【腐向け】椿受け詰め合わせ
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孕むくらいに、愛おしく

 

「赤崎!この曲良いと思わないか!?」

 

とナツさんに振られた曲は一昨年辺りの紅白に出て一時期話題となった曲だった。

確かに俺の趣味は音楽鑑賞だけどそのアーティストは全く好みじゃない。というか根本的な部分から言ってしまうと俺は邦楽よりも洋楽が好きだ。だから紹介された楽曲に対して当たり障りのない「まぁ、そっスね」という返答しか出来ない。…この人に邦楽よりも洋楽が好きという旨を説明するのは面倒だし忘れるだろうからあえて言わない。とにかくナツさんとの会話は4割方適当に流した方が楽だ。相手は先輩だけどナツさんだからしょうがない。

 

「だよな!これは愛する家族の為に頑張って働いている日本全国のお父さんの応援歌って感じがするよな…っ。やっぱ音楽好きのお前が認めるだけはあるな!」

「それはどーも…」

 

いや、あんたの戦闘服はスーツじゃなくてユニフォームだろ。

愛する家族の為に頑張ってるのかもしんないけど、どう考えたって世間一般的なサラリーマンとは一線を画しているだろ。満員電車の中痴漢に間違われないように万歳してねぇだろ、というかそもそも車通勤じゃん。言いたいことは山ほどあるけどこの人に言ってもあまり意味が無いような気がするからこれもあえて言わない。

 

「この曲を娘に紹介された時はもう嬉しくって嬉しくって…!!やっぱ俺の娘は他人を思いやれるやさしく――」

 

あー畜生!結局はそっちの方を話したいだけだろ!この子煩悩!

 

 

**

 

 

「――ということがあった」

「お、お疲れ様でした…」

 

椿と週末の音楽番組を見ながら今日あったことを話した。眉を寄せて困ったように笑いながら「ナツさん本当に家族思いっスよね」と優しい一言を添えた。…それ、俺じゃなくてナツさんに聞かせてやりてぇな。耳にタコが出来るくらいの家族自慢に付き合ってられなかったから隙を見て帰ったし。

ぼんやりとテレビを見ていると興味の無いアイドルグループが歌っていて、これはあんまりヒットしないだろうな…と思っていると隣りにいる椿も「微妙っスね」と呟いた。…椿が否定的な感想を述べるなんて珍しい。チラリと横目で様子を窺えば何を思っているのか口に弧を描いて嬉しそうにしている。

 

「でも、俺もその曲好きですよ。頑張ろうって気持ちにならないっスか?」

「そうか?聴き馴染みやすいキャッチーなメロディーに上っ面だけの綺麗事を言ってる感じが良くも悪くもJ-POPって感じなのがな…」

「…ザキさんの意見は玄人過ぎるんスよ」

 

音楽はもっと楽しむものッスよ、と尤もらしいことを言われた。

音楽とは小学生でもわかる文字で構成されている。音を楽しむ。反論出来ないくらいの正論に太刀打ち出来なくて苦し紛れに存外柔らかい頬をむにりと摘んで引っ張った。想像通りに「痛い!痛いっス!」と悲鳴を上げた椿にモヤッとしいていた心は晴れて指先に込めていた力を抜いた。見事仕返しを果たした頬から離れる間際に摘んでいた親指と人差し指でマッサージをするようにむにむにと頬の柔らかさを堪能する。頬を好き勝手に触られている椿は何とも言えない表情をしているが、心底嫌ではないようだ。一頻りに感触を楽しんで頬から指を離せば触れていた箇所が若干紅い。まるでチークを薄く塗ったかのような風情に幼い顔が更に幼く見えた。

 

「ザキさん酷いっス…」

 

理不尽な仕打ちに涙目になりながら唇をむぅっと尖らせている仕種は成人した男とは思えないくらいに幼い。贔屓目で見ると可愛い。椿本人にとっては不名誉なことでしかないだろうけど可愛いものは可愛いんだからしょうがない。

そんなことを考えながら、椿の頬を摘んでいた手が何となく手持ち無沙汰だったから脱色や染色の痛みを知らない髪に指を通して頭を撫でた。特別何があった訳でも無いのに成人した同性の頭を撫でるという行為もおかしな話だが、椿自身頭を撫でられるのが好きなようだ。何でも気持ちが良いんだとか。…お前は本当に犬かと言いたくなるが、今みたいに頭を一つ撫でるだけで不機嫌だった顔が目を細めて気持ち良さそうにするから無粋なことを言うのは憚れた。

 

「そーいや、ナツさんの家族自慢聞いてるとたまにだけど娘って良いなって思うな」

「あ、わかるっス!小さい我が儘を聞いて振り回されてみたいっスよね」

「何だよそれ。休日に水族館とかに連れてってやりたいとかじゃねーのかよ」

「それも良いんスけど……あ、男の子も捨て難いかなぁ」

「ベタにキャッチボールでもすんの?」

「あ、いや…俺、ノーコンなんで」

「あぁ…っぽいな」

「やっぱりサッカーを教えてやりたいっス!」

 

キラキラと、瞳を輝かせて未来の家族計画を語る椿はとても楽しそうで溌剌としている。その表情が無我夢中にボールを追い掛けているときの表情とダブって見えて、その真っ直ぐな想いを抱く様は大人の汚さを全く知らない子供のようだ。まだまだあどけなさが残る面持ちに良くも悪くも子供の頃から全く変わっていないであろう仕種をする椿が父親になるという想像が全然付かない。

近所のガキに見くびられていそうな椿が親になるなんて、そう思いつつもコイツが親だったら子供は幸せになりそうだと、幸せな家庭を築けそうだと思ってしまうのが不思議だ。間違ってもその団欒の中に俺は入れないけれど椿が幸せならそれで良いのかもしれない。

 

「なぁ、椿…」

「う、ウス…!」

「子作り、しようか」

 

良いのかもしれない。けれど、腕の中に閉じ込めたぬくもりを無条件で他人にくれてやるほど俺は椿と違ってお人好しでなければ酷く狭量な人間だ。

離してやるもんかとアスリートにしては細い腰を引き寄せれば腕の中で身体をビクリと揺らして顕著に反応を示した。付き合い始めてから暫く経つのにいつまでも初々しい反応をする椿に少し呆れつつも愛おしさが込み上げてくる。そして呆れよりも愛おしさが勝ったその時、好きだという気持ちを何かしらの手段で伝えたくて黒々とした髪から覗く耳に唇を寄せて軽く食んだ。

ん、と鼻に掛かった甘ったるい声を漏らして素直に紅潮する椿に更なる追い打ちを掛けるように普段よりも幾分低い声で耳元で囁く。すると、ひくりひくりと身体を跳ねさせて快楽の一部として感受したようだ。

 

「男でも腸に着床出来れば赤ちゃんができるらしいな」

「え?え…え?ざ、ザキ、さん…?」

「今夜はガチで孕ませる勢いで抱くから覚悟しとけよ」

 

本当にできたら良い。腸に着床するまで何度も椿の腸内に射精したっていい。お互いに心も身体も、何もかもが訳わからなくなるくらいにドロドロのぐちゃぐちゃになるまで生殖行為を続けて、それで着床出来るのなら二つ返事でやってやる。

だが、俺も椿も同じ男だから卵子を形成する卵巣を持っていない。つまり科学的に腸に着床出来たところで俺達二人では受精卵を生み出すことが出来ない。だから、いくら孕ます勢いで椿の腸内に射精しても受精しないし着床もしない。

ただただ快楽を貪るだけの生産性のない行為に溺れるだけ。…それでも良いと思えてしまうのは優秀な遺伝子を子孫に残す為の繁殖目的なんかどうでもいいと思えてしまうくらいに性的欲求を存分に満たしているからだろう。同性同士のセックスは生殖なんて二の次なんだ。だから――。

 

(だから、今は快楽に溺れて開き直ってしまおう…)

 

本当に、孕んでもおかしくないくらいに体内に子種を撒き散らして満たして揺さ振って、繋がりたい。俺達を一個一個の生命体として分け隔てる境界線を飛び越えて、その先の着地点が見えなくても不安定な体勢のまま椿を愛したい。

 

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1.あ ど け な い 寝 顔

 

バスに揺られながらすやすやと気持ち良さそうに眠っている椿を横目で見る。大きな瞳は閉じられ、男にしては長い睫毛が頬に影を作っている。少し開いた口は間抜けて見えるが、その様が可愛らしいと思ってしまうのは何故か。赤崎は一瞬湧いた邪念を払うようにプレーヤーの音量を上げた。

しかし、身体は勝手に動いた。眠る椿に顔が向いた。徒労に終わった大きな音量は赤崎の鼓膜を無意味に振動させる。反動で頭がガンガンと鳴り響くように痛い。まるで何かを警告しているようだと考える。

普段でさえ高校生に見える顔は、無防備な寝顔は、更に幼く見えた。大人びた中学生。そういっても過言ではないくらいに幼く、無垢な寝顔にぐつりと感情が湧いた。自分だけのモノにしてしまいたい、と仄暗い欲望が渦巻いた。

 

2.ど う し て も 分 か り あ え な い

 

赤崎と椿は人柄から生まれ育った環境まで。当人達を構成する要素の殆どが逆だった。故に第三者から見れば赤崎と椿は真逆の人間に見え、同族嫌悪という言葉があるように異種族交流という訳か不思議と仲が良い。それでも多かれ少なかれ相容れない部分もある。それは仕方ないと赤崎はそう思っていたが実際に目の当たりにするとそんな綺麗事を言っていられない。

赤崎は許せなかった。卵焼きに砂糖を入れるなど許せるはずがなかった。おかずに成り切れていない風味。デザートに成り切れていない甘さ。どこか中途半端な砂糖入りの卵焼きは赤崎には受け入れ難かった。赤崎家の卵焼きは醤油ベースである。

しかし、椿家の卵焼きは沢山の砂糖が入った甘い卵焼きだった。赤崎が醤油をベースにしろと要求してもあのチキンな椿が頑として譲らなかった。そして某きのこ・たけのこのような途方もない戦いの火蓋が切って落とされた。

 

3.手 遅 れ に な る 前 に

 

走る。クラブでトップを誇るスピードで走った。人を避けながらジグザグに進んでいるせいで思うように走れないが、それでも懸命に走った。追い掛けた。尊敬する先輩に、恋人でもある意中の人に。

自分が口下手なこともあって時には人に誤解を招いてしまう場合があると椿は理解していた。その性質は治すことは出来ないとわかっていても出来る限り気を付けようとしていた。だが、不運なことに誤解して欲しくない人に、性質の悪い誤解を招いてしまった。数分前に向けられた視線を思い出す。冷たさの中にどこか傷心の色が見え隠れした視線。思い出しただけでも胸がつきりと痛んだ。だが、この痛みは彼の人が受けた痛みと比べたら足元も及ばない。そう自ら奮い立たせて只管に走った。

 

 

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3つの恋のお題ったーより。

 

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『能動的三分間』

 

クラブハウスから寮へと帰る道すがら世良さんがジャンクフードの味が恋しいと言ったのを覚えている。

その時はあまり深く考えないで「そうっスね」と思ったことを口にした。俺も世良さんも身体が資本のプロのアスリートだから一応健康面に気を使ってそういったものはあまり口にしない。だからたまに油っこくて塩辛い味、一口食べただけでわかる不健康な食べ物が懐かしく感じることがあるから恋しくなる気持ちはわかる。

 

「あ、の…世良さん?コレ…」

 

だけど、別に食べたいとは一言も言ってない。

尻窄みになった「なんスか?」という疑問詞と一緒に指を指した先にはカップラーメンの形容詞とでも言える某社のカップラーメンと食堂から持ってきたと思われる電気ポットと何故だかわからないiPodが自室のローテーブルに鎮座している。

何となくだけど、答えは予測が付いている――iPodの用途は不明だけど――カップラーメン一式から世良さんへ視線を移すと人好きしそうな明るい笑顔を浮かべながら俺の質問をバッサリと迷いなく答えた。

 

「椿もジャンクフードの味が恋しいって言ったから」

「いや、あの、俺は…!」

 

言ったけど!別に食べたいとは言ってないのに…!

言いたいことを言えず、中途半端な言葉を紡いでいる俺に世良さんは全く意を介さないで意気揚々とカップラーメンにお湯を注ぎ始めた。あああ、と悲嘆の声を上げながらプラスチックの器にお湯がとぷとぷと注がれる様子を見る。お湯を注いでしまったら最後、いや、フタを開けてしまったら最後、残された道は一つしかない。言葉を上手く喋れなくてもちゃんと行動で拒否していたら、そう思ったけれど、俺にはそれもムリだと思う。つまり最初からこうなることは決められていたんだ。

無駄な抵抗――と言っても、抵抗らしい抵抗はしてないけど――を諦めて注ぎ終わるカップラーメンを見ていたら世良さんは空いている手で器用にiPodを操作し始めた。一体何をするのかわからなくて首を傾げているとイヤホンから大音量の音楽が漏れ始めた。恐らく最大音量のそれは直接耳に装着すると確実に難聴コースだ。明らかに一人で聴くのではなく周りの人に対しても聴かせる感じだった。

 

「椿、事変好き?」

「凄く好きって訳じゃないんスけど姉ちゃんがよく椎名林檎聴いてたんでその流れで俺もよく聴いてるっス」

「へぇー、そうなんだ。俺はあんま聴かないけどこの曲すっげーカッコイイよな。この前ユーチューブでライブ映像見たけどさ、」

「後ろにタイマーがあって歌も演奏もちゃんと三分で終わるヤツですよね?」

「そう!それ!!あれ見てマジでカッケェ!って思ってすぐにiTunesで落としたんだよなー、これ」

 

キラキラと目を輝かせて楽しそうに話す世良さんに頷きながら同意する。上手く話せたかわからないけれど、俺の話にニコニコと笑いながら聞いてくれているから言いたいことは伝わっているんだと思いたい。

絶対にライブで盛り上がりそうとか、コーラスがカッコイイとか、iPodから最大音量で流れる曲に対する感想を言い合っていると一番目のサビが終わろうとしていた。そこで何で曲を掛けたのかという疑問を思い出して問い掛けてみると世良さんは得意げな顔をしてiPodを持ち上げて画面を見せてきた。

 

「この曲丁度三分で終わるだろ?カップラーメンにお湯を注いで待つのにピッタリじゃん」

「あ、確かに…」

「音楽を聴きながら楽しく待つってなかなかのナイスアイディアだろ?」

 

へへっと無邪気に笑う世良さんに釣られて思わず笑みが綻びそうになる。ガブくんとはまた少し違う、眩しい笑顔にこの人は本当によく笑うなと感心しているとイヤホンから流れる曲は二番目のサビに差し掛かっている。

もう少しだけこの時間を過ごしていたい。心地の好い空気が澱みなく流れる時間が何かに遮られて終わるのがイヤだと思った。だからタイマーの代わりとして終わりに近付く曲にリピート再生して時間を先延ばしにしたい。そんな願望が胸の中にポツリと芽生えたけれどそんなことをしたら麺が伸びて美味しくなくなってしまう。それはそれでイヤだなぁ…と思いながらiPodの画面を見れば再生時間は残り十秒ちょっとだった。世良さんと話をしているだけで、ただ隣にいるだけで、あっという間に過ぎていく時間が名残惜しい。本当に、時間に対するリピート再生機能があったなら良いのにと某ネコ型ロボットでさえ解決することが難しそうな我が儘を言いたい。いっそのこと時間という概念が無くなれば良いのに、と目茶苦茶過ぎる我が儘に苦笑しながら一秒一秒過ぎる時間を愛しく思った。

 

「俺、この曲が無くても世良さんと一緒にいるだけで楽しいし、三分なんてあっという間っス」

「…っ、」

「世良さん?」

「いや、何でもない!何でもない!……それよりも食べ終わったら運動に付き合えよな!そのまんまにしとくと太りそうだし堺さんに怒られそうだし!」

 

「つーか、堺さんにこのことは言うなよ!?」と悪いことをした子供が親に叱られるのを怯えているような言動をする世良さんがなんだか可愛くて笑みがこぼれた。本当に三分なんてあっという間だ。

 

『能動的三分間』/東京事変

 

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恋心≒下心

 

「「最初はグー、じゃんけん…」」

 

「あ、ズルい…またミヤちゃんが勝った」

「椿が弱いだけだって。パ、イ、ナ、ツ、プ、ル」

 

昔あんなことをしながら帰ったよな、そんな思い出話に花を咲かせていたら椿が久しぶりにそれをやりたいと言い出した。雑誌と飲食物を買ったコンビニの帰り道。夕焼け色に染まった人通りの少ない住宅街の路地には俺と椿しかいない。どこからか漂ってくる夕飯の匂いに椿は肺いっぱいに空気を吸い込んで「カレーの匂いがする」と楽しげに笑った。実際に食べられる訳じゃねえのにそういった些細な理由で笑う椿を見て、モジモジと恥ずかしがってばかりいないで、おどおどと臆病になっていないで、笑う回数を増やしたら印象は変わるし女子にモテるのにと思った。先輩の前や普段からこうやって笑っていたら椿の世界は変わるかもしれないのに、そんな仮定を思い浮かべた。とはいえ向けられる笑顔は少しでも多く独占したいし、仮にも俺達は恋人として付き合っているから椿に色目を使われたら困るし面白くない。だからやっぱりこのままで良いのだと結論付けて「そうだな」と返して再び手を翳した。それを合図に椿も手を掲げたのを見てじゃんけんの掛け声を掛けた。

久しぶりにこんな遊びをしたせいか思っていたよりも楽しめてはいるけどやっぱり成人した男二人がやるようなものじゃない。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいに決まってる。だけど、今のこの時間なら誰にも見られる心配はないと安心と確信をしていたのか気弱な椿がやりたいとせがんだ。

 

「あ…」

「あと一勝すれば俺の勝ちだな」

 

チヨコレイト。スタッカートを効かせて音を一つ口ずさむ毎に足を一歩進める。

始める前に指定したゴールからはあと三歩。更に遠くなった椿はあるはずのない犬の耳と尻尾をくたりと垂らしているように見えた。しゅん、と落ち込んでいる様子が犬っぽくて素直に可愛いと思える。女子から見たら母性本能がくすぐられる、そんな可愛さに愛犬を可愛がるように頭を撫でてやりたい。あまり気を遣っていないくせに指通りの良い黒髪を堪能しながらじゃれついて、可能ならば男のわりには柔らかい唇にキスしたい。湧き上がる欲求に掌をぎゅっと握って衝動に駆られそうになるのを抑えた。

あと一回。あと一回じゃんけんに勝てばこの遊びは俺がゴールして終わる。そしたらキスは出来なくてもその温かい体温に触れることは可能のはず、と密やかな願望を抱いた。

 

「…なんで俺こんなにじゃんけんが弱いんだろう」

「なんでって言われてもなぁ…」

 

またじゃんけんに負けたことが悔しかったのか、椿は盛大な溜息を吐きながらがっくりと肩を落とした。その落ち込んでいる様子を見て、この遊びに限らず何かの役割分担を決めるじゃんけんでもすぐに負けることを思い出した。事あるごとにハズレを引いてしまっている椿に少し同情しつつも、俺は俺で甘い蜜を吸っているから相談されても言葉に困る。椿に対して嫌がらせをするつもりは全く無いんだけどこのままハズレをたくさん引いて欲しいと思っている。俺も大概イヤな人間だなと自嘲しながら落ち込んでいる椿に笑い掛けた。

 

「たまたまだよ」

 

とりあえず気休めでしかない励ましの言葉を――だけど、残念なことに事実だ――掛けてやると、自分のツキの無さに自覚があるのか椿は眉尻を下げたまま困ったように笑った。だけど、その表情の中に嬉しそうな色が見えた気がして首を傾げると、その色合いは更に濃くなって頬をほんのりと桜色に染め上げた。

 

「…でも、俺が買い出しや荷物持ちを決めるじゃんけんで負けたときは絶対に手伝ってくれるよね」

 

かなり助かっているんだ、と自分のじゃんけんの弱さに呆れながらも椿はありがたそうに礼を言った。素直に礼を述べた椿は俺の行動を純粋に善意として受け取り、俺が下心を持って親切にしていることを知らないんだろう。そういった駆け引きとか知らなさそうだし、何よりも鈍感だからそういった行動原理が思い付かなさそうだ。付き合う前はもちろんのこと、恋人になった今でも下心は持っている。加えて今は独占欲や嫉妬心といった仄暗い気持ちが付いて回るようになったから人様には見せれない感情と色を呈している。

 

想いが強まれば強まるほど対する愛は綺麗なものだけじゃない。

 

椿のことが好きになってからそれを思い知った。数は少ないながらも椿と付き合う前にいくつかの恋愛を経験した。その時の想いは決して嘘はなかったが一人の人物にここまで執着した恋愛はしたことがなかった。その気持ちの大きさや度合いを比べるものじゃないかもしれないけれど、こんな風に人を深く愛することは後にも先にもないと思う。

人生最後の恋愛ってワケじゃないのに今している恋が一番だと思えるのは大体いつものことだ。けれど、今はいつもの独りよがりのような、恋に恋している気がしない。本気で椿に恋しているんだって、愛しているんだって、純粋な気持ちと一緒に嘘偽りのない仄暗い感情をさえも引っ提げているから自信を持ってそう言える。とくんとくんと小気味よく脈打つ心臓が温かな気持ちに包まれる。今まで体感したことのないこの気持ちが本気で恋している証拠なんだと、やさしい痛みが伴う幸せを噛み締めていると大きな黒い瞳と目が合った。

 

「俺…そんなミヤちゃんが好きだよ」

「っ、!」

 

俺が今、どんな気持ちを抱いているのか知らないで爆弾発言を投下した椿が若干――いや、すごく恨めしい。

突然過ぎる告白に不意打ちを食らって返事らしい返事が出来ずにまごついている俺とは反対に『ただ日頃のお礼を言っただけ』の認識だったのか、椿は一瞬で切り替えてじゃんけん開始の掛け声を掛けた。ああ、クソと内心で悪態を吐きながらワンテンポ遅れた後に慌てて腕を振り翳した。結果は俺がチョキで椿がグー。一目瞭然で俺の負けだった。

 

「あ、やった!ミヤちゃんに勝った!よし……ぐーりーこ」

「ちょ、大股とかってズルいぞ!」

「の、おーまーけ。と」

「自分ルールもナシ!」

 

久しぶりの勝利に弾んだ声を上げながら心底嬉しそうな表情を浮かべている椿を見て本当に可愛い奴だな、とついさっきまでの小憎らしさはどこへやら。椿の笑顔を微笑ましく眺めていたらまさかの自分ルール導入の大股7歩にギョッとした。開いていた距離はグンと縮まったどころか一歩半先を越されてしまった。だけど、普段の椿からは想像が付かないような卑怯な手がすごく意外で、それだけ俺に対しては本性を晒け出してくれているのだと思ったら悪い気はしない。

子供染みたズルのおかげで手を少し伸ばせば触れられそうな距離に、思わぬ形で叶った望みに、心の中でガッツポーズを取っていると椿は夕陽を反射して茶色に染まりかけている黒髪を揺らしながらくるりと振り返った。まるで俺の考えを見通しているかのようなタイミングに心臓がドキリと嫌な音を立てた。

 

「ねぇ、ミヤちゃん」

「…ん?」

「ゴール目前だけどこのゲーム止めない?」

「どうしたんだよ、いきなり」

「えっと…楽しいし、お互いゴール目前だけど、やっぱりミヤちゃんと手を繋いで歩きたいなって……」

 

ダメ、かな?と窺うように、俺と同じくらいの身長の椿が身体を屈めて顔のちょっと下の位置から上目遣いで願いを乞った。威圧的ではないけれどどこか有無を言わさない雰囲気を持っていたが、選択肢は最初から一つしかない。椿のそのお願いは俺の数多くある願望の中の一つだから断る理由はない。首を縦に振れば頬をほんのりと紅潮させながら花が開くようにパッと明るい顔をして喜んだ。

 

「良いよ。俺もそう思ってたし。ほら…」

「うん…!」

 

手を差し出せば椿はにっこりと破顔した後にギュッと優しい力で手を握ってきた。離れていた時間はほんの数分だけなのに掌のぬくもりがやけに懐かしい。与えられるぬくもりをもっと独占したくて、離したくなくて、繋いだ手を振りほどくことが出来ないくらいに握る力を強めると「やっぱりミヤちゃんは優しい」と屈託のない笑顔でそう言った。…下心だよ、バカ。

 

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泣き虫リリスに心臓を掴まれた

 

ギシリ、

 

ベッドのスプリングが軋む音に朦朧としていた意識が緩やかに醒めていく。

明るかった室内は照明が消されて薄暗かった。そよ風に吹かれてふわりとカーテンがはためいている。夜闇の中で青白く発光しているカーテンの隙間から漏れる月明かりと街灯の明かりのおかげで暗がりの世界で目が慣れるには時間が掛からなかった。ただ、そのせいで――そうじゃなくても至近距離から伝わる気配でわかってたけど、――ベッドに横たわる俺に覆いかぶさるようにして四つん這いの体勢を取っていた椿と目が合った。

にっこり。人好きしそうな笑顔を浮かべて「おはよう」と言うものだから俺も釣られて「おはよう」と返した。だが、俺の考えが間違いでなければこの体勢は襲われているんじゃないかと思った。俺が、椿に。覚醒したばかりの上手く回らない頭で冷静に考えた。

 

ほろ酔い状態になったところで淡々とした展開で進んでいく代わり映えのしない映画から興味が無くなってベッドに寝そべった。一緒に映画を観ていた椿に「終わったら起こして」と言付けを頼んだのを覚えている。それからの記憶が無いから恐らく意識を失うようにグラリと急降下する速さで落ちたんだろう。ベッドに上がってからいつ寝てしまったのか覚えていない。身体に染み込んだアルコールが微かに残っているせいか心地好い浮遊感に思考が思うように働かないが意識はわりかしはっきりとしている。薄い靄が掛かった思考を振り払うように辺りを見回せば壁に掛けてある時計が目に入った。最後に時計を見た時刻から二時間が経過していたから俺が眠っていた時間は一時間半といったところか。その間にテレビで放映されていた映画は終わって、椿は何を思ったのかは全くわからないがこんなアクションを取ったんだろう。夜這いなんてそんな真似。普段の椿からは想像付かないが、俺と二人っきりのときは大いにありえる話だ。

 

「ど、どうしたんだよ椿」

「別にどうしたってワケじゃないんだけど…」

「…」

「ミヤちゃんとエロいことをしたいな、って思ったから」

 

ダメ?なんて小首を傾げながら聞いてくる。椿はこの通り俺と二人っきりになるとこうなる。普段のおどおどとした素振りは鳴りを潜めて積極的な行動に出る。付き合い始めたときはそのギャップに驚いたが今もこうして寝込みを襲ったりするから驚きはするものの慣れた気がする。今まで培われてきた価値観が椿という外的要因によって変わっていく感じ、付き合うと恋人に似るっていう俗説はこういうことを云うのかもしれない。

付き合う前から。同い年ということもあってか椿と仲良くなるには時間が掛からなかったし、周りが先輩だらけということもあってかビビりの椿が俺だけに対しては素に近い本性を出していた――尤も、俺に覆いかぶさっている椿が本当の椿なんだろう。大人しいのは変わらないけど本能に忠実。ピッチの上を縦横無尽に走る姿は野で走る獣を彷彿とさせる。似通っている、と思う。

 

(獲物を捕らえようと光らせている瞳とか、)

 

とにかく普段のビクビクとした姿を思い浮かべて初心だと甘く見ていたら不意打ちを食らう。にこりと目を細めて艶然と笑う様は色めいていて心臓に悪い。男慣れした女のような、男の欲を直に擽って煽る表情や仕種はお世辞にも恋愛経験があまり豊富じゃない俺には甘すぎる毒だった。身体に染み渡るような甘さで心身を浸蝕していきながらも致死に達さない。ただ俺の中にあるであろう狂気の部分を悪戯に刺激する。猛毒ではないものの身を滅ぼす作用を持つ毒をコイツは持っている。

そして依存度が高い。その毒を摂取したいと自発的に思わせる魅力が潜んでいる。俺にだけ向けられる安心しきった笑顔とか快楽の海に溺れるようなセックスとか――椿はキスもフェラもセックスも上手かった。男が欲しいと思うポイントを的確に突いてくる。同性だから責めて欲しいポイントがわかるのかと思っていたら何でも高校のときに付き合っていた先輩に教え込まれたとかで、椿と付き合うようになってからテンプレと化した意外過ぎる一面に妙に納得した。

最近はそうなった経緯が気になるくらいの余裕は持てるようになったが、最初は頭が混乱して自分の上で腰を振って乱れる椿にされるがままだったと屈辱と共に記憶に焼き付いている。

 

「明日も練習があるだろ」

「うん…でも、そうなったとしても周りからは『いつも』の不調だって思われるだろうから大丈夫だよ」

「いや、どこが大丈夫なんだよ…」

 

俺達はプロのアスリートだろ、と正論を述べて誘惑を振り切る。身を乗り出してきた椿の眼前に待ったの手を掲げれば大きな黒目はきょとんと呆気に取られていたが再び目を細めて艶やかに笑った。その表情を見て、無理矢理にでも事を運ぶな、と思ったら閉じられていた唇から青白い光に照らされた紅い舌が姿を現した。あ、と制止の言葉を吐く前に掲げていた手の、指の叉を生温かい舌に這わされて背中がゾクリと粟立った。たったのワンアクションで夜特有の静謐な雰囲気から一変して噎せ返りそうな色香に包まれた室内にのまれそうだ。

いや、もう、のまれた。目の前で行われるペッティングショーに目が離せない。手首から指先にかけてゆっくりと舌で伝うように舐め上げた後、指を根元まで口に含まれた。しかも顔を赤らめて。薄暗いから何とも言えないが頬がほんのりと色付いている気がした。椿は予想外の手練手管だと身構えればときどきこうして初々しい反応をするから反則もいい所だ。

熱が孕んだ口内に導かれた指は舌に絡まれた後にちゅううと吸われた。口が窄まったおかげで咥えられた指が歯に当たる。まるで甘噛みされているような感覚にジリジリと劣情が煽られていく。

今夜はもう、今夜も、椿に流されよう。お互いの熱でドロドロに溶け合うまで肌を重ねて夜を明かそう。アスリートとしては失格だけど、アスリートである前に雄という生き物だ。その本能に、椿によって目覚めつつある狂気に身を委ねてしまおう。理性を手放した。

 

「ミヤちゃんの好きなように抱いても構わないから」

 

全てを赦してしまいそうな慈愛に満ちた笑みを浮かべている椿を押し倒してイニシアチブを奪取した。大きく開いたVネックのシャツから晒されている白い素肌が薄暗い室内では眩しくて、剥き出しの状態になっている鎖骨にむしゃぶりついた。皮膚のすぐ下で流れている血液が沸き立っているのを触れた唇で感じながら強く吸った。

 

コイツはチキンの皮を被った悪魔だ。

 

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ザキバキ(2P)→セラバキ(1P)→ミヤバキ(2P)の順となります。
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