠に乗り込んでいた。

 単座戦闘機よりは確実に大きく広い機体だが、それでも快適な広さとは言い難い。と言っても戦闘機に求めるのは性能の良さであって乗り心地ではない。命を懸けて乗っているのだ。快適性などより扱いやすさや速度、小回りの利き具合が重要視される。

 その点雷鼠は上々である。複座戦闘機の中でその最大速度は五指に入るし、操作性の良さは抜群だ。その分やや軽装甲だが、速度と操作性の良さ、機銃の破壊力の高さを考えれば気になる程ではない。

 複座戦闘機の操縦席は前後に分かれており、前席に操縦士である僕、後席に航法士の一之瀬が乗る。無論そのままでは連絡が取れないから、会話は全て酸素マスクに内蔵されているマイクを通さねばならない。と言っても無線レシーバは飛行帽に付いているし、酸素マスクを航空中に外すこともないから別段不便は感じないのだが。

 

『勝利』

 

 無線を通して一之瀬の声が響いた。まだ離陸していないのだから、敵発見の知らせ等のはずはない。どうしたのだろう。

 

「何だよ?」

『死ぬ時は一緒だよ』

「この期に及んでまだそれかい!?」

 

 いつまで縁起の悪い話題を続けるつもりだオノレは……!

 今度という今度は怒鳴りつけてやろうかと思った時、一拍空けて一之瀬が続けた。

 

『預けたから』

「え?」

『背中』

「……それはどういう」

『あのね、勝利が安心して前向いてられるようにしてあげるから。勝利は前だけ見ててよ。あなたの背中は私が守る。だから私の背中はあなたが守って』

 

 無線を伝わる、息を吸う微かな音。

 

『死ぬ時は一緒だから』

 

 唾を飲み込む。

 操縦席から見える空は明るい青。だけど今日の空は重たい空なのだ、一人で飛ぶ空と違って。

 

「……だから、縁起悪いこと言うなって」

 

 我ながらこんな返答しかできなくて、格好悪い。

 離陸時間が迫っていた。その旨を一之瀬に告げ、離陸準備に入る。今日の空は重たい空だけど、それでも突っ切らなきゃいけない。

 エンジンをかける。飛ぶしかないのだ、僕は。格好悪くても、死ぬ時は一緒でも、背中を預けられても。

 

 そして飛んでしまえば、――。

 

 

 

 天願山上空までの雲上飛行はこれと言った異変も無くスムーズなものだった。ポケモンと言えども生物である。常に雲の上をうろうろしている種類というのは極稀だ。勿論一部の鳥ポケモンやドラゴンタイプのポケモン等々全くいない訳ではないが、それらの種はそもそも数が少ないので滅多に遭遇しない。必然戦闘機の移動は雲上が中心となっている。

 見渡す限り雲は何処までも続く。視界に焼け付く空の青さ、綿のように淡く広がる雲しかない世界。雲の上には僕らしかいない。この世界にだけ生きれたら良いのに、といつも思う。永遠に飛び続けるなんてあり得ないのだけれど、思わずにいられない。

 

『そろそろ天願山だよ』

「了解」

 

 さて、目的の卵が産み付けられているのは天願山山頂。天願山と一言に言っても実際は深奥を東西に分かつ山脈で、この場合はその最高峰・二〇〇〇メートル地点を指す。

 山頂にはいつからあるのかも定かではない遺跡が残っているが、過去の人間の栄光を象徴するであろう遺跡も今や見る方なく高山に住むポケモンの棲み処となっている。そして卵があるのもその遺跡の上らしい。

 ポケモンの卵は外見からは何のポケモンが生まれるのか判別し辛い。状況から推測するに高高度に適応した種族であるのは間違いないが、「巨大化」異変後、ポケモンの生息地も異変前から大幅に変化したため絞り込むのは難しい。そのため僕らも今回の卵が何のポケモンの卵なのかは知らない。しかし何の卵だったにしても行う事は同じである。

 上空から卵を対地ミサイルで爆撃し、破壊確認後速やかに帰投する。

 無論この「速やかに」帰投するのが難しいのだが、そこは建前という物だろう。重要なのは「卵を上空から爆破する」こと、そして「何があっても確実に帰還する」ことだ。

 天願山には多数のポケモンが生息している。迂闊に上空を飛んだのではどんな技が飛んでくるのか分かったものではない。ギリギリまで雲の下に出ることは許されない。その「ギリギリ」を計るのが航法士である一之瀬だ。僕は彼女の言に従って操縦すれば良い。

 天願山山頂まで、あと数分。

 

 

 

 雲を突き抜けた先、真っ先に見えたのは辛うじて風化し切らずに残った瓦礫の山。そしてその瓦礫の上に一瞬雲がかかっているのかと思ってしまうほど膨大な量の綿。標的はその綿に包まれるようにして存在していた。

 

「一之瀬!」

『目標確認、対地ミサイル発射!』

 

 一之瀬の声が響くと同時。ミサイルが雷鼠から吐き出され、天願山の頂上へ、卵へと滑り出した。

 綿の上に乗った卵は直径約四メートル前後と言ったところか。「巨大化」後の卵としては小さい方だろう。その狙いを付けるには小さすぎるかもしれない標的へ、しかしミサイルはまっすぐに狂いなく射出され、――。

 

 轟。

 

 山頂にミサイルの爆発で濛々と土煙が巻き起こった。おかげで卵を破壊した確認を取り辛い。もどかしさに駆られつつ操縦桿を握る。機体を反転させ、一度天願山の上を滑空してから基地の方向へ折り返す。

 そして戻ってきた僕らの下、土煙の晴れた先には。

 

『目標破壊確認。殻が割れてグシャグシャになってる』

「了解、基地に報告を頼む」

 

 瓦礫と土煙の間に、卵の殻の欠片が僕の視界にも映った。綿の塊は見えない。爆風で吹っ飛んでしまったのだろうか。

 ともかく長居は無用だ。直ちに帰投しないと、これだけ派手な爆発をすればいつポケモンが飛んでくるか分からない。

 

「九十九・一之瀬機、これより基地に帰投する!」

 

 また雲の上に出るため雷鼠を操って上昇の準備に入り、

 

 

 

 ――――――――――!

 

 

 

 甲高い声が響き渡った。

 戦闘機のエンジン音ではない。とすると、

 

『敵よ!』

「やっぱりそうか……!」

 

 ともかく僕は雷鼠を駆った。エンジンが唸る。重力が塊になって僕に一之瀬に圧し掛かる。

 僕らは一直線に雲へ飛びこんだ。

 エンジンをフル稼働させ、視界の効かない雲の中を基地に向けて航行する。相手も生き物だ。視界の利かない所を追って来るのは難しいだろう。いつまでも雲の中を進むことはできないが、少しの間でも目晦ましになれば良い。

 

「だけど、――いくらなんでも、早すぎる!」

 

 確かに派手な爆発を起こしたが、いかに素早くそれを察知したにしても、あれほど早く敵が来るとは思えない。近くに潜んでいたか。しかし目視できる距離にはそんな姿は見えなかった。「巨大化」したポケモンは、どのポケモンも成体になると五メートル程度の大きさにはなる。そんな大きさの物がいれば、いかに隠れようとも目に付かないはずはないと思うのだが。

 

『それが、……』

 

 一之瀬が言いかけた刹那、飛行機は雲の中を脱した。水中から顔を出したような爽快感。雲の中では視界が利かないため、安定した航行ができない。リスクは増えるが雲の上を飛ぶしかない。

 ざわり。

 悪寒が走る。瞬時に操縦桿を切り、機体を右に滑らした。

 視界が上下左右に揺さぶられる。突如巻き起こった衝撃波に機体が揺れているのだ。このままではバランスを崩して墜落してしまう。何とかバランスを保とうとする僕の頭上を、青い何かが掠った。反射的に僕は機体を横に振り、何が通り過ぎたのか見ようと首を伸ばす。

 

 ――――!

 

 先程と同じ甲高い鳴き声を上げ、何かは反転して僕らと対峙し直す。そこにいたのは、

 

「チルタリス……!」

 

 まるで綿のような体、そこから突き出た細長く青い首。間違いなく飛行・ドラゴンタイプのハミングポケモン、チルタリスだった。二十メートル弱。同種族の平均から言えば小さい方か。

 

「まさか、あり得ないだろ……! チルタリスの飛行速度でこんなに早く駆け付けたって言うのか?」

『……そうじゃないと思う。チルタリスは多分、最初から“頂上にいた”のよ』

「は?」

『だから、あの卵が包まっていた綿……』

「な、そうか!」

 

 僕らが破壊した卵は、膨大な量の綿に包まれていた。つまり、あれは綿ではなくチルタリスの体だったのだ。何故気付かなかったのだろう。あんな場所にあの量の綿、どう考えてもおかしかったのに。

 自分の迂闊さを呪いながらも、次の手を考える。

 天願山でポケモンと戦闘になった時のために、雷鼠には対地ミサイル以外にも機銃が積まれている。ただしこれは積極的な攻撃ではなく牽制に使われることを想定した比較的小口径のもので、殺傷能力が低いため急所に当たらない限り撃墜は見込めない。

 そもそも予定ではここまでポケモンに接近されるというのは計算に入っていなかった。雷鼠の素早さなら卵の破壊後、ポケモンが追ってきてもある程度逃げられるという想定だったのである。

 一応この同時刻、別の場所で大規模な陽動が仕掛けられており、敵の戦力の大半はそちらに向かっているはずだ。チルタリスに増援が来る可能性は低いと見て良いだろう。

 とすると、このチルタリスをどうかわすか。

 

「一之瀬、あのチルタリスの覚えている技って何だと思う?」

『さっきの衝撃波は多分龍の波動ね。他の技はまだ分からないけど、でもあの動きを見るに…』

 

 チルタリスはさっきから、舞うように旋回しながら僕らを追尾している。その動きから思いつく技と言えば、

 

「まさか、龍の舞か!?」

『あんな神秘性の欠片もない龍の舞なんか認めない。チルタリスが認めても私が認めない』

「いやお前が認めるかどうかとかどうでも良いんだけど」

『ともかく、あれは龍の舞じゃないよ。よく見て、舞ってるのはチルタリスだけじゃないでしょ』

 

 そう言われても今空に浮かんでいるのは僕とチルタリスと、綿のような雲ぐらいだ。

 ……綿のような雲? 待てよ、僕らが飛んでいるのがそもそも雲の上だ。多少の高さの異同はあれど、こんなに大量に浮かんでいる訳が――。

 そこまで考えて、ようやっと僕はひとつの可能性に思い当たった。

 

「もしかしてこれ……チルタリスの羽なのか」

『多分ね。つまりあのチルタリスの動きは』

「フェザーダンスだって言うのか!」

 

 冗談じゃない。操縦桿を操り、電鼠を回転させる。宙で一回転し、さらに加速させる。効果があるかは疑問だが、少しでも羽を払いのけることが出来ていれば良い。

 武装と言っても後部座席に取り付けられた機銃ぐらいだから、まとわりついた羽でこちらの攻撃力が下がることはまずなさそうだ。しかし機体の方はそうはいかない。チルタリスの羽は所謂羽毛ではなく綿のようになっている。つまり一度絡まれば取れづらく、飛行の邪魔になる。

 

「くそ! こんなふわふわした綿のどこが羽なんだ! というかどうやって落としたんだ! むしろどうやって飛んでるんだチルタリスってあの綿で!」

『いや、知らないけど。ともかく技のうち二つは龍の波動とフェザーダンスで確定。残り二つは……』

「要するにこれ、僕らの素早さを落としてきたってことだろ。つまり技を命中させやすくしたんだから、物理技かな」

『チルタリスの物理技……』

 

 束の間考え込んだ一之瀬があ、と声を上げる。

 

『ゴッドバードかも』

「僕ら終了のお知らせ」

 

 呻くしかない。ゴッドバードなんて冗談じゃない。いや龍星群とか言われないだけ良いのだろうか。良いとは全く思えないのだが。ポケモンが野生しか出ない時代で良かった。いや何も良くないのだが。

 大体僕は昔からチルタリスが可愛いポケモンとして取り扱われているのが納得行かなかったんだ。どう考えても怖いだろチルタリス。綿から鳥が突き出てるってどんだけシュールなんだそれで体長二十メートルなんてただのホラーだよホラー。

 ぐるぐる回転する思考を一点に集中させる。つまりホラーに。じゃなくてチルタリスに。

 敵は今度は身動ぎせずに空中に控えている。本当に敵の技がゴッドバードなら、僕らの隙を探っているのだろう。

 僕らの武器は小口径の機銃。単純に最高速度では雷鼠がチルタリスに劣ることは無いが、それはエンジンがカタログ通りに機能した場合の話。先程まとわりついた綿のせいか、機体の動きに違和感がある。さて、どうするか――。

 

「一之瀬、相談がある」

『何?』

 

 思いついたばかりの作戦を一之瀬に告げる。考えるように間をおいて、それしかないか、と呟く声が無線で届く。よし。とりあえずの策は決まった。

 後はタイミングを計るだけだ。上手く行けば生きて戻れるし、上手く行かなければ……。

 深呼吸する。胸が熱い。僕と一之瀬の命が、僕の両手に懸かっている。操縦桿が重たい。

 

 ――――――――!

 

 響き渡る鳴き声。来た!

 轟音と共にチルタリスが僕らに特攻を仕掛けてくる。一つの弾丸となって僕らを墜とさんと。

 僕は雷鼠をまっすぐに駆る。突っ込んでくるチルタリスを速さでかわすように、エンジンの限界まで加速させる。

 視界を雲が高速で流れて行く。否、流れて行くと認識することも困難な速さ。確かな物は何も意識に入ってこない。ただただ無制限に続く空、鼓動が高鳴る、毛細血管が悲鳴をあげる、唾も出ない緊張感、

 

『今よ!』

 

 世界が逆転する。

 眼下に無限の青。僕らの頭上に綿のような雲が広がる。同時に轟音とともに機体が揺れるが、気に留めずに一気にエンジンを噴かす。背面飛行のまま無理矢理上昇するようにして――。

 乾いた音が鳴り響いた。

 

 ――――――――――――――!

 

 再び聞こえた鳴き声は、先ほどとは打って変わって。ただただ悲痛に彩られていた。

 弧を描いて元の体勢に戻った僕の視界に、首を撃ち抜かれ、鮮血を噴きながら雲の海へと墜ちていくチルタリスが映る。ゴッドバードが激突する直前に反転し、後部座席の機銃でチルタリスの首を撃ち抜いたのだ。

 深呼吸。

 

「お疲れ、一之瀬」

 

 返事が無い。

 

「一之瀬?」

『やり切れないよね』

 

 間をおいて一之瀬がぽつりと呟く。

 一瞬何と返したら良いのか分からず、僕は何も言えなくなった。一之瀬は尚も言葉を繋げる。

 

『卵だって孵化出来るはずでさ。それを殺されたんだから恨まれて当然なのに、その親まで殺しちゃって。……やり切れないよ』

「一之瀬……」

『と、女子力をアピールしてみた訳だけどどう、そそる?』

「感動台無し!?」

『いやでもチルタリスの卵で作ったオムライスは当分食べれないよ』

「チルタリスの卵でオムライスなんか作らないよ!」

 

 無線で一之瀬の笑う声が伝わって来る。一瞬でもしんみりして損した気がする。僕の感動を返せ。

 もう何も言うまいと無言で基地に飛行機を走らせていると、一之瀬が『でもさ』と笑いの余韻を引きずりながら話し掛けてきた。

 

『冗談でも言ってないとやってられないでしょ、こんな仕事。正直』

 

 僕に問いかけた、と言うより独り言に近い響き。或いは自嘲するような。その自嘲はそのまま、僕にも刺さる言葉だけれど。

 息を吐く。空は青い。雲の上の空はいつも晴れている。

 

「一之瀬」

『今愛してるとか言ったらブッ殺す』

 

 危ないもう少しで殺されるところだった。

 

「けほっ……え、えっと。一之瀬、僕らはさ」

 

 操縦桿を切る。どれだけ飛んでも空の景色は変わりない。ほんの少し雲の形が変わるだけ。どこまで行っても、どこにも行かなくても、映る景色は変わらない。

 

「一生懸命生きてるよ」

『何それ?』

「素直が一番良いってことさ」

 

 雲の中に潜っていく。雲の中からは何も見えない。だけど雲を抜ければ。

 僕らは「日常」に戻るのだ。自分の引いた引き金の上にある「日常」に。ポケモンだってきっと、同じように「生きて」いるのだろう。そして僕らもまた「生きている」。

 深奥の大地の上、戦火に喘ぐ街の中を、それでも人は生きている。

説明
ポケモン二次創作小説投稿サイト「マサラのポケモン図書館」で、
2011年に行われた「第二回ポケモンストーリーコンテスト」に応募した作品です。
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タグ
ポケモン ポケスコ 

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