真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第二十七話 |
この年でもう剣を振るうか!この子は才能があるぞ! 見ろ、既に構えが堂に入っている。鍛えれば凄腕になるだろうて 教えたばかりの技をものの数日で…やはりお前は天才だ! これだけの実力を身につけても基礎を疎かにはせん。その姿勢は素晴らしいぞ お前ならば会得できるかも知れん…我が家に代々伝わる”あれ”を… 最早、ここにはお前に勝てる者は誰もおらん。この年でよくぞここまで鍛え上げたな。素晴らしいぞ、一刀 一刀よ。儂に教えられることはもう何もありゃあせん。後は… その調子じゃ!お前なら会得は時間の問題じゃろう!やはりお前は天才、いや、神童だ!
――――声が聞こえる。自分を褒め称える声が。
――――大好きな家族が褒めてくれるのならば、より一層鍛錬に精を出そう。
お前がやっていることは唯の真似事ではないか。そのようなものは実力とは言わん! お前がやっていることは基礎ばかりではないか。跡取りがその様では他の門下生に示しがつかないだろう 何が”古くから代々伝わる技”だ。そんなものは迷信だ。そんなくだらんことに時間を費やす位なら、もっと鍛錬に打ち込まんか お前はまだくだらないことをやっているのか。そもそも北郷家開祖しか会得したことがない等と言われる技自体が創作されたものだと何故わからん? 何が神童だ!真似事が偶々上手くいったくらいで調子に乗るな!
――――声が聞こえる。自分を疎み嫌う声が。
――――大好きな家族に嫌われるくらいならば、いっそ向上心など捨ててしまおうか。
これはあいつに譲る 何故です、父さんっ?!何故父さんは一刀にそれほどまでに固執するのですっ?! それはあ奴が計り知れぬ才を持っておるからだ そんなもの、父さんの思い込みでしょう!ここ最近の一刀を見ればわかるはずです! 思い込みなどではない。お前もわかっておるのではないか?儂等は正面からの1対1では最早一刀には勝てん そんなことは…! お前がそこまで反対するのは、お前では”あれ”を会得出来なかったからか? っ!そんなことはありません!どうやら話が通じることはないようですね。失礼します!
――――声が聞こえる。自分が原因で争う声が。
――――自分は自分にやれることを、精一杯考えてやってきただけなのに、どうしてこうなってしまったのだろう?
――――もっと爺ちゃんの、父さんの求めることを読み取らないと…
師範の孫、何を考えてるのか分かんねぇよな 俺、たまに考えてることが読まれてんのかと思うよ 仕合中ずっとこっちの目を覗き込んできてるよな 読心術やってます、ってか。んなこと出来るわけねえじゃん
――――声が聞こえる。陰で噂する声が。
――――僕はただ、自分に求められていることを正確に知りたいだけなのに…
何、儂とて負ける時はある。一度や二度負けたからと言ってそう落ち込むでないぞ?その程度ではお前の才は揺るがん
――――やめて…
見たことか!ここ最近、他の門下生に勝ててないそうだな?だからくだらないことには構うなとあれほど言っていたんだ!神童が聞いて呆れる!!
――――もう振り回さないで
一刀よ、最近はどうしたのだ?鍛錬に身が入っておらんぞ?お前の実力であれば今日の立ち合いも負けることはなかろう?
――――もうどうすればいいか分からないんだから…
基礎しか能が無いのなら、それらしく大人しくしていればいい
――――やめて……
一刀?
――――……やめろ…
一刀!
――――やめろ…やめろ!
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」
付き纏う声を振り払う様に叫ぶ声と共に一刀は覚醒する。
荒い息を吐きながら、先程までの出来事が自身の見ていた悪夢であったことを徐々に悟り始める。
混乱覚めやらぬ頭を落ち着けようと、一刀は片手で顔を覆い、どうにか思考に没頭しようとした。
(何だって今更あんなことを…もう、吹っ切れたと思っていたのに…)
「…くそっ!!」
制御できない苛立ちを顕に一刀の拳が床に振り下ろされ、ガッと鈍い音を立てる。
「きゃっ!」
その時、一刀の側から驚く声が上がる。
状況を掴めず辺りを見回す一刀に、横から声が掛けられた。
「一刀さん、大丈夫ですか?傷痕が痛んだりしていませんか?」
ぼんやりと声の方を見やれば、そこには月が心配そうな顔を浮かべて立っている。
「俺は一体…?」
「一刀さんは兵士や街の皆さんに策の説明をされた後、突然倒れられたんです。お医者様に診てもらってもう大丈夫だと思うんですけど…」
月の説明を未だに働きの鈍い頭で何とか咀嚼していると、ようやく一刀も状況を思い出してきた。
倒れる直前に感じた鋭い痛みもまた思い出し、自身の上半身を見下ろす。
そして一刀は目を見張ってしまった。
「え…?傷が、治ってる…?」
なんと、一刀の上半身に斜めに大きく走っていた傷が、うっすらとした痕を残して消えていたのである。
「あ、それはお医者様が。何でも”氣”を使って自己治癒力を高める、とか何とか…」
「”氣”でそんなことが出来るのか…」
身近なところでは凪が”氣”の使い手ではある。
しかし、その用法は主に射出に依る遠隔攻撃か纏うことに依る打撃攻撃の補助。
要するに攻撃的なイメージであった。
それだけに、治療にも使えるとなると驚きは一入だった。
が、すぐに現状を思い出し、月に確認を取る。
「…そうだ。俺はどれ位眠っていたんだ?」
「えっと…およそ2刻といったところです」
「そうか…良かった」
数日単位で倒れたわけでは無いと知って一刀は安堵する。
そこまで確認してからようやく一刀はあることに気付いた。
「そういえば、詠はどうしたんだ?」
「詠ちゃんでしたら兵士の皆さんへの対応に当たっています。どうやら皆さん、動揺していらっしゃるようで…」
「治療してくれたっていうお医者様は?」
「あ、そうでした!今は、城内に患者の気配がする、とかで外しているんです。一刀さんが目覚めたことを伝えて連れてきますね」
慌ただしく月が部屋を出ていこうとした時、月が触れてもいないのに扉が開いた。
見れば、開いた扉の向こう側には2人の少女が立っている。
どちらも立派な衣装に身を包み、長いストレートの黒髪を垂らしていた。
違いと言えば2人の背の高さ、それから表情くらいのものだろう。
前に立つのは季衣や流琉と同じくらいの背の、よく言えば真面目な、悪く言えばしかめっ面をした少女。
後ろに立つのは前の少女より頭1つ分程大きく、柔らかい笑みを湛えている少女。
2人はどこか似た雰囲気を持っており、姉妹なのだろうか、と推測できた。
そんな2人の少女を前にし、月は完全に固まってしまっていた。
どちらからともなく部屋に入ってくる2人の動きに、再始動を果たした月が焦りを隠そうともせずに声を上げる。
「へ、陛下!何故このようなところに?!」
「ちとそこの者に用があっての。仲穎よ、悪いが下がっていてもらえぬか?」
小さい方の少女が月の質問に答え、月に退室を願う。
そのやりとりを見て、一刀は理解した。
2人の少女は劉協、そして劉弁。
月に受け答えした方が劉協なのだろう。
となると…
「あ、あの…えっと…」
「月、お医者様を連れてきてくれるかな?俺は大丈夫だから…」
「あの…はい…わかりました。失礼します」
「ごめんね、月ちゃん」
「い、いえ!お気になさらず…では」
一刀の促しに有効な反論を思いつけず、月は退室していった。
恐らく月は気づいたのだろう。劉協達がこのタイミングで訪ねてきた理由に。
そして気づいたが故に何とかして意識を逸らそうとしたようだったが、一刀に機先を制された為に何も出来なかったのである。
月を追いだした形になったことに劉弁が申し訳なさそうにするも、月は余計に恐縮してしまうだけであった。
月が退室し、部屋に沈黙が落ちる…かと思われたが、劉協の行動が存外に素早かった。
劉協は鋭い眼差しで一刀を見つめ、おもむろに口を開く。
「お主、先の演説にて、”天の御遣い”、と名乗ったそうじゃな?」
「……はい、その通りにございます、陛下」
どう見ても未だ成人していないその少女。
しかし、そうとは思わせぬ雰囲気を放っている。
その原因は恐らくその瞳。
劉協の瞳は年不相応な程に強い意志が宿っていたのである。
それは幼くして皇帝の座を継ぐことになったことへの重責か。はたまた単純に劉協が早熟なだけなのか。
実際のところは定かではないものの、このような劉弁を相手に誤魔化したり恍けたりをしようとすることが出来ない一刀なのであった。
「ふむ…それを証明することは出来るのかの?」
「こちらに私の服がございます。天の国より持ち込みました物故、素材等、この大陸に無いものとなっております。どうぞお手に取ってご覧下さい」
月辺りが畳んでくれたのだろうか、一刀は側に綺麗に畳まれて置かれていた聖フランチェスカの制服を劉協に差し出した。
それを受け取った劉協は、劉弁と共に興味津々といった様子で食い入るように眺め始める。
様々な角度から眺め、手触りを確認し、その造形に興味を移す。
しばらくそうした後、劉弁が劉協に囁く。
「協ちゃん、やっぱりこれは信じてもいいと思うよ?」
「うん、そうだね、お姉ちゃん…それじゃあ、2人で話し合ったように…」
「うん、聞いてみよう」
姉妹の間で何やら話していたかと思うと、突然劉協が一刀に向き直った。
「確かに、主を”天の御遣い”と認めるに足るもののようじゃな。ならば、主に聞きたいことがある」
「何なりと」
「主の目には、漢は、この大陸はどう写る?率直な意見を聞かせて欲しい」
「……」
いくら、率直な意見を、と言われても、相手は皇帝、しかも幼い子供である。
唯でさえその身には重すぎる責任を背負っているだろうに、一刀の知る大陸の現状をありのまま全て知らせてしまうのは過負荷になるのではないか、と心配してしまう。
どこまで答えるべきか一刀が悩んでいると、劉協の僅か斜め後ろに立っていた劉弁が口を開いた。
「北郷さん、で宜しかったですよね?北郷さん、協は私なんかとは違って強い子です。どうか、信じてあげて貰えませんか?」
いつの間にかその顔からは笑みは消えており、それが故にその真摯さがよく伝わってきていた。同時に、劉協を想う想いの強さも。
この劉弁が付いているのなら、真実を伝えることで劉協にとっては多少過負荷になろうとも、乗り越えることは出来るだろう、とそう考え、一刀は話す決意をした。
そして口を開こうとして、ふと気づく。
(劉弁の要請はまるで俺の悩んでいる内容を読み取ったかのようなものだったな。これほど正確かつ迅速に心情察知が出来るとは…)
史実や演義から傀儡のイメージが強い劉弁。
実際、一刀もそのイメージを拭い去りきれていなかったが故に、感心の度合いが強いのであった。
(これからは、史実や演義とこの世界の関連性はほとんど名前くらいのものだと考えた方が良さそうだな…)
心中で改めて自戒してから一刀は劉協に向き直り、その要望に答え始めた。
「正直に申し上げれば、良いと言うことは出来ません。陛下は地方の民の話をお聞きになったことは?」
「民の声とな?それは朕も聞いたことは無い。一部の地方官僚の黒い噂についての報告は幾度も聞いたことはあるのだが…」
「そうでしたか。詠が、いえ、賈文和が集めた情報でしたら、その噂はほぼ黒で確定でしょう。しかし、そのような官僚以外でも、見えにくいところで私腹を肥やすためだけに民を圧迫する官僚が数多存在しています。この状態は長年続いており、最早民の不満は爆発寸前、いえ、既に一度爆発したとも言えます」
「それはまさか…」
「ええ、恐らくあなたの考えた通りですよ、劉弁様。俗に言う”黄巾の乱”。あの短期間であれほどまでに大きな暴動に発展した一番の理由は実はそこにあると私は考えています。幸い、黄巾の乱はなんとか抑えることが出来ましたが、その時の官軍の戦績、そしてその後の王朝のゴタゴタ。これらは既にして漢から離れかけていた民の心を、引き離してしまうのに十分なものでした。更に、今回の反董卓連合。連合は、皇帝と都の救出を大義名分に掲げていますが、どう繕おうとも皇帝の坐す都に刃を向けたことは事実。今回の件は官僚たちをすら、漢から離してしまうかと」
「……」
一刀の考察は恐らくこの時代に英傑と呼ばれた人物達や名を残した軍師達、そのほとんどがたどり着いているだろう。
しかも、一刀は未来の知識により、近くそれが現実となることを知っている。
余りにも暗い、漢の未来を聞かされ、言葉を発することが出来なくなる劉協、劉弁。
短くない沈黙の後、ようやくのことで劉協が言葉を搾り出す。
「ならば…ならば、朕達の漢はどうなってしまうのじゃ?」
「…信頼を築くには膨大な時間が必要であるが、信頼を崩すのは一瞬である。よく聞く言葉ではありますが、非常に的を射ています。漢王朝がここまで崩れてしまい、人心が離れていってしまった今、再び盛り上げるには残念ながら厳しいものがあるでしょう」
「そう、か…やはり、そうなのじゃな…」
一刀の答えを聞いて、劉協はがっくりと肩を落としてしまう。
受け答えの内容から察するに、ある程度は予想していたのであろうが、やはり実際に事実を突きつけられるのは相当に堪えたようである。
恐らく、漢が終焉を迎える事態に陥ったのは自分の責任だ、とでも思ってしまっているのだろう。
そこで一刀は声を掛ける。
「陛下、無礼を承知で一言申し上げます。漢王朝がこのようなことになってしまった原因は決して陛下にあるわけではありません。むしろ、陛下は漢王朝が腐敗したまま終わっていくことを阻止されました。そのことは今は洛陽の民しか知り得ません。遠く離れた地の民達がそれを理解する頃には漢王朝は終焉を迎えているかも知れません。ですが、陛下が最後の最後に漢王朝を本来あるべき姿になされたこと、陛下は誇ってもいいと愚考します」
「……朕は…」
「陛下。何もかもを1人で背負い込む必要などないのです。貴方の周りには、きっと貴方を心から心配している者が何人もいるはずです。何より、貴方には心優しい姉がいるではないですか。1人で背負うには重い物は周りの者にも分ければ良いのです。陛下が信頼を示されれば、きっと皆は喜んで応じてくれるでしょう」
「……う、む…そう、じゃな……主のおかげでようやく朕は気づけたようじゃ。朕が知らず無理をしていたことに…姉様。これからご迷惑をお掛けすると思います。どうか、許してもらえますか?」
劉協にそう問われた劉弁は満面に笑みを咲かせて答える。
「勿論よ、協。本当は私がその責を負うべきだった。協には今まで辛い思いをさせてしまったわね。本当にごめんなさい」
「姉様…ありがとう、ございます…」
劉協は劉弁に抱きつき、ポツリと言葉を漏らした。
斜めから見えるその横顔には、一筋の光るものが見えたのだった。
「見苦しいところを見せたな」
暫くして落ち着いた劉協は一刀に向き直って気丈に振舞う。
その瞳が赤いことには一刀は触れないことにした。
無難な返答をしつつ、一刀は緊張の面持ちで続く言葉を切り出す。
「いえ、そのようなことは…ところで、陛下。まことに図々しいことながら、2つ程お願いが…」
「何じゃ?申してみよ」
「1つ目は、直、ここ洛陽に到達する連合に処罰を与えないことです」
「何故じゃ?あれは仲穎を悪人に仕立て上げ、殺そうとした。その上、朕のおる都に刃を向けおった。厳重に罰するのが当然であろう?」
一刀の考えが読めず、劉協は疑問を呈する。
想定の範囲内の質問であるために、一刀の返答は実に滔々としたものであった。
「陛下。現状、董卓の為人は洛陽の民の知る”真実”と大陸の民の知る”事実”の間に余りにも深く大きな溝が存在します。これはちょっとやそっとのことで覆るようなものではありません。今、陛下が”董卓の圧政から都を開放する”為に発足した連合を罰するようなことがあれば、大陸はたちまち混乱に陥ります。これだけは避けねばなりません。ですから、陛下には連合を罰するようなことはしないで頂きたいのです」
「……なるほど、の。確かに、主の言う通りやも知れん。わかった、その願い聞き入れようぞ」
賢しい劉協は一刀の説明を咀嚼することで納得する。
その理解力の高さに内心で感心しつつ、2つ目の要望に移る。
「2つ目は月と詠の安全の確保が済むまでは私の処罰を待って頂きたい、ということです」
「??何を言っておるのじゃ、お主は?」
劉協は一刀の言葉の意味を解しかねて首を傾げる。
だが、一刀にはそれが否の返事に聞こえてしまった。
「ならば、せめて書簡だけでもしたためさせて頂けませんか?月達の今後の安全を保証出来る人物への取り次ぎだけでもさせてもらいたいのです」
「だから、何を言っておるのじゃ、お主は!」
せめて自分に内容が分かるように話せ、との意味を込めて強く出る劉協。
しかし、一刀は一刀でどう説得したものか、と途方に暮れる。
どちらも互いの間にある大きな齟齬に気づかないままに。
2人はどう動くべきか決めかねて居心地の悪い沈黙が訪れる。
この嫌な沈黙を破ったのは意外にも劉弁であった。
「あの、北郷さん。もしかして、何か勘違いされているのではないでしょうか?」
「勘違い?」
「はい。協は別に北郷さんを処罰するつもりはありませんよ?」
「何?そんなことを考えておったのか。北郷よ、それは主の勘違いじゃ。姉様の仰る通り、朕には主を処罰するつもりはないぞ」
一刀はその宣言に面食らってしまう。
月を交えずに話を持とうとしたこと、その切り出し方、そして表情。
それらから一刀は当然処罰が下るものと考えていたからである。
「…理由を伺っても?」
「理由も何も、主は朕の恩人を救ってくれるのじゃろう?なれば、主に感謝こそすれ、処罰などはせぬ」
「しかし、私は”天”の名を…!」
「良い。今日の広場での様子も全て聞いておる。何より主の話を聞いて、より確信した。最早民達の心は漢には向いておらぬ。それに、主は広場にてこう言ったそうじゃの。”大陸に安寧を齎すために降り立った”、と。それは本心から出た言葉だと、胸を張って言えるかの?」
「はい、確かにその意気はあります。尤も、その道筋が見えているとは言えない状態ではありますが…」
「それもまた朕には出来ぬことじゃ。朕には大陸に安寧を齎すだけの力が無い。それはつまり、民を苦しめてしまうことに繋がるじゃろう。朕とて、それは本意では無い。じゃが、主が成し遂げようと言うのならば、朕はそれに賭けようと思っておる。民の認める”天”とは、大陸を治め、導いてくれる者。最早それが出来ぬ朕では無く、それを為そうとする主にこそ、”天”を名乗る資格はあると、朕はそう思うのじゃ。姉様も賛成してくれておる」
一刀はその言葉に劉弁の方に振り向く。
劉弁は微笑みを浮かべたまま一つ頷いた。
再び一刀が劉協に視線を戻したタイミングで劉協が話を再開する。
「名ばかりの”天”を擁する朕とは違うことを、まさに”天”のその名に相応しい有様を、その身で証明してはくれぬか?」
劉協は寸分も視線を外さずに一刀を見据える。
その瞳には劉協の真摯な想いが、本心から民のことを考え、大陸の安寧を望んでいることがありありと浮かんでいた。
それだけの気持ちを明け透けにぶつけられたのである。
これに応えないという選択肢は一刀の中には存在しないのであった。
「……分かりました。この身を賭けてでも、必ずや陛下の期待に添えるだけの結果を示して見せることを約束いたします」
「うむ。礼を言うぞ、北郷よ」
「私からもお礼を。協の願いを聞き入れて下さってありがとうございます、北郷さん」
3人が3人とも、相手に礼を返し合う、何とも奇妙な、しかし暖かな空間がそこには広がっているのであった。
三人が互いに頭を下げてから数瞬、俄かに扉の外が騒がしくなった。
「お待…く…い!まだ、陛…中…!」
「病人を前にした医者にそんな理屈は通じない!俺はただ治療した病人の状態を見に行くだけだ!」
部屋の中にまで聞こえてくるほどの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には扉が勢いよく開け放たれた。
そして、開け放たれた扉の奥から現れたのは…
赤い髪に目を惹かれるが、よく見ると、白抜きの十字架の描かれたタンクトップ、アームカバー、指ぬきグローブ、ズボンにベルト、その他数種類の装飾品を身につけた、なんとも時代にミスマッチな青年であった。
「ああっ!?す、すいません、陛下!お止めしたのですが…」
「へぅ、すいません、陛下…華佗さん、少し待って下さいって言ったじゃないですか…」
恐らく扉前にて待機していたのだろう、侍女の女性と、医者を呼びに行ってくれていた月が、青年の所業を我がことのように詫びる。
劉協は2人に向かって、気にすることはない、と身振りで示しているが、青年はそのようなことはどこ吹く風、一刀を視界に収めると一直線にその下にまでやってきた。
「お、本当に目覚めているな。よお、御遣いくん。もう治っているはずだが、傷の具合はどうだ?」
「ええ、問題ないようです。華佗さん、でしたよね?ありがとうございました」
「いや、医者として当然のことをしたまでさ。それと何もそんなに畏まる必要は無い。気軽に呼び捨ててくれたら構わない」
「それじゃあ遠慮なく。華佗、俺のことも『北郷』でも『一刀』でも好きなように呼んでくれて構わない」
「そうか。それじゃあ、俺は一刀と呼ばせてもらおう」
非常に気さくな挨拶を交わす2人。
まるで初対面とは思えないその様子は華佗のコミュニケーション能力の高さ故か。
「華佗とやら。お主が北郷を治療したという医者か?」
「ああ、そうだ。これからちょっと一刀に問診をしたいんだが、構わないか?」
「うむ、良かろう。ならば朕達はここで帰るとしよう。北郷よ、先程のこと、頼んだぞ」
それだけを言い残すと、劉協は退室していく。
劉弁は部屋の出口で変わらぬ柔らかい微笑を湛えたまま、一刀に礼を残して劉協に付いていく。
侍女もまた2人の後を追って退室し、慌ただしい雰囲気が消え去った。
「さて、一刀。聞けばお前、あれだけの傷を負ったまま、虎牢関から馬で走ってきたらしいな。はっきり言って無茶もいいところだ。一刀の氣も枯れかけていたぞ」
「氣が枯れる…?それは一体どういうことなんだ?」
「人間は皆、体内に氣が流れているんだ。言わば生命力みたいなもんだな。その氣が枯れるということは即ち死を意味することになる。つまり、もし俺が診るのがあと数刻遅ければお前は死んでいたということだ。あれだけ動いていたんだから大丈夫だとは思うが、一応聞いておくとしよう。一刀、手や足、指先に至るまで、普段の感覚と相違ないか?」
「そうだったのか…ああ、感覚は問題ない。改めて礼を言うよ。本当にありがとう、華佗」
氣のことに関してはさっぱりな一刀ではあるが、『あの』華佗がこういうのであるから真実なのだろう、と考えた上での返答である。
ほぼ確信しているとはいえ、念のために確認を取りに行く。
「ところで、華佗。君はあの『神医』の華佗で合っているのか?」
「ん?そう言えば何度かそう呼ばれたことがあったかもな」
「やはりそうか。華佗はここ洛陽の医者なのか?」
「いや、それは違う。俺は”五斗米道”の秘技の唯一の継承者だからな。大陸を旅して回って各地で病人を治療しているんだ」
「ゴッドヴェイドー?五斗米道のことか?」
数年振りに聞く英語的発音に妙な懐かしさを感じつつも、大陸の人間から出てくるとやはりどこか違和感を覚える。
偶々なのか、演義にて知り得た知識に似た発音があった為に一刀はそう質問した。が。
「いや、違う!ゴッドヴェイドーで合っている!それにしても一刀みたいな奴は初めてだ。他の者たちはいくら言っても正確に発音してくれないんだ」
急にテンションを上げて発音を訂正する華佗。
その内容からしてもどうやら発音に拘りがあるようで、一刀は視線で月に真偽を問う。
月は苦笑気味に一つ頷いて一刀に答えた。
「はい、私も聞いたのですけれど、えっと、ご、ごっど、べい…?」
「違う!ゴッド!ヴェイドー!!だ!」
「へうぅ…」
「あ〜…月、そんなに気にしないでいいよ。これ、大秦やそれよりも西方で使われる言語の発言だから、さ」
一刀のその言葉に2人は目を丸くする。
「そ、そうだったんですか。大秦の…」
「ほう、そうなのか。それは俺も知らなかったな」
「いやいや。何で華佗も知らないんだよ…受け継いだ、ってんなら師は向こうの人じゃないのか?」
華佗の回答に少々呆れ気味に一刀が問う。
「師匠は漢中の医者だ。とは言っても、師匠が教えてくれたのは医術の基礎だけだった。一通りの基礎を習った後、自己流で研鑽を積んで”五斗米道”の秘技を会得したんだ」
「え?じゃあ、その読み方はどこで?」
「発音だけは師匠に叩き込まれた。その拘りをが結局俺にも伝染ってしまったんだよなぁ」
「そ、そうか」
(何でそこだけ無駄な拘りを…いや、まあいいか…)
変な意味で興味を惹かれるものの、今はそれよりもしなくてはいけないことを考え、頭を振って興味を霧散させる。
一刀は改めて真剣な顔を作り、華佗に問う。
「なあ、華佗。大陸を旅して回ってるって言ってたよな?なら、直近で西涼に寄ったことはあるか?」
「西涼?いや、無いな。どうかしたのか?」
「ああ。水関で馬超に聞いたんだが、西涼の太守・馬騰が現在病に臥せっているらしい。特に行く当ても無いんだったら、診に行ってもらえないか?」
一刀は水関での馬超の話を思い出していた。
演義ではまだ暫くの間は生きているはずである馬騰。
だが、本来であれば参加しているはずの連合に来れないほどの病を患った。
このような色々なことが滅茶苦茶になっている世界のこと、もしかすると、馬騰はこのまま病で命を落としてしまうかもしれない。
そのようなことになれば、ほんの一時期とは言え、共に戦った戦友が悲しむこととなる。
一刀にとって、そのようなことは本意では無い。
そこで大陸一と名高い華佗の力を以て治療してもらおうと考えたのであった。
「なるほど、病人がいるんだな?なら、俺には行かないという選択肢は無い!情報ありがとう、一刀。早速向かうとしよう!」
一刀のお願いを快諾し、早速部屋を飛び出そうとする華佗であったが、それを一刀はまだ呼び止める。
「待った!華佗、もう一つあるんだ。馬騰の治療が完了したら、長沙に向かって欲しい。ただ、こっちは予測の域を出ないんだが…」
「長沙っていうと、”江東の虎”が治めているところだな。そこにも病人がいるのか?」
「いる、では無く、将来的にそうなるかも、だな。だが、正直なところ、発症する時期は分からない。だから、実際に行くかどうかは華佗自身が判断してくれ」
「何を言っている。病人の可能性があるのならば俺は向かうさ。病人がいなければいないでそれは好ましいことだ」
少し歯切れの悪い一刀とは異なり、華佗は実にあっけからんと言い放つ。
一刀は今まさに真の医者というものを目の当たりにしている気分であった。
「そう言って貰えるとありがたいよ、華佗。長沙で病気になる可能性のある人物の名は、周瑜だ。それから、長沙に行って貰えるのなら、ちょっとした伝言も頼みたい。孫堅には”黄祖”、孫策には”于吉”。この名に聞き覚えがあるならば、注意されたし、と」
「”黄祖”に”于吉”だな?分かった、任せておけ、一刀!」
ドンッと胸を叩いて華佗は快く請け負う。
一刀はそんな華佗に改めて感謝を示す。
「ほんとにありがとう、華佗。さて。月、俺達もそろそろ準備を……っ、痛ぅ…!」
月に声を掛けつつ立ち上がろうとした一刀であったが、直後に胸に痛みを感じ、押さえて蹲った。
「か、一刀さん、大丈夫ですか?」
「どうした、一刀?まさか、まだ傷が治っていないのか?」
「いや、そんなことはないんだが…」
「ん〜…一刀の場合はかなり傷が深かったからな。もしかしたら、しばらくは痛みが続いてしまうのかも知れない。すまないな、確かなことが言えなくて」
申し訳なさそうにそう言う華佗だったが、一刀はそんなことはない、と頭を振る。
「あれだけの傷を治療してもらったんだ。そんな些細なことで文句をいうようなことは無いよ」
「そうか。だが一刀、無理だけはするなよ?お前は平気で無茶をしそうだからな」
「はは…ああ、気を付けるよ」
苦笑を浮かべてそう答える一刀。
華佗はその答えに満足そうに頷く。
「それじゃ、俺はそろそろ西涼に向かうとしよう。達者でな、一刀」
「ああ、華佗こそ。またいつか、どこかで再会出来ることを祈っているよ」
2人は固く握手を交わし、華佗が退室して行った。
残った一刀もまた、洛陽を発つ準備の為に月に問い掛ける。
「月。詠はどこにいるか分かるかな?」
「あ、はい。詠ちゃんでしたらまだ城門の方にいます」
「よし、それじゃあ詠と合流して、さっさと洛陽を発ってしまおう。と、その前に呂布さんにも会っておかないといけないか…」
いくつかの懸念事項が一度に解決し、一刀の心中はそれまでと比べて大分軽くなっていた。
とはいえ、未だやるべきことは山積みの状態。
一つずつ着実に、しかし迅速にこなすルートを考えつつ、一刀は月と共に城門へと向かうのだった。
説明 | ||
第二十七話の投稿です。 洛陽を発つところまでいこうかと思っていましたが、思ったより長くなったためにここまでで一旦投下に決定。 前話での議論を経て改めて見てみると、自分が書く人物は本当に現代日本人的な考え方してますね。。。 魔法の言葉『外史なので』でご了承下さい |
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>>アン様 応援ありがとうございます。 考えてみれば真の発売から5年、萌将伝から3年経過してるんですね… 徐々に衰えてきてはいるものの、それでも根強い人気がある恋姫はそれだけ魅力があるということなんでしょうねb(ムカミ) 続き期待してまっすb最近は恋姫のSSも少なくなってきましたが・・・こんな場所があって安心しました(アン) >>禁玉⇒金球様 王道・テンプレはそれだけ支持されている証拠、というやつですねb 何にせよ、楽しんで頂ければ幸いです。(ムカミ) 使い古されたコテコテ?、なにを仰る作者様基本展開とは廃れないスーツスタイル同様の不動の地位を得ているのです。(禁玉⇒金球) >>禁玉⇒金球様 使い古されたコテコテのテンプレですが、こういった展開が好きなんです。ヒーローは遅れてやってくる!の理論なんですかね?w(ムカミ) 最悪の場面でに最善の人材が最高のタイミングで、痺れるね。(禁玉⇒金球) >>サイト様 様々な外史は真桜と華佗のチート具合が支えていますね。 この2人がいれば色々と無茶が出来て楽しいですw(ムカミ) 流石はみんなの医者王!いい仕事する!(サイト) >>J様 素でミスっていました…ご指摘ありがとうございます、修正しました。(ムカミ) >>陸奥守様 偉業を成したとしても、人格的に偉大とは言えないような人もいると思います。真に偉大な人物とは、自他や損得に関係なく、偉業の為に全力を捧げることの出来る人物だと考えています。現実には様々な問題からほぼ不可能ではあるんでしょうけどね…(ムカミ) >>本郷 刃様 華佗の豪快なイメージからか、華佗と話している時の一刀が活き活きとしているイメージが非常に強いので、自分の外史でも友のポジションに落ち着いてもらいましたw 個人的に華佗はかなり好きなキャラですので、今後も何度か登場させたく思っています(ムカミ) 「劉弁さん」ではなく「劉弁様」にすべきかと。天の御使いと認められたとはいえ一刀は陛下の臣下である曹操の臣下なのですから皇族に対して「さん」は無いです。直接許されれば別でしょうが礼儀を知るなら「様」が妥当かと。(J) 皇族2人も只者じゃないですね。漢の民と平和の為に努力してきたであろうに、自分にはそれが出来なくて他の人に期待が集まってるって、凡人なら嫉妬しそうなものだけど。(陸奥守) やはり華佗は一刀の親友ポジにピッタリに思えますww(本郷 刃) >>帽子屋様 ご指摘ありがとうございます、修正しました。 自分にはこれといった才能は無かったのですが、高校の友人に1人、上質な才能の持ち主がいました。彼は周囲の期待に上手く応えることが出来ていたみたいですけど、一歩間違えれば理不尽な批判等に合うこともあるんですよね…才能を持つ者に一番必要なのは”努力”、とよく聞きますが、自分は”周囲の環境”だと思っています(ムカミ) 更新お疲れ様です、才能が無い者の妬みと才能を認めている者の圧力、その2つに挟まれながら生きるのはツライですよね、一刀くん(帽子屋) 誤字報告、たまに“本郷”になっていますよ(帽子屋) |
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